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2010/10/31

イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(9)

○ワッピング争議の発端とストライキ参加者即時解雇

 家田愛子論文【*1】に依存するが、ストライキの発端について述べる。
 大衆紙のサン及びニュースオブザワールド(日曜紙)及び高級紙のタイムズ及びサンデータイムズ(日曜紙)を発行するニューズ・インターナショナルは、ロンドン東部ドックランド再開発地区のワッピングに土地を取得、1986年3月から夕刊紙のロンドンポストを創刊する計画を建て、またサン及びニュースオブザワールドの編集印刷も新社屋で行う計画を公表した。これはサンデーテレグラフのスクープで暴露されたためだった。
 
 1985年会社側が提示した創刊紙のロンドンポストの労働協約案は、クローズドショップの廃止、経営者による労働管理、ストライキ参加者の解雇を骨子としており、従来の労働組合による印刷工程の管理、職場支配を否定するものであり、協約締結は難航したが、労働組合はダイレクトインプットを認めるなどの妥協案を示した。しかし現在のニューズインターナショナル社における新聞記者以外の労働者6000人のうち数百人しか必要としない人員計画が明らかになった。組合員はワッピングでサン、ニューオブザワールド、タイムズ、サンデータイムズの朝刊及び日曜紙四紙を印刷できる体制が完備されていることは誰ひとり知らなかったらしい。会社にとって夕刊紙の創刊はさほど重要なことではなく、真の目的がタイムズを含む四紙をダイレクトインプットにより植字工程を省く最新技術による設備を備えた印刷拠点への移転により労働組合を排除することにあることに気づいてなかったようである。
 組合は交渉による状況の打開が望めないしとて、ストライキ賛否投票を行い、半熟練印刷工組合が3534対754、熟練印刷工組合が843対117でストライキ突入が支持された。一方、会社は記者編集者労組に対して年二千ポンドの賃金上積みと私的健康保険の加入を条件にワッピングへの移転の協力を取りつけた。さらに会社は印刷工組合に知られないように、代替労働者の募集を1985年夏からサウサンプトンで行っていた。さらに、運輸関係労組の同情ストを警戒して、鉄道や従来の卸売のルートでないトラックによる配送手段も確保した。ストを見越して周到な準備がなされていたのである。
 こうして1986年1月24日(金)より、半熟練印刷工組合、熟練印刷工組合等がストに突入し、24日はサンもタイムズも印刷できなかった。25日(土)日曜紙の労働者もストに入った。ところが日曜紙のサンデータイムズとニュースオブザワールドは、ワッピングの新社屋で印刷され、配送された。27日(月)のサンとタイムズも新社屋で生産された。ストに突入すれば全紙を停刊に追い込めると楽観していた組合にとって大きな誤算になった。
 ロンドンポスト創刊のための新社屋という触れ込みは罠だったという解説もあるが、罠にはまってストに突入した労働組合の認識が甘かったといえるだろう。
 ストライキに入った記者以外の6000人の労働者は即時解雇された。こうして解雇された労働者6000人と新聞社の争議が開始され一年近くの長期に及ぶこととなった。

 実は、ストライキ中に解雇するのが整理解雇手当を支払わずに済み、もっとも安上がりだったのである。つまり弁護士は会社に対し次のように助言していた。①ストライキは一方的契約破棄にあたり、即時解雇の対象となる。②ストライキ開始前に正式に解雇通知が出されない限り、整理解雇手当の請求権はない。③ストライキ参加者が全員解雇され、選択的再雇用がない限り、不当解雇の訴えが認められない。④唯一の問題は解雇した者がストライキ中であったかどうかであるが、使用者は解雇理由を明らかにしなくてよい。
 
 
 ○イギリスとアメリカの違い
 
 ワッピング争議により、「積極的ストライキ権」のないイギリスの法制においてはストライキ参加者にリスクがあることを浮き彫りにしたといえるだろう。だから問題だと労働組合主義者はいうが、私は反対に優れていると考える。
 アメリカでは1935年全国労働関係法の下で、マッケイルールが知られている。ストライキは不当労働行為ストライキと経済ストライキとに区分されている。前者は全国労使関係法第7条の保護を受ける団体行動に当たり、スト参加者の解雇、懲戒処分は認められないが、後者は恒久的代替者がストライキ中に雇用された場合、スト参加者は恒久代替者を押しのけて職場復帰することはできないというものである。
 連邦最高裁判決NLRB v. Mackay Radio & Telegraph Co. 304 U.S. 333 (1938)  http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=304&invol=333は、ストライキ参加者は全国労使関係委員会の保護する「被用者」にあたらないという連邦高裁の判断を覆し、スト参加者も被用者であるとした。
 判旨は① スト参加者も「被用者」に含まれる。
②使用者がストライキ中の事業継続のため代替者を使用することは禁じられない。
③スト代替者の採用にあたり、恒久的雇用を約束することも許される。
④ストライキ終了後、使用者はスト参加者の職を確保するために恒久的代替者を解雇する義務を負わず、恒久的代替によって占められていない空職の人数分しか復帰を認めないことも適法である。
⑤しかし、スト参加者のうち誰を復職させるかの決定について、組合活動を理由とする差別を行うことは許されない。
 ①と⑤が判例の核心で、②~④が傍論だが、②~④をマッケイルールとして定着し現在まで維持されている。
 連邦最高裁判決トランスワールド航空対客室乗務員組合TWA V. FLIGHT ATTENDANTS, 489 U. S. 426 (1989)  http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?friend=nytimes&court=us&vol=489&page=441は、スト脱落者もマッケイルールの適用を受け、復帰してくるスト参加者より優先することを明らかにした。労働組合はスト脱落者憎しと言っても、たとえ先任権順位がスト参加者が高いとしても、スト脱落者をおしのけて職場に復帰する権利はない。なぜならばタフト・ハートレー法がストに参加しない権利が保障されているからであるとした。またストライキはギャンブルであり、労働組合はその失敗のつけを不参加者に押しつけるなとまで言った。
 この判決はスト参加のリスクを高め、スト脱落者にインセンティブを高めたと労働組合から批判されているが、私は妥当な判決と評価する。
 トランスワールド航空事件とマッケイルール批判の高まりにより下院は1991年に経済的ストライキにおいて恒久的代替労働者の雇用を禁止する法案を通過させたが、上院を通過せず、法改正は失敗している【*2】。この法案が上院を通過するような事態は考えにくいが、もしそうなると、ストライキにおいて労働組合が有利になりすぎる懸念が強く、保守系・自由主義系シンクタンクはこの法案を非難している。
 このようにアメリカでも、ストライキ中に恒久的雇用の代替労働者を雇用しスト参加者が戻ってくる空職を埋めてしまえば、事実上ストライキにより解雇は可能である。しかし、それをやると、労働組合がその企業を敵対視し、労組の支援を受けて当選している議員も黙っていないから、なかなかそこまで踏み込めないだけである。
 しかし、マッケイルールは、ストライキ参加により「被用者」の地位を保持することになっており、「解雇」されるわけではない。空職がある限り優先的に職場復帰することができ、臨時雇用者をそのまま使用することは許されないこととなってるので、労働組合とスト権を保護しているルールなのである。
 シカゴ大学ロースクールのエプステイン教授は労働組合活動を広く法認した1932年ノリス・ラガーディア法以降の労働立法はあくまでも大恐慌という非常時のもので、多くの点で誤りであり、スクラップして、不法行為法と契約法に依拠した賢明なコモンロー制度にとって変わられるベきとする【*3】が、あくまでも、スト参加労働者も「被用者」としたのは1935年のニューディール立法の枠組においてであり、反ニューディールという立場では赤い30年代の労働法を一網打尽に廃止していまうのがもっとも望ましいと私は思う。

 

註1家田愛子「ワッピング争議と法的諸問題の検討(1) : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらしたイギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.168, 1997, p.105-150 http://hdl.handle.net/2237/5752
註2中窪裕也『アメリカ労働法』第2版弘文堂2010年 154頁以下
註3水町勇一郎『集団の再生-アメリカ労働法制の歴史と理論』有斐閣2005年 120頁

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