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2006/02/26

所功Vs竹田恒泰場外戦の所感

  今回は所功Vs竹田恒泰場外戦に関するコメントのみの軽い記事にします
2月17日にBS日テレ、及びCSch745日テレnews24、「デイリープラネット 金曜発言中」で皇室典範問題の討論番組があり、所功、西部邁、高森明勅、八木秀次、竹田恒泰、小林節らが出演したらしい。うちのテレビはBS・CS放送が映らないので見てませんが、この番組の収録が放映の数日前にあり、終了後の控え室で所功教授と竹田恒泰氏の間で口論があったことが、「竹田恒泰日記」ブログの2月14日の記事にあります。長文になりますが、要所を引用します。

 「竹田恒泰日記」2月14日

‥‥所氏の私に対する攻撃的な姿勢は、控え室に戻った後も続きました。
 所氏は、寛仁親王殿下のエッセイの話を持ち出し、そのエッセイに側室の復活について記されていることを述べて、私に意見を求めました。
 私は「少なくとも現代社会で側室の復活は現実性がありません。ただし、遠い未来においては価値観が変わる可能性はないでしょうか?所先生はこの価値観が300年先まで維持されるという確信がおありなのですか?」と、逆に質問を投げかけた。
 すると所氏は、鬼の首を取ったように「竹田さんは側室を肯定するのですね。分かりました、以降方々で私は、旧皇族の竹田氏が側室を肯定したと口外することにします。」
 この人は私に喧嘩を売ってきたのです。よほど私に個人的な嫌悪感を抱いているのでしょう。その控え室には、出演者6名、司会2名、その他関係者複数がいましたが、場が凍りつきました。
 私はすかさず所氏を強く非難しました。「私は、300年後に価値観が変わっていない確信があるか、ないか、尋ねただけであり、側室を肯定するなどとは一言もいっていない。私の側室に対する考え方は自分の本に記したとおりであり、それ以上でもなければ、それ以下でもない。揚げ足をとっておいて、しかも方々で口外するなどというのは何事か。なんて失礼な言い方をするのだ。」
 私が、所氏の質問に答えずに、逆に質問をしたということを述べると、所氏は「私の質問に答えなさい!」ときた。この人は私に命令するほど偉いのだろうか??私は次のように答えた。「私はあなたの問いに答える義務はないと思う。回答を強要される筋合いはない。」
 周囲は私と所氏との問答に釘付けになっていたのですが、さすがに所氏の横暴な態度と、揚げ足を取る卑怯な論法にうんざりしたのか、出演者の一人、西部邁先生が所氏にこう言いました。「いくらなんでも竹田さんに失礼だ。あなた(所氏)の話はひどすぎる。」周囲のスタッフもびっくりした様子でしたが、その内の一人は「すくなくともこの席の話はオフレコですので、口外するなどは控えてください」二人の助け舟をもらいました。‥‥

 
 所功教授が執拗に側室制度に関する質問をしたというのはたぶんこういうことです。
 
 昨年11月3日読売新聞に要旨が掲載された柏朋会発行の冊子の随想「とどのおしゃべり-近況雑感-」という寛仁親王のエッセーですが、原文では「④嘗ての様に“側室”を置くという手もあります。私は大賛成ですが、国内外共に今の世相では少々難しいか‥‥」とあるそうです。
 私は昨年11月19日(土)国士舘大学日本政教研究所の秋期シンポジウム「皇位継承をめぐって」を聴きにいきましたが所功京都産業大学教授がパネリストの一人で、読売新聞の要旨が「私は大賛成ですが」をカットしたこと。後追いの朝日新聞にいたっては側室復活の提案それ自体をカットして掲載したことを怒っていて、寛仁親王が側室復活に肯定的な見解を示されたことを非難していました。
 その趣旨は当日の配布資料『伊勢青々』第60号(平成17年11月10日)という冊子に掲載されている所功の「寛仁親王の『ひとり言』に対する管見」という記事に示されています。
 所功教授は寛仁親王殿下の提案である「①臣籍降下された元皇族の皇籍復帰②現在の女性皇族(内親王)に養子を元皇族(男系)から取る事が出来る様に定め、その方に皇位継承権を与える。(差し当たり内廷皇族と直宮のみに留める)③元皇族に、廃絶となった宮家(例=秩父宮・高松宮)の祭祀を継承して戴き再興する。(将来の常陸宮・三笠宮家もこの範疇に入る)」について逐一批判してます。ここではそれらの論評を省略しますが、③と関連して桂宮家が幕末に女性当主を立てた例に言及している。これは仁孝第三皇女淑子内親王である。内親王は天保十一年閑院宮愛仁親王と婚約したが、天保十三年に親王が薨ぜられた。文久二年異母弟・節仁親王の薨後空主となっていた桂宮家を継承、慶応二年准三后、一品に叙されている。これは婚約者を失った内親王を遇するためのものだろう。淑子内親王は独身を貫いており、明治14年内親王薨去により継嗣がないため桂宮家は断絶した。この先例では女性当主はあくまでも独身であり、今回の有識者会議のような入夫によって女系宮家を継承していくものではないのである。淑子内親王の例をもって女系宮家を導き出す論理性はない。
 
 そして問題の側室復活提案批判ですが、所功教授はこういうのである。
 「さらに『④嘗ての様に“側室”を置くという手もあります。私は大賛成ですが』云々といわれる。しかし、これは“雑感”ですまされない過激な“放言”と評するほかない。確かに歴代の約半数が「御側室との間のお子様」であり、それゆえ何とか男系男子継承を維持しえてきたのであるが、それを明確に拒絶して近代的な常識の一夫一婦制を確立されたのは、皇太子裕仁親王=昭和天皇にほかならない。その大御心を無視して、側室復活(庶子継承)大賛成論を主張されるのであれば、まず御自身で実践してみられるべきであろう。その結果、妃殿下や二人の女王(大学生)がどんなお気持ちになられるか、申すまでもあるまい。」
 要するに、側室復活云々は、昭和天皇の大御心を無視するものでけしからんと言っているわけですが、後段の部分は暴言のようにも思える。
 ひとくちに側室制度といっても、時代によっては、正式に入侍していない女性を側妾とすることは非難の対象になりうる。たとえば藤原得子は鳥羽上皇の殊寵を蒙り懐妊にまでいたった。藤原得子の母が左大臣源俊房女とはいえ、善勝寺流藤原氏は中級貴族で、女御として立てられるような家格ではない。正式に上皇の宮に入侍したわけではない。上皇による得子の溺愛、痴態に関する情報は逐一天皇に報されていたらしい。長承三年16歳と若く純粋な崇徳天皇は、上皇をかえりみることもなく、母后(待賢門院)の名誉を傷つけるものとして激怒され、得子の親族や、鳥羽上皇近臣に厳しい勅処分を下したのである(角田文衛『待賢門院藤原璋子の生涯』朝日選書1985 208頁以下参照)。このことは、天皇と上皇の対立の要因にもなっているが、そのように上皇であっても正式に上皇の宮に入侍していない女性に手を出したために政治問題となることがあるのである。
 そういうこともあり側室復活というならまず自ら実践されてはいかがとは言い過ぎだし、失礼ではないかとも思う。
 竹田恒泰氏の見解については論評しませんが、要するに所功氏は、竹田恒泰氏に執拗に質問して、側室復活に肯定的な見解を引き出そうと誘導していたのではないか。少しでも肯定的なニュアンスがあれば、それを口外して、この人は昭和天皇の大御心を無視しているからけしからんと攻撃の材料を得ることになるので有利とみていたのではないでしょうか。
 
 私は、所功氏よりずうっとリベラルな思想なので昭和天皇の宮中改革至上主義みたいな考え方はとらない。だから寛仁親王のエッセーに違和感は全然ないし、それも検討課題としてよいと思う。私自身初回のブログの「はじめに」と9月1日ブログで後宮制度の再構築に言及しています。この点は側室制度に否定的な八木秀次氏らとも見解は異なります。ただ、優先順位としては、有識者会議や女系論者の旧皇族の属籍復帰否定の反駁が先決であり、だからこそ10月17日ブログでは旧皇族の属籍を復す方向で男系継承を堅持すべきであると主張してきた。まず有識者会議の結論と女系容認論者の理屈を徹底的に潰すことが第一でそれもできていない段階では、とりあえず側室制度提案は棚上げである。
 
 川西正彦(平成18年2月26日-その2)

3月4日追記

 所功『伊勢青々』第60号(平成17年11月10日)「寛仁親王の『ひとり言』に対する管見」のうち、青色で引用した部分は、所功『皇位継承のあり方』PHP新書2006年1月30日新刊を本日購入して目を通したところ、125頁にもほぼ同内容で記されていました。なお、同書についてはあらためて批判する予定。

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コメント

サチくん、久々のカメラに緊張したかにゃ?
シューちゃんと鼻チューしようとしてるのはサブくん?
「ワンコは大きいでしゅね~」

お兄ちゃんもいつかはテレビに!

録画忘れないようにしなきゃ(。_。)φ

わ~☆ヤッターO(≧∇≦)O
テレビでみんなにお会いできる~☆
本当に嬉しいです(*^▽^)/★*☆♪
楽しみに楽しみに待っています((o(^∇^)o))

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