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2011/03/09

団体交渉コレクティビズムから個別雇傭契約自由放任主義へパラダイム変換(下書き8)

前回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-96f7.html

合衆国-非組合企業隆盛の理由(8)

1.アメリカの経営者の反労働組合主義と憲法革命以前の保守的な司法

承前

●革新主義思想のホームズ、ブランダイスの批判的検討

 ウィリアム・タフト主席判事(任1921~30)は1922年に兄弟に宛てた手紙のなかで次のように書いている。「明確に最高裁に反抗する唯一の階級はとにかく裁判所を嫌っている階級であり、それは組織された労働者である。彼らは継続的に法を破り彼等の目的を達成するために脅迫と暴力に依存しているので、その党はをわれわれはつねに叩かなければにならないのである。」【*1】。労働組合というものは本質的に脅迫と暴力に依存した権力であるという考えは正しい。レイバー・インジャンクションと労働組合活動へのシャーマン法適用を支持するのは当然だった。
 一方、一連の反労働組合判決に反対意見に回った裁判官としてオリバー・ウェンデル・ホームズ、ルイス・ブランダイスという著名な裁判官を挙げることができる。かれらの主張は労働争議を容認し、インジャンクションに反対するものであり少数意見であった。しかし1937年以降、連邦最高裁は経済的自由の実体的的保護を拒絶するようになった。1915年のコッページ対カンサス判決【*2】のホームズ判事の反対意見に示された考え方、労働立法はその政策の善し悪しを問わず、合理的な人間によって支持される政策であるならば、その立法を無効と判断すべきではないという考え方と同じ司法審査のあり方を最高裁がとるようになってしまったのである。そればかりでなく、大抵の憲法学者はホームズやブランダイスを名裁判官と持ち上げるのである。しかし私はそういう意見に反対したい。
 ホームズ判事のもっとも著名な反対意見は1906年のロックナー判決(製パン業の週60時間以上の労働を禁止するニューヨーク州法をパン屋及び労働者個人の契約の自由を侵害するものとして違憲とした)の「憲法修正第14条はハーバード・スペンサー氏の『社会静学』を制定するものではない‥‥憲法は‥‥特定の経済理論を具体化するように意図されているものではない」というアフォリズムであるが、しかし今日ではロックナー判決は当時において格別保守的な性格のものではなく再評価も為されていることから、1937年に評価が逆転したホームズ反対意見こそ問題視しなければならない。法廷違見は、スペンサーの社会進化論を公定している訳ではない。
 なるほど、ホームズはアフォリズムの名人だったかもしれないが、アフォリズムに酔うのは過ちである。私がホームズを嫌悪するのは組織労働者に好意的なことである。それは1873年の「ガスストーカーストライキ」論文で「生の闘争」という生存闘争のために自力救済型の死闘がなされてもよいというストライキ容認の思想である。ホームズがセオドア・ルーズベルトの目にとまって、連邦最高裁判事に起用されたのは次の革新主義思想だった。それはマサチューセッツ最高裁判事時代1896年Vegelahn V.Guntnar判決(労働者の哨戒行為patrolがビジネスを妨害し物理的害悪を引き起こす脅威を有し、結果雇用者・被用者双方の契約の自由を侵害するものとして差止命令を出すことができると判示)の少数反対意見である。

「公序に関する諸命題が全員一致で受け容れられるのは稀にしかなく、あったとしても、反証不可能な証明が可能であるなど、もっと稀である‥‥‥‥自由競争を認めるポリシーは、人のビジネスに干渉する損害をも含めて、自己目的的ではなくて、取引の闘争にらおいて勝利する目的に到達する手段として、何らかの方法により一時的損害を故意に与えることを正当化する。‥‥我々の法律が基礎としているポリシーが「自由競争」という用語で表明するには余りにもにも狭すぎるというなら、『生の自由闘争』と言い換えてもよい。明らかに、そのポリシーは、同一目的のために競争する、同一階級の人々の闘争には限られない。それは一時的利益に関するすべての対立に適用される‥‥‥‥労働者が自己の労働により、できるだけ多くの報酬を得ようとしているということが真だとすると、結合した労働者は‥‥‥‥自己の利益を維持するために、結合した資本家が有しているのと同一の自由を有していることも真でなければならない」また「自由競争とは結合を意味するものであり、世界の組織化‥‥の反対することは無駄」【*3】とも述べている。

 経済の自由競争は競合他社に損害を与えてもかまわない論理だから、労働者も自らの利益のために雇用主に損害をあたえてもよいというのは、分裂気質者にみられる逆説に思える。社会ダーウィニズムの適者生存のための競争という論理を逆手にとって、それは企業間の競争に許されているなら、労働者も生存のために闘争してよいのだという、近代社会に中世のような自力救済の考え方を持ち込んでいる。なるほど19世紀末から20世紀初頭はトラストの時代だった。企業は自らの利益のために結合して勝手なことをやっているのだから、それに対抗し労働者も団結し勝手なことをやってよいという、市民社会の秩序を無視した議論なのである。ホームズの論理は新奇なものである。伝統的にコモン・ローは多くの形態の団結に対する一般的な敵意をも表明した。コモン・ローは団結を嫌うのである。なによりも中世以来の団結および争議行為を犯罪とする法理論、営業制限の法理、共謀法理、契約違反誘致引、不法妨害を無視し、個人主義的自由や契約の自由、財産権を軽くみていることは異端の思想である。
 現代人はこの異端の思想を持ち上げてきたのである。

 次にデュプレックス印刷機会社対ディアリング判決DUPLEX PRINTING PRESS CO. V. DEERING, 254 U. S. 443 (1921)http://supreme.justia.com/us/254/443/case.html(オープンショップ政策をとるデュプレックス印刷機会社に対して国際機械工組合がクローズドショップと組合藤一賃金を要求するため、同社製品をボイコットを行ったことが、シャーマン法に違反して州際通商を妨害するものとして差止命令を支持した判決)におけるブランダイス判事の反対意見(ホームズ、クラーク判事が同調)である。

「‥‥私は州のコモン・ローも合衆国の制定した法律(クレイトン法)も共に産業の中での闘争において、その闘争を自己の利益を正当化する限度までおしすすめることが出来る権利を宣言したものであるとの結論に達した‥‥多くの権利は現存する社会の目的に由来するものである。産業関係の中に於て発達しつつある状態はその中に関与する者たちが彼等の闘争を共同体に対する危険なしに継続することなしにできない種のものだろう。しかし、そのような状態にあるかないかを判定するのは判事ではないし、又その闘争に許容しうる限界づけを行ったり、新しい状態が依存する義務について宣言を発したりすることも判事達の仕事ではない、それは立法者の職能であり‥‥」【*4】
 ここでは「生の闘争」とは述べていないが、自力救済的な闘争を容認する思想である。

 ツルアックス対コーリガン判決TRUAX V. CORRIGAN, 257 U. S. 312 (1921)http://supreme.justia.com/us/257/312/case.html(アリゾナ州法の反インジャンクション法にもとづいて、組合がレストラン前でピケットを張るほか、レストランの利用を避けるように周辺住民に訴えかけるボイコット戦術をとった行為に対する即時争議停止命令の申請を退けた事案で、営業行為は、財産を獲得する行為として憲法が保障する財産権に含まれる実質的財産権そのものであり、労働者の争議がこの営業行為の妨げとなる場合、雇用者が争議の停止を求めることは憲法的権利であるなどとして、インジャンクションを支持し、アリゾナ州法を違憲とした)の反対意見でブランダイス(ホームズ同調)は次のように述べた。
「‥‥インジャンクションは、賃労働者の自由権を侵害する危険をもっている。インジャンクションの請求によって使用者は支配権-主権的な-を確立する。言葉をかえていえば財産権の保護に名を借りて使用者は主権的権力を求めていたのである。労働者が使用者との争いの中で正しい状態を獲得するまでこの広大な労資間の闘争に於て国家権力を一方の側にその法からひきだされた原則にしたがって附与する事は賢明なことではない。産業における諸関係を規律する新しい原則が誕生するまで国家はその個々の紛争にインジャンクションが介入しない方がより賢明である」【*5】

 この見解は全くの論理矛盾である。法廷意見は、レストランの営業行為は財産を獲得する行為として憲法が保障する財産権に含まれる実質的財産権そのものであるとしているのである。
 私有財産権とは、所有者が排他的独占的処分権を有する、支配権そのものであるから、それに干渉し、侵害する者に自由権を主張するのは、かみあってない議論なのである。。
 言い換えると、営業行為と財産権を保護し侵害者から救済を求めることができる国家が良いのか、労資の闘争を容認して他者の財産に損害を与える自由のある国家が良いのかという問題になるが、ホームズとブランダイスは後者をとるのである。
 

【*1】ラッセル・ギャロウェイ/佐藤・尹・須藤共訳『アメリカ最高裁判所200年の軌跡 法と経済の交錯』 八千代出版1994年 116頁
【*2】黄犬契約禁止の州法を違憲とした判例としてコッページ対カンサス判決COPPAGE v. STATE OF KANSAS, 236 U.S. 1 (1915)
 http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=us&vol=236&invol=1があるが、ピットニー判事の法廷意見は、労働者側は経済上の弱者であって労働の売買は対等な立場で行われていないという州裁判所の見解を排して、私有財産権の存するところには富の不均衡はつきものであり、あらゆる契約で当事者双方が平等な立場に置かれるとは限らない。「契約や私有財産権の自由を守りながら、これらの権利の行使に必然的に伴うことになる富の不均衡の合法性を認めないということは、事理に反する」と述べた〔石田尚『実体的適法手続』信山社出版198〕これに対するホームズ判事の反対意見も革新主義的意見として組織労働者に味方している。
「原状では、労働組合に所属することによってしか、公正な契約を確保することができないと信じることは不自然ではないだろう。そうした信念が、正しいにせよ間違っているにせよ、合理的人間によって支持されるものならば、その信念は、契約の自由が始まる当事者間の平等を確立するために、法によって強制されうるもののように私には思える」
〔金井光生『裁判官ホームズとプラグマティズム』風行社2006年 272頁〕
【*3】〔金井光生『裁判官ホームズとプラグマティズム』風行社2006年 266~271頁
【*4】中山和久「ブランダイス判事のアメリカ法史に於ける意義」『早稲田法学会誌』2[1951]http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/handle/2065/621  
【*5】前掲論文

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