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2005/08/26

女帝即位絶対反対論(皇室典範見直し問題)第2回

川西正彦
(掲載 平成17年8月26日)

  

 第一部 女帝・女性当主・女系継承・女系宮家に反対する基本的理由

   
Ⅰ 事実上の易姓禅譲革命是認になり、日本国は終焉する
 
(承前)
 
3  世論重視=孟子の革命説の採用は危険思想だ

 もちろん、私は易姓革命それ自体に反対です。しかし、民をもって国を簒うことは、民意をもって天命とみなす、人民の帰服する有徳者を王者とみなす孟子の革命説によって正当化できる。村井章介の論文(註1)から引用する。墨子の君主の悪徳が王家も滅ぼすという革命説を王朝そのものの盛衰に拡延したのが孟子の思想である
「仁義を失った暴君紂はもはや一夫にすぎず、周の武王はすなわち一夫を誅したのであり君を弑したのではないといい(梁恵王下篇一五章〉、君臣の双務的契約関係を強調し(離婁ト篇九二章)、諫めを聴かない君は位から放逐すべしとまでいう(君に大過あらば則ち諫め、これを反復して聴かれずば則ち位を易う-万章下篇一四〇章-)。では君徳の有無はなにによって量られるか。舜は堯から天下を譲られたが、これは堯があたえたものではなく、天が与えたのであり、天の意志は「民の視、民の聴」を介して示される(万章上篇一二七章)。天命に遵い有徳の政を施すもののみが帝王たりうるが、その天命は民の意志、世論によって認識可能になる」
 孟子思想は実にしぶとい。平成15年11月の小泉首相の施政方針演説でも「天の将に大任をこの人に降さんとするや、必ずまずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしむ‥‥」という孟子の言葉を引用しているように現代にも生きている。
 敬宮愛子内親王も孟子「人を愛し、愛され、人を敬い、敬われる」を典拠とした命名である。これは毎日新聞平成13年12月7日夕刊によれば、事実上、皇太子ご夫妻で選び内定していたとされているので(註2)、孟子の革命思想は意識されていないと思うが、勝手な理屈で、例えば、内親王は孟子の革命説、民意により禅譲革命を実現すべく日本朝のラストエンペラーとなることは、命名の時点で定められていたとか、とんでもない解釈で、いかようにも革命は正当化可能なのである。だから恐ろしいと言っている。
 
 世論調査では軒並み八割前後の国民が女帝容認のようです。現今の女帝論議は、生涯非婚独身内親王を前提としたものではない。八割の国民が血統的に袋小路の状況で皇統を形成できない女帝即位を待望する世論というものは、皇統を形成できないことがわかっていながら女帝即位を待望するのだから、実質的に内親王を日本朝のラストエンペラーにして革命を待望しているも同然と解釈できるのだ。孟子説に基づいて民意をもって天命とみなせば、皇朝は暦数、命運が尽きたとして易姓革命を正当化できる。実際問題、國體護持よりもフェミニズム迎合が民意だと世論調査の解釈ができるのだから、「世論重視」とは民意を天命とみなして孟子の革命説で皇室を廃止するぞと脅しているのも同然なわけで、このような危険思想は断固排除されなければならないのであります。
 「天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という教育勅語はどうなったんだ。女帝容認八割の世論というのは、事実上の反日危険思想、皇運を扶翼するどころか、無節操にもフェミニズムに迎合するため、万世一系の皇位、皇室も日本国も棄ててかまわないと事実上表明しているのと同じ。女帝ブームから一転して王権簒奪モードになれば、一般大衆なんて容易に長いものに巻かれます。女系継承から易姓革命容認が法制化されれば政府官僚は粛々とそれを実行します。革命を美化することにありとあらゆる手段を尽くすことになる。日本朝の暦数・命運は尽きたとさかんに宣伝され、受命思想などにより新王朝が正当化されます。官製デモが仕掛けられ、大衆は女帝ブームから一転して女帝退位、革命成就のため示威行為で圧力をかける側になるでしよう。だから世論というものは恐ろしい。武官が宮廷に乗りこんで女帝を恫喝して脅し、禅譲革命が決まれば、大衆は史上初の革命万歳とかいって熱狂し大騒ぎするに違いない。不穏な動きがあれば粛清だ。私のような反対者は政府に捕まる前に暴民にやられておしまい。人を殺してもたぶん革命無罪になる。だから世論重視なんてとんでもない。
  
 いうまでもないが天皇が大八嶋国をしろしめすのは皇祖の神勅にもとづいている。神権的な性格を有するのである。王土王民思想(註3)が正しい。民意・世論によって廃立する性格のものでは絶対ないし、絶対あってはいけないことです。
 一本調子の論旨を避けるため、記紀にこだわらない解釈も示しておきたい。神祇令13践祚条は即位にあたって「凡そ践祚之日には、中臣、天神の寿詞を奏し、忌部、神璽の鏡剣を上れ」と中臣氏による天神寿詞の奏上を規定するが、大津透によれば天つ日嗣の神話を言挙げし高御座即位の意味を確認するものとみなしている(註4)、また神野志隆光によれば、「神璽」とは神権性を保障するしるしであり、天神寿詞とあいまって、天皇は神性をもって君臨するものとあらわし出すと述べている(註5)。
 『日本書紀』持統四年正月の持統天皇元日即位は「物部麻呂朝臣、大盾を樹て、神祇伯中臣大嶋朝臣、天神の寿詞を読む。畢りて忌部宿禰色夫知、神璽の鏡剣を皇后に奏上す。皇后、天皇位に即く。公卿百寮、羅列し 匝ねく拝みて手を拍つ」と伝えられているが、持統女帝即位式はそのように神性をもって君臨することを意味しており、皇位継承儀式は基本的な在り方としては現代においても同じことである。
 また、皇位継承が神権的に保障されている思想としては、即位宣命や延喜式祝詞で高天原の神ろき・神ろみによる地上統治の委任について言及されている。

『続日本紀』神亀元年二月の聖武天皇即位詔、天平勝宝元年七月の孝謙女帝即位詔、天平宝字元年七月十二日の詔、同二年八月の淳仁天皇即位詔をあげることができる。
 神ろき・神ろみが「皇親(すめらがむつ)」してみられる。天平勝宝元年詔では、
 
高天原に神積り坐す皇親神魯棄・神魯美命以て、吾が孫の命の知らしむ食国天下と言依さし奉りの随に、遠皇祖の御世を始めて天皇が御世御世聞こし看し来る食国天つ日嗣高御座の業‥‥
 
 とされ、さしあたり中村英重の解釈(註6)は、神ろき・神ろみ両神は「吾が孫の命」である天皇に地上の支配を委託し、その支配のことが「天つ日嗣高御座の業」とされている。さらに天平宝字元年詔では神ろき・神ろみが「定め賜ひける天日嗣高御座の次」とし「天日嗣高御座の次」である天皇の継承は両神により決定されたもの‥‥とされるのである。
 神ろき・神ろみは祝詞では祈念祭、月次祭、大殿祭、大祓、鎮火祭、大嘗祭、新嘗祭、鎮御魂斉戸祭、遷却崇神祭、出雲国神賀詞、中臣寿詞にあらわれるが 大祓、遷却崇神祭
の祝詞では、神ろき・神ろみは高天原にて神々を招集し、「神集」の上で地上支配を皇御孫に委託することを決めていて、両神は高天原を統合する主宰神であった(註7)。
 単純に云えば、皇位継承の血統原理は皇祖の神勅、皇祖神の事依さしという神権的な正統性を有するものであるから、易姓革命を是認することは、神権に基づく皇位継承の論理、皇祖の神勅を根本的に否定することになるので、孟子の革命説とは本質的に水と油なのである。
 もちろんわが国には古くから孟子思想は知られており、万世一系と矛盾しない限りにおいて、孟子思想も受容されている。例えば文徳系より光孝系へ、後鳥羽系より後高倉系、後高倉系より土御門系というような、王権の意思ではなく、事実上有力貴族や武家政権の推戴で決する皇位継承のありかたも正当化されてきた。さしあたり(註1)の村井章介の論文をみてください。神皇正統記とて、幕府の干渉による後堀河や後嵯峨の登極の意義を認めている。というか、南朝であれ北朝であれ歴代天皇は全て後嵯峨に繋がっている以上、表向き八幡宮の神慮、実態的にいえば北条泰時の推戴によるとしても肯定論になるのは当然のことである。

 しかし、民をもって国を簒う、民意をもって皇室の暦数、命運は尽きたとみなす、過激な革命思想は断じて容認できるものではないのであります。今の政府はそれをやろうとしている、だから絶対許せない。

承久以来、武家政権による皇位継承への干渉はあった。しかしそれは、しかし干渉はあっても鎌倉時代における全国統治、国家高権は朝廷にあった。

日本全国一斉譜課(荘園・国衙領の別なく)の臨時徴税である、役夫工米(伊勢神宮の造替)・造内裏役・大嘗会役などの一国平均役譜課免除の決定は朝廷の行事所であって幕府ではない。鎌倉幕府は知行国主として徴収にあたり、それに加えて催促に従わない地頭御家人についてその弁済を保障していた(註8)。
 少なくともその限りにおいて幕府は臨時徴税請負人のようなものであって幕府は朝廷に奉仕すべき立場にある。一国平均役があるから、全国民的に天皇と伊勢神宮の存在は理解されていた。また鎌倉時代は朝廷訴訟制度が整備され本所間争論は朝廷の管轄権であり、幕府は朝廷の管轄権を侵していない。
 なによりも「両御流皇統は断絶してはならない」(『花園天皇宸記』元享元年十月一三日条裏書-註9)いう基本方針を曲げることはなかった。
 承久の乱により後鳥羽上皇の管領下にあった旧八条院領は幕府が没収したが、後高倉皇女で後堀河准母(実は皇姉)として皇后に立った(非婚内親王)邦子内親王に返還されており、事実上は後高倉が管領した。邦子内親王は女院宣下で安嘉門院となり、安嘉門院崩後は亀山法皇に伝えられ大覚寺統の基幹所領となっている。むしろ幕府が滅亡せず動乱過程に入らなければ、皇室領が解体過程をたどることはなかったかもしれない。
 ということで、現代の政府よりも鎌倉幕府がはるかに良性の政権だと思う。少なくとも報道されている政府案をみると、女帝ブームに乗るためには、皇統を絶やしてもよい。易姓革命でかまわないというのは最悪の反日・反国体思想であるから。政府が反日・反国体政策の牙城になってしまっている。とんでもない時代になりました。

 政府の方針どおり決まれば、遂にいまだかつていかなる実力者、権勢家もなすことができなかった王権簒奪モードに突入する。政府がなにがなんでも女帝即位、女系継承で易姓革命を是認したいというなら、次の代、異姓簒奪で易姓禅譲革命になりうることは国民にきちんと説明してください。要するにフェミニズムに迎合するために皇室と日本国を終焉させる法制化を行いますとはっきり説明してください。皇室廃止により日本朝、日本国は終焉しますときちんと説明してください。そうでないと偽日本朝、偽日本国、インチキ国家として内外から嘲られることになるからです。私は簒奪新国家に忠誠を尽くす義理など全然ないから、日本国継続を強行するなら、偽日本国、偽王朝と言い続けざるをえないので、たとえ死刑でも正論を述べます。こちらが正論なのだからたとえ拷問でもひるむ理由は全くない。事実上の異姓簒奪なら魏晋南北朝時代のような禅譲革命形式の儀式で国号を改めるよう上申を繰り返します。要するに事実上の異姓簒奪でも国号を改めないようなインチキ、非論理的なことは耐え難いからやめてくださいということです。
 例えば東京で簒奪新王朝がひらかれれば旧武蔵国が王業成就の地であるか全国の総名にして日本国改め、武蔵国とか。あるいはプリンスコンソートが某大公殿下と称すれば、その爵位・称号がそのまま新国号になるのだと思う。国連安全保障理事会常任理事国もソ連からロシア連邦に継承されたように、議席は日本国から某国となり、ただし皇帝号だと中国・韓国から東アジアに新たな華夷秩序をもちこむのかと非難が当然予想されるので皇帝号はあきらめて、太王もしくは大王号などになると明らかに天皇号や皇帝号より格下の君主号になるので国家の威信は毀損されますが、それでも政府と人民は皇室と日本国を棄て去る、フェミニズムに迎合して人気をとるために国を滅ぼす決断をしてしまったのだから仕方ないですね。私は最悪の政策と断言します。それでもやりたいか。
 もちろん易姓革命の禅譲形式はそれなりに劇的な演出が可能であって、無責任な傍観者からみれば面白いイベントになるだろう。しかしそれによって、わが国独自の伝統的価値、文化も喪失するのである。

(註1)村井章介「易姓革命の思想と天皇制度」講座前近代の天皇 世界史のなかの天皇 青木書店1995 11頁以下
(註2)敬宮愛子内親王の命名と小泉首相の施政方針演説は、永井輝『よくわかる孟子-やさしい現代語訳-』明窓出版2005のカバーより孫引き
(註3)村井章介「王土王民思想と九世紀の転換」『思想』847号 1994
(註4)大津透『古代の天皇制』岩波書店1999 
(註5)神野志隆光『古事記と日本書紀』講談社現代新書1436 1999 167頁
(註6)中村英重『古代祭祀論』吉川弘文館1999 70頁
(註7)中村英重 前掲書 69頁
(註8)平山浩三「一国平均役賦課における鎌倉幕府と荘園」『日本歴史』565
(註9)森茂暁『南朝全史-大覚寺統から後南朝へ』講談社選書 2005 217頁
つづく

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