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2009/09/23

下書き 労働に関する私の基本的な考え方 2 我が国も労使関係のパラダイム転換を図るべきだ(その2)

(承前)

(1)アメリカ合衆国-ニューディール型労使関係から非組合型労使関係システムへ(続き)

 アメリカで非組合セクターが優勢になっている理由についてはジャコービィの分析が優れている。(S.Mジャコービィ『会社荘園制―アメリカ型ウェルフェア・キャピタリズムの軌跡』北海道大学出版図書刊行会1999 421頁以下)

 第二の理由は、1950年代以降の地理的拡散戦略というものである。ジャコービィは典型的にはGEの戦略を挙げている。組合の強い北東部から組合が組織化しにくい地域に工場を移転させるやり方である。特に南部は低賃金と労働権と組合嫌いの労働者という魅力的な3つ揃いを提供していた。CIOは労働組合は戦後オペレーション・ディキシーという南部への組織化攻勢をかけたが、南部の経営者は激しく抵抗し失敗している。

 第三に、組合セクター側の問題である。組合セクターの先任権と補助的失業給付による所得保障は、古参労働者に有利であったが、若い労働者はの雇用は、非組合の労働者に比べてレイオフ率が高かった。日本の「リーン生産方式」が優れていることが喧伝され、組合セクターの作業組織の非能率が浮き彫りになった。組合セクターの労働協約で細かく規定された職務区分と強力な組合の職務統制、融通のきかない作業組織は新技術の導入を阻んだ。つまりアメリカの産業別労働組合の制限的労働規則(restrictive work rules)である。労働組合による仕事の制限、統制である。「工場内における職務を細分化し、個々の職務範囲を極めて狭い範囲に限定するものである。このため、単一の工場内における職種が数十種類に及び、組合は個々の職種ごとに賃金等を設定し、仕事の規制を行うので、職場組織は極めて硬直的となる。」  http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpyj199401/b0055.html
  「複雑な就業・作業規則などを締結すると‥‥規則に手足を縛られ‥労働者の配置転換1つを取っても、大きな困難となる。」http://www.jil.go.jp/mm/kaigai/20010829b.html
  さらに、組合セクターは従業員の競争を排除するので、個別の査定による業績給が導入できないhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3528.html
 これに対し、非組合セクターは新技術を導入しやすく、チーム方式、高成果業務システム等新しい労働システムを普及することができた。

 第四に「非組合企業文化」の根強さである。SCジョンソン、プロクター&ギャンブル、IBM、イーストマンコダック、シアーズ・ローバックといった古くからの非組合企業はそれなりの評価を得てきた。ニューディールでアメリカは左傾化したといっても、全米製造業協会をはじめとして多くの反対勢力があったわけである。ただ油断していたのはワグナー法は最高裁が違憲判決を下すと想定していたことであった。全米製造業協会は20世紀初期から、オープンショップ運動とレイバーインジャンクションの多用による反労働組合政策で一貫してきたわけである。これに対して、労働組合回避という目的は同じだが、むき出しの労働組合の敵意ではなく「資本・労働間の利害の調和可能性を説くロックフェラー=ヒックス流の哲学を汲んで、相対的に洗練された」1920年代のSCC流の労務管理の手法を継承するウェルフェア・キャピタリズム(利潤分配制、年金・疾病給付制度などの従業員福祉などを重視する経営手法)型の企業が生き残っていた。
 
 第五に70年代以降のハイテクなど新興企業は多くが非組合企業であるということです。
 1970年代には洗練された企業文化、従業員を公正に扱い企業との一体感を確保し、シングル・ステータス政策(社長と従業員が同じ食堂・駐車場を利用し地位による差別をなくした気さくな社風の形成)のような、形式張らず、人当たりの寛容な、又、大きな権限を持つ人事部門、オープンドアーシステムのような上級経営者への直接のアクセスといった特徴を有する新しい「非組合企業モデル」を実践する企業が多くなった。70年代には組合のない新しい工場群が出現した。これを「工場革命」と言うが、新興のハイテク企業、新しいサービス分野の産業、インテル、デジタル・エクィップメント、テキサスインスツルメンツ、ウォルマート、ホームデポなど活力のある企業が急成長した。これらは組合不在企業であったし、現代にふさわしい企業として称賛された。
 
 つまりアメリカ経済を牽引しているのは非組合セクターと言って差し支えない。趨勢は産業別組合との団体交渉によるニューディール型対立型労使関係から、上記のような非組合型労使関係への移行といえる。

 もっとも1980~90年代に競争激化と技術変化、株主指向のコーポレートガバナンスなどの環境の変化からウェルフェアキャピタリズムの系譜を継承する非組合企業は大恐慌以来の試練を経験した。
 コダックはウェルフェアキャピタリズムの鑑と称賛されるべき非組合企業であるが、競争相手のない市場で高コスト生産者となってしまい、ノーレイオフ政策を廃棄せざるをえなくなり、ウォール街からの圧力もあって1985年以降10年間で1万2千人の労働者を犠牲にせざるをえなくなった。
 デジタル・エクィップメント(DEC)は従業員にフレンドリーで教育訓練の機会を多く提供し終身雇用を保障した経営家族主義的なハイテク企業であるが、従業員福祉の高コスト体質などもあって90年代に業績不振となり、雇用保障も廃止され結果的には1998年コンパックに身売りという結末であった。
 シアーズは最大最良の通販会社として、最大最良の小売業者として1980年代初頭まで全米第1位の小売業者であったし、組合の組織化を許さない経営は称賛すべきものであるが、組織の官僚主義化・硬直化などからはウォルマートやホームデポなどとの競合関係で競り負け、1990年代に5万人を超えるレイオフを断行せざるをえなくなり、2005年にはKマートホールディングスに買収されるに至った。ただブランドの価値は高く社名はシアーズホールディングスとされた、店舗名としてもシアーズは残った。
 このように従業員福祉を重視した企業、経営家族主義、官僚制の肥大化しした企業はリストラを余儀なくされた。しかしながらそれは、非組合企業に経営手法の見直しを迫るものであって、例えばシアーズとの競合関係で進出したウォルマートやホームデポも非組合企業であるから趨勢に変わりはない。
 ホームデポはヒューマンウェアの活力で飛躍的な成長を遂げた企業として有名です。(石原靖曠『最強のホームセンター ホームデポ』商業界1998)、ウォルマートに次ぐ小売第二位、競合他社では近年ロウズに追い上げられてますが、ポストモダニカルマネジメントを推進した企業として高く評価します。つまり70年代までのチェーンストア組織論は権限を本部に集中し、管理統制型でした。店舗の仕事は工場の生産ラインのように細分化・標準化され、マニュアル化され割り当てられただけ仕事をする、働く人間に求められたのは均一性でした。
  ポストモダニズム・マネジメントとは人間のもつ知恵や創造性、個性を尊重し、楽しさややりがいといった感情に基づくモチベーションを推進力とし、お客に対して今までにない献身的な人的サービスをつくりだした。
 ウォルマートも現場のモチベーションを推進力として顧客第一主義と仕事へのコミットメントを重視する企業でずが、やっぱり粉骨砕身懸命に働くことは正しいのであって、このことはアメリカ企業社会のモラールアップに与えた影響は小さくない。

 労働組合・左翼によるウォルマート批判とカードチェック法案による反撃

 ウォルマートは、単に世界一の小売業というだけでなく。卓越した企業文化を誇る民間企業で世界一の売上げの(2002~2005、2006は原油高でエクソンモービルが1位でウォルマートは2位だがほとんど差はない)、全産業のなかで最強・最大の組合不在企業といって差し支えないと思います。(中国で組合を認めざるをえない店舗もあるようですが、系列の西友を別として米国の本体は反労働組合の企業で組織化は許さない) ウォルマートの反労働組合ポリシー、オープンドアポリシーなど非組合企業によくみられる従業員にフレンドリーな政策、ポストモダニズムマネージメント、上層部のハードワーク主義の勤労のエートス、ローコスト経営を賞賛したいと思います。裏返していえば、労働組合が組織されている企業における働き方がコントロールされるモデル(つまり団体交渉や労使協議で、賃金・時間・作業条件・業務遂行方法等を決定し、労働者は組合の職務統制に服し、決められた条件以上には働かない、融通をきかせることもなく、労働者はひたすら交渉や労使合意で獲得した権利を労働組合の権力を背景に自己主張することが基本の職場)に対する反テーゼとして、ウォルマートのようなコミットメント型の従業員関係の企業文化を礼賛したいわけです。
 アメリカの市民はウォルマートのエブリデーロープライスで大きな恩恵を受けている。ウォルマートで買わなくても、競合するダラーゼネラルやファミリーダラーでは安く売られているから同じことです。
 ウォルマートが非食品ディスカウントストアの時代は労働組合との軋轢がなかったが、1992年以降、スーパーセンター業態で本格的に食品市場に参入したことにより、UFCW(国際食品商業労組)などによるウォルマート批判が激しくなった。そして2003年には2003年10月11日から5ヶ月近く南カリフォルニアの大手スーパーマーケット・チェーン3社で国際食品商業労組(UFCW)に所属する組合従業員〔アルバートソンズ、セイフウエイ(ボンズ、パビリオンズを経営)、クローガー(ラルフズを経営)〕のストライキがありました。852店舗、59000人の労働者による141日間のストライキは、アメリカスーパーマーケット業界史上、最も長期に及ぶものとなった、このストライキ自体、反ウォルマートの宣伝も兼ねていた訳である。http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2004_4/america_01.htm
 なお、アメリカの小売業と労働組合組織率ですが、流通アナリストの鈴木敏仁氏はリアルタイム・リテールのコラム「資本主義とグローバリズムその2」で次のように解説してます。http://premium.nikkeibp.co.jp/retail/column/suzuki2/02/index.shtml「(アメリカの組合組織率は)小売業界は4.5%に過ぎない‥‥(小売・外食の組織率が低いのは)新興のチェーンストア企業がそろってアンチ組合というスタンスをとっていることにも理由を求めることができるだろう。ウォルマートはもとより、ホームデポ、コストコといった大手小売チェーン、マクドナルドを中心とした大手外食チェーンなどのほとんどは組合結成を許していない‥‥この小売業界4.5%のほとんどを占めているのがUFCWである‥‥北米140万人の会員のうち、100万人弱がスーパーマーケット労働者で、その実は食品労働者組合というよりも、スーパーマーケット店員のためにあるといっても過言ではない」とされ、アメリカの小売業では「100年近い歴史を持つグローサリーストアのみ例外的に小売業界で労働組合を持っている」ということである。非食品の競合他社はシアーズやKマート、ダラーゼネラルのような非組合企業であるが、食品スーパーはクローガーやセイフウェイといった組合が組織されているスーパーが競合他社となる。
 労働組合や左翼はウォルマートが低賃金で雇っていると言いますが、それは間違いです。小売業では平均的な賃金であって、零細小売はもっと安い。またウォルマートの従業員福祉に対する批判があります。いわくアメリカの大企業の企業医療保険加入率は66%だが、ウォルマートは41~46%、困窮者向けのメディケードの加入者が多いなど。2006年ウォルマートが公表したところでは、同社が提供する医療保険の加入者は47.4%で、22.2%は配偶者の保険に加入し、8.7%の従業員がメディケイドなど政府提供の保険に頼り、10%近くの従業員が一切医療保険に加入してないということである。(原田英生『アメリカの大型店問題』有斐閣2008 80頁)しかし、小売業は他の業界より、離職率も高く、低賃金であるし、雇用契約の自由ということからすればそれは、当事者が合意していることであって、レーバーコストの低さは称賛することあれ、非難は適切でないと考える。
 2005年メリーランド州議会は州内で1万人以上雇用している企業のすべてに対して、賃金支払額の8%相当額以上を医療保険に当てることを義務づける州法を州知事の拒否権を覆して可決したが、同州で1万人以上雇用する企業は、ジョンズ・ホプキンス大学、スーバーのジャイアント・フード 、軍需・航空のノースロップ・グラマンとウォルマートの4社だけで、8%に達してないのはウォルマート1社だけであり、事実上、ウォルマート狙い打ちの州法である。しかし、ウォルマートとそれを支持するリテーラーは同州法が、雇用主を同一に扱うよう定めた連邦法に違反するとして提訴し勝訴、2007年には第4巡回区連邦控訴裁でもウォルマートが勝訴し、この州法は消え去ることとなった。
 このようにウォルマートへの批判が労働組合、左翼を中心に高まったのは、彼らが、ウォルマートの経営手法、レーバーコストは低く抑えつつも従業員に対しては感情に基づくモチベーションを推進力とし、お客に対して今までにない献身的な人的サービスを提供する、彼らにとってみれば「駆り立て」であろうが、この企業文化を敵視しているからである。
 しかし現実問題、ウォルマートやホームデポなどを組織化することは無理だろう、しかし組合が巻き返す一つの可能性はある。それがカードチェック法案(被用者自由選択法案)Employee Free Choice Actである。同法案が可決されるなら組合は巨人ウォルマートにも攻勢をかけることになるだろう。
 もちろんこれには全米商工会議所など業界こぞって反対しており、情勢は不透明であるが、反ウォルマートキャンペーンが、カードチェック法案を提起する露払いとなっていたのである。
 被用者自由選択法案の行方は大変心配しているが、しかしここで見てきように、大局的に見てニューディール型対立型労使関係から非組合型労使関係システムへという流れが趨勢であることは変わりないと考える。

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