公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

無料ブログはココログ

ニュース(豪州・韓国等)

« 首相訪沖「本土復帰の日」を避ける理由はたぶん | トップページ | 第3次男女共同参画基本計画策定に向けて(中間整理)に関する意見-女子婚姻年齢18歳引上げ反対 »

2010/05/09

1300年以上の公定家族倫理「孝義」を破壊する夫婦別姓

  家庭は、相互に扶助協力義務を有する夫婦(民法752条)を中心として、未成年の子の監護養育(民法820条、877条1項)や、他の直系血族の第一次的扶養(民法877条1項)等が期待される親族共同生活の場として、法律上保護されるべき重要な社会的基礎を構成するものである。国民感情及び社会的慣習を根拠として制定された民法750条は(夫婦同氏)も当然、今日においても合理性を有するものである。明治民法の 起草者穂積陳重・富井政章・梅謙次郎の三者のうちもっとも強く夫婦同氏を推進したのが梅謙次郎である。梅は「家」制度に批判的で、儒教道徳より愛情に支えられた夫婦・親子関係を親族法の基本とし、士族慣行より、庶民の家族慣行を重視した点で開明的だった考える。つまり進歩的な民法学者が夫婦同氏を強く推進したのであって、その趣旨からもけっして古くさいものではないのである。

ところで福島瑞穂男女共同参画担当大臣は1993年の榊原富士子・吉岡睦子・福島瑞穂『結婚が変わる・家族が変わる-家族法・戸籍法大改正のすすめ』日本評論社という著書のなかで、次のように主張している。(72頁以下)

○ 夫婦の同居・協力・扶助義務の規定もいらない

民法752条「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」の廃止を主張す

○ 夫婦の日常の家事費用の連帯責任の廃止を

民法761条「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う‥‥」の廃止を主張。

○ 老親介護は「嫁」のただ働きか

日本的家制度、明治民法の「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入る」という
出嫁女の婚家帰属性を女性差別として非難。


 このように、福島瑞穂国務大臣をはじめとする夫婦別姓推進論者は伝統的な婚姻家族の破壊を意図してます。特に舅姑に仕えたくないと云う趣旨は邪悪そのものと云える。しかし法務省の民法改正案には民法752条を削除する方針はとっていない。夫婦別姓導入・戸籍解体論者の急進的意図を隠すため、または民法752条削除をやると抵抗が大きくなるために、それはやらずに実を取ると云うことでしょう。、意図を隠しているとみることができます。

 
 日本会議など保守系団体が選択的夫婦別姓に反対する署名運動など国民運動を展開してますが、よくいわれるのは愛情に支えにれた夫婦の絆や夫婦・婚姻家族の一体感をなくすという主張で、それもちろん重要な論点であるが、私が、夫婦別姓等民法改正に反対する別の理由は家族倫理の価値相対化を促す政策自体反対だということである。つまり、夫婦別姓推進、フェミニストがやりたいのは
 
1 日本的家制度(出嫁女の婚家帰属性)という社会的慣習(社会構造)の否定

2 律令国家以来の統治理念である儒教的家族道徳の全面的な否定、具体的には、賦役令の孝子・順孫・義夫・節婦の表旌総じていうと「孝義」とよばれる家族道徳「戸令」二十八の七出・三不去の制にみられる婦人道徳、偕老同穴という夫婦の羈絆性を重視する価値観、『女大学』19ヵ条に本来の家は婚家であり 生家の親より、舅・姑(婚家)に孝養をつくすべきとする婦人道徳の否定。節婦表旌は明治天皇の地方巡幸でもなされており、我が国の公定イデオロギーであり歴史に一貫する婦人道徳である。  

私は上記の2点は伝統的価値として絶対守るべきだと考える。だから夫婦別姓に反対だ。実際、夫婦別姓推進論者は夫や舅・姑と同じ墓に入りたくない。舅・姑に仕えるのはまっぴらごめんと云っているのだから婚家帰属性の標識としての夫婦同氏をきらっているのである。

そういうと、孝子・順孫・義夫・節婦や『女大学』は古すぎる。家族倫理について政府は価値相対的であるべきだとの反論もあるかもしれない。しかし、外国との比較で我が国の家族倫理を支える基盤が非常に脆く、フェミニストに浸食されている今日、婚家帰属性と理解されるところの夫婦同氏も維持されなければ社会の秩序と規範は維持できない危険性が高いと考えるのである。
  欧州では社会の世俗化がすすんでいるが、アメリカ合衆国は42%(1億人)が、聖書を神のことばと信じ定期的に教会へ行き、15%(4000万人)が、毎週必ず礼拝に出席している国民性であるから、フェミニズムの行きすぎにはバックラッシュがある。男女同権条項の憲法改正も保守的国民の反対で実現しなかった。
つまり、新訳聖書にペテロの第一の手紙と第二パウロ書簡(エペソ、コロサイ、第一第二テモテ、テトス)にある家庭訓ジャンルがあって、西洋文明世界の家族倫理となっている。例えばペテロの第一の手紙3章1節は「妻たる者よ、夫に仕えなさい。そうすれば、たとい御言に従わない夫であっても、あなたがたのうやうやしく、清い行いを見て、その妻の無言の行いによって、救に入れられるようになるだろう。あなたがたは髪を編み、金の飾りをつけ、服装を整えるような外面の飾りではなく、かくれた内なる人、柔和でしとやかな霊というという朽ちることのない飾りを身につけるべきである」と婦人道徳が示されている。アメリカにはバイブルベルトなどに分厚い保守層がある為、フェミニストの天下となることはないし、聖書に基づいて教会が家庭倫理を支えているわけである。実際クリントンは、夫人のヒラリーがロダム姓を名乗り、夫婦別姓としていたためアーカンソー州の選挙で落ちたことがある。この教訓からヒラリーはクリントン姓を名乗ることとなったと云われる。保守的な南部では夫婦別姓に嫌悪感がもたれているのである。
我が国の保守的な社会基盤はアメリカよりずっと弱いと考える。4月下旬の産経・FNN世論調査では自民党支持率は14・2%にすぎないhttp://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100426/stt1004261147001-n2.htm。日本会議は武道館に1万人動員する組織力があるといっても、全体としては少数派である。保守的国民が日本会議や神社本庁の政治力に頼っている現状は厳しいものがある。逆に言うと国民の八割以上は保守ではない実情では、制度改革は危ういと考えるのである。
  また、法務官僚は家制度は廃止されたから、夫婦同氏は否定して良いと答えるかも知れないが、明治民法の家制度とは別に、社会的慣行としての限嗣相続の日本的家制度というものは、民法制定以前から、少なくとも室町時代の貴族の家族慣行に遡って、慣行としてあるものだから、社会構造を変える訳にはいかない。 
 
 我が国の家族道徳の基本は孝子・順孫・義夫・節婦(総じて「孝義」)という儒教道徳である。それを守ってこそ伝統的保守ではないのか。いま奈良で遷都1300年のイベントをやってますが、大宝令は藤原京であるから、それより古い伝統で、奈良時代の最初の元明女帝が儒教的家族道徳を重んじたことも知られている。律令国家の統治理念は儒教道徳による民衆教化なのである。それで日本は安定した社会の基盤を形成してきたはずだ。
 儀制令春時祭田条の〈郷飲酒礼〉、戸令国守巡行条の〈五教教喩〉や、賦役令の孝子・順孫・義夫・節婦の表旌などによる家族道徳の形成により、村落社会の秩序を確立した。婦人道徳が民衆に浸透していったのは節婦の表旌に多くの記事がみられる9世紀と考えられる。
節婦とは「願守其(夫)墳墓以終天年」「其守節而有義」「謂、夫亡後葬舅姑負土、営墓、慕思不止也」とされる。
(一例をあげると。三代実録、清和天皇、貞観七年三月廿八日巳酉条 近江国に言えらく、伊香郡の人石作部廣継女、生まれて年十五にして、初めて出でて嫁ぎ、卅七にして、夫を失ふ。常に墳墓を守り、哭きて声を断たず、専ら同穴を期ひて再び嫁ぐに心無し。其の意操を量るに節婦と謂ふべし』と。勅あり『宜しく二階を叙して戸内の租を免じ。即ち門閭に表すべし』)
 つまり節婦には単に二夫に仕えずという貞操概念だけでなく、偕老同穴という夫婦の羈絆性を重視する価値観が含まれており、キリスト教の夫婦の伴侶性を重んじる価値観にも通じている。 (もっとも我が国の婦人道徳の形成において特徴的なのは節婦にみられる儒教的倫理と仏教が混淆して、貴人の女性の出家という習慣がはじめは貴族、後に武家なに広まった。初例は9世紀の仁明女御藤原貞子と考えられるhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_c020.html。)
 ウィキペディアで「偕老同穴」では福沢諭吉の「古来偕老同穴は人倫の至重なるものとして既に已に其習慣を成し、社会全体の組織も之に由りて整頓したることなれば、今俄に変動せんとするも容易に行はる可きに非ず『福翁百話』が引用されている。
 まさに、福沢諭吉も人倫の至重と述べた、善良な道徳を否定するのが福島瑞穂などの夫婦別姓推進論者なのである。

 フェミニストにより良妻賢母教育は攻撃され、今日の女子教育は危機に瀕していると見るべきである。
従って我々は逆に古い価値観を強調したい。それは1300年続いてきたし今後も変える必要は全くない。

 教訓書の先駆とされる鎌倉時代に成立した十訓抄(編者未詳) にも戸令の七出・三不去の制が示されている。そこには、離別すべきでない三つの場合の第一が「夫の父母に仕え、その死を夫と一緒に憂え、悲しむ女」であり、妻を離別すべきは七つの第一は「夫の父母のために、邪悪な妻」である(『十訓抄』浅見和彦校注・訳 小学館1997 193~194頁現代語訳)と書かれている。
 近世の女子教訓書の代表作『女大学宝箱』(享保元年)には「婦人は夫の家をわが家とする故に、唐土には嫁いりを゛帰る″という。わが家にかえるという事なり」とあり、また「女は、我が親の家をば継がず、舅・姑の跡を継ぐゆえに、わが親より舅・姑穂大切に重い、孝行を為すべし」と説かれている。(柴桂子 「歴史の窓 近世の夫婦別姓への疑問」『江戸期おんな考』(14) [2003年])。節婦表旌は明治天皇の地方巡幸でもなされており儒教的家族道徳は古代から一貫したものであり、それが社会の秩序と規範を支えているのである。     

 目に見える法隆寺や薬師寺の木造建築を棄て去ることができないのと同じように、目に見 えない1300年以上の家族倫理の伝統を棄て去ることがあってはならないと考える。
 
 この儒教道徳からすれば、舅姑に仕えない邪悪な夫婦別姓妻はたたき出すべきだし、婚家の家産を相続させる必要もないと考える。

 
 少なくとも昭和50年代までは良妻賢母を標榜する女子校が存在した。昔は女は、我が親の家をば継がず、舅・姑の跡を継ぐゆえに、わが親より舅・姑穂大切に重い、孝行を為すべしと教育を受け、行儀見習いの奉公があり花嫁修業をしたものだが、今は、そういう教育を女子が受けてないので、老親を抱える長男などは結婚しにくくなっている。福島瑞穂のように老親介護のただ働きはいやと云われたら、結婚も困難なのである。少子化対策、結婚しやすい社会ということなら、家庭婦人指向の教育も必要だろう。

« 首相訪沖「本土復帰の日」を避ける理由はたぶん | トップページ | 第3次男女共同参画基本計画策定に向けて(中間整理)に関する意見-女子婚姻年齢18歳引上げ反対 »

夫婦別姓等民法改正問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1300年以上の公定家族倫理「孝義」を破壊する夫婦別姓:

« 首相訪沖「本土復帰の日」を避ける理由はたぶん | トップページ | 第3次男女共同参画基本計画策定に向けて(中間整理)に関する意見-女子婚姻年齢18歳引上げ反対 »

最近の記事

最近のトラックバック

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

世界旅行・建築