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2019/08/04

公務員及び公企体職員等の争議行為の合憲性判断の変遷と争議行為及び関連する組合活動の刑事事件主要判例の検討(その2)

(承前)


(二)判例法理で明確に否定されたプロレイバー学説に依拠した労務管理をすべきではない

 

2.主なプロレイバー学説


組合側は、プロレイバー学説によって企業の業務指揮権や施設管理権を掣肘することにより職場を支配しようとする。しかし以下の学説は判例によって明確に否定されているから組合の言い分を聞く必要は全くない。


 2-1.争議行為時に業務運営=業務命令ができないという説について

  
(要旨)
 組合側の論理として闘争時に職場を支配するため、管理者が業務命令することは労働基本権の趣旨に反し不当と主張することがありうる。プロレイバー学説では、争議行為は業務の正常な運営を阻害する行為という性格側面を持つとし、したがって争議時にも平常時と同様操業の自由が法的保障を受けるとすれば、操業の妨害を通じて要求貫徹を図る争議権の構造を否定し、操業妨害の効果を減殺させる争議対抗行為を、使用者に争議権が保障されていないのに認めることになるという理屈が根拠になっている。
 しかし 最高裁は、朝日新聞小倉支店解雇事件・最大判昭27・10・22民集6-9-857等初期の判例から争議時において操業=業務の運営が使用者の自由であることを否定しておらず、決定的には山陽電軌事件・最二小決昭53・11・15刑集32-8-1855において「ストライキ中であっても業務の遂行自体を停止しなければならないものではなく、操業阻止を目的とする労働者側の争議手段に対しては操業を継続するために必要とする対抗措置をとることができる」と操業を維持する使用者の権利を明示したので、争議行為時に業務運営=業務命令ができないという組合側の主張に同調する理由はない。

(1)最高裁判例はストライキ中の操業も使用者の自由であり刑法上保護されるとする

 平常時における操業=業務の運営が使用者の自由に属することはいうまでもないが、争議時において操業=業務の運営が使用者の自由が認められているかについて、学説は見解が分かれ、多数説は操業の自由を否定する立場(プロレイバー学説)で、争議中の操業は、市民的自由権ではあっても争議権との対抗の中では権利性を失い、法律上の特別の保護を受けることのない事実行為ないし自由放任行為にすぎないとする。
 片岡曻「使用者の争議対抗行為」労働法実務体系6 106頁、本多淳亮「争議中の操業について」労働法16 100頁、浅井清信 労働法論208、近藤正三「争議中の操業と施設管理権」浅井還暦労働争議法論がこのような立場である。
 しかし、判例は早くから操業の自由を肯定してきた。最高裁判例では、朝日新聞社西部本社事件(朝日新聞小倉支店解雇事件)最大判昭27・10・22 民集6-9-857(組合員外の者の作業を暴行脅迫をもって妨害するような行為は、同盟罷業の本質と手段方法を逸脱したものと判示)、羽幌炭礦鉄道事件・最大判33・5・28刑集12-8-1694(争議続行決議に反対して脱退した組合員が結成した第二組合に加わった労働者+非組合員による操業に対する実力ピケにつき威力業務妨害罪の成立を認めた)、横浜駐留軍事件・最二小判昭33・6・20刑集12-10-2250(非組合員+争議に加わらなかった組合員に対する就業の妨害につき威力業務妨害罪の成立を認める)等が挙げられる。
 最高裁はさらに山陽電気軌道事件・最二小決昭53・11・15刑集32-8-1855においてストライキ対抗措置としての操業行為は完全に法的保護の対象となると説示した。事案は昭和36年春闘に際し、私鉄総連系の私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部組合(約500名)のストライキが必至の情勢になったところから、会社側は第二組合の山陽電軌労組員(約800名)によるバス運行を図るため、支部組合のスト突入に備え、第三者の管理する建物等を選び、営業の終わった貸し切り車等から順次回送する方法で数カ所に車両を分散し、保全管理したため、労使で車両の争奪戦となり、多数人による暴力を伴う威力を用いて会社が回送中又は路上に駐車中のバスを奪つて組合側の支配下に置きあるいは多数の威力を示して会社が取引先の整備工場又は系列下の自動車学校に預託中のバスを搬出しようとして建造物に侵入した本件車両確保行為につき、上告審決定は威力業務妨害罪、傷害罪、建造物侵入罪の成立を認めた原判決を是認した(なお山陽電軌は後にサンデン交通と改称)。
 決旨は「使用者は、労働者側の正当な争議行為によって業務の正常な運営が阻害されることは受忍しなければならないが、ストライキ中であっても業務の遂行自体を停止しなければならないものではなく、操業阻止を目的とする労働者側の争議手段に対しては操業を継続するために必要とする対抗措置をとることができると解すべきであり‥‥使用者が操業を継続するために必要とする業務は、それが労働者側の争議手段に対する対抗措置として行われたものであるからといつて、威力業務妨害罪によって保護されるべき業務としての性格を失うものではない」と説示し、ストライキ中の操業が法的に保護されることは、組合側の計画していた争議行為に対抗するためにとられた措置であるという理由で業務性を失うことはないと明示したことでこの問題は決着がついているのである。

 

 

(2)最高裁判例は業務命令によりスト参加者の代務を行う者の業務も刑法上保護されるとする


 上記の判例は争議権が認められている私企業の事案である。一方、公務員は争議行為が禁止されているのに、プロレイバー学者や組合側が争議中の業務命令を認めないと強気に主張していた理由は、全逓東京中郵事件・最大判昭41・10・26、都教組勤評事件・最大判昭44・4・2刑集23-5-305等が、公務員の組合にも争議行為を正当業務と認めたとの解釈を可能にしたためである。
 しかしながら、重要なことは、公労法違反の争議行為にも刑事免責が適用されるとした東京中郵判決の判例が維持されている時点でも、争議行為に対抗して代替業務者に業務命令することにより操業を維持することについて業務性を認め刑法上保護している判例が多数存在することである。動労糸崎駅事件・最一小決昭51・4・1刑事裁判資料230号215頁や、動労鳥栖駅事件・最三小決昭50・11・21判時801号がそうである。
 昭和38年12月13日、動労は全国7拠点(函館・盛岡・尾久・田端・稲沢第二・糸崎・鳥栖各機関区)で19時より2時間 勤務時間内職場集会(事実上の時限スト)を決行した。尾久、糸崎、鳥栖のマスピケの裁判例が知られている。

 国鉄は本件闘争に備えあらかじめ同じ動労の指導機関士を確保して代替乗務を命じており、代務の乗務員を職場大会(スト)に参加させるための動労によるマスピケについて威力業務妨害罪の成立を認めている。つまり、動労組合員である指導機関士が動労のスト指令に従わず、国鉄当局の業務命令によって、スト参加者の代替乗務員として列車を運転することは刑法上保護される業務とされており、争議行為時の業務命令は不当なものではないことは明らかである。

 ここでは動労鳥栖駅事件をピックアップする。門司鉄道管理局は、動労が時限ストを実施する情報に接し、機関車乗務員が勤務につかない場合に備え、管内から26名の指導機関士を集め、これを業務命令で代替乗務員として鳥栖駅に出張させること、現地対策本部を設置して門鉄局運輸部長を本部長にあて、鉄道公安職員合計約200名を動員し、警備に当らせること等を決定し、対策本部長は、19時から21時までに勤務すべき機関車乗務員が動労側によって市内某所の旅館に軟禁されていること、および鳥栖より乗務する長崎発京都行急行「玄海」号の機関車乗務員(当時は鳥栖でSLから電気機関車に付け替え発車する)が当日出勤していない旨の報告を受けるや、前述26名の指導機関士の一人であるS機関士(門司機関区所属の指導機関士であるが、動労組合員である)に対し、機関車(発機)を運転するよう命令し、対策本部長が先頭に立つて、同機関士が動労組合員らによつて連れ去られないように、数十名の鉄道公安職員に擁護させながら同機関士を誘導し、機留線にある発機に乗車させたのである。
 Sの運転する急行「玄海」号が定刻19時30分より五十数分遅延して発車しようとするや、組合員数百名と共に同列車進路前方の線路上軌条両外側の枕木付近にスクラムを組んで立ち並び、且つ、かけ声を発して気勢をあげ、その発車を阻止する行為等を指揮した動労中央執行委員と、動労西部地方評議会議長につき、威力業務妨害罪の成立を認めた福岡高判昭49・5・25判時770を上告審決定は是認している。
 このように国鉄当局は、時限ストに拱手傍観していない。ストに備え代替乗務員を確保し業務命令を発し、警備と実力ピケ排除のため鉄道公安職員を動員して、列車運行業務を遂行する労務管理は正当なものとされたとみてよい。

 

 

(3)最高裁判例は、公務員が争議行為に参加する場合、上司の就労命令等に従わないと、上司の職務上の命令違反として懲戒処分できるとしている以上、争議時に職務命令ができないなどということはない


 さらに神戸税関事件・最三小判昭52・2・20は、昭和36年の勤務時間内くい込み集会、繁忙期の怠業、超過勤務拒否等の争議行為等に指導的な役割を果たした全税関神戸支部幹部三名の懲戒免職処分を適法としたものであり、刑事事件の全司法仙台事件 最大判昭44・4・2刑集23-5-685を判例変更した全農林警職法事件・最大判昭48・4・25刑集27-4-547の判旨(争議行為の禁止とは違法とされるものとされないものを区別し、さらに違法とされる争議行為についても違法性の強いものと弱いものを区別したうえ、刑事制裁を科せられるのはそのうち違法性の強い争議行為に限るとする判断を否定)にそって、争議行為は全面的に違法とする前提なので、操業の自由の問題に踏み込まずとも、税関当局のとった勤務時間内職場集会に対して事前の警告や、集会当日も懸垂幕の掲出とともに、携帯マイクにより就労命令を行っていることが適法であることを前提として、上司の職務上の命令に従う義務違反としての懲戒処分を是認しているので、就労命令違反の懲戒処分を認めている以上、争議行為中は業務命令できないとする説は完全に退けたことになるのである。
 
 
 

2019/07/28

公務員及び公企体職員等の争議行為の合憲性判断の変遷と争議行為及び関連する組合活動の刑事事件主要判例の検討(その1)

 これは地方公営企業を念頭において労務管理において準拠すべき刑事判例の時系列的メモである。一般論をいうだけなので面白味はない。どのようなケースで刑事制裁が可能かを検討するための資料。懲戒処分も重要だが別途テーマとするので、刑事事件が中心である。引用参考文献は文末に示すが、この記述形式のヒントになったのは中村秀次「刑法総論に関する裁判例資料-違法性及び違法性阻却-」『熊本ロージャーナル』4号2010年である。下書きの域を脱していない。
 「一はじめに」は民事事件も含めた総論である。
一. はじめに
(一)正当な行為とはいえない組合活動を放置すべきではない
 
   我が国では労組法1条2項で労働組合の団体交渉その他の行為で正当なものについて刑法35条の適用(刑事免責)を認めている。
 また労組法7条1項は使用者が労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすることを不当労働行為として組合活動を保護している。
 問題は何が正当な行為かである。それは労働委員会命令、救済命令取消訴訟等の判例や学説に委ねられているけれども、様々な組合活動類型、争議戦術につき今日まで膨大な判例の蓄積があり判例法理の安定的維持によって、正当な組合活動の範疇はおよそ想定しうるものとなったといってよい。
 組合活動が正当な行為の範疇になければ受忍する理由はなく、企業秩序を乱す行為を放置する必要はない。放置されるならそれは馴れ合いであり癒着であって、昭和50年代に最高裁によって案出された企業秩序定立維持権等を発動して是正されるべき事柄である

 
(二)判例法理で明確に否定されたプロレイバー学説に依拠した労務管理をすべきではない
1. プロレイバー学説は1973~1979年の最高裁判例で主要な学説が明確に排除された
 わが国では労働法学者の多数が階級的・戦闘的労働運動を支援する目的の有害なプロレイバー学説(労働基本権によって所有権・財産権の侵害は正当化され市民法秩序は超克されるべきとする)という反市民法的ないかがわしい学説を流布してきた。労働組合は受忍義務説に依拠して無許可組合活動や、今日では違法性が阻却されない他者の権利を侵害する行為を行い、職場に顕著に有害な影響を与え続けてきた。
 学説は下級審にも影響を与え、特に東大の藤木英雄教授の可罰的違法性論はプロレイバー刑法学説というべきものだが、東大教授ゆえ司法に甚大な影響を与えた。
 全逓東京中郵事件・最大判昭41・10・26は可罰的違法性論を適用したもので、公労法の争議行為禁止を合憲としながら、公労法違反の争議行為にも刑事免責が適用されるという先例に反する判断を示したうえ、強い違法性のあるもの、相当悪質なものでない限り違法性が阻却され処罰できないとしたため、田中角栄幹事長ら自民党筋より非難され、以降、昭和42年頃から右派ジャーナリズムが労働・公安事件での偏向裁判をとりあげて司法部が非難され、その要因として「容共団体」青法協の影響力が指摘された。
 昭和44年に裁判所非難はピークiに達する。佐藤首相は司法の左傾化是正を意図して、最高裁長官に木村篤太郎元司法大臣の推薦により東京中郵事件で反対意見に回った石田和外を起用した。
 直後の都教組勤評事件・最大判昭44・4・2刑集23-5-305、全司法仙台事件・最大判昭44・4・2刑集23-5-685の判旨は、公務員の争議行為のうち違法とされるものとされを区別し、さらに違法とされる争議行為についても違法性の強いものと弱いものとを区別したうえ、刑事制裁を科されるのはそのうち違法性の強いものに限られるものとし、あるいは、あおり行為等につき、争議行為の企画、共謀、説得、慫慂、指令等を争議行為にいわゆる通常随伴するものとして、これを刑事制裁から除くというものであるが、この争議行為通常随伴行為不可罰論は、争議行為が公務員の組合の正当業務であるのような心証を与えたことにより、公務員のストライキは公然化した。
 この時点で反対意見は奥野健一、草鹿浅之介、石田和外(長官)、下村三郎、松本正雄の5人の裁判官にすぎなかったが、最高裁は次第に秩序重視派の裁判官が増加し、石田長官退官直前の昭和48年に多数派が形成されて潮目が変わった。石田和外長官は退官後も英霊に応える会会長、元号法制化実現国民会議議長(今日の「日本会議」の前身の一つ)として存在感のある人物だったが、最大の功績は労働事件で左傾化した司法判断の是正に道筋をつけたことにある。
 以後の7~10年間がプロレイバー学説を否定する判例のラッシュとなり、司法は正常化していった。とくに昭和50年代に最高裁が案出した企業秩序論により職場の秩序維持が可能になったことは意義がある。この時期の重要判例をあえて4つに絞れば以下のとおり。
 
 (1) 国労久留米駅事件・最大判昭48・4・25刑集27-3-418
 
 信号所を占拠し駅長の管理を排除するマスピケ事犯で建造物侵入罪と公務執行妨害罪の成立を認めたものだが、下級審が争議行為に付随する犯罪構成要件該当行為に可罰的違法性論を適用して安易に無罪とする悪しき傾向を否定する判断方式を示したことで、社会史的な転換点となった。
 この久留米駅事件方式の特徴はピケッティングを争議行為そのものと明確に区別し、争議行為に際して行われた行為と位置づけたことで、公労法違反の争議行為に刑事免責を適用されるとした東京中郵判決を争点から外したうえ、あえて判例変更しないことによって私企業一般の先例としたのである。
 久留米駅事件方式の引用により無罪の原判決を破棄自判し有罪とした判例として、他組合員への断続的暴行、逮捕連行行為につき日本鉄工所事件・最二小判50・8・27刑集29-7-442、包囲型ピケッティングの逮捕連行行為につき光文社事件最三小判昭50・11・.25刑集29-10-929、六分間テレビの生放送中に労働歌等の騒音を混入させる業務妨害につき毎日放送事件・最一小判昭51・5・6刑集30-4-519等多数ある(マスピケ事犯で同様に無罪から有罪となった国鉄の判例も多いがここでは省略する)。
 最高裁は、リーディングケースの山田鋼業事件最大判昭25・11・15刑集4-11-2257と朝日新聞西部支社事件・最大判昭27-10-22民集6-9-8において争議行為は労務提供拒否という不作為を本質とし、したがって、これに随伴する行為も消極的行為の限度にとどまるべきであり、それを越えて使用者側の業務を妨害するような意図及び方法での積極的な行為は許されないとの見解を確立し、ピケッティングと犯罪の成否については羽幌炭礦事件・最大判昭33・5・28刑集12-8-169が同趣旨の判断基準を示した。
 したがって最高裁は、プロレイバー学説の争議行為は不作為にとどまるものでなく業務阻害権であるという主張をいっさい認めていないが、下級審は可罰的違法性論を採用することによりピケッティングに物理的阻止や有形力行使を認め、組合に戦闘力を付与していた。
 この矛盾を解消したのが、久留米駅判決で、ここに至って物理的阻止や有形力行使する組合活動を「正当な行為」から概ね除外することを示唆する判断基準を確立したのである。
 臼井滋雄最高検検事[1977a]は、久留米駅事件方式確立の結果、「最高裁判例においてはピケッテイングの正当性の限界につき,消極的性格の行為の限度にとどまるべきであるという見解が堅持され、いわゆる平和的説得の限度を越えたピケッテイングが犯罪構成要件に該当するときは、犯罪の成立を阻却するごく特殊な事情が存在する場合は格別、原則として違法性が阻却されないものとされている」とするが的確な批評だろう。
 
 (2) 神戸税関事件・最三小判昭52・2・20民集31-7-1101
 
 国家公務員が争議行為を行った場合、争議行為を禁止した国公法98条5項(現98条2項)に違反するだけでなく、98条1項(法令又は上司の職務上の命令に従う義務)、101条1項(職務専念義務)、人事院規則14-13(現17-2、7条2項・組合活動により勤務中における他の職員の勤務を妨げてはならない義務)にも違反し、かつ国公法82条1号(法令違反)同3号(国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行)にも該当するものとして懲戒処分できると判示した。
 要するに公務員の争議行為について服務規程違反として懲戒処分できないとするプロレイバー学説を否定した。
 むろんこの判例は、都教組勤評事件・最大判昭44・4・2刑集23-5-305及び全司法仙台事件・最大判昭44・4・2刑集23-5-685の判旨を全面的に否定した、全農林警職法事件・最大判昭48・4・25刑集27-4-547及び岩教組学力調査事件・最大判昭51・5・21刑集30-5-1178を踏まえてのもので、同判例は、争議行為禁止の合憲性を肯定するにあたり、制約原理を「勤労者を含む国民全体の共同利益」とした。これは全逓東京中郵判決・都教組判決・全司法仙台判決が「国民生活全体の利益」の保障という内在的制約論とは明らかに異なるものであり、懲戒処分に抑制的になる理由は何もなくなったということである。
 
 (3) 全逓名古屋中郵事件最大判昭52・5・4刑集31-3-182
 
 全逓中央本部・同愛知地区本部の幹部が名古屋中郵局庁舎内で集配課外務員多数に職場大会参加を説得慫慂した行為に郵便法違反幇助罪と建造物侵入罪の成立を認めた。東京中郵判決を判例変更して公労法違反の争議行為に刑事免責は適用されないとし、混乱した裁判実務を収拾した。
 この判例によって違法争議行為における犯罪の成立範囲が確定(単純参加者を処罰の範囲外とする)し、争議行為に付随する行為の刑事法上の評価の判断方式も確定(久留米駅事件方式の総括・明確化)した[臼井滋雄1977b]。
 
 (4) 国労札幌地本ビラ貼り事件・最三小判昭54・10・30民集33-6-647
 春闘における、ロッカーへのビラ貼付行為に対する戒告処分を是認した。狭い意味ではいわゆる施設管理権の指導判例だが、集団的労働関係でもっとも重要な判例という評価[大内伸哉]もある。その卓越した意義を要約すれば以下の5点である。
① プロレイバー学説(受忍義務説・違法性阻却説)を明確に排除し、企業施設内における無許諾の組合活動は労働組合の正当な行為に当たらないとした。
② すでに富士重工業原水禁運動調査事件・最三小昭52・12・13民集31-7-103によって最高裁によって案出されていたが、使用者の企業秩序定立維持権という判例法理を確立。企業秩序を侵害する行為について(1)規則制定権(2)業務命令権(中止・解散・退去命令)(3)企業秩序回復指示・命令権(4)懲戒権があることを明確にした。
③ 労働組合に個々の労働者の権利の総和を超える権能を認める団結法理の否認
④ 抽象的危険説の採用。抽象的な企業秩序の侵害のおそれのみで、施設管理権の発動を認めていること(具象的な企業の能率阻害を要件としない)
⑤ 「利用の必要性が大きいことのゆえに‥‥‥労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない」と述べ、「組合活動の必要性」は無許諾の組合活動を正当化する理由にならず、法益権衡論ないし法益調整的アプローチを明確に排除した。一部の左派の最高裁判事や中られるような特段の事情」論に法益権衡論の調整的アプローチに違法性阻却の枠組みを主張することがあったが、最高裁は明確に退けており(池上通信機事件・最三小昭63・7・19判時1293・日本チバガイギー事件・最一小平元・1・19労判533)、今日まで「特別事情論」に風穴を開けられることなく、判例は安定的に維持されている。
 なお、最高裁は国鉄の懲戒処分の法的性質を私法上の行為と判示(国鉄中国支社事件・最一小判昭45・2・28民集28-1-66)しているので、本件は私企業一般の先例なのであり、官公庁の庁舎管理権とは一線を画している。
 一方、現業国家公務員について、長野郵政局長事件・最二小判昭49・7・19民集28-5-897 が、勤務関係は公法関係と判示している。
 地方公営企業については、名古屋市水道局事件・最一小判昭56・6・4労判367号57頁が勤務関係を公法関係と判示しており、懲戒処分は行政処分であって、私法上の労働関係とされている三公社の先例が直ちに適用されるのかという疑問が生じるところではある。
  しかしながら全逓新宿郵便局事件・最三小判昭58・12・30判時1102号140頁(郵便局舎内の無許可組合集会に対する解散の通告、監視等を不当労働行為に当たらないと判示)が是認した原判決東京高判昭55・4・30労民31-2-544は「企業主体が国のような行政主体である場合と、また私人である場合とで異なるものではない」と述べ企業秩序論が汎用できると説示しており、国労札幌地本事件・最三小判昭54・10・30を引用していることから、この判例法理は勤務関係が公法関係である職場の判断枠組にも適用されている。
 この趣旨から地方公営企業にも企業秩序論の判例法理に準拠した判断をとることができるとみてよいだろう。
 加えて、近年、地方自治体の庁舎管理権につき呉市立中学校事件・最三小判平18・2・7の判例法理を引用した地方自治法238条4項7項(旧4項)の目的外使用許可の裁量処分に関する判例が蓄積しているが、大阪市組合事務所使用不許可処分事件・大阪高判平27・6・2判時2282号28頁は、労働組合等が当然に行政財産を組合事務所として利用する権利を保障されてはいないと説示し、これは、企業の物的施設を行政財産に言い換えただけで、その論拠となる先例として、国労札幌地本事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676、同判例を引用する済生会中央病院事件最二小判平元・1・12・11民集43-12-1786、オリエンタルモーター事件最二小判平7・9・8判時1546号130頁を参照指示していることから、地方自治法238条4項7項の目的外使用許可の裁量処分においても私企業の施設管理権の先例を無視した判断はとられていないのであって、それに準拠した判断をとることができるのは明らかである。
(つづく)

参考文献
池田恒男
1981「国労札幌ビラ貼り事件」最高裁判決の「画期的」意義--現代日本法の一断面」『社會科學研究』33(5) 1981
臼井滋夫
1976「地方公務員の争議行為禁止と刑事罰-全逓中郵事件判決以降の判例の系譜から見た岩教組事件判決の意義」『法律のひろば』29巻8号
1977a「ピケッティングの正当性の限界」『法律のひろば』30巻4号
1977b 「五・四名古屋中郵事件大法廷判決について-公企体職員の違法争議行為と刑事罰」『警察学論集』30巻7号
1977c 「公務員等の争議行為をめぐる刑事判例の動向--名古屋中郵事件判決までの軌跡 」『法律のひろば」30巻8号
1977d「「可罰的違法性論」に対する批判的検討」『警察学論集』30巻7号 上
大内伸哉
2012「いまさら聞けない!? 雇用のルール(第36話)企業内の組合活動は、どこまで許されるのか」『労働基準』 64(3)
河上和雄
1980 「企業の施設管理権と組合活動--昭和54年10月30日最高裁第三小法廷判決について(最近の判例から)」法律のひろば33(1)1980
中嶋士元也
1992「最高裁における『企業秩序論』」季刊労働法157号
野村二郎
1987『最高裁判所-司法中枢の内側』講談社現代新書
古川陽二
2001「一〇・三〇判決以降の施設管理権と組合活動に関する判例動向」労働法律旬報1517/18 
山口浩一郎
1980 「組合活動としてのビラ貼りと施設管理権--国鉄札幌駅事件を素材として」法曹時報32巻7号

2019/07/21

京アニ事件の感想

 私はアニメはほとんど見ないので、ネットの将棋番組で高橋道雄九段が「けいおん」のファンということを知っていた程度、京アニが準大手とかこの事件で初めて知った。アニメは東京の産業かと思っていた。
 読売テレビのウェークアップで精神科医の片田珠美は犯人はなんらかの精神疾患で思考奪取という症状による被害妄想ではないか。病識欠如で治療が中断し病状が悪化した可能性を指摘。近隣とのいざこざは幻聴によるものではないかとも言っていた。
 片田は言わなかったが、私の知識では思考奪取といえば精神分裂病のことでしょ。今世紀になってから統合失調症とゆるい名称に替えられたが、分裂病のほうがわかりやすかったと思う。昔は普通にキ印と言っていた。ノイローゼとか発達障害と分裂病は全然違うものだと思うが今はなぜか広範囲の概念である精神疾患と報道され、かえって誤解を与えていると思う

2019/07/19

自分の投票予定者

 選挙報道はほとんどみてませんが、今回の選挙は比例は現職の「赤池まさあき」、6年前と同じ。初めから決めていた。東京選挙区は、現職の「たけみ敬三」に入れる予定です。

2019/07/18

ジョン・ポール・スティーブンス元合衆国最高裁判事死去

 2010年に連邦最高裁を引退したジョン・ポール・スティーブンス が99歳で死去したとのニュースに接しました。https://abcnews.go.com/US/retired-supreme-court-justice-john-paul-stevens-died/story?id=64379900
 ザ・タイガースやスパイダース、テンプターズは覚えてますがジャニーズはほとんど記憶がない。ジャニーさんはよく知りませんがスティーブンス判事は知ってますので故人の業績を回顧したいと思います。というか引退したときにブログに書いてますので再掲します。
 就任時は穏健な中道派でしたが晩年は左派でした。政教分離で最左派ですが、平等保護条項にこだわりのある人でした。最大の業績はバッキ訴訟(白人逆差別事件)の意見です。憲法問題は回避しましたが黒人等minorityの優先処遇、人種を考慮した大学入試自体が公民権法違反との見解だと思います。公民法関係では男性差別事件ですがニューポートニュース判決(1983年)NEWPORT NEWS SHIPBUILDING & DRY DOCK v. EEOC, 462 U.S. 669 (1983) 「‥‥健康保険その他の特別給付の給付は、賃金その他の雇用条件に当る。女子従業員も男子従業員も差別から保護されている。ゆえに女子従業員の扶養家族に対しては全額健康保険を支給し、男子従業員の扶養家族に対しては全く支給はないような制度はTitle VIIに反する。」では男性差別を公民権法違反とした。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_f943.html
以下9年前の4月11日のブログを再掲します。
 スティーブンス判事は1975年共和党フォード任命、在任35年に及び89歳と高齢であリ、予測されていたことですが、今開廷期が終了する6月下旬か7月上旬をもって引退すると土曜日から一斉に報道されてます。蝶ネクタイで知られ、ノースウエスタン大学出身でシカゴカブスのファンでした。http://abcnews.go.com/WN/justice-john-paul-stevens-announces-resignation/story?id=10335098
 同判事の司法判断について回顧する記事が書かれてますが私も書きます。
http://www.humanevents.com/article.php?id=36447
  バーガーコート時代は、典型的な争点次第で揺れる中道派の裁判官でした。ひねった変化球的見解が持ち味であり、それなりに注目されてました。しかし前世紀末より今日までの評価はリベラル(左)派のリーダーというもので、陪席裁判官の長老格として存在感を示したと言える。オバマはスーター引退に伴うソトマイヨルに続いて最高裁判事の指名の機会を得たが、穏健な保守のケネディ判事が決定票を握る構図に大きな変化はないとみられる。
 スティーブンスの司法判断で一貫しているのは国教樹立禁止条項(政教分離)を争点とする判例でもっとも厳格な分離主義者であるということ。代表的なのが1985年ジャフリー判決です。アラバマ州の公立学校における自発的なの祈りか思索のための一分間の沈黙の時間を違憲とした法廷意見をスティーブンス判事が書きました。Wallace v. Jaffree, 1985 http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=472&invol=38教師がお祈りを強制するわけでもないのに「自発的な祈り」のための時間としているのが不適当と云うのです。レーガン大統領とアメリカの保守派はこの判決に怒りました。
 私が特に印象に残っているのが平等保護条項を争点とする事件で同一行為同一処罰と云うような形式的判断で割り切る同判事の姿勢です。例えばMichael M. v. Superior Court判決(1981)は、
http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0450_0464_ZO.html
 18歳未満の女子と性交した男子を、同意の有無に関わらず処罰するカリフォルニア州の法定強姦罪の男性のみ処罰が平等保護条項に反する性差別かが争われた事件で、レーンキスト相対多数意見は、未成年者の妊娠を防止するという州の正当な利益に奉仕するものであり、また女子には望まない妊娠という自然の罰があるのに、男子にはそれがないので均衡を取るために男子のみを処罰することは合理的であるとして合憲判断を下したが(コーラ割のウィスキーを飲んだ男子が、初対面の女子と野外にて接吻し性行為に及んだところ、処罰されたというもの)、スティーブンス反対意見は、性行為という同一行為を行ったのだから、男子も女子も罰せられなければ平等保護条項に反すると述べた。この見解は「男性は攻撃的で女性は受動的でありに若い女性は弱いので保護されるべき」とか「性の場において男は加害者で女は被害者」というステレオ・タイプを受容することを否定した点でそれなりに意味のある反対意見と評価できる。
 (参考 宮園久栄「フェミニスト犯罪学の意味するもの」『法学新報』100巻3.4号) 
 類似した見解はBowers v. Hardwick, 478U.S. 186(1986)http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=478&invol=186ジョージア州の ソドミー禁止法を合憲した反対意見にも現れる。口腔性交つまりフェラチオやクリニングスですが、スティーブンス判事は、異性愛者のそれはよくて、男子同性愛者のそれは禁止されると言うのは平等でないと云うのである。私はこの見解は形式的すぎると思います。異性愛者の口腔性交は生殖行為の前戯として、相手の性的欲求を満たすという夫婦倫理に基づく行為で、憲法上保護すべき価値があると考えますが、男子同性愛者のそれは何の価値も見いだす事ができないからです。 
 スティーブンス判事が書いた意見で評価されるべきものの一つとしてカリフォルニア州立大学理事会対バッキ事件(逆差訴訟)の一部反対一部結果的同意意見がある。UNIVERSITY OF CALIFORNIA REGENTS v. BAKKE, 438 U.S. 265 (1978) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=438&invol=265の結果的同意意見がある。
 事案は大略して次のとおりでした。白人男性アラン・バッキはカリフォルニア州立大学デイビス医学校の選考制度に出願し、マイノリティグルーブ(黒人・メキシコ系・アジア系・アメリカインディアン)の特別入学者選考制度による入学者の評価点より高かったにもかかわらず入学できなかった。このために、黒人等優先処遇の特別入学選考制度を合衆国憲法修正14条平等保護条項、カリフォルニア州法第1条21項および1964年公民権法タイトル6(連邦政府から資金援助を得る公的・私的事業における人種・肌の色・元の国籍にもとづく差別を禁ずる)に違反するとして(1)医学校は入学者選考に当たって彼および他の出願者の人種を考慮してはならないとの差止命令(2)原告バッキを入学させる作為命令を求めて出訴し、大学側は(3)特別入学者選考制度を適法・合憲とする宣言判決を求めて反訴を提起した。
 州最高裁判所はバッキの勝訴させ、(1)、(2)を認め(3)を認めなかった。そこで大学側が連邦最高裁にサーシオレーライの申し立てをなし受理された。
 本件は人種問題であるため大きな社会的反響が予測された。連邦最高裁は原判決をすべて容認して黒人等優先処遇を公民権法タイトル6に違反した人種差別とするスティーブス判事ら4判事と、黒人等の優先処遇を容認し原判決の破棄を立場をとったブレナン判事ら4判事が真っ二つに割れて対立したが、中間派のパウエル判事が決定票を握って、(2)と(3)について原判決を容認し、本件は白人バッキに対する差別して、割当制についてそれが人種のみを理由に異なる扱いをしており、合衆国憲法修正第14に違反していると述べたが、(1)の「いかなる出願者の人種を考慮してはなにらない」という部分のみ原判決を破棄するという「大岡裁き的玉虫色」判決となった。
 その理由が多様性をもった学生を確保するという目的は憲法上、学問の自由に含まれるというのである。人種やエスニシティといった背景が入学者選考において一つのプラス要素として考慮することを認めた。本件の特別選考制度は人種差別で違憲だが、ハーバード大学のような人種を考慮しつつも人種差別の意図はない方法は認められる。つまり別枠としてマイノリティに当てる割り当て制は違憲だが、下駄を履かせるやりかたはよいという。
 つまり、私の解釈ではそれは多様な背景をもつ学生を確保する教育学的意義というような事柄に、司法部は謙抑的姿勢をとるべきであるという一つの司法自制主義的判断があるものと考える。逆差別も人種差別としたにもかかわらず、世論の反発をかわすという意味でマイノリティにも配慮し含みを残した大岡裁き的判決であった。
 しかし、理屈としてはすっきりしない司法判断であり、この点、スティーブンス判事ら4判事の見解がわかりやすかったと考える。つまりスティーブンスは憲法判断を回避して、公民権法タイトル6の立法趣旨がカラーブラインドを理念としており、つまり人を人種や体色で区別しないというものだから、人種を考慮した選考は人種差別そのものであり単純に公民権法違反であるとした。
 参考 高橋一修 「最近の判例-州立大学医学校入学者選考制度におけるいわゆる逆差別」『アメリカ法』1980-1、宮田智之「ミシガン州立大学訴訟への連邦最高裁判所判決」pdfhttp://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/218/021807.pdf
 スティーブンスが逆差別を違法とした点で好意的な見解をもつ。男性差別事件ととしてはニューポートニュース判決(1983年)
NEWPORT NEWS SHIPBUILDING & DRY DOCK v. EEOC, 462 U.S. 669 (1983) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.dj.pl?court=us&vol=462&invol=669について当プログででも取りあげたとおりである。
 ところが、バッキ事件と類似した逆差別事件でて2003年にグルッター対ボリンジャー事件Grutter v. Bollinger .http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=000&invol=02-241という重要判決があります。ミシガン州立大学ロースクールの逆差別事件ですが、バッキ事件のパウエル判事の意見に依拠した、オコーナー法廷意見にスティーブンス判事は加わっている。カラーブラインドの理念にもとづき厳格な平等主義者かと思っていたのに、態度を変更してしまっているのである。バッキ事件では保守派と組んでいたのにこの事件では左派と組むものであって思想的首尾一貫性と云う点で釈然としないのである。
 しかしながら惜しまれる事があります。かつては最高裁判事はプロテスタントが圧倒的多数でしたが、現在の構成がカトリックに偏ってます。ニューヨークタイムズなどは唯一のプロテスタントと云っています。
参考 高橋一修 「最近の判例-州立大学医学校入学者選考制度におけるいわゆる逆差別」『アメリカ法』1980-1、宮田智之「ミシガン州立大学訴訟への連邦最高裁判所判決」pdf   http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/218/021807.pdf
 
 

2019/06/30

フォルクスワーゲン・チャタヌーガ工場UAW交渉代表選挙僅差で敗北

 テネシー州のフォルクスワーゲン・チャタヌーガ工場で六月、UAWのチャタヌーガ工場交渉代表選挙が行われ、僅差で反対票が上回り、かろうじて組織化を阻止したと報道されております。  https://www.reuters.com/article/us-volkswagen-union-vote/vws-tennessee-workers-vote-against-union-representation-idUSKCN1TG014
 1935年全国労使関係法(NLRA)は、我が国のように1つの事業所に複数組合が併存することのない排他的交渉代表制度をとっているが、労働組合が承認され団体交渉権を得るには、適正な交渉単位で従業員の3割の署名によりNLRB(全国労働関係局)の監督下の選挙で、過半数の支持を得て認証を受けた組合だけである。
  つまり、交渉代表選挙にもちこむ段階でまずハードルがある。そのうえ交渉代表選挙で勝たないと組合は承認されない制度で、会社側も対抗した言論活動ができるので、否決されることも多いのである。
  組合が組織化されると、制限的労働規則に縛られ、人員の配置が硬直化し仕事の効率が悪くなるほか、日本のような内部昇進のような制度は組合のない企業でとられているので内部昇進を望む人や、組合不在企業も風通しのよい企業風土や従業員にフレンドリーな政策で努力しているから、組合を望まない従業員も多いのである。
  一般に南部では組織化が難しいとされるが、フォルクスワーゲン工場にはUAWが攻勢を仕掛けていた。組織化にいたらなくてほっとしている。

2019/06/19

今日も不愉快

  体罰禁止成立、親の懲戒権見直し。全く不愉快だ。大体子供なんて、大人の言うことをきかない。生意気で憎たらしいだけで、勝手に他人の家の冷蔵庫を開けたり、手癖の悪い子どもはひっぱたいてやらないとどうしようもないでしょ。
  週刊スパ6月25日号の鈴木涼美の気の利いたコラムを読みましたが、働き方改革関連法批判は概ね同感。安倍がもともと左翼体質か、独裁権力維持のため争点潰し政策といえるが本当に良くない。
  関係ないことだが、体罰で思い出すしたのは、 私は幼稚園教諭にSMみたい手を手ぬぐいのようなもので縛られたことがある。勝手に犯人にさせられて、自白して謝れば許すから自白しろと言うんですね。結局、違うなら真犯人を教えろというがそれは性格的にできなかった。結局自分がやってない罪をかぶって虚偽の自白をせざるをえなかった。その教諭は、その直後、結婚で退職しました。でもその程度のことはどうということではありません世の中はもっと汚いそういうもんでしょと思っていた。俺を犯人にきめつけておいて実はラブラブだったんだな、だから女は信用できないとその時思った。
  

2019/06/18

ケーキショップは宗教的信念により同性婚のウェディングケーキの注文を拒否できる

 2018年6月5日の連邦最高裁判決Masterpiece Cakeshop, Ltd. v. Colorado Civil Rights Commissionは宗教的信念によりゲイカップルを祝うカスタムウェディングケーキの提供を拒否したケーキ屋さんがコロラド州の差別禁止法違反とされ、コロラド市民権委員会は会社の方針の従業員の再教育を要求したうえ、サービスを拒否したケーキ屋さんに対してナチ呼ばわりし、奴隷所有者、同性愛恐怖症、頑固者その他の暴言が吐かれ、利益の大きいウェディングケーキ事業から撤退せざるをえなくなったというものである。
 最高裁は7対2でケーキ屋に有利な判決を下した。判決は市民権委員会の事件の扱いには、彼の異議、誠実な宗教的信念に対して明確で容認できない敵意の要素がいくつかあり、コロラド州法は宗教にもとづく差別を禁止しており、法律の公正な施行でなく不適切な対応としている。なお、この判決は憲法上の権利には踏み込んでいない。
 CNNのブレーキングニュースhttps://us.cnn.com/2019/06/17/politics/supreme-court-lgbtq-religious-liberties-oregon/index.htmlでは、後続する同類の訴訟を連邦最高裁が棄却、オレゴン州の裁判所に差し戻し、Masterpiece Cakeshop事件判決に沿った再考を求めるものと解説してます。
 私は自由企業体制では事業の自治、取引自由が最も重要な価値という立場(古典的自由主義)からこの判断を支持します。社会主義者や人権派は、私的自治、宗教的信念、取引自由、営業活動、雇用判断に干渉し自分たちの都合のように縛ろうとするために政府を利用するがうんざりだ。
 また、スティーブン・パノンのような立場、伝統的なユダヤ・キリスト教的規範・道徳の枠組を死守すべきとする立場にも共感します。社会があまりにも世俗化されすぎた。ここ20年くらいの新奇な考え方より2500年の西洋文明の価値、聖書のほうがずっと安心できます。米国は宗教の自由の最後の砦になるだけでも価値がある。
 

2019/05/01

新奇で味気なかった皇位継承儀式その他の感想

 用事で外出していたので退位礼は夜の報ステでみただけだが、国家社会主義者安倍の退位宣告からはじまった退位式は、臣下が君主にクビを宣告する不可解な儀式との感想をもった。あまり良い儀式とはいえない。

 伝統的な皇位継承は、譲位式は内裏の外で行われる。前例では仙洞御所(上皇御所)への行幸(パレード)、そのさい剣璽も伴に移動し、上皇御所で譲位式を行い、入れ替わりで皇太子が内裏へ行啓、剣璽が仙洞御所から内裏に渡御されてから新帝の受禅式という段取りである。今回は譲位ではなくやめさせられる儀式のうえ、きらびやかなバレードもなく寂しい儀式となった。

  高輪の上皇仮御所も改修が終わっていない。オリパラその他よりもこちらに費用をかけるべきだったと私は思う。

 譲位式から受禅式までの一連の流れが皇位継承儀式であるから、今回のように午前0時を皇位継承、改元とするのも疑問とはいえる。光格譲位仁孝受禅は、仁孝天皇の受禅が午前1時とされるので日をまたいでいるが、基本的は1日のうちにすませてよいのであって、また退位の日と、即位の日を分けたのは儀式が間延びした感がいなめず、また剣璽を承継してないのに即位というのも釈然としない。

  また今回は明らかに改元が国家社会主義者安倍によって政治利用された。そもそも元号制定権は朝廷のものであり、今では元号法は政令によるとしているが、慣習を維持するために内閣が制定する制度になったことをいいことに、安倍は「令和」の出典の万葉集は貴人から庶民の歌まで採録され、一億総活躍という政策に合致するなどといい、元号の示す国家理念と自己の政策が一致すると言い。元号制定者としてまるで君主のようにふるまった。

  臣民であるから元号を使用するという趣旨から、天皇が制定するなら元号はありがたいといっていいが、今の天皇に元号制定権は剥奪されている状態で、「令和」という元号をありがたがっている国民は、決定者である安倍を皇帝のようにあがめることになってしまったのである。元号制定権の簒奪は武家の権力者でも容易になしえなかったこと。それを事実上やってのけた安倍は恐ろしい独裁者のように思える

2019/04/30

前例に反する疑問だらけの退位礼

 3/21にも述べたが譲位式は内裏の外で行われるのが通例である。『儀式』ではそうなっているはず。天皇は禁裏御所から仙洞御所へ行幸し、剣璽も伴に移動し、仙洞御所(上皇御所)に遷御された後に譲位式がなされるのが筋。

  ところが今回は皇居正殿を行われるので異例。安倍は上皇御所を造営整備することもせず、伝統的な譲位受禅ではない異例の儀式にしてしまったことから勤王家とはとてもいえない。むしろいじめに近いのに「令和」を決めたのは俺様と威張っているのはちゃんちゃらおかしい。

 もっとも上皇御所でなく内裏紫宸殿で譲位式がなされた例外はある。寛平九年七月三日の宇多譲位醍醐受禅は異例なことに、皇太子の元服加冠の儀と同日にセットされた。清和、陽成の元服は正月であり、七月というのも異例であるが、敦仁親王は当日東宮より内裏清涼殿に入り元服を加えたのち、異例なことに譲位式が紫宸殿で行われた。譲位の詔で新帝の奏請宣行は時平と道真の輔導によれと命令を下すというきわめて特徴的な儀式になった(河内祥輔『古代政治史における天皇制の論理』吉川弘文館 1986)

  これには政治的な理由がある。『九暦逸文』(藤原師輔)によると皇位継承当日七月三日の夜、皇太夫人班子女王は娘の為子内親王(醍醐の伯母)とともに参内した際、藤原穏子(基経女、13歳醍醐と同年齢)がともに参入してきたので、班子女王の命により宇多上皇が穏子の参入を停めたという。穏子は寝所近くまで進入してきたので、班子女王が弘徽殿で待機状態にあった上皇を呼びだし、上皇御自ら実力阻止行動に出るというドタバタ劇があったようだ。要するに、元服の夜の添臥をめぐって、摂関家を嫌っている宇多御生母班子女王は為子内親王とすることで譲らず、にもかからず藤原氏側は藤原穏子の参内を強行したので、それを阻止する目的など(これ以外にも醍醐養母藤原温子の居所をめぐる政治的駆け引きもあったと考える)で、上皇が内裏にとどまる必要があったという特殊事情である(なお宇多上皇はこの後、八月九日に母后班子女王とともに東院(もしくは洞院)に遷御されている)

  しかし今回はそういう特殊事情はないのに上皇御所で譲位式が行われないのは先例無視も甚だしいということである。

  産経新聞や保守系の論客が退位ではなく譲位と言っているのも疑問。政府は公式的に譲位を認めてないはず。退位と報道している新聞が正確だろう。保守派論客で今回の儀式を批判しているのは中川八洋氏がいるが、譲位受禅でなく退位即位としたこと。伝統を重んじ一日のうちに譲位受禅を終えるようにすべきともっと異議をとなえるべきだった。

   おことばが譲位なのか退位になるのかは儀式をまだ見てないので不明だが、もし「譲位」とされるならば強い天皇と歴史的に評価されると思う。

 ついでに云うと、民間の改元に便乗した商売にけちをつける趣旨ではないが、改元カウントダウンのような大晦日に擬したセレモニーは新奇なもので違和感がある。重大事は皇位継承であって、改元はそれに附随して行われただけだろ。

 なお天皇は行幸だが、院(上皇)は御幸と表現するようだ。これを間違えると恥ずかしいので注意したい。

«先例に反する4月30日天皇退位式の強い疑問

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