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2010年10月の21件の記事

2010/10/31

イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(9)

○ワッピング争議の発端とストライキ参加者即時解雇

 家田愛子論文【*1】に依存するが、ストライキの発端について述べる。
 大衆紙のサン及びニュースオブザワールド(日曜紙)及び高級紙のタイムズ及びサンデータイムズ(日曜紙)を発行するニューズ・インターナショナルは、ロンドン東部ドックランド再開発地区のワッピングに土地を取得、1986年3月から夕刊紙のロンドンポストを創刊する計画を建て、またサン及びニュースオブザワールドの編集印刷も新社屋で行う計画を公表した。これはサンデーテレグラフのスクープで暴露されたためだった。
 
 1985年会社側が提示した創刊紙のロンドンポストの労働協約案は、クローズドショップの廃止、経営者による労働管理、ストライキ参加者の解雇を骨子としており、従来の労働組合による印刷工程の管理、職場支配を否定するものであり、協約締結は難航したが、労働組合はダイレクトインプットを認めるなどの妥協案を示した。しかし現在のニューズインターナショナル社における新聞記者以外の労働者6000人のうち数百人しか必要としない人員計画が明らかになった。組合員はワッピングでサン、ニューオブザワールド、タイムズ、サンデータイムズの朝刊及び日曜紙四紙を印刷できる体制が完備されていることは誰ひとり知らなかったらしい。会社にとって夕刊紙の創刊はさほど重要なことではなく、真の目的がタイムズを含む四紙をダイレクトインプットにより植字工程を省く最新技術による設備を備えた印刷拠点への移転により労働組合を排除することにあることに気づいてなかったようである。
 組合は交渉による状況の打開が望めないしとて、ストライキ賛否投票を行い、半熟練印刷工組合が3534対754、熟練印刷工組合が843対117でストライキ突入が支持された。一方、会社は記者編集者労組に対して年二千ポンドの賃金上積みと私的健康保険の加入を条件にワッピングへの移転の協力を取りつけた。さらに会社は印刷工組合に知られないように、代替労働者の募集を1985年夏からサウサンプトンで行っていた。さらに、運輸関係労組の同情ストを警戒して、鉄道や従来の卸売のルートでないトラックによる配送手段も確保した。ストを見越して周到な準備がなされていたのである。
 こうして1986年1月24日(金)より、半熟練印刷工組合、熟練印刷工組合等がストに突入し、24日はサンもタイムズも印刷できなかった。25日(土)日曜紙の労働者もストに入った。ところが日曜紙のサンデータイムズとニュースオブザワールドは、ワッピングの新社屋で印刷され、配送された。27日(月)のサンとタイムズも新社屋で生産された。ストに突入すれば全紙を停刊に追い込めると楽観していた組合にとって大きな誤算になった。
 ロンドンポスト創刊のための新社屋という触れ込みは罠だったという解説もあるが、罠にはまってストに突入した労働組合の認識が甘かったといえるだろう。
 ストライキに入った記者以外の6000人の労働者は即時解雇された。こうして解雇された労働者6000人と新聞社の争議が開始され一年近くの長期に及ぶこととなった。

 実は、ストライキ中に解雇するのが整理解雇手当を支払わずに済み、もっとも安上がりだったのである。つまり弁護士は会社に対し次のように助言していた。①ストライキは一方的契約破棄にあたり、即時解雇の対象となる。②ストライキ開始前に正式に解雇通知が出されない限り、整理解雇手当の請求権はない。③ストライキ参加者が全員解雇され、選択的再雇用がない限り、不当解雇の訴えが認められない。④唯一の問題は解雇した者がストライキ中であったかどうかであるが、使用者は解雇理由を明らかにしなくてよい。
 
 
 ○イギリスとアメリカの違い
 
 ワッピング争議により、「積極的ストライキ権」のないイギリスの法制においてはストライキ参加者にリスクがあることを浮き彫りにしたといえるだろう。だから問題だと労働組合主義者はいうが、私は反対に優れていると考える。
 アメリカでは1935年全国労働関係法の下で、マッケイルールが知られている。ストライキは不当労働行為ストライキと経済ストライキとに区分されている。前者は全国労使関係法第7条の保護を受ける団体行動に当たり、スト参加者の解雇、懲戒処分は認められないが、後者は恒久的代替者がストライキ中に雇用された場合、スト参加者は恒久代替者を押しのけて職場復帰することはできないというものである。
 連邦最高裁判決NLRB v. Mackay Radio & Telegraph Co. 304 U.S. 333 (1938)  http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=304&invol=333は、ストライキ参加者は全国労使関係委員会の保護する「被用者」にあたらないという連邦高裁の判断を覆し、スト参加者も被用者であるとした。
 判旨は① スト参加者も「被用者」に含まれる。
②使用者がストライキ中の事業継続のため代替者を使用することは禁じられない。
③スト代替者の採用にあたり、恒久的雇用を約束することも許される。
④ストライキ終了後、使用者はスト参加者の職を確保するために恒久的代替者を解雇する義務を負わず、恒久的代替によって占められていない空職の人数分しか復帰を認めないことも適法である。
⑤しかし、スト参加者のうち誰を復職させるかの決定について、組合活動を理由とする差別を行うことは許されない。
 ①と⑤が判例の核心で、②~④が傍論だが、②~④をマッケイルールとして定着し現在まで維持されている。
 連邦最高裁判決トランスワールド航空対客室乗務員組合TWA V. FLIGHT ATTENDANTS, 489 U. S. 426 (1989)  http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?friend=nytimes&court=us&vol=489&page=441は、スト脱落者もマッケイルールの適用を受け、復帰してくるスト参加者より優先することを明らかにした。労働組合はスト脱落者憎しと言っても、たとえ先任権順位がスト参加者が高いとしても、スト脱落者をおしのけて職場に復帰する権利はない。なぜならばタフト・ハートレー法がストに参加しない権利が保障されているからであるとした。またストライキはギャンブルであり、労働組合はその失敗のつけを不参加者に押しつけるなとまで言った。
 この判決はスト参加のリスクを高め、スト脱落者にインセンティブを高めたと労働組合から批判されているが、私は妥当な判決と評価する。
 トランスワールド航空事件とマッケイルール批判の高まりにより下院は1991年に経済的ストライキにおいて恒久的代替労働者の雇用を禁止する法案を通過させたが、上院を通過せず、法改正は失敗している【*2】。この法案が上院を通過するような事態は考えにくいが、もしそうなると、ストライキにおいて労働組合が有利になりすぎる懸念が強く、保守系・自由主義系シンクタンクはこの法案を非難している。
 このようにアメリカでも、ストライキ中に恒久的雇用の代替労働者を雇用しスト参加者が戻ってくる空職を埋めてしまえば、事実上ストライキにより解雇は可能である。しかし、それをやると、労働組合がその企業を敵対視し、労組の支援を受けて当選している議員も黙っていないから、なかなかそこまで踏み込めないだけである。
 しかし、マッケイルールは、ストライキ参加により「被用者」の地位を保持することになっており、「解雇」されるわけではない。空職がある限り優先的に職場復帰することができ、臨時雇用者をそのまま使用することは許されないこととなってるので、労働組合とスト権を保護しているルールなのである。
 シカゴ大学ロースクールのエプステイン教授は労働組合活動を広く法認した1932年ノリス・ラガーディア法以降の労働立法はあくまでも大恐慌という非常時のもので、多くの点で誤りであり、スクラップして、不法行為法と契約法に依拠した賢明なコモンロー制度にとって変わられるベきとする【*3】が、あくまでも、スト参加労働者も「被用者」としたのは1935年のニューディール立法の枠組においてであり、反ニューディールという立場では赤い30年代の労働法を一網打尽に廃止していまうのがもっとも望ましいと私は思う。

 

註1家田愛子「ワッピング争議と法的諸問題の検討(1) : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらしたイギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.168, 1997, p.105-150 http://hdl.handle.net/2237/5752
註2中窪裕也『アメリカ労働法』第2版弘文堂2010年 154頁以下
註3水町勇一郎『集団の再生-アメリカ労働法制の歴史と理論』有斐閣2005年 120頁

反コレクティビズムの勝利-イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(8)

 メディア王ルパード・マードック氏のニューズコーポレーションは、イギリスにおいて大衆紙ザ・サン(発行部数約300万部)、高級紙ザ・タイムズ(60万部)、サンデー・タイムズ(180万部)、サンの日曜版のニューズオブザワールド(320万部)、無料紙ロンドンペーパー(50万部)を発行している。
 アメリカでは20世紀フォックス、FOXテレビジョン、ニューヨークポスト、ウォールストリートジャーナルさらに、大リーグのドジャース、SNSのマイスペースなどもニューズコーポレーションの傘下にある。その時価総額は380億ドル、売上高は140億ドルに達しているが、私はマードック氏を尊敬に値する実業家と評価する。
 その第一の理由は1986年イギリスにおけるワッピング争議Wapping dispute(タイムズ、サンデータイムズ、サン、ニュースオブザワールドの四紙を発行するニューズインターナショナル社における新社屋移転をめぐる熟練印刷工組合、半熟練印刷工組合等の5つの印刷関連労働組合のストライキ)でフリート街からワッピングの新社屋へ移転拒否を就業違反として、新聞記者以外の6000人の従業員を解雇し、熟練印刷工労組等を屈服させ労使関係を変革したその実績によるものである。6000人解雇は非情ではない。これができたからこそ、他の新聞社も人員削減と技術革新を可能にした。自社のみならず業界の発展に貢献したのである。ワッピング争議は20世紀最後のドラスティックな労使紛争になった。もちろんそれはサッチャー政権の労使関係・労働組合改革立法の土台のうえで可能だったといえる。炭鉱ストの敗北も踏まえたうえでサッチャー改革を生かしたのである。周到な準備で印刷工労組に立ち向かったのである。それはイギリスの法律がなんたるかを理解していたからこそできたことではないだろうか。やはりマードックは業界を牽引し先見性のある人物として評価できるのである。
 サンやタイムズなどニューズコーポレーション傘下の新聞社ではワッピング争議以来今日まで記者組合以外の労働組合は承認されていない、印刷工関連組合に加わっている者は採用しない反労働組合人事を行っている。このことを高く評価したいのである。
 既に述べたように、1980年雇用法は、団体交渉を支援する制度を廃止した。 労働党政権による1975年雇用保護法は助言・調停・仲裁委員会(ACAS)による労働組合承認(union registration )制度は廃止された。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/right-to-work-l.htmlイギリスでは使用者が組合に団体交渉の席を認めることを組合承認(registration)というのであるが、政府がこれを経営者に強要させるための制度はなくなったのである。これによって経営者が労働組合を承認するか否かは全く任意であり(元々イギリスはそのようなボランタリズムだった)、組合を否認しても差し支えない、経営権の自由であることが明確になった。サッチャー、メージャー保守党政権下で、労働組合否認が多くなり、もし2010年まで保守党政権が続いていれば労働組合は駆逐される消滅するともいわれたほどである。組合承認の法的手続きはブレア政権の1999年に復活し【*1】、労働組合は存続することとなったが、イギリスではアメリカや日本のような不当労働行為制度はない。日本の制度はそのような意味では労働組合に有利にできている。
 従って、サッチャ-政権時代、新聞社が印刷工組合を承認するか否認するかは経営者の判断である。ロンドン東部のドックランド再開発地区にあるワッピングの新社屋では植字による印刷工程をなくしたハイテク技術で新聞を編集・印刷できる。従って熟練工は不要であり、伝統的に職場を支配しクローズドショップで労働市場を独占していた高コストのクラフトユニオンは全く不要となったのである。
 
 金融の中心地シティーにあるセントポール大聖堂より少し西側の地域をフリート街という。 ここにはかつてフリート監獄があり、フリート街といえば18世紀前半は秘密結婚で有名だった。当時カップルでこの街に行くと四方八方から石炭かつぎあがりの悪質な客引きが寄ってきて、強引に居酒屋などの結婚媒介所に連れて行かれた。その後フリート街といえば新聞街として知られている、しかし1986年のワッピング争議を契機としてガーディアンやデーリーエクスプレスなど新聞各社もフリート街を撤退し、郊外に移り、実質新聞街としてのフリート街は消滅した。ただ在ロンドンメディアの代名詞として使われてはいる。
 なお、ニューズコーポレーションは2008年、22年間印刷の拠点としていたワッピングにも別れを告げ、大ロンドンの北側に隣接するハートフォードシャーのプロックスバーンに世界最大の新聞印刷所を建設して移転し、自社新聞のみならず、デーリーテレグラフも委託により印刷している。http://ukmedia.exblog.jp/8699631/ 

 1980年代イギリスで大規模な警察介入のあったストライキが、3件ある。第一が1984-85年の炭鉱スト、第二が1986年のワッピング争議、第三が1988年のP&Oヨーロッパフェリー争議であるが、炭鉱ストは国営企業であり、政府とアナルコサンディカリスト(スト指導者のキャラクターに特徴があった)の戦いとなったが、ワッピング争議は20世紀最後のドラスティックな労使紛争と評価され、サンやタイムズなどを発行するニューズインターナショナル社という私企業で、熟練印刷工労働組合等を完全に屈服させたことは労使関係のパラダイム転換として、ワッピング争議がより重大であるとも指摘されている。ワッピング争議の詳細についてはネットでも公開されている家田愛子の専論「ワッピング争議と法的諸問題の検討(1) : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.168, 1997, p.105-150 http://hdl.handle.net/2237/5752「ワッピング争議と法的諸問題の検討(2)完 : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.169, 1997, p.153-195 http://hdl.handle.net/2237/5761があるのでここでは、その歴史的意義を整理しておくこととする。

(1)タイムズ新聞社(ニューズインターナショナル)は記者組合以外の労働組合を否認し、結果的に印刷工等の労働組合は排除された。人員削減だけでなく従前の制限的労働慣行をなくし技術革新をなしとげた。実質的に労働組合を打倒したことの意義が大きい。

(2)メッセンジャー争議や炭鉱ストでも違法ピケッティングなどの差止訴訟はなされたが、違法争議行為については差止請求-差止命令-命令拒否による法廷侮辱罪-組合資産差し押さえという司法介入が避けられないことがより明確になった。

(3)炭鉱ストでは石炭公社は炭鉱労組に損害賠償請求を提起しなかったが、タイムズ聞社(ニューズインターナショナル)は熟練印刷工労組に提起した。ただし、損害賠償請求を取り下げることで妥協が図られ争議を収拾させた。

(4)労働組合を排除する目的でストライキ中の組合員の解雇がなされ6000人の労働者の首を斬った。既に述べたように1982年雇用法は、労働党政権の1978年雇用保護(統合)法の次の規定「使用者はストライキ参加者の全員を仕事に戻っている労働者とストを継続している者の全員を解雇できるが、選択的解雇は労働審判所の管轄権とする」を廃止し、ストライキ中の選択的解雇をも可能にしていた。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/right-to-work-2.html、ワッピング争議ではスト参加全員解雇という無難な方を選択したが、解雇はやりやすくなっていた。

 そもそもイギリスでは「積極的ストライキ権」がない。それは1906年労働争議法とそれを確認した1974年労働組合労使関係法による不法行為の免責(起訴されない)という「消極的権利」にすぎないわけである。コモンロー上ストライキは「拒絶的契約違反」とされ【*2】、雇用契約を終了させるという断絶理論が支配的であり、停止理論をとらない。したがってイギリス法上は、予告期間を遵守せずにストライキに参加することが重大な契約違反であり、即時解雇事由になる【*3】。つまりストは「自己解雇」であるから本質的にはリスクを伴う行為だった(ストライキはギャンブル)、だからイギリスでは争議中にストライキ参加者が解雇されるのことは決して珍しいことではなく、むしろ争議のプロセスの一環であり【*2】、争議収拾後職場に復帰することは正確に言うと再雇用なのである。ただ従来は労働組合の力が強く、世論も労働者に同情的だったことから、スト収拾後の職場復帰は暗黙の了解とされていたのであるが、悪しき慣行を破ってこれだけの大量解雇に踏み切ったことを評価したい。

(5)フリート街の熟練・半熟練印刷工組合はクローズドショップの弊害の縮図であり、イギリスの産業の中でも評判が悪く、進歩から取り残されていた(クローズドショップで労働市場を独占しているため、100年前から組合の強力な統制力による制限的労働慣行が行われ、組合内には熟練・半熟練・非熟練で職域が区分されカーストのようなランクが暗黙に存在し、技術革新を阻み古い技術に固執し能率的でない仕事をしながら高い労働条件を維持し、全英平均の2倍の給料を稼ぎ、印刷工はホテルに泊まりタクシー通勤で仕事をやっていた)。ストを支持する世論に乏しく労働組合が孤立したこともストの敗北の要因である。
(6)スト参加者の大量解雇をやってのけた背景として、家田愛子氏が重要な指摘を行っている。「マスピケッティングやデモ隊の群衆の罵倒を振り切ってピケラインを越える労働者が多数いたことも見逃せない。ストライキの代替要員として雇い入れたにしろ、組合のストライキ決定に反して戦列から外れたにせよ、彼らにとっては伝統的な労働組合主義は通用しないものであった。そこにはサッチャー政権下で、「個人の自由」、「選択の自由」を全面に押し出してなされた法改革の必然性がうかがえる」【*2 181頁】。
 社会史的文脈では第6の点がもっとも重要な意義である。これは、サッチャー政権の労使関係改革の仕上げとなった1988年雇用法でストライキに参加しない個人の権利を具体的に明示したことに結実するに至った【*4】。表題の反コレクティビズムの勝利とはこのことである。
 

註1田口典男「ブレア労働政策における組合承認の法的手続きの位置づけ」『Artes liberales』 第70号, (2002)http://hdl.handle.net/10140/2719
註2家田愛子「ワッピング争議と法的諸問題の検討(2)完 : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」Wapping Dispute and British Labour Laws in 1980's (2)名古屋大學法政論集 169, 153-195, 1997-06-30 【ネット公開】 http://ci.nii.ac.jp/naid/110000296231
註3山田省三「イギリスにおける一九八二年雇用法の成立」『法学新報』90巻2号
註4渡辺章「イギリスの労働法制とその変遷(講苑)」『 中央労働時報』804号 1990

2010/10/27

ゲゲゲなんか文化功労者の価値なんかない

 過去に漫画家で横山隆一が文化功労者となってるが、水木しげるは首をかしげたくなる。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101026-00000010-maip-soci目玉おやじやねずみ男、河童の三平とかキャラクターは一応知っているが、格別に文化的価値はないだろう。妖怪なんて非科学的だし単なる迷信、水木薫の日活ロマンポルノを見た世代だが、水木しげるはたんに風変わりな漫画家だとの心証しかない。アニメ文化の発展という意味では「ハレンチ学園」の永井豪のほうが貢献しているように思えるが。
 脇田晴子の文化勲章もよくわからない。御湯殿上日記の研究とか中性女性史関係を一応読んだことはあるが、それほどの学者とは知らなかった。

2010/10/26

イギリスのピケットはやはり6人だけ

 1980雇用法もにおけるピケッティングに関する行為準則http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/right-to-work-l.htmlで、ピケットは6人までとしている。これは今日でも守られているようだ。その証拠となる写真が、中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)のサイトで出てきた。http://www.zenshin.org/blog/2010/03/27-9.html
 2010年3月8日PCS(公務・民間サービス労組)の48時間ストの写真である。ピケを張っているのは6人であることが明らかである。行為準則は「暴力的、脅迫的、妨害的行為を伴うピケッティングは違法である。ピケッティング参加者はできるだけ説得的に自己の行為について説明しなければならない。他の者を説明を聞くようににおしとどめ、強制し、自分達が求めている通り行動するよう要求してはならない。人がどうしてもピケットラインを越えようとする場合には、それを認めなければならない」としている。
 平和的説得に限定され、通過したい人の権利を侵害できないこととしており、6任那以下が合理的人数としているのである。大量動員ピケは警察の介入を招き、民事上の不法行為責任を免れない。

2010/10/24

衰退をくいとめたノッティンガムの中心市街地

 イングランド中央部の人口28万人(商圏人口200万)ノッティンガムの中心市街地のルポがユーチューブにあります。92年に中心市街地活性化に取り組みはじめ、駐車場整備とアクセス改善のための歩行者専用空間化が進み、そしてLRT(路面電車)がPFIにより導入され、衰退をくいとめたと説明されている。http://d.hatena.ne.jp/MaedaYu/20100610/1276140089 http://iwakensamba.blogspot.com/2010/09/blog-post_13.html http://udit.sakura.ne.jp/town10/507_1.html
 PDFhttp://www.itej.or.jp/archive/shiten/200807_00.pdf
1987~1996年の中心市街地の商業の売上伸び率は英国で最高を記録、2005年英国の小売店活力度ランキングで、ノッティンガム市は、リーズ市を抜いて4位に躍進した。中心市街地の居住者数は、2001年の3,237人が約8,000人に倍増した。PDFhttp://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200609_668/066803.pdfやり方次第で中心市街地の衰退はくいとめられるとの心証をもった。
 

反コレクティビズムの勝利-イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(7)

10 ストライキの崩壊

 1984年12月29日それまで石炭備蓄の見込みについて発表を控えていたピーター・ウォーカーエネルギー大臣が「貯炭量は、これからさらに1年間ストが続いても電力制限をする必要が全くないほど十二分ある」と言明した(*1)ことにより、石炭需要が増大する厳寒期までストを継続すれば停電が続出し勝利できるというNAMの目論見は崩れてしまった。早くも1985年1月1日には、南ウェールズの指導者による、スカーギル批判が表面化した。このままではひどい敗北になるという見方だった。南ウェールズNUMは団結の強い左派の牙城であり、スト遂行派圧倒的優勢の地域からの批判は執行部にとって衝撃だった。(*2)
 全国石炭公社はなお、手紙と新聞広告によるスト参加者に対する職場復帰の呼びかけを行ったが、1985年1月半ばには就労者は7万5千に達し、下記のように職場復帰者数は増大していった。
 
  12月29日~1月4日   705人
  1月5日~1月11日   2269人
  1月12日~1月18日  2870人
  1月19日~1月25日  3386人  (*3)
 
 交渉を再開するための予備交渉を再開すると1月21日報じられた。しかし歩み寄りはなかった。1月24日イアン・マクレガー全国石炭公社総裁はスト脱落者の増大を背景として譲歩抜きの終結の道を選択し「石炭公社が非経済的な炭坑と判断した炭坑の閉鎖を認めると組合が文書で明らかにしない限り、いかなる交渉のテーブルにもつかない」という声明を出した。(*4)
 2月1日サッチャー首相は全国石炭公社の経営権を確保しなければならないこと。。非経済炭坑の閉鎖の必要性について組合が文書で同意しなければならないとの石炭公社の要求を強く支持した。(*3)
 2月26日全国石炭公社は2月25日1日としては最大の3600人が職場復帰し就労者は9万1千人になったこと、27日には就労者は50%を越えたと発表した。
 全国ストの賛否投票なくストに突入したが、50%の職場復帰で事実上、これが組合員の賛否を示したこととなり、大勢が決したのである。(*4)
 1985年3月3日NUM全国特別代議員大会がロンドンで開催され、無協定のまま、ストライキを中止し、組織的に職場復帰しようという動議がサウスウェールズNUMから提出され、98対91で可決。3月5日にデモ行進の形で組織的に職場復帰した。(*5)、1984年3月12日から全国ストライキに突入したので、358日(それ以前のヨークシャーにおける部分ストも含めると362日)の長期ストだったが、スト終結にあたって、何の協定も合意もなく組合の敗北である。
 ストが長期に及んだのはサッチャーがストの長期化により労働組合を混乱と分裂に導き、弱体化させる目的があったためだともいわれるが、このストにより政府は1兆2000億円の損失となった。(*6)
 
11.ストライキ敗北の意義

 ただし、全国石炭公社は法的には可能であるのに、民事損害賠償訴訟を提起していない。提訴したのは、就労派の組合員や、ピケッティングで不利益を被った他の業者であった。そこまで追い詰めると、関連産業の同情ストが広がる危険性があったためだと考えられる。それでも1兆2000億円を損しても、NUMを決定的な敗北に追い込んだということで、それ以上の価値のあることだったと私は思う。 
 サッチャー政権は、それまでは譲歩せずにはイギリスでは政治が行われないといわれた労働組合、なかでも最強といわれる全国炭鉱労組NUMと対決して勝利した。労働組合とは正面から戦って政治はできないという「戦後コンセンサス」を破壊したことの意味が大きい。(*7)
 それより重大なことは、田口典男のいうように「団体主義的労使関係からな個別主義的労使関係」へのパラダイム転換の契機となったことである。(*8)
 サッチャー政権の労働政策は、従来の労働政策と異なり、スト規制、ピケット規制、組合登録などの労働組合に対する外部的規制にとどまらず、組合民主主義の推進ののために組合投票の公費支出、組合執行部の選挙などに関する内部的規制によって、労働組合を事実上弱体化させる立法を行った。
 つまり労働組合の団体の力を削いで、組合員個人もしくは非組合員を含む労働者個人の権利を尊重、保護、明文化する立法政策を行った。労働団体による統制より個人の権利、選択の自由を重視する価値観である。
 マスメデイアは就労労働者が何人、スト脱落者が何人ということを、連日のように報道しただけでなく、ピケットラインの暴力行為や、警察の介入に焦点をあてて報道したが、総じて炭鉱ストライキに批判的だった。既に述べたように比較的労働組合に好意的な『ガ-ディアン』ですら、スト賛否投票なく全国ストに突入したことを批判した。
 わが国では、プロレーバーはピケットラインの暴力ないし物理的妨害はストライキ維持のため必要なものとする見解が強くあるが、イギリス人は炭鉱ストの暴力的なピケットラインの報道をみて、スト支持の国民もストライキに批判的な意見を変えていったという。(*9)
 またサッチャー首相は節目、節目で、「ピケラインを突破して戦場に赴く人々の勇気には、心からの賛辞を贈ります。」というようにスト破りの就労派組合員の賛辞を述べ、暴力や脅迫にもめげずにがんばるその家族を励ました。
 労働組合主義からすればスト破りは卑怯者ということになるが、そういう価値観を否定して、就労する個人の権利の尊重を前面に出し、国民もそれを支持したし、労組が暴力と脅迫で組合員を支配することは許さないということを示したことに決定的な意義、パラダイム転換があると私は考える。
 労働立法を知らない人でも、フライングピケット戦術が違法であり、それが悪質なもので、二次ピケや大量動員ピケも違法で警察の介入を招くことは報道により多くの国民が知ったはずだ。そしてそれを政権交代により再び合法化することの愚を学習したと思う。当時の労働党党首キノックですらピケットラインの暴力に批判的になった。
 結果的にこののちブレアの登場で労働党は政策変更し、組合承認制度の廃止など保守党の政策の一部を変更したものの、サッチャー政権の労働立法の根幹部分は改変されなかった。フライングピケや不満の冬でロンドンの町がゴミだけになるのはこりごりということで学習した成果だと私は思う。
 

*1 風間 竜「358日間のイギリス炭鉱ストライキについて 」『経済系』(通号 144) 1985.07
*2早川征一郎『イギリスの炭鉱争議(1984~85年)』お茶の水書房2010年 126頁以下
*3早川征一郎 前掲書133頁
*4山崎勇治『石炭で栄え滅んだ大英帝国-産業革命からサッチャー改革まで-』ミネルヴァ書房2008年  190頁
*3早川征一郎 前掲書 128頁
*4早川征一郎 前掲書 132~133頁
*5早川征一郎 前掲書 135頁
*6風間 竜 前掲論文
*7梅川・阪野・力久編著『イギリス現代政治史』小堀眞裕 第7章「戦後コンセンサスの破壊 サッチャー政権 一九七九~九年-」ミネルヴァ書房2010年
*8 田口典男『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』ミネルヴァ書房2007年 第3章
*9 田口典男 前掲書 第7章213頁

2010/10/23

セクシュアル・ハラスメント防止対策委員会へのアンケートについて

プロジェクト16
 (テーマ セクシャルハラスメント概念もしくは判定の基準の限定・厳密化(女性に有利にしない)または防止政策の廃止)

 22日が私の職場におけるセクハラ防止対策委員会のアンケートの締め切り日なのでアンケートを出しましたが、自由意見の欄の制限字数があり書ききれないため、メールにて事務局担当者と管理職側委員の一人に返信した内容は大筋で以下のようなものです。前回のアンケートでは自由意見の個別意見が詳細に記されていたのに報告書に私の意見を載せなかったので不公平であり、管理職には事務局に掲載させるよう命令しろと強い要望を書きました。
 カットした場合は男性差別として追究します。皆さんと一緒にセクハラについて考えましょうと言っているのに、私をつまはじきにするのは許しません。私は第一にセクハラという言葉の使い方を問題にしているのであって、管理職の職務規律統制を否定している訳ではありませんから、このロジックでは圧倒的に有利と踏んでいます。また先行研究を検討のうえ、内容を精密化させたうえで水道局職員部当局、東京都総務局当局にもセクハラ概念を全面的に見直すよう意見書を出す予定です。また育児休業等次世代育成支援対策は事実上女性に労務コスト転嫁特権を付与し、女性の雇用を抑制する政策として糾弾し、セクハラ問題とともに反女性政策の意見書をできるだけ早い時期に出す予定です。むろんこれは東京都だけではなく、内閣府や厚生労働省の政策自体に反対と言う趣旨です。

(自由意見の大筋の内容

東京都水道局の昨年12月セクハラ防止月間のポスターが貼られています。職員部人事課が作成したもので、大きな字で「なくそう!セクハラ」小さな字で「セクシュアル・ハラスメント」とは?相手を不快にさせる性的な言動です。職員だけでなく、都民や業者に関わる全ての人が対象です。勤務時間外でも、職場の人間関係が持続している場での行為は対象になります。」中ぐらいの字で「その一言で傷ついている人がいます『冗談だよ』そんな言い訳、とおりません」とあります。
 これは男性職員への脅しであり、セクハラに該当しないものを、セクハラと言いつのっているもので全く不当です。むしろこのようなセクハラ防止ポリシーによって男性職員を萎縮させ敵対的な職場環境になっているだけでなく、女性に対する過剰な心理的保護、過剰なロマンテックパタテーナリズムに陥っており、性差別的な職場環境、つまり事実上女性を格別心理的に保護されるべき性として差別する政策となっていることが問題だと思います。
 東京都のセクハラの定義は人事院規則10-10とほぼ同じで「他の者を不快にさせる職場における性的言動、職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」しかし、これは労働省の雇用機会均等法21条2項の管理上配慮すべき指針(平成10年労働省告示第20号及び通達女発第168号平成10年6月11日)労働省の雇用機会均等法のガイドライン(指針・通達)の定義から逸脱したものであります。通達では指針を解説してつぎのように説明する。「『女性労働者の意に反する性的言動により当該女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること』とは、職場環境が害されることの内容であり、単に性的言動のみでは就業環境が害されたことにはならず、一定の客観的要件が必要である‥‥具体的には個別的判断となるが、一般的には意に反する身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回でも就業環境を害することとなり得、性的冗談やヌードポスターの掲示にらよる場合などは継続性又は繰り返しが要件となるものであっても、明確に抗議しているにもかかわらず放置された場合又は心身に重大な影響を受けていることが明らかな場合には就業環境が害されていると解しうるものである。」
 したがって、単に、性的冗談、あてこすり等の性的言動はセクハラではないと明確に示しております。
 セクハラ概念の輸入元であるアメリカ合衆国の雇用機会平等委員会EEOCのガイドラインは「‥‥望まれない性的言い寄り、性的行為の要求、その他の性質を有する言葉又は身体的行為は、次の場合セクシャルハラスメントを構成する‥‥かかる行為が個人の職務遂行を不合理に妨げる又は脅迫的、敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出す目的と効果を有する場合」と敵対的不良環境型セクハラを定義し、公民権法違反の判定基準となる先例であるHarris v. Forklift Sys. (92-1168), 510 U.S. 17 (1993). (私はこの基準は緩いので反対だが)『差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合には、Title7違反になる』『客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどくはなくまた広範でもない行為は、Title7の適用範囲を超えている』とあるので、単なる冗談やからかい、当てこすりではセクハラに該当しないことは明白である。
 従って、東京都のセクハラ概念は嘘、いつわりであり、セクハラでないものをセクハラと言いつのって、男性職員を脅す悪辣なものであるから、男性に敵対的な東京都のセクハラ基準は断固たたきつぶさなければなりません。こんなばかげたものを許すほど男性は卑屈になる必要など全くありません。
 私の職場でセクハラの判定基準は女性側の主観だと言っている人を知ってます。これは東京都のセクハラ概念が広いための誤解です。アメリカの敵対的環境型セクハラでは客観的なひどさが要件だが、合理的人間ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどいか広範であるだけではなく、被害者とされる者の主観においても敵対的・虐待的と認識していなければセクハラにはならないという趣旨であるから、女性の主観が全てだと言うのは本末転倒なのである。
 私はセクハラ規制・防止政策を廃止するか、もしくは1986年第6巡回区控訴裁判所ラビデュー対オセオラ判決Rabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)判決並に、環境型セクハラ成立の要件として、深刻な精神的障害の立証を要する(精神科医により客観的に証明)とすべきだと思うが、さしあたり漸進的改革として以下を提案する。
 環境型セクハラは、労働省の雇用機会均等法のガイドラインにおけるセクハラ定義に準拠し、女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じ、女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じることを要件とすることを明確にすべきである。 
 しかし、労働省のガイドラインがあいまいで女性に有利な解釈になっているところをあらため、『能力の発揮に重大な悪影響が生じ』る職場環境を次のようにより具体的に注釈する。
「差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合であり、客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出してない場合は該当しない」
 これならばほぼアメリカの環境型セクハラの判断基準になっている1993年のハリス判決Harris v. Forklift Systems,Incと同列になるので、まずはここまでセクハラ概念を限定すべきである。むやみやたらに男性を加害者にしないあり方とするようセクハラ指針も改める。
 具体的には、敵対的ないし虐待的であると認定できるような雇用条件に悪化させてはじめてセクハラであるから、単なるからかいや、あてこすり、冗談はセクハラには該当しないこと。1回性の行為、散発的・間延びした行為、攻撃的でないもの、常習的でないものはセクハラではないことを指針で明示する。また、労働省のガイドラインではセクハラの定義から外れている職場外の言動とジェンダーハラスメントは、セクハラ防止対策から明確に外すこと。労働省が認めてないものを認める必要などない。
 そのようなものでなければ、私はセクハラ防止対策委員会を認めないし、男性に敵対的な職場環境を形成しているものとして糾弾し、解散を要求する。 

2010/10/21

本日も頭上報告

 全水道東水労の書記長会議報告9時12分から11分ほどだが、スト権批准投票の呼びかけあり。19日に空調の暖房の設定があったが26度ということだった。設備屋が通常26度設定で24度になるのが普通という説明でそうしていた。しかし、局の環境計画では20度設定、内閣府の省エネ通達では民間20度、官庁19度となっているはず、私なんかはまじめだから、ウォームビズで厚着をして省エネに協力するので、24度は暑いし、結局汗だくで働くことになる。能率という点では22度以下じゃないとよい環境とはいえない。

2010/10/20

セクシャルハラスメント防止対策委員会へのアンケートの自由意見(修正版・後半)

△合衆国雇用機会平等委員会EEOCの敵対的環境型セクハラのガイドライン

 わが国では環境型セクハラといわれているものは、アメリカでは敵対的不良環境型というのである。敵対的という文言が入らないと、環境型セクハラとはいえない。

 「‥‥望まれない性的言い寄り、性的行為の要求、その他の性質を有する言葉又は身体的行為は、次の場合セクシャルハラスメントを構成する‥‥かかる行為が個人の職務遂行を不合理に妨げる又は脅迫的、敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出す目的と効果を有する場合」(山崎文夫前掲書184頁)
 このガイドラインでは、単なる当てこすりや下品な表現は、職務遂行を不合理に妨げる又は脅迫的、敵対的もしくは侮辱的の職場環境を不合理に創り出すものではないのでセクハラには該当しないことは明白なのである。
 たとえば私の職場のセクハラポスターポスター「冗談だよ」そんな言い訳とおりませんということが書かれている。しかし単なる冗談はセクハラではないのである。
 東京都のセクハラの定義には(「脅迫的、敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出す」という核心的な要件を欠落させているので、望まれない事柄は何でもセクハラとしてしまっているのである。単に性別に着目した服装、髪型、メイクの批評、賞賛ですらもセクハラだといいつのるのである。 異常にフェミニズムに迎合した幅広いセクハラ概念なのである。
 
 ところで、合衆国におけるセクシャル・ハラスメント規制は主として公民権法タイトル7の性差別禁止規定によるものである。この論理性には問題があること指摘しておきたい。1964年公民権法タイトル7は「報酬、労働条件、または雇用上の特典に関して人種、肌の色、宗教、性別、または出身国を理由に、どんな個人についても雇用を拒否したり、解雇したり、もしくは差別したりすることが、使用者による違法な雇用慣行になる」と規定するが、主たる立法趣旨は人種差別撤廃であって、もともとジョンソン大統領の提案した原案に「性別」の規定はなかった。ところが公民権法の通過に激しく反対していたバージニアのハワード・スミス下院議員が法案通過を阻止する狙いで「性別」を加える修正がなされた。ところがその2日後にハプニング的に修正案が可決されてしまい、本来議事妨害のために挿入した性差別禁止が盛り込まれてしまったのである。それゆえに立法目的の証拠に乏しい規定である。
 セクハラをタイトル7の性差別とみなす理屈が奇妙で論理性を疑問としたい。例えば下級審判例の Barnes V.Costle 561F.2d 983(D.C.Cir1977)は、使用者としての権限のある者が性的関係を結べば好遇することを示唆し、この誘いを断った当該従業員を解雇したquid pro quo型の判例だが、もし当該従業員が男性であったら、性的要求が雇用条件になっていなかったから、これは性別ゆえに課された条件、すなわち性別による差別であるとするのであるが、この理屈がわかりにくいい。
 タイトル7の基本理念は特定の人種、特定の肌の色、特定の宗教、特定の性、特定の出身国という集団概念により労働者を類別を禁止し、雇用判断は業務遂行能力によるものとしたことにある。報酬、労働条件、特典について、その人の解剖学的差異、ペニスを持つか持たないかによって労働者を分類し、雇用条件を設定することがタイトル7禁止する性差別である。例えば女性のみの労働時間の制限、女性のみ重量物取扱規制、作業現場において女性のみ椅子が与えられる規則などである。業務遂行のための個人的能力を理由とする特定の女性の雇用判断は性差別ではない。この基本理念に照らしてセクハラは性差別といえるのか。
 Barnes V.Costleは女性であるというそれだけの理由で、性的要求に応えることが雇用条件としているものではないから、性別による差別とみなすわけにはいかない。当該従業員が上司から性的要求が事実上課されたとしても、たんに女性であるからということではなく、上司の性的興味の対象となったからであって、特定の性という集団概念によるものではないと述べた。性的要求に応じることが雇用条件となるか否かの労働者の類別は性別という集団概念に基づくものではなく、当該従業員は上司の性的関心、好みによって類別されたのであるから性差別ではないといってよいのではないか。Tomkins v.Public Serice Electlic & Gas Co.568F.2d 1044(3dCir.1977)においては次の理由により公民権法タイトル7の適用を認めなかった。
 「性的欲求と性別とは問題が異なり、セクシャル・ハラスメントにおける問題は性別(による差別)ではない。性的欲求による物理的強姦(Physical attack)が暗い夜道ではなくたまたま会社内で生じたからといって、その救済を与えることが公民権法タイトル7の立法趣旨ではない。(平野晋「セクシャル・ハラスメント法入門」『国際商事法務』19巻12号(1991))それでよかったのではないか。
 そもそも私はシカゴ大学のエプスタイン教授を支持し公民権法タイトル7も廃止すべきとの考えであり、上記の理由からタイトル7のセクハラ規制に反対なのであるが、それでもEEOCのセクハラ概念は性差別の範疇にあるので、フェミニズムの主張するセクハラ概念のようにむやみに拡散していかないことで歯止めになっている。つまり男性とは異なった雇用条件、こと性的欲求に応えることがの雇用継続・昇給・昇進の要件とされたり、男性とは異なる脅迫的・敵対的・侮辱的職場環境におかれることという意味での性差別であるから、脅迫的・敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出すことが環境型セクハラの決定的な要件とされていると思う。
 

×労働省の雇用機会均等法21条2項の管理上配慮すべき指針(平成10年労働省告示第20号及び通達女発第168号平成10年6月11日)の環境型セクハラ定義の問題点

 指針の環境型セクシャルハラスメントの定義は「職場において行われる女性労働者の意に反する性的言動により当該女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること‥‥‥‥」

 通達では指針を解説してつぎのように説明する。「『女性労働者の意に反する性的言動により当該女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること』とは、職場環境が害されることの内容であり、単に性的言動のみでは就業環境が害されたことにはならず、一定の客観的要件が必要である‥‥具体的には個別的判断となるが、一般的には意に反する身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回でも就業環境を害することとなり得、性的冗談やヌードポスターの掲示にらよる場合などは継続性又は繰り返しが要件となるものであっても、明確に抗議しているにもかかわらず放置された場合又は心身に重大な影響を受けていることが明らかな場合には就業環境が害されていると解しうるものである」また「『女性労働者の意に反する性的言動』及び『就業環境を害される』の判断にあたっては、女性労働者の主観を重視しつつも、事業者の防止のための配慮義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要である。具体的には、セクシュアルハラスメントが、男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮すると『平均的な女性労働者』を基準とするとすることが適当である‥‥ただし、女性労働者が明確に意に反していることを示しているにも関わらず、さらに行われる性的言動は職場におけるセクシャルハラスメントと解されうる」(山崎文夫前掲書351頁)

 労働省の指針・通達の環境型セクハラの定義は、EEOCのガイドライン「‥望まれない性的言い寄り、性的行為の要求、その他の性質を有する言葉又は身体的行為は、次の場合セクシャルハラスメントを構成する‥‥かかる行為が個人の職務遂行を不合理に妨げる又は脅迫的、敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出す目的と効果を有する場合」やハリス判決が示した判定基準「差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合には、Title7違反になる‥‥客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどくはなくまた広範でもない行為は、Title7の適用範囲を超えている」と比較すると全体として緩く、女性に有利なセクハラ概念であるといえる。
 敵対的、虐待的、脅迫的、侮辱的、十分に悪質なという言葉を含んでいない。そもそもセクハラという言葉がアメリカから入ったものなのに、フェミニズムに迎合して敵対的不良職場環境という概念を取っ払って、拡散的な概念にしてしまったことが作為的といえる。
 山崎文夫は、雇用機会均等法の環境型セクハラ概念を、「その成立のためには①女性労働者(平均的女性)の意思に反する言動により、②女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じ、③女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じることという判断基準を満たすことを必要としていることは限定的との評価がある一方で、当該女性労働者の主観を重視しているほか(セクハラの概念にはあたらない)グレイゾーンも一定の配慮の対象とし、概念に該当するか否か、微妙な場合でも、相談・苦情に応ずることを求めているため、概念が拡散していることが問題視している。
 にも関わらず、人事院規則や東京都のセクハラ概念よりはましだといえるのは「能力の発揮に重大な悪影響が生じ」「就業するうえで看過できない程度の支障」がなければセクハラにはあたらないことを一応定義していることにある。
 東京都のセクハラ研修ではかつては、グレイゾーンということも説明していたのに、それもなくなって、何でも女性の主観によってセクハラになると説明の仕方であるから極めて悪質といえる。
 なお雇用機会均等法の環境型セクハラ概念では、人事院規則や東京都と異なり、職場外の性的言動も含んでない。ジェンダーハラスメントはセクハラから排除して定義している。

××人事院規則10-10及び運用について(通知)平成10年11月13日人事院事務総長における環境型セクハラ定義の問題点(東京都もほぼ同じ)

 セクシャルハラスメントを「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外の性的言動」と異常に幅広く定義し、「セクシャル・ハラスメントに起因する問題」を「セクシュアル・ハラスメントのため職員の勤務環境が害されること及びセクシュアル・ハラスメントへの対応に起因してその職員が勤務条件につき不利益をうけること」とし、通知によると『職員の勤務環境が害されること』とは「職務に専念できなくなる等のその能率の発揮が損なわれる程度に当該職員の勤務環境が不快になることをいう」(山崎文夫前掲書345頁以下)としているが、米国や労働省における環境型セクシャルハラスメントが成立要件になってる悪質な職場環境を作り出したという客観的な成立要件を外して、セクハラの概念規定ではなく「起因する問題」にすり替えたことにより、異常に拡散した概念となっていることである。これは本末転倒であり、労働省機会均等法ガイドラインの環境型セクハラ概念には、「脅迫的・敵対的・侮辱的」といった言葉を欠いているを疑問としても、一応、セクハラの概念規定として、「能力の発揮に重大な悪影響が生じ」「就業するうえで看過できない程度の支障」が生じなければひれはセクハラではないとしているし、例えば性的冗談は継続性、繰り返しが要件としているように、アメリカ判例を矮小化しているが、一応限定的にセクハラ概念を規定しているが、人事院規則やそれに準拠した東京都のセクハラ概念にはそれすらなく、労働省がグレイゾーンとしていたものも含めてなんでもセクハラと言いつのるものとなっている。なお、山崎文夫前掲書348頁によると人事院規則の指針で例示されている、身体的特徴を話すこと、卑猥な性的冗談、性的からかいの対象とする等の行為には人格権侵害の不法行為が成立しない行為が多数含まれていると批判的なコメントを述べている。
 1998年オンケール判決Oncale v.Sundowner Offshore Services,Inc, et al., 523U.S.75)でスカリア判事が「Title7は、職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいない。それは、『性を理由とする差別』のみを指している。我々は、たとえ職場での異性間のいやがらせであったとしても性的な内容や暗示を含む言葉をつかったという事だけで機械的に性差別だとは決して判示してこなかった。」「我々が‥‥強調したように、この規定は、同性のあるいは異性との日常的なふれあいのなかの真正ではあるが害の無い相違には及ばない。職場での性を理由とするセクハラの禁止は‥‥ただ、被害者の職場環境を変えるのに十分な客観的いやがらせを禁じているだけである」と述べたありかたと異なり、人事院規則や東京都のセクハラ概念には「被害者の職場環境を変えるのに十分な客観的いやがらせ」と示さないことから、セクハラ概念としては全く不当なものであり、必要以上の女性への心理的保護、極端なロマンチックパターナリズムと言わなければならない。しかも東京都水道局のようにこのような広い概念規定で、アンケートが実施され、密告が奨励され、セクハラ防止対策委員会の管理職と労働組合代表の結託、共謀により、男性職員をはめてしまうことになりかねないのほうが脅威であり、拡散したセクハラ概念は男性職員にとって敵対的な職場環境を作り出している。断然容認できない。断固このセクハラ定義は廃止すべきである。

 結論として次のことを提案する

 東京都のセクハラ概念(他の者を不快にさせる職場における性的言動、職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動と示されている)は異常に広いセクハラ概念であって、アメリカ合衆国やわが国の労働省雇用機会均等法のセクハラの定義と比較して著しく女性に有利なものとなっており不当である。具体的には、被害者の雇用条件を変化させる悪質な職場環境を作り出した場合に限定していないことである。
 私はセクハラ規制を廃止するか、もしくは1986年第6巡回区控訴裁判所ラビデュー対オセオラ判決Rabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)判決並に、環境型セクハラ成立の要件として、深刻な精神的障害の立証を要する(精神科医により客観的に証明)とすべきだと思うが、さしあたり漸進的改革として以下を提案する。

 環境型セクハラは、労働省の雇用機会均等法のガイドラインにおけるセクハラ定義に準拠し、女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じ、女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じることを要件とすることを明確にすべきである。 
 しかし、労働省のガイドラインがあいまいで女性に有利な解釈になっているところをあらため、『能力の発揮に重大な悪影響が生じ』る職場環境を次のようにより具体的に注釈する。
「差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合であり、客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出してない場合は該当しない」
 これならばほぼアメリカの環境型セクハラの判断基準になっているハリス判決Harris v. Forklift Systems,Incと同列になるので、まずはここまでセクハラ概念を限定すべきである。むやみやたらに男性を加害者にしないあり方とするようセクハラ指針も改める。

 具体的には、敵対的ないし虐待的であると認定できるような雇用条件に悪化させてはじめてセクハラであるから、単なるからかいや、あてこすり、冗談はセクハラには該当しないこと。1回性のもの、散発的なもの、攻撃的でないもの、常習的でないものはセクハラではないことを指針で明示する。また、労働省のガイドラインにはセクハラの定義から外れている職場外の言動とジェンダーハラスメントは、セクハラ防止対策から明確に外すこと。労働省が認めてないものを認める必要などない。
 そのようなものでなければ、私はセクハラ防止対策委員会を認めないし、男性に敵対的な職場環境を形成しているものとして糾弾し、解散を要求する

2010/10/17

セクシャルハラスメント防止委員会へのアンケートの自由意見(修正版前半)

プロジェクト16
 (テーマ セクシャルハラスメント規制の基準の厳格化(女性に有利にしない)または廃止)

 前回の内容が余りにも出来の悪い内容だったので全面的に書き直します。
 私の職場(東京都水道局)には管理職等と労働組合の代表をメンバーとするセクハラ防止委員会というのがあって活動を行っているが、匿名の密告を奨励するアンケートを行っている。アンケートの内容は詳細に報告され、自由意見を書く欄がありそれについても詳細に他の人の意見は全文が公開されているにもかかわらず、私が昨年の12月に自由意見を書いたにもかかわらず、報告書に載せられなかったことに怒り心頭なのである。
 10月にそれを再びやるが、今度は前回のようなことがないよう、事前にこういう意見を出すけれども報告書に載せるように申し出ることとする。管理職が非常に敵対的なのでカットされると思うが、カットした理由を追及する。先手を打っていきたいと考えます。カットして公表されないことを想定してブログで公表するものである。

自由意見(原案)

 東京都のセクシャルハラスメント防止ポリシ-に置けるセクハラの定義(他の者を不快にさせる職場における性的言動、職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動と示されている)は単にからかいや当てこすりのようなものや、職場外の言動も含めて異常に広いことから、不快と主観的に判断したものは何でもセクハラと糾弾されやすいものになっており、今回の密告を奨励するアンケート調査により事実上女性に気にくわない男性に対するリンチ特権を付与し、リンチをあおるあり方になっている。
 実際に私は、女性側の主観的な判断が基準だいうことを女性職員が話しているのを聴いたことがあり、事実上のリンチ特権と認識していることは明らかである。
 しかもセクハラ防止委員会の事務局は私には何をいっているのか意味不明だったが「合理的通常人」テストでなく「合理的女性」テストとでセクハラを判定すべきだとかいった意見を開陳している。とにかく女性に有利にしよう躍起になっているわけだ。
 昨年のアンケートの私の自由意見(今回の自由意見と同じ趣旨)は、報告書に載せないで(報告書は詳細であり、個別自由意見も具体的に載せていた)セクハラ判定基準に関する事務局担当者の意見を一方配信しているのは、不公平である。管理職は意見の集約に不公平がないよう監視すべきであり、こういう一方的な意見だけが重んじられる理由を説明し、事務局に作為命令を出して、公平に取り上げるよう指示しろ。私の意見を排除するのは差別であり、作為命令を出さないなら、差別的対応をとったものとしてセクハラ防止委員メンバーの管理職の戒告処分を要求する。

 現状は過剰なロマンティックパターナリズム、過剰な女性の心理的保護に陥っている。本来、性差別撤廃、男女平等という趣旨ならばロマンティックパターリズムは排撃されるべきものである(例えば性差別撤廃撤廃の到達点として高く評価されるAUTOMOBILE WORKERS v. JOHNSON CONTROLS, INC., 499 U.S. 187 (1991)間接的母性保護であるバッテリー工場のような鉛の被曝を受ける職場における女性の排除は性差別で公民権法タイトル7違反と断定した)から、目に余る女性に有利なセクハラ基準は全面的に見直すべきであり、男性職員をロマンティクパターナリズムの犠牲とすべきではない。むしろ、このようにつまらないことで、懲戒されたり不利益を受けると脅されることによりむしろ心理的に負担になっていることが、男性にとって不愉快で敵対的な職場環境を形成していることが問題なのである。
 また、上司の性的欲求に応えないことが、昇進・昇給など雇用判断で不利益をもたらす対価型セクハラが、環境型セクハラより悪質であるはずだが、管理職が対象になる対価型セクハラはほとんど問題にされず、もっぱら雇用判断の権限のない一般職員を取り締まりの対象としているところも、それ自体差別的な防止ポリシーだと思う。
 こうした見解は私だけのものではない。例えば山崎文夫は均等法21条の配慮義務を尽くすことにより、民法715条の使用者責任や労働契約上の配慮義務違反(債務不履行)の責任を逃れる可能性を高くするために企業はセクハラ自主規制を強める傾向があるが、それが過度にわたれば、職場は、自由にものの言えない殺伐とした状況(沈黙した職場)にならざるをえないのであると自主規制を批判的に論じている。(山崎文夫セクシュアル・ハラスメントと企業内自主規制『比較法制研究』(国士舘大学)第27号(2004))。
 私のようにペイペイのヒラは石ころのようなもので蹴っ飛ばしてもどうということはない。しかし世の中には、大学教授やエリートで業績を挙げた男性でもつまらないセクハラ事件で社会的信用を失い、放逐されることがが少なくない。これは社会的損失であり、安易にセクハラで人をおとしめることがないあり方を模索したい。我々は女性尊重フェミニズムに反撃していかなければならないと考える。

 最大の問題は環境型セクハラの定義が広すぎ、融通無碍なところにある。
 東京都のセクハラ基準は、おおむね人事院規則10-10にに準拠ししつつ人事院規則よりも緩い。人事院規則が厚生労働省のガイドラインより幅広くセクハラを定義していることはすでに指摘されているとおりである。(山崎文夫『セクシュアル・ハラスメントの法理』労働法令平成16年345頁以下)
 私は厚生労働省のガイドラインも「敵対的(虐待的)職場環境を形成している」ことが要件であると明言されておらず客観的判断を合理的通常人でなく合理的女性テストであるべきとしている点、深く懐疑的であり、米国のEEOCのガイドラインやや環境型セクハラの基準になっている連邦最高裁1993年ハリス対フォークリフト判決HARRIS v. FORKLIFT SYSTEMS, INCのテストよりずっと緩いことが問題であると考えているが、私はハリス判決自体も緩い基準でセクハラ訴訟をむやみに増大させたワースト判決と批判的な見方をとる。

図式化するとこうである。○客観的に有形の害の立証が必要で良い基準、△裁判所や陪審員の主観的判断に左右されやすい面がある、×明らかに女性に有利で悪い基準 ×の数が多いほど悪い基準

セクハラ判定基準の評価

○1986年ラビデュー対オセロラ連邦高裁判決(第6巡回区)
△1993年ハリス対フォークリフトシステムズ連邦最高裁判決
△1998年ファラガ-連邦最高裁判決
△1998年オンケール連邦最高裁
△合衆国雇用差別撤廃委員会EEOCのガイドラインの定義
×労働省の雇用機会均等法21条2項の管理上配慮すべき指針(平成10年労働省告示第20号及び通達女発第168号平成10年6月11日)労働省の雇用機会均等法のガイドライン(指針・通達)の定義
××人事院規則10-10のセクハラ定義(最悪に近い)
×××東京都のセクハラ定義(最悪だ)

 結論を先に述べると、そもそもセクハラ防止それ自体に反対であリ、十歩譲っても、ラビデュー判決並に厳格な基準でなければ安心できないし、男性にとって脅威となりかねない。百歩譲るとしてもアメリカの判断基準と同等のハリス判決及び、ハリス判決を引用する判例の基準まで精密化されない限リ、事実上の男性敵視政策として反対する。東京都はもっともひどく事実上女性にリンチ特権付与のような悪辣さであり、男性に対して敵対的であり、労働組合が服務規律問題に干与する不信感はぬぐいきれずセクハラ防止委員会は解散すべきであリ、東京都及び東京都水道局のセクハラ防止ポリシーを糾弾する。
 環境型セクハラの判定基準は少なくとも、女性の主観的判断ではなく客観的に敵対的・虐待的な職場環境を形成し、業務遂行を著しく妨げ、あるいは深刻な心理的被害をもたらし、雇用条件を変化させ、攻撃的且つ常習的且つ、過酷なものでなければ安易にセクハラとは認定しないこと。男性をおとしめることのないように、また、単なるからかい、当てこすり、突発的、1回性のものは胸をもまれようとセクハラにはあたらないことを明確に基準として示さない限り、私はセクハラ防止政策に断固反対していく。また、わが国の厚生労働省ではセクハラの概念に包含していない、職場外(例えば宴会)の行為やジェンダーハラスメントも含めてセクハラ防止ポリシーとするのは行き過ぎであり、これも認めない。

(詳論)

1986年第6巡回区控訴裁判所ラビデュー対オセロラ判決Rabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)
 環境型セクシャルハラスメントの要件して有形の害の立証を被害者に求めるテストであり、経済的損害や深刻な心理的傷害の立証を求めるものである。私はセクハラ規制に反対であり、そもそも公民権法タイトル7の性差別とする論理に無理があると考えるが、これなら男性は比較的安全であり、容認することにやぶさかでない。

 つまりこの判決は職場環境が被用者の精神的安定に重大な影響を及ぼすか同人が精神的損害を被るほど重大であることを原告が立証しなければならないという多くの巡回裁判所が採用していたコモンローの不法行為法上の諸観念に基づく基準であるからである。ハリス判決で採用されなかったが、私が裁判官ならこのテストを採用し、セクハラの適用の拡大に慎重な姿勢をとる。(参考文献 平野晋「セクシャル・ハラスメント法入門」『国際商事法務』19巻12号(1991))

1993年連邦最高裁ハリス対フォークリフトシステムズ判決Harris v. Forklift Sys. (92-1168), 510 U.S. 17 (1993)連邦最高裁が敵対的環境型セクハラの判断基準を示した先例だが、1998年のファラガ-対シティオブボカラトン判決Faragher v. City of Boca Raton, 524 U.S. 775 (1998)、オンケール 対サンダウン・オフショア・サービスィズ社事件Oncale  v. Sundowner Offshore Services,Inc, et al., 523U.S.75(1998)もほぼハリス判決を踏襲している。
 ハリス判決の事案は次のとおりである。
 1985年4月から1987年10月までの2年半の間を通して女性マネージャーに対して,他の社員の前で何回か「君は女だ。なにが分かるというんだ。」「男のレンタル・マネージャーがほしい。」と発言し、一度は「ムレムレしり女」と言うなど、しばしば女性であることを理由として侮辱し、また、他の社員の前で「君の昇給交渉のためにホリデーインに行かないか」、「顧客と週末にセックスすると約束したか」と言ったり,自分のズボンの前ポケットにコインを入れて女性社員にそれを取り出すよう要求したり,女性社員の前に物を投げてそれを拾わせて覗いたり、女性社員の衣服について椰楡するなど,しばしば女性社員を性的あてこすりのターゲットとした使用者(社長)の行為について、会社側勝訴の高裁判決を覆し、公民権法違反の環境型セクシュアル・ハラスメントが成立するとしたものであるが、私は総じて社長の行為は攻撃的でなく悪質でないと判断し、オコーナ-判事の法廷意見に批判的な見方をとる。この社長はモーテルに連れ込んだ訳でもなければ、社長がコインを放り投げたり、ズボンの前ポケットからコインを取り出すのも単なるお遊びに過ぎず深刻なものではない。社長の機嫌をとるために追従するのは従業員の役目のようにも思うくらいだ。ただビジネスのために顧客との枕営業もというのは、ジョークか仕事の指示かは不明だが、仕事熱心な従業員ならやるだろうし、それくらいのことは必要なのかもしれないが、男性職員と異なる労働条件の指示として性差別的と認識することはできる。しかしその指示を無視したことにより、首になったわけではないから、結論としては雇用条件に変化をもたらしていないので、性差別と認定しない。

 ハリス判決よりハリス判決が採用しなかった、第6巡回区のRabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)の厳格な環境型セクハラ判定基準で比較的優れていたと考える(環境型セクハラが成立する要件として、発言や行為で、他人を困らせたり、不愉快にさせただけでは救済を求めることはできないのであって、被害者は明確な、有形の被害Tangible Harmを被ったことを証明を要件とする。 有形の害とは、経済上の損害や、精神科医や分析医の診断によって認められた精神上の傷害である。神経症に陥るほどの深刻な精神的危害が客観的に立証されない限りセクハラで救済を求めることはできないというものである)。
 ハリス判決は第六巡回区連坊高裁のラビデュー対オセオラ判決の判断基準により深刻な心理的傷害の立証がないとしてセクハラと認めなかった連邦高裁の判断を覆し、環境型セクハラの判定基準を次のように示した。。

差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合には、Title7違反になる』When the workplace is permeated with discriminatory intimidation, ridicule, and insult that is sufficiently severe or pervasive to alter the conditions of the victim’s employment and create an abusive working environment, Title VII is violated.”
『客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間(道理をわきまえた通常人)ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどくはなくまた広範でもない行為は、Title7の適用範囲を超えている』“Conduct that is not severe or pervasive enough to create an objectively hostile or abusive work environmentan environment that a reasonable person would find hostile or abusiveis beyond Title VII’s purview.”
「私たちは、環境が「敵対的である」か「虐待的であるか」が単にすべての事情を見ることによって決定できると言うことができる。これらは差別している行為の頻度を含むかもしれない。厳しさ。それは、物理的に険悪であるか、屈辱的であるか、単なる不快な発声か。そして、それは無分別に従業員の業務遂行を妨げるのであるかどうか。原告が、環境が虐待的であることが実際にわかったかどうか決定すると従業員の心理学的な幸福への効果はもちろん関連している。しかし、いかなる他の関連要素のようにも、精神的傷害は考慮に入れられるかもしれないが、どんなただ一つの要素も必要ではない。」
 として、客観的に敵対的、虐待的職場環境と形成していることが環境型セクハラの基準であって、深刻な心理的傷害の立証は不要であると結論した。
 この判断基準だと、私はこの社長の行為は悪質でないと思うが、別の人はそう思わないということがあるように、裁判官やヤ陪審員の主観的判断で左右されるのではないか。この点、精神的傷害という医学的に客観的に判定ができるラビデュー判決の法が安定的で優れていると考えるものである。但し、本判決は「合理的通常人」テストを採用し、第9巡回区の女性に有利な判断基準をとった下級審判例の「合理的女性」テストはとらなかった。フェミニスト法学に迎合したわけではない。

 ハリス判決では客観的に敵対的・虐待的職場環境を形成していることがセクハラの要件となるが、オンケール判決では「嫌がらせの客観的過酷さ」は、状況とかかる振舞いが行われた社会的文脈の全てを考慮に入れた上で、「合理的な通常人」が従業員の立場に置かれた観点から判断するべきものとされた。つまり合理的通常人テストプラス総合的判断としたのである。
 しかし合理的な人がある環境を虐待的と考えても、かかる環境が従業員によっても虐待的と主観的に認識されないと、タイトル7の下で謳われるところの性的嫌がらせの主張ができるほど充分にその従業員の雇用条件が「変更」されたことにならないとした。http://rosegroup.us/files/Website--Sex%20Harassment--ILS--v.2%20Japanese%20version%20(00009052).PDF
 ところが、東京都のセクハラ防止指導では、女性に歓迎されないと主観的に判断したもの何でもセクハラだとしているが本末転倒である。アメリカの基準では、客観的に敵対的・虐待的な職場環境と合理的に判断されるだけでは足りず、本人が虐待的・蔓延的と認識していなければセクハラではないという趣旨であり、本末転倒なあり方は断固是正されるべきである。(オンケール判決は邦訳がネットで読めるので参照されたい)
 またファラガ-判決では「公民権法タイトル7の差別禁止規定は、男性及び女性が同性及び異性のメンバーと日常的に作用しあう純然たる無害なやり方での相違を禁止するものではない。」オンケール判決でも「Title7は、職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいない。それは、『性を理由とする差別』のみを指している。我々は、たとえ職場での異性間のいやがらせであったとしても性的な内容や暗示を含む言葉をつかったという事だけで機械的に性差別だとは決して判示してこなかった。」「Title7は礼儀作法規範でもない」としている。またファラガ-判決は「単なるからかい、当てこすり、極度に重大な場合を除く単独の行為は、労働条件の差別的な変更にあたるものではない‥労働条件の変更にあたるほど極端なものでなければならない」と述べた。 
 つまり突発的、1回性、散発的、間延びした行為ではセクハラと認定されないのである。但し、下級審判例で男性器より精液の発射を見せた事例で1回性のものでもセクハラと認定された例、管理職からレイプされた事例は重大だとされた例があるが、ただそれだけである。
 ハリス判決以前のものだが。建築業の職場で、女性器を意味するスラング(日本語に訳すと「オマンコ」に相当する俗語)をはいたケースではセクハラと認定しなかった。

 ハリス判決以降の下級審判例を引用すると次のとおりである。(山崎文夫セクシュアル・ハラスメントと企業内自主規制『比較法制研究』(国士舘大学)第27号(2004)http://libw01.kokushikan.ac.jp/data/1001272/0000/registfile/0385_8030_027_06.pdf7

 バーネット対ティコ社事件第6巡回裁判所判決(2000)は、①人事マネージャーが会議中ライターの入った煙草の箱を女性社員のタンクトップとブラジャーの紐の内側に入れたという行為②会議中女性社員が咳をしたところ,人事マネージャーがのど飴を差し出して「君が処女を失ったっていうから,これで補えよ」と言ったという行為、③年末に女性社員がクリスマス用セーターを着ていたところ、人事マネージャーが、そこに書かれた「DecktheMalls(通りを飾り付けろ)」という文言を見て,「DicktheMalls,DicktheMalls,興奮しちゃうぜ」と言ったという行為(Dickは男性性器の俗称)を、公民権法違反で提訴した事案について,従来の判例と比較しながら評価し,煙草の箱を入れたことは不法接触(battery)の要素を含むが総合評価すると2回の攻撃的発言と1回の不法接触では,敵対的職場環境を構成するほど重大であるという事実問題は争点とはならないという判断を示して女性社員の控訴を棄却している。この判決は,女性労働者が7月から10月までの2週間ごとの会議で差別的発言や尻・おっぱい云々という性的ジョークを浴びたという事案について、ブラック事件第6巡回裁判所判決(1997))が単に攻撃的であるというだけでは不十分であるとして女性労働者の請求を棄却したことを引用して,本件は,ブラック事件よりも間延びしており、蔓延しているとも重大であるともいえないとしている。
 この判決は,「オー!黄色のドレス、黄色の靴、パンティも黄色かな」発言などの社長の女性労働者に対する性的言動が7年間続いたという事案について行為の継続性を重視し,公民権法違反を認めたアベイタ事件第6巡回裁判所判決を引用して,本件のハラスメントは,アベイタ事件のそれに比べて継続性が弱いとしている。
 「パンティも黄色かな」事件も7年間も続いた性的言動から認定されたのであって、「パンティも黄色かな」の1回性のものであればセクハラではないことは明らかである。だいたい、黄色いドレスに黄色い靴の女は目立ちたがり屋で、男性の言い寄りを誘っているようにも思える。社交的な男性なら「パンティも黄色かな」と言いたくもなるだろう。

 ブルックス対サンメテオ市事件第9巡回裁判所判決(2000)は,女性職員が電話通信司令係として夜勤で救急電話を受けている最中に男性同僚によって背後からセーター及び下着の下に手を入れられ胸部を撫で回された事案について(男性同僚は懲戒手続開始後退職),腹部・胸部を触る行為は数分のうちに行なわれたたったひとつの出来事であり,事件直後市は加害者を職場から外しているので,合理的な女性であれば加害者の行為が就労条件を変貌させるほど永続的でないことがわかるはずであるとして,女性労働者の請求を棄却している。本判決は,たったひとつの出来事だからといって公民権法違反が認められないわけではないが,強度と頻度は反比例の関係にあり,公民権法違反が認められるためには,たった一回の行為が極めて重大(extremelysevere)なものでなければならないとしている。本件では,女性労働者は入院を要するほどの傷害を受けたわけでも,一晩監禁されたわけでもないというのである。

 シェファード対テキサス州会計検査官事件第5巡回裁判所判決(1999)は,女性職員が男性同僚(婚約者の義兄)①机のそばで「君の肘は乳首の色と同じだ」と言われたこと、②ドレスの下方を見るふりをしながら「君は大きな太ももをしている」と言われたこと,③机のそばで何度も服装を上から覗こうとしたこと、④傍らに立って何度も彼女の腕に触れ肩から手首にかけて手をなぞり下ろしたこと、⑤職場の打ち合せで二度にわたり自分の膝をたたいて「君の席はここだよ」と言われたこと、という一連の行為が2年間続いたことを公民権法違反として提訴した事案について(男性同僚は性的な誘いをかけたこともデートに誘ったこともなく、両者は毎曰フレンドリーな会話をし仕事中も仕事外でも友好的な関係を保っていた)、ハラスメント行為が提訴可能であるためには,客観的にも主観的にも攻撃的でなければならず,本件状況を総合的に勘酌すると、発言は野卑で攻撃的(offensive)ではあるが重大とは言えないし,じろじろ見るという行為や腕へのタッチも重大ではなく、男性同僚の行為は、職場環境を敵対的にも虐待的にもしていないとして、女性職員の訴えを棄却している。
 ところが、東京都のセクハラ定義では、敵対的・虐待的職場環境という基本的要件を欠いて、性的なからかい、わざと身体を触られた、理由なくじろじろみられたというだけでセクハラだというのである。「女の子」「おばさん」といわれた。お酌を強要されたというだけでもセクハラと言いつのり、男性の糾弾の対象とされることとなっている。目に余る行き過ぎである。
 ブレナン対メトロポリタンオペラ・アソシエイション事件第2巡回裁判所判決(l999)は,男性同僚が職場の掲示板に7枚の葉書サイズのセミヌードやヌードの男性写真を貼ったことについて女性労働者が本人に抗議した事案について、合理的な陪審員はこれらの写真が雇用条件を変貌させるほど脅し、嘲笑及び侮辱の蔓延した雰囲気を生み出すとは考えないと判断し、1度だけの卑根なからかいとともに考えても、提訴可能なレベルに達していないと判断している。ただし、反対意見は,写真の1枚は性器が露出しておりその他の写真も性的部分を目立たせようとするものであり、陪審員に判断を委ねるべきであるとしている。
 東京都のセクハラ指導では、ヌードだけでなく水着の写真ですら、職場に貼ることはセクハラだとしているが、この判例を読む限り米国ではそうではない。

 ミノー対リノ立職業専門学校第7巡回裁判所判決(l999)は、専門学校の男性分校長が女性職員に,仕事に関係のない電話をセクシーな声でなれなれしくしょっちゅうかけてくる(内容としてデートに誘うとかエロッチックなものはない)ということと、女性職員が分校長に関するうわさを広めたことをなじった際に,分校長が女性職員に腕を回しキスして抱き締めたうえで「こういうのがセクシュアル.ハラスメントか」と発言したということについて上司や同僚が女性職員をデリカシーをもって扱わず,乱暴な言葉を使ったとしても,そういうことはありふれていて差別とはいえず,公民権法違反とはいえないとした。
 東京都のセクハラ定義では、女性にとって不快な性的言動は全てセクハラとしているので、単にデリカシーのない言動も糾弾の対象となる。しかし米国ではそうではない。

 結論として、アメリカでセクシャルハラスメントの判断基準となっているハリス判決はセクハラ訴訟を増大させた要因となり好ましく思わないが、しかしハリス判決以後の判例は必ずしも女性に有利なものとなったとはいえない。これはフェミニストが推奨する客観的な過酷さを判断する基準を「合理的女性」テストではなく、「合理的通常人」テストを採用し、セックスブラインドアプローチをとっているからである。女性的な感情を保護するアプローチそれ自体が性差別になりかねない問題だからだと思う

2010/10/16

反コレクティビズムの勝利-イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(6)

今回は、1984年7月から12月までの展開を時系列的に記述する。私が強調したいのはストライキ反対就労労働者への脅迫、暴力の問題である。ストライキというのはこれほどの残虐なことが起きるものであること。

(1)http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-4385.html
(2)http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6d81.html
(3)http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-0f35.html
(4)http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-84c6.html
(5) http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-22a0.html

8 夏より10月末の交渉決裂まで

 主として、組合主流派(ストライキ)と就労派との暴力抗争や警察の介入をみていくこととする。
ノッティンガムシャー、ミッドランドなどの4~5万人の炭坑夫ははじめからストライキに参加しなかった。人身攻撃から身を守るための反ストライキ派のオルガナイザー“Silver Birch”(白樺派)が活動していた。Silver Birchは新聞であって反ストライキ派のスポークスマンだったのである。1984年5月25日正式にノッティンガムシャー就労炭鉱労働者委員会を結成し就労派の組織的結集を行っていたが、7月24日には各エリアからの反ストライキ派が結集してストを早く終了させるための秘密集会を開き、ストライキ派を職場復帰させるべく会合を持ち始めた。*1

 1984年7月25日にサッチャー首相は、発電所の石炭備蓄について、スト反対派炭坑夫により操業されているノッティンガムシャーそのほかの炭鉱から供給が続けば1985年6月まで安全だとの極秘情報を得た。ノッティンガムシャーからの供給量が増加すれば発電所の持久力は跳ね上がるとのことだった。サッチャーは石炭輸送さえ止まらなければ有利な形勢と読み、鉄道組合員には賃上げ交渉で譲歩する分断戦略を立てた。
このように4万人が当初から反ストライキ派で警察の介入もあり操業を確保したことと関連産業の同情ストが広がらなかったことはストライキの帰趨に決定的な影響を与えていたのである。
 サッチャーは7月31日下院で次のように演説した。「労働党は、ストライキとあれば、その根拠が何であろうと、一切構わず支援する政党です。とりわけ見逃してはならないのは、わが国の働く人々の真の利益を代表するとしながら、スト中の炭鉱労働者をけしかけて、ストに参加しないほかの労働者を攻撃させるという、自らの主張を完全に汚してしまったことです。」*2
 7月30日サウスウェールズNUMに対し裁判所は5万ポンドの罰金を課した。Richade(Transport)Ltd v.N.U.M(S.Wales Area)これは4月10日にサウスウェールズの運輸業者が違法なピケッティングにより業務を妨害されたとして、提訴し、裁判所は二次的ピケッティングの差止命令を無視したため法廷侮辱罪に問われたためである。組合は罰金を拒否したため、8月16日に裁判所により任命された資産差し押さえ人によりサウスウェールズの組合資産のうち70万7千ポンドを凍結した。*3

 大規模ピケの警察による制圧により、夏場過ぎになると組合活動家の要求不満は、スト不参加者の労働者およびその家族に対する暴力行為の増加という形で表れた。個人や企業への威嚇を中心としたゲリラ戦法に切り替わっていったのである。ノッティンガムシャーは秩序が保たれ平穏になったが、ダービーシャーでは分裂が深く事態が悪化したため、警察が炭鉱労働者の保護に積極的に乗り出し。多数の刑事が脅迫取り締まりに投入され、パトロールも行われた。*2

 8月7日南ウェールズの約1000名が、就労派の拠点であるノッティンガムシャーのシルバーヒル炭坑とハーワース炭坑を襲撃し、就労派炭坑夫200名の自動車を破壊、他に全国石炭公社の輸送車車庫などを襲撃した。
 8月9日南ウェールズの炭坑町で、就労をめざす一炭坑夫モンティー・モルガンの戦闘を宣言した300名のうち7人を逮捕した。
 8月20~24日ダーラムのイージントン炭坑で一炭坑夫の就労を目的とする警察と5日間対峙した。
8月22日南ヨークシャー、アームソープで炭坑夫の就労をめぐり衝突があり、警察はアームソープを包囲した。*4
 8月28日裁判所はヨークシャーのストライキを不法ストとしてヨークシャー地域の組合およびNUMを名宛人とし組合員にスト支援やピケ・ラインを横切ってはならないとのよびかけをおこなうことを禁止する差止命令を出した。これは8月7日にヨークシャーの2人の組合員が白樺派の支援により、支部がストライキ賛否投票なしにストに突入したのは規約違反で不法であるとして提訴を行ったものである。Taylor v.N.U.M(Yorkshire Area)[1984]IRLR445
 裁判所の判断は、ヨークシャー地域のストが「全国スト」の よびかけ以前に開始しているとしても、地域のストは規約違反の「全国スト」の一部に他ならないこと。また、そのストを「地域スト」と見た場合でも、スト権を確立した地域スト投票(1981年)はあまりにも間隔が開き過ぎている」という理由から、ストは「全国スト」としても「地域スト」としても不法であると判断された。NUMは差止命令を無視したので、これは法廷侮辱罪により罰金が課され、組合資産の凍結=差し押さえとなるのは当然の成り行きだった。*5
 9月1日ポートタルボー鉄鋼工場の43時間の座り込みで、南ウェールズの炭坑夫101名を逮捕。
 9月3日ブライトンで開催のTUC大会に向かう5千人の炭坑夫に対し5000人の警官が対峙した。*4
 
 9月に入ってサッチャー首相はダウニング街でスト反対派の「職場復帰を求める労働者の妻の会」のメンバー、家族が脅迫にさらされながら勇敢に闘っていること婦人達に
会見した。それによると炭鉱町の商店街は、就労派労働者の家族には商品を売らないようストライキ派に脅されていること。管理職がNUM側に立って、職場復帰を阻害しているという情報にサッチャーは衝撃を受けたと語っている。*2
 9月11日ノッティンガムシャーの組織が発展して全国就労炭坑夫委員会が結成される。*7

 9月21日南ヨークシャーのモートルビー炭坑で6000名のピケと4時間にわたり衝突、空気銃も発射された。*4
 10月2日労働党大会でキノック党首は警察を非難したが、(ピケットバイオレンスを含む)あらゆる暴力を非難する演説を行った。これは警察の暴力を非難するNUMの立場とはことなっていた。*6
 10月5日全国就労炭坑夫委員会はピケットバイオレンスを告発する25頁のレポートを発表した。*7
 10月10日ヨークシャーの不法スト事件Taylor v.N.U.M(Yorkshire Area)[1984]IRLR445の禁止命令に従わなかった法廷侮辱罪により、NUMに20万ポンド、スカーギル委員長に1万ポンドの罰金が判決された。*2
 10月半ばから11月半ばにかけてヨークシャーでスト破りの就労をめぐって対立。*4
10月25日裁判所はNUMの20万ポンドの罰金支払い拒否により、NUMの全組合資産の凍結を発令した。金額にして1千万7千ポンドであった。もっとも、流動資産のかなりの部分がアイルランドのダブリン、スイス、ルクセンブルクの銀行に避難していたため、凍結が全て成功したわけではないが、組合には打撃となった。*8
 10月28日『サンデータイムズ』がNUMの執行部がリビアのカダフィ大佐に資金援助を求めたと報じた。15万ポンドといわれる。このほかアフガニスタン経由でソ連からも資金提供があった。*2
 10月31日イアン・マクレガー全国石炭公社総裁はアーサー・スカーギルNUM委員長の10時間半に及ぶ交渉を持ったが決裂した。争点は「炭鉱閉鎖をするかどうかは独立した調査機関の調査結果に従う」とするNUMと、「最終的判断は全国石炭公社にある」とするとして合理化を推進しようとするマクレガーの対立だった。*9
 サッチャー政権は「トンネルの終わりのみえない」炭坑ストに妥協を許さない政治的意思を固め、早期解決を模索しなかった。石炭公社幹部も炭坑合理化計画に対して経済的必要性の観点から妥協しなかった。政府・全国石炭公社の妥協しない方針はNUMを追い詰めた。過去の経験から妥協案が出てくるだろうと考えていたNUMとスカーギルの判断が甘かったとされている。*10ナショナルセンターのTUCは仲介に入って妥協も模索されたが、そもそもTUCも労働党もNUMの強硬路線を修正する能力はなかったのである。

9 クリスマスボーナスによる切り崩し攻勢

 11月2日とマクレガー全国石炭公社総裁はこのままではスカーギルといかなる交渉もしないと宣言した。またクリスマスシーズンを最大限活用し、「職場復帰キャンペーン」による切り崩し攻勢を仕掛けた。石炭公社の広報誌をダイレクトメールで送り、11月19日までに職場復帰者には650ポンドのクリスマスボーナスを支給することを発表し、新聞・テレビでも報道された。さらに11月23日には15ポンドの上積みにして11月30日までの職場復帰者へのボーナスを支給するというという奨励策をとった。組合の頭越しに直接組合員に訴える手法はマクレガーらしいやり方でこの手法は評価できる。その成果は、次の通りである。
 
各週別の職場復帰者数
 11月4日~10日    2200人
 11月11日~17日   5019人
 11月18日~24日   5952人
 11月25日~12月1日 2158人
 12月2日~8日      667人
 12月9日~15日     477人
    計        16473人 *11

 なお、11月末の時点で、組合員18万6千人のうち、スト参加者12万3千人に対して就労中の組合員は6万3千人であり、このうち5万人近くは当初からストライキ反対で就労している。従って、1万6千人のスト脱落は決して大きいものではなかった。 しかし、脅迫と暴行という極めて危険な状態、後述するように、死亡事件も起きたように命がけでのもスト破りにもかかわらず、最強の組合とされるNUMで脱落者が続出したことは大きかった。*12
  
 11月5日シェフィールドにおいてNUM特別代議員大会が開かれたが、一人の反対もなくストライキ続行が決定され、戦闘的な強硬路線の継続が確認された。
 全国石炭公社は11月5日過去1日では最高の802人が職場に復帰し、18万人の炭坑労働者のうち、就労者は5万3千人、ストライキ中のものは12万3000人と発表し、この後石炭公社は頻繁に職場復帰者数を発表した。
*13

 11月9日コートンウッド炭坑で一炭坑夫の就労をめぐって対立し、警察がレンガなどによって投石された。*4
 11月12日南ヨークシャーの警察、全国石炭公社等25カ所がガソリン爆弾で襲撃され、45人ガ逮捕された。*14

 11月12~13日 南ウェールズで就労をめぐりピケ隊と警察が衝突、警察は暴動鎮圧装備を使用した。*4
11月12日全国石炭公社はこの日だけで1900人の職場復帰を発表したがロンドン市長の晩餐会でサッチャーは次のように演説した
「政府の立場は揺らぐことはありません。石炭公社はこれ以上譲歩することはできません。日に日に、ストから遠ざかる責任感のあふれた人々の数が増加しています。炭坑労働者は、自分の仕事場に赴く自由を主張しています。他の労働組合も、このストを率いたグループの本質とその真の目的を十分に理解できたでありましょう。これは悲劇的なストではありましたが、成果もありました。仕事を続けた労働者とその家族の勇気と忠誠心は、いつまでも人々の記憶に残るでしょう。‥‥ストライキの中止が、彼らの勝利を意味することになります。」*2
 
 職場復帰の動きに対して、暴力沙汰はいっこうにやむ気配はなかった。それは警察の取り締まりが難しい、坑口から離れた場所で行われる恐喝や暴力行為であった。
 11月23日ヨークシャー出身の、マイケル・フレッチャーと言うスト破りの労働者が、自宅で炭鉱労働者の一群に襲われ殴られ、19名の逮捕者が出た。*2
 
 11月24日西ヨークシャーの15家族が保護を求め、警察が出動。一就労炭坑夫スチュワート・スペンサーの自宅が完全に破壊された。*4 
 11月30日今回のストでもっとも痛ましい事件が起きた。南ウェールズのマーサ-・ヴェイルで、仕事に向かう炭坑夫を乗せたタクシーをめがけて、高速道路の橋の上から3フィートのコンクリートの柱が落とされ、タクシー運転手デーヴィッド・ウィルキーが死亡した。*2 *4 これまで、ピケ隊が2人死亡しているが、今回のストライキで3人目の死者である
 12月13日ナショナルセンターのTUCはピーター・ウォーカーエネルギー相に石炭産業再建計画を提案し、交渉再開と争議解決を模索したが、エネルギー相も石炭公社総裁もTUCの提案に懐疑的であり、17日にTUCは交渉再開を断念した。*15
 12月29日これまで電力予測に触れるのを避けてきたピーター・ウォーカーエネルギー相は、「貯炭量は、これからさらに1年間ストが続いても電力制限をする必要が全くないほど十二分ある」と言明することにより、交渉再開の見通しをつぶした。*2*16
 厳寒期の石炭需要期までストを継続できれば、停電が続発し勝てると踏んでいたNUMの見通しは甘かったのである。

*1早川征一郎『イギリスの炭鉱争議(1984~85年)』お茶の水書房2010年 99頁以下
*2山崎勇治「サッチャー元首相の『回顧録』に見る炭鉱ストライキ(1984年-85年)」『商経論集』北九州市立大学第42巻2・3・4合併号(2007年3月) http://www.kitakyu-u.ac.jp/gkj/2007_sr42_2-4.htm
*3早川征一郎 前掲書 114頁
*4松村高夫「イギリス炭坑ストにみる警備・弾圧態勢(1984-85年)」『大原社会問題研究所雑誌』通号390 1991
*5古川陽二「イギリス炭鉱ストの一断面(外国労働法研究)」『日本労働法学会誌』(通号 69) 1987.05
*6早川征一郎 前掲書 112頁
*7早川征一郎 前掲書 101頁
*8早川征一郎 前掲書 114頁 119頁以下
*9山崎勇治『石炭で栄え滅んだ大英帝国-産業革命からサッチャー改革まで-』ミネルヴァ書房2008年  190頁
*10田口典男『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』ミネルヴァ書房2007年第7章「労使関係のパラダイム転換の契機となった1984-895年炭坑ストの再評価」
*11早川征一郎 前掲書 117頁
*12内藤則邦「イギリスの炭鉱ストライキ」『日本労働協会雑誌 』27(2) 1985.02

*13早川征一郎 前掲書 115頁
*14松村高夫 前掲論文 早川征一郎 前掲書116頁
*15早川征一郎 前掲書 121頁
*16風間 竜「358日間のイギリス炭鉱ストライキについて 」『経済系』(通号 144) 1985.07

2010/10/12

中国政府を支持します。このさいクォーター制・パパ・クォータとかばかげたことをやっているノルウェーなんてちっこい国を叩いてください。

 下記はコピペですが、私は反女性・反フェミニズムなのでノルウェーは大嫌いです。このさい大国の中国に叩いてもらいましょう。国家政権転覆扇動罪の男を釈放しろなどど欧米諸国が厚かましく干渉してますが、私は文化相対主義です。民主政体が必ずしも優れているとは考えてない。私は嫌中ネットウヨではありません。嫌いなのはEUとかジュネーブやウィーンにある国際機関です。スウェーデンとかオランダのようなコーポラティズムの国家などです。

以下コピペ

ノルウェーでは2006年から民間企業の取締役会における40%クォータ制を導入しています。最近の調査では、対象となる民間企業で女性役員の割合が平均33%まで引き上げられたことが分かりました1980年代には様々な男女共同参画推進対策が講じられた。1981年に男女平等法が改正され、「公的に設置される理事会、審議会及び委員会は、男女双方の委員から構成されるものとする。」という第21条が追記された。1988年には、同条文が「4名以上で構成される場合には、一方の性が全体の40%以上を占めなければならない。」と、再度改定された。このクォータ制度により、女性の公的機関への進出が顕著となった。現在では、主要政党もクォータ制を明記し、比例選挙候補者名簿への登録が男女交互に行われている1994年の「パパ・クォータ」利用率は45%程度だったが、翌年には70%に跳ね上がり、機会があれば育児に参加したいと願っているノルウェー人男性が多いことが裏付けられた。現在では、その利用率は約90%になっている。ノルウェーの育児休業は年々期間が伸び、54週間(賃金8割保障)または44週間(同10割保障)になっています。そのうち6週間はパパクォータ制によって、父親に割り当てられています。父親が育休を取らなかった場合には、育休期間が短くなる仕組みです。制度開始の翌94年の男性の取得率は40%でしたが、いまでは90%に増えています。

http://www.kyodo-sankaku.provost.nagoya-u.ac.jp/sinpo/2005norway/about.html

http://www.norway.or.jp/en/news_events/policy_soc/equality/women_boards/

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-07-21/ftp20070721faq12_01_0.html

2010/10/11

小林よしのり批判と 中野高行「天智朝の帝国性」の感想

 小林よしのりが天皇号や日本国号が女帝の時代に成立したと言うことを『サピオ』連載の天皇論追撃篇でさかんに吹聴している。しかし、天皇号が推古朝から慣用されていたと言う説を全面的に否定するものではないが、女帝を画期とみなすのはどうか。君主号や国号の成立期の先行学説は諸説あって、確定的なことはなかなかいえないはずである。それと、古代において女帝の統治時代が長く、その治績を強調しているが、だからといって我が国固有の特徴とみなすわけにはいかないし、ましてや女系を容認する論拠にはならない。
 なぜなら中国においても、女帝は武則天の一例だけだとしても、女性が統治権力のトップとなる太后臨朝(漢代)あるいは垂簾聴政(宋代)という統治形態がある。例えば後漢であるが、最高統治者が太后であった時期が長い。女性を最高統治者とするのは日本古代に固有の特徴では決してなく東アジア王権に共通していると言ってもよいのである。後漢の皇帝の多くは短命で、和帝以降は幼帝が続きました。太后臨朝による外戚政治の時代が長かったのです。むろんシナも男系主義であるが、女性の統治を排除していなかったという点で我が国と異なることはない。
 もっとも中国における平時における皇后の政治的権能は、内治つまり後宮の統率に限定され、それほど大きくはない。しかし、帝嗣未定で皇帝が崩じた場合、帝嗣決定の決裁権は皇帝の嫡妻たる皇后にある。それが伝統になっているわけで、非常時に権力の空白を補う意味で絶大な政治的権能を有するのである。なお、先帝皇后は皇帝の生母ではなくてもよい。生母ではなく嫡妻たる皇后が皇帝の公式の母となる制度である。(註)

後漢の太后臨朝の例

四代和帝 10歳で即位 竇太后が臨朝
五代殤帝 生後まもなく即位 鄧太后が臨朝
六代安帝 13歳で即位 鄧太后が臨朝
九代冲帝 2歳で即位 梁太后が臨朝
十代質帝 梁太后が臨朝
十一代桓帝 15歳で即位 梁太后が臨朝
十二代霊帝 12歳で即位 竇太后が臨朝
十三代廃帝 17歳で即位 何太后が臨朝

http://ww1.enjoy.ne.jp/~nagaichi/chu901.html

 太后臨朝は実質最高権力者が女性となる統治形態なのである。鄧太后が名君とされるが、後漢の太后臨朝はあまりにも長すぎて外戚と宦官との権力闘争を収拾できず王権を衰退させた。ただ宋代の垂簾聴政もそうだが、王権というのはしばしば女性が権力の重心となることによって安定装置としているのである。
 日本の場合は、中国のように同姓不娶でなく、皇族内婚で皇后も皇族である。したがって太后称制だけではなく即位が可能だった。その違いがあるだけで、従って日本の古代の女帝も、皇帝の権能を代行する太后臨朝のアナロジーで説明できるのである。四例が先帝皇后かそれに類似するケースであり、元正女帝の場合は、聖武天皇の生母藤原宮子が臣下の出身で夫人位であり、皇后にのぼせられなかったし、しかも重い気鬱症で能力を欠いていたことから、非婚伯母である元正が母后に擬されての即位という見方ができます。平安時代の藤原摂関家の政治も中国の太后臨朝のシステムの応用であったと考えます。

 さて、中野高行「天智朝の帝国性」『日本史研究』2010年8月号(通巻747号)を読んだが、天智朝天皇号成立説をとっているようだ。この人は1960年生、埼玉県東松山の東京農大第三高校の教師だが、『日本古代の外交制度史』という著書も出している。
 天皇号成立期については東野治之の天武朝説がある。これを補強する文字資料として、平成10年に飛鳥池遺跡で出土した「天皇」を記した木簡があり、天武天皇六年のものと推定されている。第二に天武天皇四年の675年に唐の高宗が「天皇」号を称したことから、これを日本の君主号としたことから少なくとも675年以降の成立という説である。
 しかし中野氏によると、天皇号は中華思想を倭国の支配層が咀嚼・受容されるなかで、小帝国の最高権力者の称号・地位として案出されたもので、天智朝において「百済王権」を配下に従えたことから、倭王を中国皇帝に擬した「天皇」号は天智こそふさわしいと述べ、河内春人(「天智「称制」考」あたらしい古代史の会編『王権と信仰の古代史』吉川弘文館平成17年)の天皇号天智朝成立の仮説を引用している。
 河内春人説というのはこうである。〔〕は私の意見。中大兄皇太子が斉明崩後、即位もせずに「称制」し称制七年目に即位したと『日本書紀』は記しているが、①当時は皇太子という地位が成立してなかった〔つまりそれ以前は君主は郡臣に推戴され即位するものであり、君主に継承者を決定する大権を明確にしたのは天智天皇の不改常典以降ということか〕②『日本書紀』では称制が素服と関連しているように記されているが服喪期間が長すぎる。③中大兄を後見する人物が存在しない。④天智称制元年の豊璋の百済王冊立は倭王として行ったという疑問を呈したうえで、河内春人は斉明崩御直後の天智称制元年に中大兄が「治天下王」として即位し、称制七年(668年)にあらためてて「治天下天皇」として二度目の即位を行ったとの仮説を提示した。
 この仮説は説得力があると中野氏は述べている〔私はコメントできないが、なぜ称制が長かったのかという解釈としてはおもしろいと思う〕。
 そのうえで、中野氏は我が国は天智朝において帝国としての実質を備え、小帝国の創設者は天智だったとし、その画期性は重大だとする見解である。
 次に日本国号であるが、「事実上の異姓簒奪・易姓革命なら日本国号を捨て去るのは当然という私の主張を「電波」とみなす見解への反論(1)」というエントリーでも書いたことだが本居宣長の孝徳朝成立説は今日の学問的水準では否定されている。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_6489.html日本国号の成立時期は斉明朝~天武・持統朝、大宝律令成立期の範囲で諸説がある。天武朝成立説(東野治之、吉田孝)も有力とされるが、天智朝成立説もある。根拠としては、『三国史記』新羅本紀第六文武王一〇年一二月条(670年)「十二月、(中略)倭国更号日本自言近日所出以為名」という新羅に対し倭国が日本と号したと言う記事である。確定的なことはいえないとしても、天智朝成立説も有力とはいえる。
 ではなぜ、正史において天皇号案出やその始用、日本国号の諸事績が欠落しているのか、その意味について中野氏は正史編纂にかかわった天武系皇親や群臣にとって天智天皇の事績としてしまうとことを受け入れられなかったため、意図的に削除させた可能性を指摘している。

  要するに天智天皇を偉大な君主とすることは、壬申の乱の意義を否定することになりかねないので、好ましくなかったという事情である。
 もちろん、この人の見解も一つの考え方にすぎないし、私は元明・元正朝の富国貨殖政策が我が国の経済繁栄の基礎として女帝の治績も評価するが、小林よしのりのように、女帝が歴史の画期という見方は少し偏っていると思う。
 天皇号や、日本国号についても、天智朝、あるいは天武朝を成立期とする説も有力なのであるから、もう少しバランスをとった見方を示すべきだろう。

(註)我が国では伝統的に天皇生母が国母とされ、生母の地位が高い。生母が上流貴族でない場合でも女院宣下により厚遇され尊重されてきた。嫡妻と妾の身分格差を明確にする伝統的な中国のシステムとはかなり違うシステムだったが、明治以降中国と同じシステムになった。つまり大正天皇の公式の母は昭憲皇太后であって生母ではない。幕末期の徳川将軍家が類似したシステムで、前将軍の嫡妻である天璋院が大奥を統率するのであって、将軍生母の実成院にはなんの権限もないのと同じ。なお、清朝末期の先帝皇后は東太后であり、席次上位はあくまでも東太后、西太后の垂簾聴政は中国の伝統に反したものである。

2010/10/10

セクシャルハラスメント防止委員会へのアンケートの自由意見

プロジェクト16
 (テーマ セクシャルハラスメント規制の基準の厳格化(女性に有利にしない)または廃止)

私の職場(東京都水道局)には管理職等と労働組合の代表をメンバーとするセクハラ防止委員会というのがあって活動を行っているが、匿名の密告を奨励するアンケートを行っている。アンケートの内容は詳細に報告され、自由意見を書く欄がありそれについても詳細に他の人の意見は全文が公開されているにもかかわらず、私が昨年の12月に自由意見を書いたにもかかわらず、報告書に載せられなかったことに怒り心頭なのである。
 10月にそれを再びやるが、今度は前回のようなことがないよう、事前にこういう意見を出すけれども報告書に載せるように申し出ることとする。管理職が非常に敵対的なのでカットされると思うが、カットした理由を追及する。先手を打っていきたいと考えます。カットして公表されないことを想定してブログで公表するものである。

自由意見(原案)

 匿名による密告の奨励しているアンケートなど、ここで行われているセクシャルハラスメント防止ポリシーに反対の意見を述べ、男性が不当に糾弾されたりリンチされることがないようセクハラ判定基準の厳密化を提案したいと思います。
 さて、次世代育成支援対策による育児休業は事実上受益者に「労務コスト転嫁特権」を付与するものであり、労務コストを転嫁される受益者たる女性職員の他人を事実上、家来か使用人の扱いにするものである。なぜならば、出産・育児は私事にすぎず、他人の私事のために労働量が増えるためである。これは他人がさぼっているからカバーすることと同じであり、後ろ向きの裏方的な仕事になる。業績目標達成や積極的なチャレンジとは違うからである。尻ぬぐいのような後ろ向きの仕事をこなしても一言もねぎらいの言葉もないし、コストが転嫁されて当然だという風潮に怒り心頭なのである。のみならず、次世代育成支援が女性の雇用抑制というかたちでコストが転嫁されており女性の雇用機会均等という趣旨でもきわめて有害な政策である。東京都女子職員などの育児休業受益者は全女性の敵なのである。憤怒怨念、女性に対する敵意は募る一方である。
 一方、セクハラ防止政策は労務コストを他人に転嫁するものでない。企業にとって労務コストは育児休業ほど大きくないかもしれない。しかし現状をみると業績があり優秀な男性がセクハラと糾弾されて社会的地位を脅かされる多くの事例は社会にとって損失である。セクハラの政策は事実上女性に気にくわない男性に対するリンチ特権を付与している。なぜならば厚生労働省ガイドラインに環境型セクハラの判定基準が「敵対的(虐待的)職場環境を形成している」という要件を欠いているため、緩く女性に有利なものだからである。東京都の場合はさらにゆるく女性に不快に感じれば何でもセクハラにしてしまうようなものだからである。実際、女性職員は自己の主観的判断が基準だということを言っており、事実上の「リンチ特権」と認識されている。しかもセクハラ防止委員会の事務局は「合理的通常人」テストでなく「合理的女性」テストとでセクハラを判定すべきだとかいった意見を開陳している。とにかく女性に有利にしよう躍起になっているわけだ。
 昨年のアンケートの私の自由意見は報告書に載せないでこの女の意見を配信しているのは、不公平である。管理職は意見の集約に不公平がないよう監視すべきであり、こういう一方的な意見だけが重んじられる理由を説明しろ。
 総じていえば、セクハラ防止は女性に対する過剰なパターリズム、心理的保護となっている。そもそもロマンティンクパターリズムを排撃することが性差別撤廃の趣旨であったはずである。したがってセクハラ規制は全面的に見直すべきであり、事実上男性へのリンチをあおっている当該委員会は、男性にとって敵対的職場環境を形成する要因となっているので直ちに解散させるべきである。

 特に疑問に思うのは被害者にとって歓迎されないという主観性が強調されすぎていることである。主観的にいやがらせとして認識していることをセクハラ要件としているのは、客観的にいやがらせとみなされることでは十分ではないということにすぎない。つまり、公然周知とならないかぎり、自己の昇進・昇給等の目的で女性の側から上司の性的欲求に応えることはセクハラにあたらないという意味と理解すべきだ。というより枕営業は女性が栄達するために必要な武器であり、アメリカなどではたぶんそうして女性はのしあがる。その女性の特権を取りあげることを目的とはしていないということだ。また上司の役得それ自体を否定するものではないという意味である。

 もっともセクハラは対価型(代償型)と環境型に類別して説明されるが、セクハラ防止委員会では性的欲求に応えることを雇用継続や昇進の要件とするような対価型は全く問題にされてない。それは現場の職長に大きな雇用判断の権限を与えているアメリカの事情と異なるかもしれないが、管理職はセクハラ加害者たりえないとの方針から除外されていて、それ自体も問題ではあるが、もっぱら攻撃、取り締まりの対象は性的欲求に応えても女性にとって利益にならない一般男性職員に向けられているためであろうと考えられるので、問題を環境型に絞りたい。
 アメリカ合衆国の公民権法第七編の環境型セクシャルハラスメントの判断義準を示す判例は1993年連邦最高裁ハリス対フォークリフト判決(オコーナー法廷意見)Harris v. Forklift Systems,Inc.,511U.S. 17,21(Forklift SystemsIncの社長が女性従業員に「馬鹿な尻女」と言ったとか、モーテルに行くことを勧めたとか、女性従業員に対してコインを放り投げて拾わせたり、ズボンの前面ポケットの中にあるコインを取らせるようなお遊びをやったりして、その女性従業員が辞めた事件)である。
『差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合には、Title7違反になる』When the workplace is permeated with discriminatory intimidation, ridicule, and insult that is sufficiently severe or pervasive to alter the conditions of the victim’s employment and create an abusive working environment, Title VII is violated.”
 『客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間(道理をわきまえた通常人)ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどくはなくまた広範でもない行為は、Title7の適用範囲を超えている』“Conduct that is not severe or pervasive enough to create an objectively hostile or abusive work environmentan environment that a reasonable person would find hostile or abusiveis beyond Title VII’s purview.”
「私たちは、環境が「敵対的である」か「虐待的であるか」が単にすべての事情を見ることによって決定できると言うことができる。これらは差別している行為の頻度を含むかもしれない。厳しさ。それは、物理的に険悪であるか、屈辱的であるか、単なる不快な発声か。そして、それは無分別に従業員の勤務成績を妨げるのであるかどうか。原告が、環境が虐待的であることが実際にわかったかどうか決定すると従業員の心理学的な幸福への効果はもちろん関連している。しかし、いかなる他の関連要素のようにも、精神的危害は考慮に入れられるかもしれないが、どんなただ一つの要素も必要ではない。」

 さらに1998年連邦最高裁 Oncale  v. Sundowner Offshore Services,Inc, et al., 523U.S.75)は被害者が同性である場合にセクハラが認められるかが争われた容認した事件だが、スカリア法廷意見は次のように環境型セクハラの基準について述べた。
『Title7は、職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいない。それは、『性を理由とする差別』のみを指している。我々は、たとえ職場での異性間のいやがらせであったとしても性的な内容や暗示を含む言葉をつかったという事だけで機械的に性差別だとは決して判示してこなかった。』『我々が‥‥強調したように、この規定は、同性のあるいは異性との日常的なふれあいのなかの真正ではあるが害の無い相違には及ばない。職場での性を理由とするセクハラの禁止は‥‥ただ、被害者の職場環境を変えるのに十分な客観的いやがらせを禁じているだけである』『通常の職場における社交(男同士の馬鹿騒ぎや異性間でのいちゃつきであっても)を『職場の環境』に関する差別であると誤解しないことを保証する』『我々はさらに『全ての状況を考慮して』、原告の立場に置かれた合理的な人間という観点で、セクハラの客観的なひどさを判断すべきだということを強調してきた』『職場における行為の現実的影響は、しばしば、使用された言葉の詳細あるいは行われた肉体的行為の単なる再現によっては十分に把握されることのない周囲の環境、予期、人間関係の配置に依存している。良識や社会的背景に対する適切な感受性によって、裁判官や陪審は、単なるからかいや同性間での馬鹿騒ぎと、合理的な人間が原告の立場に立ったときに過度に敵対的で虐待的であると認識する行為とを見分けることが可能になるのである。』。http://www.law.tohoku.ac.jp/~serizawa/2000/semi1/translation.htmlTitle7などとして、単なるからかいや馬鹿騒ぎがセクハラにはあたらないと述べた。
 従って米国では単に下品な言葉、からかいや当てこすりはセクハラとはしてない。また1回性のものはセクハラとは認定していない。下級審判例では(余裕がないので出所を明らかにしないが)例えば後ろから抱きついて胸をもんでもセクハラではない。女性器のスラング日本語に訳すと「おまんこ」に相当する言葉を吐いた例でも、セクハラとは認定されてない。「黄色いドレスに黄色い靴、パンティも黄色かな」という有名な言動も1回性のものである以上セクハラではない。ただ、男性器から精液を発射したところをみせたケースでは1回性のものでもセクハラと認定された。しかし1回性のものはそれだけである。

 ところが、東京都水道局のセクハラ防止は、単に下品な言葉、からかいや、あてこすり、職場環境と直接関係ない酒席での言動や1回性のものでもセクハラと言いつのっている。過剰な心理的保護であり、ロマンチックパターリズムの行き過ぎである。さらに東京都水道局ではジェンダーハラスメントの概念も導入して、セクシャルハラスメントを越えた規制をやっている。それでいて労働組合が、団体行動をとらない職員に対するの脅迫や威嚇は容認されており全く片手落ちである。

 つまり我が国では、厚生労働省のガイドラインがhostile or abusive敵対的・虐待的という言葉を欠落させて、セクハラ概念を広めたために、女性に非常に有利なものとして展開しているのが最大の問題だと思う。
 私はこれらの合衆国最高判例ですら不満なのである。つまりこの判断基準では陪審や裁判官の主観で左右される余地が多分にあると言う点で厳密さにかけるということである。
 それ以前の下級審判例の基準のほうがわかりやすかったかもしれない。例えば「当該性的行動が、他人の業務を著しく阻害し、または恐怖intimidating、敵対的hostile、あるいは不快Offensiveな職場環境を形成するほど厳しくSevere、あるいは蔓延しているか否か合理的人間がどう感じるかを基準に決する」
 E.E.O.C.v.Hachiende Hotel,881F.2d 1504 (9th CIR.1989)中野通明「米国における雇用差別と最近の状況(上)」『国際商事法務』20巻6号1992
では、「他人の業務を著しく阻害し」という基準がありわかりやすい。
 また1992年のハリス判決でオコーナー判事は下級審判例  Rabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)の精神的危害を与えたことを要件とする。つまり神経症となるような医学的に客観的に判定可能なダメージを与えたか否か基準として厳密な判例を採用しなかった。この点で女性に有利な判決だった。
  Rabidue v.Osceola Refining Co.は優れた判例で、これが最高裁に採用されればセクハラ訴訟が減って良かったと私は思うが、遺憾である。しかし、一方で女性に有利な「合理的女性」テストを採用した下級審判例も拒否し、下級審で大勢であった「合理的通常人」テストを採用した。この点では、ハリス判決は中間的判断をとったともいえる。

 私はもっとも厳密な第6巡回区のRabidue v.Osceola Refining Co判決が最善だったと思うが、我が国でもせめて、アメリカ並みに「雇用条件を変化させ敵対的・虐待的職場環境を形成」したことをセクハラとする基準は不可欠である、少なくともハリス判決の水準に判定基準を厳密化が必要との立場であり、なんだもかんでもセクハラにして男性を糾弾するような対応をとる。セクハラ政策には強く反対していくものである。

中国の主張が正しいと思う ノーベル平和賞はもうやめろ

 劉暁波とかいう活動家のノーベル平和賞授賞に反対だ。内政干渉だし、天安門事件の弾圧は当然だと思う。民主化が良いことだとは必ずしも思わない。中国が民主化して日本みたいに社会保障制度を作ったりすると国は衰退するだろう。
 私はクォータ制度をやってるノルウェーの方がずっと悪い国だと思う。ノーベル平和賞なんてIPCCだのゴアだの、オバマの授賞も不適切だったが今回も不適切。
 今回、北海道大学の触媒化学センターがシンポジウムを開催して、鈴木氏の知名度を高める広報活動をやったことが授賞に結びついたという。自然科学でも運動が必要だと言うことだ。化学賞の業績は客観的に判定できるから良いとしても、平和賞はそうではない。

佐良直美も今聞くといい曲だ

基本的に私は伊東ゆかりタイプが好き。佐良直美は女としては全く興味がもてなかったがレコード大賞受賞曲は今聞くといい曲だ。http://www.youtube.com/watch?v=Urcw-g5y4OQ&feature=related「冷たい女も今じゃ当たり前」というコメントに本当にそうだと思う。当時しては不道徳な歌詞だった。「佐良直美さんは、落ち着いた声楽風の歌い方なので好感が持てたのですが、持ち歌がややエゴイスティックな感じがするので、損なかたでした。」というコメントに共感。
 

2010/10/09

Internet Explorer Browser Share 5割を切る

 Mark J. Perry 教授のブログのネタですが、http://mjperry.blogspot.com/2010/10/internet-explorer-usage-falls-below-50.htmlCNNマネーの報道によると、この9月にInternet Explorerはブラウザのシェアで5割を切り、Firefox やSafariなどの非マイクロソフトブラウザが5割を超えたとのことです。当ブログのアクセスでは6割がInternetExplorer、Safariが15%Firefox13%ぐらいであり、傾向としてはアメリカに近いんじゃないか。
 私はツールバーで翻訳でなく翻訳ソフトを買い込んでるのでそれを組み込めるInternet Explorerを使うことが多いがただそれだけの意味だ。日本語のホームページだけを見るときはほかのブラウザも使う。

広末涼子再婚の感想

蝋燭をイベントで灯す仕事なんて初めてきいた。かなり地味な職業だね。キャンドルア-ティストがもてるとは驚いた。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101009-00000040-dal-ent二度めの結婚も比較的地味な人なのは好感がもてる。入籍と報道されてるから法律婚です。芸能人でも法律婚あたりまえなんですよ。それくらい日本の法離婚は定着してるという証拠です。たぶん今やってる国勢調査でわかると思いますが、我が国では内縁関係は明治大正時代と比べればずっと少ないはずです。なのに非嫡出子の相続分差別撤廃により法律婚を有名無実化し、戸籍を廃止して、スターリン時代の事実婚社会にしようとたくらんでいる憎むべき敵日弁連やフェミニストはけしからんと思いませんか。
 広末涼子はウェストヒップポイント0.7でプロポーションは完璧だと思う。ヌードはみたことがないがたぶん乳輪がピンクできれいじゃないのかな。アイドル中のアイドルだと賞賛したい。広末との結婚はノーベル賞級の価値がある。富や名誉より女が一番だ。

2010/10/08

尖閣に出てくる真の狙いは核戦略との軍事専門家の見解

 火災報知器設置義務化とかいってさ、ばかばかしいことでうるさいんだよね東京は。寝室もすべての部屋につけろとかいうんで、管理組合で一斉にとりつけるもんだから、家のなかがちらかってるからかたさなきゃいけないので、ブログ書いてるひまがないんですね。
 チャンネル桜で川村純彦氏が尖閣事件の背景を説明してますが、資源や漁業は二次的問題で、本当の意味は中国の核心的利益とされる海南島を基地にしている南シナ海の原潜((アメリカ本土に報復核攻撃を行うための)を守るためには台湾及び東シナ海を押さえておく必要があるからみたいなことを言ってます。http://www.youtube.com/watch?v=o1oxeB_c14w&feature=youtube_gdata南シナ海と東シナ海を押さえられると米中の核抑止力が均衡してしまい、我が国も核の傘で守れなくなる危険があるということでしょうか。
 こういう軍事的な解説が地上波でやらないから、大局的なことがよくわからなかったが、なるほどと思った。
 

2010/10/07

くだらない質問するな 理科系離れの最大要因は技術科の指導内容と授業時数の低下にある

 ノーベル賞受賞者が年配なもんでテレビキャスターが、若い人にメッセージをとか言わせてますが、理科系離れの最大要因は、フェミニストに迎合して男女家庭科共修という教育政策にある。これによって中学校技術・家庭科の技術系列の内容が薄くなり、授業時数も減ったことよる。なぜなら、理工系指向と、中学校技術科の成績に相関関係があるからだ。
 家庭科共修してきた連中も社会の中堅になって、イクメンとか馬鹿なことをやってますね。こいつら職場復帰時、コスト転嫁分を支払え。私事のために他人にコストを転嫁しやがって。
 ノーベル賞のニュースをみて気になったのは根岸教授の持っていた電話。http://www.youtube.com/watch?v=g4BW9cNEYo4これって固定電話か。今時あんなに太くて、アンテナのつったてる携帯電話はみたことない。インディアナは共和党の地盤なので好きな州ではありますが、なんか昔のTBSドラマ「誘惑」で篠ひろこなんかが使っていた電話みたいだ。それともプッシュホンをいまだに使っている私の家のほうが遅れているのか。

2010/10/06

今度は文化勲章をつけて授賞式に臨んでくれ

 一昨年のノーベル賞授賞式で疑問に思ったのは、下村氏が文化勲章をつけていたのに対し、益川・小林両氏はつけていなかった。私が 知る限り授賞式で文化勲章をつけなかったのは、両氏が初めてだと思う。これはマナーに反するのではないか。慣例を破るのは見苦しいし社会常識のない人だと思った。
 今度の授賞者は是非そういうことがないよう気をつけてもらいたい。

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