感想 田口典男『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』(2)
1990年代の組合否認-団体交渉構造の崩壊の意義
前回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_5e18.htmミネルヴァ書房(京都)現代経済学叢書2007年12月
16年続く景気拡大の英国ですが、山崎勇治は経済好調の原因をサッチャー改革の労働組合弱体化と国営企業の民営化と分析(『石炭で栄え滅んだ大英帝国』2008年ミネルヴァ書房)してますが、ポイントは民営化による組合否認だと思います。
イギリスの労働組合は徒弟制とクローズドショップによる労働市場の支配、人員配置その他様々な仕事規則をもってする労働過程の支配によって力を構築した。(裏返していうと労働市場・労働過程が支配できなくなると脆い体質)。イギリスの労使関係の特徴は労使のボランタリズム、コレクティブ・レッセフェールとも言います。それは労働組合が不利な判決や労使関係の国家介入を嫌ったためです。
ボランタリズムというからには、経営者側が組合が存在しても承認するか否かは、経営者の権限であり国家に干渉されることはない。又労働協約は営業制限の法理(個人の労働力取引を制限する)や経営権の否定ですから、本来違法であるわけで、締結するとしても法的拘束力はなくあくまでも紳士協定である。 要するに、ボランタリズムのもとで組合が強かったという意味は管理職が直接ラインワーカーを管理するのでなく、ショップスチュワードに委ねるような間接管理を行うマネージメント、労働組合の労働者に対する威圧力に依存しているものだったともいえる。
つまり、労働組合がクローズドショップによって労働市場を支配し、二次的争議行為(クローズドシッョプを守る目的ゃ非組合員への不利益処分を求めるような争議行為)、フライングピケットのような悪質な戦術、二次的ピケッティングのように、直接雇用関係にない関連取引企業の営業を妨害するような戦術が許容され、又、職場内の管理秩序はがショップスチュワードに浸食されていた時代は法的な保護がなくても、イギリスの労働組合は強かったわけです。そしてそのことがイギリス病の要因でもあった。
1971-74年にヒース保守党政権が米国のタフト・ハートレー法に類似した労使関係法を導入して規律し、法律的に組合を登録し、労働協約に法的拘束力をもたせる政策をとった。1975年ウイルソン政権(労働党)は労使関係元のボランタリズムの原則に復したのが、労働組合に有利な法的承認制度(1976-1980)を創設した。
ヒース政権の組合弱体化政策は1972年炭坑ストにおいて発電所・製鉄所・港湾での二次的ピケット戦術を許し、組合側が勝利したことで失敗だった。
サッチャーはこの教訓から、ヒース政権とは方針を変えた。米国型労使関係法は導入せず、従来労働組合が支持してきた、労使ボランタリズム原則として、法的組合承認制度を廃止したのである。
要するに、経営者側が組合を承認するか否かは自由となった。団体交渉は組合承認が前提である。
1990年代の組合否認について132頁以下に具体例がありますが、例えば、ユニパート社http://www.unipartlogistics.co.uk/はシングルステータス、チームワーキング、業績給を提案するとともに組合を否認。これはアメリカの非組合セクターの企業文化を模倣したといってもよいだろう。
1990年に組合承認率は低下し、組合員がいない職場が1984年に27%だったものが、1998年に47%に増加している。機械業や金属業で1990年に組合承認のある職場37%が、1998年に18%に減っている。
もっとも1998年においても団体交渉適用率は34.5%あったわけだが、組合否認による団体交渉構造の崩壊、ショップスチュワードによる職場秩序の侵食、間接管理から、直接管理への移行、ヒューマン・リソース・マネージメントなどの非組合セクター型企業文化、業績給などの導入により、企業の生産性は向上、イギリス病といわれた停滞時代を脱することとなったのである。
1990年代に組合否認が進んだことがイギリスの好調の要因であるが、国営企業の民営化の過程でも組合が否認された。強制的入札制度も、組合セクターは入札で勝てるはずがないから、結局組合潰し政策なのなのである。民営化の狙いは組合否認による、労働組合潰しでもあった。
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