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2009/10/21

明治民法の夫婦同氏の意義その3(夫婦別姓反対下書き)

 明治民法施行前の妻の氏その2

  太政官指令が妻は所生の氏とする理由が「第一 妻ハ夫ノ身分ニ従フヲ以テ夫ノ姓ヲ冒サシムヘシト云ハ是ハ姓氏ト身分ヲ混同スルナリ  第二 皇后藤原氏ナランニ皇后ヲ王氏トスルハ甚タ不可ナリ‥‥」の家族観とはいかなるものか。山中永之祐「明治民法施行前における妻の氏」高梨公之教授還暦祝賀論文集刊行発起人会編『婚姻法の研究 上 婚姻制度論』有斐閣 1976細かく検討しているが、疑問点も少なくない。同氏によれば明治民法施行前の「家族」概念には「妻を含む広義の家族概念」、「妻を含まない狭義の家族概念」の両者が併存していて、この「狭義の家族概念を採用して妻に「所生の氏」を強制したのは「妻の血統=出身した『家』由緒を明らかにする役割を果させる」ためと論じられ、その意味では徳川時代の武士的な「氏」概念を継承するものだったと説明する。
  しかし、妻の由緒を明らかにする意義を強調しているのは疑問である。それはむしろ近世朝鮮・韓国の両班階層にいえる事ではないのか。江守五夫によると「真に両班とみなされるためには一人の高官、碩学が出るだけでは十分でなく、妻族・外族も含め三族揃って高官が出ており、自己の姓族でも三代にわたり顕官が輩出せねばならない」(『家族の歴史民族学-東アジアと日本-』弘文堂1990 192頁)とされる。両班階層にとっては妻族の家格の高さが誇りになる、それはステータスの上昇となることから重要な意味があると考えるが、我が国の場合は家格の釣り合いで婚姻関係が成り立つとしても由緒を社会的に示す価値は韓国より小さいと考える。
 
  又、「妻を含まない狭義の家族概念」という論点は民族学、歴史人類学的観点からすると甚だ疑問である。婚入配偶者を成員としない狭義の家族概念というのは日本的「家」制度にも中国の漢族の宗族、近世以降の朝鮮・韓国の門中、満洲族にもありえない概念のように思える。
  中国の漢族の法文化は夫婦別姓だが(但し現代中国は宗族を封建遺制とみなし同姓不娶夫婦別姓を強制していないが)、出嫁女の婚家帰属性については東洋法制史の滋賀秀三(『中国家族法原理』創文社1967 459頁以下)が詳しい。それによると女性は父の宗との帰属関係を有さない。父を祭る資格を有さないのである。女性は婚姻によってはじめて宗への帰属関係を取得する。夫婦一体の原則にもとづき、夫の宗の宗廟に事える義務を有し、死後、夫婦同一の墳墓に合葬され、考妣対照の二牌つまり夫婦で一組の位牌がつくられ、妻は夫と並んで夫の子孫の祭を享けるが、女性は実家において祭られる資格を有さず、未婚の女の屍は家墳に埋葬されず他所に埋める。つまり女性は生まれながらにして他宗に帰すべく、かつそれによってのみ人生の完結を見るべく定められた存在であった。白虎通に「嫁(えんづく)とは家(いえづくり)なり。婦人は外で一人前になる。人は出適(とつぐ)ことによって家をもつ」。滋賀氏は明確に見「婚礼の挙行によって女性は確定的に夫宗〔夫の宗族〕の秩序に組み込まれる」と述べている。
 だから、儒教規範で徹底している社会(例えば韓国農村)において、女性にとって最大の幸福とは、死後亡夫と並んで一組の位牌がつくられ夫の子孫によって祭を享けることにあるのだ。
 我が国の「家」において婚入配偶者の成員性は既に厳密な理論性で定評のある清水昭俊の学説を引いて説明しているが、清水昭俊によると「家」制度は離在単位であるから、複数の家に帰属するということは論理的にありえないのである。出嫁女の婚家帰属性を象徴する民俗として婚礼の白無垢・イロ直しがあるが、このほうがわかりやすいかもしれない。

 嫁の白装束が「死装束」であることは大間知篤三が書いていることだが、江守五夫は生家の成員権の喪失を象徴するとしているが妥当な見解に思える。(江守上掲書48頁以下)婚礼の白無垢が死装束であり、緋の衣装の「色直し」が婚家での再生を意味するという考え方は古来説かれていた。
 江守五夫からの引用だが、「嫁の生家出立の際に、出棺の方式をまねて、座敷から後ろ向きに出たり同様に箒ではいたり、家の前で門火を焚いたりする一連の民俗は、生家において死ぬことを意味する。」
 新潟県の旧長岡藩の家老稲垣家での婚礼について同家の子女である杉本氏は次のように述べた。

 「すなわち結婚の際に嫁が着る白無垢は「里方に死ぬ事を意味」し、また下着の緋の衣装は「婚家に新しく誕生するという意味」である。実際、嫁入行列が出立したあと「葬式と同じに、門口に塩をばらばらとまく」のである。「こうして、わが家の一人として姉の生涯は終わったのでございます。ですからもこのあとで幾度も姉は生家を訪ね、親しみ深いもてなしをうけのしたが、いつも客に過ぎなかったわけでございます。」

 出嫁女が父族に属し夫族に成員権を持たない父系出自制度をもつ民族としては北方ツングースのエヴァンキ族があるが(江守五夫「婚姻形態と習俗」『日本の古代』11大林太良編所収中央公論社1987)我が国の家族慣行をエヴァンキ族と同列視するのはおかしい。したがって、妻の異族的性格や自然血統的家族観を強調する論理は誤りであろうかと思う。
 出嫁女の婚家帰属性は日朝満漢同じ事であり、相違点は同姓不娶・異姓不養の漢族の法文化、宗法の鉄則により父系出自の親族構造が再編されたか否かである。高麗は元の支配により同姓不娶を取り入れ両班階層から父系出自の親族構造に再編されていった。高麗は仏教国家であったが、高麗末期には儒者の廃仏運動があった。李氏朝鮮では朱子学を国政の根幹とし、東方礼儀国と自称した。満洲族は逆に漢族を支配するために積極的に漢族の法文化に同化した。しかし我が国はそのような歴史を有さない。従って妻に所生の氏を強制する法文化的基盤はなかったのである。この論点は重要なので次回述べる。
 つづく

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