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2009/10/04

カード 樋脇博敏 「古代ローマにおける近親婚」

『史学雑誌』102-3 1993-3
 ひとくちに地中海世界が持参金社会で、アルプス以北・ゲルマン民族が花嫁産社会といわれる。持参金は女子にあたえられた嫁資が実質的には実家から婚家のものとなる。花嫁産は逆で、婚家が花嫁代償として嫁の実家(部族)に支払われる家畜などの財産のことである。
 
 ジャック・グッディSir John (Jack) Rankine Goody (born 27 July 1919)は文明史論的なスケールの大きな仕事をしているケンブリッジ大学人類学教授(引退)であるが、翻訳書が意外に少ない。この論文ではグッディらの古代ローマ近親婚社会説と検証している。すなわち、イトコ婚は家産の集中や家系の結束強化に寄与したためローマでは汎く近親婚が行われていたという説だが、反対説もある。しかしこの論文では近親婚社会説を肯定している。
 384/5テオドシウス1世近親婚禁止令が発布され、イトコ婚を禁止するに至るが背後に教会勢力の後押しがあったとされており、グッディは近親婚によって強固に形づくられていた親族組織の存在と教会の利害が衝突した結果禁令が発布されたとする。但し396年近親婚禁止の規制が緩和されイトコ婚は許可され旧態に復した。しかし教会は一貫してイトコ婚否定だった。
 つまり教会は強固な親族組織の解体を促す皇帝立法に加担した。グッディは近代個人主義的友愛結婚は近代起源とするエンゲルス説を否定して、中世の秘蹟神学、教会婚姻法の理念から導き出されるものであるとズバリ言っている。それはアナール派のフランドランも恋愛結婚の最大の擁護者としてペトルス・ロンヴァルドゥス(歿1160)を挙げており、教会が中世の古典カノン法成立期以後、秘密結婚と結婚の自由を断乎擁護し、数世紀にわたって世俗権力と闘争したことでも明らかである。
 
 古代ローマは中世の地中海世界ほど嫁資(持参金)は大きくなかった。嫁資は年収の1割にも満たない少額なのである。にもかかわらず、ローマ人はしぶちんなのか財産が女子を通じて他家(とりわけ親族外)に移ることを好まなかった。従って近親婚が好まれた。というよりも、ローマというのはやはり男性優位社会で嫁資であれ、相続分であれ、家産を割いて女子に与えることにローマ人は概して消極的だったということである。

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