アメリカの労使関係法では排他的交渉代表制がとられ、適正な交渉単位において3割以上の署名を得て組合代表選挙により過半数の労働者の支持を得た労働組合のみが団体交渉権を取得できるシステムです。これは従業員のすべてを代表して交渉する独占権を労働組合に与えますから、組合を支持していなくても個別の従業員の交渉は禁止されます。つまりこの制度で、個人の雇用契約の自由、自己自身の労働力という財産の処分権が否定され奪われるのです。労働組合の本質とは他者の権利の統制であり労働力取引の個人の権利の否定ですから。
組合代表選挙を労働組合承認の過半数の署名(カードチェック) で排他的交渉代表となれる制度に変えようというのが、Employee Free Choice Act です(上院は通過していないが新議会が民主党優位なので危ない)。署名(カードチェック)と無記名秘密投票では意味が違います。組合や同僚の圧力、威圧、嫌がらせによってやむなく、組合承認の署名をさせられるケースが増大するでしょう。したがってこの法案は個人の雇用契約の自由の侵害をより容易にする制度として強く反対です。
と言うより、私は経済自由主義で契約の自由を重視しますので、現行の労使関係法の枠組み自体反対であり、イギリスの保守党政権あるいは、ニュージーランド国民党による1991年雇用契約法(Employment Contracts Act)のような、労働組合を承認するか否かは経営者の自由裁量(団体交渉の義務を課さない)とし、組合否認を行える自由主義的な制度が望ましい。
個人は企業と直接雇用条件を定め、労働協約や集団的労働関係に束縛されない個人の雇用契約。あるいは労働組合はそれを代理人に選んだ労働者のみに影響力を行使でき、他者の雇用契約の自由を害さない限り容認しうるものとする制度が望ましいと考えます。要するに英仏両国の勝手な都合で第一次大戦後処理として労働組合に戦争協力を求めた見返りとしての設立されたILOにも反対であり、団体交渉や団体協約で労働者の利益を増進するという思想自体駆逐しようという考えです。すでにイギリス保守党、ニュージーランド国民党、オーストラリア自由党の労働政策が、団体交渉と労働協約より個別主義にパラダイム転換する労働政策を推進してきました。
我が国が世界で枢要な地位を占めるには、第一次大戦レジームから脱却し労働政策というものも自由主義的に方向にパラダイム転換すべきです。
そこでアメリカ南部を中心とした23州とグァム島の州法、憲法等で定めている労働権法(Right to Work law)はどういう位置づけかを述べます。http://www.nrtw.org/rtws.htm
労働権法州も全国労使関係法の排他的交渉代表という制度的枠組みは同じです。下記の通り、労働権州は組合の組織率は低いのですが、むろんストライキもあるわけです。組織率の低いノースカロライナでも世界最大の豚とさつ場スミスフィールドのターヒール工場で組織化が成功したニュースはブログで書きました。ですから、いわゆる南北対立を誇張することはしません。非労働権州でも組合組織率は低下していますし、コダック・IBM・SCジョンソン・マイクロソフトのような著名な組合不在企業、あるいはデュポンのような組合嫌いの企業も非労働権州に本拠を置いてますし、ミシガン州には強力な反労働組合のシンクタンクもあるわけです。しかし、にも関わらず私は労働権州の先見の明により、南部各州に好意的な見解を述べます。
労働組合組織率の低い州(2003年)
と2004年大統領選挙結果
ノースカロライナ 3.1%-ブッシュ
サウスカロライナ 4.2%-ブッシュ
アーカンソー 4.8%-ブッシュ
ミシシッピ 4.9%-ブッシュ
テネシー 5.2%-ブッシュ
テキサス 5.2%-ブッシュ
アリゾナ 5.2%-ブッシュ
ユタ 5.2%-ブッシュ
サウスダコタ 5.4%-ブッシュ
フロリダ 6.1%-ブッシュ
ルイジアナ 6.5%-ブッシュ
ジョージア 6.7%-ブッシュ
オクラホマ 6.8%-ブッシュ
以上すべて労働権州
労働組合組織率の高い州(2003年)
ニューヨーク 24.6%-ケリー
ハワイ 23.9%-ケリー
ミシガン 21.9%-ケリー
ワシントン 19.8%-ケリー
ニュージャージー 19.5%-ケリー
イリノイ 17.9%-ケリー
ロードアイランド 17.0%-ケリー
ミネソタ 17.0%-ケリー
オハイオ 16.7%-ブッシュ
カリフォルニア 16.8%-ケリー
オレゴン 15.7%-ケリー
コネチカット 15.4%-ケリー
ペンシルヴァニア 15.1%-ケリー
以上すべて非労働権州
データの出所 篠田徹「岐路に立つ労働運動-共和党の攻勢と労組の戦略論争」久保文明編『米国民主党-2008年政権奪回への課題』日本国際問題研究所2005年所収
合衆国ではニューディール政策で1935年のワグナー法により民間労働者の団結権と代表者による団体交渉権を保障し、不当解雇、御用組合、差別待遇を禁じた。 また雇用主による不当労働行為の禁止を規定した。1942年に設置された全国戦時労働委員会は、戦争協力のため労働組合にストライキを放棄させる一方、労働協約締結期間中の組合離脱を禁止し、それを保障するためのチェックオフを導入した。組合の組織維持と拡大は容易になり、労働組合員は1941年の1020万人から、1945年の1432万人に増加し、アメリカの産業別組合は、ニューディール立法で存立基盤を与えられ、戦時中の労働組合保護政策によりその地位を確立させたのである。1947年のタフトハートレー法 は強くなりすぎた労働組合の権力を削ぐための ワグナー法の修正であリ、全米製造業者協会、共和党、南部民主党により推進され、トルーマン大統領の拒否権発動を覆して成立した。タフト・ハートレー法はクローズドショップを否定、ユニオンショップ協定の内容に制限を加えつつも、組合を承認された職場で協約適用労働者に組合加入、団体行動の支持いかんにかかわらず、組合費の徴収は認めているのである。しかしながら一方でタフトハートレー法はセクション14(b)によって、雇用条件として労働者に組合加入と組合費の支払いを義務づける組合保障協定を定めた労働協約の交渉を禁止することを州の権限として認めた。
つまりこの規定に基づいて、23州が組合加入と組合費の支払いを義務づける組合保障協定を否定する労働権を憲法、州法で定めているのである。
27の非労働権州では労働組合が排他的交渉代表権を有している職場では、強制的に組合費が徴収される。ユニオンショップ協定がとられず、組合に加入していなくても団体交渉の経費としての組合費を徴収できるエージェンシーショップとなる。
一方23の労働権法(Right to Work law)州では、労働組合が設立され協約適用労働者となっても、組合に加入せず、組合費の徴収からまぬがれることができる。
もっともタフトハートレー法はワグナー法の「団結する権利、労働団体を結成・加入・支援する権利、自ら選んだ代表者を通じて団体交渉を行う権利、および、団体交渉またはその他の相互扶助ないし相互保護のために、その他の団体行動を行う権利」に対し、「それらの行動のいずれかを、またはいずれも行わない権利を有する」(7条) と定め消極的団結権、団体行動を行わない権利を労働者に付与して、労働組合主義奨励ではなく、中立立法としたのであるから、団体行動を行わない労働者の権利があることは非労働権州も同じことである。
つまり労働権法(Right to Work law)と言ってもそれは組合にに加入しない権利と強制的に組合費を徴収されない権利。つまり組合を財政上支持しない勤労者の権利にすぎないのであって、自己自身の労働力取引から労働組合の影響から逃れられる権利ではない。
反労働組合と言う立場ならば、こういう中途半端なものではなく、労働組合により雇用契約の自由を害されない、自己自身の労働力取引の自己決定権がなければ本当の意味でのRight to Work とは言えない。当時のタフト上院議員の功績は認めますが、中道穏健な考え方であったため一度民間の組織労働者に団体交渉権を付与した以上、ワグナー法を根底から否定するのではなく、労働組合にも不当労働行為を定め、戦中、戦争協力の見返りとして強力に保護された強制的労働組合主義を緩和、是正することで、より中立的な労使関係に改善するにとどまった。しかしながら労働組合の強大化を阻止し、長期低落を決定づけた意味でタフトハートレー法は大きな意義があったことは認めよう。又、労働権法で満足するものではないが、組合財政を保障しないことで大きな意義があったと考える。
強制的組合費徴収の論理は「ただ乗り」防止ということです。つまりあなたは組合を支持していなくても排他的交渉代表制度により協約適用労働者であり、団体交渉の成果の受益者であるから、団体交渉にかかった費用の負担を求めるというものです。フリーライダーを認めず団結するという論理ですが、労働権(Right to Work law)はこの論理を否定します。
この点についてミシガン州の自由主義シンクタンク Mackinac Center for Public Policy のウイリアム.T.ウイルソン博士の論文 「The Effect of Right-to-Work Laws on Economic Development」 http://www.mackinac.org/article.aspx?ID=4293を見てください。ウイルソン博士は「囚われた乗客」といってます。「ただ乗り」するのではなく「囚われた乗客」となる不利益です。
すべての従業員が団体協約の受益者ということはあり得ません。組合のある職場では組合就業規則により従業員の競争が排除され、業務遂行方法が統制されますが、若い人が能力を発揮し熟練するために良い環境とは言えません。
これは、ウイルソン博士も言っていることですが、団体協約は横並びで競争を排除するので、より生産的でない従業員に手厚く所得を補償する一方、より生産的な労働者の賃金は抑制されます。先任権制度により、若い人の不利益もあるでしょう。実際、UAWの職場は横並びでレイオフされても手厚い所得保障があり、30年勤務で年金が支給されることが利益と考える人もいるでしょうが、昇進の機会に乏しい。組合不在の日系企業の工場では能力を発揮することによって昇進のチャンスがあります。何がその人の利益であるかは違います。
職場環境でいえば、非組合セクターでは大抵、オープンドアーポリシーがあって直属の上司を飛び越えて、会社のトップや上層部、人事部に直接苦情が出せる制度があり風通しが良く、従業員にフレンドリーな環境があります。例えば典型的な組合不在企業ウォルマートでは会社のトップが時給労働者に店長に不満があるならどしどし言ってくださいと語りかけます。実際、会社は丁寧に一つ一つの苦情に応えますし、横並びで競争を排除される環境より、会社に献身的に働ければ認められて、昇進でき、経営者と敵対的でない環境で仕事をしたい人は労働協約などない方が良いわけです。ショップスチュワードに統制されるより、働きがいのある仕事ができた方が良いわけです。
そもそも、排他的交渉制度による団体協約で個別の雇用契約の自由、自己自身の労働力を処分する自由が組合に奪われること自体が、契約自由の侵害であり、それ自体が不利益だと私は考えますからフリーライダーただ乗り論には反対であります。
従って私は、フリーライダー論を否認したことに労働権法の重要な意義があると考えます。
さらに重要なことは経済発展のためにも労働権州が有利であるということです。ウイルソン博士は次のようなことを言ってます。
一般論でいえば組合のない職場が作業環境がフレキシブルで、単位労働コストは低い。高い生産性とビジネスの成長を促します。組合のない職場の方がトップダウンでなく従業員参加を促す経営になるので働きがいがあり、雇い主と労働者双方のニーズに敏感な作業環境を支持します。労働権法は組合の組織化を抑制する効果は当然認めらます。
でも名目所得は非労働権州が10%高いのです。しかし可処分所得で労働権州が0.2%有利です。つまり物価が安いと言うことです。
「 311の米国都市エリアを調べて、ジェームス・ベネット(1994)は、非労働権州に生活する家族が、より高い平均した名目所得を持っていますが、労働権法州の普通のアーバンファミリーには1年あたりの税引後の購買力における以上が同じ家族が非労働権州に持っているだろうより2,852ドルあるのがわかります。」とウィルソン博士の論文にあります。
1970年から2000年のデータの分析です。http://www.mackinac.org/article.aspx?ID=4291
労働権州は143万の製造業の雇用を増やしましたが、非労働権州は218万の製造業の雇用者数を 失いました。1978年から2000年まで、平均して失業率は労働権法州が0.5パーセントより低かったです。労働権州の貧困家庭の割合は1969年と2000年の間に18.3パーセントから11.6パーセントまで低下しました。
又ウィルソン博士は組合のある職場でも組合財政を支持するか否かの自己決定を与えている労働権法州のほうが、より労働者のニーズに敏感な職場になると言ってます。
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