家電メーカー不振の元凶は2000年以降の厚生労働省の「サービス残業規制政策」で電機大手が集中的に狙われ 、労働倫理を破壊し、競争力を低下させたことだろう
昨日発売の日刊ゲンダイ20111年10月5日号「中間決算は各社ボロボロ-テレビが終わっ家電メーカーは生き残れるか-技術の象徴が完全にお荷物」を読んだ。家電メーカーの9月中間決算は「大手8社のうち6社が営業減益、しかも4社は最終赤字」、「パナソニックは09年末に完成した世界最大のプラズマパネル工場での生産停止、液晶工場も売却縮小する。ソニーは07年度国内外で13カ所あった生産拠点を4カ所に縮小」と書かれている。
ウォン安、円高で北米市場で韓国メーカーが一気に値下げした、過剰投資を不振の要因としている。一般論としていえば90年代以降経済のグローバル化、IT技術の進歩と世界的な拡大で、テレビをはじめ家電が新興国で生産可能となり、コモディティー(汎用品)化してしまって、製品の品質差が急速に縮小したということもあるだろう。http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/article695_8.htmlが、私が問題視したいのはそういう一般論や技術的なことではなくわが国固有の労働政策による構造的な要因こそ問題だということだ。
楽天の三木谷社長が「一番いいテレビはどこのかって、昔で言えばソニーでありパナソニックだったのが、もう今は海外の一流ホテルに置いてあるテレビは、大体サムスンかLGだ‥‥もうブランド的に‥‥ソニー、パナソニックよりも上に行っている」http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20110701/Ncn_2011_07_3-11.htmlと述べている。私自身、国産忠誠心などさらさらないから、向井理のCMにつられてLGのテレビを買ったのである。ウチは世界シェア2位のLGテレビを見てますよと自慢するためだ。
なぜ、韓国メーカーに負けたのか、それは、日本政府自身が競争力を低下させるばかげた政策を実行したからである。韓国でも2005年から週休2日制を導入しているが、90年代のそれよりも、2000年以降の厚生労働省の「サービス残業」規制政策が悪の元凶と断定したい。
特に 狙われたのが電機大手だったからである。森岡孝治によると日本人は普通年間300時間のサービス残業が常態だったとする(註1)。支払われている上限規制限度もしくは定額の残業代を裁量労働手当とすれば、必ず出勤しなければならないコアタイムの長い事実上の裁量労働制的な働き方であり、それで仕事がうまく回っていたのだ。従って、日経連が90年代に主張した全ホワイトカラーへの裁量労働制の拡大は実態に即したものであった。
1997年1月27日に裁量労働制の全ホワイトカラーに拡大することなどを盛り込んだ労基法改正要綱案に中央労働基準審議会は「おおむね妥当と考える」との労相に答申した。
これに対して労働組合・民主党が強く反対し、裁量労働制の全ホワイトカラー拡大は実現しなかった。問題はその後だ。全く逆の政策が推進された。ホワイトカラーの生産性向上の観点からの労働政策推進に危機感を抱いた、連合など労働組合や共産党が不払い残業是正キャンペーンを行い、それを背景として中基審が2000年11月に「労働時間短縮のための対策に対する建議」を行い、厚生労働省は「労働時間の短縮促進に関する臨時措置法」の改正を労政審に諮問し、森内閣の坂口力厚労相のもとで2001年2月に同法改正を閣議決定し、それまでは労使間の問題として政府が積極介入しなかったあり方をやめ、サービス残業は労働基準法違反で、悪質な企業は司法処分を辞さないという労働基準局長通達(基発339号)を出し、「サービス残業規制政策」が開始されたのでけある。
電機大手が集中的に狙われたのである。
まずNECが基準監督署の指導で主任以下の調査を行い過去2年分の残業代を支払わされた゜社田町の100人以上について平均150時間約4500万とされている。日立製作所でも未払い残業代が支払われ、三菱電機で是正勧告、係長級に導入していた残業手当の定額支給も見直された。シャープで是正勧告、沖電機で是正指導がなされた(註2)。
こんな事をやられると、残業はやりにくくなる。仕事に対するコミットメント、仕事に打ち込む、献身的に働くことがよろしくないという反倫理的政策である。結果として電機大手の生産性は低下の要因になったと私は考える。韓国メーカーに負けるのは必然なのだ。
更に、2003年1月大阪労働局が武富士に労働基準法違反容疑で始めて家宅捜査が入った。同年3月には特別養護老人ホーム神明園(都下羽村市)で理事長が労働基準法違反で初めて逮捕された(註2)。
武富士事件は家宅捜査後に和解が成立したが、私は悪いとは全く思わない。もし中基審答申どおりホワイトカラー裁量労働制が実現していければ、これは違法でも何でもなかったはずだ。雇傭契約の自由という趣旨でも本来犯罪にしてはいけないことである。武富士は男性社員に月25時間分の残業代を上限として支払っていたのである。実はこういう上限打ち切り残業代支給の制度というのは、厳密には労基法に違反だろうが他の企業でもやっていたことであり、仮に25時間分の残業手当を裁量労働手当読み替えれば、好条件とさえいえるのである
この労働政策は業績達成・生産性向上に反する、働かない・働かせない主義を蔓延させただけでなく、それ以上に生産性を低下させる要因となったと考える。
その理由は日本的経営そのものにある。欧米では職務記述書による雇用管理が普通とは違うのである。職務記述書job description(ジョブ・ディスクリプション)には職務内容とそれに必要な能力・経験・難易度を記載したものだが、その人の仕事の守備範囲、責任の範囲が明確に規定される反面、フレキシブルな対応に向かなかった。これに対してわが国では、人に仕事をつけ、フレキシブルに動かして、外国では高業績業務システムとされる、複数以上の違う仕事も担当させるようなこともする。それは、職務記述書できっちり仕事を決めてしまう融通のきかないやり方よりも、生産性向上の観点すらは有利に働いていた。ところがそれは、従業員全体の士気が高く、決められた仕事だけでなく、柔軟に支援したり、協力したりする労働倫理が全体的に認められるような職場なら生産性は向上するが、働かない主義が蔓延すると、きっちりした職務内容の責任範囲のマネジメントがないと、仕事の押し付け合いになって逆にガタガタになっていくのである。
日本的経営がうまくいっていたのは、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、経済好調だった1980年代である。日本の企業内組合は欧米の産業別組合のような制限的職場規則がなく人員が柔軟に配置できFA(ファクトリーオートメーション)ME(マイクロエレクトロニクス)の導入による技術革新が進み、比較的ストライキによる欠損日が少なく世界から羨ましく思われていた。。
平尾武久(経営労務管理史研究者・故人)は更に具体的に80年代好調の要因として能力的労務管理が軌道に乗ったことを挙げている。つまり70年代後半以降再編された「属性主義的」な層別一括「平等主義」的職場秩序が機能的に行き詰まりを見せ始めるなかで、国際競争力を高めるために80年代半ばより日経連・大企業は「職能給と属人給との組み合わせによる併存型職能給」を選択し、その能力要素部分のウエイトを高めていく方向を打ち出し、この「人事・賃金トータルシステム」により能力主義的労務管理の仕組みを確立しようとした。そしてME技術革新の下で職務構造、職能要件の変化に対応したフレキシブルな配置により、国際競争力を強化した。80年代日本の労務管理の特徴として、長時間労働、サービス残業、生産現場の高い労働密度、出向、配転などに見られる日本の民間企業の凄まじい働きぶりがいよいよ顕著になったのは「人事・賃金トータルシステム」が軌道に乗ったことを物語る(註3)。つまり80年代は長時間労働、サービス残業、生産現場の高い労働密度、出向、配転を苦にしない働き方が普通だった。それが日本経済好調の背景にあったということである。
しかし、90年代以降の時短政策、2000年以降の不払い残業規制政策、さらに近年のワークライフバランス推進の喧伝により、働かない事がいいことだ、バカンスをゆっくり楽しむヨーロッパ人に見習おうみたいな反労働倫理的な政策が推し進められた結果、すっかり労働倫理の崩壊が進んだ。
この労働政策はやめるべきである。ひるがって、連日のEU債務危機報道http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20111105-00000024-jnn-bus_allをみると、イギリスのメージャー政権の政策の正しさが立証されたと思う。メージャー首相は選挙のたびに負け、サッチャーほどの強さもなく、人気があったとはいえないが政策的には間違っていなかった。
EU労働時間指令は、平均週48時間以内の上限を設定(算定期間は4カ月)、最低4週間の年次有給休暇を付与とする働かない主義の悪法だが、イギリスがメージャー政権で激しく抵抗したため、加盟国の義務であるユーロの導入や労働時間指令についてオプトアウト(適用除外)の権利を獲得したことは賞賛されるべきである。もしユーロを導入していたら今頃大変なことになっていた。
メージャー政権ではEU労働時間指令を受け容れず、一律の労働時間規制はなかったが、労働党ブレア政権によりEU労働時間指令を受け容れた。つまり、労働時間は週平均48時間を超えてはならないする「1998年労働時間規則」を設けた。しかしながら同時に労働者により署名された書面による個別的オプト・アウトの合意により、法定労働時間規則の適用を免除する制度も設けた。これはメージャー政権が抵抗した成果なのである。2004年の『海外労働情報』によると使用者側のあるアンケート調査では、759社中65%の企業が、自社の従業員(一部または全部)にオプト・アウトに同意するよう求めているほか、CBI(イギリス産業連盟)の調査では、英国の労働者の33%が同意書にサインしており、事実上労働時間指令はイギリスでは空洞化しているとされている。イギリスの金融危機まで16年間の景気拡大は、オプト・アウト制度も要因の一つと考える。。
EU15カ国において週48時間以上働いているフルタイム雇用者は5%以下であるが、イギリスはその数字が20%を超えている。http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2005_5/eu_01.htm。イギリス人はよく働いているのである。
法制度的にも労働倫理を基本としている。コモンローは「相当の注意力と技能を提供する義務」「適法な業務命令に従う義務」「誠実労働義務」。業務に関して私利を図らないことや信用失墜行為をしないことは誠実労働義務である。超過労働も合意がある限り、「適法な業務命令に従う義務」に含まれるとされる(註4)。病欠などで人手が足りない時に超過労働するのは当然ということだろう。
スティーブ・ジョブズに関する一連の報道を読んだ。やはり他人に対して非常に厳しく、嫌われた人物である。週刊新潮にいたっては奇人・変人とさえ言う。ただ、2点だけやはりすごい人物だと思った記述があった。マッキントッシュの開発に週90時間働くのはあたりまえとか、私は週80時間労働を喜んでやりますと書かれたTシャツを社員に着せて働かせたという逸話である(ニューズウィーク日本版で読んだ)。やはり仕事にとことん熱中しないとビジネスで成功できないという教訓を引き出すことができる。
(註1)森岡孝二『企業中心の社会構造』青木書店1995
(註2)清山玲「サービス残業の実態と規制政策の転換」『茨城大学人文学部紀要. 社会科学論集』39 2003 ネット公開論文(サィニィ)
(註3)平尾武久「「日本型年俸制」の導入と労務管理・職場の労使関係(1)」『産研論集』 16 1996
(註4)秋田成就著作集『雇用関係法Ⅰ・労働法研究(上)』信山社2011年125頁以
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