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2007/12/09

極保守派主導による1895年判決の意義(1)

 ブリューワー判事の有名な講演
 
 合衆国最高裁で極保守派といわれたDavid Josiah Brewer判事(任1889~1908)は1891年のイェール大学の講演で次のように述べました。
「イヴが禁断の果実さえ欲して占有をした、その記録に残る最初の時代から、財産の観念とその占有権の神聖さとは、一度も人類から離れたことはなかったのである。理想的人間性についていかなる空想が存在しえようとも‥‥歴史の夜明けから現代の時代にいたるまで、現実の人間の経験は、占有の喜びと一緒になった獲得の欲求が、人間活動の現実的な動機となっていることを明らかにしている。独立宣言の断定的な表現のなかで、幸福の追求は譲渡することのできない権利の1つであると断言されているとき、財産の獲得、占有、及び享有は、人間の政府が禁ずることができず、それが破壊することのない事柄であることが意味されているのである。‥‥永遠の正義の要請は、合法的に取得され合法的に保有されたいかなる私的財産も公衆の健康、道徳あるいは福祉の利益のために、補償なく略奪されあるいは破壊されることを禁ずるものである」(註1)。
 「イヴが禁断の果実さえ欲した」のフレーズが印象的です。私的財産権保護のチャンピオン的見解としてブリューワー判事は永遠に記憶に残ることになるだろう。
 この価値観は人類に普遍的な価値観といえるだろうか。母系社会においてはそういえないだろう。父から子に遺産を継承できないのである。獲得した財産は母方親族の共有財産に吸収されてしまうから、財産を蓄積する動機づけに欠いているのである。ゆえに母系社会は多くの場合、生産力の低い未開社会にとどまるのである。母系社会では高度文明が発達しないのはそういう理由である。例えばメラネシアのトロブリアンド諸島民、アメリカインディアン。
 また、宗教的に財産を放棄する思想もあるだろう。例えば聖フランチェスコの戒律は全ての財産を放棄して福音を説くものであった。だから私は信仰に基づく財産放棄思想そのものを否定するわけではない。
 しかし、文明が発達した世俗社会においてはブリューワー判事の見解は正しいと考える。
私的財産権が重要な価値として保護される社会、それは善い社会である。

1895年の重要判決

 フラー主席判事、ブリューワー判事、ペッカム判事の3人が極保守派といわれるのは、この3人が主導権を握った最高裁で改革運動に打撃を与えた1895年の3つの重要判決についての後世の評価なのです。革新主義者は保守反動と評価しますが、私は逆に高く評価する立場です。
 第一に合衆国対E. C.ナイト社判決U. S. v. E. C. KNIGHT CO., 156 U.S. 1 (1895) 156 U.S. 1 http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=156&invol=1である。1890年合衆国議会はシャーマン法(反トラスト法)を制定した。これは州際通商の独占を共謀することを違法として、各州の独占禁止法を補完するものであったが、最高裁は、経済活動に対する連邦政府の権限に歯止めをかけることとしたのが同判決の意義である。
 1892年アメリカン製糖会社は、フィラデルフィアにある製糖会社4社の株式を取得する合意を締結した。この株式の取得が完成すれば同社は合衆国内の製糖事業の98%を支配することになった。合衆国はシャーマン法に基づいて、この株式取得を差し止める訴訟を提起したが、最高裁はシャーマン法は製造における独占に適用がないと判断した。
 フラ-主席判事による法廷意見は製造と通商を区別した。通商に属するものは合衆国の権限内にあるが、通商に属さないものは州の内部事項管理権限にある。製造はたとえそれがいかに全国の経済や他州の経済に影響を及ぼそうとも、製造を規制することは州の内部事項の管理であるとしたのである。従って連邦政府は98%を支配する製糖会社をシャーマン法によって解散することはできないとした。この判決によって、農場や鉱山、工場における労働条件を規制する立法は州のみであるとされたのである。
 この判決はポピュリストの怒りをかった。最高裁は大企業に甘いというわけだが、保守的な裁判官は改革派への批判を一層強めた(註2)。
 
改革派に打撃を与えた第二の判決はポロック対農場経営者信託貸付会社判決POLLOCK v. FARMERS' LOAN & TRUST CO., 157 U.S. 429 (1895) 157 U.S. 429 http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=157&invol=429で、これは連邦所得税法の違憲判断である。合衆国憲法第1条、第2項の3は「下院議員および直接税は、連邦に加入する各州の人口に比例して、各州の間に配分される」と規定されており、直接税は州の人口に比例して割り当てられた場合にのみ課税されるというものである。
 課税反対側の主任弁護士は、同法(累進所得課税)は共産主義的であり、人民主義的な原理に基づいており、私的財産権の保護という根本原理を否定するものと非難した。
 この違憲判断により、最高裁は累進所得課税を妨げた。進歩派は所得税を徴収するために憲法の修正を要した。1913年の憲法修正第16条「連邦議会は、いかなる源泉から生ずる所得に対しても、各州の問に配分することなく、また国勢調査あるいは人口算定に準拠することなしに、所得税を賦課徴収する権限を有する」である。
 
 これは不人気な判決でしたが累進所得課税がない国家は、国民に経済的に成功すれば富裕となる夢を与えると私は考えます。

改革派に打撃を与えた第三の判決これがもっとも重要ですがデブス判決です。(続く)

(註1)ラッセル・ギャロウェイ著佐藤・尹・須藤共訳『アメリカ最高裁判所200年の軌跡 法と経済の交錯』 八千代出版1994年 89頁
(註2)M.L.ベネディクト著常本照樹訳『アメリカ憲法史』北海道大学図書刊行会1994年 128頁
 木南敦『通商条項と合衆国憲法』東京大学出版会1995年 152頁以下

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