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2009/11/25

小林よしのり 天皇論追撃篇批判

『サピオ』2009年12月16日号(21巻21号)を早速買いましたが、今回の「ゴー宣」もひどい内容だった。

 今回も単純な事実の誤記がある。

 70頁 引用-赤

 「だが、旧宮家は全て、今から600年も前の、北朝第3代崇光天皇の子、栄仁親王までさかのぼらないと、今上陛下とつながらないのだ!」

 これは正しくない。今上陛下と旧宮家(伏見宮系)の共通の祖先は血縁関係では後崇光院貞成親王である。

 600年云々はたいしたことではない。後花園天皇は後小松天皇の猶子として皇位を継承したとはいえ、実父は伏見殿と称され、後小松上皇の遺詔では太上天皇尊号を許さないとされていたが、実際には文安四年に太上天皇の尊号を贈られた(翌年辞退)貞成親王だから、今の皇室の祖系は伏見宮家ともいえるのである。伏見宮家には『椿葉記』の由緒によリ持明院正嫡としての正統性があリ、後小松天皇の柳原流は正平七年の南軍の京都一時占領に伴う混乱により、武家や北朝の公家によって事実上擁立された緊急避難的な皇統にすぎないという見方もできるのであって、しかも、康正二年十月に後花園天皇の仰せにより皇弟貞常親王(伏見宮家の継承者)に、後崇光院の紋を使用すること。「御所」の号を永代にわたり許された(伏見宮系譜「貞常親王御記云、康正二年十月(虫損)日、晴、從内御使(後花園)源黄門來、故院(後崇光院)異紋以下之事、其儘永世當家可用、且永世伏見殿御所ト可稱慮之旨傳申」『皇室制度史料 皇族四』の64頁)。これは『伏見宮系譜』に引用される『貞常親王御記』が原資料で、小川剛生氏は学者らしく、他に裏付けがないのでこの説に慎重だが、これをもって世襲親王家の存在を公式に認めたということになると肯定的に論じている(小川剛生「伏見宮家の成立」松岡心平編『看聞日記と中世文化』森話社2009)。その後の伏見殿の遇され方でも明らかなように、貞常親王の子孫に同等の身位、天皇の猶子として歴代親王宣下を受けて皇族の崇班を継承される世襲親王(定親王)家としての地位を明確にされたとみてよいだろう。要するに貞常親王の子孫である伏見宮系の男系男子が皇位継承者たりうる由緒は明確なのだ。
 フランスでは、アンリ3世の末弟アランソン公が亡くなると,王には子どもがなくヴァロア系の男子が枯渇したため傍系で遠縁だが、サリカ法(男系主義の王位継承ルール)により筆頭親王家ともいえるブルボン家のアンリが王位継承人となった。アンリ3世と4世は22親等の遠縁になります(もっとも女系では近縁だが王位継承のルールとは無関係)。いかに遠縁でも男系継承のフランス王権の王位継承はそのようになっていたわけです。

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コメント

貴殿の小林批判が読んでいて一番面白いので、もっと徹底的に取り上げて欲しいです。

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