感想 田口典男『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』(1)
ミネルヴァ書房(京都)現代経済学叢書2007年12月出版。
英国における1980年代以降の労使関係の団体主義から人的資源管理等の個別主義へのパラダイム転換は歴史的に重大な意義があるのに、我が国にはサッチャー及びメージャー政権の労働政策を紹介している良書が少ないというよりほとんどないことに不満をもっていたのが、この著作は、岩手大学の研究紀要などに掲載された論文をまとめたものだが、サッチャー政権以降のイギリスの労働政策と産業界の経営戦略を概観することができ資料的に便利な良書だと思う。
とはいえ、この本にも強い不満がある。個別主義へのパラダイム転換を積極的に評価しているわけでないこと。なお労働組合主義に未練をもった記述に終始していることである。
しかし私はそうではない。個別主義に転換し、労働組合を駆逐する政策提言と実現が人生目標だ。当ブログのスローガンにも掲げてあるとおりである。
80年代以降の保守党労働政策は、団体交渉や労働協約を基盤とする労使関係をを不適当であると表明し、労働組合を攻撃し、ピケットの制限、クローズドショップを否定、二次的争議行為の非合法化等により、悪質なストライキ戦術を無効にするとともに、違法ストライキの免責の制限、ストライキ前秘密郵便投票の義務化その他の労働組合の内部的規制を強化して、労働組合の弱体化を図り、団体主義的労使関係を崩し、人的資源管理等の個別主義的労使関係への道を大きく開いた。イギリス病の停滞から、資本主義史上でも特筆すべき15年の景気拡大の要因の一つとしてその歴史的意義を高く評価したい。
保守党政権の労働政策の仕上げである1988年雇用法は、ストライキに参加することを不当に強制されない権利、すなわちピケットラインを超えても組合に制裁されない労働者個人の権利(これは決定的意義あり)と、労働組合に訴訟を起こす権利、組合会計記録の閲覧権、チェックオフ停止権を労働者個人の権利として確立した。さらに1990年法でクローズドジョップは完全に禁止された。二次的争議行為の禁止、非公式ストライキの免責を拡大したのである。これらの政策はニュージーランドやオーストラリアの保守政党の政策とも共通点が多く、正当に評価されてしかるべきだ。
当ブログのスローガンは決して孤立した見解ではない、英国、豪州、ニュージーランドの保守政党の労働政策を共有できる。米国でいえば労働組合なき南部の経営戦略、ケイトー研究所などのリバタリアニズム、ヘリテージ財団の労働政策とも一致点が多いのである。ただ私の力不足で、そう言う思想が広まってないだけ。
もちろん我が国でも、保守党政権の規制撤廃政策、ニューパブリックマネージメント、PFI、市場化テストなど模倣した政策を実施している。しかし英国改革の核心部分を学んでいないのである。
それは労使関係のパラダイム転換にあるのだ。団体主義労働関係の存在価値を弱める政策である。労使関係の個別主義と労働組合に対する労働者個人の権利の尊重の推進である。
さらに、労働時間規制にしても、もともとイギリスでは成年男子には安全上規制が必要な業種に限定されていたこともあるが、保守党政権は児童年少者法以外の一切の労働時間規制を廃止したのである。
また最低賃金制度、賃金審議会も廃止した。我が国では労働三法による団体主義的労働関係の抜本的見直し、労働基準法や最低賃金制度の廃止という真に自由主義的な改革がなされていないので、構造改革が中途半端というか、つまみ食い的政策の実施に終わってしまっている。そもそも小泉の民営化政策が新自由主義とは思ってない。連合のメーデーに来賓として招かれた喜んでいたように、深い思想性もない。単なる、思いつきだけのアジテーターに過ぎない。だからこれでは我が国はだめだと思う。従って、核心部分の自由主義的改革を望むものである。
我が国には真の自由主義者が少ないのか、あるいはイギリスの60~70年代のような、ゴミも収拾せず放置する。死者の埋葬も放置される。ストライキによる労働組合の抗争で死者が出る。フライングピケットのような悪質にストライキの戦術の経験が少なく労働組合が巨悪であるという本質を知らないためか。あるいは自由国家から社会国家へという図式、憲法28条と労働三法という戦後レジームを自明とする非常に硬直的な思考が蔓延していためか。英国保守党政権の労働政策の核心部分の先見性を讃える声が少ないのは遺憾なことであると思うのである。
最も、保守党政権は一つだけ失敗した政策がある。1894年に労働組合に政治資金支出の秘密投票を義務づけ、労働党との資金的繋がりを薄めようとしたことが逆効果になった。このことが労働党の労働組合離れ、中道穏健な政策へのシフトを促し、長期の労働党政権を許すこととなってしまった。党利党略と云ふ観点で失敗である。
ブレア政権で若干の揺り戻し(労働組合に有利な政策、EU社会憲章の承認、最低賃金制度の復活、組合承認の法的手続き)を許した。このためにパラダイム転換と労働組合の駆逐にブレーキがかってしまった。イギリスは偉大な国家となる好機を逸したと思う(保守党政権が継続していれば2010年には労働組合は消滅するといわれていた)、ただ根幹部分の政策(非公式ストライキの免責の制限、労働組合の内部規制、労働者の個別的権利の尊重など)で保守党の政策は継承されたのである。ゆえに、労働党政権でも英国に対して好意的な見解を述べたい。労働党政権のもとでの景気拡大は、保守党政策の継承にあったのである。
つづく
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