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2008年10月の18件の記事

2008/10/26

反労働基本権-実質的に団結権を否定し労働組合の免責特権を縮小した1980~90年代イギリス保守党政権の労働政策を賞賛する(1)

  このたびの金融危機で16年ぶりにイギリスの景気拡大が止まったと報道されてますが、悲観しません。イギリスの社会基盤は地方公務員をのぞいてサッチャー改革以後健全化している。労働党政権でもコーポラティズムをとっていない。欧州大陸諸国のような硬直した労働者保護法制が少ない。健全化の端緒が1980年と1982年の雇用法における労働組合活動の規制と、免責特権の縮小、実質的な団結権の否定だった。労働党政権によって法的組合承認手続が復活したが大きな揺り戻しにはなっていないからである。
 
 1984~85年のイギリス炭坑ストのシリーズも書いていきたいと思いますが、1983年のメッセンジャー争議、1986年のワッピング争議における印刷工組合の完全敗北の意義も大きいことがわかったので、平行して一連の争議と1980年代の労働立法との関連からその歴史的意義を述べるシリーズを書くこととする。

事実上1901年タフベール判決へ部分的に回帰し「免責特権」を縮小した1982年雇用法は決定的な意義がある

 そもそも争議行為は、契約違反の誘致行為、契約の履行不能をもたらす行為、強迫、共謀、営業妨害など理由として、コモン・ロー上の不法行為を構成する。
 しかし、ストライキ以前の問題として、コモンローの理論を遡っていくと、営業制限の法理ににもとづく営業の自由のコロラリーとしての個人の労働の自由、労働力取引の自由を阻害するものとして、「取引を制限するコンスピラシー」(doctrine of restraint of trade)ないし「他人の取引を侵害するコンスピラシー」(conspiracy to injure of another)の概念構成により、労働者の団結そのものも、コンスピラシー(共謀)の要件に該当するものとして把握されていた。
 労働組合は、たんに共済互助団体にとどまるなら、他者を害するものにではないかもしれない。しかしその本質は個人の賃金と労働条件を規制し、労働供給を制限することにある。脅迫、威圧、暴力あらゆる手段を使って、賃金、労働時間、仕事の遂行方法、能率を制限しようとするのが労働組合の本質であり、団結そのものもコモンロー営業制限の法理により、取引を制限する共謀とみなされるのである。
 古典的法律百科事典ホールズべリの『イギリスの法』では「営業の自由」をこう説明してます。
「ある者が欲するときに欲するところでなんらかの適法的な営業または職業を営む権限を有するというのがコモン・ローの一般原則であって、国家の利益にとって有害である、個人の行動の自由のすべての制限に反対することは公益となるので、コモン・ローは、契約の自由に対する干渉の危険を冒してでさえも、営業に対するなんらかの干渉を猜疑的につねに注視してきたのである。その原則は『営業』ということばの通常の意味における営業の制限に限られない」*1
 私がインディビディアリズム、個人主義的自由主義のチャンピオンとして崇めたい人物は、1758年のランカシャー地方の織布工層の大ストライキを弾圧したマンスフィールド卿(King,s Bench主席裁判官)であります。近代で最も優れた法曹の一人です。マンスフィールド卿は1783年のエックレス判決において労働者の団結それ自体が共謀法理により犯罪であると明白に述べました。
「商品を所有する者は個人として自己の欲する価格でそれを販売し得る。しかし彼等が一定価格以下では販売しないことを共謀し、合意するならば、それはコンスピラシーである。同様にあらゆる人間は自己の好む場所で労働できる。しかし、一定価格以下では労働しないとして団結することは、起訴さるべき犯罪である」*2

 労働者個人と雇用主の労働力取引・雇用契約について第三者の干渉、規制も悪しき「営業の制限」なのである。コモンローは(今もそうであるが)団結・団体主義に敵対的なのである。この法伝統からすると、団結に合法化の余地はないのだが、19世紀にコモンローを否定的に評価するベンサム主義の台頭からイギリスはおかしくなり、この間の経過は詳しくふれないが、19世紀後半にはイギリス議会制定法が、本来の犯罪行為を免責する特権を労働組合に付与し、1906年争議法で労働組合に民事免責特権も付与したために、労働組合は政権を崩壊させるほどに強大化していくのである。
 イギリスで労働組合が「合法化」されたと見なされるのは、1875年の共謀罪及び財産保護法により、コモンロー上のコンスピラシーの法理で、団結行動を起訴できないものとし、平和的ピケッティッグの違法性を除去したとされる。いわゆる「刑事免責」がなされたことからである。これに対抗するために裁判所は民事共謀としての不法行為の共謀法理が案出された。
 1901年のタフベール判決は、タフベール鉄道会社が、カーディフ駅でピケッティングにより、スト破りの労働者を雇用できなかった損害賠償として組合に2万5千ポンドを支払うよう命じた判決だが、労働組合は裁判所に対抗するために国会議員を出して、民事免責制定法を勝ち取る政治活動を行った結果、1906年の労働争議法で、労働組合に関する不法行為の訴訟は受理されないとした。いわゆる「民事免責」がなされ、事実上、労働組合活動の「法認」というかたちになった。つまり労働組合は「免責特権」を得たのであった。本来、コモンロー上不法行為とされるものを、議会制定法で免責する。組合員、役員をコモンローによって生ずる責任を負わずにすむようにした。これによって労働組合は強大化した。
 ところで、イギリスの1960年代ころまでの労使関係の特徴を「コレクティブレッセフェール」とか「ボランタリズム」と呼ばれることがある。コレクティブレッセフェールとは集団主義の自由放任ということですが、オットー・カーン・フロイントが労使関係の議会制定法による介入抑制的姿勢をイギリス労働法の特徴として定義したことに始まるが、国家は労使関係について中立的不干渉で積極的に団体交渉を奨励するものではない。しかし団体交渉、労働協約のルールによる優位性に読み換えて理解される場合があり、混乱した理解のされ方になっていて難しい。
 いずれにせよ、これは我が国の「労働三権」のように積極的に政府が法律で労働組合や団体交渉を保護するという体制ではない。労使関係について制定法の干渉が抑制されることによりイギリスの労働組合の職場支配力、労働過程と労働供給を支配して、経営権より事実上の力関係で優位にたつことができるという体制である。「免責特権」によりコモンローによる起訴から免れ、議会制定法による労使関係の介入が抑制されているなかで、労働組合が法的にしばられないで、自律性を有する体制のことである。
 免責特権による消極的労働組合保護、ボランタリズムであるがゆえに、労働協約も紳士協定以上のものではなかった。欧州大陸諸国のような、法的拘束力の強い労働協約や硬直した労働者保護立法も必要としないのである。たとえばコレクティブレッセフェールゆえにストライキ中の労働者は失業手当を受けられない。積極的ストライキ権を有さないのでストライキはコモンロー上の拒絶契約違反となり不当解雇の訴えや解雇手当の請求も認められないのである。しかし実際には、コレクティブレッセフェール体制ではストライキで解雇された組合員、スト収拾後の再雇用が暗黙の了解とされ、争議期間の不払い賃金も時間外労働や出来高賃金の名目で取り戻すことができた。それは法的な保護ではなく、事実上の力関係で労働組合が強かったからである。コレクティブレッセフェールとは1906年労働争議法体制と理解しても大筋で誤りではないだろう。*7

 1906年労働争議法は「ある人によって労働争議の企図ないし促進のためになされる行為は、それが誰かある他の人に雇用契約を破棄するよう誘導するとか、誰か他の人の営業、企業、または雇用の妨害になるとか、または誰か他の人が彼の資本あるいは労働を欲するままに処分する権利の妨害という理由だけでは起訴できない」*3とすることによりストライキに付随する民事責任を免責したのである。雇用契約違反の誘導、営業・仕事・雇用の妨害、労働の自由の妨害といったコモンロー上の不法行為であっても制定法上免責するということになっている。1906年法は大手をふるって法違反を行い個人の自由を犠牲にしていたのが従来のイギリスの法制であった。
 このような他者の自由を侵害する悪も許容する人定法的秩序というものに本質的に正義性はないわけです。要するに我々が労働基本権と言っている組織労働者の権利なるものは本質的に正義性とか権利性とかいうものはないんですよ。ましてや憲法上の権利とか人権という性質のものではない。むしろ労働の自由を否定する悪しきものですよ。
 伝統的コモンローは営業と誠実な勤勉さを奨励するパプリックポリシー(公序-公共政策)により、人々がそれぞれ自分の持っている財産(労働能力や信用という広い意味での無体財産を含む)を自由に取引する私的自治をサポートします。それが正しい在り方だと思います。
  したがって私は、1906年労働争議法は市民法的秩序では許されない不法行為を是認する立法なので到底承伏できないわけです。1906年労働争議法を批判した重要人物がハイエクです。
 ハイエクは1906年労働争議法を市民の責任から生じる当然の報いを 免れる「特権」を組合に与えたものとして明確に批判した。彼は法的責任の免除に代わって不法行為と契約についてコモンローに戻るよう論じた。*4
 この趣旨を一部実現したのが1982年雇用法なのである。
 サッチャー政権最初の1980年雇用法は穏やかな改革だったが、1979年「不満の冬」における公務員労働組合の横暴を見た国民にとって、フライングピケットやピケの大量動員の規制、二次的争議行為の規制は支持されたのであり世論も味方だった。スト権投票の公費援助など組合の組合民主化のための内部規制に政府がタッチするものとしたことはボランタリズムを否認する立法介入である。
 1980年雇用法は(1)争議行為などのための組合の秘密投票の費用援助。(2)合理的理由のない組合加入拒否と除名に対する保証。(3)ピケッティングを組合員自身の「就労の場所の周辺」に限定した上で、行為規範によりピケ人数を6人以下に限定した。(4)ほとんどの二次争議を違法化し、損害賠償及び差止の雇用法は道を開いた。
 1982年雇用法は組合否認を経営者がとれることとし、事実上1901タフベール判決へ部分的に回帰し「免責特権」を縮小し、新自由主義の政策を実行したことで画期的なものである。70年代に制定された法定組合承認手続を否定したことは、ボランタリズムゆえに、団体交渉は基本的に任意的なものであるという1960年代までの慣例を継承するものであるが、実質的には労働組合の内部規制、争議態様の規制という立法介入とセットにされたことにより、労働組合の自律性と団体交渉による労使問題の解決に信頼性をおく、コレクティブレッセフェール体制の否定である。
  (1)消極的団結権を保証する規定を設けて、クローズド・ショップ の効力や組合加入を弱め、団体交渉の拡大や組合の承認を求める行為も禁止した。(2) 1974年労働組合・労使関係法による労働争議の定義を狭め免責の範囲を縮減した上で、(3)組合の民事免責枠を大幅に削り、不法行為責任を問う制度を設けて組合基金に対する損害賠償請求を可能にした。(4) ストライキ参加者の選択的解雇を不当解雇法制の規制対象から外した。*6

つづく

註1  堀部政男「イギリス革命と人権」東大社会科学研究所編『基本的人権2』東京大学出版会1968所収
 註2  片岡曻『英国労働法理論史』有斐閣1952
  註3中西洋『《賃金》《職業=労働組合》《国家》の理論》』ミネルヴァ書房(京都)1998年 143頁
  註4 William Brown Simon Deakin 他 ; 阿部 誠 (アベ マコト) 他訳 「 1979~97年における英国の労使関係立法の影響 」『大分大学経済論集』51(2) [1999.07]
    [PDF] http://ir.lib.oita-u.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/7068/1/51-2-4.pdf
  パソコンにダウンロードして読めます。
註 6家田愛子「ワッピング争議と法的諸問題の検討(1) 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』. v.168, 1997, p.105-150
    http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/dspace/handle/2237/5752
   パソコンにダウンロードして読めます。
註7 家田愛子「ワッピング争議と法的諸問題の検討(2)完 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.169, 1997, p.153-195の178頁以下
   http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/dspace/handle/2237/5761?mode=full
  パソコンにダウンロードして読めます。

その他引用文献   小笠原 浩一 「書評論文 田口典男著『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』と上田眞士著『現代イギリス労使関係の変容と展開--個別管理の発展と労働組合』を読む 」『日本労働研究雑誌』50(7) (通号 576) [2008.7] 

2008/10/25

ニュースオブザーバー記事の感想(3)

Economic downturn hits N.C.  http://www.newsobserver.com/business/story/1266868.html
もともと、ノースカロライナは製造業州だったので景気後退の影響が大きいとされているが、州全体の失業率は7%で6年ぶりの高さである。「大規模なレイオフ(州商務省に届け出られる)はここまで10月の間2,343です。そして、昨年10月と比較してほとんど6倍に上がっています。9月の大規模なレイオフは、1年前、824と比較して今年、3,684まで急増しました。」とあります。ただノースカロライナの人口は900万を突破しており過去20年間で200万以上人口が増えてます。エコノミストは他州から人口流入の影響もあるとのことです。カロライナは繊維・家具などの伝統産業の雇用の減少を経験してきた。工場町はメキシコや外国に繊維工場が移っても自由貿易を支持してきた。一方でハイテクなど新しい産業は輸出産業だから。世紀の変わり目のドットコムバブルによる景気後退も経験しているので悲観はしてない。
 

2008/10/24

ニュースオブザーバー記事の感想(2)

ノースカロライナ州ダーラムを本拠とするCree IncというLEDのソリッドステートの照明、半導体のメーカーがあります。この会社は発光ダイオードまたは自動車のダッシュボード、携帯電話とサインを照らす小さいチップで最も有名でしたと書かれてます。「Cree shines in sales growthRevenue up 24% to $140.4 million」 http://www.newsobserver.com/business/story/1263844.htmlという記事によりますと、株価は2月後半から50%下がってますが、http://studio-5.financialcontent.com/mi?Account=newsob&Page=QUOTE&Ticker=CREE売上高が最新の四半期に24パーセント~1億4040万ドル上がると報告しました。上向きの結果に満足します。この企業はまさにリサーチトライアングルパーク地域の地元企業ですから応援したいです。しかし株価があがってないのはいかがな物でしょうか。

2008/10/22

ニュースオブザーバーの記事の感想

 リサーチトライアングル地域の情勢です。http://www.newsobserver.com/business/story/1263852.htmlノースカロライナのリサーチトライアングル地域では、9月末以来900人が削減されていますとの記事です。携帯電話のソニーエリクソンは北米本部で400人、IBMは契約労働者100人、レノボは50人と書かれてます。世紀の変わり目の頃に大きな人員削減がありましたが、それほどにはならないよう祈りたいです。しかし削減モードでない順調な企業もあります。ケアリーを本拠とするSASインスティチュートは第3四半期に二桁の収益成長率を示しました。世界中で10,834人の従業員がいます。4,170人がケアリーの本社で働いてます。ローリーに本拠のあるレッドハットは最新の四半期に29パーセントの売り上げ成長がありました。世界中で2,635人の労働者がいます。およそ500人がローリーの本社で働いてます。と書かれてます。なお好調な企業もあるということで少しほっとしました。
 

2008/10/21

感想 週刊東洋経済 「QC」を業務と認める過労死裁判の波紋

ワースト判決だと思う-優れた企業文化を否定する裁判所のお節介

  発売中の10月25日号64頁2007年11月30日名古屋地裁判決の論評だが、私が敵視している労働基準監督署ですら労災認定していないものを、裁判所は労災認定するというのだ。このためにトヨタは労務政策を転換し、QC活動に月2時間と定めていた残業代の上限を撤廃したが、会合は月2時間にせよとのペーパーが配られている。、QCやカイゼンは高業績業務システムなのである。このばかげたコンプライアンスによって萎縮して何もできなくなってしまいそうだ。高業績業務システムを否定する権限が裁判所にあるのか。裁判所は自由企業体制を否定し社会主義のために判決を下しているのか。結果的に、トヨタの優れた企業文化である、QC活動というコミットメント、カイゼンと呼ばれる世界で通用している生産様式を潰そうとしている、ワースト判決である。50年近く、「サービス残業」でやってきている文化をこんなところで変える必要はない。
 GMが危機といわれますが、全米自動車労組という職務統制型労働組合によって組合員が最大限権利を主張する企業文化ではだめだということはわかりきっている。トヨタが相対的に業績が良いのは、従業員の仕事に対するコミットメント、エネルギーの投入の度合いだろう。そのQCとかカイゼンとか世界的に評価されている企業文化を裁判所に潰されたんじゃたまらないですね。優良企業の優れた企業文化を守るべきです。潰されるべきは労働基準法であり、労災や福利厚生も規制を緩和して、自由企業体制で景気回復をはかるべきでしょう。

2008/10/19

1984~85年イギリス炭坑ストライキ敗北の歴史的意義(1)

 イギリスにおいて労働組合衰退の画期と考えられるのが、ストライキ派と反ストライキ派で暴力抗争となり死者も出した1984~85年全国炭坑労働組合(NUM)ストライキの決定的敗北である。社会史的にいうとベルリンの壁の崩壊やソ連の崩壊よりも大きな事件だと私は思うのでその意義を検討し、長期シリーズで取り上げることとしたい。
 

 このストライキは、1984年3月6日イアン・マクレガー石炭庁総裁が1984年中に174抗のうち採算のとれない20抗を閉鎖し約2万人の合理化計画案を公表したことが発端であり、戦闘的なアーサー・スカーギル委員長のお膝元であるヨークシャ-も不採算で閉鎖の対象となっていた。ストは全国的な組合員によるストライキ批准投票(ストに突入すべきか否かの郵便による無記名秘密投票)もなく、アーサー・スカーギル全国炭坑労働組合(NUM)委員長のストライキ指令で始まったもので違法だった(1984年法で役員承知の違法ストライキは罰金が課せられ、拒否すると法廷侮辱罪により組合財産が没収されることとなっていた)。
 一方ノッティンガムシャーやレスターシャーの炭坑労働者は炭層の厚い優良炭坑だったため、ストライキに反対だった。スカーギルは民主的なストライキ批准投票を行おうとする炭坑、反対派の拠点となっている炭坑には、ハエのように移動する遊撃ピケ隊を送り込んで脅す得意の戦術をとった(フライングピケットと言う)。反ストライキ派の炭坑を厳重なピケッティングで就業妨害しようとしたが、その職場当事者でない遊撃ピケ隊がピケを張るのは1980年法で違法とされていた。スト破りの家族が脅迫された。凄惨なリンチもあった。警官隊が投入されピケ隊と激突した。特に1984年5月29日のコークス輸送トラック部隊の妨害事件では5000人を超すピケ隊と警官隊が交戦、あらゆる物が警官に投げつけられ、戦争のような様相となった。
 

全国炭鉱労働組合敗北の理由

 スト反対派が少なくなかったことと、反対派労働者の労働の自由を政府が支援したことが組合側が敗北した最大の理由だと思うが、敗北理由としては次の点が挙げられる。

 1 ピケ隊の暴力は国民の支持を得られなかった。サッチャー政府が、ストライキに反対し働く意思の労働者の就業をピケ隊の妨害から断固として守る。ピケ隊の脅迫は許さない。暴徒を容認しない。警官隊を投入して、ビケ隊を蹴散らし、労働者の就業する自由を守るメッセージを発した。保守党はビケ隊の脅迫に屈せず、就業する炭坑労働者に拍手を送って励ましたのである。政府は労働の自由を守るべく行動したのである。
 
 2 同情ストが違法とされたため、鉄鋼労組や発電所組合が同情ストを拒否したため、国民生活への影響が大きく広がらなかったのである。
 
 3 ストライキに対抗する政府側の準備もぬかりなかったこともある。リッドレイ下院議員を中心とするグループが報告書を作成していた。いわゆるリッドレイ報告書は、ピケットに対処する警官の再訓練を行う。貯炭、とりわけ発電所の貯炭。輸入炭の備蓄プラン。石炭輸送のための非組合員のドライバーの確保などのストライキ対策を提案していた。
 
 4 警官は勇気があり有能だった。ストライキ派と労働党キノック党首は警察側の暴力を糾弾し誹謗したが、国民から同情されなかったのである。
 
 5 組合潰しの実績によりアメリカ人でありながら、スカーギルに対抗できる人物として石炭庁総裁に就任していたイアン・マクレガーの手腕によるところも大きかった。1984年10月31日にマクレガーはスカーギルと交渉を持ったが、炭坑の閉鎖の判断は独立した調査機関とするという組合側の主張をはねつけ、非経済的な炭坑を閉鎖する判断はあくまでも全国石炭庁にあり、経営権で一歩も妥協しなかった。このままではスカーギルとは交渉しないとしたうえで、クリスマスまでに職場に復帰すれば1400ポンドのボーナスを支給するという、切り崩し工作を開始した。11月に29%がストから脱落、1985年1月に41%、2月には半数がストから脱落。3月5日にNUMは職場復帰を決定せざるを得ず、組合側が完全敗北を喫したのである。 
 
 6 組合側からすると3月というスト突入の時期が悪かった。1974年29%の賃上げを勝ち取った炭坑ストは前年の11月から時間外拒否、2月から無期限ストに突入し、厳寒期で国民生活ヘの影響が大きかった。
 
 保守党政権の労働組合規制
 
 このことで、イギリスにおける労働組合の退潮は保守党政権の政策と相俟って決定的なものになったといえる。
 ブログで1980~90年代のイギリス保守党政権の労働組合活動規制・弱体化政策と、労働者のストライキに参加することを不当に強制されない権利の確立の意義を高く評価することはこれまでも述べてきました。例えば英国近世における反独占、営業の自由の確立の意義(4)http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_94d1.html 感想 田口典男『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』(1)http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_5e18.htmlなど。
 つまりサッチャー首相およびメージャー首相の保守党政権下では、漸進的かつ徹底した組合弱体化政策を繰り広げられたのである。①クローズド・ショップおよびユニオン・ショップの規制②チェック・オフの規制、③争議行為の批准投票の義務付け〔ストライキに賛成するか否かの批准投票は郵便秘密投票とされ第三者が監査することを義務づけ〕による公認ストライキ制度④ピケの規制〔六人以下で平和的なものに限定、就労者の通行阻害の否定〕と同情ストの禁止、⑤非公認争議行為参加者の不公正解雇救済の否定、⑥法定組合承認手続の廃止〔組合を承認するか否かは経営者の判断〕、⑦組合費、組合財政、幹部選挙を含む各種の組合内部問題の規制により組合活動を規制した。これらとともに採られた自由企業、公開競争、効率性を奨励する経済政策は、国家の歳出の削減、国営企業の民営化、公的サービスの規制緩和を促し、また、経済のソフト化とグローバル化によって、組合の弱体化は急速に進んだ。PDFhttp://www.jil.go.jp/institute/reports/2004/documents/L-9_06.pdf
 政策はストの態様の規制だけでなく、スト権投票や役員選挙の選出、組合財政といった組合の内部問題に政府が強く干渉しルールを設定しているが特徴的である。
 法定組合承認手続を廃止したことは、かつてのコレクティブ・レッセフェールに戻っているが、放任主義とは反対に、我が国でいえば、組合自治に反すると反対されかねないような事柄について、労働組合の民主化と組合員個人の権利のために政府が干渉する政策なのである。
 
 保守党政権の労働政策の仕上げである1988年雇用法は、ストライキに参加することを不当に強制されない権利、すなわちピケットラインを超えても組合に制裁されない労働者個人の権利と、労働組合に訴訟を起こす権利、組合会計記録の閲覧権、チェックオフ停止権を労働者個人の権利として確立した。さらに1990年法でクローズドジョップは完全に禁止された。二次的争議行為の禁止、非公式ストライキの免責を拡大した。ブレア政権で若干の揺り戻し(労働組合に有利な政策、EU社会憲章の承認、、組合承認の法的手続き)を許した。ただ根幹部分の政策(非公認ストライキの免責の制限、労働組合の内部規制、労働者の個別的権利の尊重など)で保守党の政策は継承されたのである。
 英国が15年の景気拡大と好調な理由の一つが労働組合の弱体化であることはいうまでもない。
  
 労働組合に対する国民の反感の要因「不満の冬」の経験
 
 このような労働組合規制政策を推進した背景の一つとして、1974年ヒース保守党政権を崩壊させた炭坑ストライキの大勝利と、優遇された労組の度重なるストライキとくに直接紛争に加わってない人達の工場輸送を妨げる二次ピケッティングがしばしば暴力沙汰を起こし、社会が麻痺状態に陥った「不満の冬」(1978年~1979年)が、イギリス国民の労働組合不信感を決定的なものにしたということがある。
 ヒース政権を崩壊させた全国炭坑労働組合(NUM)争議は1973年の11月に始まった。NUMは30%の賃上げ要求に対し、ヒース政権は16.5%の増額を提示したが組合が拒否。11月12日からNUMは時間外労働拒否闘争に入り、この動きは電力、鉄道など他の組合にも波及した。1974年1月24日のストライキ投票では81%の高率批准で、2月10日より全国270の炭坑で無期限ストライキに突入したが、政府を驚愕させたのが、空前の混乱をもたらした当時副委員長だったスカーギルが指導したフライングピケットという遊撃ピケ隊だった。
 ハエのように移動して集まって石炭輸送を妨害した。鉄道労働者やトラック労働者も支援し、貯炭準備が乏しい状況で、石炭の発電所への輸送をピケ隊が妨害したのである。アナルコサンディカリズムに振り回される国家の惨めな姿だった。ために、電力不足は深刻化し、国民は暗くて寒い冬を経験し、ロンドンでは馬車が復活、オフィスではローソクをともす事態となった。
 ヒース首相は総選挙で事態を打開しようとした。国民に「イギリスを統治するのは政府か労働組合か」を問うた。国民が組合の横暴に怒り、極左分子に乗っ取られている労働党が勝つことはあるまいとふんだわけだが、しかし結果は労働党301、保守党297、自由党14で自由党が連立を拒否したため、ウィルソンが首相に復帰し、労働党少数内閣となった。フット雇用相はNUMの要求に近い29%の賃上げを認めてストは解決、ヒース政権を打倒するオマケもついて労働組合の大勝利となった。
 私が疑問に思うのは石炭輸送を妨害するフライングピケットを排除できなかったのかということである。アメリカではレーバーインジャンクションという争議行為を衡平法に基いて差止命令を発する制度があるが、結局、ヒースは労組の横暴に有効な対策が打てず、非常事態宣言で国民に耐乏を強いただけなので選挙に勝てなかったのである。
 1979年に労働組合員はピークに達し、約1300万人総労働人口の約半数が組合員となるとともに、公務員の労働組合NURUが戦闘的になった。1978~79年の「不満の冬」とは主として公共部門労働組合の横暴を指すものである。基軸産業の組合が大きな賃上げ合意をしたため、公務員もそれに続こうとし、78年12月,地方自治体現業労働者は40%の賃上げを要求した。フォード自動車労働者はむしろ穏当な17%アップで決着した。1979年1月貨物自動車とタンクローリーの運転手が25-30%の賃上げを求めてストライキにはいった。1月22日,150万人の公共サービス労働者が24時間ストライキにはいった。
水道労働者,救急車の運転手,下水労働者,ゴミ収集人たちは皆仕事をやめた。リバプールでは,墓掘り人が死体埋葬を拒否したので死体が積み重ねられたままにおかれ,大きな非難を巻き起こした。公共サービス労働組合の3つが穏当な9%プラス週当たり1ポンドで妥結したが,賃上げ要求が統制を失った。5%という政府の基準は完全に無視されていた。給食婦のストで50万人が学校にいけなくなった。ゴミは山のようになって積まれたままで収集されずに散乱、それは市民が忘れることのできないひどさだった。しかも労組は要求が通るまでストを続けると宣言。厳しい冬で生活を痛撃された市民に深刻な社会不安を惹起させ、ピケによる暴力沙汰は市民を憤激させたのである。当時労働党キャラハン政権であるが、保守党より5ポイントリードしていた支持が逆に20%リードを許した。
 このように国民が労働党政権を見限った状態でサッチャーが登場した。
 
 
 引用参考文献
 山崎勇治『石炭で栄え滅んだ大英帝国』2008年ミネルヴァ書房
 山崎勇治「サッチャー元首相の『回顧録』に見る炭鉱ストライキ(1984年-85年)」『商経論集』北九州市立大学第42巻2・3・4合併号(2007年3月) http://www.kitakyu-u.ac.jp/laic/kiyou/2007_sr42_2-4/2007_sr42_2-4.html(電子データでダウンロードできます)
 小川晃一『サッチャー主義』木鐸社2005年
 ピーター・クラーク著西沢保他訳『イギリス現代史1900-2000』名古屋大学出版会2004年
 

銀の森のゴブリン サッチャーの時代とイギリス映画①

今井 貴子.
 イギリスの労働組合と政治. ―その理念とリアリズム」『生活経済政策』2008年3月№134
   PDF http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/hikaku/pdf/200803.pdf
  

「不満の冬」について
美馬孝人,大西節江「1970年代のイギリス国民保健サービス」『北海学園大学経済論集』第55巻第1号(2007年6月
PDF http://www.econ-hgu.jp/books/pdf/551/mima_57159.pdf

2008/10/18

感想 乾宏巳『近世都市住民の研究』

 清文堂2003年刊。「大坂菊屋町における結婚・出産・死亡」初出は『大阪教育大学紀要』第Ⅱ部門39巻1号 1990年から引用します。116頁、119頁です
 
 菊屋町住民の初婚年齢 
 
 女
 
 宝暦・天明期(1751~1788)
        家持     借家
 10歳以上  3
 15歳以上  1       3
 20歳以上          1
 25歳以上
 30歳以上          1
 平均    14.8   21.7
 
 寛政・化政期(1789~1829)
 
        家持     借家
 10歳以上          1
 15歳以上  4       6
 20歳以上          2
 25歳以上          1
 30歳以上          
 平均    17.5   18.10
 
 幕末・維新期(1830~1870)
 
        家持     借家
 10歳以上          
 15歳以上  3       3
 20歳以上  1       3
 25歳以上  1        
 30歳以上          
 平均    20.2   19.1
 
 
 夫婦の出産人数
 
 出産数 宝暦天明 寛政化政 幕末維新
   0       24    18     7  
   1        11     8     6
   2        7     4     6
   3        7     7     1
   4        3     4     4
   5        3     7     4
   6              2
   7              1     1
   8        1     1
   9
  10        1
  平均       1.6  2.1 2.21 
  
 日本の歴史人口学では宗旨人別帳を史料として家族復元を行っているが、江戸時代の平均初婚年齢についても幾つかの研究業績があり、私はコピーでかなり所持しているので余裕があればプログでもとりあげることとする。
 今回はまず大阪である。なぜかというと近世歴史人口学の都市部の研究蓄積がほとんどないのである。都市部の宗旨人別帳は度重なる都市災害で残存量が少ないから。
 大坂島之内菊屋町は、現在の心斎橋筋二丁目である。私は1970年万博の時、大阪を見物して心斎橋の大丸に行き戎橋を渡ったことを覚えているが以来島之内地域に行ったことがないのでよく知らないのだが、ほぼミナミの中心街だろう。なぜ島之内菊屋町かというと1713年~1866年までほぼ連続して宗旨人別帳が残っているからである。
 島之内菊屋町の性格であるが、18世紀後半になると道頓堀南側に芝居小屋や難波新地などの遊興地が繁栄した影響を受け、関係者や商人の居住が目立つようになり、19世紀になると菓子屋、饅頭屋、鮨屋、麺類屋や呉服、小間物、足袋、履物、鬢付油の専門小売店が混在し、幕末維新期には大阪きっての小売商店街となった。
 近世大坂の人口は18世紀後半の宝暦・天明期の40万人台がピークとされているが、上記の統計はサンプルとしてはあまりにも少なく思え、又、菊屋町が大坂の標準的傾向を示しているかもよくわからない。従って、このデータをもって近世大坂全体の初婚年齢を推計できないのであるが、このデータは他の地域と比較しても初婚年齢は若いように思う。
 問題は完結出生児数である。結婚期間のデータを掲載してないが、結婚期間が短い夫婦が多いとしても、、1997年日本の21~22歳で結婚した場合の完結児出生数が2.35と比較すると、大坂菊屋町の完結出生児数はかなり少ない。少子化少子化と騒がれてるが、近世大坂はもっと少子化だった。
 素人考えだが、この点からすると速見融の都市蟻地獄説を裏付けるのではないか。都市は災害・流行病で死亡率が高く、農村部から出稼ぎなどで人口を引きつけるが、農村に帰っても結婚が遅れ、農村部の出生率も低下させる。都市が蟻地獄だったことが江戸中期の人口停滞の要因とする説だが、ひるがえって考えてみると、サンデー毎日であったか勝間和代が、少子化の原因について実証的根拠もなく、男性の長時間労働を糾弾、男性の労働の自由を否定しようとしているわけですが、菊屋町のデータがある程度近世都市の実態を反映していると考えると、もともと都市部では、完結出生児数は現代より少なかったわけで、昔も少子化だった時代があった。江戸中期以降は庶民の生活水準も近世初期より格段に良くなったことを考えると少子化それ自体は悪ではない。少子化を口実とする、ワークライフバランスなどの偽善パターナリズム政策は、悪質なものと認識すべきである。
   

ウエストヒップポイント(3)

 沙綾というタレントがいますが、公表されているプロポーションは2008年フライデーでは 14歳身長150 80-58-80とあります。ウェストヒップポイント(ヒップに対するウェストの割合-0.7前後が性的に魅力的と判断される)0.725ですが、週刊プレイボーイの10月13日号では15歳80-57-80で、0.7125となってます。数字的に見てもビジュアルも成熟した女性に思われます。
 私は婚姻年齢16歳から18歳に引き上げ大反対ですが、15歳なら十分成熟した女性ですよ。ローマ法や教会法の古法の婚姻適齢が12歳、正確には11歳半で教会法では成熟した女性は11歳半以下でも婚姻適齢。20世紀の教会法でも女子の婚姻適齢は14歳ですから。それが文明の基準です。

 ついでに書きますと、週刊プレイボーイ10月13日号の「最強の妹」小野恵奈14歳は身長154 79-57-84 ウェストヒップポイント0.6785です。腰より下は沙綾よりくびれていて私にはより魅力的に思えます。

2008/10/17

こんにゃく畑規制やめろ-河野太郎はスケールの小さな政治家だな

 製造中止「蒟蒻畑」に同情1万人…ネットに反対の声http://news.nifty.com/cs/headline/detail/fuji-320081016205/1.htm「こんにゃくゼリー」法規制混迷 「もち」「米」も危険という声もhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081014-00000004-jct-soci形は国が決める? こんにゃくゼリー 自民、議員立法へ 消費者行政迷走http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-m20081011034/1.htm「こんにゃく入りゼリーの規制を議論した10日の自民党消費者問題調査会(会長・岸田文雄前消費者行政担当相)は、河野太郎氏ら出席議員らが怒声を発するなど、さながらゼリー糾弾の場となった。」と報道されてますが、子供がのどを詰まらせようがどうという問題ではない。たんなるアクシデントだろ。確率的にいえば限りなくゼロに近いのではないか。ゼリーがよくないというなら、餅のほうがもっと危ない。正月の雑煮禁止ということになる。こういうばかげた経済規制やめろ。人気商品をいじめるな。怒声をあげて糾弾するような問題か、河野太郎さん。総裁を狙うならもっとスケールの大きい問題に取り組むべきではないか。
 

2008/10/16

尾身幸次元財務相は正論を述べていた

 迂闊にも2007年4月のこのニュース--尾身財務相、「残業半減では日本はキリギリスに」と発言--
ワークライフバランス政策批判の正論http://news.ameba.jp/2007/04/4227.phpを見落としてました。
 まともなことを発言する閣僚もいたのですね。ワークライフバランスに好意的な安倍晋三元首相は経済的自由を否認する社会民主主義者というほかない。いまだに日本が長時間労働だと思っているのが誤った認識、アメリカ人の方が良く働いている。
 私は女帝に反対ですが、元明・元正女帝の治世の貨殖富国政策は高く評価しています。元正女帝(霊亀元年即位-715年)の詔勅「国家の隆泰は、要ず、民を富ましむるに在り。民を富ましむる本は、務、貨食に従ふ。故に、男は耕運に勤め、女はジム織を脩め、家に衣食の饒有りて、人に廉恥の心生ぜば、刑錯の化け爰に興り、太平の風到るべし‥‥」(霊亀元年十月七日条)。民を富ませることが国政の基本方針であることを述べ、人民に貨殖に励むよう諭し、勤勉に働くよう命じた。
 統治者なら、もっと国民は誠実な勤勉さで長時間働けと命じるべきだ。
 

2008/10/15

感想 週刊東洋経済-大学別生涯給料獲得ランキング

 発売中の10月18日号64頁ですが、二位に聖心女子大(30歳推計年収665万)、三位神戸女学院大(30歳推計年収661万)、発売中の雑誌なので詳しく引用しませんが、6位、7位、9位が女子大です。これは主要408社のうち平均年収が開示されている364社のデータから生涯に獲得されるだろう給料の順位である。女子大がこれだけ上位を占めているということは、共学の女子も生涯給料は高いと推定できる。金融・商社がメーカーより生涯給料は高く、それを反映した結果と書かれてますが、このランキングを見ればもはや女性は経済的にも弱者ではないように思えます。とりわけ高学歴女子は、当然夫も高学歴になるからダブルインカムで高収入となるわけです。その子どもも高学歴となり社会階層は固定化していくでしょう。
 にもかかわらず、次世代育成支援だの、ワーク・ライフ・バランスだの実質的にフェミニズム思想を公定イデオロギーとして特定社会階層の女性の利益のための政策をやってますが必要ないように思えます。
 私はサッチャーの言う不平等の価値に賛成ですし、格差社会に反対しませんが、特定の社会階層のための政策で格差を助長する立法政策は反対です。
 90年代後半以降、ITの進歩、目標管理、成果主義、組織のフラット化、コミットメント、高業績業務システム、顧客第一主義、エンパワーメント、官僚制の打破と権限委譲、全方位360度評価、ホワイトカラーエグゼンプションの検討というような趨勢で、仕事にやる気が出てきて、これからは頑張れば評価されるし、仕事も楽しくなる。できれば時間外手当適用除外で土日も働きたい、週60~70時間は当たり前に働いて業績を挙げたいという意欲が出てきていたのに、ワークライフバランスで相当冷や水を浴びせられてますよ。
 成果や目標達成、コミットメントより、男性も育児に参加するため、仕事をやらない、やらせない。フェミニストが男性は働くなと言ってるから労働意欲を持ってはいけない。休暇を取らないから悪者扱いにされて、迫害状況になっています。 
 プロクター&ギャンブルやSASインスティチュートのような生産性の高い一流企業がファミリーフレンドリーな政策を採ろうが何も文句はいいませんが生産性が低いのに時短を強要するから、益々おかしなことになっている。アメリカは地位が高い人ほど長時間働くといいますが、都庁だと、管理職率先定時退庁ですから。率先して仕事しない主義なんでどうしようもないです。都庁なんてぬるい職場ですが、40代になって役職につかないと居場所がなくなる会社だってあるわけですから、必死になって働かなければいけないのに、フェミニズムが許さないと言うことになってます。
 結局、ワークライフバランスのような社会民主主義的な政策で社会階層は固定化し、高学歴階層が既得権保護のため女性厚遇を続けることになり、クラス上昇の困難な風通しの悪い社会になります。中の下ぐらいの男性がハードワーク主義で成果を挙げて昇進することはワークライフバランスに反し許さないということですから、昇進の見込みもない男は、結婚も諦めて社会的に淘汰されるだけ。

 

2008/10/13

感想 仲正昌樹『集中講義!アメリカ現代思想-リベラリズムの冒険』

 NHKブックス2008年9月刊。私はロールズとかドゥオーキンとか大嫌い。難解だし読みたくもない、なんでこんな本が売れているのかわからないが、リベラル派の反対陣営としてリバタリアニズムにも言及しているので買った。

 リバタリア二ズムを「あくまで『自由』それ自体を重視し、平等や正義といった別の要素を"自由主義"に持ち込むべきではないという立場」121頁と定義してます。つまり、階級的利益、社会正義なるものによって自由が侵害されることに反対の立場ですがら、私もリバータリアンです。ただリバータリタンのウィングが広くてアナルコキャピタリズムは支持しない。

 ロックナー判決マンセー論は、当然、反階級立法、反パターナリズムでありますが、ノージックの権原理論に好意的であり、リバタリアニズムに接近していくことになる。リバータリアンであるリチャード・A・エプステインがロックナー判決支持の立場で、「何人も自分自身を所有し、自らの労働を自らの望む条件で自由に利用する権原を有する」との権限理論を展開していますが、(水町勇一郎『集団の再生―アメリカ労働法制の歴史と理論』有斐閣2005年 120頁以下)私は全面的に支持します。ノージックの権限理論については仲正昌樹の本の125頁に解説されてます。「自然状態において、個々の物を自由に処分するもともとの資格=権原‥‥」という必要最小限の正義の原理。
 権原を侵しているのは労働組合の労働協約による労働力取引=処分の規制、統制であり、労働基準法などの立法や時短、ワークライフバランス政策であるから、私はリバータリアンの権源理論の立場で、労働組合や労働者保護法などを敵視しているわけです。

感想 スーザン・ブロック&フィリップ・ホワイトリー『フラット化する世界のマネジメント』

 伏見威蕃訳東洋経済新報社2008年9月刊。インターネットの進歩とインフラが普及、グローバリゼーションが進みフラット化する世界のマネジメントを論じている。
 フラット化とは多方面で用いられるが、企業の組織の変化が重要である。従来のピラミッド型の階層の組織は合弁、アウトソーシング、グローバルソーシングに取って代わっている。カスタマーサービスの期待度の大きいグローバル化した経済では、マネージメントはコマンド・コントロール(命令・統制)型からエンパワーメント(権限委譲)型ヘ転換していくのが、21世紀型企業である。
 そこで、フラット化した権限委譲型の組織として本書が提案しているのが「人間インターネット」の構築である。国籍も文化も異なる世界中の人間がコミュ二ケーションし、競争し、協働する概念のようだが、フラットな構造ゆえ、意識的なリーダ-シップ、方向性の明示、良い企業風土の構築、信頼構築、モチベーションという人的資源管理と企業理念に打ち込む姿勢を示す人材探しが重要だみたいなことが書かれています。
 企業理念に打ち込むエンパワーメント(権限委譲)の進んだ「人間インターネット」の構築が21世紀型企業の組織形態ということですから、団体協約やジョブコントロールユニオニズム型の組織は20世紀型であり葬り去られるべきではないでしょうか。コマンド・コントロールは滅びよと本書は言ってる。
 本書を買ったのは、ワークライフバランス批判が各所にちりばめられていることです。
 --「ワーク・ライフ・バランス」というという考え方自体が、20世紀のオフィスや工場を想定したもので、電子機器が仕事とレジャーの区切りをなくしてしまったグローバルなビジネス環境にそぐわない」---232頁
--「だれでも週7日・24時間態勢で働いているし、PDAを持ってます。スイッチを切る時間がほとんどないのでしょうか、それを問題だと思っているひとはほとんどいませんよ‥‥」---232頁
---優先事項は(家庭生活とのバランスではなく)モチベーションと仕事の満足度---232頁
--「ワーク・ライフ・バランスは、働いている時間の長短では判断しません。どれほどのモチベーションを感じているか。どれほどエネルギーあるかによって判断します」---231頁
ー-『バランス』という言葉は適切なコンセプトではないと思います。みんなが強く望んでいるのはフレキシビリティ‥‥火曜日の昼休みにちょっと長めに休むとか、日曜日に電子メールを処理して遅れた仕事を片づけるといったフレキシビリティーーー232頁
 上記の見解にだいだい同意します。

 そもそも時短というのは、ドイツで1980年代に大労組IGメタル(金属産業労組)が激しいストライキで週35時間労働を獲得したことが大きいとされてますが、ドイツのような産業別の労働協約自治の強いモデルは特殊なものです。既にフランスもドイツも時短政策を見直してます。我が国ではフェミニズムと労働組合の要求に応え、少子化対策を口実として、時流に反するワーク・ライフ・バランス政策をやってますが、センスが悪いと思います。ワーク・ライフ・バランス政策ではグローバル化した経済環境に対応できない、競争に勝てません。国を滅ぼす政策ですよ。
 アメリカでも80年代までは中間管理職は9時に出勤して、昼休みをたっぷりとって、5時に帰る呑気な働き方が、普通だったということです。しかし1990年代初期に経済環境とリストラがあり、90年代以降のビジネスマンは数限りない仕事を抱えて、長時間労働が普通になった。そうでなければ企業は生き残れないのですよ。英米では労働時間は増加傾向です。ジュリエット・ショアーというハーバードの女性教授の『働きすぎのアメリカ人』森岡他訳 窓社1993年を読みましたが、未婚男性は時間外や副業で年間334時間働く。1973年の生活水準を維持するために245時間多く働いていると書かれている。私はショア-の考えと正反対で、アメリカ人はよく働くようになったことを賞賛すべきだと思います。
 フェミニストは長時間労働が男子が家庭責任を顧みない悪という皮膚感覚の身勝手な主張により、働く自由を男性から剥奪しようとしてますが、長時間労働はモチベーションや、福利厚生、長期雇用の保障という見返りがあれば家族も納得するし、一般的には不満を持つ性格のものではないです。
 現在発売のアエラの記事を読みましたが、労働基準法のコンプライアンスから、残業時間管理が厳しくなってオフィスを消灯するような企業が増えているようです。仕事量が増えても、時短を強要するから、えたいのしれない疲れを感じる人が多くなっている。ドラッカーが言うように、上司は部下に達成感を与えるような仕事をさせるべきなのに、制度だから仕事を中止しろと言う。それでモチベーションとエネルギーが萎えるわけです。労働意欲を萎縮させる悪い制度のために非合理的な働き方を強要される問題点すがあります。労働基準法は葬り去るべきでしょう。実際、週休制度や法定有給休暇も必要ないと思います。土日も働いたほうが、モチベーションは維持できます。要するに、モチベーションとエネルギーが維持でき、達成感のある仕事ができれば、労働時間は問題ではない。
 70~80年代のような9時-5時みたいな働き方より、90年代以降のような忙しい働き方のほうが楽しいし私は好きです。
 グローバル化した経済に対応するためには週7日24時間稼働態勢でいいんですよ。労働基準法というのは21世紀型の能力・業績重視・権限委譲型のフラットな企業組織に全くそぐわないしろもので、団体協約ジョブコントロールユニオニズム型のモデルにしか適合しないのに無理矢理それをあてはめるから、このような滑稽な状況になっている。

2008/10/12

ロックナー判決マンセー論(16)

  パソコンでダウンロードできる論文 中里見博の「合衆国最高裁判所における女性労働『保護』法理の成立(2)完 : 最高裁判所のジェンダー分析に向けて」名古屋大學法政論集. v.167, 1997http://hdl.handle.net/2237/5741 「合衆国最高裁判所における女性労働『保護』法理の展開 : 女性最低賃金法違憲判決のジェンダー分析名古屋大學法政論集. v.171, 1997,http://hdl.handle.net/2237/5781 について感想を述べます。

 中里見博は初めて知りましたがhttp://www.ads.fukushima-u.ac.jp/~souran/public_law/nakasatomi.htmlはジェンダー法学が専門で、ポルノ規制やドメスティックバイオレンス規制に関心があるフェミニストです。もちろん私は児童ポルノ規制も反対でリベラルですし、ドメスティックな領域に官憲が干渉することに反対ですから、中里見博の思想には反対しますが、上記論文は洗濯業女子の労働時間規制を合憲とした1908年Muller v. Oregon208 U.S. 412 ミュラー対オレゴン判決http://straylight.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0208_0412_ZO.htmlや、女子労働者の最低賃金法を違憲とした1923年Adkins v. Children's Hospital 261 U.S. 525 アドキンズ対児童病院判決http://straylight.law.cornell.edu/supct/search/display.html?terms=adkins&url=/supct/html/historics/USSC_CR_0261_0525_ZO.htmlを比較的詳しく分析するだけでなく、直接ジェンダーとは関連ない、ユタ州の地下坑並びに製錬工及び鉱石精錬労働の雇用時間を原則として8時間に規制した州法を合憲とした1898年Holden v Hardy169 U.S. 366 ホールデン対ハーディ判決http://straylight.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0169_0366_ZO.html、ビスケット、パン、ケーキ製造の労働時間を一日10時間、1週60時間に制限するニューヨーク州法を違憲とした1905年Lochner v. New York198 U.S. 45
ロックナー判決http://straylight.law.cornell.edu/supct/search/display.html?terms=LOCHNER&url=/supct/html/historics/USSC_CR_0198_0045_ZO.htmlの判例理論を分析して、その相違点を明らかにしていて有益なので取り上げます。
 

 感想としてはミュラー判決も基本的にはロックナー判決の枠組みであり、有名なブランダイスブリーフ(上告趣意書)は科学的・実証的でないと著者が断定しているのは新味があると思いました。ブランダイスブリーフは、革新主義者により高く評価されていたが、今日では時代錯誤のものであることはいうまでもない。公民権法タイトル7により性差別は禁止されているから、ブランダイスのように母性保護を強調して、女子労働保護立法を支持する考え方自体が違法である。この点で著者に偏見はないと感じた。

 また、ロックナー判決が、厳格審査とも、中間審査基準とも言われている意味、前回取り上げた木南敦の言う、ロックナー時代の裁判官の構想「ポリスパワーによる権限が及ばない領域を裁判所が画定し、そのような領域ではコモンローは立法によって修正されず、裁判所がコモンローの内容を確定して、コモンローによって自由が保障される」と述べている意味が上記論文を読んで若干理解できたのでまずその点を説明します。


 著者はロックナー判決の「契約の自由」法理について、次のように説明します。--「契約の自由」法理とは、強い自然権思想を背景に、使用者と労働者を、労働契約を結び、労働条件を取り決める対等な当事者と捉えて、「公共の健康、安全、福祉」の保護・促進を目的とした州の正統なポリスパワーの行使と認められる場合を除いては、州はその過程に介入してはならないという法理である。他方、1868年に成立した合衆国憲法修正第14条は、「いかなる州も、法の適正な手続きによらずに、何びとからも生命、自由、及び財産を奪ってはならない」と定めたが、これは立法上の手続のみならず、実体面での適正さ-「実体的デュープロセス」-をも要求するものと解釈された。「契約の自由の法理」は、この「実体的デュープロセス」法理と結合して、修正14条の「自由」または「財産」の中に「契約の自由」を読み込むことによって、憲法上明文の規定のない「契約の自由」を憲法上保障されたものとしたのである。‥‥具体的な審査基準が、「目的の正統性」及び「目的-手段の実質的関連性」の厳格審査である。‥‥--- v.167326頁

 ホールデン判決とロックナー判決の相違点ですが、ホールデン判決は立法府判断、権限を尊重し、司法部の介入の抑制を強調していたにもかかわらず、ロックナー判決がこの先例を覆さずに矛盾していないのは、著者の次の指摘が重要である。
 ホールデン判決は科学的・実証的事実なしに、「新鮮な空気と日光を奪われ、悪臭と高熱‥‥」に晒される地下坑内労働が労働者の健康にとって有害であることを認め、鉱工業業者と労働者とは経済的に不平等な立場にある事実を立法府が認めた(この論点は私は全く同意できない)ことを受入れ、労働者の健康を保護するために、労働時間規制を認めたものであった。ホールデン判決における立法府判断の尊重とは、坑内労働における健康保護と労働時間規制の合理的関連性について、科学的・実証的な事実に基づいて判断を下したことを尊重するという意味ではなかったのである。州政府が鉱工業を特別に危険な職業と見倣して立法府規制を行ってきた伝統である。加えて「これらの法律の幾つかの州で、繰り返し裁判所により執行されてきた」コモンローの存在が決め手になっている。(v.167335頁)坑内労働が立法府規制の伝統のある領域であったことから、すんなり合憲判断となった。(ただしブリューワとペッカムの2判事は反対)
 
 著者は、ロックナー判決の意義について第一に、「目的-手段」の合理的関連性の挙証責任の転換と言っている。つまり、「目的-手段」は著しい不合理がなければ合理性を推定するというのではなく、立法を支持する側が、積極的に「目的-手段」の関連性を立証しなければならない。それ自体は中間審査基準といわれるものだろうが、しかし次の点でロックナー判決は厳格なのである。
 ペッカム法廷意見の「労働時間が制限されなければ、公共の健康ないし労働者の健康に重大な危険が生じるといえる、公平で合理的な根拠がない限り」という文言は一見して、科学的実証的根拠を求めているように読めるが、証拠の列挙だけでは立法を支持されるものではないことが、次の文言で分かる。「自由を侵害する法律を支持するには、健康への幾らかの有害性がある可能性についての事実が単に存在する以上のものが必要である」。v.167343頁
 「事実以上のもの」とは著者によると「共通の認識」である。「当該規則(労働時間規制)は共通の認識knowlegeからして、製パン工場及び製菓工場における労働が健康に有害であると言うことができなければ、支持され得ない」「共通の理解からして、製パン業が労働者の健康を害する職業であるとは決して考えられてこなかった」としている。v.167342頁
 従って、著者は、ロックナー判決は、科学的・実証的立法事実に基づいた審査ではなく、伝統に基づく審査と述べている。ハーラン判事が証拠の列挙と外国立法の例を挙げて反対意見を記しているが、http://straylight.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0198_0045_ZD.htmlそれだけでは駄目なのである。外国立法については問題外に思える。
 つまり、社会通念から見て、製パン工場及び製菓工場が、鉱山の坑内労働のように特別に危険で有害な仕事とは認識されていないのであるから、このような一般的職業では、労働時間規制を支持できないと言うことだろう。
 この司法審査は堅実に思える。というのは中間審査基準の「目的-手段」の実質的関連性については、証拠やデータ、公衆衛生について裁判官が主観的に解釈しがちになるので不安定になりやすいことを防止している。伝統に基づいた審査によって、安易に契約の自由が侵害されることを防止しているのである。それは伝統的な法秩序を安易にくずさないということであり、コモンローによって自由が保障されるという考え方に通じる。
 パン焼きは古代メソポタミアから始まっている。ポンペイ遺跡ではパン屋が発掘されている。製パンは古代から職業として存在しているが、鉱山坑内労働のような危険な職業と認識されてはいない。なるほど、ニューヨークの製パン工場はアパートの地下にあって不衛生であったかもしれない。しかし、作業環境を規制する州法を裁判所が潰しているわけではないわけである。

 ロックナー判決は、労働時間規制立法を「契約の自由」法理により違憲判決を下したものであるが、上記論文ではロックナー以前の1895年のイリノイ州最高裁Richie v.Pecopleを取り上げている。これは衣料品製造工場での女子労働時間を、1日8時間、州48時間に規制する州法を、デュープロセスを欠いて自由と財産を侵害するものとして違憲と判決した。「労働力はプロバディであり、いかなる他のプロバディ所有者とも同様に労働者は、自己の労働力を売り、それを結ぶ契約の権利を有する」v.167328頁と述べた。
 
 ひるがえって我が国の現状を考えてみるに、労働基準法や労働協約により、個人の雇用契約の自由や労働力処分の自由が大幅に侵害されているうえに、政府が適当な口実によって、かんたんに自由・財産の侵害を正当化されてしまう。ワークライフバランスや次世代育成支援のために、特に男性の労働時間を規制しようとしている。その目的が、男性も育児に参加させ、役割分担の定型概念を打破するというフェミニズム的な思想を社会正義としているためであり、あるいは少子化対策とされているが、立法目的自体が不純である。伝統的な家族観、男女役割に基づいた生活を営む自由を否定することが目的とされている。ライフスタイルの自由の否定である。仮に少子化対策を正統な立法目的と認めるとしても、男性の労働時間を規制することとの目的-手段の実質的関連の証拠はない。それでも休みを増やして早く自宅に帰ればセックスをやる気になって子供は増えるというかもしれないが、その程度の薄弱な根拠で、安易に自由・財産を侵害されるべきものではないのである。
 個人の労働力処分の自由がない社会に閉塞感が強い。よくいわれることですが、人の二倍・三倍勤勉に働かないと、なかなか人生で成功することはないでしょう。ハードワーク主義はワークライフバランスに反し悪であり、規制の対象になれば、人生に積極的な意義を見いだせない。それよりも、次世代育成、子育て支援、男女役割定型概念打破のために、男性は働くことを自粛し、競争を自粛し労働の自由を完全に放棄し、赤の他人である女性や赤の他人の次世代育成の利益に奉仕するだけの人生を歩むべきだとされる。つねに政府の労働者保護法や労働協約やこのようなフェミニズムに基づく労働規制によって自由と財産の侵害に晒されていることは、私は異常なことであると思う。野田聖子消費者担当相なんか、男性の働き方を規制したいんでしょう。
 アメリカではワークライフバランスは公定政策ではなく、業績の良い企業が、会社の評判と人的資源管理の一貫としてファミリーフレンドリーな政策をやっているだけ。しかもその基本は会社に託児所を設けることで、ワーキングマザーを支援するのが基本です。それならともかく、男性の働き方を標的にして、自由・財産の制限をねらっていることが、日本のフェミニズムの悪質なところです。
 のみならず、仕事に対するコミットメント(使命感)や誠実な勤勉さをワークライフバランス政策に反し悪とするような価値観の転倒した社会に未来はないし、原爆で潰されたほうがましかもしれない。

2008/10/09

エエエエエエ 連日のノ-ベル賞

 先日の物理3人より、下村脩名誉教授の研究の方が実用的で役に立ってるね。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081008-00000610-san-sociノヨリとは言わないが、学会ボスみたいなタイプじゃないから好感もてますね。
 キャスターは科学教育のことを受賞者に聞くのが定番になってますが、研究者の待遇とかくだらないこと言わないで、家庭科の必修をやめるべきだ。男子にダンス、女子に武道とか馬鹿なことやっているをやめろ、テクノロジーリテラシーより男に家庭科を強制させてるから、科学離れがおきるのは当たり前。
 ノーベル平和賞が池田大作氏だったらもっとうれしい。公明党は月60時間超勤割増賃金値上げみたいな馬鹿なことやろうとしてるから、政策には大反対だが、新興宗教には好意的な立場である。与党が勝つためにはもっと刺激がほしいという趣旨です。
 小林誠教授のいとこが海部元首相とニュースでやってました。9歳下の奥さんですね。

 

2008/10/05

ロックナー判決マンセー論(15)

 ロックナー判決はもはやアンチカノンではない
 
 シリーズ前回との脈絡はなく単発的な記事です。
 グーグルで「Lochner v. New York とは」で検索すると1位で京都大学の木南敦教授の平成20年度第1回学術創成セミナーの記事http://kaken.law.kyoto-u.ac.jp/gakuso/j/activity/20record_workshop.htmlが出てくるんですが、ロックナー判決は近年再評価されつつあり、もはやアンチカノンではないと書かれてます。アンチカノンとは、重要な判決であるが、憲法修正や判例変更で規範性が否定された悪名高い判決のことですが、ドレッド・スコット判決、プレッシー対ファーガソン判決などと並んで、司法部の過ちとして扱われ、憲法学者の主流はそういう見解でした。
 つまり従来はロックナー判決で反対意見(特定の経済理論、スペンサーの社会進化論を公定するようなものと批判した)を記したホームズ判事が圧倒的に支持され、適者生存の社会進化論に基づくレッセフェール社会を形成する(私は適者生存で良いと思ってる)ものだと批判されてたが、それはフランクファーターなどの左翼急進主義者、革新主義者が言ってきたことであって、そのような中傷は古くさい見解になりつつあるということだ。
 University of San Diego School of Law のBernard H. Siegan教授(故人)が1980年にロックナー判決は憲法の正当な解釈で復活すべきだと主張した経済的自由主義者として知られており、同教授の業績が大きいと思いますが、その影響によりロックナー判決擁護者・好意的な学者は増えている。ジョージメイソン大学の デビッドEバーンスタイン教授のVolokh Conspiracy blog記事http://volokh.com/posts/1144178362.shtml#searchsiteでも明らかなことで、同教授もロックナー判決はアンチカノンでなくなりつつある。ホームズ判事の評判は急落していると書いてます。
 
 若干インターネットをみただけだが、ロックナー判決再評価の傾向はリバータリアンだけではないようだ。つまり、ロックナー判決は自らのビジネス、雇用契約の自己統治を、政府、第三者からの干渉から守った判決なのであるが、それがあったから、子どもの教育に関する自己統治を守ったマイヤー判決や、ピアース判決があり、夫婦生活の自己統治を守ったグリズウォルド判決があったとみるならば、ガンサー教授が言うように実体的デュープロセス判決ということでパン焼き労働者の雇用契約の自由を守ったロックナー判決も、避妊具を販売し使用する自由を守ったグリズウォルド判決も同類と認識してよいのだ。ロックナー判決は立法府の横暴からビジネス、雇用契約の自由、自己統治を守った趣旨としてとらえることも可能なのである。
 1938年ストーン判事のキャロリーンドクトリン(註)の解釈から生じた、市民的自由と経済的自由のダブルスタンダード、憲法革命、ニューディール体制後の枠組みを自明の前提とする必要はない。
 
 ところで、いわゆるロックナー時代について木南敦は「その時代の構想では、ポリスパワーによる権限が及ばない領域を裁判所が画定し、そのような領域ではコモンローは立法によって修正されず、裁判所がコモンローの内容を確定して、コモンローによって自由が保障される」ものとしているが、この見解がよくわからない。実体的デュープロセスでなくて、コモンローは立法によって修正されないという法の支配を体現したのが、ロックナー時代の裁判官ということですか。いずれにせよデュープロセスであれ、何であれ、そのような司法積極主義を私は否定しない。(私がロー対ウエード判決を認めるのはブラックマン法廷意見が堕胎はコモンローでは犯罪ではないと述べ、古代ギリシャ・ペルシャから歴史を論じ、中世キリスト教でも柔軟な解釈で風穴は開けられていたとした趣旨が堅実と思えたからである。)
 
 そうすると従来、非経済的実体的デュープロセス判決として、ロックナー判決と区別して扱われてきたが、コモンローで長い間認められていた特権を個人は享受すると宣明した1923年のMeyer v. Nebraska, 262 U.S. 390

http://straylight.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0262_0390_ZO.htmlの意義が重くなる。
 私はロックナー時代の黄犬契約の自由や、最低賃金法の否定も決して軽視せず高く評価しているが、マイヤー判決もロックナー時代を体現した同じ系列の判決である。それは一貫してロックナー維持の保守派であり、ニューディール立法に違憲判断をとったマクレイノルズ判事(ウィルソン任命でありながら大統領の期待に反し「頑固な保守派」のリーダーとなり「最も反動的な裁判官」とされた尊敬すべき裁判官)が判決文起草者であり、傍論で契約の自由に言及したことで明らかなことである。
 事案は1919年にネブラスカ州が公私立いずれの学校でも8年生までは近代外国語教育を許さないという州法を制定したが、福音主義ルター派教会の教派学校の教師でドイツ語で聖書物語を教えていた、ロバート・マイヤーが州法に違反しドイツ語を教えたため起訴され、同州法の違法性を訴えた事件である。マイヤーは口頭弁論で、子どもたちが教会の礼拝に出席するためにはドイツ語教育が必要があり、それを禁止するのは信教の自由をも奪うものであることを訴えた。この州法は第一次大戦参戦によるナショナリズム高揚が背景にあり、敵国だったドイツ系移民の多い中西部では感情的な迫害がみられた。不当にもドイツ語コミュニティが不穏とみなされたことである。
 マクレイノルズ判事による法廷意見は、ドイツ語教育自体の有害性はなく、同質な人民の育成を目的とする本件州法は州の権限を逸脱する。同州法は憲法修正第14条デュー・プロセス条項に反し、外国語教師の職業、生徒が知識を獲得しようとする機会、および自己の子どもの教育をコントロールする親の監護教育権を実質的に侵害すると判示したのである。職業を不当に奪われない権利、親の監護教育権の重要な先例として人権判例で多く引用される。しかしさらに重要なのは傍論で契約の自由とコモンローに言及したところである。
 すなわち修正第14条の自由とは「疑いなく、身体的拘束からの自由のみならず、契約の自由、生計を営むための職業に従事し、有益な知識の習得し、結婚し家庭を築き、子供の育てること、自らの良心の従った神への礼拝、自由人による秩序正しい幸福追求の権利にとって不可欠なものとしてコモンローが長い間認めたきたこれらの特権を享受する個人の権利」を含むことを明らかにした。
Without doubt, it denotes not merely freedom from bodily restraint, but also the right of the individual to contract, to engage in any of the common occupations of life, to acquire useful knowledge, to marry, establish a home and bring up children, to worship God according to the dictates of his own conscience, and generally to enjoy those privileges long recognized at common law as essential to the orderly pursuit of happiness by free men.
 この傍論はロックナー判決が引用する先例アルゲイヤー対ルイジアナ判決ALLGEYER v. STATE OF LOUISIANA, 165 U.S. 578 (1897)   http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=165&invol=578においてベッカム判事が「修正第14条にいう自由とはただ‥‥単なる身体の物理的拘束から自由であることを意味するだけでなく、市民が彼のすべての能力の享受において自由である権利をも含むのである。すなわち、彼の才能をすべての合法的方法によって自由に使用すること、彼の欲する所に居住し、勤労すること、合法的である限りどんな職業によってでも彼の生計を立てうること、およびどんな生活でもできまたどんな職業にでも従事することができ、そのために適当、必要かつ不可欠なすべての契約をなすこと、を含むのである」と述べていることに、付け加えて、結婚し家庭を築くこと、子供の育成や、神の礼拝といった、いわば信教の自由や、結婚の自由、家族と同居する権利といったプライバシー権の先駆となる意義を有するが、幸福追求に不可欠なコモンローで認められてきた特権を個人が享受するために司法部は砦となることを宣明した。つまりロックナー判決が「幸福追求の権利」を引き出したのである。
 ホームズ判事は実体的デュープロセスを是認しない立場なので反対意見を記し、立法部の判断を尊重してドイツ系移民迫害立法を是認した。
 
 1925年のPierce v. Society of Sisters, 268 U.S. 510 http://straylight.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0268_0510_ZO.htmlは8歳から16歳までの子どもに公立学校の通学のみしか認めず、私立学校への通学を禁止した義務教育法を定めたオレゴン州法が問題となったもので、マクレイノルズ法廷意見は、同州法は、「自己の監督下にある子どもたちの養育と教育を管理する親および後見人の自由を不当に侵害する」、および「子どもは州の単なる被造物ではない。子どもを養育し、その運命を決定する者は、子ども自身が将来担うべき義務を認識させ、その準備をさせる高度の義務を伴う権利を有している」と述べた。
 ここに至って、憲法修正14条の自由は、契約の自由、不当に職業を禁止されない権利のみならず、私立学校で子供を教育させる親の監護教育権も自由に包含された。
 

 ロックナー判決で違憲とされたニューヨーク州法の規則は1日10時間、週60時間以上の労働を規制するものですが、1日10時間、週あたり60時間はやはり短いように思う。当時ベーカリーの工場は共同住宅の地下にあった。不衛生な作業環境といわれていますが、州法による作業環境の改善は認めているわけです。伝えられるところによれば、ニューヨークのベーカリー労働者は、一日12時間週休なしで働いていたとか、週100時間働くことこともまれではなかったといわれます。1920年頃まで鉄鋼労働者が一日12時間週休なしだったし、南部の繊維労働者は1日13~14時間労働だったとされてますから、決して長時間ではありません。住み込みで働いていたのですから、60時間とすると1日平均8~9時間にすぎなくなります。週休なしで働くほうが、毎日一定のペースで変わらず、健康的なのですよ。問屋制家内工業の時代は、労働と生活が未分離で労働時間で働く観念が希薄だったと同じように、零細企業のベーカリーで住み込みで働いていたのですから、時間規制そのものがナンセンスと言うほかない。
 第三者が干渉すべきことではないです。パン屋は、鉱山労働者のような消耗の激しい肉体労働とは違います。一般的職業です。1日8~9時間じゃものたりないし、勤勉とはいえないでしょう。慣行どおり毎日12時間働きたい労働者の雇用契約の自由を侵害するものである。
 ベッカム判事の法定意見では言及していませんが、コモンローは、営業の奨励と誠実な勤勉さの奨励をパブリックポリシーとしている以上、このような規制立法はパブリックポリシーに反するのです。個人の労働力処分、労働力取引の制限自体が、コモンローの営業制限の法理に反する余計なお節介です。立法府が社会改良のために労働時間を規制したいのかもしれませんが、このような設計主義的社会改革はろくなものはなく、個人の自由と、個人行動の正義を否定するものである。
 
 近代外国語を教えてはいけない。公立学校への強制と同じように、このような雇用契約の制限も立法府の横暴である。ビジネスで成功したした人は仕事中毒といえる人が多い。労働時間の制限は、より良き人生と誠実な勤勉さという倫理を否定し、、幸福追求に不可欠な自由を侵害するものである。
 
 引用参考文献
Answer.com「 Lochner v. New York」http://www.answers.com/topic/lochner-v-new-york 
 
宮下紘「プライヴァシーという憲法上の権利の論理」『一橋法学』4巻3号 2005-3http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/8665
山口亮子「親の権利についてアメリカにおける家族のプライバシー議論からの一考察」http://law-web.cc.sophia.ac.jp/LawReview/contents/4803_04/4803_04yamaguchi.htm

(註)1938年のカロリーヌ判決(混入ミルクの州際通商を禁止する法律違反で起訴された会社が当該法律のデュープロセス違反を争った事件で、ストーン判事は、経済規制立法に対する強度の合憲性の推定を前提とする合理性基準を打ち出した。)

2008/10/04

エエエエエエエエ ワコビア株急伸 ウェルズファーゴが買収だって

  午前様で家に帰って、Breaking Newsにビックリ。http://www.nikkei.co.jp/news/market/20081003c8AS3L03066031008.html政府が仲介したシティグループによる買収が白紙で、ウェルズファーゴとワコビアが米連邦預金保険公社(FDIC)の支援なしに合併とか。Wachoviaは合衆国で唯一のAAA評価される金融機関と統合され政府の厄介にもならないと言うことで明るいニュースと好感されている。凄い ですね。ただし、合併後ワコビアの名称が保持できるかどうかは不明。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081003-00000599-san-bus_all
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/081003/23114.html
http://www.latimes.com/business/la-fi-wellsfargo4-2008oct04,0,2693930.story
http://www.charlotteobserver.com/100/story/229509.html
http://charlotte.bizjournals.com/charlotte/stories/2008/09/29/daily54.html
http://www.wbtv.com/Global/story.asp?S=9118912
http://abcnews.go.com/Business/SmartHome/story?id=5946486&page=1
ウェルズ・ファーゴ会長ディック・コバセビックは、東海岸方面でワコビアの存在感、
企業文化を高く評価してます。

 ウェルズ・ファーゴのセールスによる文化と驚異的なカスタマーサービスのワコビアの結合はワコビアの株主にとってより良いと述べたとロサンゼルスタイムズは書いてます。ニュークタイムズはこの合併はウェルズファーゴにニューヨーク、フロリダに重要な足場を得ることになると書いてます。この合併により、全米的なリテールバンクをつくりバンカメを超えるらしい。ワコビアが買収されるのは遺憾だが、ソフトランディングであり悪くない。

 
 

2008/10/01

Wachoviaブランドを保つことは検討されている-シャーロットオブザーバーを読んで少しほっとした

Wachoviaは、12万人のうち本社のある、シャーロットには2万人の社員が働いてます。カロライナヘルスケアに次ぐ、シャーロットでは第二位の雇用主です。シャーロットでは8%が金融で働いている全米第二位の金融都市です。

 ワコビア銀行がシティに買収されたのはショックでした。 シャーロット・オブザーバー紙を翻訳ソフトで読みました。Stunningly swift fall for Wachovia  http://www.charlotteobserver.com/408/story/222685.html という記事によると 「シティグループCEOヴィクラム・パンディットはノウハウとWachoviaのカスタマーサービスの評判を称賛しました 」「Wachoviaブランドを保つことは検討されている 」とあります。少しほっとしました。Wachoviaのロゴとデザインは見る人に鮮明な印象を与えるのです。

 ワコビアがこけたのは遺憾ですが、ノースカロライナではウィンストンセーラムを本拠とするBB & Tが顧客満足度が高く、保守的なビジネスモデルでサブプライム混乱のない銀行として、金融危機の9月に株価が上昇してます。 http://www.newsobserver.com/business/

 むろんバンカメは大きくなりました。長期的に見ればシャーロットにとって悪いことでもないかもしれない

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