ロックナー判決マンセー論(9)
ロックナー判決は中間審査基準だといわれる-6
公正労働基準法(FLSA)は1938年6月ニューディールの最後の立法であるが、当然反対論もあった。1937年5月にFLSAの原案(連邦賃金・労働時間法案)がブラック上院議員によって初めて提出されるとフランク・E・ガネットの立憲政府擁護全国委員会、下院議員のハワード・W・スミスが共和党と連繋して強硬な反対運動を起こした。南部保守派グループは低賃金労働を南部で維持するため反対した(註1)。
労働政策研究・研修機構の労働政策研究報告書 No.36『諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間法制に関する調査研究』第一章アメリカ27頁(平成 17 年)http://www.jil.go.jp/institute/reports/2005/036.htmlは公正労働基準法(FLSA)の労働時間規制の趣旨について次のように述べている。
---FLSAが採用した、週40時間を超える労働に対して割増賃金支払義務を課するという手法による労働時間規制の趣旨ないし目的については、使用者に割増賃金の支払いという圧力を課すことにより使用者との関係で交渉力の弱い労働者の長時間労働を抑制することと、そうした圧力により労働時間を短縮することで新たな雇用機会を創出することの2点が挙げられる。
しかし、これら2つの目的のうちでは、FLSAが、大恐慌により失業問題が深刻であった時代に立法されたという背景を反映して、後者の雇用創出に重点が置かれているように見受けられる。たとえば、FLSAの目的につき比較的詳しく述べた連邦最高裁判決は、「( 5割増の賃金の支払を要求すること)によって、時間外労働そのものは禁止されないものの、追加的な賃金の支払を避けるために雇用を拡大することに向けて財務上の圧力が加えられ、また、労働者は、法定の週労働時間を超える労働を行ったことへの報償として、付加的な賃金を保障されるのである。失業が蔓延し利潤もあがらない時代においては、追加的な賃金支払を避けるという経済メカニズムは、提供可能な仕事を分配するのに有効な効果をもたらすことが期待される」と述べている 。OVERNIGHT MOTOR TRANSP. CO. v. MISSEL, 316 U.S. 572 (1942) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=316&invol=572
すなわち、ここでは、法定労働時間を超える時間外労働それ自体を禁止することは法の趣旨とは捉えられておらず、時間外労働に対して付加的な報償として割増賃金を与えるべきことが述べられているにとどまる(長時間労働による労働者の健康への負担にも言及はない。 ) 。他方で、割増賃金の支払を使用者に義務づけることにより、「雇用を拡大すること」や「仕事を分配する」ことが強調されていることからみて、連邦最高裁は、FLSAの目的として、雇用創出に重点を置いているものとみられるのである。-----
上記の見解によると、立法目的はワークシェアリング、大恐慌による失業問題に対応したもので雇用を創出し、産業を復興させる政策ということになるが、そのように断定してよいかは、なお精査が必要だろう。
30年代の失業問題がいかに深刻だったかについては、河内信幸によると1932年6500社の調査ではフル稼働体制を維持しているのは僅か26%にに満たず、週5日以上操業している企業は28%、工場労働者全体の56%が通常の59%の時間しか働けないパートタイム労働者だった。USスティールは1929年に22万5千人の労働者を雇用していたが1933年4月には完全就業者がゼロになり、パートタイム労働者だけになった(註2)。
ルーズベルト不況と呼ばれる1937年恐慌は8月に突如株価が暴落し、年末までに新たに200万が失業、1938年には一時600万まで減少した失業者が1000万に達し、社会不安が蔓延する状況になっていた(註3)。
上記の趣旨からみて公正労働基準法(FLSA)はオーバーホールすべきであるというのは当然のように思える。
21世紀に入って、アメリカは景気後退局面もありましたが、30年代の大恐慌時代とは全く異なるのである。一般論として長時間労働を抑止すれば、その分働き手は多く必要になるとはいえる。ウォルマートは割増賃金の支払義務が生じないよう、パートタイム時給ワーカーの時間管理をやっているから、その分多くのパートタイム労働者を雇っているといえるかもしれない。
しかしそのことが、結果的に産業を振興させ、経済発展を促し全体的な雇用創出となり社会の一般的福祉に役立っているとは到底思えない。
上記の最高裁の見解でも「失業が蔓延し利潤もあがらない時代においては‥‥、提供可能な仕事を分配するのに有効な効果をもたらす」としており、政策としての効果はそういう時代のものであるということである。
(註1)河内信幸『ニューディール体制論』学術出版会2005年 507頁。
(註2)同上415頁(註3)同上468頁
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