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2008年2月の13件の記事

2008/02/24

SASインスティチュートの企業文化との比較(7-東京都水道局との)

 SASインスティチュートが優良企業(但し非上場企業である)であることはSAS、2007 年売上高は過去最高の 21 億 5,000 万米ドルを記録http://www.sas.com/offices/asiapacific/japan/news/press/200802/06d.htmlと言う記事でも明らかでしょう。ノースカロライナが世界に誇ることのできる企業ですよ。SAS、米フォーチュン誌「最も働きがいのある会社ベスト100」に 11 年連続でランクインという記事によると「米国 SAS Institute Inc.(以下SAS)は、米フォーチュン誌が毎年発表する「最も働きがいのある会社ベスト100(100 Best Companies to Work For)」に 11 年連続で選出されたと発表しました。前回よりも順位を 19 ランク上げ、29 位になっただけでなく、「待遇の良い企業トップ25 (25 top-paying companies)」、「社内に良いスポーツジムがある企業トップ6 (one of six with the best gym)」、「医療保険(Health Care)」、「子育て支援 (Childcare)」、「ワークライフバランス (work/life balance)」の各部門のランキングでも名前が挙がりました。 」ということです。http://money.cnn.com/magazines/fortune/bestcompanies/2008/snapshots/29.html
http://money.cnn.com/galleries/2008/fortune/0801/gallery.bestcos_toppay.fortune/24.html
 しかし私はSASのように福利厚生を重視する企業が決して良いとは言いません。女性にとって働きやすい企業が良いとは決して思ってないからです。 

 しかしSASがこれだけ成功しているということは、社風が優れていると言っていいです。実際社員はとても親切で協調性があると言われてます。ワークライフバランスと言うならばとそのような高い収益性と企業風土がなければ無理だと言うことです。
 厚生労働省や内閣府などが次世代支援、子育て支援、ワークライフバランスをさかんに言ってますが私は断乎反対です。実態としてわが東京都水道局などSASとは全く逆の文化ですから。

 東京都水道局 コラボレーション・協力的態度の全くない脅迫者、悪人が尊重される企業文化の例その1

「右かっくん左かっくんオヤジ」続編
 
 かっくんおやじは私を脅しましたし、良心のひとかけらもない欲と打算だけの俗物そのものです。
 例えば歓送迎会の料理でジンギスカン鍋が出たんですが、ほとんど肉をパクパクパクパク食っちゃう。そのえげつなさったらないですよ。職場に売りに来る弁当屋があるんですが、カックンおやじはみそ汁の袋を二つとるんです。かっくんおやじと洗濯物をクリーニング屋に出しに行ったんですが、その店は配達をしていない店なのに、無理矢理強引に配達させたんですよ。それはとりにいくのが面倒だからです。ものの言い方がはじめから断定的で議論にならない。これはこうですよね。とか言って強引に自己主張にもっていく。私を指さして「人間性が悪い」と言いました。悪人から悪人呼ばわりされるということはつまり私は善人ですから何とも思いませんが、指さされて悪人呼ばわリするの不愉快ですよ。
 かっくんは自分の担当職務でも出張を嫌がります。私は忙しいのに、本当はかっくんおやじが、本局まで行って局長の公印を貰ってくればいいのに、わざわざ私が行かなければならない羽目になったわけです。かっくんおやじはインターネット見て暇そうにしてるだけなのに係長は遠慮して出張してくださいとは絶対言わない。
 かっくんおやじを見ていると、職場はインターネットカフェ状態ですよ。パソコンは遊びの小道具になってるわけです。本当におもしろがって見ているならまだいいんだ。単に暇つぶしに見ているから不愉快ですよ。かっくんおやじは首を振ってインターネットを見ている時が一番機嫌がいいんです。係長って処世術が全ての俗物そのものですから、上役にゴマをスリ、女子職員は甘やかしてご機嫌をとり、カックンオヤジみたいな、仕事をしたくない人にインターネットカフェ状態の職場を提供し、ご機嫌を取り、労務管理はしない。私みたいに熱心に仕事をするとワカーホリックはけしからんとか言って叩きまくる。
 ウォルマートはコミットメント(仕事に励む、献身的に働く姿勢)が重視されることはさんざん書きました。もちろん協調性も重視されてます。シスコシステムズは仕事に対する情熱を重視します。マイクロソフトは勤労を貴ぶ気風があることは前にも書きました。東京都水道局では逆に仕事に対する熱意のない人、仕事を他人に押しつけたい人ほど尊重されるんです。これは全く馬鹿げてます。 
 私は例えば育児休業で人がすくなくなっても、それをカバーして事業運営にし支障がないよう仕事をこなすのは黙示的協力義務として当然だと思う。コモンローの黙示的義務条項っていうのは、別にイギリスでなくても当然のことですよ。
 だから指図されなくても仕事はやります。黙示的誠実労働義務と考えますから。まじめなんですよ。奉公人や執事は家内のいっさいがっさいの仕事をこなすことになってますから、それと同じ考え方ですね。しかし、かっくんおやじは、上位者から指示された最低限の仕事しかしません。自発的にすすんでは何も仕事はしません。できるだけ仕事はおしつけたい、実際におしつけます。私は役職者じゃないから、何をいっても協力しません。私がかっくんおやじの担当業務のかなりの部分を協力してやっているのに、逆はない。それがえげつなーいんです。えげつなさの極致のような悪人ですよ。かっくんおやじばっかりじゃない。私が係内全員でやるのが慣例だからこれを手伝ってほしていといっても、上司からの指示でないと動けないと官僚主義的なことししかいわない人ばかりだし、それで育児休業女みたいに仕事するなとくるから、私は怒り心頭にきているわけですよ。仕事するなは、労働力処分の個人の自由の全面的否定です。これが実は最大に不愉快な問題ですが、話しをかっくんおやじに戻しましょう。
 
 かっくんおやじっていうのはある意味で処世術はたけてます。上司や女性には愛想がよくふるまいます。上に立つ人は人の本性を見抜くことができませんから、愛想良く取り入るかっくんおやじに好意的ですね。だから悪人が尊重さます。
 かっくんおやじは妊娠出産育児休暇で1年九ヶ月以上休んだ女とは最初の3ヶ月ほどしか一緒だったわけですが、そのごまのすりかたのえげつなさというか凄いんですね。
 かっくんおやじは妊娠女に対して、「うっーー 何でもやりますよ うっーー」何でも手伝います。私用でも手伝いますから何でも言いつけて下さい。「うっーーうっーーこの声がこびりついて離れないですね。
 これには私も怒り心頭にきているわけですよ。その女はかっくんおやじが配属された段階で、妊娠のため大幅に仕事を減らしているわけで手伝う必要なんか全然ない。
 その女が主導して勝手に、仕事を割り振って(つまり仕事を他人に押しつけて)、かっくんおやじにもかなりの仕事の負担を与えたわけでが、実際にはかっくんおやじがやったのは、その女から引き継いだ仕事だけ。それ以外は私が経験者だかあれこれ説明してもきかない。すすんでやらないか、ほとんど私が主導してやらざるをえなくなったわけですよ。
 かっくんおやじは、係長が女のいいなりで、労務管理できない雰囲気を察知して、実質的に指令塔になってる女に媚びていれば安泰だと、そういう勘が働いているじゃないかと思いますが。
 私には協力することは絶対なかったですね。死んでもやりませんよ。右かっくん、左かっくん、かっくん、かっくん、かっくん、かっくん、首を振りながらインターネットをみているだけですよ。私が8時から夜10時まで職場にいて途中休むとしても12時間以上連日仕事したって、かっくんおやじは目の前でインターネットを見ながらかっくん、かっくん、爪切り、耳糞ほじりをやっているだけだけですから気分悪いですよー。周囲がいかに忙しそうにしても平気でかっくん、かっくんと首を振ってインターネットを見て一日が終わるんです。
 ただでさえ人が少ないんです。検算とか書類整理とか封筒の宛名書きとか、そういう小さな仕事でも手伝ってもらえば気持ちがいいし、助かるんですが、駆り立ては悪、仕事をしない主義の風土だから、そういうことはないし、インターネットだって業務に関係ないものを見るのは規律違反ですが、インターネットカフェ状態じゃないとかっくんおやじは機嫌が悪い。適当に書類みたり、パソコンをみるポーズとっているのが仕事だと思っている。
 もっと怒り心頭にきているのは、育児休暇で人が減って、カックンおやじをはじめ、仕事に熱意がなく協力しない人ばかりでやっているから大変なのに。係長は私に対して、何で残業する仕事があるんだと怒りまくっているわけですよ。其れだったら、かっくんおやじに、担当業務は進んでやるように、周囲の人に協力するよう言えばいいじゃないですか。其れは絶対言わない。死んでも言わないです。私がカックンおやじにこれを協力してくれと言っても、まず怒るか、やったとしてもやる気ないし、これは俺様の仕事じゃない。あなたには上司じゃないから指図する権限はないとかで拒否されるから結局遠慮しちゃって、自分でやってしまった方が早いから、そういう分もやってましたよ。私はかっくんおやじが、担当業務なのに自発的にやってない仕事をやっている上に協力もしてもらえないということになっているわけですよ。係長は任せるだ。任せるだの一点張りです。実際には任せても仕事しないんだから、担当者でなくてもやっていかないと、組織の運営が回っていかないわけですよ。
 係長は仕事をやっている人を叩いて、育児休業女とかかっくんおやじを絶対支持です。育児休業でほっぽり投げられた仕事が、指図されなくてもカバーしているのは残業するからけしからんと係長は機嫌が悪いんですよ。其れやらないと、法令遵守できないし、本局から怒られますが全く労務管理能力のない人が監督職員になっているとしか思えません。黙示的協力義務だといってもわかりませんね。たぶん
サービス残業を敵視する人が係長を非難していて、それで仕事をするのがけしからんとなっているわれけけです。それをいうんだったら、労働力処分の自由を言います。ロックナー判決マンセーと言っているくらいだから。
 話しが横道にそれました。かっくんおやじに戻します。かっくんおやじは、それはあなたの担当業務だからやってくださいと言っても怒りまくる。2年目になると新しい人に仕事におしつけまっくってますから、休暇のとりかたも全て自己優先で。係長もかっくん、かっくんインターネットカフェ状態にして機嫌をよくすることしか考えないから、仕事の負担も減らして、全てかっくんおやじに都合の良いペースで回ってしまってます。
 私はかっくんおやじが雑務が嫌いで机から動きたくないならそれでもいいとも思ってたんですよ。かっくんおやじは計算とか得意なんですよ。彼のキャリアもある程度知ってますから、仕事の割り振りでも、そういう得意分野を生かして、計算や検算のある仕事は分担してもらったり工夫すれば効率的なんですが、絶対係長は話もきかないし、全て独断で仕事を割りふります。人の使い方も下手ですね。
 皆さんも承知されてると思いますが、東京都に限らず我が国の慣行は職務分担というのは実にいい加減で、アメリカのような職務分析や詳細な職務記述書による管理というものはない。仕事に人をつけるんじゃなくて、人に仕事をつける。それもきわめて大雑把で監督職員は全体の分量を把握しているわけでもないんです。そもそも日本の人事課というのは職務分析とかやりませんから。もっとも今日ではアメリカでも職務記述書による労務管理や職務等級制度は見直されてます。柔軟性がないし、技術の進歩や組織変更による業務量の変化で職務分析は陳腐化しますから。その点、職務記述書でかっちり職務範囲を決めないほうが柔軟性があり、高業績業務システムになるわけです。
 問題は、職務分担というのもなんの根拠もなく、人に割り当てるだけなので恣意的になりがちなことです。分析も何もなくやっていない。仕事をしたくない人にはそれなリに業務量を減らすから恣意的としかいいようがない。実際に担当職務を着実にこなしているか検証もないし、全ていい加減で、仕事への熱意のない、仕事をやりたくない、押しつけたい人のペースとそれに従うような風土を醸成してますから人間が腐っていくんです。
 そういうと私の反対者は「郷に入れば郷に従え」であなたもかっくんおやじのように悪人になればとかいうんでしょう。東京都水道局はかっくんおやじのような悪人が尊重され黙示的誠実労働義務を強調する私のような善人を叩く、脅迫者、悪人優位文化だから、あなたもそれに染まって悪人になったらどうとか言うんでしょう。しかしそれは大きな間違いです。人間を腐らせる企業は最低です。別に悪人になる必要はないはずです。
 シスコを時価総額世界一にしたチェンバースは、「善人が勝利する。がつがつと卑しい人間が良いリーダーになるわけではない」(註1)とはっきり言ってますね。善人であっていいんですよ。悪人になる必要はない。
 妊娠育児休業の女は親切になるな、親切になるなトさかんに言うんですが、親切で善人でいいんですよ。だってSASインステイチュートの社員はみな親切で協力的なんですよ。シスコのチェンバースもはっきり言ってます。「自分が接して欲しいと思うように他人に接しなさい」(註2)。
 いかに悪人尊重であろうと、40代になると居場所がなくなる企業もすくなくないんだ。かっくんおやじに苛められつつも、民間企業ほどノルマのきつくない仕事をして高額の給料もらって雇用されているだけましじゃないか贅沢をいうなというかもしれませんが。そこは考え方が違います。エンプロイヤビリティーという考え方があって、仮に解雇されたとしても、その人に実務能力を与え、雇用させる能力を備えさせた企業は良い企業だという考え方があります。能力を伸ばしてくれる会社なら、クビになっても恩義を感じるが、労働意欲を萎縮させる。成果を出すチャンスを潰したりする企業ではエンプロイヤビリティーを向上させることができないです。
 よく知られていることですが、ヒューレット・パッカードというのは独自の企業文化があって従業員を大切にする社風で、創業者は従業員の解雇を避けるためコンパックとの合併に反対でしたが、カーリー・フィオリーナCEOが強引にコンパックと合併したという経緯があります。
 フィオリーナに関するビジネス書に書いてあったことですが、解雇されてもヒューレット・パッカードの社員はこの会社に働くことができて良かったと言うそうです。
 
 続く
 
 (註1)デービッド・スタウファー(金利光訳)のワールドビジネスサクセスシリーズ『E・コマースで世界をリードするシスコ』三修社2004年 38頁
 (註2)同上26頁

米フォーチュン誌「最も働きがいのある会社ベスト100 http://money.cnn.com/magazines/fortune/bestcompanies/2008/full_list/index.html

児童ポルノ単純所持処罰絶対反対

 インターネットによる児童ポルノ画像などの拡散に歯止めをかけるため、自民党は23日、児童買春・児童ポルノ禁止法を改正する方針を固めたhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080224-00000007-mai-sociとの記事がありますが絶対反対。
 ポルノは精神医学でいう代償充足により性犯罪抑止効果があり、むしろ犯罪抑止のために必要。警察が私生活やプライバシーに干渉しやすくなるのは大反対。そのような趣旨を自民党のご意見募集にもみ書きました。

2008/02/17

SASインスティチュートの企業文化との比較(6-東京都水道局との)

これはSASインスティチュートの企業文化との比較シリーズの続編です。
(1)
http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/sas_24f5.html

(2)
http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/sas_4acd.html

(3)
http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/sas_604f.html
(4)
http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/sas_44ed.html
(5)
http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/sas_58ec.html

 私がノースカロライナ贔屓だって言うことは再三書いているので繰り返しません。
 これまで業績好調とされてきたシャーロットを本拠とする銀行ですが1月23日にバンカメ、ワコビア第4四半期純利益90%以上減益 http://jp.ibtimes.com/article/biznews/001130/15849.html。との報道があり、少しがっかりしてます。
とりわけシャーロットで最大の雇用主、全米第四位のワコビア(ノースカロライナ州シャーロットを本拠とする)ですがその業績の行方が注目されてます。というのもこれまでサププライムの損失が少ないとされてきたからです。
ワコビアは2006年10月西部10州に広がる285の店舗網を有する米国最大の住宅ローン会社ゴールデン・ウェスト・フィナンシャルを240億ドルで買収しました。
しかし昨年8月のニュースではワコビア取締役らはゴールデン・ウエストに限っては全く問題はないと断言しています。ゴールデン・ウエストは他住宅ローン会社に比べ借り手に厳しい審査基準を適用しており、長年堅調な実績を積み上げ、不良債権水準も極めて低水準を維持している。http://jp.ibtimes.com/article/biznews/070824/11358.htmlということです。
実際、2007年第3四半期は32%増益、手数料・貸出収益が増加と報道されてましたが、11月9日の報道では 、サブプライムローンを裏付けにした証券化商品の価格下落を受け、10月中に税引き前ベースで約11億ドルの評価損が発生となり、さらに第4四半期純利益98%以上減益と云うことになったわけです。
それでもシティグループなどとは異なりいくらかの利益が第4四半期にもたらされてはいます。2月6日には資本増強のため35億ドル相当の優先株を発行へとのニュースもあります。http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-30217820080207
 又昨年10月には業績不振のメリルリンチのオニールCEOが取締役会の承認を得ずに、ワコビアに合併を打診したことが反発され解任されたというニュースもありました。
 素人なので論評はやりませんが、ワコビアの業績如何は結構重要のようです。この銀行は顧客満足度の高いことで知られここは是非とも頑張って貰いたいところです。
 
 さて本題に入りますが、私が厚生労働省などが推進している次世代支援、子育て支援、ワークライフバランス、ノー超勤ウィークに反対です。このシリーズもその一環なのです。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_369b.html
 つまり、アメリカでは政府はこういう政策をすすめることはありませんな。チャオ労働長官はヘリテージ財団系ですから、企業にコストをかけるような政策などありえないのは当然です。但し、企業レベルではワークライフバランスとはいわず、ファミリーフレンドリーなポリシーと言いますが、いわゆるワーキングマザーに働きやすい職場を提供していることがあります。託児所の設置、フレックスタイム、ジョブシェアリング、在宅勤務ということしですが、SASインスティチュート(ノースカロライナー州ケアリーを本拠とする)はファミリーフレンドリーな企業、日本的にいえばワークライフバランスをポリシーとしている企業の典型なのです。
 しかしそれが成り立つのは、まずSASインスティチュートのように生産性の高い成長の見込める企業であること。社員が全て親切で協力的な独特の企業文化、ヒューマンリソースマネージメントでも優れているという前提で成り立つのであって、我が国のように生産性を度外視して女性厚遇政策をやる発想は間違っていると考えます。
 SASのCEOジム・グッドナイトの業績をひとことでいえば「1970年代に大学でのプロジェクトからSASを立ち上げ、『イノベーション(革新)』、『コラボレーション(協調)』、『ディスカバリー(発見)』の精神を育み、浸透させました。グッドナイトの指揮下で、SASは常に変化するビジネス環境に適応する一方で、肩書きに関わらず社員が平等の権限を共有する社風を創り上げ、維持してきました。SAS本社の所在地であるノースカロライナ州キャリーは、シリコン・バレーやボストンなどのソフトウェア業界の中心地から遠く離れていますが、我々は着実に成功を収めてきました。SASのテクノロジーは現在、110カ国で約40,000もの顧客サイトに導入されています。このような成功は、トレンドを予測し適応できる、グッドナイトの才能によってもたらされています」 http://www.sas.com/offices/asiapacific/japan/news/press/200512/08b.htmlということです。
 私が特に注目したいSASの社風として、『コラボレーション(協調)』の精神と、肩書きに関わらず社員が平等の権限を共有する社風と、オープンドアーポリシーこれは、わが東京都水道局と対極にある企業文化です。なおかつ優良企業で業績が良い、ファミリーフレンドリーな政策はこの企業風土だから可能なのです。
 一方わが東京都水道局はジョブコントロールユニオ二ズム型の企業風土で、コラボレーション・協力的態度の全くない脅迫者、悪人が尊重される企業文化ですから、事務職の生産性も低く、とてもワークライフバランス政策を実施する土台などないということを申し上げたいと思います。
 上田尊江のSASインスティチュート本社訪問レポートhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20071121/287680/?ST=biz_shin&P=2ではこう書かれてますね「他の社員が忙しそうにしていたり、非常に重要かつ期限が迫った仕事をしていると回りの社員が出来る限りその人をサポートし、雑務を取り払うように心がけているという。まさにSASの掲げる協調主義が実践されているわけだ」
 水道局は逆です、どんなに忙しくしていても、目の前で、爪切りをし、インターネットを首を傾けながら見るだけ。自発的に協力することなど一切ない人がリスペクトされる逆の文化になってます。
 また上田レポートによるとSASインスティチュート本社の社員はとても驚くほど親切な人々といわれます。「基本的にみんな笑顔であったことが非常に印象的で、誰もが驚くほど親切だった。勝手が分からないでいると、通り過ぎる社員の人、案内係の人、食べ物をよそう調理人の人、ほぼ全ての人が丁寧に話しかけてくれ、対応してくれた。」 東京都水道局では逆です、脅迫者・悪人が尊重されます。他人の不幸は蜜の味と公言して、人をいたぶる人間が絶対尊重されるんです。私はある女子職員から、親切に仕事をするのはけしからんといわれました。それが前例になって仕事が増えるっていうんですよ。できるだけ手抜き主義ですから。親切心はさらさらないですね。
 そういう風土でワークライフバランスなんてやっても、しわ寄せがかかって他者につけを回す構造になっているわけです。

 具体的例をあげて企業文化を論じましょう。

東京都水道局 コラボレーション・協力的態度の全くない脅迫者、悪人が尊重される企業文化の例その1

「右かっくん左かっくんオヤジ」

 協力的態度のない企業文化-東京都水道局の典型的な例を挙げたいと思いますが、私が遭遇した「右かっくん左かっくんオヤジ」の例。そのえげつなさで際だってますよ。露骨に非協力的マイペース主義です。
 別に悪口を書いてるんじゃないんです。むしろこれほど処世術にたけた人はいない、ミスター水道局とはこの人のことだと褒めちぎってもいいです。これは企業文化論ですから東京都水道局ではこういう人がリスペクトされるという一つの事例です。企業文化にマッチしているというのは、こういう人のことだとし説明するだけです。
 もっともかっくんおやじが特別協力的でないということではなく、後日書きますがかっくんおやじ以上にもっとえげつない協力的でない職員にも遭遇することはしばしばありますし、私は人間の善悪をみきわめます。2年も一緒に仕事をやっていればその本性の欲深さ、えげつなさは見抜きますよ。悪人は悪人、無能な人は無能な人とはっきり白黒をつけるタイプですが、かっくんおやじは私以外の職員なとは基本的に愛想が良くうまくいってており、支持されていました。そういう働き方が許容され支持されるのが水道局の文化です。
 かっくんおやじ並みに協力的でな在り方はざらにみられるのであって、格別のキャラクターということではなく、いかにも東京都水道局員らしい一般的な例としてみてよいと思います。
 右かっくん、左かっくんとというのは勤務時間中のくせです。首を振りながらインターネットを眺めて右11時50分になるとノートパソコンをパタッと閉めます。それが毎日誤差1~2分です。パタッと閉める音が時計代わりになります。飯を食う準備に入って、12時のチャイムがなる前に弁当が机の上にあります。ほぼチャイム同時に箸に手をつける。毎日全く同じ動作です。
 右かっくん、左かっくんを繰り返して夕方は定時退庁時間の30分前の16時45分にパタッと閉めます。これもほぼ誤差1~2分ですから時計代わりになります。毎日全く同じ動作で帰り支度をはじめます。その勤務態度は毎日ほとんどかわらない。周囲が繁忙であろうとどうだろうとめりはりは全くない超マイペースです。
 インターネットを見るときに癖というのが、一定のリズムで首を傾けるわけです。それがインターネットの内容に疑問を抱いて首を傾けるんじゃなくて、暇つぶしにみているだけですから、肩が凝って首の運動をしているように見えます。業務と無関係なインターネットを見ながら右かっくん、左かっくんと首をかしげて一日終わりというお気楽な勤務態度ですな。そういう勤務態度が水道局ではもっともリスペクトされるわけですよ。
 かっくんおやじは、途中で眼鏡のつるに手を当てて、興味深げにサイトを凝視する得意のポーズもとります。これほど熱心にインターネットを見る人もいないと感心しますよ。それが本当に熱中してみているというよりは得意のポーズを演技しているように見えるんですね。要するに仕事をやらないで暇つぶしにインターネットを漫然とみているだけなんですよ。飽きてくると、爪切りをゆったりと、バチッ、パチッと始まります。それが本当に気持ちよさそうなんだ。耳糞ほじりもやります。私なんか仕事に追われてリラックスしている余裕なんてないし、かっくんおやじは3時過ぎになると帰宅モードでリラックスし時間待ち態勢になりますから。
 私なんか3時で一日の半分だ、午後これからエンジンがかかってまだ6時間はあるぞという調子で仕事やってました。そもそも業務と関係のないインターネットの閲覧は規律違反だから、私は業務と無関係なインターネットは見ません。本当はイントラネットで「週刊とちょう」(社内報)とか、都政の動きなんかも情報を得たいんだけど、イントラネットですら、直接業務に関連するところしか入ったことがないし、そもそもグループウエアを0A合理化として敵視する労働組合の妨害で、ロータスノーツの操作訓練をやらせてもらえなかったから。給水部ではインストラクターがきて、ロータスノーツの操作練習をやっているんですよ。でも営業部(現サービス推進部)はやらせないということで、一切操作の仕方を覚えさせないから、いまだにメールぐらいしか操作できないわけ。グループウエアの使い方やどこに何があるのかいまだにわからない状態ですよ。組合の妨害でイントラネットやロータスノーツに興味をもつこと自体悪だとされてましたから。これはもう怒り心頭でIT時代にデジタル棄民にされたことに心底怒っている。死んでも100年呪いたい気持ちだ。
 仕事はいくらでもあるから、勤務時間中にイントラネットをみている暇なんて全然ないです。「週刊とちょう」が紙ベースをやめてから見たこともほとんどない。都政で何が起きているかも全然把握してない。そういうゆとりはないですよ。かっくんおやじにはあるけど、私には全くないですよ。
 こっちはデッドラインに追われて働いているのに、かっくんおやじはコラボレーションの気持ちは微塵もない。自発的協力はいっさいしない。目の前で実に気持ち良さそうにゆったりとパチッ、パチッと爪切りをし、右かっくん、左かっくんを繰り返しているのは気分わるかったですよ-。何かこれやってくれとか言うと、怒りまくりますから。実際に経験してみるとわかるが、右かっくん、左かっくんは非常に不愉快な気持ちになるんですよ。
 自発的にはいっさい動きませんから、雑用も自発的にはいっさいやりません。例えばコピーマシンやプリンター用の再生紙を倉庫から出してきて、カセットホルダーに入れたり、トイレットペーパーが足りなくなったら倉庫から出してくるなんていうのは雑用中の雑用でどうというほどのたいした仕事でもないんですが、かっくんおやじが消耗品管理の担当だから、やってくれればいいんだけど、絶対やらない。死んでもやらないでしょう。私がそういう雑務中の雑務を全部やってたんですよ。
 重要が行事があって本局に返還する被服の整理を手伝ってくれって言ったら、悪態ついて、何様だ、後で覚えてろ、報復するぞみたいな脅迫まがいこともいうわけですよ。このケースも後で述べるケースと同じように、係長は全面的にかっくんおやじ支持です。脅迫者が正しいという判断です。脅迫者に従うというのが東京都水道局の企業文化になっているんですね。ストライキだって、組合役員がピケラインを尊重しないと利敵行為だぞと脅迫するでしょ。脅迫者が絶対的上位者になるの。私に、残業はやめろ仕事をするなと恫喝した育休女子職員は、恫喝する方が正しいということに絶対なる。サンドバック状態で殴られて、後頭部にパンチが入ったこともありますが、女子職員の汚い言葉遣いわ注意したことに腹たてて脅迫した男のケース(実は共謀)も脅迫する方が正しいとされた。他人の不幸は蜜の味と公言し、私が冷房最強は冷えすぎると抗議しても、最強冷房をかけまくる男のように他者に悪意を持つ人が絶対的に正しいとされました。みんなそうですよ。脅迫者が上位者で絶対服従が東京都水道局の企業文化です。
 被服の整理だってその事業所の繁忙期だから手伝って貰っていいじゃないですか。協力を求めるということはできないんだということを、係長はさかんに言うわけです。後で述べるようにこれは明確の公式の方針に反するものです。
 こういうこともありました。これはかっくんおやじの2年目ですがホワイトボードの来月の予定表に150枚ぐらい磁気シールをぺたぺたぺたぺたと貼る仕事があるんです。たいした仕事ではないです。2人でやれば30分もしないで終わる程度の仕事ですが。これはかっくんおやじの前任者がやっていたことで、誰の担当とは決まってないが、かっくんおやじと私と2人でやってました。
 2年目になって新しい人がきたので、かっくんおやじは、この仕事を押しつけました。ところがその人が結構忙しくてできない。かっくんおやじは、あいかわらずインターネットをみて右かっくん、左かっくん半日以上は確実に遊んでますよ。元々かっくんおやじの仕事で手があいているんだから、シール貼りぐらいやればいいのに、かっくんおやじは一たん人に押しつけた仕事は絶対やりません。自発的に率先してやるということは絶対ないですから。かっくんおやじに、シールを貼るよう言おうかとも思いましたが、どうせこれは俺の仕事ではなくなったから関係ない、おまえに指図される覚えはないといって協力しないのは目にみえてるから、黙ってた。しかしそれがないと不便なので、かっくんおやじが休んだ日に、私と別の人とでシール貼りをやったら、その翌日かっくんおやじが出勤するやいなやパタパタパタパタと自分の休みの日のシールをあっというまに貼るんです。
 要するにかっくんおやじはじいっと何もしないで他人がやるのをじいっと待っていて、予定表ができあがるとみるや真っ先に自分の休みの日を記入してしまう。要するに自分に関係あることだけはやる。これ実際に経験してみないとなかなか気分わかりませんが、かっくんおやじのえげつなさのオーラ凄いですから気分悪いですよ-。
 それでもかっくんおやじの勤務態度が変わったことがあります。従来勤務時間中に新聞をみていることが多かった。育休女が新聞見てもいいんですよなんてばかなことをいうからね言質とったとばかり、広告のすみもからすみまでみてましたよ。要するに暇つぶしですが。私が新聞読んでる時間が長すぎることを怒ってから、新聞からインターネットを見るか回覧物などをみるのが中心になったわけでが、それでもインターネットを漫然と眺めている時間が圧倒的に多いわけですから基本的にはかわりませんね。
 それでもそのオヤシが勤務時間中に新聞読むのが少なくなったのはこういうことです。 かっくんおやじは、本局から課単位でグループウェア内(ロータスノーツ)のシステムで送られてくる電子データの文書を開いて印刷する仕事をやってたんです。もちろん担当者同士が非公式な連絡をメールでやりとりすることも多くありますが、組織への公式の依頼、照会文書はカックンオヤジの手を経て伝達されることになってました。(ロータスノーツは、Lotus Development社が開発したグループウェア。文書共有、電子メール、電子掲示板などの機能をユーザが組み合わせて利用するものでロータス社のIBMによる買収に伴い、IBMが扱うこととなっています。ペーパーレス化を推進するのに良いソフトパッケージといわれますね。ご存知のように都庁ではロータスノーツを使ってます)、
 ところがかっくんおやじは、午後は仕事を一切しないでリラックスする主義ですから、11時以降その日に送られてきた電子データの文書を開かないで放置して帰宅仕度に入ります。インターネットも見ますが業務と関係ないものですから遊びですね。文書を受付けるのが必ず一日遅れるですよ。電子データによる速達性が生かされなくなるから不満をもっても当然のことと思いますよ。別の仕事にかかりきりでその暇がなかったら怒りませんよ。しかし新聞読んだり、業務と関係ないインターネットを見て遊んでいるわけですから。
 問題の文書は、部署の事業計画に直接にかかわるもので、担当の係長が、まだこないね、どうなってるのかねとさかんに気にしていたのを数日前からさかんに聞いてましたから。私も心配してたんです。それがないと担当者が仕事にとりかかれないませんから。私が夕方にイントラネットを確認して、なんで開かないで放置しているんだ。実はその翌日は別の人が文書を開く輪番になっていて、要するにかっくんおやじは、翌日の人に仕事を押しつけてるわけ。
 かっくんおやじが、それがそんなに重要な文書で急ぐ仕事なのか半日遅れようと問題じゃないと反論してくると今度は係長がかっくんおやじに加勢して、仕事を駆り立てるおまえがけしからんということで、こっちが悪者、駆り立ては絶対悪とされ犯罪者並みに叩かれるんですよ。係長は担当者に任せてるんだ。任せればいいんだ。任せるんだの一点張りです。何も言ってはいけない。けしからん。けしからん。口だし無用と怒りまくるんですよ。
 それは2年間全く同じことを言うわけです。とくにかっくんおやじはあなたの先輩だから物言いはダメだとも言いました。
 これは東京都や水道局の公式の方針に反してます。東京都では目標管理制度がありまして自己採点シートというのもあります。組織支援力いう項目があります。同僚や後輩職員に対し、適時適切な助言を行っている。チームワークとして課内、他のの部署との協力、上司や同僚への報告・連絡・相談
を行っているという採点事項があります。とくに主任以上は組織支援力が重点項目になっているわけです。
 かっくんおやじより、課内では私のほうがキャリアが長く、課内の慣例もよく知っているし、かっくんおやじが担当している仕事の多くは、前任もしくは、前々任で経験がありますから。
 担当者に全てを任せて、助言も口出しも一切いけないというほうがやおかしいんですよ。むしろそれは組織支援力がなく協力的でないよくない態度というのが公式の方針です。
 つまり係長の方針は仕事よりも職員の自己都合(午後は仕事をやりたくない)それが組織に迷惑かかろうと業務が遅滞しようと尊重される企業文化であります。
 あくまで仕事を制限してマイペースでやっていだだく。コラボレーション、協力的態度も必要ないと。要するにジョブコントロールユニオニズムの水道局の企業文化からすると仕事をできる限り制限して、できる限りやらないのが、良いこととされている。カックンオヤジタイプがリスペクトされます。
 私のように、担当者のことを心配して、組織の業務円滑に進むようやって貰いたい主義は悪となります。
 半日仕事をしない悠長なやり方じゃ通用しないというと言うこと自体が駆り立てですから絶対悪で犯罪者扱いです。ウォルマートとか多くの非組合企業ではコミットメントはもっともすばらしいことですが、水道局では逆です。ウオルマートではサンダウンルールと言うのがあって、その日に問題が起きたことはその日のうちに解決するスピードが要求されますが、水道局では駆り立てになるから悪とする企業文化です。
 しかし、任せるんだ。任せるんだと係長が言っているのは、実は妊娠して育休とっている女の受け売りなんです。
 その女(11月25日ブログで書いた私を攻撃する妊娠出産育児休業の女http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_0054.html)は私が毎日遅くまで残業しているの気に入らなくて、その女が部分休業で実質早退していることでしわよせをかけているよう回りからみえるので、不愉快だ。不愉快だと。残業けしからん、仕事があってもやめろ、やめろ恫喝するんですよ。しかも管理職と共謀で、私が言っても仕事を制限しないなら、管理職から仕事をしないよう指導してもらうということになったわけですよ。
 その時、日経連が全ホワイトカラー裁量労働制を提言したことや、ホワイトカラーエグゼンプションのような働き方が羨ましいといっても、話しはかみあわない。
 普通は、会社のために自発的に献身的に働く人は喜ばれるんですが、水道局じや悪人扱いそされて不愉快だ。東京都が超勤縮減方針も、公式の方針に反しているけしからん人間だということで叩く口実になっているように思えます。実際には自発的残業で賃金請求はしてませんからコストにはなってなくても、けしからん、けしからん。
 だって、育休で人員が減るんですよ。そのうえにかっくんおやじをはじめ、全てマイペースで協力的でない人ばかりだから、残業しないと経常業務もこなしていけないのは目にみえてる。
 さらに実績をあげるためには新たな仕事にもチャレンジして成果を上げる必要があるから、経常業務はどんどんやっつけていかないと、成果を上げることもできなくなるから自己自身の不利益にもなる。
 逆に言うと自分にとって育休女が消えていなくなるのはインセンテイブのある環境になったし、チャンスでもあった。さかんに仕事を制限しようとする目の上のたんこぶみたいなうざい女がいなくなって、仕事はやりやすくなったし、相対的に責任が重くなることはやる気を増す要因になるだけでなく、人員が少ない分をカバーして経常業務をこなし、そのうえに成果を挙げれば、自分自身も成長するし、これだけの仕事をやりましたと自己申告書にかけますから、たとえ上司が認めなくても、記録として残りますから、実績になっていくシステムなんですよ。仮におまえに昇進のチャンスはもうないよといわれても、給与が上がろうと下がろうと、職務に全力をあげるとは義務だし、まじめだから手抜きせずにやるんですよ。せっかく、うざい女が消えてやる気満々だったのに、管理職が残業けしからんとと言ってるから仕事をしちゃいけないと言う方向で労働意欲を萎縮させるんです。
 意欲を萎縮させることこそ監督職員の務めといわんばかりに、全く労務管理ができないんですね。

 かっくんおやじその他が、担当業務を自発的にやらないのもカバーし、育休女がほったらかした仕事も、係長が割り当てもしないから、その分もカバーしてやってるのに、何で残業するような仕事があるんだこの野郎という感じで、残業すると機嫌が悪い。実質裁量労働制的で手当はいらないと言ってるのに。
 要するにせっかくやる気だったのに、そのように仕事を制限する共謀の小さな網が何重にもあってジョブコントロールしようとするから、意欲を萎縮させることになったわけですよ。
 残業ったっていたいしたことない。民間ほどノルマのある厳しい仕事はないし、ホワイトカラー的業務ですから、週48~59時間ぐらい職場にいるのはアメリカなら普通のことですよ。させない、させないということになって、それで私が自発的にほったらかした仕事をカバーして、組織のために献身的に協力的にやってるのに、「ご苦労」の一言もあるのか思ったら、逆にいやみをいうから。気分悪いですよ。
 監督職員って単純な発想しかしませんから。企業風土のジョブコントロールユニオニズムに従い、仕事を制限する圧力を加え、労働意欲を萎縮させることが監督職員の任務と考えている。東京都の超勤縮減の方針も予算管理をきちっとやっていくということじゃなくてジョブコントロールユニオニズムに従って仕事をしない主義と解釈されるから始末に負えません。

 それでもその係長は格別悪いというほどではないのかもしれません。監督職員が労務管理ができないのは普通のことですから。組織支援とかコラボレーションは、自己採点の項目になっていても、組合はこれを形骸化させたいとしているし、実際形骸化しているんですよ。要するに SASのように社是、基本政策としてのコラボレーションというものはなく、そういうポリシーを徹底することもジョブコントロールユニオ二ズムにより不可能だというのが東京都水道局の風土です。この点は、組合不在企業であるSASインスティチュートとの決定的な違いのように思えます。
 
 そして育休女は残業を減らすために私が他人の担当の仕事に口だししている部分とサポートしている部分を一切やめろ、やめろと言うわけです。育休女は、担当者が前任者に質問しない限り、仕事について話してはいけないことを強く言うんです。係長も育休女の機嫌を損ねることは絶対しない主義だから、すべて追随しますから、係長は育休女と同じことを繰り返すだけです。
 育休女が私に対して他者に協力をしてはいけない。サポートもいけない。助言も許さないということで、そのような恫喝のために、結局「組織支援力」の自己採点はCです。それで実績もあげられないことになっている。
 私は正直だから、同僚への助言はいけない。協力的姿勢もよくない。チームワークもいけない。ということに強要されてるから、実績がなくて採点が低くなる。自分自身の不利益になってます。実際にかっくんおやじだけでなく、別の職員もこうやったほうがいいんじゃないかといっても絶対きかない。
 例えば切手使用簿は本来係長の決裁が必要なんですが、そんなものは形式的なものだから、担当者が盲判をぽんぽん押しておけばいいんだ、消耗品の払い出しもそういうことになって、私は係長に実態を把握してもらう必要があるから所定の伝票は事後処理でもいいから全部決裁してもらったほうがいいといっても絶対きかないですね。
 これらの伝票は監察で見られるからチェックしてもらったほうがいいと言っても絶対きかない。案の定、使用簿の書き方をチェックしてないから、監察指導課に注意されたりするわけですよ。永年勤続表彰のセレモニーも担当者の判断で勝手に廃止されたんですよ。私は前例があるから拙いんじゃないかと言ってたんですが、案の定、なんで俺はセレモニーがないんだと不満の声が出て、復活することになったわけです。私がいろいろ、これはこうやったほうがいいんじゃないかと言うですが、それはダメだと。助言・指導はしていけないということで、係長は任せろ、任せろというから、どんどん仕事の手抜きが多くなっていきました。
だから、任せるんだ、任せるんだっていわゆる、仕事をスピードアップさせるため権限委譲をいってるんじゃなくて、手抜きの自由になってしまっている。
 
 もっとも実際には1年目のかっくんおやじの担当業務は育休女が出産の5ヶ月前かに仕事の分量を減らすという係長と女の共謀による方針で元々前任者より多かったんですよ。私はむしろかっくんおやじに仕事を押しつけようとする育休女の方針に反対していたんですよ。
 それで自分が経験者の部分はかなりサポートしてやるということになったわけです。ところがかっくんおやじは、私の好意にもかかわらず、勝手に自分の担当業務を育休女から引き継いだ部分だけに限定するようになったんですよ。かっくんおやじの担当業務だが私が経験者なので自発的にサポートしている部分は、担当者が自発的には何もやらないで放置している状態になりましたてから。わたしが、あれこれ説明してやらないと、仕事が進まないわけです。係長が任せるんだ、任せるんだといっても、かっくんおやじは自発的には担当業務ですらやりませんから、経験者がサポートせざるを得ないんですよ。任せるんだ。任せるんだって言ったって、自発的に担当業務をやらないんだから、やる気が全然ないんだから。任せるわけいかないじゃないですか。育休で人員が減っているんだから、協力的にやるのは当然だからサポートしているのに。それがけしからんと。かっくんおやじは仕事しないんだもん。全く無責任なんですよ監督職員は。
 
 かっくんオヤジの手抜き姿勢はひどいもんですよ。例えばこれは新しい人がきた2年目のことですが、メールボックスに配達された文書類を仕分けして担当者に回す仕事があるんですが、本局から供覧用に送られてくる業界誌その他も、翌日の担当の人の机にボイとおくだけで、それもいかにも人に押しつけますよと言うエゲツナーイ顔で。その日のうちに供覧で回さないから、金曜日に配達された新聞を課長が見るのが、火曜日になっちゃうんですよ。旧聞を見せられることになってるわけです。係長もそういう手抜きを見て見ぬふりか、労務管理は一切やらない主義だから、多分そういう事実にも関心は全然ないんです。ほんの1分でできる仕事でも他人に押しつけるますから、そのえげつなさというものは凄いですよ。メールボックスも前任者と違って夕方見にいかないから、前日に配達されているのが翌日になっちやう。其れで私が自分で夕方に行ったりしてました。要するに夕方にきたものはその日にうちに処理したいんです。
 この文書は担当者に直接渡すのがしきたりだからそうやってくれといっても、足を運ぶことを絶対嫌がるし、前例通りやりたいならお前がやれと言うし、話も聞かない。
 これは元がカラーの電子データだからカラーコピーで出してくださいといっても、カラーコピーマシンが30メートルぐらい離れた別室にあるので、足を運ぶのを絶対嫌がる。ほんの30メートル歩くのも面倒だといやがるんですよ。
 これは重要な伝達事項だから、直接本人に渡してて、手続きや提出書類を逐一説明してやってくださいと言ってもやらない。聞かないです。当事者がこういう書類忘れたとか困って後で大騒ぎになってもへっちゃらなんですよ。そういう親切心は微塵もない。できるだけ仕事は手抜きしたい。良心のひとかけらもないです。SASインステイチュートの社員は全て親切だと言いますが、それとは全く逆の文化です。
 係長は任せるんだ、任せるんだ、任せるんだ、任せるんだの一点張りです。私が公式の方針はそういうものではなく、組織支援だ、チームワークだと言っても絶対わからりませんね。

2008/02/16

中学校保健体育1・2年武道・ダンス男女必修絶対反対

 近年の保健体育教育はかつての体力の鍛錬とかではなく、生涯スポーツの基礎を教えるような在り方に教育目標の重点が変化してきたことは良いことだと思っているが、今回の学習指導要領改訂案http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080215-00000946-san-sociでは政治的思惑が強く反映され、本来の体育教育の教育目的に反していると考える。
 前から強く疑問に思っていたことではあるが、このさい言っておくと、中学1・2年の従来選択必修だった武道・ダンスを男女とも必修とするという。
 選択必修というのは各学校の指導計画での取捨選択で、生徒が選択する趣旨ではないから、従来は、男子が柔道・剣道・相撲などをやって、女子がダンスを指導内容とするのが一般的な考え方だったのだと思うが、武道を男女とも必修にしたいがゆえに、男子にダンスも必修とさせるのは本当に迷惑。従来ダンスは女子の指導計画で男子にやらせるのはばかばかしく思う。ダンスなんてやってられるかバカ野郎。何でも男女必修にしてジェンダーフリーにすれば、フェミニストも反対しないというかなり、政治的な思惑で教育が道具にされているように思う。
 武道は生涯スポーツたりえないのでhttp://blog.livedoor.jp/man_ji/archives/50979106.html、体育教育で強調すべきではないと思う。実際私などは、指導要領で選択必修でも武道は履修していない。
 男子に家庭科が押しつけられたうえに、今度はダンスもやらせる。男子にくだらない負担をさせて受難時代になっている。
 もう一点、私は宗教の自由に関して徹底的にリベラルな見解である。平和主義を信奉する、エホバの証人は信仰上の理由で武道指導を拒否することで知られるが、良心の自由には十分配慮していただきたい。

2008/02/09

時流に逆行、教職員の残業手当に反対!

 教員給与に残業手当=教職調整額見直しの方向-勤務時間管理など課題も・文科省
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080209-00000051-jij-polというニュースがありますか、前にも書きましたように私は、ホワイトカラーエグゼンプションを積極的に導入すべきという考えですが、アメリカでは教員は連邦法である公正労働基準法(FLSA)では時間外割増賃金の適用除外とされています。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/031/07012219/001/002.htm。州法で手当を支給することは可能ですが、連邦法では適用除外です。
 2004年に公正労働基準法(FLSA)が改正されました。http://www.jil.go.jp/foreign/basic_information/2005/america.htm当初のプランより小幅の改正になってしまい骨抜きになった感がありますが、とはいえ、公正労働基準法の労働時間制度の適用除外は、主に管理的被用者、運営的被用者、専門的被用者、外勤セールスマン、農業、水産業、船員、ITプログラマー、ニュース編集者、タクシー運転手でしたが、さらに時間外賃金の適用から外れる者として、正看護師、保育士、飲食店マネージャー、コンピュータ関連労働者、葬儀屋、調理師などがあげられています。
 先生と呼ばれる専門職に時間外手当はいりませんよ。正看護師や保育士まで適用除外なのに、なぜ教員に与えたいのですか。教職調整額って実質的に裁量労働手当みたいなものでそれでいいんじゃないですか。
 私は、庶務・経理・企画管理的な事務職も、平社員でも適用除外でいいと思います。やっている仕事の重さ、範囲だけでなく実績や行動特性、協力的姿勢などなど総合的に判断し、成果主義でやらないとホワイトカラーの生産性は向上しませんから。

週刊現代 坂東眞理子記事等の感想

 『女性の品格』なんてなぜ280万部も売れるのか不思議に思ってます。アサヒビールの社外取締役になるとかhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080205-00000205-jij-biz、4日発売の週刊現代2月16日号で、-坂東眞理子「品格なき礼状」事件を直撃-は些末な事柄にも思えるが好感のもてる記事です。
 ある建築家が坂東の2000年8月11日付日本経済新聞の「ポスト核家族、「個」が選択」という論説記事が自著の盗用ではないかとの疑念を懐いていることについて直撃したところ、坂東は自分が書いた記事ですら知らない、その建築家の著書も知らないと答えたという。週刊誌の直撃にうろたえる坂東眞理子の写真が面白いです。
 役人上がりなのに坂東眞理子は紅白の審査員に登場して顔も知られ、有名人であります。さきほどの2000年の日経記事の一部を読みましたが、男性に家庭責任はないという役割分担を前提とした男性の長時間労働を攻撃してます。この考え方は仕事に対するコミットメント、粉骨砕身、仕事に励む勤労倫理、労働の自由、経済活動の自由を否定するもので、日本をダメな国にします。ワークライフバランスをフェミニズム的に潤色した元兇はこいつですね。こいつの家族論が公定イデオロギー化されつつあり、夫婦倫理や家族倫理は否定され、結婚と家族の価値を否定していくことになります。
 こちらこそ巨悪です。人気歌手を苛めるのはやめましょう。

 スーパーチューズデ-は思ったより重要州を制したヒラリーが強かった。
 週刊現代2月16日号59頁堀田佳男「アメリカ火曜決戦はヒラリーKO勝ちする」という記事も読みました。5日はKO勝ちまでいきませんでしたが、ヒスパニック系の票を掘り起こしているヒラリーが主戦場であるカリフォルニアで勝つというのは当たりですね。3月4日のテキサスはどうでしょうか。
 ニュージャージーやアリゾナもヒラリーが勝ち、世論調査報道はオバマ寄りだったのではとの心証。というのは、直前の世論調査でオバマはカリフォルニアでもいけるとの報道があったからです。http://www.camajorityreport.com/index.php?module=articles&func=display&aid=2719&ptid=9
 今回久しぶりにカリフォルニアが予備選で影響力を行使しましたが、ロサンゼルスタイムズはReuters/CSPAN/Zogby pollが敗者と云う記事を書いてます。http://www.latimes.com/news/politics/la-na-trailzogby8feb08,1,3386327.story
 率直に云うと私は女嫌いだしヒラリーも嫌いですが、さりとてオバマを応援する気にもなれないので複雑な心境です。

2008/02/04

児童ポルノ単純所持罰則規定反対!

鳩山と福田が乗り気らしいがhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080204-00000048-yom-pol、外圧に屈する必要はない。我が国には我が国の事情がある。性的表現物はむしろ代償的性的充足になり、性犯罪の抑制効果があると云うのが精神医学的な常識論だ。
結婚できないもてない男の楽しみを奪うな。

2008/02/03

コメントに対してその1

 >高齢出産を批判する理由がわかりません

 私は都の公務員ですが、東京の平均初婚年齢は高く、出産休暇、育児休暇をとって他人にしわ寄せコストをかけている女どもは大抵30代以上、場合によっては40代です。そういう女どもと子育て支援、ワークライフバランスが事実上、高齢出産支援になっていることからこの政策に対する敵意の表明である。
 男も女並みに育児休暇をとれとか、男性の長時間労働はけしからんとか、男も女に合わせろとか厚かましいことをいうフェミニストに反対なんです。
 我が国ではワークライフバラスがフェミニズム的に潤色され理解されている例えばこれhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/s1013-3.html、ノーー残業とかさかんにやってますよ。育児休暇のつけを回された挙げ句、実績主義の趨勢なのに献身的に仕事に励むことは悪とされていることに対する不満です。
 少子化対策は平均初婚年齢を下げる政策を考えればよいのであって、晩婚化を女性の高学歴化・社会進出に伴う自明のものとしてとらえ、ひたすら働く女性の厚遇を少子化対策のは誤りだというのが私の意見です。

 >35才以上の女性が出産をするのはアホとおっしゃっている

 リスクを承知で出産するのは自由ですよ。朱雀天皇御誕生は、生母醍醐后藤原穏子が39歳であった。村上天皇御誕生時は42歳である。高齢出産は否定しませんよ。女性厚遇政策他人のコストになっている高齢出産が不愉快だということですよ。

 >紀子さまが男児をお産みになったのも35歳を超えた高齢出産でしたね

 紀子様は出産・育児休暇で会社のコストになってませんから、問題ないです。

 >女性厚遇政策に断乎反対って、……反対するのは勝手ですがそんな事をしたら少子化が進むだけでしょうね。
 
 女性厚遇政策と合計特殊出生率との実質的関連はありません。むしろなくしたほうが、少子化対策になるかもしれない。例えばアメリカでは、1990年以降は合計特殊出生率が2.00を若干上回る傾向にあり、人口置き換え水準に最も近いところで安定的に推移している。アメリカ合衆国は少子化問題なんてありませんし、日本ほど手厚い女性厚遇政策はやってません。
 そもそも、最大の女性団体である全米女性機構が男性と同じ土俵で働きたいと言っているわげて、女性を厚遇する妊娠・出産休暇にも反対してますから。以前のブログでこう書きました。
 出産休暇だ育児休業だと働く女性の厚遇政策を疑問に思う。国立社会保障・人口問題研究所の第12回出生動向基本調査http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou12/chapter5.html#51aによると結婚5年未満では就業している妻が45 %、専業主婦が54 %いるが、子を持ちながら就業するケースは全体の中で2割弱(18.1 %)、正規雇用に限ると約1 割(10.7 %)である。女性雇用のコストを増大させるばかばかしい政策によって、その分コンティンジェントワーカーへの置き換えが進み、高卒女子の採用を見送ることになってはいないか。…20代前半の若い層で出産ペースが上がっているが、働く女性の厚遇とさほど関係がないのではないか。むしろ一部の女性を厚遇するために、他の女性にしわよせがかかっている方が問題だ。
 
>民主党っていつかの選挙以降調子に乗り過ぎだと思いますよ 

 勘違いされているのでは私は18歳成人年齢とか民主党の政策に反対してますよ。国会でピケを張るのも反対だ。民主党の支持団体である労働組合と立場が逆ですから、子育て支援とか、ワークライフバランスといった悪い政策は、別に政府だけでなく連合とか民主党もみんな言ってるでしょ。
 

オメガ氏のコメントに対して

私は労働基準法の母性保護反対、妊娠出産休暇、育児休暇反対です。
合衆国の1978年妊娠差別禁止法は、妊娠出産を一時的労働不能状態とみなし、傷病で労働不能になったケースと同等に処遇することとしただけで、女性を厚遇する趣旨ではありません。つまり傷病で長期休暇をとった社員の原職復帰を認めていなければ、同等に原職復帰させなくても良いということだと思います。が、これでも女性厚遇だと思ってます。
合衆国の1993年家族医療休暇法は50人以上雇用する使用者は出産、養子の受け入れ、子・配偶者・親の重大な疾病、本人の重大な疾病のために1年間に12週の無給休暇を被用者が取得することを認めなければならないとするもので、ブッシュ大統領(父)は2度にわたって拒否権を発動したように、共和党支持団体の多くが反対だったんですよ。私はこれすら反対です。
よって、仮に私が結婚するとしても妻に出産育児休暇はとらせません。会社や他人に迷惑をかけたくないから会社をやめるようにいいます。
私は2回お見合いをしたことがありますが、結局断れましたが中小企業に勤めていて、結婚を期に会社をやめる家庭的なタイプのお嬢さんでした。あと、歌舞伎町のアメリカンクリスタルに気に入った娘がいて口説こうと考えたことがありますが、失敗しました。いずれにせよ、公務員や大企業勤めの女性は結婚相手には想定しませんから、出産休暇はあり得ません。というかもう糖尿病なりかけで使い物になりませんから、生涯未婚はすでに確定しております。
独身童貞だなんて良く知ってますね。正確には素人童貞です。別にピューリタンじゃありませんから、新大久保のホテトル嬢と遊んだことはありますよ。

倖田來未発言は素晴らしい!

 無署名のコメント読みましたが、子どもが欲しい女性に同情なんか全然しません。倖田來未発言は特定個人や特定の境遇にある人を攻撃しているわけでは全然ないです。ラジオの発言の脈絡は報道によると
発言は番組の冒頭でのこと。倖田は、担当マネジャーが最近結婚したことを話題にし、その際「35(歳)ぐらいをまわると、お母さんの羊水が腐ってくる。だからできれば35歳ぐらいまでに子供をつくってほしいなって話をしたのです」といった発言をしたという。関係者によると、倖田の真意は、マネジャーに「早く、赤ちゃんが誕生してほしい」という激励の思いを込めたものだったというhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080202-00000007-dal-ent
 要するに、マネージャーに対して結婚を祝福し、子作りを激励しただけ。気に障るといってもそれはあなたの勝手な解釈というか主観にすぎませんし、それが平均人の考え方とは思えません。
 むしろセクハラとか女性に対して心理的な側面まで過度に保護する風潮が間違いですよ。倖田來未があなたに面と向かって言ったわけではないですよ。こんなことでバッシングされる社会は善くないです。
 別にこの発言によって、あなたの権利が侵害されたとか、精神疾患に陥ったとかそういう実害などありうるはずがなく、倖田來未を悪者にするのは間違いです。
 私自身は別の脈絡でこの発言を支持したわけです。高齢出産批判-女性の社会進出、男女共同参画批判-女性厚遇子育て支援政策(事実上の高齢出産支援)批判-反フェミニズムという脈絡です。もっとも倖田來未さん本人はそのようなイデオロギー意図はなかったが、高齢出産は女性の社会進出がすすんだ以上当然だというフェミニズム思想に迎合しなかった歌手に拍手を送るという意味です。
 出産・育児休暇の負担とかろくなもんじゃないですよ。他人の子どもなんて憎たらしいだけです。私は他人の子どもをみて可愛いなんて全然思いません。妊娠出産は本来私事なのに私事のために他者に負担をかけても当然だみたいな風潮に怒っているわけですよ。1970年代みたいに高卒で安定的に就職して、婚姻適齢期に退社するパターンのほうがよかったです。今は女が厚遇されすぎ。昔は、女子で大学出ても、教職ぐらいしかなかった、そのような時代のほうがよかったです。東京都の公務員はろくなもんじゃないですが、ダブルインカムで育児休暇で給与の8割保障されて、左団扇、何も働いてない人が威張っちゃって、管理職や監督職員は女性に気に障ることをおそれてなんでも女のいいなりですから。そういう風潮に頭来ているわけですよ。育児休暇とかとる連中というのが本当に我が儘で、母性保護で人に仕事をおしつけるのは当然、おまえは残業するから不愉快だとか、しわよせをかけてるみたいで部分休業がとりにくくなるとかいって、他人仕事の制限まで管理職と共謀してやるわけですよ。労働組合のジョブコントロールより悪質です。人の仕事のやり方まで指図してくる。負担は増えているのに残業はさせないというから、手抜きしろっていうことですよ。最近ではワークライフバランスといって仕事よりも男は育児にかかわるべきだとか、くだらないフェミニズム思想が蔓延して、仕事をさせない主義で仕切っちゃうんでえらい迷惑を被っている。
 公務員でも目標管理制度というのがあって、ある程度権限委譲で裁量的な仕事ができて、成果を出したら実績として認められるようになっているけど、負担は増えているのに時間は制限される。協力的でない人ばかりで、育児休暇で休んでいる人の負担もこなさなきゃいかんから、進んだ仕事をやっている余裕がないですよ。結局、尻ぬぐい的な仕事をこなすだけで、実績が上げられないから頭に来ているわけですよ。
 
 倖田來未発言は大筋で正しいと思う。仮に「羊水が腐る」が医学的に正確でない見解であるとしても、「羊水検査」というのがあるんでしょう。ちょっと言葉を勘違いしただけですよ。発言の趣旨、脈絡としては高齢出産にはリスクがあり、早期出産が望ましいと云うものでそれ自体は医学的にもまっとうな見解である。タバコは健康を害するから良くないというのと大差ない発言であり、むしろよくぞ言ってくれたものだ。
 

 私も高齢出産は染色体異常児や流産の確率は高くなる程度の医学的知識しかなかったわけですが、グーグルで「高齢出産・羊水」で検索したら、次のようなサイトで高齢出産のリスクを述べています。
  女性 高齢出産 リスク ~卵子の老化~
http://www.koureishussan.net/jyosei-koureishussan-risk(ranshinorouka).html
「卵子というのは、その都度新たに作り出される性質のものではなく、常に女性の体のなかにあるのであり、年月が経つにしたがって、老化していくのです。老化した卵子では、受精しても、細胞分裂がうまくいかなくなったり、染色体の数に異常が出たりして、その結果、流産になったりします。」
 高齢出産 リスク ダウン症
http://www.koureishussan.net/koureishussan-risk-daunshou.html
 「ダウン症の子供は、新生児のおよそ1000人に1人の割合で生まれています。これを母親の年代別に見ると、25歳の妊婦の場合、1200人に1人ほどの割合ですが、35歳だと、300人に1人ほどの割合になり、40歳以上になると、100人に1人の割合になっていきます。」
 今日、医学の進歩で高齢出産で流産などリスクは低減されているかもしれません。しかし、高齢出産が回避できればそれにこしたことはないといえます。出産力の高い20代前半の出産を推奨していいんですよ。 それは男女共同参画に反するからけしからんとかもしれないが、やっぱり、婚姻適齢期、出産適齢期というのはあるということでいいんじゃないですか。
 フェミニストは男女共同参画・女性優遇子育て支援いう公定政策に反する婚姻適齢期とか、出産適齢期みたいな考え方を発言する者を罰したいのかもしれませんが、倖田來未叩きにソフトファシズム、全体主義との臭いがして不愉快です。
 

私も当ブログで少子化問題を取り上げたことがありますがhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_bd36.html。このさい再度掲載します。
 我が国の歴史人口学の代表的な業績である速水融の徳川時代西濃地方(現岐阜県輪之内町)の家族復元分析を引用して、ある伝統的農村の例では、女子平均初婚年齢が25歳以上だと人口が減るということを述べました。今日では置き換え水準が低くなっており、初婚年齢は高くなっても人口は減りませんが、伝統的農村を基準にすると25歳を曲がり角にして結婚するという婚姻適齢期信仰、出産適齢期という発想自体間違いではないです。
 平均初婚年齢は地域差があり傾向について過当な一般化を避けるべきですが、西濃地方の農村の例でいうと上層農民は下層の農民よりも初婚年齢が低かった。下層の農民は出稼ぎや奉公で婚期が遅れるためです。家系を維持するためにも、婚期が遅れるのは望ましくなかった。

階層別の分家率と絶家率
(速水融『歴史人口学からみた日本』文春新書2001 125頁)

               分家率%   絶家率%
地主(持高10石以上) 29.4         0
自作(持高5~10石)  16.1      6.5
自小作(持高2~5石) 12.9      12.9
小作(持高2石以下)  15.8       35.0

女子の階層別平均結婚年齢( )人数
(速水融『近世濃尾地方の人口・経済・社会』創文社1992 230頁)
        奉公経験あり 奉公経験なし
地主     24.3歳(4)   21.2歳(26)
自作・自小作 27.1歳(24)   21.0歳(20)
小作      25.6歳(62)      22.3歳(22)
計        25.9歳(90)      21.5歳(68)
 
 地主層の絶家率ゼロに着目したい。小作層で戸主がいなくなった場合三回に一回は跡継ぎがいなかった。正確には跡継ぎを設けようとしなかった。これに対して地主は必ず跡継ぎがいて家の継承が行われた(註1)。なぜそうなるのか。地主の平均初婚年齢は21.6歳、小作層は24.7歳である。農民の上層と下層ではかなりの差があった。江戸時代においては4歳の年齢差は出生数に大きな影響を与えた。速水によると出産力が最も高いのが21~25歳層で婚姻内出生率0.319である。つまり3年結婚年齢が上昇すると出生数が1人減るという計算である。なおこのデータには史料に現れない乳児の死亡を含んでいないので、死亡率は25%として2.4年に1人の出産である。
 小作層の初婚年齢が高いのは出稼奉公による遅延により婚期が遅れるのである。これが決定的だった。出稼から帰った小作層の平均初婚年齢は25.6歳で、計算上求められる生涯出生数は4.2である(註2)。一方地主の平均初婚年齢だと5.3~5.4ぐらい(註3)。西条村の人口の置き換え水準4人の出生ということだが実際には夫婦のいずれかが死亡してしまうことがあり、初婚年齢25.6歳では人口を維持できない。速水によると西条村の場合24歳が再生産率をポジティブにする最も遅い年齢であるという(註4)。そのため小作層は絶家が多いのである。一方、上層農民は家系維持の戦略のためか比較的若い年齢で結婚して出生数も多い、その結果、絶家がないのである。貧乏人の子だくさんという俗諺は誤り(註5)だと速水融は言っています。
 京都所司代の板倉重宗だったか、女子奉公人は24歳になったら里へ帰したともいわれるが、適齢期信仰のクリスマスケーキ症候群というのは伝統的な感覚としてはそれなりに正しかったのである。これはあくまで西濃の一農村の事例であるが、江戸時代では家系維持のためには25歳以上の結婚はよくない。現代では置き換え水準が低くなっており20歳前半にこだわることもないのだが、私は人口問題という観点では、適齢期信仰を崩壊させたのは誤りだったし、高卒女子の安定的な就職により、適齢期までに退社するというパターンを崩さないほうがよかったと考える。 

(註1)速水融「序章 歴史人口学と家族史」速水融編著『近代移行期の家族と歴史』ミネルヴァ書房2002 10~11頁
(註2)速水融『近世濃尾地方の人口・経済・社会』創文社1992 279~280頁
(註3)同上 217頁表9-4を参照した。
(註4)同上 280頁
(註5)同上 217頁

倖田來未を支持するぞ!レコ大歌手をを苛めるな!

  「暴言余波…倖田來未2月スケジュール白紙」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080203-00000005-dal-entという記事を読んで驚いたんだけど、こんなの暴言でも何でもないよ。多分医学的には正しくないことなのかもしれないが、高齢出産を批判するニュアンスと感性は正しい。それは自然に反しているからだ。こんな些末な事でバッシングされるのはとても気の毒だ。
  倖田來未ってレコード大賞歌手でしょ。一度きいたことあるけど歌は上手いと思ったよ。なんでこんなことで1ヶ月もPR活動などの営業を自粛しなきゃいかんの。30日にアルバムを出したばかりなのに。ホームページから写真が削除されるなんてあほな。四人組の江青じゃあるまいし。
  フェミニストはそんなに権力を握っているのか。
一般論として高齢出産(35歳以上)はリスクがあるっていうのは間違いじゃないでしょ。一昔前まではそういうことは普通にいわれていたんじゃないの。昔は大名の正妻はおしとねさがりとかいって、30歳になると侍女の中から器量の良い娘を側妾として差し出すのが習わしだった。
女性が出産力の高いのはたぶん21~24歳でしょ。平均初婚年齢を20代前半に下げないと少子化問題は解決しませんよ。少子化対策というなら、出産力の高い20代前半に出産するよう奨励すべきですよ。
俺なんか、子育て支援、ワークライフバランスといった女性厚遇政策に断乎反対ですよ。妊娠・出産、育児休暇とかで休んでいる女子職員の穴を埋めて、しわよせがかかっても文句ひとついわずこなしてきたのに、ご苦労の一言もなくて怒っているんですよ。女の我が儘、出産にコストとしわよせがかかる社会になってますから、迷惑かかっている人もたくさんいるんだ。むしろ当てつけ的発言として倖田來未を支持しますよ。

レイバー・インジャンクションの端緒となった1877年大鉄道ストライキについて

 極保守派主導による1895年判決の意義シリーズの続編としてプルマン・ストライキへのレイバー・インジャクションを支持した判決の決定的意義を取り上げるところであったが、その前史も重要であることがわかったので今回はその関連記事として1877年大鉄道ストライキを中心に論評する。
 
  州裁判所のレイバー・インジャンクションのリーディングケースは1888年Sherry. v.Perkins,147Mass.212である。ストライキに入った靴工組合が工場前で仲間に操業しないように呼びかけた旗を使用者の営業に対する、不法、有害な行為として差止命令を許した。又同じ年のBrance Bros.r.Svansで二次的ボイコットに対する差止命令が発給された(註1)。
  しかし、レイバー・インジャンクションそのものではないが、端緒は1877年大鉄道ストの連邦軍出動にあった。
 アメリカの鉄道は1830年に始まり、1869年には大陸横断鉄道が完成し、全国的な鉄道網が成立、1880年に営業マイル数は8万4千マイルに達した。
 重要な事は70年代以降になると競争により経営の悪化するケースも少なくなかった。1877年には、85社約1万4千マイル(全体の18%)が破産中で裁判所の管財下におかれていた。鉄道労働争議抑圧の直接的法的根拠になったのが、連邦裁判所の財産管理命令だった(註2)。
 1877年は日本では西南戦争が勃発した明治10年だが、アメリカでは7月に大鉄道ストが勃発したhttp://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/khronika/1871-80/1877_5.html。これはいかなるものだったか。このストは7月16日ボルチモア&オハイオ鉄道に始まり、他社(ペンシルベニア鉄道、イリー鉄道、ニューヨーク・セントラル鉄道など)各地に飛び火、ピッツバーグとシカゴなどで罷業者及び住民が州民兵と衝突し百名以上の死者と重軽傷者数百名が発生している。全米で貨物列車の半分が止まったとされている。全米的規模の最初のストライキであり、平時の労働争議に連邦政府が介入し軍が出動した最初の事件でもあった。背景は1873年恐慌による産業の沈滞と、大鉄道の競争激化で、賃下げが合理的経営の主要な手段とされたことだが、当時の大量の浮浪者、失業問題、都市問題が絡んでいた。
 当時の車掌組合、機関車機関助手組合、機関士組合は共済互助団体のようなものであって、指導者はストに反対していた。セントルイスのケースを除くとストは突発的、無計画で指導性が欠如しており、鉄道労働者のストに付和雷同して浮浪者、失業者等の群衆が加わり、あるいは10代の青少年が暴徒となって騒乱になるのが殆どだった。ストライキの途中で食糧等の略奪が起きている。いわゆる一揆、パン寄こせ運動のような様相も呈していたのである。警察や州軍が対応している間はストが持続しているケースが多い。州軍の民兵はストに同調したり寝返るケースも少なくなかったが、ウェストバージニア、メリーランド、ペンシルベニア、インディアナ、イリノイ等の各州に連邦軍が出動して暴徒を制圧し、ペンシルベニアの炭坑地域を除いて8月3日までに多くのストライキは解消している。このストの全容については小澤治郎の著書等(註1)に詳しいが、ここでは数例を取り上げるにとどめる。

ウェスト・バージニアとボルチモアの情勢

 7月16日のストの勃発は、ボルチモア&オハイオ鉄道の10%賃下げの通告により、ウェストバージニア州のマーチンズバーグで始まっている。労働者は機関車を列車から切り離して車庫の中に入れて賃下げを取り消すまで列車は出発させないと声明を出し、多くの群衆が集まった。警察の無力化で逮捕されたストライキ指導者を実力で奪還するなど無法状態となった。鉄道側はウェストバージニア州に軍隊の出動を要請、列車が州兵に守られて突破を試み、脱線させようとするスト参加者の1人とそれを阻止しようとした1名の兵士との間で一寸撃ちあいになっただけで、州軍の民兵は発砲を拒否したため、マシュウズ知事は法の支配を維持するためヘイズ大統領に連邦軍の派遣を要請した。20日にはスト参加者を駅構内から排除し、スト側はなお列車通行を妨害したが連邦軍が制圧した。
 騒乱はボルチモアに移った。ボルチモアでは群衆(暴徒=モッブ)が州軍本部を包囲し圧倒した。暴徒の投石に対して州軍の発砲で十数人が死亡、22人の重傷者が発生した。群衆が駅を包囲し、客車三輌、プラットフォーム、機関車から火の手が上がったが、メリーランドのカロル知事は連邦軍の出動を要請したため放火も小規模に止まり、警察と自警団の協力で事態は沈静化、30日にはボルチモア&オハイオ鉄道は新規採用者で放棄された仕事を埋めストライキは解消した。

ビッツバーグの惨状

 次に7月19日に始まったペンシルベニアセントラル鉄道ストにおける、ピッツバーグの情勢である。州軍が到着してもスト側は彼等に発砲の権限がないことを知って動揺はなく、嘲笑をもって迎え、逆にスト側が州軍を説得する場面が多くみられたという。夜になって、浮浪者を含むスト参加者の群れでごった返した。21日にフィラデルフィアからの州軍増援により事態が変わった。同じビッツバーグ市民の民兵では制圧が難しかったのでわざわざフィラデルフィアからやってきたのである。
 州軍は女・子どもを含む5千人の大群衆に一斉射撃を行った。10人ほど死んだがいずれも鉄道に関係のない労働者だった。もっともこれは命令ではなく司令官は発砲したくなかった。群衆側からの投石、嘲笑、散発的なピストルの射撃があり、偶発的にそうなった。これに対して市民が憤激し、ゼネスト状態となったためビッツバーグの州軍は解散、群衆(暴徒=モップ)は興奮状態になって鉄砲店に押し入り、数千丁の銃、ピストルが暴徒の手に渡ったため、増援部隊の州軍は群衆に圧倒されて機関車庫にたて籠もる羽目となった。
 今度は群衆が州軍に一斉射撃を行い24人ほどが死んだ。22日には放火がなされ、車庫、ユニオン駅など鉄道会社の施設に放火されたほか、79の建物、125両の機関車と3500両の車輌が放火され、数千の暴徒が貨車の積み荷を略奪、巨大な穀物倉庫も炎に包まれたが、ゼネストで消防の出動も抑えられていたのである。
 フィラデルフィアから来た州軍は逃走したが暴徒に追撃され、アルゲニー武器庫にたどり着いたが襲撃を恐れる指揮官から滞在を拒否され、12マイル離れた村にまで逃走する始末だった。
 しかし、死者53人、重傷者109人、火災発生で恐怖心を持った市民が、ストライキ支持を反省し、自警団が組織され、暴力反対の立場をとった。警察も力を得るようになって暴徒の武器も没収され、連邦軍の出動をみることなく平静に戻っていった。
 この事件は教訓になるだろう。州軍が一斉射撃の後、群衆を制圧していたなら、武器略奪、放火の惨状にまでに至らなかった。暴徒(モッブ)に対する州軍の弱腰が事態をいっそう悪化させたのである。

シンシナティの情勢

 シンシナティでは7月23日からオハイオ&ミシシッピ鉄道の列車乗務員がストに入ったが、大半のオハイオ州軍がニユーワークヘ出動中で、不穏な情勢となり午後からストの主導権が13~21歳の青少年の手に移った。彼らは駅を包囲し、機関士やレール工場の労働者を追い出した。鉄橋放火や食糧運搬馬車の略奪もあったが、市民が自警的方策をとり、鉄道労働者が武装して列車の運行を護衛した。労働者が暴徒と行動をともにすることを拒否した事例である。

セントルイスの情勢

 ここでは、自然発生的騒乱となった他の都市とは異なり、指導的で酒場など閉鎖するなど規律のあるストライキが一貫して行われた。セントルイスでゼネストを指導したワーキング゜メンズ・パーティというのはシカゴの第一インターナショナルとも関係があり社会主義者だった。23日にイーストセントルイスの執行部が貨物列車の全面停止を命ずる指令1号が出されたが、暴徒による騒乱は起きてない。何とミズーリ・パシフィック鉄道が25%の賃上げで妥結する(実は連邦軍の搬送のための策略だった)。しかしスト執行部は24日の指令第2号でどの鉄道も妥結すべきではないとした。鉄道以外でストが広がり、午後遅くに群衆が駅に集まってきた。すでにヘイズ大統領はシンシナティとセントルイスへの連邦軍の派遣を考慮しており、午後6時には陸軍400人がユニオン駅に到着、州知事の要請はなくただ単に連邦政府の公的財産を守るために出動したとされた。夜、鋳型工と機械工のデモがあり、ルーカス・マーケットで1万人集会がなされた。対して公安当局は、陸軍長官に1万挺のライフル銃、2000挺のピストル、1砲兵中隊の派遣を要請。25日商品交換所は閉鎖して従業員を州軍に参加できるようにするとともに、自警団の組織化と州軍の増強がはかられた。労働側もストを拡大させ示威行進を行い不穏な情勢は続いたが、26日には南北戦争で活躍した前将軍たちが州軍の指揮をとることとなり、野戦病院まで準備され、鉄砲店は在庫をすべて市当局に提供した。労働側との戦争準備は整った。27日小競り合いが起きたが、騎馬警官隊が群衆を蹴散らした。スト側の執行部でいざこざがあり、組織力は低下していくことになる。あと数日ストが続くと、石炭不足でセントルイスの全産業の操業が不可能になり、騒動がおきかねない情勢だった。
 ミズーリ州側は厳戒態勢だったが、問題はミシシッピ川を隔てたイリノイ州側のイーストセントルイスである。鉄道労働者の町であり労働者がリレー駅を占拠し、セントルイス・ユニオン駅との通信も労働者が支配しており、市政も労働者の手中にあった。イリノイ州軍は非力なので、連邦軍の出動が必要だった。干渉の良い口実があった。イーストセントルイスでストにより列車が止まった鉄道のいくつかが破産中で連邦法廷の管財下にあったのである。財産管理命令というかたちでの連邦政府の干渉を行うことになったのである。ここで大活躍したのがセントルイスの連邦地方判事サミュエル・トリートとシカゴの連邦巡回区控訴裁判所判事ドラモンドである。
 29日朝、連邦軍はイ-ヅ鉄橋を占拠し、イーストセントルイスのリレー駅に軍隊は向かった。労働者は逃げたものの、なお貨物列車停止の抵抗が続いたが、多数の労働者が逮捕されるに及びストは崩れていった。31日秩序は回復しセントルイスの州軍は解散した。
 セントルイスのケースも良い教訓になるだろう。労働者評議会型のゼネストに対し公安当局、反労働者の陣営は決然たる姿勢で武器を準備し野戦病院を準備し南北戦退役軍人部隊まで動員して労働者との戦争に備えた。モッブ(暴徒)による放火、略奪のような無法状態は回避することができた。
 

連邦軍出動の法的根拠

 1877年大鉄道ストの連邦軍出動の法的根拠は、(1)州内反乱の抑圧援助(修正法律5297条)、(2)武器庫等連邦財産の保護、(3)連邦裁判所の管財命令である。郵便逓送妨害や、州際通商の妨害は根拠とされていない。インディアナ、イリノイ、カリフォルニアに出動した(3)のケースが直接労働争議の抑圧のためのものであるが、、最初にストが勃発したウェストバージニアやメリーランドのケースは(1)に該当し、平たく言えば暴徒を鎮めることであって、労働争議を直接抑圧することを目的とはしていない。にもかかわらず(1)(2)の根拠で、罷業者など群衆によるピケを排除・防止するとともに会社側のスト破り等の列車の運行を確保しており、実質的に労働争議抑圧の手段になった。この場合1894年のプルマン・ストライキのように、郵便逓送の妨害や、州際通商の妨害を根拠としたインジャンクションのほうが理屈としてはわかりやすいとはいえるだろう。
  
 (3)のケースがレイバー・インジャンクションの端緒とされる。King V.Ohio & Ry.,14Fed.539であるが、これは会社の管財人の財産管理命令である。管財人は裁判所の職員であり、その職務執行妨害は法廷侮辱罪を構成し、略式手続により科罰の対象とされたのである。
ドラモンド巡回区判事による判決は、管財人の占有におかれた財産は裁判所に属する財産であり、裁判所が使用する総ての手段によって保護をうけるとし、被告たちを含む群衆は、駅を占拠し、会社の被用者を脅迫して列車の運行を妨害した。会社財産に直接の損害はないが、数日にわたって列車の運行が停止した。列車運行に対する直接の妨害は、本廷の命令不服従を構成し、法廷侮辱罪が成立する。そしてそれは「個人および公共の利益に対する重大な侵害である」列車の妨害は公共の権利に対する侵害であり、彼等が自ら労働を放棄するにとどまらず暴力や脅迫により、他人の労働を侵害していると述べた(註2)。
 私は、他人の労働を侵害していることを不法としていることを重視したい。これは他人の権利を侵害するコンスピラシーの法理を想起させる。説得活動・ピケッティングの抑制の重要な論拠だろう。
 1848年ハント判決により刑事共謀法理がすたれたわけではないのである。辻秀典によると団結活動それ自体は、目的・適用の両面にわたって厳しい制約の下にあったのである。ピケッティングや説得活動であるが、適法とされるのは「個別的自由の集合ないし総和」と認められる限りの行為であって、いささかでもこれを超える要素があると判断されれば違法とされたのであって裁判所の許容する範囲は極めて狭かった。共謀法理の適用でなく、管財妨害を論じている判決でも受け継がれており、不法な妨害行為とされたのである(註2)。私は平穏なピケッティングを認めた1941年のソーンヒル対アラバマ事件それ自体批判的なのであって(註4)、1920年代以前のピケッティングの評価が正しいと考える。

 鉄道管財制度によって連邦政府は初めて、鉄道争議に直接的に介入したのが、この事件であった。鉄道会社は、管財下の鉄道会社の財産管理命令だけでなく、管財下におかれてない鉄道会社の争議抑圧にも適用されることを望んだ。1888年に至って、バーリントン鉄道争議事件で管財下の会社の枠を超え、レイバー・インジャンクションが発給されるに至る。
 
 引用文献その他
(註1)秋田成就 『公企労センター調査研究資料第40号 違法争議行為抑制措置としてのレイバー・インジャンクションについて-諸外国における実情を中心として』公共企業体等労働問題研究センター 1975-77
(註2)辻秀典「アメリカ労働法における団結権思想の一齣」前田達男・萬井隆令・西谷敏編『労働法学の理論と課題』有斐閣1988年
(註3)小澤治郎『アメリカ鉄道業の展開』ミネルヴァ書房1992年。このほか1877年ストに言及している著作として、ハワード・ジン著猿谷要監修富田・平野・油井訳世界歴史叢書『民衆のアメリカ史上巻-1492年から現代まで』明石書店2005年、辻秀典「アメリカにおける連邦鉄道労働政策の起源--アメリカ鉄道労働法の研究緒論」『広島法学』6巻2号1982年からも引用している。

(註4)アメリカでは、いうまでもないが、労働基本権などというものは憲法で保障されているわけではない。だからエプステイン教授の言うように、1932年ノリス・ラガーディア法も、1935年ワグナー法という悪法もその気になれば廃止できる。私は1925年以前に時計の針を戻すべきだと考えるが、ただ1941年のソーンヒル対アラバマ事件THORNHILL v. STATE OF ALABAMA, 310 U.S. 88 (1940) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=310&invol=88という連邦最高裁判決がある。労働者が労働争議の事実について平穏なピケッティングに訴えることは、憲法修正第一条の「表現の自由」に含まれるとし、かかる事件にアラバマ州のピケッティング禁止法を適用することは違憲と判示したものであるが、表現権の範疇として平穏なピケッティングを容認することにより、実質的に争議権を法認したものとされている。(田島裕『アメリカ憲法』信山社2004年)
 判決文起草者はマーフィー判事である。カトリック教徒の博愛主義者で人権派の裁判官ですね。日系アメリカ人の強制収容を合憲としたコレマツ判決TOYOSABURO KOREMATSU v. UNITED STATES, 323 U.S. 214 (1944)323 U.S. 214 http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=323&invol=214ではデュープロセスに反するとして強硬な反対意見を記し、日本人の血が流れている者の人権を擁護した。山下奉文陸軍大将の死刑執行の差止めと人身保護令の発出を求める請願を却下したヤマシタ判決APPLICATION OF YAMASHITA, 327 U.S. 1 (1946) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=327&invol=1でもマニラ軍事裁判は無効として反対意見を記している。日本人の一人として敬意を表すべき事柄かもしれないが、私はマーフィー判事の平穏なピケット容認論には反対なんです。ストライキはリスクの大きいギャンブルです。単なる職場放棄、ウォーキングアウトでは協約締結の圧力にはならない。スト破りに、ピケラインを突破されたらストは敗北ですから、ピケッティング、哨戒行為は殺気だった状況であらゆる手段を使ってくる。威嚇、脅し、暴力はつきものです。平穏なストライキなるものは幻想にすぎない。
 平穏なピケッティングを表現権として容認するなら、トップレスバーのダンサーの裸踊りを表現の自由に含ませた方がよっぽどまし。ストーカーを規制するならピケット規制すべきだというのが私の考えです。

2008/02/02

バレンタインデー雑感

デパートではバレンタインフェアをやってますね。錦糸町の丸井で玄関を入ったらいきなりチョコレート売り場なのでびっくり。突然国生さゆりの歌がひらめきました。
昔、本などで読んだんですが、米国ではチョコレートではなく、カードや花などを贈っている。チョコレートでなければならないというのは、菓子業界の販売促進の宣伝であって日本的な習慣らしい。男性から贈っても良いのであって、恋人同士、家族でも贈っても良いのである。http://www.family.gr.jp/valentine/valentine.htm
これも昔、本で読んだんですが、米国のある高校では、白いカーネーションが贈られると「知り合いになりたい」というサイン。直接持参するのが恥ずかしい人のために、運び屋のサービスもある。世話も焼いてくれるのである。それは生徒会でやってくれるらしい。ピンクのカーネーションは「あなたが好きです」という意味。いきなりピンクでなく、白い花から贈るのが無難であるとか。赤いカーネーションは「愛してる」という意味なので既にステディな関係の場合である。男女どちらから贈ってもよいらしい。
さしあたり、白い花でも贈っておけば、よほどもてない男でない限り、異性の友人を得やすい下位制度といえるだろう。 
つーか、卒業ダンスパーティーでパートナーがいないと恥をかくので、社交上、異性の友人は確保する必要がある。。
そうしてみると、日本の習慣は女性のための行事になっていて偏りすぎているように思える。日本ではクリスマスに商店街でクレッシュ(馬小屋でのイエスの降誕シーンを描いた人形等)http://www.geocities.jp/bourgognissimo/Bourgogne/1ARTL/BR_032_4.htmを飾ることは全くいってよいほどない。 それはクリスマスが完全に世俗的な行事として受容されているためだが、バレンタインデーの在り方もかなり変質しているといえるだろう。
一方、合コンは日本の土俗的文化の臭いがする。若者と娘が集団見合い状態で、歌を掛け合う、歌垣は神武天皇の時代にまで遡ることのできる古い文化で、中国雲南省の少数民族にもそうした行事が伝えられているので、照葉樹林型文化ともいえる。
正月の成女式などに集団見合いをやって歌を掛け合い、返歌ができないと帯をほどく罰ゲームをやって、ねんごろになるというのが、日本的男女の出会いパターンだった。合コンもこのパターンと同じ。
  どこかの政令指定都市の市長みたいに合コン-王様ゲーム-指二本入れるところまで進むのが一般的な在り方なのか、私は知りませんが、一般論でいえば合コン参加者は乱痴気騒ぎになることはある程度合意のうえで参加しているはずなのであって(それがなければ合コンの意味はない)、王様ゲームで舌入れ接吻したからセクハラだとか、指入れたからセクハラだとかいって騒ぐのは大きな間違いだと思う。
  実は合コン世代は気配りができて優秀だとの評判があるということをどこかで読んだ。合コンではしらけさせる行動をとる人は次第に排除されていく、空気が読めない場違いなことをやらないし、気配りができて重宝がられるのである。そうした意味でも日本的文化といえるだろう。

少子化対策は平均初婚年齢を下げることですよ。見合い結婚が廃れてしまった以上、異性の友人を得やすい文化を創造していくことも重要です。バレンタインデーは男性からも贈り物ができるよう変えましょう。合コンも悪くないです。スーパーフリーを潰したのは大きな間違いでした。少子化対策というなら、できちゃった結婚を奨励するのも一策です。男子は「中出し」を躊躇せずに元気で行こうとかコピーを政府公報でやることですな。

 
 

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