労働協約の更新期限が切れた8月7日から始まったベライゾンの全米通信労働組合(CWA)と国際電気工友愛組合(IBEW)計4万5千人のストライキは、争点となった年金や医療保険など合意もなく未解決のまま終了し、ピケやラリーに参加していた組合員は月曜日に職場に戻ると報道されている。 http://newyork.cbslocal.com/2011/08/20/thousands-of-striking-verizon-workers-going-back-to-work-without-deal/ http://abclocal.go.com/wabc/story?section=news/local/new_york&id=8317887 http://www.bostonherald.com/business/general/view/2011_0820headlinegoes_bco_focusesbb_on_existing_clients_in_strikeb/
誤解がないように言っておくが、ベライゾンは巨大なテレコム企業で、旧ベルアトランティック社のアメリカ北東部マサチューセッツ州からバージニア州まで9つの州の固定電話、光ファイバー事業(銅線の電話回線を光ファイバーに置き換える10年計画に着手して、高精細のTVや超高速のインターネット・サービスを提供している)のほか全米最大のワイヤレスキャリアでもあるが、従業員19万6千人のうち13万5千人は非組合員である。固定網部門の従業員の半数が労働組合員だが、ワイヤレス部門は殆ど非組合員なので、携帯は初めから影響はなかった。固定電話の回線も自動化されており、ストの影響は修理作業や光ファイバーFiOSサービスのインストール作業の遅延などとされていた。
このストライキについては背景も含めて18日の日本経済新聞でITジャーナリスト小池良次氏が詳しく解説しているので、見てください。http://www.nikkei.com/tech/business/article/g=96958A9C93819499E3E4E2E2878DE3E4E2EAE0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3EAE3E0E0E2E2EBE0E4E2E3
主な争点は
(1)現在無料の医療保険を6800ドルまで自己負担にする
(2)現従業員の企業年金を凍結、新規従業員向企業年金はなし(401Kの導入)
(3)新従業員には有給の病欠なし、既存従業員は有給の病欠5日間まで
(4)労災による障害者保険の除外
とされるが、未解決のままで労働協約を締結することもなくスト終了とのことである。
今回のストはかなり悪質であったとの心証をぬぐいきれない。非組合員への脅迫や、CEOの自宅に組合員が押しかける騒動もあった。ボストングローブによるとピケットラインで管理職とストライカーの対立が各地であり、5つの州で裁判所に差止命令を求めた。マサチューセッツではピケ隊の数を減らし、トラックとピケ隊が一定の距離をとるよう差止命令が付与されたとのことである。http://www.boston.com/business/articles/2011/08/21/unions_end_strike_at_verizon_without_new_contract_as_negotiations_continue/報道されているニュースビデオを見てもピケ隊は騒がしい。
世論は企業年金・医療保険・有給休暇の高コスト構造にこだわる労働組合に好意的とはいえない。なお、アメリカでは1993年クリントン政権で成立した家族・医療休暇法のみが、50人以上を雇用する企業で被用者に対して疾病などによる無給12週の休暇取得の権利を与えているが、わが国のように有給休暇は法定されていない。有給休暇はあくまでも各企業の従業員福祉政策として行われているだけである。
また犯人は特定されてないが、電話線や光ファイバーを切断する破壊活動が90件ありFBIが捜査している。今回、会社側はストに備えてぬかりなかった、管理職を訓練したほか、非組合の臨時雇用により、設置工事など顧客への影響を少なくした。フォックスニュースによると臨時雇用者は、テキサス、カリフォルニア、コロラドからやってきて週6日1日12時間つまり週72時間働いたそうである。http://www.foxnews.com/us/2011/08/20/verizon-workers-going-back-to-work-without-deal/破壊活動が組合員の仕業か特定されていないが、もし会社側の万全のスト対策により組合員が焦って電話線・光ファイバーを切断する破壊工作に打って出たとすれば世論の非難を招いたことで失敗だったといえる。
8月17日のウォールストリートジャーナル日本語版によると会社は労働組合に加盟している社員4万5千人書簡を送付し、8月31日までにストライキをやめない者の健康保険と医療保険の基本給付を一時的に差し止めると通告していた。http://jp.wsj.com/Business-Companies/node_290862
これは単に憶測にすぎないわけだが、会社側は妥協的でなく、このままストを長期続行して、組合員からスト脱落者が出るような事態をさけたかったのでないか。会社側が世論が労働組合に冷淡なのに乗じて強硬な姿勢をとり臨時雇用者を恒久代替者として雇傭するようになった場合、マッケイルールの適用により、スト参加者の一部は職場復帰できなくなる可能性もあるから、ストは中止せざるをえなかったのではないか。
スト参加者の職場復帰のルールについては1935年全国労働関係法の下で、マッケイルールが知られている。ストライキは不当労働行為ストライキと経済ストライキとに区分されている。前者は全国労使関係法第7条の保護を受ける団体行動に当たり、スト参加者の解雇、懲戒処分は認められないが、後者は恒久的代替者がストライキ中に雇用された場合、スト参加者は恒久代替者を押しのけて職場復帰することはできないというものである。今回のケースは不当労働行為ストではないから、後者である。
連邦最高裁判決NLRB v. Mackay Radio & Telegraph Co. 304 U.S. 333 (1938) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=304&invol=333は、ストライキ参加者は全国労使関係委員会の保護する「被用者」にあたらないという連邦高裁の判断を覆し、スト参加者も被用者であるとした。
判旨は① スト参加者も「被用者」に含まれる。
②使用者がストライキ中の事業継続のため代替者を使用することは禁じられない。
③スト代替者の採用にあたり、恒久的雇用を約束することも許される。
④ストライキ終了後、使用者はスト参加者の職を確保するために恒久的代替者を解雇する義務を負わず、恒久的代替によって占められていない空職の人数分しか復帰を認めないことも適法である。
⑤しかし、スト参加者のうち誰を復職させるかの決定について、組合活動を理由とする差別を行うことは許されない。
①と⑤が判例の核心で、②~④が傍論だが、②~④をマッケイルールとして定着し現在まで維持されている。マッケイルールは、ストライキ参加により「被用者」の地位を保持することになっており、イギリスのコモンローのようにストライキが一方的契約破棄にあたるものとして即時解雇の対象となるわけではない。空職がある限り優先的に職場復帰することができるので、労働組合とスト権を保護しているルールとはいえるのである。
しかし、トランスワールド航空対客室乗務員組合事件TWA V. FLIGHT ATTENDANTS, 489 U. S. 426 (1989) http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?friend=nytimes&court=us&vol=489&page=441で、連邦最高裁は、スト脱落者もマッケイルールの適用を受け、復帰してくるスト参加者より優先することを明らかにした。なおこの判決は、スト脱落者にインセンティブを与えるものとして労働組合から非難され、この判決を無効にするために1991年経済的ストライキにおいて恒久的代替労働者の雇用を禁止する法案が下院を通過したが、上院を通過せず、法改正は失敗している(中窪裕也『アメリカ労働法』第2版弘文堂2010年 154頁以下)。
この判決は、労働組合はいかにスト脱落者憎しと言っても、たとえ先任権順位がスト参加者が高いとしても、スト脱落者をおしのけて職場に復帰する権利はないとしたものである。なぜならばタフト・ハートレー法がストに参加しない権利が保障されているからであるからだ。要するにストライキとはギャンブルであり、労働組合はその失敗のつけを不参加者に押しつけるなという判決である。
つまりストライキ中に非組合の恒久的雇用の代替労働者を雇用しスト参加者が戻ってくる空職を埋めてしまえば、事実上ストライキにより組合員の解雇は可能といえる。しかし、それをやると、労働組合がその企業を敵対視し、労組の支援を受けて当選している多くの議員も黙っていないだろうから、政治的な事情でなかなかそこまで踏み込めないだけである。
最近のコメント