書評 篠田徹「岐路に立つ労働運動-共和党の攻勢と労組の戦略論争」(1)
篠田徹「岐路に立つ労働運動-共和党の攻勢と労組の戦略論争」久保文明編『米国民主党-2008年政権奪回への課題』日本国際問題研究所2005年所収
米国南部のノンユニオン社会戦略の意義(1)
先月、用事があってたまたま新宿サザンテラス口に出たので、クリスピークリームドーナツを見に行きましたが1時間半の行列だったので買うのを諦めました。とはいえ私の関心はドーナツでなくカロライナにあります。クリスピークリームはノースカロライナ州のウィンストンセーラムを本拠とする企業なので一度は食べてみたいと思ったわけです。携帯用グリルのブルーリノがテキサスの会社に買収されたのは残念ですがカロライナの企業は人々に愛される物をつくってますよ。人々に愛される物をつくる、それは公共善としての価値があるので賞賛したい訳です。
私は英語ができないし、海外は伊豆大島しか行ったことはないですよ。飛行機ですら乗ったことがない。だから外国のことは知りません。しかし地域研究は好きです。外国で一番好感度が高いのが米国南部諸州ですよ。サザンホスピタリティがあります。人々に親切です。社会倫理的に保守的な風土があって悪徳に染まらない健全さがある。ノースカロライナは二~三年前まで宝くじの発行を認めなかった州だったんです。しかし第一には労働権法(Right to Work law)の州だということです。現在労働権法を憲法や州法で定めているのは南部を中心に23州とグァム島です。http://www.nrtw.org/rtws.htm
労働権法とは雇用条件として労働者に組合加入と組合費の支払いを義務づける組合保障協定を定めた労働協約の交渉を禁止するもの。事実上組合を排除しやすい雇用環境を提供するもので反労働組合政策の一つと言えます。
私は労働権州の全てに好意的ですが、特にノースカロライナに好意的なのは、下表に示す(篠田徹論文223頁以下)ように、組織率の低さで全米トップ象徴的な州だからです。朝早くから夜遅くまで勤勉に働くエートスのある州だとの評判によるものであります。労働組合は戦後、ディキシーオペレーションとよばれる南部への組織化攻勢をやりましたが、ことごとく失敗したとされています。カロライナのバーリントンインダストリーが標的になったことがありますが、はねつけました。南部は組織化が難しいという社会通念があります。それは従業員が雇用主に親しい感情を有しているためだといわれています。
又、州公務員は州法によりいかなる非公式なかたちでも団体交渉が禁止されている勤務条件法定主義の厳格な州で、州従業員協会という職員団体がありますが、賃上げなどの交渉は、州議会議員への陳情というかたちになりますので、労働組合とはみなされていないこともあり組織率は低いのだと思います。
もっともカロライナでもストはありますし、大きな組織化が成功した事例もあります。赤い30年代1937年にはカロライナの繊維労働者が左翼の煽動により大規模なストライキを打ったこともあったわけです。しかし、ノースカロライナがミルタウン(工場町)の州、繊維、室内装飾、家具、什器などの製造業州でありながら、労組の組織化攻勢をはねつけ、組織率の低さを誇った意義は非常に大きかったと思います。さらにリサーチトライアングルパークにみられる先見の明のある政策は各州のハイテク企業誘致政策のモデルとなったばかりでなく、バンカメやワコビアの本社所在地として金融でもシャーロットがニューヨ-クに次ぐ業績を上げていることは、労働権州=プロビジネスの州との評判を高めています。
私の持論は、反団結権の確立、労働組合の駆逐が理想社会であり、そのために憲法28条の廃止も含めた、ニュ-ディール体制継受の抜本的に見直しすべきというものですから、それが社会的正義であり、経済的繁栄のためにも望ましいということですから。持論の補強のためにカロライナを含む組織率の低い労働権州が経済的に発展して貰いたい訳で、感情的に肩入れした記述になるのはそのためです。
労働組合組織率の低い州(2003年)
と2004年大統領選挙結果
ノースカロライナ 3.1%-ブッシュ
サウスカロライナ 4.2%-ブッシュ
アーカンソー 4.8%-ブッシュ
ミシシッピ 4.9%-ブッシュ
テネシー 5.2%-ブッシュ
テキサス 5.2%-ブッシュ
アリゾナ 5.2%-ブッシュ
ユタ 5.2%-ブッシュ
サウスダコタ 5.4%-ブッシュ
フロリダ 6.1%-ブッシュ
ルイジアナ 6.5%-ブッシュ
ジョージア 6.7%-ブッシュ
オクラホマ 6.8%-ブッシュ
労働組合組織率の高い州(2003年)
と2004年大統領選挙結果
ニューヨーク 24.6%-ケリー
ハワイ 23.9%-ケリー
ミシガン 21.9%-ケリー
ワシントン 19.8%-ケリー
ニュージャージー 19.5%-ケリー
イリノイ 17.9%-ケリー
ロードアイランド 17.0%-ケリー
ミネソタ 17.0%-ケリー
オハイオ 16.7%-ブッシュ
カリフォルニア 16.8%-ケリー
オレゴン 15.7%-ケリー
コネチカット 15.4%-ケリー
ペンシルヴァニア 15.1%-ケリー
その他重要州及び接戦州の組織率と選挙結果
マサチューセッツ 14.2%-ケリー
ニューハンプシャー 9.2%-ケリー
メリーランド 14.3%-ケリー
ヴァージニア 9.8%-ブッシュ
インディアナ 11.8%-ブッシュ
ウィスコンシン 9.6%-ケリー
アイオワ 11.5%-ブッシュ
ミズーリ 13.2%-ブッシュ
ニューメキシコ 7.7%-ブッシュ
太字は労働権州
アメリカでは排他的交渉代表制がとられ、適正な交渉単位において3割以上の署名を得て組合代表選挙により過半数の労働者の支持を得た労働組合のみが団体交渉権を取得できるシステムですが、1947年タフト・ハートレー法は被用者に団体行動に関与をしない権利を定め、労働組合に被用者に団結権を強制したり、雇用者に被用者を差別せしめることなどを不当労働行為として追加し、労働組合に権力を付与した悪法中の悪法1935年ワグナー法の行き過ぎを改め労働組合の権力の濫用を抑制するとともに、使用者側の対抗言論を保障し労使関係において法律的には中立主義としたのみならず、ユニオンショップについて数々の規制を設け、ユニオンショップ協定のもとでも、組合に対する誹謗中傷、組合秘密の漏洩、スト破りを理由に解雇を要求できなくし、不当に高額な組合加入費を要求することもできなくし、ショップ制は事実上組合費徴収の手段となった。これは多くの企業でユニオンショップが慣行となっていて労組に甘い日本とはかなり状況が異なる点である。
つまりタフト・ハートレー法は、協約適用労働者に組合加入、団体行動の支持いかんにかかわらず、組合費の徴収は認めているのであるが、労働権法(Right to Work law)が制定されている州では、そのうえに被用者に組合に加入しない権利と、組合費を徴収されない権利を保障しているので、たんに組合費徴収の手段となっているユニオンショップ制、或いは組合の不加入を認めるが、ただ乗り防止のため組合費を支払わせる、エージェンシーショップも容認されない。従って労働組合の組織化を容易にはできない州になっているわけである。労働権を支持する人々は共和党系の圧力団体として全国労働権委員会The National Right to Work Committee http://www.nrtwc.org/home.php3に結集していて、全米で220万人の会員を有し精力的な反労組活動を行っている。。
アメリカで組合不在企業が多いのは、第一にタフト・ハートレー法で労組の権力濫用を抑止した効果である。タフト・ハートレー法を推進したのはNAM(全国製造業者協会)、共和党、南部民主党であるがとりわけ対抗言論が認められたことの意義が大きい。使用者側にも組合が組織されないほうが労働者にとってメリットになると訴える対抗言論は使用者側の権利とされている。反労働組合企業では組織化の動きを察知すると、あっという間に過去の労働組合の起こした暴力事件などの新聞記事などが掲示されたりして従業員にストの怖さを説示したりしている。。
使用者側の対抗言論の成果で、組合代表選挙で使用者側が勝利するケースは多く、これは重要な武器になった。
さらに、日常から組合が組織化されないために従業員の不満や提案を上層部に直接訴えることのできるオープンドアーポリシーを採用したり、従業員に対して人当たりがよく公正に処遇することなどの優れた企業文化を形成するなどの企業努力により、組合不在企業として経営することが可能なのである。それに加えて、南部諸州では労働者に組合に加入しない権利、かりに組合が組織化されても組合費を徴収されない権利を労働権として保障していので、いっそう組合の組織化の歯止めになっているわけである。。
ここにとりあげる篠田徹の論文「岐路に立つ労働運動」ですが、著者はプロレーバーである。イデオロギー的には敵対者ではあるが、南部の労働組合なき企業戦略について論じている。我が国ではアメリカ合衆国の地域特性研究、米国南部の労働権州についての研究は一般読者の目に触れる書物が少なく、貴重な文献のように思える。
著者は素人にもにわかりやすい、州の地域特性の分類を示している。「ノン・ユニオン・ステート」「ユニオン・ステート」これは労働組合を社会的にポジティブに認知するか否かの違いであるが、労働権州が前者に相当する。「レッドステート」「ブルーステート」「スイングステート」これは大統領選挙で共和党優位か民主党優位かの色分けである。http://www.cnn.com/ELECTION/2004/pages/results/electoral.college/
「サン・ベルト」「スノー・ベルト」は前者が産業立地再編の中心地を指し、カリフォルニアから南部諸州の広い地域を指す。
この三区分は、重なり合うことも多いが、完全に一致するものでもない。地域特性を過度に強調することも問題があるだろう。
著者によると、南部は南北戦争以来、何度も組織化が試みられ、比較的短期の現象にせよ、一定の成果をあげてきた。例えば、南部でもテネシーとアラバマが1970年に20%の組織率を有しており、南部諸州が一桁台の組織率で揃うのは過去10年ほどのことと言っている。
著者によると60年代のジョンソン政権において労働組合が影響力を有していたが、70年代以降影響力が低下していった。80年代以降スノー・ベルトもサン・ベルトも組織率は低下しているが、サン・ベルトの組織率の低下がゆるまないのは、たんに地域特性というだけでは説明できず、それは地域開発と一体となった戦略であって新規に立地する企業が労組なき企業戦略を所与のものとしている結果だとしている。 そうした戦略を担っている、共和党系圧力団体のひとつとして著者は全米独立企業連盟(NFIB National Federation of Independent Business)というスモールビジネスのロビー団体を上げている、全米で60万の会員を有し、最低賃金・超過勤務手当・安全衛生・福利厚生などの規制と闘うだけでなく、企業誘致や地域開発にも積極的な活動をしているという。現在、民主党優位の議会で最低賃金が引き上げられたが、当然こちらは反対の立場だろう。
つまり米国では草の根でビジネスの政府規制に反対し、労働組合も嫌う自由主義を尊ぶ雰囲気があり、それが労組なき企業戦略に結実していると理解した。
我が国では社会労働政策というとコーポラティズムの大陸欧州の政策を参考にすることが多いが、それは大きな間違いである。アメリカのスモールビジネスの草の根の健全さにも学ぶべき点は多いのではないかというのが率直な感想である。
大統領選挙の絡みでいうと、前回の選挙では、選挙人の数の20人以上の大州、オハイオ、ペンシルヴァニア、フロリダの3州が天王山とされたのである。事前報道で3州のうち2州を獲った方が勝ちと伝えられたが、フロリダ-ブッシュ、ペンシルヴァニア-ケリーは予想どおりで、突き詰めて言うとオハイオ1州の結果が全てだったのである。
著者によるとオハイオ、インディアナ、ペンシルヴァニア、ウィスコンシンといったかつてのユニオン・ステートは急速に組織率が低下した、それは五大湖沿岸の鉱工業地帯、クリーヴランド、トレド、ビッツバーグ、ミルウォーキーとその周辺が産業空洞化で政治的影響力を失い、組合が存在しない、農村や郊外型の産業・住宅地域のポリティカルボイスが大きくなっていると分析している。
しかし、細かく分析すると組合の組織率の低さ=ブッシュ優位ということではない。ブッシュはペンシルヴァニアを選挙活動の重点州として相当な梃子入れをしたはずだが、結局勝てなかったということは、ペンシルヴァニアはリベラルな州と認識して良いのではないか。ウィスコンシンについても同じことがいえるのであって、オハイオの農村部が保守的なためかこの重要な州を獲ったことでブッシュは辛うじて勝てたのである。
川西正彦
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