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2007年2月の3件の記事

2007/02/18

ウォルマート絶対支持論(1)

 ウォルマート(WAL-MART アーカンソー州ベントンヴィルに本拠のある)絶対支持宣言をやっておきたいと思います。
 誤解がないように初めに言っておきますが、これは国際食品商業労組(UFCW)やトラック運転者を中心とする「チームスターズ」等労働組合や左翼の反ウォルマート運動に対するウォルマートの明確な支持という意味であって、競合他社に対する支持ということではないです。左翼ジャーナリズムの宣伝とは逆に、ウォルマートが善、国際食品商業労組(UFCW)や「チームスターズ」が悪という図式で私の意見を述べたいと思います。

川西正彦

 ウォルマートは、単に世界一の小売業というだけでなく。民間企業で世界一の売上げを誇る(2002~2005、2006は原油高でエクソンモービルが1位でウォルマートは2位だがほとんど差はない)、全産業のなかで最強・最大の企業です。ウォルマートに関する本を5~6冊読みましたが、なるほど世界一に君臨するにふさわしい偉大な企業であることがわかりました。そこで、 ウォルマートの卓越した企業文化、反労働組合ポリシー、オープンドアポリシーなど非組合企業によくみられる従業員にフレンドリーな政策、ポストモダニズムマネージメント、上層部のハードワーク主義の勤労のエートス、ローコスト経営を賞賛したいと思います。
*昨年の夏、全世界のウォルマートでは初めて、中国のある店舗で組合が組織化されたというニュースを読みましたが、中国で非組合企業批判が強まっていたニュースを読んでいたので予想外のことではないですが、大変遺憾ではあるが中国で商売をやる以上妥協もやむをえないかもしれない。これは些細なことですから気にしていません。実質的に組合不在企業であることに変わりはないです。
 裏返していえば、労働組合が組織されている企業における働き方がコントロールされるモデル(つまり団体交渉や労使協議で、賃金・時間・作業条件・業務遂行方法等を決定し、労働者は組合の職務統制に服し、決められた条件以上には働かない、融通をきかせることもなく、労働者はひたすら交渉や労使合意で獲得した権利を労働組合の権力を背景に自己主張することが基本の職場)に対する反テーゼとして、ウォルマートのようなコミットメント型の従業員関係の企業文化を礼賛したいわけです。要するに結論はノンユニオニズムとポストモダニカルマネージメントに行き着くわけですが、私は組合不在企業には全て好意的ですからウォルマート以外の企業も順次とりあげていきたいと思いますが、まず世界一の企業から論評したいというのが趣旨です。

 ウォルマートの躍進で多くの競合他社を経営不振に陥らせたといわれます。しかしそんなことは非難されるべきことではありません。
 ディスカウントストア第2位のKマートは業績が悪化し2002年に連邦破産法11条(チャプターイレブン)を申請するに至りました。
*Kマートが不振となった要因についてhttp://www.urban.ne.jp/home/take/kmart.htm参照してください。もっともKマートは会社更生手続によって生まれた新会社 Kmart Holdings Corporation が投資家エドワード・ランバートの下で再生され、積極策がとられ2004年11月にシアーズ・ローバックの買収を発表、報道では110億ドルともいわれる。形としてはKマートがシアーズを買収したのだが、2005年に持株会社の名称を Sears Holdings Corporation としてKマートとシアーズがぶらさがる形になっている。
 ウォルマートの二代目のCEOデビッド・グラスの評価が非常に高い。それは旧来のディスカウントストアから拡充されたスーパーセンターに転換し飛躍的業績アップになったからである。1992年以降、スーパーセンター業態でウォルマートが本格的に食品市場に参入したことにより、多くの店舗が閉鎖に追い込まれたとされている。
 2004年4月の『海外労働情報』アメリカhttp://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2004_4/america_01.htmは次のように記されてます。「UFCWによると、1992年以来、ウォルマートの進出により閉鎖に追い込まれたスーパーマーケットは、13000店を超える‥‥カリフォルニア州を中心に営業していた大手スーパーマーケット「レイリー」が、ウォルマート進出により地区18店舗全てが閉鎖に追い込まれ、1400人の労働者を解雇せざるを得なくなった。レイリーの従業員の時間当たりの賃金水準が、家族の医療保険と年金保障を含めて時間当たり約15ドルであるのに対し、ウォルマートは約9ドルである。人件費の差がそのまま商品価格と顧客の獲得数に影響を及ぼしており、地元スーパー経営者の脅威となっている」
 小原博の昨年の著書(註1)によると、1992年以降、ウォルマートは20社強の食品スーパーを経営破綻させた。2005年には中南部に展開するスーパー大手のウィン・ディキシーを破産法の申請に陥らせた(なおアメリカ流通業研究サークルによるとhttp://www.seisenkobo.co.jp/us-ratil-club.htmlウィン・デキシーは2004年度には1000店舗以上を閉鎖したが、2005年2月に経営が破綻。連邦破産法11条による管理下で事業再生を進め、昨年11月連邦破産裁判所は、ウィン・デキシー社の事業再生計画を承認している)。また2005年カテゴリーキラー玩具大手のトイザらスが破綻しhttp://www.nintendo-inside.jp/news/159/15962.html報道によると57億ドルで投資会社に身売りしたが、これはウォルマート影響現象とされてます。
 

 だからといってウォルマートが多くの競合他社を経営破綻させたことを非難する理由は何もないです。この点については流通アナリストの鈴木敏仁氏が同氏の米国流通情報サイトで面白いコラムを書いてます。「スターバックスとウォルマート」http://www.retailweb.net/2006/01/post_53.html「実はスタバも、店員の労働組合結成の動きをつぶしている、健康保険加入資格を得るに十分な時間働かせていない、といった批判を労働組織から受けているんですね‥‥スタバがローカルのコーヒーショップをなぎ倒してきたことはまぎれもない事実で、この点においてはウォルマートとなんらかわりはない」ウォルマートだけが非難される筋合いなど全くないわけです。
 

 波形、中島編著『「ウォルマート」に勝つ店づくり』経営情報出版社(平成14年)を読みましたが、業態開発によってウォルマートに対抗することは可能です。ノースカロライナの地元企業が6社も載っていたので嬉しくなりました。ここでは3社だけ紹介しておきたいと思います。
 

 まずノースカロライナ州シャーロットに本拠のあるファミリーダラーhttp://www.familydollar.com/です。44州で6200店舗を展開してます。同業態のバラエティストアとしては均一価格販売のパイオニアであるテネシーに本拠のあるダラーゼネラルの方が大きく、そちらは8000店舗に達してますが、この業態は低価格、低コスト経営でウォルマートに対抗できる業態とみなされてます。ウォルマートの顧客層の58%が世帯年収4万ドル未満とされるが、生活必需品のニーズに貧富の差はさほどなく金持ちもケチなのでウォルマートで買い物をする。だからウォルマート顧客層は広いのである(註2)。対してファミリーダラーはターゲットを年収2万5千ドル未満の低所得層に絞り込んでいる。近隣立地で、家庭用品、実用衣料を数段階の低価格で売り、生活必需品を全て買ってもらおうという戦略だ。誤解がないように言っておくと、均一価格店として有名な日本のダイソーとはマーチャンダイジングが本質的に違います。ダイソーは自社企画商品が7~8割をしめ意外性・面白さを醸成して宝探し的魅力で客を吸引するユニークな手法ですが(註3)、アメリカのダラーストアはもっと基本的で購買頻度の高い商品が中心です。
 

 次にノースカロライナ州マシューズに本拠のあるハリスティーターhttp://www.harristeeter.com/Default.aspx リージョナル食品スーパーですが、ノースカロライナを中心に155店舗を展開、5年前の実績で、ノースカロライナのウォルマート110店舗に対し、108店舗を展開しているので大善戦です。人気の理由はとてもきれいで雰囲気の良い店舗、質の高い商品と低価格、すぐ食べられる惣菜、24時間営業(註4)。ハリスティーターの例から、食品スーパーも特徴を出せばウォルマートに対抗出来ることを示してます。
 

 次にノースカロライナ州シャーロットに本拠のあるアパレル製造小売のカトhttp://www.catofashions.com/index.cfmですが、中間層向けのカジュアルなジュニア、ヤング婦人服・靴・アクセサリー専門です。31州で1000店舗を展開している。コストダウンのため売り上げの8割をしめるプライベート・ラベルはアジア、アフリカで製造し、デバートより3割~7割の割安感で若い女性客を吸引している(註5)。ウォルマートに勝てる洗練されたデザインと低価格ならやっていけることを示しています。
 このようにウォルマートとの競争で十分対抗できる経営体質の企業もけっして少なくないのであり、ウォルマートをことさら悪者にする必要はないでしょう。

 ウォルマートは、もともとで競争相手のないド田舎の小さな町に出店した隙間産業だった。しかもアメリカの中心部、中南部の保守的な州を中心に展開していた。いわゆるノンユニオンステート(組合の組織率が低い勤労権州)、あるいはレッドステート(ブッシュが確実に勝てる保守基盤の州)という言い方もありますが、この範囲に留まる限り、軋轢が生じることはなかったと考えられる。軋轢が生じ、ウォルマート批判が強まったのは、ウォルマートの進出が労働組合や民主党リベラルの影響力の強い州、いわゆるユニオンステート、ブルーステートのメガロポリスに達したことによるものと推定できる。

 もっとも社会倫理観の地域特性の差違を過度に強調しすぎるのは問題があります。直接的要因は食品市場に本格参入したことでしょう。競合他社が組合不在の非食品リテーラーの場合は、組合との利害対立にはならない。しかし、スーバーセンター業態で本格的に食品市場に参入したことで組合が組織化されている食品系スーパーマーケットと競合関係となった。レーバーコストの高い競合他社はローコストのウォルマートの経営方式に太刀打ちできるはずがなく、労働組合との利害対立は明白になったと思われます。
 

 アメリカの小売業と労働組合組織率ですが、流通アナリストの鈴木敏仁氏はリアルタイム・リテールのコラム「資本主義とグローバリズムその2」で次のように解説してます。http://premium.nikkeibp.co.jp/retail/column/suzuki2/02/index.shtml「(アメリカの組合組織率は)小売業界は4.5%に過ぎない‥‥(小売・外食の組織率が低いのは)新興のチェーンストア企業がそろってアンチ組合というスタンスをとっていることにも理由を求めることができるだろう。ウォルマートはもとより、ホームデポ、コストコといった大手小売チェーン、マクドナルドを中心とした大手外食チェーンなどのほとんどは組合結成を許していない‥‥この小売業界4.5%のほとんどを占めているのがUFCWである‥‥北米140万人の会員のうち、100万人弱がスーパーマーケット労働者で、その実は食品労働者組合というよりも、スーパーマーケット店員のためにあるといっても過言ではない」とされ、アメリカの小売業では「100年近い歴史を持つグローサリーストアのみ例外的に小売業界で労働組合を持っている」ということである。

つづく
(註1)小原博「ウォルマート」マーケティング史研究会編『現代アメリカのビッグストア』同文館出版2006
(註2)鈴木敏仁『誰も書かなかったウォルマートの流通革命』株式会社商業会発行2003 26頁
(註3)木綿良行「ダラーゼネラル」マーケティング史研究会編『現代アメリカのビッグストア』同文館出版2006
(註4)波形克彦/中島利行編著『「ウォルマート」に勝つ店づくり』経営情報出版社2003 137頁以下
(註5)波形克彦/中島利行編著『「ウォルマート」に勝つ店づくり』経営情報出版社200359頁以下

2007/02/11

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(4)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/ilo87_892a.html

川西正彦

(5)昭和38年1~5月-ILOからの圧力の増加と倉石ILO世話人代表と社会党・総評との非公式折衝について

 自民党倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党河野密ILO条約批准促進特別委員会議長らによる窓口折衝が進められているなか、87号条約批准の国際的圧力が増加したのが昭和38年のことである。 我が国に圧力をかけているのは国際自由労連(ICFTU)の直接的圧力とILO内の労働者グループの間接的圧力であった。ILO内では日本の国内事情から同情論もあったが、日本政府が速やかな解決を図れないことが明らかになるにつれ日本の政策の擁護に説得が弱くなった。国際自由労連はOECDを通じて圧力をかけてきた。外務省と通産省は我が国の国際的ステータスと欧州経済への橋としてOECD加盟に熱心だったが、そうした事情から大平正芳外相は与党に警告した。
 ILOは昭和34年2月以降、昭和37年11月までに12回も日本政府に対してILO87号条約の批准を勧告している。37年11月には「日本政府は87号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」したばかりか「実情調査調停委員会」の派遣を示唆してきたのである。38年5月、青木盛夫在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部特命全権大使は、結社の自由委員会は、日本政府が国会の今会期中にILO問題の解決のために採ろうとしている措置の報告を要請したが、これが最後通牒であることを通報してきた。
 昭和38年11月結社の自由委員会は遂に理事会に対し日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」の審査に付託することを勧告した。39年2月には理事会が日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」に委ねることを決定。同委員会の来日を受諾するか否かの回答を4月15日までに迫られることになるのだが、この間の経過について新聞記事も引用して時系列にみていきたいと思います。今回は昭和38年の5月までです。

昭和38年1月5日
朝日新聞2面「ILO批准-今国会も難航模様」は次のように伝えている。

「‥自民党は〔ILO〕案件の早期成立を図る建前から今年も社会党、総評と国内法改正案についての折衝を進める考えだが、自民党は折衝にはいるには再開国会の正常化が先決だとしており、しかもの正常化問題は難航する気配なので、“ILO折衝”が決着をみるのは相当先にのびる見通しが強い。
 しかし一方二月には国際労働機構(ILO)の理事会が控えており、場合によっては労働側代表から「実情調査調停委員会」を日本に派遣する要求が出されることも予想されるので、政府としては、この時期までにはILO問題の処理になんとかメドをつけたいわけで、こうしたことからかなり苦しい立場に追い込まれそうな形勢だ。
 ILO八十七号条約批准承認案件と関連国内法改正案はすでに三回国会に提出されたが、いずれは、野党の対立から審議未了となった。このため自社両党は‥‥昨年は二度にわたる臨時国会中、公式あるいは非公式に折衝を進め、その結果改正案の問題点のうち①在籍専従の廃止、②職員の組合費の天引き廃止については、専従廃止の猶予期間の緩和などでほぼ折り合いがついた。
 しかし「総理府に人事局を設け、人事院の権限を人事行政の公正の確保、職員の利益保護に関する事務に限定する」との点については、社会党、総評側はその“代償”として「公務員の団体交渉権の承認」を要求しているといわれる。
 これに対し政府、与党は現行公務員制度の根本的な改正が必要であるとして、はじめは難色を示したが、党内はその打開策として「問題を適当な機関に移し、今後自社両党で共同研究する」との妥協案も出はじめている。‥‥しかし‥‥日韓問題の論議が国会の焦点になる見込みが強いので「ILO案件」はこれら重要案件の“谷間”に落ち込み、かえりみられなくなる可能性もある。
 ところが一方ではILOは三十四年二月以降、昨年十一月までに十二回も日本政府に対してILO八十七号条約の批准を勧告しておりとくに昨年十二月には「日本政府は八十七号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」した‥‥いきさつもある。‥‥再開国会でどうさばくか、かなり難しい局面に立つことも予想される」

 昭和38年3月9日朝日新聞(夕刊)1面
団結権侵害やめよ 岩井章総評事務局長談話
「政府がこの問題の批准を望むならば、五年前の労働問題懇話会の結論である「公労法四条三項、地方公労法五条三項のみを改正すべきだ」との結論を思い起こすべきである。自民党の党内事情によって国内法改悪をおこなおうとすることはゆるされない。私と倉石(忠雄)、斎藤(邦吉)両氏との間に会合が続けられている最中に自民党の指導で国労の第二組合作り、三池労組の幹部の解雇など、この条約の精神に正反対の方向がとられているが、自民党がこのような団結権侵害の行為をやめることがまず必要である」

 3月14日朝日新聞2面「『ILO』審議メド立たず譲れぬ公務員団交権」という特集記事は3月2日ILO八十七号条約批准承認案件及び関係国法改正案が提出されたが、特別委員会の設置をめぐる入口の議論で与野党が対立し審議が始まるメドが立っていない理由を解説している。

 「足かけ五年にわたってもめつづけているのは、一口にいえば条約批准にともなう国内法改正問題である。政府は‥‥国家公務員法、地方公務員法、公共企業体等労働関係法、地方公共企業労働関係法、鉄道営業法の五法律の改正案を国会に提出している。
 もともと国内法の改正が必要とされたのはILO八十七号条約の第三条が「労働者団体は自由にその代表者を選ぶことができる」としているのに、公労法四条三項、地公労法五条三項が「職員でなければ組合員またはその役員になることができない」としている点がふれているからだ。このため、まずこの両項目を削除する必要があり、この点はどこにも反対はない。
 対立の原因は、その他の改正点にある。その主なものは①在籍専従の廃止=職員がその身分のままで組合活動に専従できるのを退職してからでなければ専従できないよう改める。ただし、三年間は現制度を残す②チェックオフの改正=給料から天引きで集められているのを改め、組合の手で集めることにする③管理職の非組合員化=学校の場合を例にとると、校長や教頭が組合員になれないよう改める④争議指令の不拘束=組合が争議行為の指令を出してもね組合員を拘束しないとの規定を設ける⑤人事局の設置=総理府に人事局を設置し、人事院が扱っている事務の中から職階制、懲戒など職員関係や給与関係をこれに移す⑥政治活動制限=公務員の政治活動の規制は人事院規則で定められているのを、法律で定めるよう改める⑦鉄道営業法改正=鉄道係員が列車の運行業務や旅客・貨物業務を取り扱わず、または不当な扱いをした場合に処罰する規定を設ける、など。
 これは、これを機会に組合運営の近代化(在籍専従の廃止など)をはかったり外部から入る役員が特定のイデオロギーでひき回すことのないようになどの組合対策を含めて、自民党内部の強い主張によってとりあげられたものだ。
 ところが、社会党、総評はこれを「条約批准に便乗する改悪だ」として猛反対した。付託委員会についても自民党が条約批准だけをいわば“食い逃げ”されるのをおそれて「特別委員会の一括審議」を主張するのに対し、社会党は“便乗改悪防止”のために特別委設置に反対する形になっているわけだ。
 しかし、昨年からの自民党と社会党、自民党と総評の非公式折衝で、ある程度妥協の余地も出てきている。社会党、総評も改正点の全てに反対という態度を改め、重要視されていた項目についても①在籍専従制度は法律上なくし、専従役員は退職することになるが、希望により復職できる②組合費の天引きは禁止するが、労働金庫に預金する形で事実上天引きできることとする。③政治活動規制は当面現行どおりとする④管理職の非組合員化は校長だけのふくみで、その範囲は政令にまかせるなどの妥協案が研究されている。ところが、人事局の設置について総評は「それとひきかえに国家公務員に団体交渉権を認めよ」と主張し、対立したままになっている。今のところ“団交権”がひっかかりになって折衝が先に進まなくなっている。
 一方自民党内部、さらには総評内部にもそれぞれ“家庭の事情”があり、これも折衝難航の一因になっている。自民党を代表して社会党・総評側と折衝しているのはILO世話人会の倉石忠雄・斎藤邦吉両氏だが、倉石氏が仮に総評と妥協案をまとめても、自民党の大勢がそれを承認しなければ意味はない。党内には「ILO条約を批准すると共産化する」と真面目に主張するほどの極端な保守派があり、一部には、これを材料に池田内閣をゆさぶろうとする派閥的思惑もとりざたされている。
 総評内部をみても、団交権問題に直接関係のある国家公務員組合や無関係の組合があり、さらに在籍専従や天引き禁止などでも、組合ごとに利害関係が食違ったりする‥‥団体交渉問題では、自民党内では「団交権なんてとんでもない」と頭から否定する空気があり、総評内では、将来のスト権奪還の布石として団交権の獲得を望む声は非常に強い。だが一口に団交権といっても、西独の場合には、高級、中堅、現業関係と公務員を三段階に区別し、労働法上別個の扱いをしているし、日本でも「現業関係者には認めてもよい」との意見が少なくない」。倉石氏らは公務員制度全般にわたる「審議会」を設けて問題を検討することにしようと提案しているがねこれは、こうした外国の例なども研究して妥協点を発見しよう。という意味合いがあるわけだ。だから双方で話をキメ細かくつめていけば、まとまる可能性は残されているが、当事者の立場では、内部事情を考慮すると軽々しく話をすすめられないというのが現状のようだ」

 要するに、自民党と社会党・総評の非公式折衝は在籍専従とチェックオフ、政治活動などで妥協案はまとめられる可能性があっても、社会党・組合側が団交権を持ち出したため調整が難しく先に進まない状態ということである。なお、鈴木伸一氏の論文によると、38年1月の段階で組合は在籍専従制度が存置されるという条件付きで、チェックオフ制度の廃止を受け入れる容易があるとことを明らかにしたというが、上記朝日記事とは若干ニュアンスが違う。また、この記事ではふれていないが、労働省労政課長だった青木勇之助氏の記事によると、3月7日に倉石忠雄元労相と槇枝元文日教組書記長の会見があり、12日に労相と日教組が会見し陳情を受けている。
 3月25日に総評、同盟、新産別、中立労連の労働4団体が池田首相と会見、労働側の申し入れは87号条約の早期批准を妨げているのは国内法整備に便乗して労働組合の権利を制限しようとしていることだとし、公労法4条3項、地公労法5条3項の削除だけにとどめ同条約を直ちに批准すべきだというものだった。
 3月27日社会党は黒金泰美官房長官に以下の公開質問状を手渡した。
一 ILO87号条約について、国内関連法の改正を公労法4条3項、地公労法5条3項になど必要最小限のものに限り、すみやかに批准を促進する考えはないか
一 ILO105号条約(強制労働禁止)を批准する考えはないか
一 公務員に団交権を付与する考えはないか

ILO問題は5月に入って折衝が再開された

 昭和38年5月8日に自民党の倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長、山田国労書記長(スト権奪還特別委員会議長)、案納総評企画部長が3時間会見した。同日社会党はILO案件で3原則を確認した。それは条約の批准促進、批准に便乗した国内法整備の反対、衆院での特別委員会設置反対であった。
 5月14日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月15日プリンスホテルで自民党から倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党から河野密ILO条約批准促進特別委員会議長、多賀谷真稔同副委員長、永岡光治同事務局長により正式折衝再開。
 5月18日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月20日公務員団交権問題で総評が労相に自民党説得要請(朝日新聞5月21日2面)
 総評の案納企画部長と、槇枝日教組書記長らは大橋武夫労相と会い①87号条約の即時批准②国内法改悪反対③特別委員会設置反対の三原則を内容とした太田総評議長名の申入書を手渡すとともに「人事局の設置は公務員に団体交渉権を与えるという立場から検討されるべきであり、団交権を与えるよう労相から自民党内を説得してもらいたい」と要請した。
 5月22日倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長の会見が設定されていたが、新聞記者に予定がもれたためとりやめ。
 5月30日自民党緊急総務会があり、倉石忠雄元労相より社会党、組合側との折衝経過を説明、公務員制度審議会も了承される。
 5月31日ホテル・オークラで、倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長宝樹文彦全逓委員長(スト権奪還特別委員会議長)案納総評企画部長が会談、日教組の中央交渉問題、公務員の団交権問題について意見交換される。

 6月1日朝日新聞1面「総評側2点を要求-大詰のILO議案折衝-倉石・岩井会談」は次のように伝えている。
「‥31日、東京・赤坂のホテル・オークラでおこなわれた自民党ILO問題世話人代表の倉石忠雄、斎藤邦吉両氏と総評の岩井事務局長との会談で、岩井氏が現在自民党との間で争点となっている問題点のうち①「公務員制度審議会」(仮称)を内閣に設置し公務員制度全般を検討するとの自民党案は認めるが、公務員に労働協約締結権をふくむ団交権を付与することをなんらかの形で認めるべきだ。②日教組との中央交渉の道を開くよう法律上明文化すべきである、との2点について「これは総評としてぎりぎりの態度である。したがって自民党側がこれをどう受けとめるか回答してほしい」と述べた、といわれる。
 ‥‥自民党の党内情勢がかなり複雑で、とくに公務員の団体交渉権付与問題については根強い反対論があることなどから容易に即断はできないと慎重である。‥‥倉石氏らはすでにさる三十日、自民党代議士会などで報告した線をくずさず、三十一日の岩井氏との直接会談でも特に明確な態度はみせなかったようである。しかし倉石らとしてはILO結社の自由委員会が「日本政府が今国会でILO87号条約の批准をするよう希望するとの」との報告書をILO理事会に提出することとも関連し、できるだけ早く野党折衝とケリをつけ、今国会で条約の批准承認をとりつけ、関係国内法案を成立させたいとの池田首相の強い希望を反映して党内の意見調整を急ぐ意向だ‥」
 6月1日朝日新聞1面「首相の裁断も-黒金長官談話
 黒金泰美官房長官は三十一日夜の記者会見で次のように語った。
「ILO87号条約批准問題で与、野党の話し合いが始まっているが、ある段階では池田首相自身が“泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことがありうる。この場合“泥をかぶった”からといって実質的な成果が上がるかどうかはわからないが、かりに成果がえられなくても池田首相が乗出したことで国際的にも幾分申し訳がたとう」
 実際に池田首相が泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことはなかった。決断をしないから、結社の自由実情調査調停委員会(ドライヤー委員会)の来日受諾というところまでいき、ILO問題の解決をみることなく喉頭癌により辞任することになったのである。

引用参考文献

鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2

青木勇之助「ILO八七号条約批准問題(2)「倉石問題点」前後-昭和三十八年-前後季刊公企労70最終号

2007/02/04

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(3)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

 今回はILO問題が動き出す昭和38年の経過にはふれず小幅の内容とします。

川西正彦
 
4)総評のILO闘争の強化と倉石忠雄ILO問題世話人会代表らによる社会党との窓口折衝の開始

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html

 昭和35年岸内閣が提出したILO87号条約批承認案件にともなう関連法の改正案ではつぎのような規定があった。
(1)管理、監督又は秘密を扱うカテゴリーに属する職員は、一般の職員が結成する組合に加入できないこと
(2)在籍専従は、法律施行後三年間に制限されること。この規定は公労法、地公労法、国公法及び地公法のすべてに設けること。
(3)職員は、違法な組合指令に従うことが禁止されること。
(4)総理府に設置される人事局は、人事院からその主要な機能を引き継ぐこと。
(5)人事院規則で規定している組合の登録に関する事項を法律で規定すること。
(6)国鉄の服務違反に関する罰則は強化すること

 組合側は公労法4条3項、地公労法5条3項(職員でなければ組合員にも組合役員にもなれないことになっていた)の削除については賛成したが、残余の部分の多くは組合活動に制限を科すものであったから、これを批准承認にともなる便乗改悪として反対したため、国会では一度も審議されずに廃案となった。
 もちろん安保条約を批准したときのように野党にその意思を強要することも不可能ではなかったはずである。しかし、87号条約批准は政府にとって主要な緊急課題ではなかったし、自民党は国内法改正案のすべてに賛成というわけでもなかった。内閣もILO問題の解決の緊急性を感じておらず、国会の活動は延期され、対決が回避された。
 87号条約というのは労使おのおのによる団体設立・加入の自由、労使の各団体の代表者選任の自由、これらの団体の行政権限による解散からの自由を定めたものであるが、第1回で述べたとおり、ILO87号条約は争議権を扱うものではないから、公務員の争議権の否定を前提としての87号条約批准である。また日本が既に批准していた98号条約(団結権・団体交渉権についての原則の適用に関する条約)は「この条約は公務員の地位を取り扱うものではなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない」とあるように、公務員は適用除外になっている(行政改革推進本部専門調査会12月資料27頁全農林警職法判決参照http://www.gyoukaku.go.jp/senmon/dai5/siryou2.pdf)。しかも岸内閣の提出した最初の法案には、違法な組合指令に従うことを禁止し、国鉄の服務違反の処罰強化がもりこまれていたわけです。
 また、岸首相は人事院の改組にも積極的な見解を述べているが、別にこれは今日よくいわれるような労働基本権の付与との引き替え、リンケージとかそういうことではない。公務員に労働基本権は付与することはしないで人事院を縮小・改組するという政策である。リンケージは組合側の発想である。後述する、倉石ILO問題世話人会代表と社会党との窓口折衝で38年の1月組合側から公務員に団体交渉を認めることを条件に総理府に人事局を設けることを受け入れるとしたことにはじまる発想だろう。
 労働省の政策がプロレーバー的色彩が濃いとしても政府においてはILO条約批准によって公務員に労働基本権を付与するという発想は初めから全くなかったし、それをやる義務など課されているわけでは全くない。
 
 前回仲裁裁定完全実施の慣行を確立させた昭和32年岸信介首相-鈴木茂三郎社会党委員長会談、政府自民党と社会党の合意による政治決着が労働組合を増長させる要因になったと述べましたが、これはILO提訴の前の事柄だからILO問題は関係ない。
 労働省のプロレーバー政策を石田博英官房長官の強力な説得により岸首相が追認したものである。要するに社会党とつるんだ合意というものは、石田氏個人の政治力によるところが大きいと考える。『石田労政』によると石田氏は「仲裁裁定の完全実施ををきめた時は、三日ほど池田蔵相に口をきいてもらえなかった」と述懐しているように、石田官房長官主導の政治判断については財政当局は不満があったことを看取することができる。
 岸内閣の方針は、仲裁裁定完全実施というアメを与えつつ、労働組合の違法行為には厳格に対処するというムチをともなうものだったということは、32年6月の岸内閣6月改造で石田官房長官が労相に就任し衆院社労委で「今後とも仲裁裁定については責任をもって対処したい。しかし労組の違法行為に対しては峻厳な態度をもって一貫する」としていることで明らかである。
 その趣旨は仲裁裁定は実施するから違法行為はやめさせ、労働運動の健全な発展と言うことになろうが、しかし、そんなものはしょせん幻想に過ぎなかったのである。
 社会党は安保闘争の集団行動で自信を強め昭和35年11月20日の総選挙で議席倍増により再び社会党の指導下で集団行動が再起することを期待していた。同年公務員共闘が発足した。国と地方公務員、教員の大衆的共闘組織が強化され安保闘争とも連動し、公務員共闘は数次の時限ストを行っているが、人事院勧告が12・5%引き上げという高率ベア勧告となった。闘争で味をしめていることになる。
 昭和35年10月に総評は、スト権奪還特別委員会を設置した。スト権は直接の標的ではなく窮極の目標であるとしても、ILO87号条約批准問題で組合側に譲歩を促し、組合活動に制限を加える法改正に反対していくための戦略とみることもできる。しかし、総選挙で社会党の議席は伸びず保革の議席の割合は変わらなかったのであり、国内政治だけで組合側に譲歩を迫ることはできなかった。
 そこでスト権奪還特別委員会はILO闘争を強化して、ILOに提訴するナショナル・ユニオンを支援した。国公共闘の申し立てからはじまり、日教組、国労、自治労が続いた。
 ここに至ってILO提訴の趣旨は変質した。1960年代は国際的にも公務員の労度運動が高揚した時期とされるが、公務員法制という国制の根幹にかかわる政策を国際機関への提訴によって圧力をかけ問題の解決を延引させることにより日本政府への制裁を期待し、政府を困らせて泥沼にはめてしまおうという悪質なものになっていった。
 そもそも89号条約条約批准の発端は労働組合員の役員選出の制限(公労法4条3項、地公労法5条3項)が労働組合権を否認しているという提訴からはじまり、労働省当局が推進した第一の目的は公労法4条3項、地公労法5条3項の削除であったことは第1回に述べたとおりであり、当初は批准にあたって公務員は考えなくてよいということだった。
 それが、87条約批准とは直接関係ない事柄である、公務員のスト権、団体協約締結権にまで提訴の内容が拡大していったのである。
 
 昭和38年までにILOに申し立てられた数は厖大なものになったが、鈴木伸一(人事院研修審議室参事官、筑波大学社会工学系教授を歴任)の論文によると次の15項目を列挙している。

(1)労働組合の組合員資格及び役員選出に対する制限(公労法、地公労法)

(2)スト権否認並びに調停及び仲裁制度の欠陥(公労法、及び地公労法)
(3)管理職員等の結社の権利の否認(公労法及び地公労法 )
(4)団体交渉の否認(地公労法)
(5)警察官、監獄職員といった特定の職務に従事する職員の結社の権利の否認(国公法) 
(6)在籍専従制度の削除
(7)団体交渉(国公法及び地公法)
 ⅰ団体協約締結権の否認(国公法及び地公法)
 ⅱ組合費のチェック・オフに関する団体交渉の法の干渉(地公法)
 ⅲ地方公務員の団結権によってカバーされている諸事柄の規制(地公法)
(8)地公法下の組織の登録と範囲
(9)スト権の否認及び代償的保障の欠如(地公法)
(10)国公法の改正
(11)警職法に関する陳述
(12)国労への干渉行為及び組合への労働者の加入に対する干渉行為
(13)日教組に影響を与えている反組合的差別待遇行為及び組合の否認行為
(14)政府職員で作られた特定組織への干渉行為及び否認行為
(15)自治労加盟組合に対する干渉行為

 池田勇人首相(在任昭和35年7月~39年11月)は87号条約の早期批准を考えていたとされる。自民党では福田赳夫政調会長がILO問題の解決のために倉石忠雄元労相(岸・福田派)を代表とする「ILO世話人会」という非公式な委員会を設けた。倉石忠雄氏は自民党右派とみなされるが、労働政策はリベラルで、岩井総評事務局長とのパイプがあり、社会党との合意による早期批准を目指す独自の立場をとっていた。倉石ILO世話人会代表が主として社会党との窓口折衝を行った。なお、この窓口折衝の幾つかには岩井章総評事務局長と宝樹文彦全逓委員長といった総評のリーダーも参加していた。
 一方、自民党内には文教部会・文教調査会及び治安対策特別委員会に拠っていた、文教・治安関係議員が組合との妥協によるILO問題の解決に強く反対していた。このグループの最有力者である荒木万寿夫文相(池田派)は昭和36年1月20日の会見で、仮に結社の自由委員会が日教組の申し立てに共鳴し日本政府を非難したときはILOを脱退すべきとまで述べた。
 自民党倉石忠雄元労相と社会党河野密議員の窓口折衝が軌道に乗ったのは昭和38年の通常国会であったが、窓口折衝の内容が朝日新聞にスクープ記事としてトップに掲載されたことから幾多の論議を巻き起こすことになった。「倉石問題点」という折衝のなかには、当時文部大臣が会見を拒否していた日教組とのいわゆる中央交渉の問題に触れられていたことから、自民党の文教関係議員の間に強硬な反対論を巻き起こすことになったのである。

 引用・参考文献
 芦村庸介「裁定完全実施に道拓いた岸・鈴木会談の実現」『季刊公企労』70最終号
 鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2
 堀秀夫「ILO八七号条約批准問題(1)「ドライヤー委員会」の思い出」季刊公企労70最終号

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