6年前の公務員制度改革についての意見書
雑用ができて時宜にかなった内容のブログを書く時間がなくなったので、今回のエントリーは、労力を省いてパソコンのなかにあったものを出すだけにします。
6年ほど前、平成13年小泉政権が誕生した年の通常国会の終盤の時期に国会議員に封書で送った公務員に労働三権付与反対と公務員制度改革に関連する意見書の一部です。元々私は文章が下手だが今読んでみると、掘り下げ方が乏しいし、多岐にわたる論点を盛り込みすぎ、引用のつぎはぎが多く、こなれていない内容で表に出すには恥ずかしい文章ですが、今話題になっているホワイトカラー・エグゼンプションというかコアタイムのある裁量労働制待望論も書いていたし、ほぼ素の意見、本音で書いているものなので比較的穏やかに書いてある一部分にすぎないが転載することとします。なお、以前書いたブログの内容と若干重複するところがあると思います。又、これは「ながら条例」改正前のことなので現在とは状況が違うものもありますが、6年前の状況をそのまま伝えることとした。言葉の使い方で疑問もないわけではなく、引用文献が不明になったものもありますが、一部のみ修正しほぼ当時のままで転載します。
川西正彦
公務員制度改革の方針に概ね賛成であり、身分保障の廃止、人事院の廃止又は機能の縮小による各省庁の人事管理の強化も含めて正しい方向だと思うが、自民党の太田誠一行政改革本部長が労働基本権の回復も辞さずと表明されていること(週刊労働ニュース2001-5-28、5月22日の連合主催シンポジウム)に反対であり、概ねこの問題一本に絞って意見を述べます。
能力・成果主義の導入については異論はない。わが国の企業は戦後、電産型賃金体系に象徴されるような生活年功給として再編されたが、1975年に高度成長が終焉し、雇用か賃金かの選択に迫られ、労使は年功主義を捨て能力主義に転換した、さらに90年代後半の低成長と高齢化により、再び雇用か賃金かの択一を迫られ労使は雇用の安定を求めて、上級職能に定昇がなく業績によってその都度リセットされる成果主義賃金を取り入れた(注1)。楠田丘によれば21世紀の日本型人事は、「人材育成のための能力主義(昇格)、実力と意思・適性によって職責を決めていくための職責等級制(昇進)、本人のチャレンジ意欲を含めて役割を設定する目標面接制度(MBO)、その達成度で処遇する成果主義(昇給)の分離4本立て」(注1)と説明している。
民間大企業の企業内組合は新しい人事管理の導入に協調的であり、主要120社のうち8割以上が一般社員の成果・能力主義人事・賃金制度が導入ずみである。しかし公務員の労働組合は民間の企業内組合とは体質が異なり、従来型の集団等質主義人事・年功序列・自動昇給賃金体系に固執するのであり、公務員制度改革が目指している能力・成果主義やそれに伴う人事管理の強化に反対するに決まっている。ストライキ権の付与など労働組合を増長させることはもってのほかであり、公務員制度改革の方向に背反する。
わが東京都水道局においても自己申告による目標面接制度---これは1961年にエドワード・C・シュレーによって具体化され、アメリカではホワイトカラーの目標面接制度(MBO)としてはじまり、80年代の不況期にはGM・フォード・GEのリストラ、リエンジニアリングで浮上してきたもので、日本では重化学工業の集団目標管理に導入され、90年代後半から大量に抱え込んだホワイトカラ-を対象として広範に導入されている---があるが、労働組合は勤務時間・勤務場所内職場集会で所長に尻を向けて、所長席前から号令をかけて、異動希望以外について記載をしないよう団結強制し、自己申告の形骸化を図るとして組合員の申告書を検閲するためコピーの提出を義務づけており、異動希望を聞く以外に上司との面接は行われていない。
一般職員の勤勉手当の成績率導入も阻止されている。同じく違法職場集会で勤務評定についても組合との協議でいかなる職員も良好以上の評価とする無差別な在り方となっており、これを維持していきたいと競争主義は悪であり許さないとアジ演説をしている。
業務遂行方法についても、勤務場所内職場集会で労組の方針と違う能率的なやりかたをしている営業所を追究するなどと威嚇・威圧して、労働組合ができるだけ非能率的な業務遂行方法に職務を統制しようとしているわけです。勤務時間勤務場所内の職場集会(当局が頭上報告として積極的に容認しているものを含む)は年中頻繁になされており、当局は認めないが明白な業務阻害であるにもかかわらず、就業命令・解散命令など一切出すことはない。
毎年スケジュール化された争議行為期間が組まれ事実上組合の職場支配となる。勤務時間内に所長席前に陣取ってお客さまからの電話がりんりん鳴っている状況でアジ演説がなされスト権投票の呼びかけがあり、役員が号令をかけてふれまわって棄権させないようにし役員監視の状況で投票がなされ(業務阻害になるにもかかわらず施設が便宜供与される)、勤務時間内の屋外の闘争決起集会には必ず一回動員すると団結強制し、壁面等にビラ貼りが連日なされ、超過勤務拒否闘争などの戦術がある。
所長要請行動が頻繁になされ、所長席の天井や周囲にビラが貼られたり吊り下げられた状況で、組合員が取り囲んで所長に怒鳴りつける。所長は恥じることもなく、組合の走狗となって、組合の要請を本局に伝達者として出張するのである(香淳皇后の葬儀においても、所長は黙祷時間には逃げ出してしまい組合が仕切って庁内放送のボリュームをしぼって黙祷をさせないようにした。弔旗も掲げられなかった)。
これらは全く年中行事化しており昨年度も三ヶ月間あった。いわゆる警告ストライキ、間欠ストライキ、遵法闘争に類する態様であるが、勤務時間内職場集会(いちいち判例をあげない)、超過勤務拒否争であれ―――― 昭和63年最高裁第一小法廷北九州市交通局三六協定拒否闘争事件判決〔民集42巻10号〕によりますと、地公労法は、「職員及び組合は、地方公営企業に対して同盟罷業、怠業、その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また‥‥このような禁止された行為を、そそのかしあおってはならない」と規定し、右規定に違反する行為をした職員を解雇できると規定し、昭和52年最高裁大法廷名古屋中郵事件判決〔刑集31巻3号〕各事由は、地方公営企業職員にも妥当し、私企業におけるような団体交渉による勤務条件の決定という方式は当然妥当しないと述べたうえで、組合要求を貫徹するための超勤拒否闘争は争議行為であり違法と司法の判断は確定しております――――ビラ貼り(昭和54年10月30日最高裁第三小法廷国労札幌ビラ貼り事件判決)であれ、司法で懲戒処分を適法と確定している事柄である。
しかし当局は組合分会長や書記長等が争議行為をそそのかす行為をとっているにもかかわらず、処分されることはなく、座り込み闘争の指令など限定的にしか処分の対象としておらず、労働組合を増長させている。
組合の要求項目には職員定数削減など管理権事項に関わる項目も多く、昨年度も組合は今年も現業新規採用何名を勝ち取った。定員削減提案を押し返した。現業委託業務化のたくらみを阻止した勝利だなどと称している。
従来、引越による中止精算などの伝票はすべて手書きで委託業者のキーパンチャがオンラインシステムに入力するという能率的でない方法だったが、今年の10月からパソコンが導入されるようになった。
組合は、OAは悪であり、パソコンは仕事にのめりこませるので悪であるなどと時代錯誤なことを言い、昨年度の争議行為によって一人一台専用を許さず、共用を原則とし、ダイレクト入力阻止を勝ち取ったと称している。電話で引越を受付るとき、直接パソコンに入力すれば早くすむのに、いったん手書きでメモにとったものを電話をきってから入力させるというのである。 〔現在はお客様センターというコールセンターが出来たので状況は違う〕。
民間企業はむろん合衆国の連邦公務員でもペーパーワーク削減は業績評価の重点項目になっているのに、あくまでもペーパーワークは削減させないというもので、労働組合の職務統制で非能率的な業務遂行方法を強要されるは全く不愉快である。こんなことを繰り返していたら、いつまでたっても超コスト構造で行政改革になりっこない。
私は現状でも我慢の限界を超えており、ビラが壁面や机などの脇に貼られて、業務遂行に集中できない敵対的で不良な職場環境であると上司に訴えている。というより私はビラを剥がすこともある。これは江東営業所のことだが、ビラを剥がしたところ所長が有形力を行使して私を転倒させひきづりまわされた。いわば労使結託して私のような非組合員の団結強制に従わない行動を抑止しようと躍起なのである。そうしたことで事実上の間接管理といってもよい。
われわれのような下っ端の職員は組合役員に組織強制・職務統制され従うべきものという前提があり、管理職は組合役員だけ相手にしていればよく、むしろ組合が強い方が直接管理といえる個別の目標面接制度などに管理職がかかわらず楽な仕事でいいとでも思ってるんじゃないか。私は勤労者として真面目に、組合により有形・無形を問わず業務遂行を阻害されることなく、使用者のために業務を遅滞することなく誠実に労働する義務を果たしていきたいという最も基本的なことを言っているだけでありますが。現状ではそれは絶対に認めないということになっている。
私は、理念的には憲法28条廃止、ILO脱退(これは中長期的目標-ノンユニオニズムを国家戦略にしてほしい)、勤労者に組合の団結強制から保護する権利の付与、すなわち団結否定権(団体行動せざる自由、ストに参加せず就労する自由)の付与(注2)。組織強制の規制、ユニオンショップの否定、エージェンシーショップの否定(合衆国南部を主として22州が自由勤労権を保障している)、ピケッティングの規制(英国のように六人以下で平和的なものに限定、就労者の通行阻害の否定)、団結自治の否定、例えば公認ストライキ投票制度(英国のように郵便投票により第三者の監査が入る制度、ストライキが公認されても勤労者の団結否定権を付与)といった徹底的な反組合政策が理想と考え、極論すれば1800年の宰相小ピットの提案による団結禁止法(注3)が最善とすら思ってるくらい団結とストを嫌悪する人間だが、むろん現実的なものではないかもしれない。
日経連がILOに参画し、多くの経営者が、労資協調的な企業内組合に満足しユニオンショップを無難なものとみなしており、実際、組合のある大企業は、実質的にオスターマンの「サラリーマン型」内部労働市場型というアメリカの非組合企業の経営の在り方に近いからである(中略)。
ジャコービィによれば「(戦前の)日本では全国的な職能別組合は著しく弱く、全国組合の規制力はむしろゲームに遅れて、巨大企業、人事管理、福利厚生、現代大量生産技術などが発展した後に生まれた。戦後の日本では経営側が技術と内部労働市場の管理を一手に握り、労働組合は労働過程と企業内での人員配置にかかわる管轄権を放棄した。人員配置の計画段階から発言力をもっているアメリカの労働組合と違って、戦後日本の組合は、既成事実を上から与えてそれに順応することを迫られた」(注4)のであって、日本の企業内組合が欧米の職務統制型組合と性格を異にし、人員配置や技術導入の意思決定に経営者が不可侵の特権を有したことが、日本の経済成長と成功となった。であるから、民間の労働組合が有害だという認識は一般的にはないかもしれない。
例えば、電機業界では富士通、横河電機、NEC、東芝、松下電器などが多くが成果主義や裁量労働制を導入し、特に富士通は徹底していて、専門職にとどまらないスピリット制度という裁量労働制をやっているという。電機連合は、能力賃金、裁量労働制を柱とした議案「新しい日本型雇用・処遇システムの構築」を採択した。
電機連合が個別業績主義に反対しなくなったのは、競合他社との激しい競争があるから。アメリカのハイテク産業は非組合企業だから、先進的なシステムでないと業界の激しい競争に勝ち抜いていけないからであって、公共部門の労働組合とは全く事情が違うから-----私はスピリット制度を一般職員に適用できる在り方が一番良いと思います。これは、実質的にコモンローに基づくイギリスのホワイトカラー及び事務員(クラーク)や家事使用人の働き方(誠実労働義務により任意の残業はむろんのこと手当を支給する義務はない*〔原文に追加、イギリスではもともと成年男子は安全上規制のある業種しか時間規制はなかった。保守党政権の規制撤廃政策で成年男女の規制はなくなり残った労働時間規制は、1933年および1963年の児童少年法による13歳以上の就学児童の労働時間、日曜労働の禁止のみになっていた。ところが労働党政権になって、保守党政権が無効を主張していた「EU労働時間指令」の有効性が欧州裁判所の判決で確認され事情は変化しているhttp://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2004_5/england_01.htm〕)、アメリカのホワイトカラーイグゼンプトの働き方と大体同じことですが、富士通はみなし労働時間を9時間にしているので、定額の業務手当を払っている。中規模企業では定額の超勤打ち切り手当という方法をやっているらしい。これは労基法と整合しないが、実質的にスピリット制度に近い〔引用文献不明〕。みなし8時間にすれば手当を払う必要はないわけで、それが最善だと思うが‥‥‥公務員でもコアタイムの職務専念を前提としたうえで任意残業は自由にして、行動規範を加味した成果主義で評価するというやり方でよいと思う。富士通のスピリットのように定額手当があり(私は必要ないと思うが)、なおかつ行動規範を加味した成果主義によりそれなりに評価されれば、その人にとってもプラスになる----。
しかし水道局の労働組合(全水道東水労のこと)というのは、とにかく、年功賃金、自動昇給維持、競争主義反対、勤勉手当(三回めのボーナス)差別支給反対、労働保護規制撤廃反対、時差出勤やフレックスタイムも含めて柔軟性のある働き方に全て反対で、他の公務員労組もだいたい同じことである〔民間企業の組合とは性格がかなり違うということ〕。いままでどうり、節度のありすぎる能率的でない働き方で組合が仕切っていくやり方〔組合の職務統制のこと〕から変わるなどということは全く考えにくいことなのである。
都労連は税収が増えたから賃上げだとか無茶苦茶なことを言っている。東京都は年に三回ボーナス(期末手当・勤勉手当)があるが、本来ボーナスというのはアメリカの非組合企業のやっている利潤分配制に変わるもので、会社の業績次第で変動するものである。税収は業績ではない。
民間企業がリストラをやった成果で収益を維持しているから税収が入るのだから、それを生産性の低い公務員が収奪するというのはけしからんことだと思います。業績が悪化すればカットされるのが筋である。
市場抑制力が欠如し競合他社との競争のない公共部門の労働組合は民間の労働組合と同一視できない。組合を制御するには相当なリーダーシップがないと無理。
三重県で管理権事項も含めた労使協議制をやってるようだが、きわめて危険な取り組みだと思う。北川知事は組合を制御できる自信があるのかもしれないが、実際、この前の事前承認のない勤務時間内組合活動問題(水道局にも午後三時以後役員以外でも組合活動の離席自由などの不適切な慣行がある)でも、結局わかりにくい決着になってしまった感がある。私は労働組合の力の濫用を認容する監督職員に虐められている下級公務員である(上層の人事管理部門はそれを救治することを絶対にしないという閉塞状況)私は肌身をもって公務員の労働組合は有害であり悪質であると認識している。
太田誠一行政改革本部長は労働基本権の回復も辞さずとして、内閣総理大臣が労働協約締結の交渉当事者となると言う見解を示されている。公務員制度のネオコーポラティズムの方向と解釈しております。
この場合団体交渉事項の範囲が問題になります。たぶん法令規則等で既定の事項や、公務員制度の内容をなす事項、行政機関の任務、機構、予算構成、能率、技術革新等のいわゆる管理権事項は団体交渉事項から外すのだろうが、交渉事項の範囲の設定は公務員特有の難問があるだろう。組合側は業務遂行方法や管理権事項に踏み込んで範囲の拡大を要求するに決まっている。
ストライキを認めるということだが、組合のピケッティグやパトロールによる就労妨害を是認するのですか。
就労したい非組合職員は襲撃され威嚇と暴力のなすままにされるのですか。労働組合は非組合員をフリーライダーとして認めないユニオンショツプが妥当との見解ですが、非組合員を認めますか。団結否定権やスト不参加者にインセンティブがあるような在り方にしますか。 労働組合の力の濫用から、事業・仕事・個人を保護するいかなる手だてをとりますか(例えば英国は公務員も民間も同じ土俵の法制だが、一般市民が高等法院に争議差し止め命令を申し立てる権利を認め、このような訴訟を奨励し、助力するための機関として「違法争議行為に対する保護のためのコミッショナー」を設立し、公益事業のストの歯止めにしている-注5)。
(中略)
日本の大企業の多くは労使協調的な企業内組合があるが、オスターマンの内部労働市場の類型論でいうとアメリカの非組合セクターのモデルに類似しており、大局的にみれば労働組合の衰退によって日本型に近い経営手法に接近していったともいえる(組合セクターでもGMのサターン実験など日本的手法を取り入れた)
アメリカの労働組合組織率は2000年に民間で9%、公共部門が37.5%にまで落ち込んだ。協約適用労働者の範囲はこれより高い数字となろうが、あと10年すると民間セクターでは5%に落ち込むと言われており、非組合主義が主流になることは疑う余地がない。
もはや、団体交渉の普及といった赤い30年代のニューディール主義者の労働政策は古臭く、ばかげたものである。もうそういう時代じゃない。だからニューディール主義者が勝手につくった憲法28条も古くさいし廃止すべきだと申し上げている。連邦公務員だって団体交渉を導入しない方がよかったわけだ。
とはいっても非組合-現代ウェルフェアキャピタリズムは80年代から90年代に大恐慌以来の試練を経験した。
古くからの代表的な非組合企業でノーレイオフ主義のイーストマン・コダック、IBM、シアーズ・ローバックなどが、リストラに踏み切ったことである。コダックは競争相手のない市場で高コスト生産者になった例であり、IBMは93年までに10万人を削減した、シアーズは5万人のレイオフを断行した。シアーズの競争相手はディスカウントストア(Kマートやウォルマート)であるが、競争の激しい業界で温情主義的経営を維持することは不可能になった。高コスト構造のウェルフェア企業はリストラを余儀なくされたのである。
アメリカの産業別組合は厳格な職務統制と年間賃金保障のような所得保障を選び取った(労働組合は企業が失職中の補償を行う限り定期的なレイオフを容認し、終身的な雇用保障は求めなかった)。先任権は中位の組合員に有利な制度であった。これに対して、非組合セクターは暗黙の社是としてのノーレイオフ、シングルステータス政策にみられるような人当たりの善さ、気前よい報酬と給付その他制度(利潤分配制を含む)の全社的政策などで、組合セクターに対抗していた。従来、レイオフが多いのは組合セクターであって、非組合セクターは沈滞期の給与カット、労働時間削減などのワークシェアリング、社内配転、訓練、能力開発でレイオフを極力避ける経営を行っていのだが(これは日本企業も同じ。パートタイムなどのコンティンジェントワーカーが雇用保障を維持するクッションになっていることも同じ、日本では企業内組合の職務統制の欠如が、レイオフに変えて、配転その他の手段による雇用保障の順応を容易にしたとされる)、株主主権が強調され高コスト構造の企業のリエンジニアリングはやむをえないものとなっていったのである。
90年代従来になかったホワイトカラーのレイオフも断行されたことは衝撃だった。このことは、同じ体質の日本の大企業にもいえることであった。それ故ホワイトカラーの働き方が議論され、日経連の政府規制の撤廃要望にみられる労働基準法の罰則規定の廃止、全ホワイトカラーの裁量労働制の適用などの労働改革の必要性が強調されたのであるが、連合や民主党などの反対により、労働改革は中途半端で妥協的なものになっている。私は日経連案丸呑みが一番よかったと思う。アメリカで労働時間規制適用除外のホワイトカラーは40%というなら、日本は50%以上にして生産性を高めていくという積極的な施策じゃないとだめだと思う。
ところがアメリカではリストラ後もウェルフェア企業の体質は変わっていないとジャコービィは言っている。
コダックは大規模なレイオフを断行し地理的分散によるリストラを行いながら、なおロチェスターに数千の従業員を擁し、教育訓練、賃金配当制を含む諸付加給付に巨額な支出を行っており、社員のレクリエーションも相変わらず重視され、自社製品割引制度も続けられているらしい。労使結束して自らを「ファミリー」と称し、組合を寄せ付けない要塞になんら変わりないことを誇っている。1995年に大企業20社が自社労働者の児童ケア、老齢者ケアに数百万ドルを投ずると約束したが、コダックのほか、ヒューレット=パッカード、IBM、モービル、テキサス・インスツルメントが含まれている。アメリカ社会の危険負担の中心的制度が今後も会社であり続ける公算が大きいので、この種のエリート企業の福祉政策は続行されるとみられている(注11)。
しかし今日においてアメリカ企業の人事管理の重要な戦略は、第一にダウンウンサイジング(正規雇用を減らしてコスト削減)例えばヒューレット=パッカードは基幹従業員の専門職を保存するため、必要度の低い部門を切り離して、事務職とサービス職の一部を給付と雇用保障のない「フレックス部隊」にするリストラを行った。
もう一つは内部柔軟性(職務の定義を拡大し、市場の圧力に応じて組織の内部で柔軟に異動させる能力)を高めることである。アメリカでは60年代後半から、職務記述書と職務評価による職務等級制度が普及したが、この制度は成果より出世志向になる難点があったため、80年代から職務等級制度はそのままで、目標管理を組み合わせる成果主義を取り入れた。
90年代になると職務等級制度の序列構造自体が問題視され、新しい成果主義の潮流にある。大企業は組織のフラット化、MBA取得者が幅をきかせるスタッフ官僚制の打破、顧客満足度の重視から官僚的体質の組織を解体しつつあり、すなわち職務等級のブロードバンド化と、職務評価の廃止してコンピタンシーの重視、市場給与相場の重視、ハイテク企業や金融業界は職務等級なしで市場給与相場比較のみになっている(注13)。
市場給与相場による報酬体系では毎年のベースアップは否定されることになる。日本企業は従来から内部柔軟性があり、成果主義は取り入れやすいのであって日米の雇用システムは収斂されていく傾向にあるとみてよい。
結論はこうです。そもそも英国では制定法上の主従法に規律される工場労働者と、コモンロー上の主従法に規律される、事務職や家事奉公人との区別があり、社会的地位も異なるのである。故にホワイトカラーと工場労働者を区別して議論する必要があるが、ここではラフな議論をします。
終身雇用というのは基本的に需要が安定している企業に成立する。アメリカはコモンロー上解雇自由原則であるにもかかわらず、非組合大企業が雇用保障政策をとった。産業別組合は雇用保障ではなく所得保障に重点を置いたから対抗上そういうことになったともいえるが、社内配転の容易な長期雇用はヒューマンリソースマネージメントの利点があり、組織が硬直化して新技術を導入しにくい組合セクターより相対的に有利な状況をもたらし、労働組合の衰退は確実になった。アメリカの経営者は組合を恐れなくなり非組合企業どうしの激しい競争になっている。こうなると従来型の非組合セクターの人道主義は高コスト構造となり、リストラを余儀なくされた。経営基盤の強い企業は人道主義を維持するだろうが、強いマネージメントがなければ雇用保障は維持できなくなった。厳しい見方をすればウェルチが述べているような論法に辿り着く。従業員は競争に勝ちたいという意識を持って会社に来るものとなる。雇用保障は顧客を満足させる仕事ができるかどうかによる。ただ顧客だけが雇用を保障するのであり企業ではない。企業は終身的な雇用を保障できなくても、継続的な訓練や教育により生涯にわたる雇用の機会を得られるようにすれば、それは善い企業である。ということになるだろう。もっとも、優れた企業風土と組織力、卓越したマネージメントのある非組合企業は、ノーレイオフを維持しているのである。長期雇用を望む人は会社をよく選択するということでよいのだと思う。
日本も状況的には同じことであるが、世界一の人件費にもかかわらず強固な雇用保障を続行している。人員削減をして初めて、IT導入が生産性向上に繋がるのであって、人員削減をしなければ意味がない。労働組合が雇用の確保に重点を置いているためである。
ただ、能力成果主義人事管理は相当浸透した。しかしこれはアメリカのは非組合セクターでやってきたことである。
例えばIBMであるが、90年代初期の業績悪化で大規模な人員削減をしたとはいえ、典型的な長期雇用ノーレイオフ主義企業とみなされている。
IBMの目標管理は、年初に各人が目標を設定し、年末にその結果を提出し、上司がこれを評価するもので、個々人の目標には、<1>会社目標の達成につながるもの<2>組織的な改善と個人スキルの向上をもたらすもの<3>チームとしての目標の三種類がある。また人事評価は<1>本人<2>直属でない上司<3>同僚<4>直属の部下<5>顧客<6>直属の上司からの評価を総合・調整のうえ、決定される。三百六十度評価システムという。給与は、<1>個人の長期の成果の反映である基本給部分(市場給与相場によると考えられる)<2>企業業績、個人業績から決定される変動給部分から成っている(注14)。もっともIBMは教育訓練、能力開発投資に比重がかかっていて、教育投資分を回収する成果を上げてもらわないと困るわけである。これは長期雇用型といっても、毎年のベースアップや自動昇給は否定されているシステムである。
つまり、長期雇用を社是とするアメリカの非組合セクターは個別業績評価が基本であり、長期雇用を前提とする限り、それが最低限の要求であるというのは日本でも取り入れられ、公務員を除いて常識になった。
しかし、公務員労働組合は、競争主義と個別業績評価は悪と再三再四強調している。実際にある職員が今月は誰それよりよい成績を残すぞと言うと、組合役員が競争主義はいけないよと釘をさすような職場である。係長がノートパソコンを持ち込んで仕事をしていると、組合役員がつかつかと寄ってきて叱りつけるような職場である。
勤務評価は例外なく良好以上の評価、全員特別昇給も順送りで組合協議〔この点は状況が変わっている〕、自動昇給システム等の維持を一貫して変えることはない。身分保障もなにもかも維持したいとしているのが組合であり、管理職でなく、組合役員の指揮による職務統制(節度のありすぎる生産性の低い働き方の強要-事実上の間接管理)という体質を変えることはない。どうして労働三権を回復することと、人事管理等制度の改革が両立するのだろうか。ありえないことである。
長文になったが総括します。そもそも個別の賃率決定や業績評価あるいは目標面接は非組合セクターもしくはホワイトカラー(合衆国では組合セクターでも、ホワイトカラーは非組合が一般的)の人事管理であったとみてよい。
イギリスでは従来のショップスチュワードによる間接管理からヒューマンリソースマネージメントや目標面接等の直接管理が普及し、個別の業績評価が普及するようになったのはサッチャー及びメジャー政権下の労働改革で労働組合の力が弱体化した状況によるものである。
であるから、いわんとすることは能力成果主義の導入と労働組合を増長させるような政策とは全くの論理矛盾としか思えないのである。ネオコーポラティズムはだめだと思います。最善のマネージメントとはリエンジニアリングであれ、ダウンサイジングであれ、経営者が自由に設計できること。
つまり団体交渉がないことであり、労働組合の駆逐である。そしてそれが個々の勤労者にとっても有益であることを次の機会に述べたい。むしろユニオンバスター政策に転換して労働組合を切り崩し、強硬に身分保障廃止、徹底した能力成果主義を導入するやり方の方が、行政改革として成功するのではないでしょうか。
(注1)楠田丘「職能資格制度の明暗と将来展望」『日本労働研究雑誌』489号、2001年4月号
(注2)タフトハートレー法は周知であろうから注記しないが、英国の保守党政権による労働改革で筆者が最も高く評価している文書は1987年英政府緑書『労働組合と組合員』で、個人が争議行為の呼びかけを無視して就労することは「欠くべからざる自由」との原則論を示し(古川陽二「翻訳と解説:英政府緑書『労働組合と組合員』」『沖縄法学』16号、1988)これは労働改革の仕上げであるメジャー政権において勤労者の権利として確定されたようだ。
(注3)神崎和雄「イギリス団結禁止法に関する試論」『 関東学園大学紀要経済学部編』第10集1985
(注4)S.M.ジャコービィ著 荒又重雄他訳『雇用官僚制』北海道大学図書刊行会 1989
(注5)山田省三「一九九〇初頭のイギリスにおける労使関係と労働法の動向」『労働法律旬報』1370号、1995
鈴木隆「イギリス労使関係改革立法と労働組合改革」『島大法学』39巻3号
(注11)S.M.ジャコービィ著 内田一秀訳『会社荘園制-アメリカ型ウェルフェア・キャピタリズムの軌跡』北海道大学図書刊行会 1999
(注13)高橋俊介『成果主義』 東洋経済新報社、1999
(注14)『日経連タイムス 』 1996/09/26 「関東経協視察団の見た欧米企業、良好な労使関係構築へ努力/変動型賃金制度に移行
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