合衆国労働省は1月27日のプレスリリースで、2011年の労働組合組織率を発表した。http://www.bls.gov/news.release/union2.nr0.htm
組織率は11.8%で、前年の11.9%と横ばいだった。民間部門は6.9%、公共部門は37.0%。
組織率が最も低い職種は販売職で3.0%だった。http://www.bls.gov/news.release/union2.nr0.htm
アメリカでは グローサリーストアから発展したスーパーマーケットの一部(クローガーなど)が組織化しているが、リテーラー・外食産業は概して反労働組合である。ウォルマート、ホームデポ、ターゲットみな組合不在である。昨年6月に「ターゲット」(本社ミネアポリス、小売全米売上げ第5位)の、ニューヨーク郊外ロングアイランドにあるバレーストリーム店における、国際食品商業労働組合(UFCW)の申請による組合代表選挙が実施されたが、85対135で組合が敗北した。http://www.startribune.com/business/124120324.html http://la-consulting.com/wordpress/?p=7438 http://newyork.cbslocal.com/2011/06/18/valley-stream-target-store-workers-reject-unionization/ターゲットの従業員は組合のない環境で働くことを選択しており、もしこれが成功していたら大事件になるところだった。
州別の組織率は以下のとおりである。http://www.bls.gov/news.release/union2.t05.htm
組織率の低い州のランキング(前回大統領選挙結果)
1位 North Carolina 2.9% 労働権州(オバマ)
2位 South Carolina 3.4% 労働権州(マケイン)
3位 Georgia 3.9% 労働権州(マケイン)
4位 Arkansas 4.2% 労働権州(マケイン)
5位 Louisiana 4.5% 労働権州(マケイン)
6位 Virginia 4.6% 労働権州(オバマ)
6位 Tennessee 4.6% 労働権州(マケイン)
8位 Mississippi 5.0% 労働権州(マケイン)
9位 Idaho 5.1% 労働権州(マケイン)
9位 South Dakota 5.1% 労働権州(マケイン)
11位 Texas 5.2% 労働権州(マケイン)
一般に南部は戦後CIOのオペレーション・ディキシーという組織化攻勢をはねつけたように反労働組合的な風土であり、組織率が低い。労働権法(Right to Work law)とは労働組合に加入せず、又、組合費を徴収されないで雇用される被用者の権利を定めたもので、端的に言えばユニオンショップ、エージェンシーショップを禁止するものである。州憲法か州法で規定しているのは南部など23州とグァム準州である。なお最新のニュースで2012年2月1日にインディアナ州で労働権法が成立した。
ノースカロライナ州の組織率の突出して低い要因は、たぶん州法で州公務員は任意の団体交渉も禁止されており労働組合が否認されているため。但し州従業員協会という職員及び退職者の団体があり、議会への陳情などの活動を行っているが労働組合員にカウントされないためと思われる。
組織率の高い州
1位 New York 24.1% (オバマ)
2位 Alaska 22.1% (マケイン)
3位 Hawaii 21.5% (オバマ)
4位 Washington 19.0% (オバマ)
5位 Michigan 17.5% (オバマ)
6位 Rhode Island 17.4% (オバマ)
7位 California 17.1% (オバマ)
7位 Oregon 17.1% (オバマ)
9位 Connecticut 16.8% (オバマ)
10位 Illinois 16.2% (オバマ)
労働法制が異なるため単純に比較はできないが、2009年の日本の組織率が18.5%であるから、我が国よりも組織率の高い州は4州しかない。
もとより労働権州と非労働権州の地域差を過大評価することはない。組織率の高い州、例えばニューヨーク州においてもIBMやコダックといった著名な組合不在企業が存在するし、ワシントン州も組織率が高いが、マイクロソフトやスターバックスといった有名企業は組合不在である。非労働権州も組織率は低下傾向にある。
しかし過少評価も正しくない。多くの企業がサンベルトに工場を移動させたのは、労働権法が呼び水になっているし、経済発展の一要因といえるのである。
また、選挙結果にも現れるように、労働組合の政治的影響力がとぼしい南部と比較して、北部では影響力を有しているとみるべきである。
例えば、アメリカでは南部を中心として勤務条件法定主義を墨守する州も少なくなく、ノースカロライナのように任意の団体交渉も禁止している州もあるが、1959年のウイスコンシンを嚆矢として、リベラルな州で60年代以降団体交渉制度が導入された。しかし、2011年は共和党知事によって公務員労組の力を弱める法改正が進められた。オハイオ、ウィスコンシン、インディアナ、ペンシルベニアなどであるが、ここにきて労働組合も巻き返しを図っている。 1983年から導入されたオハイオ州の公務員労組の団体交渉権を制限する州法について、州民投票が2011年11月8日に実施され、廃止61%、存続39%の大差で、廃止が決まった。
とても遺憾な結果であるが、AFL-CIOが実施した調査では民主党支持層の90%、無党派層の57%、共和党支持層でも30%が法律廃止に賛成であった。巻き返しが成功した要因として、悪いのは1%の富裕層で、公務員ではないという、中間層が連帯するキャンペーンを行ったことにあるといわれているhttp://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2011_12/america_01.htmが、北部において、労働組合がなお侮れない政治力を有しているといえる。
もうひとつ、残念なこととしては、先日、ニューヨーク州ロチェスターを本拠とする米コダック本社が連邦破産法チャプター11の適用を申請したというニュースである。米コダックは1990年代にもリエンジニアリングでそれまで行ったことのないレイオフを実施したが、近年のフィルム需要の急減で経営が悪化したと報道されている。が、それでもコダックは偉大な企業だと称賛しておきたい。コダックは、アメリカを代表する組合不在企業の一つであるということは、S・M・ジャコービィの名著、内田・中本・鈴木・平尾・森訳『会社荘園制-アメリカ型ウェルフェアキャピタリズムの軌跡』北海道大学図書刊行会1999 に詳しく書かれている。
コダックの技術による映像・写真文化への貢献は絶大である。私自身、子供の頃ポケットインスタマチックで写真を撮っていた。しかしそれだけではなく、社会にたいする最大の貢献は、組合不在企業文化のモデルを提示したことにあると私は考える。集約的な大量生産と大量流通と「あなたはボタンを押すだけ」という冴えた宣伝によって、大恐慌時代においても成長し、1937年には1929年の40%を上回る過去最高の利益を出した。そのように安定した経営基盤のみならず、創業者の個人資産も投入されて、コダックは従業員福祉制度の先駆として、温情主義的経営、ウェルフェアキャピタリズムの鑑、として知られている。従業員提案制度、食堂、喫煙室、読書室、レクリエーション、コンサート、ダンス、会社専用のテニスコート、野球場、競技場、退職ボーナス、障害・災害保険・疾病給付、ストックオプション、利益分配制、企業年金、有給休暇など、厚い従業員福祉と内部昇進制度、終身雇用で会社へ忠誠心を高める手法によって組織化を防止してきた古くからの組合不在企業であった。
もちろん、気前のよい賃金や従業員福祉はコストとなり、デジタル・イキップメントのようにそれによって失敗した例も少なくなく戒めとしなければいけないし、コダックの身内主義的経営体質の問題点も指摘されているが、本当に従業員を大切にしているのは組合不在企業であるということを世間に知らせたことは大きな意義があったと考える。
しかし、コダックが始めた制度で、最も意義があるのは今日組合不在企業に普及し「オープンドアポリシー」であると考える。
創業者のジョージ・イーストマンが1932年に自殺した(病苦による)後、コダックはフランク・ラヴジョイが率いることとなった。1934~41年の社長であるが、オープン・ドアーとして知られる異議申し立て制を社内労使関係規程の核心にすえたのが、ラヴジョイの業績である(前掲ジャコービィ著153頁以下参照)。
職長は従業員の苦情に対し親身に接し、不満の解決に善意と共感をもってあたることが基本とされた。その意味は職場の不満について注意を惹いたり、行動を起こすのに集団行動が必要でないことを明確にするためのもので、明らかに、労働組合組織化阻止のために労務管理なのである。
のみならず、職長を迂回して苦情を部門管理者や工場管理者に直接苦情をもっていくことも許された。
この制度は組合不在企業に普及して、今日ではアメリカの非組合セクターや日本でも外資系はあたりまえの文化になっている。この労務管理手法の先駆者であるコダックのラヴジョイを高く評価するのはそのためだ。
非組合セクターでは、オープンドアーポリシーがあって直属の上司を飛び越えて、会社のトップや上層部、人事部に直接意見が出せる制度があるのはふつうだといわれている。風通しが良く、官僚主義的でなく、従業員に公正でフレンドリーな職場環境とすることに心がけている。360度評価もそうした脈絡で説明できる業績評価制度なのである。
例えば典型的な組合不在企業ウォルマートでは会社のトップが時給労働者に店長に不満があるならどしどし言ってくださいと語りかける。実際、会社は丁寧に一つ一つの苦情に応えるし、組合の制限的就業規則で横並びで競争を排除される環境より、会社に献身的に働ければ認められて、昇進でき、経営者と敵対的でない環境で仕事をしたい人は労働協約などない方が良い。ショップスチュワードに職務統制されるより、働きがいのある仕事ができる方が良いわけで、オープンドアーポリシーは組合不在企業が従業員に対して公正でフレンドリーだという良いイメージを世間に与えることとなった。組合のない職場の方がトップダウンでなく従業員参加を促す経営になるので働きがいがあり、雇い主と労働者双方のニーズに敏感な作業環境となるのは、そうした脈絡で理解することができる。
インテルのホームページにはこう書かれている「オープン・ドア・ポリシー」とは「 「意見はどこの誰にでも、役職にとらわれずに、伝えることが許されていますよ」という意味です。社員全員が親しみを込めて「○○さん」と名前で呼びます。この文化も官僚主義または上下関係にとらわれずにオープンな関係が築くインテル流のやりかたです」
しかしそれはインテルに限らず先進企業に共通していえることである。インテルのCEOアンディ・グローブのアフォリズムに「パラノイアだけが生き残る」というのがあるが、経営者は病的なほど心配性であってよい。だから耳の痛い情報こそ求めるのだ。そのためには上司のメンツをつぶすからなどと遠慮があってはいけない。上下にとらわれず提案し、異議を述べ、疑問をぶつける、風通しのよい企業文化が優れているということだ。
日本マイクロソフトの樋口泰行社長の著書『マイクロソフトで学んだこと、マイクロソフトだからできること』東洋経済新報社2011年67頁以下によると、「課題や問題に真正面から向き合って、自分を改善していくという姿勢がきわめて強いのだ。スティーブ・バルマーはじめ経営陣も全員がそうなのである。何か気になることがあったらいってくれ、経営に関しても、私個人に対しても、マイクロソフトの経営陣は、誰もがこの姿勢なのである」とのこと。一流企業とはそういうものかと感心したわけである。
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