公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

無料ブログはココログ

ニュース(豪州・韓国等)

« 入手資料整理21 | トップページ | 入手資料整理22 »

2009/10/08

カード 高島正人「令前令後における嫡長子相続制と婚姻年令」養老令男15,女13婚姻適齢の意義

 
 

『対外関係と社会経済』塙書房1966所収。

 周知のように養老令は婚姻年齢に関して「凡そ年十五、女年十三以上、聴婚嫁」と規定され、大宝令も同様だったとされている。これは唐永徽令を継受したものであるが、唐令継受をどう解釈するかという問題である。
 この論文の前半部分では利光三津夫の「奈良時代の婚姻年令法について」『律の研究』1961明治書院の批判である。
 利光三津夫説
1 奈良時代の庶民層の結婚年令は男子は平均27才強、女子の平均23才強であり、従来の早婚の風が行われていたという定説を否定。
2 唐永徽令は早婚奨励を目的としたが、日本では早婚禁止や奨励という目的は追わず、この時代の為政者が唐国の文化に心酔し、唐令の条文を模倣し法典の体裁を整えるためのものであった。
3 しかしこの律令婚姻年令法は平安鎌倉時代の貴族武家の思想に影響し、江戸時代においてさえ男子は元服は15才、女子は13才を標準年令とした。
4 とはいえ、この婚姻年令法は当時一向に行われず、庶民階級の婚姻年令の習俗に影響をあたえていない。

 これに対して 高島正人説

1 早婚に風なしとする利光氏の主張は認めるが、しかし十代の結婚も少なくなく、女子の一割は13~14才で結婚していることから、律令の規定はたんに唐令を模倣したものではなく、我が国の実情、習俗そのものをふまえたものといえる。また男子15才・女子13才という婚姻年令は、身体発育、一切の生活環境から自然に生まれた広義の自然法によって将来された婚姻年令という見方を示す。

 美濃国、筑前国、豊前国、山背国、下総国等の戸籍を分析しているが、美濃国と九州の庚寅年(690年)~大宝二年ではこうなっている。
 男子 美濃国127例、九州34例
    30才以上  21.1%
    25~29才 24.3%
    20~24才 39.1%
    15~19才 15.5%
 女子 美濃国103例 九州52例
    30才以上  14.8%
    25~29才 15.5%
    20~24才 32.9%
    15~19才 25.8%
    14才以下  11.0%
2 庚寅年以後は通常男子は15才女子は13才以上で結婚していることから、律令の規定は一般によく実行されていた。

 高島正人説に同調するものである。特に「身体発育、一切の生活環境から自然に生まれた広義の自然法によって将来された婚姻年令」という見解はグローバルスタンダードに言い換えることもできる。
 実際ローマ法とそれを継受した教会法が男子14才、女子12才だが、東洋は数え年なので、唐永徽令・日本養老令とほとんど同じことであり、ローマ法・教会法・大唐帝国永徽令・日本養老令はほとんど同じ世界標準であった。イギリスは宗教改革後も古典カノン法の教会婚姻法が古き婚姻約束の法として生ける法として継続した経緯があり、コモンローも男子14才、女子12才である。なお、20世紀になってから教会法は男子16才・女子14才、現在のイギリスは法定婚姻年令男女とも16才である。

« 入手資料整理21 | トップページ | 入手資料整理22 »

夫婦別姓等民法改正問題」カテゴリの記事

コメント


乙 パ イの心地良さに勝るものはありまへんwwwwwww
勢いでこれ始めたけど童帝脱出できたしバイト代入るし
マジやってよかったーーーー(´;ω;`)

これ内緒だけど、童帝って言ったら貰える金倍増するから
毎回「童帝なんでよろしく♪」って言ってるぉwwwwwwwww

http://nuko.yarashiyo.com/2b8usk4/

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 入手資料整理21 | トップページ | 入手資料整理22 »

最近の記事

最近のトラックバック

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

世界旅行・建築