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2010/10/17

セクシャルハラスメント防止委員会へのアンケートの自由意見(修正版前半)

プロジェクト16
 (テーマ セクシャルハラスメント規制の基準の厳格化(女性に有利にしない)または廃止)

 前回の内容が余りにも出来の悪い内容だったので全面的に書き直します。
 私の職場(東京都水道局)には管理職等と労働組合の代表をメンバーとするセクハラ防止委員会というのがあって活動を行っているが、匿名の密告を奨励するアンケートを行っている。アンケートの内容は詳細に報告され、自由意見を書く欄がありそれについても詳細に他の人の意見は全文が公開されているにもかかわらず、私が昨年の12月に自由意見を書いたにもかかわらず、報告書に載せられなかったことに怒り心頭なのである。
 10月にそれを再びやるが、今度は前回のようなことがないよう、事前にこういう意見を出すけれども報告書に載せるように申し出ることとする。管理職が非常に敵対的なのでカットされると思うが、カットした理由を追及する。先手を打っていきたいと考えます。カットして公表されないことを想定してブログで公表するものである。

自由意見(原案)

 東京都のセクシャルハラスメント防止ポリシ-に置けるセクハラの定義(他の者を不快にさせる職場における性的言動、職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動と示されている)は単にからかいや当てこすりのようなものや、職場外の言動も含めて異常に広いことから、不快と主観的に判断したものは何でもセクハラと糾弾されやすいものになっており、今回の密告を奨励するアンケート調査により事実上女性に気にくわない男性に対するリンチ特権を付与し、リンチをあおるあり方になっている。
 実際に私は、女性側の主観的な判断が基準だいうことを女性職員が話しているのを聴いたことがあり、事実上のリンチ特権と認識していることは明らかである。
 しかもセクハラ防止委員会の事務局は私には何をいっているのか意味不明だったが「合理的通常人」テストでなく「合理的女性」テストとでセクハラを判定すべきだとかいった意見を開陳している。とにかく女性に有利にしよう躍起になっているわけだ。
 昨年のアンケートの私の自由意見(今回の自由意見と同じ趣旨)は、報告書に載せないで(報告書は詳細であり、個別自由意見も具体的に載せていた)セクハラ判定基準に関する事務局担当者の意見を一方配信しているのは、不公平である。管理職は意見の集約に不公平がないよう監視すべきであり、こういう一方的な意見だけが重んじられる理由を説明し、事務局に作為命令を出して、公平に取り上げるよう指示しろ。私の意見を排除するのは差別であり、作為命令を出さないなら、差別的対応をとったものとしてセクハラ防止委員メンバーの管理職の戒告処分を要求する。

 現状は過剰なロマンティックパターナリズム、過剰な女性の心理的保護に陥っている。本来、性差別撤廃、男女平等という趣旨ならばロマンティックパターリズムは排撃されるべきものである(例えば性差別撤廃撤廃の到達点として高く評価されるAUTOMOBILE WORKERS v. JOHNSON CONTROLS, INC., 499 U.S. 187 (1991)間接的母性保護であるバッテリー工場のような鉛の被曝を受ける職場における女性の排除は性差別で公民権法タイトル7違反と断定した)から、目に余る女性に有利なセクハラ基準は全面的に見直すべきであり、男性職員をロマンティクパターナリズムの犠牲とすべきではない。むしろ、このようにつまらないことで、懲戒されたり不利益を受けると脅されることによりむしろ心理的に負担になっていることが、男性にとって不愉快で敵対的な職場環境を形成していることが問題なのである。
 また、上司の性的欲求に応えないことが、昇進・昇給など雇用判断で不利益をもたらす対価型セクハラが、環境型セクハラより悪質であるはずだが、管理職が対象になる対価型セクハラはほとんど問題にされず、もっぱら雇用判断の権限のない一般職員を取り締まりの対象としているところも、それ自体差別的な防止ポリシーだと思う。
 こうした見解は私だけのものではない。例えば山崎文夫は均等法21条の配慮義務を尽くすことにより、民法715条の使用者責任や労働契約上の配慮義務違反(債務不履行)の責任を逃れる可能性を高くするために企業はセクハラ自主規制を強める傾向があるが、それが過度にわたれば、職場は、自由にものの言えない殺伐とした状況(沈黙した職場)にならざるをえないのであると自主規制を批判的に論じている。(山崎文夫セクシュアル・ハラスメントと企業内自主規制『比較法制研究』(国士舘大学)第27号(2004))。
 私のようにペイペイのヒラは石ころのようなもので蹴っ飛ばしてもどうということはない。しかし世の中には、大学教授やエリートで業績を挙げた男性でもつまらないセクハラ事件で社会的信用を失い、放逐されることがが少なくない。これは社会的損失であり、安易にセクハラで人をおとしめることがないあり方を模索したい。我々は女性尊重フェミニズムに反撃していかなければならないと考える。

 最大の問題は環境型セクハラの定義が広すぎ、融通無碍なところにある。
 東京都のセクハラ基準は、おおむね人事院規則10-10にに準拠ししつつ人事院規則よりも緩い。人事院規則が厚生労働省のガイドラインより幅広くセクハラを定義していることはすでに指摘されているとおりである。(山崎文夫『セクシュアル・ハラスメントの法理』労働法令平成16年345頁以下)
 私は厚生労働省のガイドラインも「敵対的(虐待的)職場環境を形成している」ことが要件であると明言されておらず客観的判断を合理的通常人でなく合理的女性テストであるべきとしている点、深く懐疑的であり、米国のEEOCのガイドラインやや環境型セクハラの基準になっている連邦最高裁1993年ハリス対フォークリフト判決HARRIS v. FORKLIFT SYSTEMS, INCのテストよりずっと緩いことが問題であると考えているが、私はハリス判決自体も緩い基準でセクハラ訴訟をむやみに増大させたワースト判決と批判的な見方をとる。

図式化するとこうである。○客観的に有形の害の立証が必要で良い基準、△裁判所や陪審員の主観的判断に左右されやすい面がある、×明らかに女性に有利で悪い基準 ×の数が多いほど悪い基準

セクハラ判定基準の評価

○1986年ラビデュー対オセロラ連邦高裁判決(第6巡回区)
△1993年ハリス対フォークリフトシステムズ連邦最高裁判決
△1998年ファラガ-連邦最高裁判決
△1998年オンケール連邦最高裁
△合衆国雇用差別撤廃委員会EEOCのガイドラインの定義
×労働省の雇用機会均等法21条2項の管理上配慮すべき指針(平成10年労働省告示第20号及び通達女発第168号平成10年6月11日)労働省の雇用機会均等法のガイドライン(指針・通達)の定義
××人事院規則10-10のセクハラ定義(最悪に近い)
×××東京都のセクハラ定義(最悪だ)

 結論を先に述べると、そもそもセクハラ防止それ自体に反対であリ、十歩譲っても、ラビデュー判決並に厳格な基準でなければ安心できないし、男性にとって脅威となりかねない。百歩譲るとしてもアメリカの判断基準と同等のハリス判決及び、ハリス判決を引用する判例の基準まで精密化されない限リ、事実上の男性敵視政策として反対する。東京都はもっともひどく事実上女性にリンチ特権付与のような悪辣さであり、男性に対して敵対的であり、労働組合が服務規律問題に干与する不信感はぬぐいきれずセクハラ防止委員会は解散すべきであリ、東京都及び東京都水道局のセクハラ防止ポリシーを糾弾する。
 環境型セクハラの判定基準は少なくとも、女性の主観的判断ではなく客観的に敵対的・虐待的な職場環境を形成し、業務遂行を著しく妨げ、あるいは深刻な心理的被害をもたらし、雇用条件を変化させ、攻撃的且つ常習的且つ、過酷なものでなければ安易にセクハラとは認定しないこと。男性をおとしめることのないように、また、単なるからかい、当てこすり、突発的、1回性のものは胸をもまれようとセクハラにはあたらないことを明確に基準として示さない限り、私はセクハラ防止政策に断固反対していく。また、わが国の厚生労働省ではセクハラの概念に包含していない、職場外(例えば宴会)の行為やジェンダーハラスメントも含めてセクハラ防止ポリシーとするのは行き過ぎであり、これも認めない。

(詳論)

1986年第6巡回区控訴裁判所ラビデュー対オセロラ判決Rabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)
 環境型セクシャルハラスメントの要件して有形の害の立証を被害者に求めるテストであり、経済的損害や深刻な心理的傷害の立証を求めるものである。私はセクハラ規制に反対であり、そもそも公民権法タイトル7の性差別とする論理に無理があると考えるが、これなら男性は比較的安全であり、容認することにやぶさかでない。

 つまりこの判決は職場環境が被用者の精神的安定に重大な影響を及ぼすか同人が精神的損害を被るほど重大であることを原告が立証しなければならないという多くの巡回裁判所が採用していたコモンローの不法行為法上の諸観念に基づく基準であるからである。ハリス判決で採用されなかったが、私が裁判官ならこのテストを採用し、セクハラの適用の拡大に慎重な姿勢をとる。(参考文献 平野晋「セクシャル・ハラスメント法入門」『国際商事法務』19巻12号(1991))

1993年連邦最高裁ハリス対フォークリフトシステムズ判決Harris v. Forklift Sys. (92-1168), 510 U.S. 17 (1993)連邦最高裁が敵対的環境型セクハラの判断基準を示した先例だが、1998年のファラガ-対シティオブボカラトン判決Faragher v. City of Boca Raton, 524 U.S. 775 (1998)、オンケール 対サンダウン・オフショア・サービスィズ社事件Oncale  v. Sundowner Offshore Services,Inc, et al., 523U.S.75(1998)もほぼハリス判決を踏襲している。
 ハリス判決の事案は次のとおりである。
 1985年4月から1987年10月までの2年半の間を通して女性マネージャーに対して,他の社員の前で何回か「君は女だ。なにが分かるというんだ。」「男のレンタル・マネージャーがほしい。」と発言し、一度は「ムレムレしり女」と言うなど、しばしば女性であることを理由として侮辱し、また、他の社員の前で「君の昇給交渉のためにホリデーインに行かないか」、「顧客と週末にセックスすると約束したか」と言ったり,自分のズボンの前ポケットにコインを入れて女性社員にそれを取り出すよう要求したり,女性社員の前に物を投げてそれを拾わせて覗いたり、女性社員の衣服について椰楡するなど,しばしば女性社員を性的あてこすりのターゲットとした使用者(社長)の行為について、会社側勝訴の高裁判決を覆し、公民権法違反の環境型セクシュアル・ハラスメントが成立するとしたものであるが、私は総じて社長の行為は攻撃的でなく悪質でないと判断し、オコーナ-判事の法廷意見に批判的な見方をとる。この社長はモーテルに連れ込んだ訳でもなければ、社長がコインを放り投げたり、ズボンの前ポケットからコインを取り出すのも単なるお遊びに過ぎず深刻なものではない。社長の機嫌をとるために追従するのは従業員の役目のようにも思うくらいだ。ただビジネスのために顧客との枕営業もというのは、ジョークか仕事の指示かは不明だが、仕事熱心な従業員ならやるだろうし、それくらいのことは必要なのかもしれないが、男性職員と異なる労働条件の指示として性差別的と認識することはできる。しかしその指示を無視したことにより、首になったわけではないから、結論としては雇用条件に変化をもたらしていないので、性差別と認定しない。

 ハリス判決よりハリス判決が採用しなかった、第6巡回区のRabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)の厳格な環境型セクハラ判定基準で比較的優れていたと考える(環境型セクハラが成立する要件として、発言や行為で、他人を困らせたり、不愉快にさせただけでは救済を求めることはできないのであって、被害者は明確な、有形の被害Tangible Harmを被ったことを証明を要件とする。 有形の害とは、経済上の損害や、精神科医や分析医の診断によって認められた精神上の傷害である。神経症に陥るほどの深刻な精神的危害が客観的に立証されない限りセクハラで救済を求めることはできないというものである)。
 ハリス判決は第六巡回区連坊高裁のラビデュー対オセオラ判決の判断基準により深刻な心理的傷害の立証がないとしてセクハラと認めなかった連邦高裁の判断を覆し、環境型セクハラの判定基準を次のように示した。。

差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合には、Title7違反になる』When the workplace is permeated with discriminatory intimidation, ridicule, and insult that is sufficiently severe or pervasive to alter the conditions of the victim’s employment and create an abusive working environment, Title VII is violated.”
『客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間(道理をわきまえた通常人)ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどくはなくまた広範でもない行為は、Title7の適用範囲を超えている』“Conduct that is not severe or pervasive enough to create an objectively hostile or abusive work environmentan environment that a reasonable person would find hostile or abusiveis beyond Title VII’s purview.”
「私たちは、環境が「敵対的である」か「虐待的であるか」が単にすべての事情を見ることによって決定できると言うことができる。これらは差別している行為の頻度を含むかもしれない。厳しさ。それは、物理的に険悪であるか、屈辱的であるか、単なる不快な発声か。そして、それは無分別に従業員の業務遂行を妨げるのであるかどうか。原告が、環境が虐待的であることが実際にわかったかどうか決定すると従業員の心理学的な幸福への効果はもちろん関連している。しかし、いかなる他の関連要素のようにも、精神的傷害は考慮に入れられるかもしれないが、どんなただ一つの要素も必要ではない。」
 として、客観的に敵対的、虐待的職場環境と形成していることが環境型セクハラの基準であって、深刻な心理的傷害の立証は不要であると結論した。
 この判断基準だと、私はこの社長の行為は悪質でないと思うが、別の人はそう思わないということがあるように、裁判官やヤ陪審員の主観的判断で左右されるのではないか。この点、精神的傷害という医学的に客観的に判定ができるラビデュー判決の法が安定的で優れていると考えるものである。但し、本判決は「合理的通常人」テストを採用し、第9巡回区の女性に有利な判断基準をとった下級審判例の「合理的女性」テストはとらなかった。フェミニスト法学に迎合したわけではない。

 ハリス判決では客観的に敵対的・虐待的職場環境を形成していることがセクハラの要件となるが、オンケール判決では「嫌がらせの客観的過酷さ」は、状況とかかる振舞いが行われた社会的文脈の全てを考慮に入れた上で、「合理的な通常人」が従業員の立場に置かれた観点から判断するべきものとされた。つまり合理的通常人テストプラス総合的判断としたのである。
 しかし合理的な人がある環境を虐待的と考えても、かかる環境が従業員によっても虐待的と主観的に認識されないと、タイトル7の下で謳われるところの性的嫌がらせの主張ができるほど充分にその従業員の雇用条件が「変更」されたことにならないとした。http://rosegroup.us/files/Website--Sex%20Harassment--ILS--v.2%20Japanese%20version%20(00009052).PDF
 ところが、東京都のセクハラ防止指導では、女性に歓迎されないと主観的に判断したもの何でもセクハラだとしているが本末転倒である。アメリカの基準では、客観的に敵対的・虐待的な職場環境と合理的に判断されるだけでは足りず、本人が虐待的・蔓延的と認識していなければセクハラではないという趣旨であり、本末転倒なあり方は断固是正されるべきである。(オンケール判決は邦訳がネットで読めるので参照されたい)
 またファラガ-判決では「公民権法タイトル7の差別禁止規定は、男性及び女性が同性及び異性のメンバーと日常的に作用しあう純然たる無害なやり方での相違を禁止するものではない。」オンケール判決でも「Title7は、職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいない。それは、『性を理由とする差別』のみを指している。我々は、たとえ職場での異性間のいやがらせであったとしても性的な内容や暗示を含む言葉をつかったという事だけで機械的に性差別だとは決して判示してこなかった。」「Title7は礼儀作法規範でもない」としている。またファラガ-判決は「単なるからかい、当てこすり、極度に重大な場合を除く単独の行為は、労働条件の差別的な変更にあたるものではない‥労働条件の変更にあたるほど極端なものでなければならない」と述べた。 
 つまり突発的、1回性、散発的、間延びした行為ではセクハラと認定されないのである。但し、下級審判例で男性器より精液の発射を見せた事例で1回性のものでもセクハラと認定された例、管理職からレイプされた事例は重大だとされた例があるが、ただそれだけである。
 ハリス判決以前のものだが。建築業の職場で、女性器を意味するスラング(日本語に訳すと「オマンコ」に相当する俗語)をはいたケースではセクハラと認定しなかった。

 ハリス判決以降の下級審判例を引用すると次のとおりである。(山崎文夫セクシュアル・ハラスメントと企業内自主規制『比較法制研究』(国士舘大学)第27号(2004)http://libw01.kokushikan.ac.jp/data/1001272/0000/registfile/0385_8030_027_06.pdf7

 バーネット対ティコ社事件第6巡回裁判所判決(2000)は、①人事マネージャーが会議中ライターの入った煙草の箱を女性社員のタンクトップとブラジャーの紐の内側に入れたという行為②会議中女性社員が咳をしたところ,人事マネージャーがのど飴を差し出して「君が処女を失ったっていうから,これで補えよ」と言ったという行為、③年末に女性社員がクリスマス用セーターを着ていたところ、人事マネージャーが、そこに書かれた「DecktheMalls(通りを飾り付けろ)」という文言を見て,「DicktheMalls,DicktheMalls,興奮しちゃうぜ」と言ったという行為(Dickは男性性器の俗称)を、公民権法違反で提訴した事案について,従来の判例と比較しながら評価し,煙草の箱を入れたことは不法接触(battery)の要素を含むが総合評価すると2回の攻撃的発言と1回の不法接触では,敵対的職場環境を構成するほど重大であるという事実問題は争点とはならないという判断を示して女性社員の控訴を棄却している。この判決は,女性労働者が7月から10月までの2週間ごとの会議で差別的発言や尻・おっぱい云々という性的ジョークを浴びたという事案について、ブラック事件第6巡回裁判所判決(1997))が単に攻撃的であるというだけでは不十分であるとして女性労働者の請求を棄却したことを引用して,本件は,ブラック事件よりも間延びしており、蔓延しているとも重大であるともいえないとしている。
 この判決は,「オー!黄色のドレス、黄色の靴、パンティも黄色かな」発言などの社長の女性労働者に対する性的言動が7年間続いたという事案について行為の継続性を重視し,公民権法違反を認めたアベイタ事件第6巡回裁判所判決を引用して,本件のハラスメントは,アベイタ事件のそれに比べて継続性が弱いとしている。
 「パンティも黄色かな」事件も7年間も続いた性的言動から認定されたのであって、「パンティも黄色かな」の1回性のものであればセクハラではないことは明らかである。だいたい、黄色いドレスに黄色い靴の女は目立ちたがり屋で、男性の言い寄りを誘っているようにも思える。社交的な男性なら「パンティも黄色かな」と言いたくもなるだろう。

 ブルックス対サンメテオ市事件第9巡回裁判所判決(2000)は,女性職員が電話通信司令係として夜勤で救急電話を受けている最中に男性同僚によって背後からセーター及び下着の下に手を入れられ胸部を撫で回された事案について(男性同僚は懲戒手続開始後退職),腹部・胸部を触る行為は数分のうちに行なわれたたったひとつの出来事であり,事件直後市は加害者を職場から外しているので,合理的な女性であれば加害者の行為が就労条件を変貌させるほど永続的でないことがわかるはずであるとして,女性労働者の請求を棄却している。本判決は,たったひとつの出来事だからといって公民権法違反が認められないわけではないが,強度と頻度は反比例の関係にあり,公民権法違反が認められるためには,たった一回の行為が極めて重大(extremelysevere)なものでなければならないとしている。本件では,女性労働者は入院を要するほどの傷害を受けたわけでも,一晩監禁されたわけでもないというのである。

 シェファード対テキサス州会計検査官事件第5巡回裁判所判決(1999)は,女性職員が男性同僚(婚約者の義兄)①机のそばで「君の肘は乳首の色と同じだ」と言われたこと、②ドレスの下方を見るふりをしながら「君は大きな太ももをしている」と言われたこと,③机のそばで何度も服装を上から覗こうとしたこと、④傍らに立って何度も彼女の腕に触れ肩から手首にかけて手をなぞり下ろしたこと、⑤職場の打ち合せで二度にわたり自分の膝をたたいて「君の席はここだよ」と言われたこと、という一連の行為が2年間続いたことを公民権法違反として提訴した事案について(男性同僚は性的な誘いをかけたこともデートに誘ったこともなく、両者は毎曰フレンドリーな会話をし仕事中も仕事外でも友好的な関係を保っていた)、ハラスメント行為が提訴可能であるためには,客観的にも主観的にも攻撃的でなければならず,本件状況を総合的に勘酌すると、発言は野卑で攻撃的(offensive)ではあるが重大とは言えないし,じろじろ見るという行為や腕へのタッチも重大ではなく、男性同僚の行為は、職場環境を敵対的にも虐待的にもしていないとして、女性職員の訴えを棄却している。
 ところが、東京都のセクハラ定義では、敵対的・虐待的職場環境という基本的要件を欠いて、性的なからかい、わざと身体を触られた、理由なくじろじろみられたというだけでセクハラだというのである。「女の子」「おばさん」といわれた。お酌を強要されたというだけでもセクハラと言いつのり、男性の糾弾の対象とされることとなっている。目に余る行き過ぎである。
 ブレナン対メトロポリタンオペラ・アソシエイション事件第2巡回裁判所判決(l999)は,男性同僚が職場の掲示板に7枚の葉書サイズのセミヌードやヌードの男性写真を貼ったことについて女性労働者が本人に抗議した事案について、合理的な陪審員はこれらの写真が雇用条件を変貌させるほど脅し、嘲笑及び侮辱の蔓延した雰囲気を生み出すとは考えないと判断し、1度だけの卑根なからかいとともに考えても、提訴可能なレベルに達していないと判断している。ただし、反対意見は,写真の1枚は性器が露出しておりその他の写真も性的部分を目立たせようとするものであり、陪審員に判断を委ねるべきであるとしている。
 東京都のセクハラ指導では、ヌードだけでなく水着の写真ですら、職場に貼ることはセクハラだとしているが、この判例を読む限り米国ではそうではない。

 ミノー対リノ立職業専門学校第7巡回裁判所判決(l999)は、専門学校の男性分校長が女性職員に,仕事に関係のない電話をセクシーな声でなれなれしくしょっちゅうかけてくる(内容としてデートに誘うとかエロッチックなものはない)ということと、女性職員が分校長に関するうわさを広めたことをなじった際に,分校長が女性職員に腕を回しキスして抱き締めたうえで「こういうのがセクシュアル.ハラスメントか」と発言したということについて上司や同僚が女性職員をデリカシーをもって扱わず,乱暴な言葉を使ったとしても,そういうことはありふれていて差別とはいえず,公民権法違反とはいえないとした。
 東京都のセクハラ定義では、女性にとって不快な性的言動は全てセクハラとしているので、単にデリカシーのない言動も糾弾の対象となる。しかし米国ではそうではない。

 結論として、アメリカでセクシャルハラスメントの判断基準となっているハリス判決はセクハラ訴訟を増大させた要因となり好ましく思わないが、しかしハリス判決以後の判例は必ずしも女性に有利なものとなったとはいえない。これはフェミニストが推奨する客観的な過酷さを判断する基準を「合理的女性」テストではなく、「合理的通常人」テストを採用し、セックスブラインドアプローチをとっているからである。女性的な感情を保護するアプローチそれ自体が性差別になりかねない問題だからだと思う

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