都市経済学者の6年前のベストセラーの翻訳。井口典夫訳ダイヤモンド社2008年。通俗的な軽い本のように思えるが、データや情報が豊富なのと、ショアーの『働きすぎのアメリカ人』を批判的に検討しているところに引き込まれて、買ったわけです。
結論を先に言うと、ビジネス環境より、人材の環境という著者の見解は一面的のように思う。都市のランキングについて、移民に寛容な都市、寛容さの指標であるゲイの人口比率、ボヘミアン的文化を過当に高く評価しているのではないか。
私はプロビジネスの労働権州支持の立場ですから、クリエイティブクラスが南部や中西部の保守的な小都市を好まないという見解には不満を持ちます。
著者の分析ではワーキングクラス(製造・建設・輸送労働者)の人口比率の高い都市はクリエイティブクラスが嫌うということで、例えばバッファロー、グリーンズボロ=ウィンストン・セーラム、ジャクソンビル、ルイビル、オクラホマシティといった都市について、単に統計的データで過当に低く評価されているのではないかという疑問もあります。
著者はノースカロライナ州のシャーロット、グリーンズボロ、ウィスンストン・セーラムを「古典的社会資本コミュニティ」(344頁)と定義しクリエイティブな都市とみなしていませんが、シャーロットにはバンカメやワコビアがあります。ウィンストン・セーラムにはクリスピークリームドーナツがあります。グリーンズボロにはVFがあります。少し古い感覚じゃないですか。
著者はフェニックスやシャーロットのようなビジネスマンにとってホットな都市を評価することなく、知識労働者の集まりやすい大学都市を高く評価する傾向が多分にあります。オースチン、ボルダー、ゲインズビル、マディソン、オルバニー、ブルーミントンなどですが、少し偏った見解のように思えます。
ローリー=ダーラム(ノースカロライナ)は2004年のランキングで才能(高学歴者の人口比率)2位、ハイテク指数で5位なのに寛容度が52位なので総合評価6位にされてしまってます。57頁にコトキンが引用され「リサーチトライアングルにはサンフランシスコ、シアトル、ニューヨーク、シカゴのような『流行にさとい』都会のライフスタイルがなく、ノースカロライナ大学の研究者は『ローリー=ダーラムにあるのは養豚場だ』と嘆いている」とぼろくそに書かれてますが、ノースカロライナは数年前まで宝くじも勤勉に働く道徳に反するとしてやっていなかった健全な土地柄だから、猥雑な刺激がないのは仕方がないことで、不当な評価のように思う (一方で、著者はチャペルヒル(ノースカロライナ)は世界的に有名な音楽シーンがあることを評価してはいる)。
この本で、私が感心したのは、クリエイティブクラス、知識労働者の長時間労働の分析だ。ワークライフバランスは良くないという論拠となる記述が多くあるので、使えると思った。
まず2001年のILOのデータが示され、アメリカ人は日本人より年間137時間長く労働し、ドイツ人より年間500時間長く労働している。一日で労働に費やす時間は長くなり休暇は少なくなる傾向にある。 私が、時短は時流に反すると言っているのはこのことである。
私は、ホワイトカラーエグゼンプションを広範に導入する必要性として、組織のフラット化による非管理職への権限委譲を挙げているが、それは顧客第一主義の帰結でもある。顧客の苦情やサービスに即応するためには現場の判断で機敏に対応していかなければならないのである。従来、意思決定や評価は監督者の手中にあったが、品質を改善し、顧客のニーズに応えることができないため、権限、裁量を下層部の従業員に移し、官僚的な階層を排除し、仕事の定義はフレキシブルなものになっていること。エンパワーメントといって平社員も経営者と同じ意識を持って創意工夫、アイデアを出していく企業文化が評価されていることなどである。以上は普通の社員についての議論だが 知識労働者の長時間労働はより必然的なものであろう。著者の主張のようにクリエイティビティが経済成長の鍵というならなおさら、当然のことながら労働時間規制はなくしていくべきだろう。
著者によれば「企業が生き残るためには、常に昨日を上回ることが不可欠である。従業員はたえず斬新なアイディアを生み出さなくてはならない。常により迅速で、経済的かつ効果的な方法を見いだしながら」171頁「クリエイティブ経済では主に新規性、多様性、カスタマイズがマーケティングの基本となっているから‥すべての改良や商品の差別化には‥‥膨大な時間を投入しなければならない」
長時間労働の理由は同僚からの圧力(チームで仕事をするため)もあるが「大半の人々は望んで長時間働いている」194頁「やりがいや、仕事そのものが好きだからである」193頁「10人のうち7人が仕事の楽しさを平均ないしそれ以上と回答した」193頁。優秀な人でも長時間労働になる。なぜならば、周囲から頼りにされ支援を求められ、しばしば仕事が中断するからだ。
著者は聞き取り調査をしているが「長時間労働について不満をもらす人はめったにいなかった」「新たな時間のかかる課題を、必要もないのに引き受ける人が多かった」「時間のかかる起業に参画し、賃金労働より志願労働を優先する」彼らの不満は働く時間が足りないことだ。(195頁)ということです。
又、大部分のクリエイティブクラスの職業では仕事は「前倒し」で行われる。若いうちに長時間猛烈に働いて、市場価値を高めることが重要なのである。200頁。
仕事を優先し生活は後回しでいいんですよ。人生で成功するためには若いうちに評判をとって経歴に差をつけなければいけないわけですから。 202頁
仕事優先で私生活は後回しというプレッシャーが最高潮に達したのは、ニューエコノミーが急成長した頃だがハイテク企業では仕事優先の欲求は継続している(202頁)と書かれています。仕事優先は当然なんですよ。
ワークライフバランスなんて糞食らえと言いたい。この競争環境では三度の飯より仕事が好きな人が望ましいのですよ。仕事が楽しくてたまらない人は競争環境でもストレスがない。「『社員は自分の大好きな仕事をやりなさい。会社は社員が仕事が好きでいられるようにしてやりなさい』がシスコ・モデル、チェンバース・モデルです。(デービッド・スタウファー(金利光訳)のワールドビジネスサクセスシリーズ『Eコマースで世界をリードするシスコ』三修社2004年)。つーか、企業も優秀な社員を引きつけるために、居心地の良い職場環境が整備されている。よく知られているのは、夜食やクリーニングのサービスのあるクァルコムとか、ドリンク無料支給のマイクロソフト、レストラン食い放題のグーグルですが、なおさら長時間労働になるわけですよ。
だから日本の内閣府や厚生労働省がやっている、フェミニズムに迎合したワークライフバランス政策は、男も育休を取って女並みになれ、ノー残業で男も早く家に帰させて家事負担をやらせろ、有給休暇完全取得促進みたいなばかげたことをやっていたら、この国際的競争環境で生き残ることはできません。
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