公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

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2007年5月の1件の記事

2007/05/22

私も最低賃金引上げに反対だ

  内閣府の規制改革会議(草刈隆郎議長)が安倍政権がワーキングプアなど格差解消に向け取り組む最低賃金の引き上げについては「賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらす」と事実上反対している。とのニュースを読みましたが私も同意見です。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070520k0000m040113000c.html
安倍首相は右翼体質の政治家だと思いますが、もし首相が最低賃金引き上げ賛成論者なら経済的自由主義者ではないということです。自民党では右派とみなされる倉石忠雄氏が最低賃金政策を推進したということですが、これは本来、保守主義者というよりリベラル左翼の政策ですよ。合衆国では昨年の中間選挙で民主党優位になったため今年、10年ぶりに連邦最低賃金を5.15ドルから段階的に7.25ドルに引き上げられることとなりましたが、悪い政策だとと思います。http://abcnews.go.com/Politics/wireStory?id=2251013&CMP=OTC-RSSFeeds0312
http://www.restaurant.org/government/Issues/Issue.cfm?Issue=minwage http://www.msnbc.msn.com/id/16558329   http://money.cnn.com/2007/02/01/news/economy/minimum_wage/?postversion=2007020118 http://www.laborlawcenter.com/federal-minimum-wage.asp

ブッシュ政権は最低賃金引き上げがコストの上昇から低スキルの労働力需要を減少させるとして否定的だった。スモールビジネスのロビー活動やレストラン協会などから反対があった。私が議員なら7.25ドルなんてとんでもない。プロビジネス、労働力取引の自由の立場で引き上げに強く反対したでしょう。
 最近出版された坂井誠『現代アメリカの経済政策と格差-経済的自由主義政策批判』日本評論社2007を読みましたが、最低賃金政策諸説を紹介し論じております。それによると伝統的通説は最低賃金の引き上げは人件費を押し上げて企業収益を圧迫し雇用を縮小させるおそれが強いとするものである。他方雇用を拡大するという逆の説も紹介しているが著者は肯定的でない。所得分配効果についても諸説が引用されている。マーク・ウィルソンは、最低賃金引き上げの受益者は、低所得層ではなく中間層とする。つまり貧困とは言えない若者や主婦がパートで稼ぎ、彼らが恩恵を受けると説く。デイヴッド・マクファーソンも中間層を潤し、貧困対策として機能しないと説く。リチャード・バーマンは、最低賃金引き上げにより、マイノリティーの若者、福祉の需給を受けている母親や低スキルの成人が、高い賃金に魅力を感じた中間層のティーンエイジャーにより排除されるとする。著者もこうした見解を肯定的に論じている。高い最低賃金構造は低所得層の収入をむしろ抑制し、低所得層と中間層以上との格差を拡大させるあるいは未熟練層を市場から排除し所得格差を拡大させる懸念を述べている。
 だとするなら、最低賃金政策=低所得者支援は成り立たず偽善であると表明すべきであるが、著者は労働者全体の利益になるとして、最低賃金政策を支持するのである。ほとんど説得力がない議論である。
 一方私は、所得分配効果がどのようなものであれ、このような賃金統制に反対なのである。
 そもそも私はロックナー判決マンセーと言っているくらいですから、所得分配効果云々ではなく、営業〔取引〕の自由あるいは契約の自由を侵害する最低賃金立法に根本的に反対ですよ。
 合衆国では黄金の20年代に女性及び児童の最低賃金規制法を実体的デュープロセスに反し違憲としたアドキンス対児童病院判決ADKINS v. CHILDREN'S HOSPITAL OF DISTRICT OF COLUMBIA, 261 U.S. 525 (1923) http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=US&vol=261&invol=525という著名な判決があります。
 サザランド判事による法廷意見は最低賃金立法は雇用者及び被用者の雇用契約交渉の自由に対する違憲な侵害であり、雇用契約中に包含する仕事の内容に注目せずに賃金の支払いを強制する法律は立法権の根拠のない専断的行使とした。サザランド判事は革新主義的な公共政策、ニューディールに最も強硬に反対した裁判官といわれ「自分の事柄について契約する権利は、修正第5条によって保護された個人の自由の一部である。絶対的な契約の自由のようなものは存在しないが、自由が原則で制限が例外である。」(中谷実『アメリカにおける司法積極主義と消極主義』法律文化社1987)との名文句を残しています。これはブランダイス判事の「一人で放っておいてもらう権利」よりも個人主義的自由主義として価値のある名文句と高く評価します。
 要するに私の考えは、核心的に重要な自由の価値とは営業の自由のコロラリーとしての個人の労働力取引の自由(労働の自由-厳密にはロックナー判決などの契約の自由とは異なる概念だが、親和性がある)であってプライバシー権や私生活の自由は二の次の問題という認識であるこの脈絡からアドキンス判決に好意的である。
 もっとも私はサザランド判事マンセーとは言わない。全面的には同意できない面〔女性に憲法上の権利を認めた点など〕もあるからですが、大筋と結論に同意します。いずれにせよアメリカン・プランによるオープンショップ攻勢とレイバーインジャンクションで労働組合が衰退した1920年代はとてもよかったと思います。
 さらに私はマクレイノルズ、ヴァンデヴァンター、サザランド、バトラーといった保守派の最高裁判事が大恐慌と戦間期の難しい時期(1930年代は『赤い30年代』といわれるように危険な時代であった)に頑固に「契約の自由」を擁護し経済規制立法を叩きつぶしたことが米国社会の左傾化の防波堤となる抵抗勢力としての役割を果たしたことを高く評価しますが、とくにウィルソン任命でありながら大統領の期待に反し、保守派のリーダーとなり「最も反動的な裁判官」と称されたマクレイノルズ判事が好きですが、みな尊敬しますよ。
 結局ルーズベルト大勝の翌年、1937年の憲法革命(ウエストコーストホテル対パリッシュ判決で最高裁は実体的デュープロセス「契約の自由」について厳格な司法審査をやめ、以降、経済的自由の規制については立法府の判断を尊重するものとした-それはルーズベルトの政治的圧力によるともいわれるが、決定票を握っていた中間派のロバーツ判事の態度変更は政治的圧力とは直接には関係ないものである)で明示的に判例変更された。私はロックナーマンセーですから憲法革命は大きな過ちだったという歴史認識ですが、それは別途述べることとして、米国では1938年の「公正労働基準法」により最低賃金制度が導入され、これまでに20回引き上げられました。そもそもニューディールの労働立法は個人の自由を侵害するものでこんなものは止めてしまえというのが私の考えです。

川西正彦

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