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2007/02/11

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(4)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/ilo87_892a.html

川西正彦

(5)昭和38年1~5月-ILOからの圧力の増加と倉石ILO世話人代表と社会党・総評との非公式折衝について

 自民党倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党河野密ILO条約批准促進特別委員会議長らによる窓口折衝が進められているなか、87号条約批准の国際的圧力が増加したのが昭和38年のことである。 我が国に圧力をかけているのは国際自由労連(ICFTU)の直接的圧力とILO内の労働者グループの間接的圧力であった。ILO内では日本の国内事情から同情論もあったが、日本政府が速やかな解決を図れないことが明らかになるにつれ日本の政策の擁護に説得が弱くなった。国際自由労連はOECDを通じて圧力をかけてきた。外務省と通産省は我が国の国際的ステータスと欧州経済への橋としてOECD加盟に熱心だったが、そうした事情から大平正芳外相は与党に警告した。
 ILOは昭和34年2月以降、昭和37年11月までに12回も日本政府に対してILO87号条約の批准を勧告している。37年11月には「日本政府は87号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」したばかりか「実情調査調停委員会」の派遣を示唆してきたのである。38年5月、青木盛夫在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部特命全権大使は、結社の自由委員会は、日本政府が国会の今会期中にILO問題の解決のために採ろうとしている措置の報告を要請したが、これが最後通牒であることを通報してきた。
 昭和38年11月結社の自由委員会は遂に理事会に対し日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」の審査に付託することを勧告した。39年2月には理事会が日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」に委ねることを決定。同委員会の来日を受諾するか否かの回答を4月15日までに迫られることになるのだが、この間の経過について新聞記事も引用して時系列にみていきたいと思います。今回は昭和38年の5月までです。

昭和38年1月5日
朝日新聞2面「ILO批准-今国会も難航模様」は次のように伝えている。

「‥自民党は〔ILO〕案件の早期成立を図る建前から今年も社会党、総評と国内法改正案についての折衝を進める考えだが、自民党は折衝にはいるには再開国会の正常化が先決だとしており、しかもの正常化問題は難航する気配なので、“ILO折衝”が決着をみるのは相当先にのびる見通しが強い。
 しかし一方二月には国際労働機構(ILO)の理事会が控えており、場合によっては労働側代表から「実情調査調停委員会」を日本に派遣する要求が出されることも予想されるので、政府としては、この時期までにはILO問題の処理になんとかメドをつけたいわけで、こうしたことからかなり苦しい立場に追い込まれそうな形勢だ。
 ILO八十七号条約批准承認案件と関連国内法改正案はすでに三回国会に提出されたが、いずれは、野党の対立から審議未了となった。このため自社両党は‥‥昨年は二度にわたる臨時国会中、公式あるいは非公式に折衝を進め、その結果改正案の問題点のうち①在籍専従の廃止、②職員の組合費の天引き廃止については、専従廃止の猶予期間の緩和などでほぼ折り合いがついた。
 しかし「総理府に人事局を設け、人事院の権限を人事行政の公正の確保、職員の利益保護に関する事務に限定する」との点については、社会党、総評側はその“代償”として「公務員の団体交渉権の承認」を要求しているといわれる。
 これに対し政府、与党は現行公務員制度の根本的な改正が必要であるとして、はじめは難色を示したが、党内はその打開策として「問題を適当な機関に移し、今後自社両党で共同研究する」との妥協案も出はじめている。‥‥しかし‥‥日韓問題の論議が国会の焦点になる見込みが強いので「ILO案件」はこれら重要案件の“谷間”に落ち込み、かえりみられなくなる可能性もある。
 ところが一方ではILOは三十四年二月以降、昨年十一月までに十二回も日本政府に対してILO八十七号条約の批准を勧告しておりとくに昨年十二月には「日本政府は八十七号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」した‥‥いきさつもある。‥‥再開国会でどうさばくか、かなり難しい局面に立つことも予想される」

 昭和38年3月9日朝日新聞(夕刊)1面
団結権侵害やめよ 岩井章総評事務局長談話
「政府がこの問題の批准を望むならば、五年前の労働問題懇話会の結論である「公労法四条三項、地方公労法五条三項のみを改正すべきだ」との結論を思い起こすべきである。自民党の党内事情によって国内法改悪をおこなおうとすることはゆるされない。私と倉石(忠雄)、斎藤(邦吉)両氏との間に会合が続けられている最中に自民党の指導で国労の第二組合作り、三池労組の幹部の解雇など、この条約の精神に正反対の方向がとられているが、自民党がこのような団結権侵害の行為をやめることがまず必要である」

 3月14日朝日新聞2面「『ILO』審議メド立たず譲れぬ公務員団交権」という特集記事は3月2日ILO八十七号条約批准承認案件及び関係国法改正案が提出されたが、特別委員会の設置をめぐる入口の議論で与野党が対立し審議が始まるメドが立っていない理由を解説している。

 「足かけ五年にわたってもめつづけているのは、一口にいえば条約批准にともなう国内法改正問題である。政府は‥‥国家公務員法、地方公務員法、公共企業体等労働関係法、地方公共企業労働関係法、鉄道営業法の五法律の改正案を国会に提出している。
 もともと国内法の改正が必要とされたのはILO八十七号条約の第三条が「労働者団体は自由にその代表者を選ぶことができる」としているのに、公労法四条三項、地公労法五条三項が「職員でなければ組合員またはその役員になることができない」としている点がふれているからだ。このため、まずこの両項目を削除する必要があり、この点はどこにも反対はない。
 対立の原因は、その他の改正点にある。その主なものは①在籍専従の廃止=職員がその身分のままで組合活動に専従できるのを退職してからでなければ専従できないよう改める。ただし、三年間は現制度を残す②チェックオフの改正=給料から天引きで集められているのを改め、組合の手で集めることにする③管理職の非組合員化=学校の場合を例にとると、校長や教頭が組合員になれないよう改める④争議指令の不拘束=組合が争議行為の指令を出してもね組合員を拘束しないとの規定を設ける⑤人事局の設置=総理府に人事局を設置し、人事院が扱っている事務の中から職階制、懲戒など職員関係や給与関係をこれに移す⑥政治活動制限=公務員の政治活動の規制は人事院規則で定められているのを、法律で定めるよう改める⑦鉄道営業法改正=鉄道係員が列車の運行業務や旅客・貨物業務を取り扱わず、または不当な扱いをした場合に処罰する規定を設ける、など。
 これは、これを機会に組合運営の近代化(在籍専従の廃止など)をはかったり外部から入る役員が特定のイデオロギーでひき回すことのないようになどの組合対策を含めて、自民党内部の強い主張によってとりあげられたものだ。
 ところが、社会党、総評はこれを「条約批准に便乗する改悪だ」として猛反対した。付託委員会についても自民党が条約批准だけをいわば“食い逃げ”されるのをおそれて「特別委員会の一括審議」を主張するのに対し、社会党は“便乗改悪防止”のために特別委設置に反対する形になっているわけだ。
 しかし、昨年からの自民党と社会党、自民党と総評の非公式折衝で、ある程度妥協の余地も出てきている。社会党、総評も改正点の全てに反対という態度を改め、重要視されていた項目についても①在籍専従制度は法律上なくし、専従役員は退職することになるが、希望により復職できる②組合費の天引きは禁止するが、労働金庫に預金する形で事実上天引きできることとする。③政治活動規制は当面現行どおりとする④管理職の非組合員化は校長だけのふくみで、その範囲は政令にまかせるなどの妥協案が研究されている。ところが、人事局の設置について総評は「それとひきかえに国家公務員に団体交渉権を認めよ」と主張し、対立したままになっている。今のところ“団交権”がひっかかりになって折衝が先に進まなくなっている。
 一方自民党内部、さらには総評内部にもそれぞれ“家庭の事情”があり、これも折衝難航の一因になっている。自民党を代表して社会党・総評側と折衝しているのはILO世話人会の倉石忠雄・斎藤邦吉両氏だが、倉石氏が仮に総評と妥協案をまとめても、自民党の大勢がそれを承認しなければ意味はない。党内には「ILO条約を批准すると共産化する」と真面目に主張するほどの極端な保守派があり、一部には、これを材料に池田内閣をゆさぶろうとする派閥的思惑もとりざたされている。
 総評内部をみても、団交権問題に直接関係のある国家公務員組合や無関係の組合があり、さらに在籍専従や天引き禁止などでも、組合ごとに利害関係が食違ったりする‥‥団体交渉問題では、自民党内では「団交権なんてとんでもない」と頭から否定する空気があり、総評内では、将来のスト権奪還の布石として団交権の獲得を望む声は非常に強い。だが一口に団交権といっても、西独の場合には、高級、中堅、現業関係と公務員を三段階に区別し、労働法上別個の扱いをしているし、日本でも「現業関係者には認めてもよい」との意見が少なくない」。倉石氏らは公務員制度全般にわたる「審議会」を設けて問題を検討することにしようと提案しているがねこれは、こうした外国の例なども研究して妥協点を発見しよう。という意味合いがあるわけだ。だから双方で話をキメ細かくつめていけば、まとまる可能性は残されているが、当事者の立場では、内部事情を考慮すると軽々しく話をすすめられないというのが現状のようだ」

 要するに、自民党と社会党・総評の非公式折衝は在籍専従とチェックオフ、政治活動などで妥協案はまとめられる可能性があっても、社会党・組合側が団交権を持ち出したため調整が難しく先に進まない状態ということである。なお、鈴木伸一氏の論文によると、38年1月の段階で組合は在籍専従制度が存置されるという条件付きで、チェックオフ制度の廃止を受け入れる容易があるとことを明らかにしたというが、上記朝日記事とは若干ニュアンスが違う。また、この記事ではふれていないが、労働省労政課長だった青木勇之助氏の記事によると、3月7日に倉石忠雄元労相と槇枝元文日教組書記長の会見があり、12日に労相と日教組が会見し陳情を受けている。
 3月25日に総評、同盟、新産別、中立労連の労働4団体が池田首相と会見、労働側の申し入れは87号条約の早期批准を妨げているのは国内法整備に便乗して労働組合の権利を制限しようとしていることだとし、公労法4条3項、地公労法5条3項の削除だけにとどめ同条約を直ちに批准すべきだというものだった。
 3月27日社会党は黒金泰美官房長官に以下の公開質問状を手渡した。
一 ILO87号条約について、国内関連法の改正を公労法4条3項、地公労法5条3項になど必要最小限のものに限り、すみやかに批准を促進する考えはないか
一 ILO105号条約(強制労働禁止)を批准する考えはないか
一 公務員に団交権を付与する考えはないか

ILO問題は5月に入って折衝が再開された

 昭和38年5月8日に自民党の倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長、山田国労書記長(スト権奪還特別委員会議長)、案納総評企画部長が3時間会見した。同日社会党はILO案件で3原則を確認した。それは条約の批准促進、批准に便乗した国内法整備の反対、衆院での特別委員会設置反対であった。
 5月14日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月15日プリンスホテルで自民党から倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党から河野密ILO条約批准促進特別委員会議長、多賀谷真稔同副委員長、永岡光治同事務局長により正式折衝再開。
 5月18日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月20日公務員団交権問題で総評が労相に自民党説得要請(朝日新聞5月21日2面)
 総評の案納企画部長と、槇枝日教組書記長らは大橋武夫労相と会い①87号条約の即時批准②国内法改悪反対③特別委員会設置反対の三原則を内容とした太田総評議長名の申入書を手渡すとともに「人事局の設置は公務員に団体交渉権を与えるという立場から検討されるべきであり、団交権を与えるよう労相から自民党内を説得してもらいたい」と要請した。
 5月22日倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長の会見が設定されていたが、新聞記者に予定がもれたためとりやめ。
 5月30日自民党緊急総務会があり、倉石忠雄元労相より社会党、組合側との折衝経過を説明、公務員制度審議会も了承される。
 5月31日ホテル・オークラで、倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長宝樹文彦全逓委員長(スト権奪還特別委員会議長)案納総評企画部長が会談、日教組の中央交渉問題、公務員の団交権問題について意見交換される。

 6月1日朝日新聞1面「総評側2点を要求-大詰のILO議案折衝-倉石・岩井会談」は次のように伝えている。
「‥31日、東京・赤坂のホテル・オークラでおこなわれた自民党ILO問題世話人代表の倉石忠雄、斎藤邦吉両氏と総評の岩井事務局長との会談で、岩井氏が現在自民党との間で争点となっている問題点のうち①「公務員制度審議会」(仮称)を内閣に設置し公務員制度全般を検討するとの自民党案は認めるが、公務員に労働協約締結権をふくむ団交権を付与することをなんらかの形で認めるべきだ。②日教組との中央交渉の道を開くよう法律上明文化すべきである、との2点について「これは総評としてぎりぎりの態度である。したがって自民党側がこれをどう受けとめるか回答してほしい」と述べた、といわれる。
 ‥‥自民党の党内情勢がかなり複雑で、とくに公務員の団体交渉権付与問題については根強い反対論があることなどから容易に即断はできないと慎重である。‥‥倉石氏らはすでにさる三十日、自民党代議士会などで報告した線をくずさず、三十一日の岩井氏との直接会談でも特に明確な態度はみせなかったようである。しかし倉石らとしてはILO結社の自由委員会が「日本政府が今国会でILO87号条約の批准をするよう希望するとの」との報告書をILO理事会に提出することとも関連し、できるだけ早く野党折衝とケリをつけ、今国会で条約の批准承認をとりつけ、関係国内法案を成立させたいとの池田首相の強い希望を反映して党内の意見調整を急ぐ意向だ‥」
 6月1日朝日新聞1面「首相の裁断も-黒金長官談話
 黒金泰美官房長官は三十一日夜の記者会見で次のように語った。
「ILO87号条約批准問題で与、野党の話し合いが始まっているが、ある段階では池田首相自身が“泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことがありうる。この場合“泥をかぶった”からといって実質的な成果が上がるかどうかはわからないが、かりに成果がえられなくても池田首相が乗出したことで国際的にも幾分申し訳がたとう」
 実際に池田首相が泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことはなかった。決断をしないから、結社の自由実情調査調停委員会(ドライヤー委員会)の来日受諾というところまでいき、ILO問題の解決をみることなく喉頭癌により辞任することになったのである。

引用参考文献

鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2

青木勇之助「ILO八七号条約批准問題(2)「倉石問題点」前後-昭和三十八年-前後季刊公企労70最終号

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