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2010/01/13

団結否認権の確立Right to Work lawが必要だ 下書き1-(15)

1825年法の意義(1月17日修正)

 ベンサム主義者による1824法(団結禁止法撤廃)はマカロックやプレイスの予想に反して、労働組合の公然化、賃金を上げるための団結と、ストライキを各地に頻発させた。団結禁止法廃止以後のストライキ発生数の急激な増加とその激化は、団結禁止法撤廃反対を不安と恐怖に陥れたが、船大工の仕事放棄があったため造船業者が1825年3月リバプール選出議員で商相のハスキスンを動かし、「特別調査委員会」の設置に成功した。この委員会は、2か月25回にわたって77人を喚問し、労働者の団結について(目的・期間・規模・状況・結果)、労働組合について(組合結成の事情、組織、基金、加入手続き)、治安当局の対処など詳細な調査を行った(*18)。

 団結禁止法撤廃のおかげで「多数のストライキがおこり、そしてそれらのストライキには暴力と抑圧が伴った」調査によるとダブリンでは2名が殺された。スターリングシャーのある鉱夫は殴られてほとんど殺されかかった。アイルランドで70~80人が負傷し、そのうち30~40人が頭蓋骨を打ち砕かれた。硫酸をあびせることは、スコットランドでは少なくとも1820年頃からはじまり、多くの人が火傷をうけて、生涯の盲となった。またスコットランドのある鉱夫組合では組合に五ポンド払うまでは、鉱夫として働くことを許されないなかった。海員組合の一つも、乗組員がすべて組合員でないと航海しないことを宣言したと言う(*26)。特別委員会は結論として1824年法は労働者が雇用主を支配統制する機会を与え、また、不正、かつ、無礼な強制を行使する力を彼らに与えたとし、団結に対して一層の干渉が必要であると結論づけ、6月30日下院通過、7月4日に上院を通過した。(*18)

 その1825年法は次のようなものであった。



○ 中西洋の要約(*19)

(イ)1824年法及び同法によって廃止される旨規定されたすべての団結禁止法を廃止し
(ロ)1824年法によって規定された禁止行為にあらたに「妨害(molestation or obstruction)という行為類型をつけ加えた〔ただし、個人々の労働者の行為についてのみ規定し、団結による禁止行為の侵犯については、コモン・ロー上のコンスピラシーを構成するものとの観点から、明文規定を設けない〕
(ハ)他方この法によって、刑事上免責を受ける労働者の行為は、以下の如く限定される(1)賃金率・仕事の価格・労働時間もしくは期間につき、談合しかつ決定するためにのみ集会すること(2)賃金率・仕事の価格・労働時間もしくは期間を定めるため、相互に口頭または文書による契約を締結すること〔使用者の免責行為も同様〕。



○ 浜林正夫の要約(*17)

二四年法に比べて二五年法はどこを修正したのかというと、大きくは次の三点です。
①結社の目的を賃金と労働時間の問題に限定したこと。徒弟修行を終了していない者や非組合員の雇用を禁止する雇用規制の問題が、合法的な結社の目的からはずれていることが労働者側にとっては痛手でした。②スト破りを阻止するために暴力や威嚇をしてはいけないという規定に、妨害という言葉を加えたこと。この妨害にはには物理的な妨害(オブストラクション)のほかに、「しつこく話しかける」(モレスティング)というのが含まれていて、これはあとあとまで問題になります。
③刑罰の強化(以下略)



○片岡曻の要約(*10 117頁)

一八二四法及同法によって廃止する旨規定されたすべての団結法は、廃止される(一、二条)
第三条は、個々の労働者によってなされる暴力・脅迫ならびに妨害(molestation or obstruction)を厳重に禁止する。(「」内は二四年法にはなく本法で附加された規定)

(1)身体・財産に対し暴力を用い、または脅迫し、または「他人を妨害することにより」、以下の行為をなすこと
(a)職人・製造業主・労働者もしくは事業に雇用される他の者を強要して、その職・雇用もしくは仕事を去らしめ、または完成前にその仕事を中止せしめ、または「これらのことを強要しようと努めること」
(b)「職人・製造業主・労働者もしくは雇用されていない他の者が、雇用され、または他人から仕事もしくは雇用を受容することを妨げ、または妨げようとすること」

(2)
(a)他人を強要しまたは誘引して、クラブ・団体に所属させ、共同の基金に醵金させ、罰金もしくは違約金を支払わせる目的をもって、または、(b)特定のクラブ・団体に所属しないこと。賃上げ、賃下げ、労働時間の減少・変更のため、もしくは営業の方式・事業の管理に規制を加えるためになされた規約・指令・決定・規則に従わず、または従うことを拒否したことの故をもって、その者の身体・財産に暴力を用い、脅迫し、または「妨害する」こと。

(3)他人の身体・財産に対し暴力を用い、脅迫し、または他人を「妨害して」、製造業主もしくは事業を営む者を強要し、もってその業務を規制し、管理し、指揮し、もしくは行う方式に変更を加えしめ、または「その者の徒弟の人数、その職人・労働者の人数・種類を制限する」。
 以上の行為をなした者、及びこれを教唆し、幇助する者は、略式手続き(六条」により、三月以下の禁錮に処す。




○石田眞の要約する立法趣旨(*21)

1825年法は1824年法に関する調査委員会の立法勧告に基づくが、立法勧告をわかりやすく説明しているので引用する。
 

 委員会は‥‥まず「団結禁止法」については、①「団結禁止法」の不平等な効果、②「団結禁止法」が意図した目的が効果的に実現されていない、という二四年法と同様な理由で、廃棄が支持される。しかし、委員会は、その他のすべての点で変更を提案する。そして変更が「団結禁止法」の廃止以外の全ての部分にかかわるので二四年法の廃棄を勧告する(九頁)。
 さて廃棄の効果は、どうなるであろうか? 「この廃棄の効果は、その法律(一八二四年法ー筆者)の第二条・第三条にかかげられている特定の場合において、コモン・ローの機能を復活することになるであろう」 (十頁)として二四年法の廃棄の最大の眼目と、二五年法制定の前提がコモン・ローの「復活」であった事を告白する。しかし、コモン・ローの「復活」も一八二四年法以前の単純な繰返しではない。では、委員会がコモン・ローの「復活」によって団結を法的にいかに処理しようとしたのか。実は、ここに二五年法の特質が浮び上るのである。
 第一に、コモン・ローの「復活」によって、一応団結は違法とされるが、賃金・労働時間に関する「集会」「談合」「協定」は例外として違法性が除去される。 「委員会は、コモン・ローが復活さるべきであると勧告するにあたって、一つの例外がコモン・ローの機能に設けられるべきであると考える。即ち、賃金率に関して平和的に相談する、賃金率を引き上げもしくは引き下げるもしくは労働時間を決定するために努力する事でお互に協力する事を合意する使用者もしくは労働者いずれかの間での集会や談合は支持される例外である」(十頁)。
 第二に、目的・態様は、以上に限定される。特に委員会が強調したのは、「使用者の必要な権限に反して労働者が事業や製造業の管理に統制をふるう事は支持されない」という事であり、 「団体に参加したくない人に対する安全で自由な選択を確保するあらゆる予防措置が取られなければならない」 (十一頁)という事であった。従って、ストライキ、クローズド・ショップ、徒弟規制等の目的を有する団結は、 「有益な目的を越える団結」であって「従来と同様に、コモン・ローの非難にゆだねられる」のである(十一頁)。
 第三に、「賃金」「労働時間」に関する団結であっても、その団結内において個人の自由が貫徹されなければならない。即ち「共に協同し、協力する自由は、賃金や労働時間に関して保障されるべきであると勧告するにあたって、個人的な判断の自由な行使に当然払われる顧慮が不可欠である」と同時に、 「団体を離れたいと思う人は・-完全に安全にそうする事が可能でなければならない」 (十一頁)つまり個人の自由な判断における合意(契約)であっても、その合意の拘束は以上の範囲にとどまる。団結契約は、個人の自由によって様々な側面から制約される。
 

                  * *

 

 1825年法の勘所は何かというと、1800年団結禁止法も廃止したが、1824年法も廃止したということである。1824年法は「労働者その他の者の団結は、そのことを理由にコンスピラシーとして、起訴、告発されず、コモン・ローもしくは制定法上の他のいかなる刑事訴追、処罰をも受けない」ものとしていた。コモン・ローによる起訴をさせない制定法だったのである。これを廃止することによって、コモン・ローの機能を一部復活させたところに意味がある。

 コモン・ローの復活により団結は一応違法となるが、、賃金・労働時間に関する「集会」「談合」「協定」は例外として違法性が除去され刑事免責としたのである。団結の目的と態様はこれだけに限定された。つまり個人の自由として賃金・労働時間に関する「集会」「談合」「協定」のみ目的・態様に限定した自発的団結の放任というのが1925年法である。
 委員会が、団結の実態で目を向けたのは、団結が賃金・労働時間に関する目的だけではなく、使用者の製造過程に対する規制や非組合員への強制等の目的を有しているという事実であった(*21)。この点で非組合員への強制は明確に違法とされストライキ・クローズドショップ・徒弟規制の目的を持った団結はコモン・ローの非難に委ねたのである。しかし、1825年法によるコモン・ローの発動の余地を残しているが、その意義を過大評価すべきでないという中西洋の指摘もある。つまり19世紀はベンサム主義の時代であり、中西洋によれば労働運動に抑圧的だったのは、コモンローでも団結禁止法でもなく主従法の体系だったとする(*19)が、この問題についてはここでは深入りしない。

 1825年法は暴力・脅迫に加えて、物理的な妨害(オブストラクション)のほかに、「しつこく話しかける」(モレスティング)による就労妨害を違法としている。1800年団結禁止法では説き伏せることや離職の勧誘が違法とされていたから、それよりは解釈の余地のある文面といえる。この点、裁判官の解釈によっては妨害を広く解釈するとピケッティングは厳格に規制されるが、緩く解釈するとピースフルピケッティングを容認しうる解釈も不可能ではないという点で、問題があったかもしれない。

 私は1799-1800年団結禁止法の在り方が最善と考えるが、1825年法は最善とはとてもいえないとしても、比較的良性の立法例とみなす。それはコモン・ローを機能させるようにしたこと。「個々の労働者が自己の技術と労働を処分するに当たっての安全と人身の自由並びに使用者の財産と身体の安全のため一層進んだ規定をなすことが時宜で適する」(*10 120頁)という立法趣旨にも現れているように、個々の労働者の労働力処分の自由と安全を重視していることである。

*10片岡曻『英国労働法理論史』有斐閣1952
*17浜林正夫『イギリス労働運動史』学習の友社2009年
*18武内 達子「団結に関する〔英国〕1825年法制定の経過」『愛知県立大学外国語学部紀要. 地域研究・関連諸科学編』(通号 4) [1969.12.]
*19中西洋「日本における「社会政策」=「労働問題」研究の現地点--方法史的批判-4-」『経済学論集』 東京大学経済学会40(4) [1975.01]
*21石田眞「イギリス団結権史に関する一考察(上) : 労働組合の法認と「営業制限の法理」『早稲田法学会誌』26 1976[ネット公開論文]http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/6333

*26 佐藤昭夫『ピケット権の研究』勁草書房1961 135頁

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