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2011/05/09

下書き-Lochner era(広義)の主要判例(2)

経済的自由の復権とコレクティビズムの駆逐とテーマが大きいので、ロックナー判決の背景と理論は明らかに研究不足である。つまり先行研究の一部しか読んでないが、追ってバージョンアップしていくことする。筆者は英語が読めないので判例の要旨は我が国の複数以上の先行研究から引用し一部言い換えている。ケンズとバーンスタインを引用しているが機械翻訳によるものなので正確なものではない。

順不同でピックアップし、あとで連結してまとめる
◎良い判決
×悪い判決

◎ロックナー対ニューヨーク判決 Lochner v. New York, 198 U.S. 45 (1905)-第一回
http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=198&invol=45

 1897年ニューヨーク州労働法は、パン、ビスケット、ケーキ等の製造作業場の清潔さおよび健康的な作業環境を維持するため、排水設備等を規制すると同時に、415章8条110項において被用者の労働時間を週60時間、一日10時間に規制した。ニューヨーク州ユチカでパン製造所を営んでいた上告人ロックナーは違法に1週間60時間を超えて就労させたため、郡裁判所において軽罪で有罪となり、州地裁、州最高裁もこれを維持したが、連邦最高裁は5対4の僅差で原判決を破棄した。
 ペッカム判事が法廷意見を記し、フラー主席判事、ブリューア、ブラウン、マッケナ各判事が同調した。ハーラン判事が反対意見を記し、E.ホワイト、デイ各判事が加わった。ホームズ判事が単独で反対意見を記した。

ペッカム判事による法廷意見の要旨

 自己のビジネスに関して契約を結ぶ一般的権利は、合衆国憲法修正第14条によって保護される個々人に保護されている自由の一部であり (アルゲイヤー対ルイジアナ判決ALLGEYER v. STATE OF LOUISIANA, 165 U.S. 578 (1897)   http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=165&invol=578【*1】)、同条項の下では、いかなる州も法のデュープロセスなしに何人すらも生命・自由または財産を奪うことはできない。
 労働力を売り、又は買う権利は、その権利を排除する事情がない限り、修正第14条により保護されている自由の一部である。
 しかし一方で、州の主権の下で、ポリス・パワーと呼ばれる〔人や物を規制する〕ある種の権限が認められている。ただ、その正確な説明は法廷によって試みられていない。
 これらの権限は、大雑把に言えば、公共の安全、健康、道徳および一般的福祉にかかわっている。
 財産および自由は、ポリス・パワーを行使する州の権限によって課せられる合理的な規制に服するものと考えられており、このような条件下においては修正14条違反にはならない。Mugler v. Kansas, 123 U.S. 623 (1887)http://supreme.justia.com/us/123/623/case.html In re Kemmler, 136 U.S. 436 (1890) Crowley v. Christensen, 137 U.S. 86 (1890)等
それゆえ、州には個々人がある種の契約を阻止する権限があり、それに関しては連邦憲法は何らの保護を提供しない。
州は正当なポリスパワーの行使によって、第14修正に違反することなく個人の契約の自由を規制する権限を有する。
‥‥当裁判所は、境界例と思われる多くのケース州でポリス・パワーの行使を支持してきた。‥‥例えばホールデン対ハーディHOLDEN v. HARDY, 169 U.S. 366 (1898) http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=us&vol=169&invol=366  http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0169_0366_ZS.htmlでは、鉱山労働及び鉱山精錬労働を緊急の場合を除き1日8時間以内に制限するユタ州法は、労働者を鉱山事業者の就業規則による肉体的酷使から守るために合理的で適切な介入であると支持された。あるいはAtkin v. Kansas, 191 U.S. 207 (1903)、 Knoxville Iron Co. v. Harbison, 183 U.S. 13 (1901)、 Jacobson v. Massachusetts, 197 U.S. 11 (1905)
http://supreme.justia.com/us/197/11/case.html  は種痘を強制するマサチューセッツ州法を、公衆衛生に関するポリスパワーの行使として支持された。あるいはPetit v. Minnesota, 177 U.S. 164 (1900)。
 とはいえ、もちろん州による有効なポリスパワーの行使には限界があり、この一般的命題に争いはない。そうでなければ修正第14条は有効性を持たないからである。
 ‥‥この種の立法にかかわりがあり、連邦憲法の保護が求められるすべての問題に次のような問題が生ずる。
すなわち、これは州のポリス・パワーとして、合理的で適切な行使であるか、それとも個人の自由ないし自己及び家族を養うために適切ないし必要と思われる労働に関して契約する自由への不合理で不必要かつ恣意的な介入であるかである。
もちろん、労働に関して契約する自由はそれにかかわる両当事者が含まれる。
一方に労働を売る権利があるのと同じく、他方には買う権利もある。
  問題は当の州法がポリスパワーの範囲内か否かであるが、これは裁判所が判断しなければならない。
 本件州法は純粋な労働法として(as a labor law, pure and simple)、有効であるかの問題は簡単に片付けうる(may be dismissed in a few words)。
 製パン業において、就労時間を決定することによって人の自由または自由に契約する権利に介入する合理的な理由は何ら存在しない。
 製パン業労働者が一つの階級として他の産業の労働者より知性及び能力の点で劣っているという主張はないし、それぞれの独立のした判断と行動に介入し、州が保護しなければ、自らの権利を主張し、自分の面倒をみることができないという主張はない。彼らはいかなる意味においても州の被保護者ではないのである。
。‥‥純粋に労働法の見地から眺めると、本件のような法律は、公共の安全や道徳にも、公共の福祉にも何らかかわりなく、公共の利益はそのような制定法において何ら影響を受けないと考えられる。
‥‥清潔で衛生的なパンの製造は、パン焼き人が1日10時間、又は州60時間以内労働を制限することには依存していない。就労時間の制限はその理由でポリス・パワーの範囲内ではない。
‥‥契約の自由に介入する法律が支持されるには、それが公衆の健康と少しばかり関連があるとの主張では不十分であり、当該法律は立法目的に対する手段として、より直接的な関連を持たなければならない。かつた、目的そのものが適正で正当appropriate and legitimateでなければならない。
 本件は州裁判所においても多様な意見が出ている。‥‥控訴裁判所において、7人の裁判官のうちの3人も、法規を支持している判断に異議を唱えた。1人は、当該規則は常識として製パン・製菓工場で働くことが健康を害する職業であると言うことができなければ支持されないと述べた。またある裁判官は製パン業、製菓業は呼吸器の病気になる傾向があるとしたが、3人は、その見解に異議を唱え、製パン業が労働者の健康を害する職業であるとは考えられてこなかったと述べた。
‥‥一般常識として製パン業は健康に悪いとは考えられていない。統計を見ても製パン業はある職業より健康的でないが、別の職業より健康的であるといえる。
 もしある職業が絶対に健康に良いものでない限り、立法府の監督と支配に服すのであれば、ポリスパワーの対象にならない職業はなくなってしまう。
 立法府が雇用契約の自由に介入する契約の自由に介入する根拠としては、その職業が少しばかり健康に悪いかもしれないという事実では不十分である。
 いかなる分野にせよ労働は健康に悪い芽を伴うことは残念ながら事実である。しかし、全て我々は立法府の慈愛によって悪い芽から救ってもらうべきであろうか?。
‥‥毎日、太陽が輝くことがない建物で働くことを余儀なくされることも健康に良くないといえる。‥‥それでは全ての職業が立法府のポリス・パワーから逃れられなくなってしまう。労働時間の制限は、労働者自らとその家族の生計を支える能力を損なうかもしれない。労働者の健康とその関連を言及するだけで、全ての雇用における労働時間規制法は有効になってしまう。‥‥この論法が正しいなら、合衆国憲法の保護する人身の自由及び契約の自由は幻想となり、ポリスパワーを口実に、契約の自由だけでなく、人の行為そのものが立法府の支配を受けることになる。従業員の時間だけでなく、雇い主も管理され、医者、弁護士、科学者、すべての専門職の男性ならびにアスリートと芸術家は頭脳と肉体を疲労させることを禁じることもできることになってしまう。【*2】
 成熟し知性のある人間が知性のある人間が生計を得るために労働しうる時間を制限する〔本件州法は〕個人の権利に対する余計な干渉であり、もし労働時間が制限されなければ公衆もしくは労働者の健康に重大な危険が及ぶという、それ自身合理的な何らかの適正な理由がない限り〔違憲である〕【*3】。
 したがって、本件のような法律は、ポリスパワーの正当な行使であるとして公共の健康ないし労働者の健康にかかわるものとして議会を通過したけれども、そのような権限の範囲内のものではなく無効である。本件法律は、言葉の正しい意味で保健立法ではなく、使用者と労働者の双方が最上と考える就労に関して契約する個人の権利への違法な介入である。
 本件起訴の根拠となり、上告人ロックナーが有罪とされた制定法の条項に定められた労働時間の制限は、真に保健立法としての同条項にとして同条項に関して正当化されるような労働者の健康に関し直接的で実質的な効果を有するものでないことは明らかである。その真の目的は使用者と労働者との間で就労時間を労働者の健康にとって何ら現実的で実質的に有害でない私的ビジネスにおいてただ単に制限することであったように思われる。このような状況下において相互にその雇用関係において契約する使用者と労働者の自由は、連邦憲法の侵害したり禁止したり介入することはできない【*4】。

●ハーラン判事(E・ホワイト、デイ各判事が加わる)の反対意見の要旨

 修正第14条はポリス・パワーに干渉することを目的としていないと言い、本件州法は「労働時間を制限することにより、パン職人の健康を保護する」ためであると謳われている以上裁判所は文字通り受け取るべきであって「賢明な立法であるか否か‥関知するところではない」と述べ、当該立法の真の目的が何であるかは問題ではない問題でないとする。結局裁判所が審査すべきなのは「州により案出された手段が、合法的に追求されうる目的に‥‥現実的かつ実質的な関連を有している否か」と判断基準を示したうえで、研究書や報告書を検討し【*5】(例えば小麦粉塵を一定に吸入することは、肺・気管支の炎症を引き起こす。時間の長さはリウマチ、痛みと腫れた足の要因となる。パン屋の平均寿命は平均以下で、彼らのほとんどが40と50歳の間で死亡する。仕事のより短い時間は、快適さとより純粋な家庭生活のより高い水準を許すことによって、賃金・労働者階級の産業の効率的にして、健康、寿命など改善する等を挙げ、健康を保護する等)、結局両者の関連性の有無については議論の余地があると認めたうえで、合憲性推定の原則に従って合憲を結論とする。
 
ホームズ判事単独の反対意見

「この事件はこの国の大部分が好まない経済理論に基づいて決定されている。修正第14条は、ハーバード・スペンサーの「社会静学」を規定していない‥‥憲法は、温情主義であれ、レッセフェールであれ、特定の経済理論を表現しようと意図しているのではない‥‥」【*6】と憲法に根拠をおかないレッセフェール理論に基づき法廷意見が法律を審査したなどと言って非難し、「合理的で公正な人間」が、当該立法が合法的な立法目的と無関係ではないと考える可能性がわずかでも見てとれる限り当該立法は違憲とされない。という審査基準として提示した【*7】。

●アンチカノンとされたロックナー判決は再評価がトレンド

ロックナー判決は今日の司法部は否定しているが、実体的デュープロセスを根拠として、財産権や契約の自由を規制する州や連邦の社会経済立法を違憲とする先例となった著名な判決である。私は、自己の雇傭契約に関する自己決定、労働力を売買(処分)する個人の自由を憲法が保障する基本的権利として、就労時間規制立法を無効としたロックナー判決を、個人主義的自由、経済的自由にとって重要な20世紀の名判決の一つとしてその意義を高く評価するものであり、この判決の背景と理論は相当に奥行きの深いものであるが、分析のうえ現代の諸問題に生かしたいと考える。

ロックナー判決は1917年に黙示的判例変更【*8】、1923年に先例として復活し【*9】、1937年ウェストコーストホテル対パリッシュ判決West Coast Hotel Co. v. Parrish, 300 U.S. 379 (1937) http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=us&vol=300&invol=379というワースト判決において明示的に覆された。
ヒューズ主席判事の法廷意見は、憲法は「自由」というだけで、「契約の自由」とは言っておらず、ただ法の適正な手続きを経ずに「自由」を禁止すると言っているだけである、立法目的と関連で合理的であり、共同体の利益のために立法された規制はデュー・プロセスと認められるなどと言ってデュープロセス条項の解釈を全面的に変更した。
これを憲法革命というが、さらに1938年合衆国対キャロリーンプロダクツ判決United States v. Carolene Products Co., 304 U.S. 144 (1938)  http://supreme.justia.com/us/304/144/case.htmlにおいてストーン判事は有名な脚注4において「通常の商業上の行為を規制する立法は、知られているか又は一般的に想像される諸事実に照らしてみて、その立法が、立法者の知識と経験内にある何らかの合理的な基礎に基づいているという推定を覆すほどの特徴を持っていないかぎり、違憲と宣言されるべきではない」【*10】として経済政策に関する司法の干渉の消極的態度を明確にした。
さらに、Ferguson v. Skrupa, 372 U.S. 726 (1963)  http://supreme.justia.com/us/372/726/case.htmlにおいて連邦最高裁は、経済的自由をめぐる実体的デュープロセス法理に決定的な終止符を打った。 ブラック判事の法廷意見は「当法廷は「超立法府」として立法の賢明さを評価することを拒否する。そして裁判所が〔経済規制立法を〕賢明でないとか、先見の明がないとか、特定の学派と合致しないとかの理由に打倒するためにデュープロセス条項を用いた時代に戻ることは断固する」【*11】と述べた。したがって、憲法革命以来今日まで経済規制立法は合憲判断とされて、判例理論上は今日ロックナーは否認されている。
憲法学でもセイヤー以来の司法自制主義者によって、ロックナーは悪い判決と決めつける傾向が従来、非常に強かった。従って、ロックナー判決が、重要であるが規範的に承認されないテクスト(アンチ・カノン)として扱われてきた経緯がある。社会改革運動の推進者に反動的な判決と喧伝され、ニューディール期の改革者にとって批判の対象とされた。そればかりか、1937年までの期間をLochnerの時代と呼び批判することはニューディール期以降の正統派の見解とまでなった【*12】。憲法革命は、ニューディール以降の「福祉国家体制」を擁護するためというアメリカ憲法学の思惑の下に研究され、ニューディール立法に違憲判決を下す保守的な連邦最高裁、という構図で論じられていた。つまり1930年代に、契約の自由の判例を維持しようとした4判事(ヴァン・デ・ヴァンター、マックレイノルズ、サザーランド、バトラー)は四騎士、頑固な4人組と呼ばれたが、ヨハネの黙示録の四騎士に由来するもので、悪者扱いにされていた。
  ロックナーに否定的なのはニューディール主義者だけでなく、現代の保守派とされる最高裁判事にもほぼ共通していえることで、例えば前の首席判事レーンクィストの著書を読んでも、ロックナー判決以下の判例を悪事と論じている、実体的デュープロセス法理を否認するスカリアなども当然理論的に否定される。原意主義のエール大学のボークなども同じことである。
   ロックナー判決の評判の悪さはホームズ判事反対意見の「憲法は特定の経済理論を意図していない」と言うアフォリズムが過大に評価されていたこととも関連しているだろう。
  しかし1980年保守派の論客サンディエゴ大学教授シーガンが『経済的自由と合衆国憲法』により経済的自由と財産権の本来的地位を論じ、ロックナー判決は憲法の正当な解釈で復活すべきだと主張された。同教授の業績が大きいが、その影響により近年ロックナー判決擁護者・好意的な学者は増えている。ジョージメイソン大学の デビッドEバーンスタイン教授のVolokh Conspiracy blog記事http://volokh.com/posts/1144178362.shtml#searchsiteでも明らかなことで、同教授もロックナー判決はアンチカノンでなくなりつつあると言っている。つまり古典的自由主義・リバータリアン以外は復活すべきとまでは言わないとしても、アンチカノンとしての評判に貶めることにはならなくなっている。ロックナー判決再評価の傾向はリベラル、中間的な憲法学者の動向でもあるということだ。ロックナー判決は自らのビジネス、雇用契約の自己統治を、政府、第三者からの干渉から守った判決であり、格別反動的な性格を持つものでもないという認識が広がりつつある。トレンドは、ロックナー判決再評価なのである。私は、ロックナー判決のみならずLochner eraの経済的自由を擁護する判決全般を再評価していきたいと考える。

●当時のパン屋について-事件の背景 

 ケンズ【*13】によると正確な訳出はできないが次のようなことが書かれている。
 大きなパン屋と労働組合の陰謀説がある。クラッカー製造は機械化されて、1890年代までせにクラッカーートラストに支配されるようになった。しかしパンは1899年に動力機械化され製造していたのは10%にすぎず、都市部においては数えきれないほどの小さなパン屋が製造していた。大抵従業員は4人足らずで(バーンスタイン【*14】によると大きなパン屋は組織化される傾向にあったが、小さなパン屋は組合に組織化されていなかった)、ニューヨークでは共同住宅の地下の土間に重いオーブンが置かれて作業していた。労働者は小麦粉塵、ガス煙霧、湿気と温水・冷水の両極端にさらされた。1894年エドワード・マーシャルというジャーナリストは地下室パン屋の汚さを観察し(バーンスタインによればマーシャルはスキャンダル暴露ジャーナリストで、吐き気を催すほど不潔だと言った)、産業を整理して、労働の状況を改善するために、改革運動を開始した。労働改善と言う名の零細企業潰しでもあったのだ。
 州法は、イギリスの立法例を模倣して、パン製造における土間を禁止し、床面をセメント、タイル、または亜麻仁油で塗られた木材とし、壁を漆喰で塗り、下水道を開き、作業室での寝泊まりを禁じ、洗面所とトイレを別室に置くことを義務づけた。これらの作業環境規制は論争にならず、問題となったのは、労働時間規制であった。
 労働組合は時短を求めたが、組合の組織されている大きなパン屋だけ時短がなされ、小さなパン屋の時間規制がされないと競争で不利になることから、州議会に1日10時間の規制立法化の圧力をかけたのだ。
 当時、パン焼き労働者は週ごとに雇用されるか大抵は日雇いであり、典型的な合意は1日2ドルである。時間給ではないので何時間働いても基本的には同じ賃金だったと考えられている。したがって繁忙期には週100時間働いた。労働者は食事代を支払い、パン生地を転がした同じテーブルの上で寝泊まりをしていた。
 なるほど、当時の労働環境は今日のベーカリーと比較すれば汚かったかもしれない。しかし、日雇いが多かったことは労働市場の流動性を想定できる。しかも従業員4人ほどの小さなパン屋で、家内使用人のようなもので労働時間規制の意味はなかったと考えられる。
 また、パン屋開業の主たる出費はオーブン購入だけだった。地下室の家賃は安く、労働者には雇用主から逃れて、独立開業の希望ももてたのだ。
 バーンスタインによれば、1909年全国的にパン屋の9%が一日10時間以上労働していたという。
 私が思うに、州法が作業室での寝泊まりを禁じたのは、労働時間を縮減する効果があったかもしれない。作業環境の改善だけでも相当な出費なのに、労働時間も規制するのは事実上の零細企業潰しである。
 したがって、ロックナー判決が資本家の味方をとしたとか、スペンサーの社会進化論、適者生存の教条主義に立つものであるなどというのは誤解である。

 
【*1】「契約の自由」という実体的デュープロセスを根拠に州法を無効にした最初の判例が アルゲイヤー対ルイジアナ判決ALLGEYER v. STATE OF LOUISIANA, 165 U.S. 578 (1897)   http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=165&invol=578であった。ルイジアナ州法は、州法に従って州内で事業を許可されていない海上保険会社との保険契約を禁じていた。ぺッカム判事による法廷意見は、州はその管轄内での州政策に反する契約や業務を禁止できても管轄外で締結・実施されるような本件のような契約を禁止できないとした。
  その際「修正第14条にいう自由とはただ‥‥単なる身体の物理的拘束から自由であることを意味するだけでなく、市民が彼のすべての能力の享受において自由である権利をも含むのである。すなわち、彼の才能をすべての合法的方法によって自由に使用すること、彼の欲する所に居住し、勤労すること、合法的である限りどんな職業によってでも彼の生計を立てうること、およびどんな生活でもできまたどんな職業にでも従事することができ、そのために適当、必要かつ不可欠なすべての契約をなすこと、を含むのである」と述べている。石田尚『実体的適法手続』信山社出版1988 14頁
【*2】別冊ジュリスト№139『英米判例百選』第3版1996 Lochner v. New York 72~73頁 早川義則「実体的デュープロセス(1)」桃山法学4号 2004
両方から引用し、一部言い換え、挿入。
【*3】常本照樹「経済・社会立法」と司法審査(1) -アメリカにおける「合理性の基準」に関する一考察-」『北大法学論集』35巻1.2号1984http://hdl.handle.net/2115/16451
【*4】早川義則「実体的デュープロセス(1)」桃山法学4号 2004 一部言い換え
【*5】常本照樹 前掲論文
【*6】中谷実『アメリカにおける司法積極主義と消極主義』法律文化社1987 35頁
【*7】常本照樹 前掲論文
【*8】1917年のバンティング対オレゴン判決BUNTING v. STATE OF OREGON , 243 U.S. 426 (1917) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=243&invol=426において、工場労働において原則として一日10時間を上限する労働時間を定め、13時間までは例外的に割増し賃金の支払いにより働かせてもよいとするオレゴン州法についてロックナー判決に言及することなく合憲判断(6対3法廷意見はマッケナ判事/反対-E.ホワイト主席判事、ヴァンデヴァンター、マクレイノルズ)を下したことにより黙示的に判例変更された。同年のWilson v. New, 243 U.S. 332 (1917) v.New  http://supreme.justia.com/us/243/332/case.html州際通商にに携わる鉄道労働者の労働時間と賃金を規制する連邦法について修正第5条に反しないとの合憲判断(5対4法廷意見はE・ホワイト/反対-デイ、ピットニー、ヴァンデヴァンター、マクレイノルズ)が下されている。
【*9】1923年に裁判官の構成が変化して、保守派優位の陣容となったことにより契約の自由を強く打ち出した判決が下された。女子及び未成年労働者の最低賃金法(連邦法)を修正5条のデュープロセス条項に反し違憲とした1923年Adkins v. Children's Hospital 261 U.S. 525 アドキンズ対児童病院判決http://straylight.law.cornell.edu/supct/search/display.html?terms=adkins&url=/supct/html/historics/USSC_CR_0261_0525_ZO.htmが、サザーランド判事による法廷意見はロックナー判決に依拠して「自分の事柄について契約をする権利が、この条項(デュープロセス条項)によって保護される自由の一部であるということは、当裁判所の判決で確定され、もはや問題がない。一般的に言って、このような契約をなすにあたって、当事者は互いに私的な交渉の結果として得られる最良の条件を得る権利を有するのである‥‥勿論、完全な契約の自由というものは存在しない。それはざざまな制限に服するものである。しかし、それにもかかわらず、契約の自由は一般原則であり、制限は例外である。そして、契約の自由を奪うためになされる立法権の行使は、例外的な事情が存在する場合に限って正当化される」そして本件は例外的事情がないとして違憲判決を出した。中谷実「経済政策と最高裁-日米の比較-」滋賀大学教育学部紀要. 人文科学・社会科学 27, 128-117, 197 http://hdl.handle.net/10441/4295
【*10】中谷実「経済政策と最高裁-日米の比較-」滋賀大学教育学部紀要. 人文科学・社会科学 27, 128-117, 197 http://hdl.handle.net/10441/4295
【*11】常本照樹 前掲論文
【*12】木南敦の見解参照http://kaken.law.kyoto-u.ac.jp/gakuso/j/activity/record_workshop.html
【*13】Paul Kens LOCHNER V. NEW YORK TRADITION OR CHANGE IN CONSTITUTIONAL LAW?(ネットで公開されている) 
【*14】David E. Bernstein LOCHNER V. NEW YORK:A CENTENNIAL RETROSPECTIVE(ネットで公

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