公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

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ニュース(豪州・韓国等)

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2011年6月の24件の記事

2011/06/30

本日も頭上報告

 本日も27度設定の狡いことをやっていたので、私が28度に戻した。
 本日「ボーナス」支給日だが、条例通りの満額支給で、都労連闘争の経過については追ってとりあげるが、組合は、自粛せずに勤務時間内職場離脱決起集会を都庁第二庁舎前で行い、人勧に依存しない自律的労使交渉制度を前提として闘った成果だなどと言っている。
 9時すぎに全水道の機関誌が配られ、9時25分頃から書記長会議報告があり、7月の争議行為の日程を説明、7月5日2割動員勤務時間内決起集会、7日昼休み一斉職場大会。21日3割動員、29日に29分のストライキなどと言っていた。職場離脱とストの参加を呼びかける内容である。

2011/06/29

26・5度設定に怒り心頭

どうも涼し過ぎると思っていたら、案の定26・5度設定に変更されていた。それも事務室の中側だけで、来客のある窓口は28度にしてばれないようにする姑息さだ。これはもう許せない。
対外的に東京都は九都県政令都市と共同で28度にしてますと公表しているのだからずるをやっている。

連邦最高裁 未成年者に暴力的なビデオゲームの販売やレンタルを禁止する州法を叩きつぶす

 今開廷期のラスト27日に連邦最高裁はBrown vs. Entertainment Merchants Assn事件について7対2で違憲判決を下した。http://www.law.cornell.edu/supct/html/08-1448.ZO.html一審・二審と違憲判断であり、ほぼ予想されていた結論なのでインパクトはないが、我が国の各メディアも一斉に報道している。http://www.asahi.com/international/update/0628/TKY201106280118.html
 スカリア判事の法廷意見にケネディ、ギンズバーグ、ソトマイヨ-ル、ケーガン各判事が賛同した。アリート判事の同意意見にロバーツ主席判事が賛同し、トーマス判事とブライヤー判事が反対意見を記している。
 スカリア判事はレーガン任命の保守派だが、1989年テキサス対ジョンソン事件でデモで星条旗に火をつけけ焼却した行為は政治的表現として憲法によって保護されるとして国旗冒涜の罪で起訴を違憲とするブレナン法廷意見に同意している。更に、1992年の未成年者の白人数人が黒人家族の住む家の庭に侵入し,そこで十字架を燃やしたため,十字架焼却を禁止するセント・ポール市条例に違反したとして逮捕・起訴されたケースR.A.V. v. City of St. Paulで同条例を文面上違憲と判決を下している。星条旗焼き捨て(政治的表現)と焼かれた十字架(人種差別的な含意)を擁護したことから、表現権を重んじる態度であり、今回、暴力的ビデオゲームを擁護したことは意外なことではない。少し意外だったのは左派女性3判事がそろって暴力的表現擁護でスカリアと結合した組み合わせである。
 ニュースを読んだところによると、スカリア判事の法廷意見は、ビデオゲームについて、書籍、演劇、映画と同様、社会的メッセージを伝えるもので、修正第一条の保護を受けると述べた。グリム童話に暴力的表現がある。高校生の読書リストにあるホメロスの『オデュッセイア』にも暴力的表現がある等を持ち出してビデオゲームも同様に擁護されるということのようだ。嫌悪は、表現を制限するための有効な基礎ではないとしているから、本質的な暴力的表現の擁護のように思える。また暴力的表現が反社会性を助長するという見解も退けた。
 これに対して、アリート判事は違憲という結論に同意するが、問題の州法が曖昧性により無効とする判断が妥当として、ケネディ大統領の頭にライフルショットを発射しようとするようなゲームなどに嫌悪感を示し、スカリア判事がビデオゲームと他のメデイアと同列に扱うのは時期尚早という考えで、本格的憲判断を回避して、さしあたり州法の曖昧性という技術的議論でかわす無難な見解を示しているが、これは少数意見にとどまった。

2011/06/28

よくぞ言ってくれた「中尊寺金色堂のがっかり度」

 28日発売(29日付)日刊ゲンダイの「岩手県・平泉が世界遺産に 後悔しないために言っておく中尊寺金色堂のがっかり度」は面白い記事で、「行ってみて期待はずれ」の観光地の典型と論評している。
 私も都立園芸高校の修学旅行で行ったことがある。そもそも東北が修学旅行というのががっかりだが、毛越寺の浄土庭園(平安末期の遺構)をまず見学した。「造園」を履修しているし、広々としていて私は見てよかったと思ったが、これがなんで名勝なのと言う女子生徒もいた。初めから期待してなかったが、金色堂はテレビで見るほど鮮やかではないというのは口コミでも伝わっていることで、観光地としてはつまらないとの心証をもった。花巻温泉に泊。私は世界遺産から外れて正解だと思っていたので、当選は意外に思った。

新人の教育は酒のつぎ方、水割の作り方だとばかなことを言う管理職

 私の職場東京都水道局だが、6月6日、新人が目標管理制度の申告書を管理職に提出したところ、目標を数値で示すのは良くないとして書き直しを命じていた。労働組合は、集団的取引なので個別管理に反対、職員間の競争も反対の立場なので、目標管理制度に反対で、あたりさわりのない雛形をつくって、みなこれと同じようなものを書いて出すよう組合員に指示し、組合役員に提出を求め、検閲体制となっており、管理職も面接も任意とししており、目標管理制度の実質は形骸化しているわけだが、当局も数値目標もを求めないばかりか、それを取り下げろとまでいうことは腐敗していると思う。
 カルロス・ゴーンはコミットメントというが必達目標を提出させる。まともな会社なら数値目標化しなければならないはずだ。
 本日もまた変なことをきいた。新人の近くで、新人の覚えることは社会常識、場所のとりかた、酒のつぎ方、お燗や水割りの作り方だなどとばかなことを言っていた。なにか行事があると打ち上げをやりたがり、若手の職員に飲み屋の席の取り方をあれこれと指示したりひまなことをやっているが、旧態依然としてばかげていると思う。
 組合で集めた義援金が3万2千円と掲示されていた。組合員は30人もいない小さな職場なのに、これだけ集めるということは、組合や同輩の圧力で金を出しているとしか思えない。実際、誰それいくらと書いたものが回覧で回されるので、不満をもらす組合員もいた。署名やカンパは規制してよいと思う。
 私は義援金を一円も出しません。

2011/06/26

下書き-Lochner era(広義)の主要判例(6)

1923年アドキンズ対児童病院判決Adkins v. Children's Hospital261 U.S. 525-その2(今回はとくに論評せず、判決の内容だけ)

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/lochner-era-194.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/lochner-era2-89.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/lochner-era-48d.html
第4回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/lochner-era-35e.html
第5回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/lochner-era-c23.html

 1923年◎アドキンズ対児童病院判決Adkins v. Children's Hospital261 U.S. 525 http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0261_0525_ZO.htmlは、女性及び未成年者に対する最低賃金を定めた連邦法(コロンビア特別区に適用される)について、成人女性に適用され限り、修正5条のデュープロセス条項により保護される契約の自由を侵害するものとして票決5対3で違憲と判決したものである。(サザーランド判事が法廷意見を記し、マッケナ、ヴァン・デヴァンター、マックレイノルズ、バトラー各判事が賛同した。タフト主席判事が反対意見を記し、サンフォード判事が加わった。ホームズ判事は単独で反対意見を記した。ブランダイス判事は判決に加わらなかった。)

 事案はウィリー・ライオンズWillie Lyonsという女性エレベーター操作員によるの最低賃金法の執行の差止命令を求める請願と、コロンビア特別区の児童病院が、最低賃金法施行に伴い、最低賃金に満たない女性従業員を多数雇っていたため最低賃金法が契約の自由を侵害するものとして提訴した二つの訴訟を併合審理したものである。

 ウィリー・ライオンズは、21歳の女性で、首都ワシントン(コロンビア特別区)のコングレスホールホテル会社にエレベーター操作員として雇用され、月35ドルの賃金と2食の食事も給与された。その仕事は簡単で、時間も短く、清潔な環境で快適な職場であり、彼女はその賃金に満足していた。
 ところが1918年9月、議会はコロンビア特別区最低賃金委員会を設立する法律を可決した。この法令は、首都で働いている女性や子供に支払われる最低賃金を設定する。その立法趣旨は、生活するのにまともな水準を維持するためには不十分である低賃金に起因している健康や道徳に有害な状況から女性や子どもを保護することだった。賃金委員会は食事提供のある雇用の女性のための週16.50ドル、印刷で働いていた人のための週15.50ドル、および洗濯の労働者のための週 15ドルに最低賃金を設定したのである。
 ライオンズは、コングレスホールホテル会社が罰則を受けないために最低賃金に満たない自分を解雇せざるをえなくなるだろうと予測した。彼女にスキルはなくよそで職をみつけることは困難であったこともあり、ジェシー・アドキンズ賃金委員会委員長による法の執行の差止命令を求めて裁判所に請願した。Read more: Adkins v. Children's Hospital - Significance - Court, Lyons, Congress, Board, Wage, and Minimum http://law.jrank.org/pages/25332/Adkins-v-Children-s-Hospital-Significance.html#ixzz1QNm6N8R6

 一方、コロンビア特別区の児童病院はさまざまな仕事の様々な女性の多くを採用していて、週16.50ドルに満たない賃金の女性も少なくなかった。このためライオンズと同様に、病院は最低賃金法が修正5条のデュープロセス条項によって保護される契約の自由を侵害するものだとして、賃金委員会委員長アドキンズを訴えたものである。
 つまりこの事件は、使用者側と労働者側の双方から憲法違反の訴えがあった事件である。それも女性従業員の解雇を避けたいという趣旨のもので、資本家が労働者保護立法を攻撃したというものでは全くない。
 アドキンズ側の弁護士はハーバード・ロースクール教授で後の最高裁判事フランクファーターである。レイバー・インジャンクションを裁判所による統治と非難し、後に1932年ノリス・ラガーディ法にもかかわり、F・D・ルーズベルトのスピーチライターとなり、大統領に第二次大戦参戦をすすめ、最高裁判事でありながら裏ではシオニズム運動にもかかわったという大物だが、サザーランド判事は最低賃金立法が必要だというフランクファーターのブリーフを退け、違憲判決を下したのである。

◎サザーランド判事による法廷意見

 サザーランド判事による法廷意見はまず、契約の自由が一般的ルールで、制約が例外であると一般論を述べ、、女性が従属的地位にあるものとして契約の自由を認めなかった先例については合衆国憲法修正第19条(1920年批准)による婦人参政権が認められたなどの変化から形式主義的平等論を展開し、今日では女性についても契約の制限は認められないと述べる。

「‥‥合理的な疑いがないほど打ち負かされるまで、議会制定法の合法性を支持するあらゆる推定が働く。しかし、ある制定法が憲法に反していることが明確で疑いの余地のない仕方で証明されるのであれば、われわれはそのように述べる以外の選択はない。【*1】‥‥自分に関する事柄について契約をする権利が、この〔憲法修正第5条の〕条項によって保護される自由の一部分であるということは、当裁判所の判決で確定し、もはや問題のない事柄である。〔先例としてAllgeyer v. Louisiana, 165 U.S. 578, 591; New York Life Insurance Co. v. Dodge, 246 U.S. 357, 373-374; Coppage v. Kansas, 236 U.S. 1, 10, 14; Adair v. United States, 208 U.S. 161; Lochner v. New York, 198 U.S. 45; Butchers' Union Co. v. Crescent City Co., 111 U.S. 746; Muller v. Oregon, 208 U.S. 412 〕‥‥雇傭契約はこの自由のうちにある。一般的にいって、このような契約をなすにあたっては、当事者は、互いに相手方から私的な交渉の結果として得られる最良の条件をうる権利を有するのである。‥‥
 勿論完全な契約の自由というものは存在しない。それは種々様々な制限に服するものである。しかし、それにもかかわらず、契約の自由は一般原則であり、制限は例外である。そして、契約の自由を奪うためになされる立法権の行使は、例外的事情が存在する場合に限って正当化されるのである。【*2】」と述べ、違憲判断と「契約の自由」保護への意欲を示したうえで、制限が有効とされる場合として先例を分類し次の四つの場合を挙げている。
(1)公益に関する事業によって課せられる料金を定める法律
(2)公の事業を遂行するための契約に関する法律
(3)賃金支払の態様、方法、日時を定める法律
(4)労働時間を定める法律
 そしてサザーランドは最後の点について、このような立法は、婦人労働に関する場合にのみ合憲にするのが現在の判例法であるとし、オレゴン州で工場労働で一般的に一日10時間労働を定め、所定時間外の割増し賃金を定める州法を合憲とした1917年バンティング対オレゴン事件BUNTING v. STATE OF OREGON , 243 U.S. 426によって それまで黙示的にくつがえされたものと思われていた1905年ロックナー対ニューヨーク事件Lochner v. New York198 U.S. 45 (製パン・製菓の労働時間を1日10時間、週60時間を超えることを規制する州法を違憲)を先例として引用している【*3】。
 そのうえで、婦人労働に関する立法も、憲法修正第19条により婦人参政権が認められるなどの状況の変化から、現在においては違憲とされるべきであるという理由を述べた。
「ミューラー対オレゴン事件Muller v. Oregon, 208 U.S. 412 (1908)においては或る工場で、女性に一日10時間を超えて働くことを禁止しているオレゴン州の法律が支持された。この判決は、性による相異が、労働時間に関して、女性の場合には、男性の場合とは相異した法則が行われることを、正当化するという考えにもとづいている。このことは、肉体的構造の相違に存する、特に母親としての機能の点に存すると指摘された‥‥しかし、ミューラー事件で示された様な肉体的構造以外の点についての性による差別は、次第に減じつつある。あの判決以来、女性の契約上の、政治上の、市民上の地位に生じた大きな-革命的なとはいわないが-変化をみるならば、これらの相違は、今や完全ではないとしても、殆ど消滅しつつある問題となった、といっても過言ではない。【*4】‥‥われわれは、成年女性が同じ条件の下では、男子の場合には適法には課すことのできないような契約の自由に対する制限を認めることは、女性は契約関係および市民的関係において特別な制約に服すべきという古い理論から解放してきた今日的立法動向から引き出される意義を無視することとなる【*5】」として、男性にない最低賃金法という契約の自由の制限を要求する、あるいは制限に服させるという理論を認めることはできないとする。

 このように「契約の自由」と女性の権利について一般的提言をした後サザーランドは、最低賃金法は労働時間制限する立法と同様に論ずることはできない旨を説明する【*6】。
 「〔労働時間を制限する法律等は〕、契約の附属条項に関するものであり、必ずしも契約の核心に影響を与えるものではない。契約の核心とは、授受される金額の額である。一定時間を超えて労働することを禁じる法律は、賃金について契約をし、賃金額による調整によって、〔労働〕時間の制限の結果使用者に課せられた負担を均等化する自由を、両当事者に残しているのである。‥‥〔ここで問題となっている法律は〕公共の利益もしくは公共の事業を託された事業に関する法律でもなく、また一時の緊急事態をしのぐための法律でもない。それは賃金の支払の性格、方法、または時期とは何の関係もない。それは労働時間またはそれにもとづいて労働がなさるべき諸条件を定めたものでもない。それは法律上の無能力者を保護するためのものでもなければ、詐欺のための防止のものでもない。それは成年女子に限って適用のある価格制限法以外の何ものでもない。そして、法律的には、これら成年女子は男子と同様に、彼女等自身のために契約する能力を有するのである。」【*7】
 次いで法廷意見は、最低賃金法は、女性労働者の必要生活費の支払いを命ずるもので、女性の健康および道徳の保護のために必要であり、その点でポリスパワーによって基礎づけられるという主張を、両者の間には必ずしも関係はないとして排斥している。
 必要生活費というものは状況により異なる。個々の気質、倹約の習慣、ケア、インテリジェントに必需品を購入する能力、そして女性が単独で生活しているか、または彼女の家族と一緒に住んでいるかどうか。 たっぷりと収入のある女性が、より道徳的だということも言えないので、最低賃金法が道徳の保護に役立つ合理的根拠はないと述べている。
 そして、この法律は労働者側の事情のみを考慮し、使用者側に理由のない負担を課しているものであって違憲であると結論した【*8】。
 判決の中心的理由は、「女性の必要生活費」の支払いを命ずる女性最低賃金法は「労働の価値」をこえて「契約の核心、すなわち授受される賃金の額」を侵害し、「合衆国憲法のもとで許されることのできない剥き出しの、恣意的な権限行使」であるということであった【*9】。最後に、サザーランド判事は、「全体としての社会の善には各構成員の自由を保障することが最も良く寄与する」と述べた【*10】

×タフト主席判事の反対意見

 タフト主席判事の反対意見は1917年バンティング対オレゴン判決が1905年ロックナー対ニューヨーク判決を黙示的に覆しており、労働時間の制限を認めている以上、低賃金を防止する法律も認められるべきとするものであった。
「ポリスパワー〔州が人やものを規制する権限〕の限界、これをこえると憲法の修正第5条・14条に規定する自由の保障の侵害となるが、この限界を定めることは容易ではない。‥‥われわれは、できうる限り、その限界を定めるにつき注意深くならなければならない。そして現実的より、形式的区別を示すことによって、そこから遠ざかってはならないと思う。‥‥最低賃金によって、労資間の契約の自由を制限して立法府は、最低の報酬を受け取る階級である被傭者は、その選択につき、雇用者と完全な平等になく、彼等の困窮せる環境においては、提供されたものを、殆どなんでも受け取りがちであるという考えに立脚している。‥‥労働者搾取制度およびその特質である長時間・低賃金の害毒は、一般によく知られている。そこで、最高時間、あるいは、最低賃金を立法上定めることが、いかにこれらの害毒に対する有用な救助策であるか、ということは、経済学の分野において充分議論される余地のある問題である」【*11】と述べ、最低賃金法も支持されるべきとした。

【*1】中里見博「合衆国最高裁判所における女性労働『保護』法理の展開 : 女性最低賃金法違憲判決のジェンダー分析名古屋大學法政論集. v.171, 1997 http://hdl.handle.net/2237/5781
【*2】田中英夫】田中英夫「私有財産権の保障規定としてのDue Process Clauseの成立-7-」『國家學會雑誌』72巻7号1958
「私有財産権の保障規定としてのDue Process Clauseの成立-6-」『國家學會雑誌』72巻7号
【*3】田中英夫 前掲論文
【*4】高原賢治「アメリカにおける「警察権能」の理論の展開-公共の福祉についての一考察-2-」 『國家學會雑誌』74巻1.2号
【*5】田中英夫 前掲論文
【*6】ここで、労働時間制限立法と最低賃金法の違いを述べるのは、連邦最高裁が労働時間規制立法を違憲としたのはロックナー判決(1905年製パン・製菓労働)だけであり、1898年ホールデン判決Holden v Hardy169 U.S. 366 (鉱山労働)、1917年バンティング判決(工場労働)、1917年ウィルソン対ニュウWilson v. New, 243 U.S. 332(鉄道)では労働時間規制が、それぞれ理由は異なるがとくに1917年のケースはロックナー判決で示された司法審査基準も適用せずに合憲とされ、しかもバンティング判決の判決文起草者のマッケナ判事が、本件では違憲判断をとっており、事実上決定票となったという事情によるものと推察する
【*7】田中英夫 前掲論文
【*8】田中英夫 前掲論文
【*9】中里見博 前掲論文
【*10】常本照樹「 司法審査とリーガル・プロセス -アメリカでの司法の機能に関する理論的発展-」『 北大法学論集』31巻2号1980  http://hdl.handle.net/2115/16318 ...
【*11】高原賢治 前掲論文  〈ただし警察機能はポリスパワーと言い換え〉〉

時の児童病院の写真があります。20年代なので看護婦は足首を見せない長いスカートです。http://www.pbs.org/wnet/supremecourt/capitalism/landmark_adkins.html

コネチカットのマロイ州知事が州公務員7500人解雇準備

 
 コネチカットは労働組合の影響の強い州だが、財政危機により月曜日に州知事が今後2年間で7500人解雇の概要を説明すると報道されている。http://www.nbcconnecticut.com/news/politics/Unions-Reject-Labor-Deal-124490634.html影響を受ける従業員のほとんどが9月1日で職を失うだろうと。http://ctmirror.com/story/13048/malloy-layoffs-will-be-largescale労働組合員が16億ドルを譲歩する労働協約を批准していないようだ。http://www.ctpost.com/local/article/Malloy-says-union-deal-likely-dead-plans-for-1437727.php http://www.courant.com/news/opinion/editorials/hc-ed-state-unions-want-moon-20110623,0,4785252.story
 コネチカットは5万人の公務員ということだが、7500人は大ごとだと思う。

東スポによるとそれでも西山審議官は次官候補

週刊誌の後追いだが、24日発売(25日付)東スポは、「西山審議官愛人騒動出世レースに影響ゼロ」「経産省は不倫の巣窟」を見出しとする記事で、関係者の話として「経産省は他の省に比べ不倫が多いんです」と省内で不倫を許容する土壌があることを伝えている。「西山氏と同じ審議官クラスで昔、経産省をホテル代わりにしている人もいた」と不倫は文化という独特の風土があるのだという。西山氏は今回の騒動で逆にハクをつけたとのことだ。
 不倫と実務能力の評価は別の問題だが、省内の職員に手を出していることは問題であって、ルックスをみる限り女性にもてるタイプとは思えず、地位を利用しているのではないかとの不信感はぬぐいきれない。

ニュージャージー州下院、公務員の年金拠出、医療保険等を全面的に見直す法案通過

 ニュージャージー州議会下院は75万人の公務員の年金拠出、医療保険などベネフィットをオーバーホールする法案を通過させた。この改革法案は、ニュージャージー州の納税者のために今後30年間で1320億ドルを節約するものとクリスティー知事は説明している。Read more: http://www.cbsnews.com/stories/2011/06/24/eveningnews/main20074200.shtml#ixzz1QL1dv8Q46対32で民主党議員の14人が賛成に回った。公共部門労働組合員は州都トレントンで8500人の抗議活動が行われ、抗議者は恥を知れと叫んだ。クリス・クリスティー知事の勝利です。もともと、労働組合の強い州で、よくこれだけのことをやった。http://www.nj.com/politics/index.ssf/2011/06/assembly_passes_landmark_emplo.html
 

2011/06/25

開廷期末一週間

 レーンキストコートの時代から連邦最高裁の開廷期末の二週間の月曜と木曜に重要判決が次々と出るのが恒例になっているので主要新聞はどういうケースが残っているかという記事を出す。http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-court-term-20110618,0,1730494.story Wal-Mart vs. Dukesクラスアクション、American Electric Power Co. vs. Conn地球温暖化訴訟、Sorrell vs. IMS Health処方の記録 Bullcoming vs. New Mexico犯罪ラボは既に決定が出されている。来週に予定されてる残っているケースは未成年者への暴力的なビデオゲームの販売やレンタルを禁止するカリフォルニア州法が憲法修正第一条に違反するかどうかが争われているBrown vs. Entertainment Merchants Assnなどである。

ニューヨーク州上院共和党が同性婚合法化で合意との不愉快なニュース

 結婚が秘蹟であるということは、合衾が花婿キリストと花嫁教会の一致を象徴する意味があるからではなかったのか。ユダヤ・キリスト教西洋文明2500年の伝統を汚す暴挙である。http://newyork.cbslocal.com/2011/06/24/gay-marriage-debate-resumes-in-albany-friday/?utm_source=home&utm_medium=dl&utm_campaign=gay-marriage-vote-coming同性婚のようなけがらわしいものは容認できない。

2011/06/23

西山審議官不倫報道の感想

 週刊新潮6月30日号経産省「美人職員」を弄ぶ「西山審議官」、本日発売24日付の東スポ「西山審議官愛人柳原可奈子似の経産省職員」を読んだ。発売中の週刊誌なので不倫関係のディティールを引用はしないが、衝撃的な内容だった。
 記事を読む限り、デートの回数が11月に6回、12月に10回とあるがいわゆる歓迎されない性的行為を繰り返したというわけではなさそうなので、それ自体はセクハラではないかもしれない。しかしながら、公然周知の仲ということならも、話は別である。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110623-00000007-jct-soci
 米国では個人の職務遂行を不合理に妨げる又は脅迫的、敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出す目的と効果を有する場合というように厳密に環境型セクハラを定義するが、上役と部下の性的関係が公然周知で、しかも相手の女性が昇進・昇給など厚遇された場合、あたかも上役の性的要求に応えることが昇進の近道のような職場環境を醸成し、性的要求に応えたくない女性を困惑させる場合、それが合理的人間ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどい場合にはセクハラになると思う。ここで引用できないが、そういう下級審判例があるはずだ。もちろん、直属の上司に昇進・解雇などの権限のあるアメリカのケースと我が国とは異なるが。

 新潮には「省内では2人の関係が噂になりつつあります」という証言があり、環境型セクハラを構成するほどでないとしても、相手の女性が経産省の職員である限り、たんにプライベートな事柄ですますべきではない。
 西山審議官が、性的要求に応えた女性に対し、地位を利用して省内で厚遇するようなことがあったのか、最低調べるべきだろう。
 スポークスマンは当初記者会見に出ていた中村幸一郎審議官http://shunkashuto.osakazine.net/e355443.htmlのほうが戸張捷に似た感じでさわやかな印象だった。このさい西山審議官は更迭すべきである。

2011/06/22

連邦最高裁ウォルマート性差別訴訟を集団訴訟として認めない決定

Dukes v. Wal-Mart Stores, Inc事件で、連邦最高裁は集団訴訟を却下したというニュースがあり、激しくウォルマートなブログがわかりやすいので引用します。

スカリア判事は「差別があったかどうかを判断する要因は事例ごとに異なり、一つの訴訟としてまとめるには無理がある」と述べ、「大規模で広範囲に展開しているウォルマート内で、すべての店長が共通の指示もなしに同様のやり方で(女性を差別するような)裁量権を行使していたとは信じがたい」と加えた。
http://blog.livedoor.jp/usretail/archives/51698275.html
ニューヨークタイムスはクラスアクションに致命的な打撃?というテーマでディベートをやってる。理論的な論評はできないが、さしあたりウォルマートにとっては勝利なので良いニュースといえる。
他の流通ブログも一斉に取り上げている。
 http://la-consulting.com/wordpress/?p=7445
 http://retailweb.net/2011/06/post-1010.html
 
 http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-court-walmart-20110621,0,5529313.story
 
 http://www.leagle.com/xmlResult.aspx?xmldoc=In%20SCO%2020110620C10.xml&docbase=CSLWAR3-2007-CURR

オバマ再選を阻止しなければならない一つの理由

 大統領が行う人事で連邦裁判所判事並に重要と思えるのが、全国労働関係局(NLRB)の局委員(任期5年5人)の任命である。8年間も居座れることの不都合がある。オバマ政権の全国労働関係委員会(NLRB)は組合代表選挙の日程をスピードアップさせると報じられている。http://www.openmarket.org/2011/06/21/another-union-handout-from-the-national-labor-relations-board-nlrb/?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+Openmarketorg+%28OpenMarket.org%29タフト・ハートレー法で使用者側の対抗言論が認められてるので、使用者側が組合が組織される場合のデメリット、不都合を従業員に考えてもらう時間が短いほど、組合に有利である。

コーク兄弟の功績

 東京財団のサイトに、今日リベラル派の集中砲火を浴びて注目されているコーク兄弟に関する比較的客観的な分析の評論があるので取り上げたい。
 宮田智之東大アメリカ太平洋地域センター助教の「コーク(Koch)兄弟についての考察」である。http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=763 
 なお著者の宮田智之は、久保文明編『アメリカ政治を支えるもの-政治的インフラストラクチャーの研究』日本国際問題研究所2010年でも第一章「「政治インフラの形成と財団」の中でコッチ兄弟と表記されているがコーク兄弟に簡単に触れている。

 コーク兄弟とはカンザス州ウィチタに本拠のある、エネルギー・コングロマリットで全米手第二位の未公開企業コーク・インダストリーズ(Koch Industries)を経営するチャールズ・コーク(Charles Koch)とデイビッド・コーク(David Koch)である。私もつい最近まで知らなかったが、もはやアメリカ政治を語るのにコーク兄弟を知らなくてはもぐりである。
 
 コーク兄弟がリベラル派に攻撃されるようになったのは最近の現象で2010年夏の『ニューヨーカー』誌上でのジェーン・メイヤーの記事を発端としている。この記事はではコーク兄弟のこれまでの活動と、繁栄のためのアメリカ人の会(Americans for Prosperity)というティーパーティー運動の主要団体との深いかかわりを分析したものだったが、それまで世間に目立たないように活動していたコーク兄弟が「ティー・パーティー運動を支える億万長者」として注目されるようになったためである。宮田によるとリベラル派がコーク兄弟批判を一斉に始めたのは、ティーパーティー運動が自然発生的なものというよりも大富豪の資金提供を受けて作られたものという悪いイメージを一般に与えるための戦略とみなしているようだ。私はコーク兄弟を尊敬するのでそのようなイメージはもたない。宮田が言うように、ティー・パーティーの影響力は過大評価である。むしろ、コーク兄弟が草の根団体を支援するきっかけになったのが、宮田が言うようにブッシュ政権での危機感なのだろう。共和党政権を支援したもののイラク戦争をはじめ財政的に無責任な政策が推進されていく状況に危機感を抱き、保守派の政治インフラの支援のみでは自由市場や経済的自由は保証されないと考えるようになり、草の根レベルを盛り上げていく必要を痛感したためなのだろう。これは優れた政治感覚のように思える。
 

 コーク兄弟の政治的立場はデイビッド・コークが1980年の大統領選挙でリバタリアン党副大統領候補として出馬したように明確であり、自由市場、経済的自由である。デイビッド・コークがオバマを「史上最も急進的な大統領である。これまでのいかなる大統領よりも自由市場のシステムや長期的な繁栄に対し多くの損害をもたらしている」と語っているように、オバマに対する敵対心を明確に述べ、実際数多くオバマの政策に反対する集会を支援してきた。『ポリティコ(Politico)』紙は、オバマ大統領の再選を阻止するためコーク兄弟が「繁栄のためのアメリカ人の会」などに振り向ける資金として8800万ドルを用意する計画と報じている。
 リベラル派がコーク兄弟を目のかたきにしているのはこういう政治的影響力の大きさゆえだと思う。
 
 アメリカの保守派はゴールドウォーター敗北により政治インフラの脆弱さを思い知らされ、70年代からヘリテージ財団などのシンクタンクを立ち上げてきた。レーガン政権などで政策を立案しリベラル派に拮抗しうる政治インフラを整備してきたといえる。
 
 コーク兄弟は1977年設立のケイトー研究所には創設当時から支援しているほか、長年にわたってリバタリアン系ないし、市場指向のシンクタンクなどを支援してきた。コーク財団の報告書によると下記の団体に大口の支援を行っている。金額は2002年から2009年の助成総額である。
 
 シンクタンク
 Cato Institute 200万ドル
 Heritage Foundation 350万ドル
 Manhattan Institute for Policy Research140万ドル
 Mercatus Center 927万ドル
 人材育成
 Institute for Humane Studies 487万ドル
 大学
 George Mason University Foundation 1333万ドル
 法曹団体
 Federalist Society 138万ドル
 Washington Legal Foundation105万ドル
 
 つまり、大統領選で挫折を味わったコーク兄弟は直接政治家になることをあきらめて、上記のような政治的インフラを支援することによって自由市場を擁護する政策の専門家を鍛えながら育成して左派に対抗できる陣容を整えるとともに、近年にいたっていはそれだけでは足らずテイーパーティーを支援して草の根レベルを盛り上げていく戦略をとっているということだ。
 アメリカ人の65%は自分をリベラルと自認している。保守と自認する人は15%にすぎない。15%が65%に勝つためには、優れた戦略を持って活動しなければ、危機に陥るということだ。上下両院とも民主党が多数派で、アメリカ左傾化のきっかけとなると思われたカードチェック法案も審議入りし、リード院内総務はやる気だったころはアメリカの政治も危機的だった。風向きが変わったは、ケネディ上院議員の死去とマサチューセッツ上院補選の頃からだが、それまでは相当やばい状況であったのである。
 だから私はコーク兄弟の活動の功績は大きいと考える。
 
 
 

2011/06/19

下書き-Lochner era(広義)の主要判例(5)

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/lochner-era-194.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/lochner-era2-89.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/lochner-era-48d.html
第4回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/lochner-era-35e.html

1923年アドキンズ対児童病院判決Adkins v. Children's Hospital261 U.S. 525-その

(1)クーリッジの時代

 1923年8月ハーディング急死により副大統領のクーリッジが大統領に就いた。アメリカ経済は急速に回復し、クーリッジの時代(任1923~29)を通じ著しい経済成長をとげた。第一次大戦後、まだ数百万の人々が貧しい生活のままであったけれど、かつてない程度の高い生活水準を達成した。国民所得も1900年一人当たり480ドルから、1929年には681ドルに上昇した【*1】。
 繁栄の20年代を象徴する名判決が最低賃金制は雇用主と契約する個人の自由を侵害すると裁断した1923年アドキンズ対児童病院判決であると私は思う。この判決はクーリッジの考えとも一致したようである。クーリッジは1924年のスピーチで「あらゆる自由は個人的なものである」と述べた【*2】。
 数年前に留学生のサイトで読んだのだが、リバタリアン系の政治評論誌Reasonに、古典的自由主義の論客として知られるリチャード・エプステイン現ニューヨーク大学教授のインタビューを紹介している、---「好きな大統領」として、「言うまでも無くクーリッジ。彼は間違いも犯したが、小さな政府主義者だった」---と答えている。連邦予算の削減と減税を実施した。お節介なことはしない主義、「必要以上の税を集めるのは合法的強盗である」と言った大統領であった。
 我が国では指導力を発揮して大きな仕事をする大統領を評価する傾向が多分にあるが、それは間違いである。大統領の権限は憲法で制限されており、その枠を超える働きは憲法体制に反するのであって、三権分立の趣旨をよく理解していたタフトのような地味な大統領が本来は望ましい。ハーディングやクーリッジがそうだった。
 クーリッジは何もしない大統領とも言われるが、拒否権発動で存在感を示した。1927年のマクナリー・ホーゲン法案の拒否権発動などである。繁栄の20年代にもかかわらず苦しくなったのは農家だった。第一世界大戦までが、アメリカ農業の黄金時代だったが、20年以降農産物価格が暴落した。ハーディング政権下で仲買問屋や屠場の価格を公的にコントロールする法律や、農務長官に穀物取引の指揮権付与、農業協同組合の反トラスト法免除などの法律が制定されてたが、それでも満足できず、政府の介入という考えに取りつかれたジョージ・ピークの指導のもと、農産物価格をつり上げるため、余剰農産物を海外にてダンピングしようとするマクナリー・ホーゲン法案が1927年、28年議会を通過したが、大統領は政府の介入による価格つり上げニ反対し、拒否権を発動した。このことは、サザーランド判事が主軸となって判決した一連の価格統制立法違憲判決タイソンブラザー商会対バントン判決Tyson & Bro. v. Banton, 273 U.S. 418 (1927)やリブニク対マックブライド判決Ribnik v. McBride, 277 U.S. 350 (1928)  と軌を一にする思想と評価できるだろう。
 
【*1】ウィリアム・ルクテンバーグ/古川・矢島訳『アメリカ一九一四-三二-繁栄と凋落の検証-』音羽書房鶴見書店2004年 219頁
【*2】アミティ・シュレーズ/田村勝省訳『アメリカ大恐慌―「忘れられた人々」の物語(上)』NTT出版2008年 33頁
【*3】ルクテンバーグ前掲書126頁

(2)アドキンズ判決の論理構成が複雑な理由

 1923年◎アドキンズ対児童病院判決Adkins v. Children's Hospital261 U.S. 525 http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0261_0525_ZO.htmlは、女性及び未成年者に対する最低賃金を定めた連邦法(コロンビア特別区に適用される)について、成人女性に適用され限り、修正5条のデュープロセス条項により保護される契約の自由を侵害するものとし票決5対3違憲と判決したものである。(サザーランド判事が法廷意見を記し、マッケナ、ヴァン・デヴァンター、マックレイノルズ、バトラー各判事が賛同した。タフト主席判事が反対意見を記し、サンフォード判事が加わった。ホームズ判事は単独で反対意見を記した。ブランダイス判事は判決に加わらなかった。)
「契約の自由は一般原則であって、制限は例外である」と明快に個人の契約の自由を憲法で保障することを、これまで以上に強調した重要な判例(但し1937年ウェストコーストホテル対パリッシュ判決で明示的に判例変更)であり、私は(法廷意見の傍論の一部を除いて)賛同するが、論理構成が複雑なのは次の2つの事情があるためである。

A バンティング判決で労働時間規制を合憲としたマッケナ判事が法廷意見に加わった

 サザーランド法廷意見は自分に関する事柄について契約する権利が憲法で保障されることについては、Allgeyer v. Louisiana, Coppage v. Kansas, Adair v. United States, Lochner v. New Yorkなどの先例を挙げて再確認している。
 ところが、1917年の×バンティング対オレゴン判決BUNTING v. STATE OF OREGON , 243 U.S. 426 (1917) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=243&invol=426では、オレゴン州で工場労働で一般的に一日10時間労働を定め、所定時間外の割増し賃金を定める州法をロックナー判決に言及せず、合憲判決を下しており、ロックナー判決は明示的ではないが黙示的に判例変更されていた。
 この点について法廷意見は、労働時間規制を違憲とするロックナー判決を先例として確認し、労働時間規制については、1908年ミュラー対オレゴン判決にある女性の労働時間規制の場合にのみ合法とするのが判例法であると述べている。
 ところが、サザーランド法廷意見は、労働時間制限立法より最低賃金立法が契約の自由の核心にかかわる事柄だと言う。労働時間規制は契約の附属条項に関するもので、賃金についての契約こそが契約の自由の核心であるというのだ。
 私がサザーランド法廷意見に異論があるのは主としてこの部分である。ロックナー判決では、ベーカリーのパン製造労働者は一日の労働時間をきめないで日当が二ドルという、世間の相場というか慣行であったのに、1日10時間以上、週60時間以上働かせると雇用主が処罰されるという州法を違憲としたのである。
 時間給でなく日当二ドルでパン製造職人は一日に必要な仕事をこなすという雇傭契約と、州政府や労働組合という第三者が契約内容に干渉し、時間規制がなされるのとでは、雇傭のありかたはかなり違うのである。政府であれ組合であれ、第三者の干渉を認めるか否かは、私的自治、あるいは意思自治の原則という近代市民法秩序の核心にかかわる問題であり、バンティング事件がそうであるように、労働時間規制立法は、所定外時間労働の割増賃金の要求とリンクしていることが多く、日当か時間給か、月給か年俸かというのは働き方だけでなく、雇用主と被用者の人間関係もかかわる事柄で、バイトのように、時間がくればはいさよならと仕事をするのと、家内使用人のように、時間にかかわらずいっさいがっさいの仕事を献身的にこなすのとでは違いが出てくることはいうまでもない。
 よって、労働時間規制立法と賃金統制立法を区別する必要は特段なく、同じく契約の自由の核心にかかわるものとして司法審査の対象とすべきと私は考えるからである。つまり私は4騎士のなかでも自由放任経済哲学が明確で、ニューディールに最も強く抵抗したとされるサザーランド判事は尊敬するが、少し不満も持っているとていうことである。
 なぜ、このようにわかりにくい立論になってしまったかというと、マッケナ判事という揺れる裁判官の存在がある。マッケナはマッキンリー任命の最古参の裁判官であり、1923年当時の現役裁判官では1905年ロックナー判決に加わった唯一の裁判官だった。マッケナは穏健な保守派とみなされ、違憲判決の決定的な5票目を投じているのである。ところがウィルソンの革新主義の時代になると、マッケナはリベラル派に与して1917年バンティング判決では労働時間規制立法を合憲とした判決文の起草者となる。ところが晩年は再び保守的となり、この判決でも事実上キャスティング・ボートを握って4騎士に与したのである。
 私が思うに、マッケナが決定票を握っていた以上、労働時間規制立法を合憲としたメンツを潰すことができないので、こういう書き方にならざるを得なかったのではないか。あるいは、サザーランドが、ユタ州選出の上院議員だった時代の政治活動で、労働災害補償立法に積極的だった。あるい労働時間規制立法にかかわったという情報もネットでみることができるので、彼自身の首尾務一貫性から、こういう書き方になったのかもしれない。

B 先例ミュラー対オレゴン判決の判例変更としての側面

 1908年ミュラー対オレゴン判決Muller v.Oregon,208 US.412は、両性の本質的な相違と男女の役割の差異という19世紀的な定型概念に基づいて、女性のみの労働時間規制立法(オレゴン州での機械作業所・工場・洗濯業において女性は1日10時間を超えて雇傭されてはならないとする州法)の合憲性を支持した。具体的な理由として、身体の構造、それぞれが果たすべき役割、長時間働く能力、子孫への影響、きちんと権利を主張するのに必要な自己への信頼、生存競争の力において、男女は異なっているから、女性保護立法は、同様の立法が男性には不必要であり支持できないときでも支持されると述べた【*1】。
 この判決は極保守派のブリューワ判事が法廷意見を記し、労働時間規制が男性に適用される限り契約の自由の侵害として司法審査の対象となるという立場でロックナー判決は維持されている。
 今日、公民権法タイトル7によって雇用における性差別は、かなり厳格に違法とされる。ブリューワ法廷意見にある「たとえ母たる役割がなくとも、長時間の立仕事は身体に有害であるとの多くの医学的証言がある」【*2】という見解は、女性を庇護されるべき性、弱い性とみなすステロタイプに思える。現代の医学的水準では、女性より男性が病気になる傾向、男性の方がストレスに弱いことなどが指摘されており、容認しがたい見解である。
 1923年アドキンズ判決は、ミュラー判決を覆して、女性も男性と同様、憲法によって保護される「契約の自由」を享受するとされた。女性の権利にとって画期的な判決となった。
 この背景としては、1920年投票権の性差別の禁止(女性参政権)を定めた憲法修正19条が批准された事情がある。サザ-ランドは上院議員時代から修正19条の推進論者であった。
 しかしながら私は、男女の権利の差異を前提とするブラッドリー判事やブリューワ判事の示した、男女役割分担の定型概念を基本には支持する立場であり、投票権での差別を禁止したに過ぎない憲法19条から直接判例変更を引き出せるものではないと考えるので、この判例変更は唐突のように思える。
 というのは、本件は連邦法の事件で修正5条が争点だが、修正14条における「人」に「女性」も含まれることを初めて明らかにしたのは、1971年の遺言の検認の手続きにおける性別を違憲とした。リード対リード判決Reed v.Reed,404 US.71であり、連邦最高裁が州法にる性差別を違憲と判示するようになったのは70年代以降の展開であるからだ。そのような意味でも進歩的な判決なのである。
 私は、リード判決を支持しない女性差別主義であると、再三述べてきたにもかかわず、アドキンズ対児童病院判決に賛同する理由は、仮に、憲法修正19条を背景として女性の権利を確立のは行きすぎがあるとしても、ロックナーを先例として再確認した意義、「契約の自由が原則であってその制約は例外」と述べた意義が余りに大きくて、そのためには女性の権利に加担するマイナスを相殺してあまりある価値を認めるためである。

 
【*1】根本猛「性差別とライフスタイルの自由」『法経論集』75/76 1996http://hdl.handle.net/10297/4908
【*2】Muller v.Oregon 別冊ジユリスト139号『英米判例百選』第3版76頁

ニューヨーク郊外の「ターゲット」従業員、組合にノー

  6月17日にディスカウントストア大手の「ターゲット」(本社ミネアポリス、全米売上げ第5位の組合不在企業)の、ニューヨーク郊外ロングアイランドにあるバレーストリーム店における、国際食品商業労働組合(UFCW)の申請による組合代表選挙が実施されたが、85対135で組合が敗北したとスタートリビューンなどが伝えている。http://www.startribune.com/business/124120324.html http://la-consulting.com/wordpress/?p=7438 http://newyork.cbslocal.com/2011/06/18/valley-stream-target-store-workers-reject-unionization/ターゲットの従業員は組合のない環境で働くことを選択した。
 アメリカでは排他的交渉代表制がとられ、適正な交渉単位において3 割以上の署名を得て全国労働関係委員会(NLRB)が監督する組合代表選挙により過半数の労働者の支持を得た労働組合のみが団体交渉権を得るシステムである。代表選挙で否決されれば組合不在のままである。
 UFCWはグローサリーストアから発展したスーパーマーケットの一部を組織化しているが、労働統計局によると、小売業界の組合組織率は2010年4.7%にすぎない。アメリカでは非食品小売で労働組合が組織化されることはまずないといわれている。シアーズやウォルマートが組合不在企業として著名だが、ホームデポ、コストコみなそうなのである。
 ターゲットはファッション系の自社ブランドが強いのが特徴で、全米で1755店舗を展開している。スタートリビューン記事によるとターゲットにおいても過去1990年にデトロイト近くで、5年後コロラドで、さらにジョージアで1997年にやカリフォルニアで組合代表選挙が実施されたが、いずれも従業員が組合を拒否しており、組織化を阻止している。組合がなくてあたりまえの業界で、1店舗でも組織化される影響は大きく、、経営環境の悪化を招くので従業員の選択は賢明である。
 UFCWは反ウォルマート運動を展開してきた。南カリフォルニアで8年前、スーパー大手3社との協約交渉がこじれ、ラルフスなど852店舗、59000人の労働者約850店を巻き込んだ大規模ストライキに突入した、141日間のストライキは、アメリカスーパーマーケット業界史上、最も長期に及ぶものとなったが、このストライキ自体、ウォルマート等進出による競争で労務コスト縮減の提案が発端になっており、反ウォルマートの宣伝も兼ねていた訳である。http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2004_4/america_01.htm 2011年6月現在も大手3社(ラルフズを経営するクローガー、ボンズ・バビリオンズを経営するセーフウェイ、アルバソンズを傘下に持つスーパーバリュー)の協約交渉が長引き、ストライキを警告している状況にある。http://blog.livedoor.jp/usretail/archives/51693397.html
 

2011/06/17

吉野家「こく旨カレー」は旨い

 吉野家のカレーは旨いと前から思ってたが、新メニューの「こく旨カレー」はよかった。私は甘口しかカレーは食べないが、人生50年で一番おいしいカレーだと思った。大盛で430円。具が少ないという意見もあるけど、こっちは脂肪をとりたくないんでちょうどよい。給食のカレーの味に似ているという意見がある。
 接客は「すき家」が好み。冷房もきいてるし店も明るい。吉野家で少し不満なのは、席の位置を決めて間髪入れずに中腰の状態で、まだすわってないのに「注文いかがしますか」と店員がきくことが数回あったこと。常連でもないしメニューをみてからでないと決められないよ。でも人間がよくできているから怒りませんね。注文を早くとって回転をよくするのはわかりますから。

2011/06/12

下書き-Lochner era(広義)の主要判例(4)

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/lochner-era-194.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/lochner-era2-89.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/lochner-era-48d.html

ロックナー立憲主義(自由放任立憲主義)の形成-実体的デュープロセス法理形成の法制史(1)

(1)クーリーのclass legislation(クラス立法)はデュープロセスに反するという法理論

 実体的デュープロセス法理形成の法制史については、田中英夫の先駆的研究【*1】があるが、北大教授の常本照樹【*2】が19世紀の法理の展開を比較的詳しく論じており、ネットでも公開されているので参照されたい。私が思ったことは実体的デュープロセス法理もつきつめれば、英国国制論争、コーク卿のマグナカルタの解釈までその由来を遡ることができると言うことである。
 「契約の自由」を取り込んだ実体的デュープロセス法理形成の立役者は、クーリーThomas M Cooley  と連邦最高裁判事フィールドStephen Johnson Field であるといわれる。
 最低賃金立法違憲判決である1923年アドキンズ対児童病院判決で「自分の事柄について契約する権利は、修正第5条によって保護された個人の自由の一部である。絶対的な契約の自由のようなものは存在しないが、自由が原則で制限が例外である。」【*3】と述べた4騎士の代表格である連邦最高裁判事サザーランドGeorge Sutherland に興味がもたれるのも彼がミシガン大学でクーリーの薫陶を受けていたためである。
 クーリーもフィールドも民主党に属し、連邦派の特権階級の利益擁護を非難したアンドリュー・ジャクソンの支持者とされている。従って、 実体的デュープロセス法理は資本家のために考案されたものではないし、むしろ反対であり、階級・階層を問わず、新しい独占権や排他的特権の付与を嫌悪する思想に立っていると理解すべきである。
 もっと単純に言ってしまえばクーリーのclass legislation(クラス立法)はデュープロセスに反するという法理論が重要な意味をもっていた。
 1868年クーリーの著作A Treatise on the Constitutional Limitations Which Rest upon the Legislative Power of the States of the American Union は州裁判所(後に連邦最高裁判
所)への影響は甚大だった。
 それは具体的個人やグループのみならず、抽象的な社会的クラスも含め、それらのみを害する立法は原則として立法権の正当な行使とはいえないとするものである。
 その核心部分は 「市民のあるクラスのために作られ、その性格が全く恣意的であり、そして市民の権利、特権または法的能力を、それまでに法的に採用されたことのないやり方で制約する立法が、かりに(適用上の)一般性を有しているとしても、有効といいうるか否かについての疑問が生じうるかもしれない。これらの点における区別は、それはやむをえないこととする何らかの理由に基づいていなければならない。‥‥(例えば)未成年者、精神異常者などの法的資格の欠格のように、そして、もし議会が、何らかの合法的な営業を行っているか雇用を受けている人々に対し、契約を締結したり、不動産の譲渡を受けたり、もしくは他の人々に許されているような家を建てたり、あるいは、何であれ他の人々には許されているように自分の財産を用いたりすることを禁ずるような場合には、そのような立法は、かりに憲法の明示的規定には反していなくても、立法権の適正な範囲を逸脱していることはほとんど疑う余地はない。当該コミュニティ全体が許されているやり方での財産の取得、享受を禁じられた人もしくはクラスは、彼もしくは彼らの『幸福追求』にとって特に重要な自由を奪われたことになるのである。」【*4】というものである。
 これは独創的理論ではない。それ以前の州判例を渉猟しそれらを基礎に書かれた堅実な理論であった。伝統的なSpecial legislation(特殊利益立法)の禁止の観念を継承したものである。
 Speecial legislation否定の伝統の源流について常本照樹は「政府の権限は一部特定の利益ではなく公共全体の利益のために行使されなければならないという観念は、19世紀初めまでのアメリカには強く根づいていたといいうるが、その源は17世紀頃のイギリスに求めることができると思われる。その源流の一つは、当時のイギリス国王が一部の商人や「ギルド」に独占的営業権を与えていたことに対し、特権を得られなかった人々が、独占権付与はその他の人々の就業の権利の侵害であるとしてコモン・ロー裁判所で争った伝統である。そして、これと関連するものとして更に「コモンウェルズ」の観念の発達が挙げられる。この観念の要諦は、政府による規制は、特定の少数者や王一人の利益ではなく、公共善、即ち国民全体の利益の増進のためになされなければならないとすることである‥‥これは「真正ホイッグ」の主要な観念であり、アメリカの革命指導者たちに受け継がれたのであった」【*4】。
と述べているが、特定のグループの利益のための規制や特権を嫌うことは英米に限ったことではなく、フランスにおいても1791年ル.シャブリエ法が同職組合を禁止して、同職組合の入職規制や特権を徹底的に排除したことからもあきらかなように、絶対王政から近代市民社会への移行期に共通して見られる価値観ともいえるだろう。

 クラス立法とは具体的に何であるか。ここではまず、ロックナー期の著名な3つの判例を取り上げておきたい。

○1921年ツルアックス判決の意義(反インジャンクション立法をクラス立法として違憲とした名判決)

 連邦最高裁でいえば、クラス立法を否定した典型的判例が◎ツルアックス対コーリガン判決TRUAX V. CORRIGAN, 257 U. S. 312 (1921) http://supreme.justia.com/us/257/312/case.htmlである。(二次的ボイコットを禁止するレイバージャンクションを認めない争議行為を保護するアリゾナ州法が、合衆国憲法修正第14条のデュープロセス条項に反し違憲とした)

 事案は1913年成立のアリゾナ州法が、労働者が雇用者に対して平和的に争議を構える場合、雇用者がレイバー・インジャンクション(労働争議差止命令)を要求しても裁判所はそれを認めないものと定めた。訴訟に持ち込まれた事件は、1916年4月アリゾナ州ビスビーにあるレストラン経営者に対して争議を起こした従業員組合が、レストラン前でピケットを張るほか、レストランの利用を避けるように周辺住民に訴えかけるボイコット戦術をとった行為だった。レストラン経営者は即時争議停止命令の発布を申請したインジャンクション申請に正当性がないことを理由に要請を退けた。
 レストラン側はこれを不満とし、アリゾナ州法を違憲性を主張して連邦最高裁に提訴したのものである。
 最高裁は5対4の僅差だったが、タフト主席判事による法廷意見は次の二つの判断(財産権の保障と法の下の平等)でアリゾナ州法を違憲とした。(反対ホームズ、ピットニー、ブランダイス、クラーク)
 第一に「営業行為は、財産を獲得する行為として憲法が保障する財産権に含まれる実質的な財産権そのものであり、労働者の争議がこの営業行為の妨げとなる場合、雇用者が争議の停止を求めることは憲法的権利である。本事件の場合、レストランのボイコットを第3者に対して呼びかけた行為は営業を妨害した行為である。アリゾナ州法はその種のボイコットを停止させるインジャンクションまでも禁止している点で違憲である」
 第二に「憲法起草者または修正第14条は、法の下の平等を謳うことで、特定階級の利益を保護する「階級的立法」を、合衆国憲法の許容する原理から排除している‥‥(1884年のフィールド判事の「階級的立法(クラス立法は禁止される」を引用したうえで)法の平等保護原理は、すべての人々に法の保護が平等であることを求めるばかりか、「類似した状況にあるすべての人に」に対しても法の保護が平等が行き渡ることを求める。財産および財産権の保護は、その権利を受けるという点で同一の状況にあるすべての社会成員に、同様に適用されるべきである。けだし労働争議に限りまた労働者の行動のみに限定して、財産権侵害行為停止を目的とするインジャンクションを禁止することは、特定階級を特別に保護することであり、修正14条がいう平等保護にもとる」【*6】。
 このように、タフト首席判事は、クレイトン法20条の立法趣旨を反故にして、1880年代から労働争議抑圧の利器となってきたレイバー・インジャンクションを財産権擁護のために支持することを改めて宣言している。さらに特定の階級を保護するためのクラス立法を断じて容認しないことも述べたのである。
 修正14条平等保護条項から、法の下の平等=クラス立法の否定と解釈しているのが特色といえるだろう。
 私が思うに、労働・経済立法で、クラス立法だらけになっている現代国家はクラス立法駆逐により浄化されなければならないと私は考える。それゆえツルアックス判決は論理は理想的なものであり、この趣旨に沿って憲法改正構想においては明確にクラス立法否定を盛り込む必要があるだろう【*7】。
 クラス立法否定と類似した考え方として昨今では、経済学の公共選択論の概念で、あるグループから他のグループヘ富を移転する法律は社会的な富を全体的に増大させるよりもレント・シーキング Rent seekingと呼ばれ、望ましくないものとみなす考え方がある【*8】。レント・シーキングに類する経済立法を潰すと言うだけでも広範な支持は得る余地は多分にあると考えるのである。

○ 黄犬契約禁止立法も実質クラス立法であり違憲とされた 

 アメリカでは1932年ノリス・ラガーディア法において黄犬契約を禁止し、我が国では労働組合法の不当労働行為として禁止されているが、黄犬契約は1932年アメリカにおいて1920年代まで、レイバー・インジャンクション(労働争議差止命令命令)と共に労働組合を抑圧する手段のひとつだった。それは契約の自由を取り込んだ実体的デュープロセスとして連邦最高裁が保障したのである。アデア判決とコッページ判決である。そもそもコモンローの随意契約の原則からば雇用主がどのような人物をどのような条件で採用するかは自由であり、雇用主が考える好ましい人を雇用すればよいのであって、第三者の政府や労働組合に干渉されるものではない。むろん当時においては、労働組合が存在しても承認して交渉相手とするか否かは企業の自由であり、労働組合員が嫌いなら採用しないだけである。ところが、政府が労働組合を保護するために、労働組合非加入を雇用条件とすることを強要する立法は、契約の自由に対する専断的干渉であるのみならず、政府が労働組合という特定のグルーブの利益のために特権を付与することになり、クラス立法ともいえるのである。特にコッページ判決は名判決であり、クラス立法として否定されたものではないが、実質的にクラス立法の性格から黄犬契約契約禁止を無効としている。

◎アデア対合衆国判決ADAIR v. U S, 208 U.S. 161 (1908) http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=us&vol=208&invol=161

 1908年アデア判決は、1915年コッページ判決と並んで、「契約の自由」というという明文規定はないが実体的デュープロセスとしての憲法上の権利を根拠に、団結団体行動に対する経営支配を排除する立法を違憲と判決したベスト判決と考える。
 1898年制定のエルドマン法Eldman Act(連邦法-鉄道法)10条は州際の運搬業労働者を労働組合員であるという理由だけで、あるいは労働組合に加入しない協定にサインすることを拒絶したという理由だけで解雇することを犯罪とし、さらに、争議に参加した労働者をブラックリストにのせて回覧することを違法とした【*9】。
 事案はルイビル・ナッシュビル鉄道会社の支配人であるウィリアム・アデアが、O・B・コッページという機関車の火夫を解雇した【*10】。コッページは解雇の理由は黄犬契約の署名を拒否したからだとしてエルドマン法違反として提訴したというものである。
 ハーラン判事による法廷意見は州際の鉄道会社の黄犬契約を禁止するエルドマン法は憲法違反と断定した。「コッペイジを、彼が労働組合の一員であることを理由に解雇することは、被告人アデアの権利であった。被告人が労働組合員でないものを雇ったことを理由として、従来従事していたしていた業務から去ることがコッペイジの法律上の権利であったのと同様である。このようなすべての点において、雇傭者と被雇傭者とは権利における平等を有するものであり、この平等を害するいかなる立法も、契約の自由に対する専恣な干渉であり、自由な国においては、いかなる政府も合法的には理由づけえない」【*11】と述べ、修正5条のデュープロセス条項違反として違憲判断が下されている。
 ということは、今日において黄犬契約を禁止するアメリカも日本も自由な国家とはいえないのである。ハーラン法廷意見は、解雇する権利と、離職する権利を対比させているので一見わかりにくいがアメリカのコモンローの随意雇用の原則では、雇用主が勝手に解雇する自由がある代わりに被用者が勝手に離職する自由(かつてのイギリスの主従法のように、テイラーは洋服を完成させないで仕事を放棄することによって懲治監に入れられるとかそういうことはない)があることで対等なのである。そのうえで労働の売手が適当と考える条件と買手が買う条件を定める権利は異ならない。労働の買手にとって不利な条件を一方的に呑ます立法は、契約の自由に対する専断的な干渉とするものである。一方で、黄犬契約を望む労働者が使用者と契約する自由を与えなければならないということである。労働組合の本質とは、労働者と使用者との関係、もしくは労働者相互の関係、または使用者相互の関係を規制し、あるいは職業もしくは事業の遂行に制限的条件を課すことを目的としてい。したがってそのような労働組合支配のもとでのジョブコントロール、競争の排除、昇進の可能性の否認を望まない労働者にとっては黄犬契約は望むところだといえるからである。

 黄犬契約の自由を述べたアデア判決は今日主張されている団結権・団体行動権なるものを否定するものとして大きな意義を持つ。黒人解放の先駆、偉大な少数意見裁判官として知られロックナー判決で反対意見に回ったハーランが法廷意見を記し、反労働組合判決の起草者であることでも有意義な判決である。反対-マッケナ、ホームズ。
 なお、この判例は1926年鉄道労働法を合憲とした×Texas & New Orleans R. Co. v. Brotherhood of Ry. Clerks, 281 U.S. 548 (1930) http://supreme.justia.com/us/281/548/case.htmlにより黙示的に判例変更されるまで20年以上効力を有した【*12】。

 
◎コッページ対カンザス判決COPPAGE v. STATE OF KANSAS, 236 U.S. 1 (1915)
 http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=us&vol=236&invol=1
 
 カンザス州は、使用者が、雇用の条件として黄犬契約の締結を労働者に求めることを禁じる州法を制定した。事案は、カンザス州フォートスコットにあるフリスコ鉄道の管理人であるT・B・コッページは、ヘッジイスという転轍手に転轍手組合から脱退するか、職場から去るよう求めた。ヘッジイスはこれを拒否したため、コッページは鉄道会社を代理して彼を解雇した【*13】。
 ピットニー判事による法廷意見は、アデア判決に依拠して、問題のカンザス州法を合衆国憲法修正14条のデュープロセス条項に反し違憲と判決し、労働者側は経済上の弱者であって労働の売買は対等な立場で行われていないゆえ、黄犬契約禁止を認める州裁判所の見解を排除する優れた理論を示している。要するにに団結権思想に道理など認めないきっぱりした姿勢を示したことで最良の判決といえる。
 「個人の自由の権利および私的財産の権利に含まれているものは、‥‥財産取得のための契約をなす権利である。かかる契約の中で主要なものは、労働その他の報仕が金銭あるいはその他のかたちの財産に変わる所の、個人の雇用契約である。もしもこの権利が破壊あるいは専断的に干渉されるならば、長い間確立されていきた憲法的意味における自由の実質的侵害である。この権利は、資本家に対してと同様に、労働者に対しても重要である。‥‥現在考察しているように、この自由に対する非常に重大な干渉および平等な権利に対する非常な侵害は、それは州のポリスパワーの合理的行使として支持されうるのではない限り、専断的であると考えなければならない。‥‥われわれは、当該法律は、‥‥ポリスパワーの正当な行使として支持できるとは考えない‥‥ポリスパワーは広範であり、それを定義することは容易ではない。しかし本件で主張されているように、それに広い範囲を与えるならば、結果として、憲法上の保障をゼロにしてしまう。‥‥ポリスパワーは、本質的に、公衆の健康・安全・道徳あるいは公共の福祉を保護するために行使されうるものであり、かかるポリスパワーによる規制は、合理的に契約を結ぶ権利を含む個人の自由の享受を制限することができる。‥‥〔しかし〕単なる自由権あるいは財産権の規制は、そのままでは『公共の福祉』と称されないし、ポリスパワーの正当な目的として扱われない。何故ならば、かかる規制は修正〔14条〕によって禁止されている所のものだからである」【*14】
 つまりここでは、ポリスパワーとは人や物を規制する州の権限であるが、契約の自由はポリスパワーに正当な目的があり、その手段の合理性が実質的に関連していないかが厳しく問われたうえで規制できるが、単に契約の自由を否定することは修正14条によって禁止されるという原則論を述べているわけである。
 次に労働者側は経済上の弱者であるから、財産を有する者の権利を制限することによって労働の売買の対等性を確保するために黄犬契約契約禁止が必要だとする立法目的を審査し、ピットニー法廷意見は次のように言う。
「実際、少し考えれば、私的所有の権利と自由な契約の権利が共に共存するところでは、当事者は契約をする時、他方より多く財産を持っているか、少ないか、または全く持っていないという問題によって影響を受けることは避けられない。‥‥全ての物が共有されない限り、ある人々が他の人々よりも多くの財産をもつことは自明であるので、契約の自由と私的所有を認めるならば、同時に、これらの権利の行使の必然的結果である財産の不平等を正当と認めなくては道理上うまくいかない。‥‥修正第14条は『リバーティ』と『プロパーティ』を共存する人権と認めており‥‥」と述べ立法目的の審査で難点を示している【*15】。
 そして問題のカンザス州法は「財産をもつ者からその一部を奪うことによって富の質を平等化するという想像可能な望ましさを越えたものであり、(州の権限である)健康、安全、道徳または福祉には関係ない」【*16】と述べた。反対-ホームズ、デイ、ヒューズ。
 要するに労働組合を保護することは、人や物を規制する州の権限であるポリスパワーの正当な行使ではないとされた。私が思うにこの見解に立てば、団結権も団体行動権も契約の自由を侵すもので合法化はありえないことになる。
 私有財産権の存するところには富の不均衡はつきものであり、あらゆる契約で当事者双方が平等な立場に置かれるとは限らない。契約や私有財産権の自由を守りながら、これらの権利の行使に必然的に伴うことになる富の不均衡の合法性を認めないということは、事理に反するとしたのである。契約当事者の交渉力の対等性などありえない。元請けと下請けの関係、大企業の押し込み営業、あらゆる契約に交渉力の格差はつきもので、それを否定すれば社会主義となってしまう。現代においては古典的自由主義者シカゴ大学ロースクールのエプステイン教授がピットニー判事と同様の趣旨を述べている。

 私は上記2判決の法理論に全面的に賛成であり労働組合法の黄犬契約契約禁止は、契約の自由の否定によってなりたっているもので不当である。のみならず、それは組織労働者という特定のクラスを保護するクラス立法として不当なものであると考える。

 我が国で憲法の私人間効力を否定した著名な判決に、昭和48年三菱樹脂採用拒否事件最高裁判決( 民集27巻11号1536頁 )がある。事案は昭和38年に原告・高野達男が三菱樹脂株式会社に、将来の管理職候補として、3ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保するという条件の下で採用されたが、大学在学中に学生運動に参加したかどうかを採用試験の際に尋ねられこれを否定したものの、その後の三菱樹脂側の調査で、原告が60年安保闘争に参加していた、という事実が発覚し、「本件雇用契約は詐欺によるもの」として、試用期間満了に際し、原告の本採用を拒否した。これに対し、原告が雇用契約上の地位を保全する仮処分決定を得た上で、「本採用の拒否は被用者の思想・信条の自由を侵害するもの」として、雇用契約上の地位を確認する訴えを起こしたものである。

 最高裁多数意見の要所を引用すると「(憲法)22条、22条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法14条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものでないことは前記のとおりであり、また、労働基準法3条は労働者の信条によって賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない。」である。
 もし、本件のような事例で私人間効力を是認してしまうと、私的自治と経済的自由の近代市民社会の大原則が崩壊してしまうのであるから妥当な判決である。
 「自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて‥‥原則として自由にこれを決定することができる」から学生運動をやってたことが気に入らないから本採用を拒否するのも雇用主の自由裁量であり、民法上の不法行為でもないということは、本質的には労働組合は気に入らないから黄犬契約契約するのも本来自由であることを示唆するものとして理解できる。それが本来の自由企業体制というものではないだろうか。
 

【*1】田中英夫「私有財産権の保障規定としてのDue Process Clauseの成立-1--2--3--4--5--6--7-」『國家學會雑誌』69巻1.2号 1955、70巻3.4号 1956、70巻11・12号 1957 、71巻6号 1957、72巻3号 1958、72巻8号 1958、72巻7号1958
【*2】常本照樹「経済・社会立法」と司法審査(1) -アメリカにおける「合理性の基準」に関する一考察-」『北大法学論集』35巻1.2号1984http://hdl.handle.net/2115/16451
【*3】中谷実 『アメリカにおける司法積極主義と消極主義』 法律文化社1987 24~25頁
【*4】【*5】常本照樹 前掲論文
【*6】紀平英作『ニューディール政治秩序の形成運営の研究』京都大学学術出版会1993 83~85頁
【*7】 ところで法の下の平等といえば平等保護条項に類似したものとして日本国憲法14条がある。ウィキペディアはつぎのように解説する。
「14条1項は、「すべて国民は、法の下に平等」を前段、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」を後段とし、後段に列挙されている「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」という差別の具体例を後段列挙事由と言う。後段列挙事由の解釈をめぐって学説が分かれている。 「すべて国民は」の部分が無視され、法の下の平等の後文だけが、使われる事が多い。

限定列挙説
差別は絶対的に禁止されるが、後段列挙事由のみが禁止される差別とされる。
特別意味説
差別は原則的に禁止されるが、後段列挙事由は、このうち特に重要なものが記されているとして、より厳格な基準で審査する。
例示説(判例)
後段列挙事由は、法の下の平等を、単に例示しただけのものであって、他の差別と同様に原則禁止されると解する。」

 問題はクラス立法を肯定するニューディール主義者が作った憲法によってクラス立法の否定する解釈の余地があるのだろうかということである。
 例えば労働基準法の刑事罰規定は契約の自由を侵害するだけでなく、特定のクラス(使用者、経営者)を標的としたものであるし、労働組合の刑事免責・民事免責も特定の集団を特別な利益を与えるクラス立法である。労働基準法の所定外労働時間の割増賃金規定も、間接的な労働時間抑制政策で、同じ賃金でもっと多くの労働を得られたはずの使用者の権利と、自らの勤労意欲を十分発揮できなかった勤勉な労働者の権利を侵すもので、特定の集団の利益のためのクラス立法である。
 そうしたクラス立法を現行憲法規定では排撃できないとするならば、タフト主席判事の平等保護条項の会社にみられる法の下の平等にはクラス立法の否定が含まれるということを明文で規定する、憲法改正の構想が必要だろう。

【*8】大島佳代子「プラグマティズム法学とアメリカ合衆国憲法」『同志社政策研究』第3号  http://doors.doshisha.ac.jp/webopac/catdbl.do
【*9】松岡三郎「アメリカ憲法とワグナー法」『法律論叢』31巻6号1958
【*10】ウィリアム・H・レーンクィスト著根本猛訳『アメリカ合衆国最高裁』心交社 1992 247頁
【*11】田中英夫「私有財産権の保障規定としてのDue Process Clauseの成立-6-」『國家學會雑誌』72巻8号 1958
【*11】高原賢治「アメリカにおける「警察権能」の理論の展開-公共の福祉についての一考察-2-」 『國家學會雑誌』74巻1.2号 1962  
【*12】松岡三郎 前掲論文
【*13】ウィリアム・H・レーンクィスト 前掲書 248頁
【*14】】高原賢治「アメリカにおける「警察権能」の理論の展開-公共の福祉についての一考察-2-」 『國家學會雑誌』74巻1.2号 1962(なお原著で警察機能と訳しているところはポリスパワーとした)
【*15】中谷実 『アメリカにおける司法積極主義と消極主義』 法律文化社1987 22~23頁
【*16】ウィリアム・H・レーンクィスト 前掲書 248頁

2011/06/11

総選挙結果の感想

知名度抜群で単独でCMに起用され、おしゃれな同性と小悪魔的魅力でおじさんに圧倒的な人気の板野友美が神7から転落して8位に、握手会でファンをみつめる仕草をするという柏木由紀が3位に躍進は驚きの結果でした。私ももし夢の中で襲うことができるなら、最初に襲いかかりたいのは板野と思ってましたから意外な結果でした。
  新聞を読んでもなぜ8位転落かという理由がわからなかったので、ネットを見ましたが高須幹弥氏ブログ「板野友美さんは美容整形でなりたい顔1位なのに、何故、現在総選挙で8位なのか?」 http://ameblo.jp/drmikiya/entry-10904901760.htmlを読んでもいまいちわかりにくい。

2011/06/07

涼み部屋は監視しないと管理職が発言

 本日、目標管理の面接があったので、いくつか質問したが、休憩室になっている部屋の空調は監視して28度に徹底することは考えてないと発言。休憩室は鋭気を養うためよいことだとの趣旨も述べた。庁舎内の空調は28度設定ですという来客に見えるところに貼ってあるビラとやっていることが違うと言うと、それがインチキというなら28度に設定してますというビラははがすと言った。いずれにせよ、全庁舎28度でせなくてよいというのは、問題がある。看板に偽りありということだ。
 6月2日ブログhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-aad3.htmlに書いた5月30日の歓送迎会で「釣りに行くのか」と言ったのは覚えてない。といい、4時半起きはあり得ないと発言。もし明日4時半起きと言うなら、やっぱり「釣りに行くのか」と言うだろうなと発言。通勤距離が遠いという認識もないと言った。
 一方で無理矢理押し込んだとも言っている件については希望を出したからだと。
 被災地支援に若手の男子職員を行かせているの、所長の指図か訊いたところ、すすめたが強要はしてない。被災地支援に出すと得点になるのかと聞いたらそういうことはないと発言。

2011/06/05

下書き-Lochner era(広義)の主要判例(3)

◎良い判決
×悪い判決

①ロックナー期違憲判決の分類

 常本照樹は「契約の自由」を実体的デュープロセスに取り込んだロックナー時代における違憲判決を以下の5パターンに分類している【*1】。なお類似した分類は中谷実も行っている【*2】A・B・Cが重要なので主要判決を詳しく取り上げることとして、ここではD・Eの判例を取り上げておく。

 ◎1905ロックナー判決労働時間規制立法無効判決
B ◎1923アドキンス判決に代表される最低賃金立法無効判決
C ◎1915コッページ判決に代表される労働組合抑圧(黄犬契約)禁止立法無効判決
 価格規制立法無効判決
タイソンブラザー商会対バントン判決Tyson & Bro. v. Banton, 273 U.S. 418 (1927) http://supreme.justia.com/us/273/418/case.htmlは、劇場のチケットをブローカーが転売しうる最高額を最初の興行価格で50セントに規制するニューヨーク州法を修正第14条に反し5対4の僅差で違憲無効とした。サザーランド法廷意見に、タフト主席判事、ヴァン・デヴァンター、マックレイノルズ、バトラー各判事が同調/反対ホームズ、ブランダイス、ストーン、サンフォード各判事。
リブニク対マックブライド判決Ribnik v. McBride, 277 U.S. 350 (1928)  http://supreme.justia.com/us/277/350/case.htmlし、職業紹介所の手数料を規制するニュージャージー州法を修正14条に反し違憲無効とした。サザーランド法廷意見/反対ストーン、ホームズ、ブランダイス。これは現代的に言えば人材派遣会社の手数料規制を無効にしたものと理解してもよいだろう。
ウィリアムス対スタンダードオイル判決Williams v. Standard Oil Co., 278 U.S. 235 (1929) http://supreme.justia.com/us/278/235/case.htmlは、オクラホマ州によわるガソリン価格規制が修正14条に反し違憲無効とした。サザーランド法廷意見/反対ホームズ、プランダイス、ストーン
 参入規制立法無効判決
Louis K. Liggett Co. v. Baldridge, 278 U.S. 105 (1928)   http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=278&invol=105 は、薬局の参入規制の違憲判決である。
ニューステート製氷会社対リーブマン判決New State Ice Co. v. Liebmann, 285 U.S. 262 (1932)  http://supreme.justia.com/us/285/262/case.htmlは、製氷業の参入規制の違憲判決である。双方ともサザーランド判事の法廷意見である。

 私は上記のいずれの判決も評価するものであるが、ロックナー立憲主義時代の意義を過大評価しないというのは、ロックナー時代を批判する一般的著述から受ける印象よりも、違憲無効の判決の数は少ないし、上訴を受理していない例も多いのである。しかも後述するように、労働時間規制立法の司法審査は1917年に州法と連邦法の双方で合憲判決が下されており、ロックナーは黙示的判例変更され、以降、州法も連邦法も違憲判決はないし、1920年代に鉄鋼業の一日12時間週休なしと労働時間も、フーバー商務長官やハーディング大統領の政治的要請で、時短が為された(私はそれが良いことだとは思ってない)ように、20年代には労働時間は短縮の傾向にあった。
 ロックナーが復権したのは、1923年に連邦最高裁が保守派優位の陣容となったために最低賃金立法が「契約の自由」に反し違憲とした1923年のアドキンズ対児童病院判決(サザーランド法廷意見)において、ロックナー判決が再び先例としての価値が再確認された結果であって、年代的に「契約の自由」が重視された時期とそうでない時期の浮き沈みもある。
 従ってアメリカ社会は、欧州よりは保守的だったが、ロックナー期を自由放任経済の時代とみなすことはできず、革新主義に相当浸食された側面もある事もふまえておく必要はある。
 常本照樹によれば、実のところいわゆる労働立法の大半の立法が合憲とされている。ほかにも以下の事案では合憲とされている。
 家賃統制立法
×ブロック対ハーシュ判決Block v. Hirsch, 256 U.S. 135 (1921)  http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0256_0135_ZS.htmlコロンビア特別区の家賃統御を合憲としたが5対4の僅差である。ホームズ判事の法廷意見に、ブランダイス、クラーク、ピットニー、デイ各判事が同調した。反対/マッケナ判事の激しい反対意見がある。E・Dホワイト主席判事、ヴァン・デヴァンター、マックレイノルズ各判事が反対。
×レビーリース対シーゲル判決Levy Leasing Co., Inc. v. Siegel, 258 U.S. 242 (1922)   http://supreme.justia.com/us/258/242/case.htmlも家賃統御合憲で法廷意見はクラーク判事。
 商品パッケージ規制立法
アーマーアンドカンパニー対ノースダコタ判決Armour & Co. v. North Dakota, 240 U.S. 510 (1916)http://supreme.justia.com/us/240/510/case.html 法廷意見はマッケナ判事。
 しかしながら、常本照樹は忘れてはならない本質的ポイントとして、1937年の憲法革命以前は、これらの合憲判決も全て、裁判所が法律の実体的合理性を独自に審査した上で判決を下した。
 「契約の自由」を明示的に否定した1937年憲法革命の後、×合衆国対キャロリーンプロダクツ判決United States v. Carolene Products Co., 304 U.S. 144 (1938)  http://supreme.justia.com/us/304/144/case.htmlにおいてストーン判事は有名な脚注4において「通常の商業上の行為を規制する立法は、知られているか又は一般的に想像される諸事実に照らしてみて、その立法が、立法者の知識と経験内にある何らかの合理的な基礎に基づいているという推定を覆すほどの特徴を持っていないかぎり、違憲と宣言されるべきではない」【*3】として経済政策に関する司法の干渉の消極的態度を明確にした。以降、経済的規制に関わる違憲判決はなく、社会・労働立法は実質的に立法府にフリーハンドを与えている状況とは大きく異なるということである。

②4騎士がそろった1922年、20年代タフトコートの性格と意義

 キリストとは悪魔に対する悪魔だった。と言ったのは、マルティン・ルターである。日本人は他人に迷惑がかからないことを子どもに道徳として教えることが多いが間違いである。それは処世術にすぎず真の道徳ではない。悪人に嫌われる人ほど尊敬すべきだ。悪魔に対する悪魔となれと教育するのが正しい。

 4騎士とは、ヨハネの黙示録に由来するもので、死神・疫病神の悪イメージを意味する。1930年代最後までニューディール立法に違憲判断をとった頑固な保守派4裁判官のことである。しかしそれは革新主義者からみて疫病神なのであって、悪に対して疫病神となることは善であるから、我々にとっては尊敬すべき裁判官なのである。つまり4騎士は実体的デュープロセスあるいは州際通商条項等の解釈により州政府又は連邦政府による多くの社会立法=労働者保護立法、経済的自由規制立法について違憲判断をとった。
 そもそも「私的自治」は近代私法の基本原則であって、「私的自治」を体現し「自由主義」「個人主義」の法的表象ともいわれるのが「契約の自由」である。世界的に全体主義になだれ込んでいった1930年代に攻撃対象とされた「契約の自由」を擁護し続けた事が4騎士を高く評価する理由である。
 4騎士の1人めはヴァン・デヴァンター判事Willis Van Devanter(タフト任命・任1910~37)である。就任当初は数年は穏健な保守派とみられていたが、30年代においては陪席裁判官の保守派最古参裁判官として、「司法的反動の最高司令官」と称された。
ウィルソン大統領(任1913~21)時代は革新主義の時代だった。 任期8年で3人の連邦最高裁判事を任命したが「一失策、二安打」とされている【*4】。
  「二安打」は「人民の弁護士」と呼ばれ進歩派として著名なブランダイス、あるいはクラークという組織労働者に寛大な裁判官の任命であり、「一失策」とは、4騎士の2人めマックレイノルズ判事James Clark McReynolds(任1914~41)の任命であった。
  マックレイノルズはウィルソン政権の法務長官であり、独占禁止に熱心であることから、大統領は彼を自己の思想に近いものと考えての指名だったが、結果的には「フィールド以来最も保守的な裁判官」【*5】あるいはフィールド判事、ブリューワ判事、初期の連邦主義者も抑えて、反動的裁判官の第1位【*6】と評されたのである。
  しかし、ブランダイスとクラークの加入、マッケナの左傾化によりE・D・ホワイトコートの後半、1916~20年の連邦最高裁は相対的に進歩派が多数を占めることとなった【*7】。
 
   リベラル派(4人)
ブランダイスLouis Dembitz Brandeis(ウィルソン任命) 
ホームズ Oliver Wendell Holmes, Jr(T・ルーズベルト任命)
クラーク John Hessin Clarke(ウィルソン任命)
マッケナJoseph McKenna(マッキンリー任命)

 中道派(3人) 
ホワイトEdward Douglass White (主席判事・タフト任命)
デイWilliam R. Day(T・ルーズベルト任命)
ピットニーMahlon Pitney(タフト任命)

保守派(2人)
マックレイノルズJames Clark McReynolds(ウィルソン任命)
ヴァン・デヴァンターWillis Van Devanter(タフト任命)

(なお、上記の色分けはギャロウェイによるものであるが、マッケナ判事は就任当初やや保守的、そのご穏健となり、晩年は保守に戻ったといわれるが中道派の評価でもよいかもしれない。中道派とされるピットニー判事はなるほど社会労働立法にはケースバイケースであり進歩派に与する判断をとる事が少なくなかったとはいえ、反労働組合色の濃厚な裁判官としてその意味において尊敬すべき名裁判官である。◎コッページ対カンサス判決Coppage v. Kansas, 236 U.S. 1 (1915) http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court =us&vol=236&invol=1 で黄犬契約を契約の自由として支持し、今日でいう団結権を否定した判決文起草者である。デイ判事は児童の労働時間を規制する連邦法を違憲とする◎ハマー対ダーゲンハート判決Hammer v. Dagenhart, 247 U.S. 251 (1918)  http://supreme.justia.com/us/247/251/case.htmlの判決文起草者で保守派に与した。)

この時代のワースト判決(つまり進歩派が主導権をとった判決)に、ロックナー判決に言及せず(黙示的判例変更)労働時間規制立法を合憲とした、1917年の×バンティング対オレゴン判決BUNTING v. STATE OF OREGON , 243 U.S. 426 (1917) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=243&invol=426がある。これはオレゴン州で工場労働で一般的に一日10時間労働を定め、所定時間外の割増し賃金を定める州法について、ロックナー判決に言及せず、合憲判断とした判決だった(法廷意見は何とロックナー判決で多数意見に与したマッケナ判事。これにホームズ、クラーク、デイ、ピットニー各判事が同調、反対-E.ホワイト主席判事、ヴァン・デヴァンター、マクレイノルズ各判事。なおブランダイス判事はこの訴訟に係わっていたことから審理不参加)。
また、同年の×ウィルソン対ニュウ判決Wilson v. New, 243 U.S. 332 (1917)  http://supreme.justia.com/us/243/332/case.html第一次世界大戦中、鉄道のゼネストを回避するために、州際通商にに携わる鉄道労働者の労働時間を8時間とし、労使間の別段の合意がなされるまで8時間に対し従来の10時間分の賃金を支払うべきことを定めた1916年アダムソン法Adamson Act (連邦法)は修正第5条に反しないとの合憲判断(5対4の僅差、法廷意見はE・ホワイト/反対-デイ、ピットニー、ヴァンデヴァンター、マクレイノルズ)が下されている。但し、この立法が戦時の緊急事態に対応する臨時立法であり、労働時間を平時においても制限しうるかという問題については判断していない【*8】。
 また同年の×山岳木材会社対ワシントン判決Mountain Timber Co. v. Washington, 243 U.S. 219 (1917) http://supreme.justia.com/us/243/219/case.htmlは5対4の僅差で使用者に保険金の一部を支払わせる旨を定めた労働者災害補償法(危険性の大きい職業のみ適用)はデュープロセスに反しないとした【*9】。ピットニー法廷意見にホームズ、デイ、ブランダイス、クラ-ク各判事が同調/反対E・Dホワイト主席判事、マッケナ、ヴァン・デヴァンター、マックレイノルズ各判事。
 また×アリゾナ銅会社対ハマー判決Arizona Copper Co v. Hammer , 250 U.S. 400 (1919)http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?navby=search&court=US&case=/us/250/400.html
も5対4の僅差で、コモンロー上のフェロー-サーバントルールを廃止し、事業場で発生した事故による死傷については、それが被害者の過失によるものでない限り、一切使用者の責に任ずべきことを定めた使用者責任法をデュープロセス違反ではないとした。ピットニー法廷意見に、ホームズ、デイ、ブランダイス、クラーク各判事が同調、ホームズ判事が同意意見を記し、ブランダイス、クラークが同調/マックナ判事が反対意見を記し、E・Dホワイト主席判事、ヴァン・デヴァンター、マックレイノルズ各判事が加わる。マックレイノルズ判事が反対意見を記し、E・Dホワイト主席判事、マッケナ、ヴァン・デヴァンターが加わる。
 
 このように1916-20年の連邦最高裁は、進歩派が主導権を握った判決を見いだすことができるのである。ピットニーは反労働組合の名裁判官と言ったが、このように進歩的な面もあったのである。状況が明らかに変わるのは裁判官の構成が変化した1923年である。

 1921年3月ウィルソン大統領が死去し、国民はいい加減改革政策にうんざりしていた、大統領選は正常への回帰を主張したハーディングの地滑り的大勝となった。ハーディング大統領(任1921~23)は2年半の任期で、4人を任命する機会に恵まれた。タフト首席判事、サザーランド、バトラー、サンフォード各判事である。
 ハーディングはオハイオ出身で、同じくオハイオ出身のタフト元大統領の応援を受けていた。タフト元大統領はウィルソンの革新主義、財産権に対する社会主義的侵略を批判していた。ハーディングはE・Dホワイト首席判事の後任にタフトを任命した。大統領と最高裁長官の双方に就任したのは歴史上タフトだけである。
 タフト首席判事が1921年就任すぐ主導権を握った重要判決として◎アメリカン・スチール・ファンダリーズ対三都市労働評議会判決AMERICAN STEEL FOUNDRIES v. TRI-CITY CENTRAL TRADES COUNCIL, 257 U.S. 184 (1921)  http://supreme.justia.com/us/257/184/case.html、と◎ツルアックス対コーリガン判決TRUAX V. CORRIGAN, 257 U. S. 312 (1921)http://supreme.justia.com/us/257/312/case.htmlがある。反労働組合判決であり、クレイトン法6条、20条を骨抜きにしてピケッティングを規制し、労働争議差止命令を支持、営業行為を財産権として憲法上保護されることを明らかにした名判決であるが、詳細は3月1日ブログを参照されたい。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-96f7.html
 穏健な保守だった1910年代のホワイトコートより、1920年代のタフトコートは保守色は明確である。タフトにとって最高裁は無教育な大衆や彼等に操られる議員達の侵害から憲法を守る守護者たることだった。彼にとって個人の財産権の擁護こそ憲法の至上の要請だった。彼の憲法観は次の言葉に端的に表れている。
 「我が国の憲法は個人の自由と財産権の上に成り立っている。そして、つきつめれば、財産権が契約を結ぶ権利や労働の権利を含んでいるように、個人の自由は財産権を含んでいるのである‥‥」【*11】。ハーディングがこの後、最高裁判事に任命した3人はいずれもタフトが推薦した人物であった。
 1922年に中道派のデイ判事の後任にバトラー判事が任命された。4騎士の3人目である。バトラーはミネソタ州の鉄道弁護士で、経済保守派であり、在任中の判決派確固不動の保守主義を示した。彼の哲学は自由放任主義のそれだった【*12】。
 また進歩派クラーク判事が退任し、後任にサザーランド判事が任命された。4騎士の4人目である。サザーランドはハーディングの選挙運動の責任者でユタ州出身の保守的な共和党上院議員(1905~17)であリ、彼は、T・ルーズベルトやウィルソンの進歩的政策に反対していた【*13】。彼は筋金入りの自由放任主義者なのだ。常本照樹はサザーランドの思想形成に多大な影響を与えた人物として、プリガム・ヤング・アカデミー時代の校長でスベンサーの信奉者であったマイサーと、ミシガン・ロースクールのディーンであった、反階級立法で知られるクーリーと言う。特にクーリ-の影響は決定的で、政府の規制権限を厳格に解釈する自由放任主義的憲法観を主張していたのである。
 サザーランドは自ら「保守的」と称していたが、多数者の意思に基づく政治への疑念、社会問題の立法解決の抵抗、個人的権利及び自由に対する政府の侵害の排除、上級審裁判官は民衆の多数派の侵害から個人の権利を守る守護者の役割を果たすべきことという、同判事の見解は就任時から衆知のところであった【*14】。
 サザ-ランドの最大の業績は◎1923年アドキンズ対児童病院判決でロックナー判決を復権させたことであり、「契約の自由とが原則であってその制約は例外」「全体としての社会の善には各構成員の自由を保障することが最も良く寄与する」【*15】と明確に述べたことにあるが、20年代の価格規制立法違憲判決、参入規制立法違憲判決の多くが、サザ-ランドが判決文起草者であるように、まさに「契約の自由」の守護者として活躍した。4騎士の中心人物とみなしてよいだろう。
 1923年にビットニーの後任に穏健な保守派サンフォードが任命された。この結果、タフトコートは下記のような保守派優位の構成となったのである。

 1923~1925の連邦最高裁
 
保守派6人 ヴァンデヴァンター(タフト任命)
      マックレイノルズ(ウィルソン任命)
      タフト(主席判事・ハーディング任命)
      バトラー(ハーディング任命)
      サザーランド(ハーディング任命)
      サンフォード(ハーディング任命)
中道派1人 マッケナ(マッキンリー任命)
左派2人  ホームズ(T・ルーズベルト任命)
      ブランダイス(ウィルソン任命)

 次にアドキンズ対児童病院判決を取り上げたい。

【*1】常本照樹「経済・社会立法」と司法審査(1) -アメリカにおける「合理性の基準」に関する一考察-」『北大法学論集』35巻1.2号1984http://hdl.handle.net/2115/16451
【*2】中谷実 『アメリカにおける司法積極主義と消極主義』法律文化社1987 18頁以下
【*3】中谷実「経済政策と最高裁-日米の比較-」滋賀大学教育学部紀要. 人文科学・社会科学 27, 128-117, 197 
【*4】田中英夫「私有財産権の保障規定としてのDue Process Clauseの成立-6-」『國家學會雑誌』72巻7号
【*5】前掲論文
【*6】ラッセル・ギャロウェイ著佐藤・尹・須藤共訳『 アメリカ最高裁判所200年の軌跡 法と経済の交錯』 八千代出版1994 113頁
【*7】ラッセル・ギャロウェイ前掲書 110頁
【*8】田中英夫「私有財産権の保障規定としてのDue Process Clauseの成立-6-」『國家學會雑誌』72巻7号
【*9】【*10】前掲論文
【*11】常本照樹「司法審査とリーガル・プロセス -アメリカでの司法の機能に関する理論的発展-」『北大法学論集』31巻2号1980http://hdl.handle.net/2115/16318
【*12】ラッセル・ギャロウェイ前掲書 130頁
【*13】【*14】【*15】常本照樹 前掲論文

2011/06/04

昨日も頭上報告


6月3日国家公務員法改正法案の閣議決定、国会に提出された。4日日経によると今秋に地方公務員労働協約締結権付与の法案提出予定と伝えている。
  強制仲裁制度など国制の根幹にかかわる 重大問題であり、仮に成立となっても身近なところから問題点を摘示していく方針。狭心症は前より良くなったのでこの夏は全力投入に頑張る。
 昨日は9時40分頃から51分頃まで書記長会議報告あり、人と話していたので内容のほとんどを聴いてないが、夏季一時金闘争のことだろう。終わりぎわに反原発を言っていた。
ところで、東京都が職員に対して募っていた震災義援金の報告があり、総額1億6633万6580円で、岩手・宮城・福島の三県宛てに三等分して贈呈したと書かれていた。警察や消防も含めると16万5千人であるから1人あたりおよそ1000円払っていることになる。水道局は544万4655円で職員数3862人だから、一人あたり1410円も払っている。。
このほか水道局では全水道東水労が震災カンパと称して、袋を2回していたから、組合の方にも出しているはずだ。
私はいっさい出してない。理由は裕福でない。孫正義さんが100億出すはず。ハイチに義援金だしていない、貧しいハイチの方こそ出すべき。三陸沿岸は津波の危険は承知のうえで住んでいる。福島には電源立地地域として税金が投入されてるはず。福島県人の管理職にいじめられた。福島県人の同僚の教唆で暴力を受けたなどから快く思っていないのがの理由であるが、いずれにせよ、復興のために国家公務員7.8%給与削減法案が提出された以上、地方にもなんらかのかたちで影響は及ぶ。給与削減で事実上の義援金を出しているのも同じということ。

2011/06/02

人を傷つける事を平然という管理職

 28日・29日は親戚の葬式で宮城県に行ってきたので、キーボードをたたいている余裕がなく、30日は歓送迎会に出た。変な挨拶をする人がいて非常に不愉快だった。所長が転出した職員に、本局につてがあるから希望するところに「無理矢理押しこんでやったんだよ」とか恩着せがましい事を言っていた。また所長はラルフローレンのブランドを着ているんだと。「俺は派手なのが好きだ」とかノー天気な事を言っていた。私は、水道局で27年ぐらい働いてるが、上役の管理職はほとんどすべて定時退庁だし、いまもそうである。毎日定時退庁でプランドものを着込んでお気楽職場というほかない。
 それで、飲み会が長く3時間を超えても締めないので、朝4時半起きなので失礼させていただく言い出した職員がいた。すると所長「えー、釣りでもいくのかおりゃー」とかわめくんだけど、これは人を傷つける発言である。「釣り」はありえない。翌日は火曜日で月末はどの職場でも忙しい。今回、本局に栄転する人もいたし、いまの職場より格上、もしくは横滑りでも通勤距離の短い職場に転出した人が多かったのに、その人だけが営業所横滑りでしかも通勤距離が遠くなっていた。単純計算でも30分は余計にかかるはずだが、4時半起きということは、実際には混雑度や乗り換えでもっと時間がかかるのだろうと考えられる。
 その人は仕事は丁寧で、昨年でも仕事を能率よく相当改善しがんばっていたようであるので、ほかの人と差をつけられたことで顔には出さなくても面白くは思ってないはず。
 次世代育成支援ということで小さな子供のいる職員は、育児休暇等でさんざん休んだあげくにく勤務地も近いところに特別配慮されるので、優遇されているわけだが、そうでない人はそのあおりで遠くに飛ばされることになっているものと推察する。
 私は、所長に嫌味のパンチでも繰り出したのか直感したがそれすらわかってない。「釣りにでもいくのか」発言は人をばかにしている。遠くに異動させたことにかかわっているのに。管理職は特定の職員には肩入れするだけで、あまり公平に人をみていない証拠である。

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