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2009/02/16

感想 吉野佑介 「アメリカは真に「自由な社会」なのか? 一一九八○年代アメリカの「新自由主義」とハイエク思想-」

 杉田米行編著『アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考』三和書籍2008年所収
ドイツやフランスよりアメリカは自由な社会だと思うが、それは相対的なものであって、1937年の憲法革命以後、経済規制、社会労働立法は最高裁をパスするようになり、連邦政府の規制権限が大きくなっています。何よりも全国労使関係法や公正労働基準法は雇用契約の自由を制約していると考えますので、現代のアメリカは自由な社会ではないです。カードチェック法案のように労働組合の賃金圧力を強化するとなれば、アメリカは自由企業体制の国家とはいえなくなる懸念さえあります。ニューズウィーク日本語版2008年11月26日号のサンデル・カトワラの記事--「小さな政府」は大きな幻想--によるとレーガン政権では連邦政府職員が軍関係を除いても20万人増加しており、ブッシュ政権は、ジョンソン政権以上に政府の自由裁量による財政支出が拡大したと書かれている。サッチャーは医療保険制度に手をつけず福祉予算を維持しており、新自由主義の政策とは必ずしもいえない側面もあったことが指摘されている。
1980年代以降が新自由主義の時代とされているが、この論文の結論は、ハイエクのアメリカへの影響は、彼の著作の内容が十分反映されていたかは疑わしい。経済政策との関連でも、ハイエクの主張とレーガンの政策との結びつきはそれほど強いものではないとする。
ということはハイエク主義はアメリカでは実現されていないのである。
私がハイエク思想で最も気に入っている見解がこの論文で引用されている。それは「古典的自由が目指した社会秩序と現在変換しつつある種類の社会との間の主な相違は、前者が正義に適う個人行動の原理によって支配されるのに対し、新しい社会が『社会的正義』に対する要求を満たそうとすることにあること、言い換えると、前者が個々人による正義に適う行為を求めたのに対し、後者は人々に何をすべきかを命令する権力を持った当局に正義の義務を課すようになってきていることにある」247頁
ハイエクは明らかに前者のような社会、「古典的自由」が見られる社会にシンパシーを置いている。すなわち「正義に適う個人行動の原理」によって支配された社会である。
つまり私は、政府や労働組合が『社会的正義』としている命令に全て反対なのでハイエク主義である。つまりハイエクは政府や権力によって設定された『社会的正義』によって個人行動の正義を否定することに反対なのだ。例えば「失業者救済」「派遣切り救済」「ワークライフバランスで女性に働きやすい職場」「ノー残業デー」「男子も育児参加」「有給休暇取得促進」「有給育児休業」といったこともそうである。      

 

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