公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

無料ブログはココログ

ニュース(豪州・韓国等)

« ゲゲゲなんか文化功労者の価値なんかない | トップページ | イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(9) »

2010/10/31

反コレクティビズムの勝利-イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(8)

 メディア王ルパード・マードック氏のニューズコーポレーションは、イギリスにおいて大衆紙ザ・サン(発行部数約300万部)、高級紙ザ・タイムズ(60万部)、サンデー・タイムズ(180万部)、サンの日曜版のニューズオブザワールド(320万部)、無料紙ロンドンペーパー(50万部)を発行している。
 アメリカでは20世紀フォックス、FOXテレビジョン、ニューヨークポスト、ウォールストリートジャーナルさらに、大リーグのドジャース、SNSのマイスペースなどもニューズコーポレーションの傘下にある。その時価総額は380億ドル、売上高は140億ドルに達しているが、私はマードック氏を尊敬に値する実業家と評価する。
 その第一の理由は1986年イギリスにおけるワッピング争議Wapping dispute(タイムズ、サンデータイムズ、サン、ニュースオブザワールドの四紙を発行するニューズインターナショナル社における新社屋移転をめぐる熟練印刷工組合、半熟練印刷工組合等の5つの印刷関連労働組合のストライキ)でフリート街からワッピングの新社屋へ移転拒否を就業違反として、新聞記者以外の6000人の従業員を解雇し、熟練印刷工労組等を屈服させ労使関係を変革したその実績によるものである。6000人解雇は非情ではない。これができたからこそ、他の新聞社も人員削減と技術革新を可能にした。自社のみならず業界の発展に貢献したのである。ワッピング争議は20世紀最後のドラスティックな労使紛争になった。もちろんそれはサッチャー政権の労使関係・労働組合改革立法の土台のうえで可能だったといえる。炭鉱ストの敗北も踏まえたうえでサッチャー改革を生かしたのである。周到な準備で印刷工労組に立ち向かったのである。それはイギリスの法律がなんたるかを理解していたからこそできたことではないだろうか。やはりマードックは業界を牽引し先見性のある人物として評価できるのである。
 サンやタイムズなどニューズコーポレーション傘下の新聞社ではワッピング争議以来今日まで記者組合以外の労働組合は承認されていない、印刷工関連組合に加わっている者は採用しない反労働組合人事を行っている。このことを高く評価したいのである。
 既に述べたように、1980年雇用法は、団体交渉を支援する制度を廃止した。 労働党政権による1975年雇用保護法は助言・調停・仲裁委員会(ACAS)による労働組合承認(union registration )制度は廃止された。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/right-to-work-l.htmlイギリスでは使用者が組合に団体交渉の席を認めることを組合承認(registration)というのであるが、政府がこれを経営者に強要させるための制度はなくなったのである。これによって経営者が労働組合を承認するか否かは全く任意であり(元々イギリスはそのようなボランタリズムだった)、組合を否認しても差し支えない、経営権の自由であることが明確になった。サッチャー、メージャー保守党政権下で、労働組合否認が多くなり、もし2010年まで保守党政権が続いていれば労働組合は駆逐される消滅するともいわれたほどである。組合承認の法的手続きはブレア政権の1999年に復活し【*1】、労働組合は存続することとなったが、イギリスではアメリカや日本のような不当労働行為制度はない。日本の制度はそのような意味では労働組合に有利にできている。
 従って、サッチャ-政権時代、新聞社が印刷工組合を承認するか否認するかは経営者の判断である。ロンドン東部のドックランド再開発地区にあるワッピングの新社屋では植字による印刷工程をなくしたハイテク技術で新聞を編集・印刷できる。従って熟練工は不要であり、伝統的に職場を支配しクローズドショップで労働市場を独占していた高コストのクラフトユニオンは全く不要となったのである。
 
 金融の中心地シティーにあるセントポール大聖堂より少し西側の地域をフリート街という。 ここにはかつてフリート監獄があり、フリート街といえば18世紀前半は秘密結婚で有名だった。当時カップルでこの街に行くと四方八方から石炭かつぎあがりの悪質な客引きが寄ってきて、強引に居酒屋などの結婚媒介所に連れて行かれた。その後フリート街といえば新聞街として知られている、しかし1986年のワッピング争議を契機としてガーディアンやデーリーエクスプレスなど新聞各社もフリート街を撤退し、郊外に移り、実質新聞街としてのフリート街は消滅した。ただ在ロンドンメディアの代名詞として使われてはいる。
 なお、ニューズコーポレーションは2008年、22年間印刷の拠点としていたワッピングにも別れを告げ、大ロンドンの北側に隣接するハートフォードシャーのプロックスバーンに世界最大の新聞印刷所を建設して移転し、自社新聞のみならず、デーリーテレグラフも委託により印刷している。http://ukmedia.exblog.jp/8699631/ 

 1980年代イギリスで大規模な警察介入のあったストライキが、3件ある。第一が1984-85年の炭鉱スト、第二が1986年のワッピング争議、第三が1988年のP&Oヨーロッパフェリー争議であるが、炭鉱ストは国営企業であり、政府とアナルコサンディカリスト(スト指導者のキャラクターに特徴があった)の戦いとなったが、ワッピング争議は20世紀最後のドラスティックな労使紛争と評価され、サンやタイムズなどを発行するニューズインターナショナル社という私企業で、熟練印刷工労働組合等を完全に屈服させたことは労使関係のパラダイム転換として、ワッピング争議がより重大であるとも指摘されている。ワッピング争議の詳細についてはネットでも公開されている家田愛子の専論「ワッピング争議と法的諸問題の検討(1) : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.168, 1997, p.105-150 http://hdl.handle.net/2237/5752「ワッピング争議と法的諸問題の検討(2)完 : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」『名古屋大學法政論集』 v.169, 1997, p.153-195 http://hdl.handle.net/2237/5761があるのでここでは、その歴史的意義を整理しておくこととする。

(1)タイムズ新聞社(ニューズインターナショナル)は記者組合以外の労働組合を否認し、結果的に印刷工等の労働組合は排除された。人員削減だけでなく従前の制限的労働慣行をなくし技術革新をなしとげた。実質的に労働組合を打倒したことの意義が大きい。

(2)メッセンジャー争議や炭鉱ストでも違法ピケッティングなどの差止訴訟はなされたが、違法争議行為については差止請求-差止命令-命令拒否による法廷侮辱罪-組合資産差し押さえという司法介入が避けられないことがより明確になった。

(3)炭鉱ストでは石炭公社は炭鉱労組に損害賠償請求を提起しなかったが、タイムズ聞社(ニューズインターナショナル)は熟練印刷工労組に提起した。ただし、損害賠償請求を取り下げることで妥協が図られ争議を収拾させた。

(4)労働組合を排除する目的でストライキ中の組合員の解雇がなされ6000人の労働者の首を斬った。既に述べたように1982年雇用法は、労働党政権の1978年雇用保護(統合)法の次の規定「使用者はストライキ参加者の全員を仕事に戻っている労働者とストを継続している者の全員を解雇できるが、選択的解雇は労働審判所の管轄権とする」を廃止し、ストライキ中の選択的解雇をも可能にしていた。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/right-to-work-2.html、ワッピング争議ではスト参加全員解雇という無難な方を選択したが、解雇はやりやすくなっていた。

 そもそもイギリスでは「積極的ストライキ権」がない。それは1906年労働争議法とそれを確認した1974年労働組合労使関係法による不法行為の免責(起訴されない)という「消極的権利」にすぎないわけである。コモンロー上ストライキは「拒絶的契約違反」とされ【*2】、雇用契約を終了させるという断絶理論が支配的であり、停止理論をとらない。したがってイギリス法上は、予告期間を遵守せずにストライキに参加することが重大な契約違反であり、即時解雇事由になる【*3】。つまりストは「自己解雇」であるから本質的にはリスクを伴う行為だった(ストライキはギャンブル)、だからイギリスでは争議中にストライキ参加者が解雇されるのことは決して珍しいことではなく、むしろ争議のプロセスの一環であり【*2】、争議収拾後職場に復帰することは正確に言うと再雇用なのである。ただ従来は労働組合の力が強く、世論も労働者に同情的だったことから、スト収拾後の職場復帰は暗黙の了解とされていたのであるが、悪しき慣行を破ってこれだけの大量解雇に踏み切ったことを評価したい。

(5)フリート街の熟練・半熟練印刷工組合はクローズドショップの弊害の縮図であり、イギリスの産業の中でも評判が悪く、進歩から取り残されていた(クローズドショップで労働市場を独占しているため、100年前から組合の強力な統制力による制限的労働慣行が行われ、組合内には熟練・半熟練・非熟練で職域が区分されカーストのようなランクが暗黙に存在し、技術革新を阻み古い技術に固執し能率的でない仕事をしながら高い労働条件を維持し、全英平均の2倍の給料を稼ぎ、印刷工はホテルに泊まりタクシー通勤で仕事をやっていた)。ストを支持する世論に乏しく労働組合が孤立したこともストの敗北の要因である。
(6)スト参加者の大量解雇をやってのけた背景として、家田愛子氏が重要な指摘を行っている。「マスピケッティングやデモ隊の群衆の罵倒を振り切ってピケラインを越える労働者が多数いたことも見逃せない。ストライキの代替要員として雇い入れたにしろ、組合のストライキ決定に反して戦列から外れたにせよ、彼らにとっては伝統的な労働組合主義は通用しないものであった。そこにはサッチャー政権下で、「個人の自由」、「選択の自由」を全面に押し出してなされた法改革の必然性がうかがえる」【*2 181頁】。
 社会史的文脈では第6の点がもっとも重要な意義である。これは、サッチャー政権の労使関係改革の仕上げとなった1988年雇用法でストライキに参加しない個人の権利を具体的に明示したことに結実するに至った【*4】。表題の反コレクティビズムの勝利とはこのことである。
 

註1田口典男「ブレア労働政策における組合承認の法的手続きの位置づけ」『Artes liberales』 第70号, (2002)http://hdl.handle.net/10140/2719
註2家田愛子「ワッピング争議と法的諸問題の検討(2)完 : 一九八六年タイムズ新聞社争議にもたらした,イギリス八〇年代改正労使関係法の効果の一考察」Wapping Dispute and British Labour Laws in 1980's (2)名古屋大學法政論集 169, 153-195, 1997-06-30 【ネット公開】 http://ci.nii.ac.jp/naid/110000296231
註3山田省三「イギリスにおける一九八二年雇用法の成立」『法学新報』90巻2号
註4渡辺章「イギリスの労働法制とその変遷(講苑)」『 中央労働時報』804号 1990

« ゲゲゲなんか文化功労者の価値なんかない | トップページ | イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(9) »

イギリス研究」カテゴリの記事

コメント

いやあ、有難うございます。
長年の疑問の一端がとけました。まさかイギリスでは積極的ストライキ権がない等とは思ってもみませんでした。てっきり日本などと同じだと思い込んでいました。

これではストに参加するのは「首にしてくれ」と同義語ですね。

心配になるのは、この時代は良かったかもしれませんが、労働者が弱く(雇用情勢が悪く)なった時は、労働者にしわよせがいくのではないかーということです。
この点はどうなのでしょうか。

もう見ました、とても好きです

[b][url=http://www.officialtexansjerseysshop.com/]Texans Jersey[/url][/b]
[b][url=http://www.officialtexansjerseysshop.com/]Houston Texans Jersey[/url][/b]
[b][url=http://www.officialtexansjerseysshop.com/]Cheap Texans Jersey[/url][/b]
[b][url=http://www.canadiensjerseysshop.com/]Montreal Canadiens Jersey[/url][/b]
[b][url=http://www.canucksjerseysshop.com/]Canucks Jerseys[/url][/b]
[b][url=http://www.canucksjerseysshop.com/]Vancouver Canucks Jersey[/url][/b]

この点はどうなのでしょうか。http://www.izone.jp/

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ゲゲゲなんか文化功労者の価値なんかない | トップページ | イギリス1984-85年炭鉱スト、1986年ワッピング争議における労働組合敗北の歴史的意義について(9) »

最近のトラックバック

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

世界旅行・建築