そんなバカな「平清盛」の感想(3)
第6回は保延元年(1135年)の海賊討伐が主なストーリーとなっていたが、待賢門院が、まだ女御にもなっていないたんなる中級貴族の女にすぎない藤原得子と廊下で遭遇し道を譲ると言う絶対にありえないシーンがあった。前回も述べたように、得子は保延元年に皇女を出産するが、女御に立てられるのは保延5年のことであり、皇后に立てられたのは永治元年(1141年)の近衛即位と同時である。
鉢合わせすることが考えにくいし、待賢門院は国母(天皇生母)である。女院制度は摂関期に一条生母の皇太后藤原詮子に東三条院という女院号の宣下がはじまりであり、当時の女院は后位に勝るとも劣らない上皇に准ずる身位であった。
女院号は当初、天皇生母に限られていたが、その後天皇生母でない三后が后位を退いた後の身位ともなり、院政期以降は后位に上せられない非婚内親王を厚遇するための身位にもなって性格が変化する。しかし、待賢門院は中宮(后位)から皇太后を経ることなく院号宣下されたが、これは上皇と並び立つ身位であつて、たんに中級貴族にすぎない得子とは格が全然違うから、道を譲らせるということは、いかに権力志向の女性であれそんな馬鹿なことは絶対にありえない。
なお、待賢門院は出自においても摂関家に次ぐ上流貴族となった閑院流藤原氏の出身、藤原公実女である。中級貴族の善勝寺流藤原氏である得子とは格が違うというべきである。
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