公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

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2017/12/07

安倍も小池も自由主義の敵対者で憂鬱だ

 

  私は古典的自由主義者のリチャード・エプステインが好きだとか、コーク兄弟が好きだとか言ってきたとおりであり、政府が雇用判断・賃金・労働時間に介入するのに反対であり、20世紀以降で最も良い大統領はいうまでもなくクーリッジという考え方です。
 クーリッジは契約の自由を原則とする1923年の最低賃金制度を違憲としたアドキンス対小児病院連邦最高裁判決(1937年に判例変更)に賛辞を述べているし、私も同じ考えです。
 エプステインがいうとおり労働法や公民権法タイトル7などを全廃して、コモンローの契約法や不法行為法だけでよろしいというのにも賛成します。
  ところが我が国は自分が考えてる方向と全く逆の方向なので、毎日が憂鬱である。安倍が3%賃上げなら税制で優遇する政策を出すとという。自由市場論者なら絶対やりたくない政策だ。労働時間規制といい、とにかく安倍は、賃金、労働時間、雇用判断に介入する政策が好きで辟易する。幸福実現党の政権放送が言っていたように安倍は国家社会主義者だな。
 1990年代はまだ全ホワイトカラー裁量労働制とか、成果主義が強調されてまだまともだったが、いつのまにか働き方改革は労働組合寄り政策になった。。
 小池も残業ゼロ政策とかも受動喫煙とか国の政策を先取りしてやる政策が多いだけでなく、安倍と同じむじなか、都民ファーストは連合の支援もうけ新奇な政策を好むので危険な存在にみえる。
 今度の東京都のオリンピック憲章条例化は危険な政策に思え、本腰をいれて反対しないとだめだと思った。LBGT基本法の先取りかもっと踏み込んだものになると大変だ。東京がレインボーカラーの都市になったら逃げたくなってきた。
 オリンピックはたんに競技をやって国際交流するだけなら黒字にならなくても実害はないが、喫煙規制とかLBGTとか便乗して権利拡大されるのがいや。

 単に公共サービスの差別禁止ならさして問題はないとしても、民間の契約や雇用判断まで自治体が干渉してくると、近代市民社会の基本原則である契約自由や私的自治の否定になって怖い。
  大家さんが女を連れ込だりりペットを飼ったら、もう契約しませんよというのは勝手、人種や性的嗜好による差別とかいって、大家が嫌いな人とも契約しなきゃいけないようになったらそれはもう自由社会ではない。
ダイバーシティとかやりたい企業が勝手にやって宣伝するのはかまわないが、あらゆる企業におしつける必要はない。
 別に私は外国人を嫌ってはいませんよ。どんな人とでも衡平に接します。朝青龍の休場処分も重すぎるとしてモンゴルとの友好を優先すべきとこのブログにも欠いている。。
ただマイノリティは横の連帯、互助もあり、ほおっておいてもたくましく生きていくのだから、必要以上かまう必要はないというのが私の考え。
 マイノリティの権利拡充より近代市民社会の根幹である、契約自由、私的自治、自己責任の大原則は復権が望ましい。真のブルジョア革命、レッセフェールというのが私の考えです。

2017/11/30

この調子じゃ、羽生-藤井聡のタイトル戦もなさそう

 もう藤井四段を応援するのはやめて、豊島八段に乗り換えたい。同期生の大橋貴洸四段に先手なのに負けたんじゃ、相手もかなり強いとはいえ、序列下位の棋士に負けたのはまずいのでは、ベテランやロートル相手には安心してみていられるが、20代相手ではしばしば負けるのでがっかり。羽生棋聖が檜舞台でまってるぜとか言っていたが、これで棋聖戦は来年は無理、そのうち羽生も無冠になるだろうし、30年以上年齢差があるということは、中原永世名人よりも年の差があるということであり、中原-羽生のタイトル戦がなかったように、羽生-藤井聡のタイトル戦もないのみてよいでは。
 

2017/11/23

「貴乃花の乱」の感想

 別に貴乃花のファンでもないが、「21日のテレビ朝日「モーニングショー」は、横綱審議委員の1人の発言として「己の目的のために横綱という宝を利用するのはいかん」「(貴乃花親方を)懲らしめないとだめだ。今の協会が悪くて現理事を一掃することを正義と信じている」と報じた」との夕刊フジの報道があるが、執行部のいうことをきかないからといって貴乃花を懲らしめるというのはやりすぎだ。

貴乃花巡業部長 理事4選 優勝22回

相撲協会執行部

八角理事長(横綱北勝海) 優勝8回
尾車事業部長(大関琴風) 優勝2回
春日野総合企画部長 (関脇栃乃和歌) 優勝なし
鏡山指導普及・生活指導・危機管理部長 (関脇多賀竜) 平幕優勝1回

 八角親方も優勝8回であり地味ではあるが強い横綱に類別できる実績といえるが、北の湖も千代の富士の亡くなった今日、親方のなかで現役最強の実績は貴乃花だろう。
 貴乃花は元執行部で協会幹部であり、組織のことはよくわからないが、理事長といっても上司というより同輩中の第一人者程度の認識しかもってない。
 実際、理事長命令には従わなくても、評議会の議決がなければ理事の解任は簡単にできないと報道されている。
 平成の大横綱を解任してしまうと角界は冷たいところだとの心証をもつことになるだろう  
 執行部の子分でもないから方針に逆らうこともありうるだろうし、執行部の春日野親方は明大出身で貴乃花より10年年長でありそこそこ強い関脇だったが、実績では貴乃花が圧倒的に上だ。また貴乃花が反主流派で干されているとしても現役横綱からなめられる理由もない。
 今回の事件はできれば穏便にすませてもらいたいが、弟弟子の照ノ富士を叱るのはともかく、仮に生意気な言動があったとしても貴乃花の愛弟子は親方のメンツを潰すことになるので控えておいたほうがよかったとはいえる。
 もちろん大横綱だからといって大幹部になれるとは限らない。56連勝の太刀山は親方になって勝負検査役選挙で落選し嫌気がさして廃業した。大鵬や千代の富士の実績でも理事長にはなれなかったし、第四代理事長出羽海-武蔵川は現役時代は最高位が前頭筆頭でも組織のトップになれた。
 八角理事長は中卒にすぎないが、うまく落着できれば名理事長ということなりうる。

 

2017/10/31

「95箇条の論題」宗教改革から500年

 1517年10月31日マルチン・ルターがヴッテンベルク教会に「九十五箇条の論題」をハンマーで打ちつけてから、ちょうど500年である。もっともそれが掲示されたかどうかの史実は定かでない。マインツ大司教に10月31日付けの手紙を送ったことは確かだという。(小田部進一『ルターを今考える』日本キリスト教団出版局66頁)
 ルターの事績については関心はあるが、特別談話を用意する余裕がなかった。分裂気質的な性格の典型的な人である。善人になる必要はないというのがすごい思想だと思う。どんな努力して善を一貫してなすことはできない。パウロも悩んだしアウグスティヌスもルターも悩んだ。キリストは悪魔に対する悪魔だったという。キリストにならって悪魔になるべきだ。
 だから人は悪人であってよいのである。世の中は悪と腐敗に満ちている、悪に対する悪魔は裏返せば善という逆説がいかにも分裂気質的な思想といえる。
 社会が世俗化されすぎている。世俗化すればするほど、マルキストやジェンダー論、世俗的ヒューマニズムのような新奇な思想が幅をきかせることになって有害だ。
 人間はアダムの罪により倫理的に致命的に腐敗しているというアウグスティヌス以来1500年の伝統にそえば、人間の尊厳だの人権などというのは驕りであり、とりわけ国連などの世俗的組織が扇動している世俗的ヒューマニズムこそいかがわしい。
 世俗的ヒューマニズムに乗った過剰福祉の政治うんざり。保育園に落ちようが、過労死しようがそんなことにかまう必要などないですよ。教育は家庭の私的自治で干渉せず、労働は契約の自由な事柄にしてレッセフェールにしたほうが、よっぽど経済は拡大する。
 今こそ信仰覚醒運動が必要なのではないか。昔の人は死後の安寧と幸福に強い関心をもっていた。人生なんてたかがか長くて70年かそこらにすぎない。死後は気がとおくなるほど長い。そちらのよっぽど重要なのである。
 

2017/10/26

がっかりした藤井四段の進学選択

 囲碁のトップ棋士は井山裕太七冠をはじめ中卒が通例ということで、藤井四段も井山七冠と対談してその話は聞いているので、将棋に専念し中卒宣言を期待していたが、報道によれば谷川九段が取材で自宅を訪問した際、直接進学を勧めたという話なので、常識人の前連盟会長のメンツを立てるかたちになったのかな。
 藤井四段ほどの有名人なら中卒宣言にインパクトがあり、教育無償化を唱える安倍に打撃を与えることができたのに残念だ。空気なんて読まなくてよかったのに。
 藤井フィーバーのおかげで業界が潤い、将棋盤や駒も売れているとひふみんがテレビで言っていた。一年前に出版された橋本崇載八段の著書によれば将棋界は「斜陽産業」で「スポンサーが降りれば立ちゆかなくなる砂上の楼閣」なんだそうな。それをこれだけ盛り返したんだから、広瀬すずみたいにもっと生意気言ってもいいと思う。
 自己教育投資といえば将棋の技術書とかパソコンを買ったとか一切税金がかかっていない。義務教育しか出ていないのに俺様は生産性が高く、蕎麦屋の売り上げを伸ばし、盤駒の売り上げを伸ばし、インタ-ネットテレビで1200万アクセスもとらせてやったんだから、教育なんていらねえんだよくらい言ってくれれば面白かったのに。

2017/10/21

子育ては私事 幼児教育無償化は大反対

 これは米国ではありえない政策。そもそも保育制度が未成熟だし、子育ては私事だから公的扶助などもってのほかというのがアメリカ人の考え、子供の育てかたは、里親に出そうが、どうしようが、親の監護教育権の範疇で、政府の干渉に不当であると考えるのがアメリカ人の普通の感覚。それでいてアメリカはわが国よりずっと出生率は高いから 子育て支援と少子化対策は本質的には無関係だと思う。(ユタ州は女子平均初婚年齢22歳と若く、白人女性のユタ州の出生率が 2.45(2002年)と50州で最も高い)
 ところがわが国では、少子化政策を名目として、国民の私事に干渉し子育て支援するのが当たり前のように風潮になっているが、親の監護教育権に干渉するくらいだったら、まだ子供手当のほうがましだったといえる。 
 (なお、私は、昭和39~40年に高井戸の上水学園という幼稚園に行ったが、2か所試験で受かったが母が内職していたので月謝を払えた。月謝が高い方を選んだのはバスに乗って通園したいとわがままをいったからと聞いている)。
 結局、幼児教育無償化は教育の社会化を促す社会主義政策だし、いったん付与した福祉政策は撤回が難しいので、コストになっていくだけである。
 幸福実現党が与党の幼児教育無償化に反対しこのままでは重税国家になると警鐘を鳴らしているが、議席をとれる見込みはない。いわゆる争点回避で政治が与党も野党もオール左派的な社会民主党的政策に寄ってきており、不毛の選択を強いる選挙といえる。
 
 子供たちが希望をもてる未来をとか言ってるが、国親思想で、赤の他人である政治家が親の役割を果たす必要はない。悪しきパターナリズムである。
希望なんて与えなくてもそれでいいんですよ。 子供なんてそんなに可愛いものじゃないし、昔のイギリス人は里親に出して厳しく育てた。中世人の感覚なら、子供なんて大半が自分が不幸な境遇にあることを呪うだけの危険分子で厄介このうえもないしろものだった。
厄介者扱いされても、勝手に生きてのし上がればいいんじゃないか。
 
 社会工学的に教育の無償化してもそれが少子化対策になるという実証的な説明はない。むしろ逆効果かもしれない。
 
 女子の高学歴化が進んだ要因は、もとをたどれば就職といえば高卒や短大卒女子がふつうだった在り方から、四大卒にシフトさせていく要因となった均等法ということになるが、賃金経済学的には高卒女子と大卒女子の賃金差が男子より大きく、えるものが大きいと認識されたからであり、せっかく大学を出たのだから、大卒賃金を得てしばらく働き、これまでの教育投資を回収しちゃおうというすけべ根性で、婚期が遅れたのである。東京では女子の平均初婚年齢が30歳をこえているわけである。
 百歩譲って、教育無償化に意味があるとしても、社会工学的政策を有害とするハイエクやみミーゼスなどの自由主義経済思想から反対なのである。
 少子化の要因は、全般的な未婚率の上昇と、女子の平均初婚年齢の上昇で、出産力の高い20代前半の未婚率が上昇したことによる。
 70年代までは高卒女子が安定した就職先があり、持参金を蓄えたうえで25歳を曲がり角として結婚退職するパターンが多かったので、出産力が高かった。
 
 70年代に戻す。均等法、その他一連の女性政策の全廃が最大の少子化対策になる。それがだめなら学校でデートの仕方や異性を喜ばす方法、恋愛やセックスのやり方を教えるほうがよっぽど少子化対策になる。(宗教的な理由で拒否できるという前提)
 つまり早婚の奨励です。とぢうしてかというと男は40歳まで独身だと、どうせこのこの人はし素人童貞とみられて気持ち悪がられるので全く相手にされず結婚できなくなる。むしろバツ1とか、女性経験のある人のほうがもてます。若い時期は女慣れしておいたほうが結局得だということです。
 
 

2017/09/30

そもそも成人年齢引下げも反対だ

  政治日程は遅れた。今年の通常国会で民法改正を成立させるはずだったが、政府が共謀罪審議を優先させたため、先送りとなり、ハプニング的解散により臨時国会は11月16日から3週間程度と観測されているため、年内成立は困難との報道である。
 しかし土壇場の状況にかわりない。  これから反対運動ではまにあわないため、私は民法731条改正の修正1本に絞って抵抗したいと思うが、そもそも成人年齢引き下げも反対であることを説明しておく。
 
1. 安定している私法関係をいじくる必要などなかった


  成人年齢引き下げは国民の7割が反対か積極的には賛成していない、不人気政策といえる。学生運動で若者が要求しているわけでもない。明治九年の太政官布告で満20歳に定められてから、約140年間続いてきたもので国民に完全に定着し安定していた私法関係をあえていじくる必要はないし、大義もない。政治家の取引のためと自己満足のための政策にすぎない。
  しかも、政府部内では飲酒喫煙年齢や公営ギャンブルは現行どおりとする方向と報道されている。
 イングランドでは酒の購入は18歳以上であり、親の責任下で自宅での飲酒は16歳以上で合法、喫煙も購入は18歳以上だが喫煙自体は16歳以上で合法である[田巻帝子「「子供」の権利と能力-私法上の年齢設定-」山口直也編著『子供の法定年齢の比較法研究』成文堂2017所収]。
 我が国ではそうはならない公算であり、成人式で宴会も開けない中途半端な「成人」になりそうだ。

2. それは自民党と民主党の取引きで決まった

 そもそも選挙権の18歳引下げの経緯は、2007年第一次安倍内閣で国民投票法を与野党合意で成立させるため当時の自民党の中川昭一政調会長が、民主党の公約だった18歳選挙権を丸呑みしたという政治的取引による。
 2014年に自公民三党は国民投票改正法案について合意がなされ、公職選挙法の選挙権年齢について「改正法施行後2年をめど」に18歳以上に引き下げるべきだとする民主党に配慮し、政党間のプロジェクトチームを設置し、改正されたのである。
 そして成人年齢も併せて法改正されることになったわけである。
 もちろん国民投票法を成立させたかったのは安倍である。そのために民主党の要求を呑んで取引したという経緯である。要するに政治家のメンツをたてることが目的で成人年齢を引き下げるのであり、不人気政策なのは当然のことである。
 
3. 18歳が徴兵対象の年齢だから選挙権が与えられただけ
  主要国についていえばアメリカ合衆国はコモンローの成年は21歳だが、ベトナム戦争の際、反戦運動や学生運動が盛んになり、18歳以上21歳未満の者は徴兵されるのに選挙権がないのは不当だとの主張がさかんになされ、1971年に投票権を18歳に引き下げた(憲法修正26条)。
 米国では成人年齢も18歳に引き下げたのは45州であるが、18歳を徴兵対象としたのはルーズベルトにはじまるから、18歳が大人という発想は比較的新しく第二次世界大戦が根本要因といってもよい。
 ドイツも同じ事で、学生運動が激しくなり兵役義務が18歳からなのに選挙権が21歳なのは不公平だとの主張により1970年に18歳に選挙権が引き下げられた。政治不信を主張する激しい学生運動を緩和させるための政策だったのである。(国会図書館調査及び立法考査局「主要国の各種法定年齢」『調査資料』 2008-3-b 2008-12月参照)
  要するに60年代末期の学生運動を背景に、徴兵制(兵役義務)とのからみで、選挙権も引下げられたということである。それはあくまで、一時の社会現象にすぎないのであって徴兵制のない我が国で18歳に引き下げる理由は見当たらない。若者が選挙権を求めているわけでもなかったのである。
 徴兵登録との引き換えならまだわかるが、若者から要求もされてないのにタダでくれてやったのはばかげていた。
 
4.
..コロラド、ミネソタ州のように選挙権と成人年齢を無理に一致させなくてもよいのでは 
 
  選挙権はまだしも成人年齢引下げには国民の7割が反対しているのである。
 私は日本大学法学部民事法・商事法研究会「『民法の成年年齢引下げについての中間報告書」に対する意見」『日本法学』75巻2009年の結論に賛成である。「国民投票法の制定に伴い、成年年齢の引下げが議論されているが、私法においては、満二〇歳の成年制度で長い間安定しており、これを引き下げることは混乱を生じるだけではないかと思われる。‥‥立法趣旨についてきちんとした議論が全くなされてない状況において改正論議だけが先行することは、法改正のあり方として、あまりにも拙速である。」
  成人年齢と選挙権は一致しない例はある。アメリカ合衆国では45州が18歳成人年齢だが、コロラド、ミネソタ、ミシシッピが、コモンローと同じく21歳、アラバマ、ネブラスカが19歳である。
 私はコロラド、ミネソタ州のように選挙年齢と成人年齢が違っていてもよいと思う。

2017/09/24

民法731条改正、737条及び757条の廃止に強く反対し、修正案を提案する  提案理由 概略

1. 婚姻適齢を18歳とするのが世界的趨勢という説明は全く虚偽であり、国民をだましている

 

116歳原則の立法例

 

英国、アメリカ合衆国の三分の二以上の州、カナダ主要州は男女とも16歳が親・保護者の同意要件のもとで婚姻適齢である。[註・スコットランドは同意要件なし、アメリカ合衆国各州の女子の婚姻適齢基準はコモン・ローと同じ12歳から13歳、14歳、15歳、16歳、17歳、18歳と多様であり、オハイオ州のように日本と同じ男18歳、女16歳というケースもあるが、統一婚姻・離婚法モデルの男女とも16歳基準が大多数である。17歳・18歳を原則とする州も少数あるが、その場合でも16歳は裁判上の承認等補充要件規程で婚姻可能としている場合が多い。また27州が婚姻適齢未満でも年齢に制限なく補充要件規程で婚姻が可能であり、17歳の婚姻可能性を全面的に否定する州はない。なおオーストラリアも裁判所の許可と同意要件のもとで16歳で婚姻可能である]

 

2)統一婚姻・離婚法モデルが16歳原則で、婚姻適齢未満でも補充要件で救えるものとしている

 

 米国には私法統一運動があり1970年代の統一婚姻・離婚法の婚姻適齢法制モデルが、親の同意要件のもとで男女とも16歳を婚姻適齢としたうえ、16歳未満でも裁判上の承認等補充要件規程により婚姻可能とする条文となっている。[村井衡平論文参照]、婚姻の自由が重視されているが、これはLoving v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967)が「結婚の自由は、自由な人間が幸福を追求するのに不可欠で重要な個人の権利の一つとして、長らく認められてきた。結婚は『人間の基礎的な市民的権利』の一つである‥‥」と宣言した影響とみられる。米国では今日でも16歳原則がスタンダードであることに変わりない。

 

 

3)アメリカ合衆国にも婚姻による成年擬制制度がある

 

 アメリカでは1971年の憲法修正26条1項で「18歳以上の合衆国市民の投票権は、合衆国または州により、年齢を理由として剥奪、制約されない」と定められているが、成人年齢は統一化されてない。

 

 米国の成人年齢は45州が18歳、コロラド、ミネソタ、ミシシッピが21歳、アラバマ、ネブラスカが19歳である。コモン・ローの21歳を墨守している州もあり、選挙年齢と成人年齢が違っていても別によいわけである。

 

 もちろん婚姻適齢と選挙権は別の問題であり、すでに述べたように米国では16歳を婚姻適齢とする州が三分の二以上を占めるが、16歳未満でも要件補充規定で裁判所の承認等により未成年者でも結婚は可能としている州が多い。

 

 米国の各州法では我が国の成年擬制と同じ未成年解放制度があるのである。

 

婚姻、妊娠、親となること、親と別居し自活していること、軍隊への従事等を理由として原則として成年として扱うのである。(原則としてというのは刑法上の成年とはみなさないこと、選挙権、アルコール、タバコ、小火器の所持、その他健康・安全に関する規則では成年とみなされないという意味)。[永水裕子2017

 

 したがって、米国の立法例からみて成人を18歳に下げても婚姻による成年擬制があって当然よいのである。

 

4)近年活発になった児童婚撲滅団体のロビー活動に迎合するのは間違いである

 

 もっとも近年ヒューマンライツウォッチ等の児童婚撲滅運動が各州の婚姻適齢法制を攻撃し成果を収めていることは事実である。18歳未満の婚姻可能性を否定するのは、ソ連・東独等社会主義国モデルであるが、近年では児童婚反対団体の政治目標となっている。

 

 ニューヨーク州は従前では14歳で婚姻可能な法制だったが、クォモ知事が篭絡され、20176月婚姻適齢を17歳に引上げている。またテキサス州も最近16歳未満の婚姻を認めない法改正を行った。

 

 しかし、20173月ニューハンプシャー州は州議会が婚姻適齢引上げを否決し、ニュージャージー州はクリスティー知事の拒否権行使で婚姻適齢引上げを阻止しており、こちらが良識的対応である。児童婚撲滅論者は婚姻の自由や幸福追求権を無視しており、結婚を妨げることこそ人権擁護だという主張に強い反感をもつ。我が国には詐欺的強制的結婚は社会問題ではないのだから児童婚撲滅論者に迎合するのは間違いである。

 

2. 平均初婚年齢の上昇や未成年者の結婚が少数であることは法改正の理由にならない。

 

 1617歳女子の結婚は90年代に年間約3000人いたが、2015年には1357人まで減少している。また我国の女子平均初婚年齢は2015年に294歳、東京都は305歳であることから婚姻適齢引上げが妥当とする民法学者が少なくないが、平均初婚年齢や未婚率は、社会的、経済的、文化的諸状況で変位する変数であるが、高度産業社会だから必然的に晩婚化するものではないことは、人口学や歴史民勢学の知見で明らかである。

 

 例えばユタ州は女子平均初婚年齢22歳と若く、白人女性のユタ州の出生率が 2.452002年)と50州で最も高い。そのように先進国でも初婚年齢が相対的に低く出生率の高い場合があるから、社会の複雑化・高度化を口実として婚姻適齢を引上げるというのは論理性が全くない。

 

 婚姻適齢法制は、婚姻適応能力のある年齢を制定法で定める理念的なものであって、平均初婚年齢の変動がどうであれ変更する理由とはならないし、全体からみて少数だからといって、憲法13条の幸福追求権、人格的利益、憲法241項の婚姻の自由と密接に関連する法的利益である結婚し相互扶助の共同体である家庭を築き、子供を育てる権利が否定されてよいというものではない。

3. 1617歳女子の婚姻資格剥奪ありきの法改正は圧力団体のメンツを重んじているだけにすぎない

 男女取扱いの差異をなくし形式的平等を達成することが正当な立法目的であるとしても、1617歳女子の権利剥奪をせずともその達成は可能である。男子の適齢を16歳に引き下げる、または2016年までのドイツの法制のように男女とも原則18歳とするが、配偶者の一方は18歳未満16歳以上なら特例で婚姻適齢とする案がありうる。

しかし全く検討されないのは、昭和時代から日弁連女性委員会や女性団体が18歳への引上げを主張していた経緯から圧力団体のメンツが重視されたからだろう。

 国民の憲法13条、24条にかかわる法的利益よりも圧力団体のメンツや利害を圧倒的に重視する法改正として糾弾に値する。

 後述のとおり表向きの法改正理由に論理性が全くないことから、隠れた真の立法目的は男性社会を敵視してきた女性エリートや女性団体が、たんに男性への敵意、復讐心から、女性が最も美しく肉体が輝く当該年齢の女性に求婚し、結婚する権利を政治力により奪い取ることにより留飲を下げるというものではないか。

 あるいは、結婚より経済的自立、教育的平等を重視する価値観から、学業より家庭を選択(優先)する若い女性を軽蔑する。あるいは早婚女性の予断と偏見によるイメージ、高校を中退した1617歳の虞犯女子や性的乱交傾向のある女子が良い相手と巡り会って落ち着くという結婚の在り方を軽蔑する鼻持ちならない差別意識が底意にあるのではないか。

あるいは、婚姻家族の性的分業を否定するジェンダー論やマルクス主義フェミニズムのイデオロギー的立場から、未成年で結婚する彼女らはどうせ、配偶者の男性の稼得能力に依存するので男女役割分担の定型概念を助長し好ましくないから、権利を剥奪したいという敵意にもとづくものと考えられる。

いずれも正当な立法目的とはならない。家庭での分業は私的自治にかかわるもので政府が干渉すべき事柄でない。堀北真希が女優をやめて家庭婦人に収まると宣言しようと、天才棋士藤井聡太四段の母が専業主婦であろうと、政府や社会から非難されるいわれはないことと同じである。民法改正を非伝統的な夫婦の分業や家族の在り方に規格化しようとする全体主義の道具としてはならない。

4. 1996年法制審議会民法部会答申の法改正趣旨に正当性は全くない

1)婚姻の自由の抑制を露骨に示す「男女の社会的・経済的成熟度に重きを置いて定める」という立法趣旨に正当性はない

今回の政府案は成人年齢引下げに便乗するものだが、下敷きになっているのは棚上げにされてきた1996法制審議会の「民法一部改正案要綱」である。

法制審議会は、1617歳女子の婚姻資格剥奪に疑問を呈し、法改正に反対を表明した野田愛子氏(女性初の高裁判事)[1993要旨で引用]のように家裁での実務経験が豊富で実情をよく知っている法律家の賢明な見解を全く無視しており、日弁連その他女性団体のいいなりになったものと考える。

法改正趣旨は「社会生活が複雑化・高度化した現時点でみれば、婚姻適齢は、男女の社会的・経済的成熟度に重きを置いて定めるのが相当」という取ってつけたような口実だが、漠然不明確のみならず露骨に婚姻の自由を抑制する意図があり、憲法241項の婚姻の自由の理念に抵触するので正当な立法目的とはいえない。

法制審議会の法律家は「結婚は自由でなければならぬ」Matrimonia debent esse liberaMarriages ought to be free)という法諺を知らないのか。

婚姻の自由とは社会的地位や経済的条件を婚姻障碍としないという含意がある。本文の第五章附属論文の西洋法制史を参照されたい。従って社会的・経済的成熟という要件など無視してよいというのが本来の婚姻の自由なのである。

 

文明史的にいえば、結婚する理由として新約聖書コリント前書72節・9節の初期スコラ学者によって淫欲の治療薬remedium concupiscentiaeと公式化された教説が、婚姻の自由の神学的根拠である。情欲の緩和、性的放埓さ、姦淫を避けるための結婚、社会的に承認された性欲充足の手段としての結婚というだけで結婚してよいのである。

16世紀トレント公会議後の公式教導権に基づく文書である「ローマ公教要理」Catechismus Romanusでは男女が一つに結びつかなければならない理由として次の三つの理由を示している。第一の理由は、相互の扶助の場として夫婦の共同体への自然的欲求、第二の理由として子孫の繁殖への欲求、第三の理由として原罪に由来する情欲の緩和の手段を得るためである。[枝村茂1980]上記のうち1つの理由があれば結婚してよいことになっている。

法律家や女性団体は相互の扶助の場として夫婦の共同体への自然的欲求を軽視しすぎている。

夫婦の情緒的な依存関係、相手を共感的に理解し、力づけ、感謝し合う、それは結婚以外に得難いものなのだ。結婚相手と喜びと苦労を分かち合うことにより、喜びは倍増し生活の苦労は軽減され、人生に困難があっても乗り越えられる。そのような人間学的洞察からみても年少者であれ、否、未成年者こそ結婚の価値は高いものであるといえよう。

それが政府の勝手な口実「社会的経済的成熟に重きを置く」によって妨げられてはならない。

2)幸福追求に不可欠な価値としての結婚は社会的・経済的条件によって否定されるべきではない

17世紀のミルトンによれば婚姻とは孤独な生活に対して人を慰め生きる力を与えるものであり、夫婦間の相愛関係・幸福な交わり(happy conversation)こそ婚姻の「もっとも主要な高貴な目的」である。[稲福日出夫1985

ミルトンが近代個人主義友愛結婚の提唱者とされるが、結婚と幸福追求を結びつけたことから、幸福追求権の理念の法源の一つともいえる。

ミルトンの結婚観は鈴木繁夫[2004]がいうように率直にセックスによる性的欲求の充足も第一義的目的とするのである。それはコリント前書79の淫欲の治療薬としての結婚の意義からしても当然のことである。

ミルトンは「アダムとエバの夫婦関係に神が意図したような、「適切な楽しい交わり(カンヴァセーション)を手に入れることこそが結婚の目的なのだと断定する。‥‥魂のレベルにおける深い知的な交流、ともかく一緒にいて楽しいという感情的交流、手を握りキスをし体を触れあい感じあう体感の疎通、そこから一歩進んだ性交のエクスタシーまでも含んだ広い意味をもつのが、「交わり」である。ミルトンは「適切に楽しい」交わりを、「肉体の結合」とわざわざ対比させ、交わりも結合もともに重要で、結婚の第一義だと説明している。」 愛情にはフィリア的要因と、エロス的要因があるが両方同程度の意味が含まれた洗練された結婚観といえるだろう。

一口でいえば結婚とはhappy conversation甘美な愛の巣をつくることを第一義とする価値観であるが、結婚の目的が、家系や財産の維持や親族の利害のためでもなく、子どもをつくることでもなく、当事者の心理的充足を第一義とする。現代人に広く普及した結婚観に通じている。

happy conversationは社会的・経済的成熟に達してないという勝手な口実で1617歳女子の婚姻の権利と、求婚する男子の権利が否定されてはならない。だからこそ私は婚姻適齢引上げに反対なのである。

3)高校教育修了程度の社会的・経済的成熟の要求という立法趣旨の非論理性

これは、法制審議会によるものであるが、これほど非論理的で恥ずかしい立法趣旨はない。なぜ結婚するために義務教育以上の義務を負わなければならないのか。これは女性団体が教育的社会的平等を主張していたため取ってつけた理由づけなのである。

囲碁のトップ棋士は中卒が通例である。なるほど井山裕太六冠は離婚したが中卒だから婚姻適応能力がなかったとでもいうのか。横綱稀勢の里は中卒だから結婚してはいけないのか。そんな馬鹿なことはないだろう。仮に高校が義務教育になったとしても学業と結婚生活の両立は可能である。16歳で結婚した三船美佳は横浜インターナショナルスクールを卒業している。

むしろ、義務教育のみで学校教育を終える者こそ婚姻適齢の規定が意味をもつ可能性は高い。法改正の在り方が切実な意味をもつことになる。[滝沢聿代1994参照 要旨で引用]

 

 

4)この立法趣旨では、憲法適合性に問題がある。

 

改正案は法律婚の権利を直接的に制限するものであるが、類似した事例として婚姻の直接的制限(民法7331項の女性の再婚禁止期間)の憲法適合性が争われた再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決・最大判平271216民集6982427で加本牧子調査官解説[法曹時報695号]が「『婚姻をするについての自由』の価値は憲法上も重要なものとして捉えられるべきであり、少なくとも憲法上保護されるべき人格的利益として位置付けられるべきもの」としているように、最高裁が初めて「婚姻の自由」が憲法上の権利であることを明らかにした。

 同判決は、父性の推定の重複を避けるという立法目的の合理性を肯定したが、(実質的)合理的関連がないとされた100日以上の再婚禁止期間を違憲と判断した。

再婚禁止期間大法廷判決は憲法14条の平等原則の枠組みでの司法審査であるが241項の「婚姻の自由」の趣旨もかなり重視されている。

この点が憲法適合性審査に加味されたために、民法7331項の再婚禁止期間女性差別についても、たんに憲法14条の法的平等の問題として、緩い合理的関連性のテストではなく、立法目的の合理性、および、目的と具体的手段との間に(実質的)合理的関連性を必要とする、いわゆる「厳格な合理性基準」をとったと思われる。[犬伏由子2016

1617歳女子の婚姻資格剥奪(男性側からは求婚し、結婚することのできる権利の縮小)は、再婚禁止期間と同様、婚姻について直接的な制約を課す、婚姻の自由を抑制する法改正なのであるから、再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決の示した判断基準に従えば憲法24条の婚姻の自由の趣旨に照らして「厳格な合理性基準」(中間審査基準)が適用されることを示唆しているとみてよいだろう。

しかし、今回の法改正の立法趣旨は、「厳格な合理性基準」中間審査基準に耐えるものでは全くない。詳しくは「要旨メインページ」を参照されたい。

結論として、1617歳女子の婚姻資格剥奪(男性側からは求婚し、結婚する権利の縮小)は憲法13条、241項と密接な関連のある法的利益の侵害であり、憲法違反の疑いがある。

私の考えは、中間審査基準でも違憲となりうるが、判例から離れても、結婚し家庭を築き子供を育てる権利は、幸福追求に不可欠な核心的法的利益である。奴隷は人様の財産にすぎないので結婚の権利は否定されてもしかたない。しかし、自由人は未成年という口実でこの重要な権利が奪われてよいのか。もっと厳しく考えてもよいと思う。1617歳女子は古より婚姻に相応しい年齢で当然婚姻適応能力があると考えられてきた[本文第三章(二)参照]。にもかかわらず、婚姻適応能力のないと者とされてしまうのである。

政治家は圧力団体のメンツを立てるため、与野党一致して権利剥奪の暴挙を強行することになるのだろう。票にも利権にもならない私のような意見は無視されて当然かもしれないが、1617歳女子の婚姻資格を未成年者だからといって剥奪するには、それが当事者の福祉に反する。当事者にとって最善の利益にならない。当事者の将来にとってとりかえしのつかない負担を課すことが立証されなければならないと考える。しかしそれを証明することは不可能なのである。

文献表[引用・参考]

2017/09/10

民法731条改正、737条及び757条の廃止に強く反対し、修正案を提案する

国会議員へ

 

 

民法731条改正、737条及び757条の廃止に強く反対し、修正案を提案する

 

 川西 正彦

(東京都水道局勤務57歳)

 

 成人年齢18歳引下げに伴う関連法案として、政府は民法731条を改正するとし、1996年法制審議会答申「民法改正案要綱」のとおり法定婚姻適齢を現行の男18歳・女16歳から男女とも18歳として新成人年齢と一致させる。また未成年者の婚姻の父母の同意(737条)と、未成年者の婚姻による成人擬制(753条)を廃止する方針であるが、強く異を唱え反対する。

 私の修正案は、当事者の一方が18歳以上であれば、他方は18歳未満16歳以上で結婚できるように修正し、737条と753条も維持することを提案するものである。

 本音を言えば法改正それ自体反対である、しかし、男女別の取扱いの差異に固執するのは得策でないと考え、取扱いの差異をなくして平等を達成しつつ、古より婚姻に相応しい年齢とされてきた16歳・17歳女子の婚姻資格剥奪を避ける修正案を提案するものである。

 結婚し家庭を築き子供を育てる権利、婚姻の自由は、憲法二四条や一三条と密接な関連のある法的利益であり、安易に剥奪されるべきものではない。

 外国の立法例では、イングランドやアメリカ合衆国の3233州、カナダの主要州が男女とも親の同意要件のもとで婚姻適齢を16歳と定めている。合衆国においても我が国の成年擬制と同様の未成年解放制度があるので婚姻適齢は男女共16歳でもよいと思うが、成年擬制との関連で反対論がより少ないと想定する、男女を問わず当事者の一方が新成人年齢の18歳なら、他方は16歳の結婚を認め、従前の1617歳女子の婚姻資格を喪失させない2016年までのドイツの法制を修正案のモデルとして採用した。

 

 

 

 

川西正彦の修正案

 

民法731条修正案

 

 婚姻するには当事者の一方が十六歳に達し、他方が十八歳に達していることを要する。

 

(男女取扱いの差異をなくしたうえ、1617歳女子の婚姻資格をはく奪する蛮行を避ける無難な法案である)

 

 

737条(廃止せず維持)

 

 未成年の子が婚姻をするには、父母の同意を得なければならない。

 父母の一方が同意しないときは、他の一方の同意だけで足りる。父母の一方が知れないとき、死亡したとき、又はその意思を表示することができないときも、同様とする

修正案提案理由の詳細は、特設サイト(姉妹ブログ)を開設しましたので、そちらをご覧ください。

川西正彦のこれが正論だ 民法731条改正、737条及び757条の廃止に強く反対し、修正案を提案する

 

 

2017/08/30

都民ファースト・公明党の「子どもを受動喫煙から守る条例」案に強く反対

喫煙する親=児童虐待者と決めつけ新たに社会の敵をつくるような小池都民ファーストの政策は、糾弾されるべきだ。子供の権利の政治利用に反対する。
 
1. 親の監護教育権への干渉に反対する
 
 子供の幸福を願うのは第一に親であって、どのような環境で育てるかは親の監護教育権の範疇であり、政府や自治体が干渉するのが間違いである。私は狭い家で父も祖母も喫煙する家庭で育ったが、タバコを買いに行ってヘビースモーカーの祖母に喜ばれたことはあれ、健康を害したという覚えはない。喫煙の健康への影響は教育だけで十分であり、仮にそれによって健康を害したとしても父や祖母を恨むことはない。努力義務で罰則がなくとも、親の監護教育権、家庭というもっとも安心できる場所、私的空間・プライバシーの領域を規制するのは、行き過ぎた。
 受動喫煙がどの程度の問題か医学的なことは知らないが、少なくとも、当事者である子供の福祉のために絶対避けなければならないというものではないし、当事者である子供にとってとりかえしのない負担を課すものではないのであるから、子供の健康を守るという口実よりも親の監護教員権や私的自治のほうが重要な価値であり、政府・自治体の干渉はやりすぎで私はそれゆえに条例に強く反対する。
 
 
2. 家庭の私的自治への干渉に反対する
 
 近代市民社会の基本原則、契約の自由、私的自治、自己責任である。嗜好品としての酒やたばこをどうたしなむかは、家庭の私的自治の領域であって、家庭という私的空間に官憲が踏み込んでくるようなことは行き過ぎて、プライバシーの侵害ともいえる。努力義務といっても努力していない家庭は攻撃の標的となる恐ろしい社会になるのではないか。
 特にマイカーでの喫煙は、外から見られるので官憲が踏みこみやすく、単に嗜好品をたしなんでいるだけで、他人から今後告発され子供の虐待者とラベリングされる、そのようなリンチをする社会は恐ろしいと思う。
 タバコは中毒になるので、そう簡単にやめられない人も多く、喫煙場所が限られているからつい車内で吸ってしまうことは当然あることで車内での禁止規定は行き過ぎた。
 
 
3.結婚し家庭を築く権利の侵害になる
 
 結婚し家庭を築き子供を育てることは憲法13条の幸福追求権や24条1項の婚姻の自由という法益にかかわる国民の重要な権利であるが、このような条例が制定されることによって、結婚生活のために禁煙を強要される懸念がある。結婚とは相互扶助の共同体を形成することで、力づけ、感謝し合う、それは結婚以外に得難いものなのだ。結婚相手と喜びと苦労を分かち合うことにより、喜びは倍増し生活の苦労は軽減され、人生に困難があっても乗り越えられる。しかし喫煙者であるために結婚を断念するか、東京都のような条例のない他県に引っ越さざるを得なくなるのは大きな負担だ。
 昭和時代より住宅事情がよくなったとはいえ、大きな家に住める人は子供と別の部屋で喫煙すればよいが、1間や2間の家庭なら子供のために禁煙を強要されることになるし、所得の低い人への差別を生む。
 また喫煙習慣のある祖父母に子供をも預けられなくなるし、喫煙者のいる老父母のいる三世代家族では、老父母を追い出さなければならないのは悲劇である。父母や祖父母が子供や孫と暮らす権利という幸福追求の核心的権利の否定になると思う。
 喫煙している親は、歩く児童虐待者とラベリングして社会の敵にしようとする、このような嫌煙ファッショのような条例は理念からして間違っていると考えるものである。

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