これはついていると思った
年度末の追い込みでくたくたに疲れたが、地下鉄に乗ったところ、途中で川口春奈似のミニスカ美女が乗車してきて、自分のほぼ向かい側の席に座った。パンチラが見れそうな位置なのでおっと思ったところ、いきなり白地に絵柄のパンチラ。普通視線を感じて閉じるものだが、携帯操作に夢中になっていたのか、サービスなのか、なかなか閉じてくれないので、こちらが目をつむってしまったよ。
こんなラッキーなのは初めてだ。
« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »
年度末の追い込みでくたくたに疲れたが、地下鉄に乗ったところ、途中で川口春奈似のミニスカ美女が乗車してきて、自分のほぼ向かい側の席に座った。パンチラが見れそうな位置なのでおっと思ったところ、いきなり白地に絵柄のパンチラ。普通視線を感じて閉じるものだが、携帯操作に夢中になっていたのか、サービスなのか、なかなか閉じてくれないので、こちらが目をつむってしまったよ。
こんなラッキーなのは初めてだ。
都労連は、昨年12月に都当局が提案した一時金(勤勉手当)への成績率全職員導入、55歳超の昇級ストップ、係長級昇任本人申込み制度廃止等の提案に反対し、給与条例改正阻止などと称して、28までに最終回答を求め、29日に29分以内の職場大会を構えて、闘争が行われていたが、職場大会は中止されたが、代わりに頭上報告が8時32分から40分まで行われた。
それによると、今会期の議会で給与条例改正は行わないという回答だったので職場大会は中止との話だった。まず都労連の判断を述べ、継続協議とされているので警戒を怠らず、闘争継続の意思統一をはかり、夏季一時金闘争に向けて闘争態勢を構築するうんぬんと言っていた。全水道東水労の判断も基本的に同じだが、夏季一時金こで成績率かずむしかえされる。提案を阻止するには秋の闘争が重要との認識を示した。今回の闘争で条例改正阻止の目的を達したのは、東水労独自の決起集会、情宣、昼休み集会などで闘ってきた成果と自画自賛していた。組合員の一部から拍手があった。
いうまでもなく、頭上報告であれ、気にとられるから職務の専念を妨げる秩序を乱す行為である。
民間企業では九十年代後半に、55歳以上定昇停止をやっているから、15年くらい遅れていることになる。賞与(ボーナス)ですらこれまで業績評価で変動するものでなかったのである。大阪府では職員基本条例が成立したというのに東京はぬるいといえる。
13時37分、分会書記長がある職員とひそひそ話していたが、カンパの袋を持っていたので催促と思われる。カンパの袋に記名があって誰が出しているかがわかるので心理的圧力となっている。カンパという名の収奪に思える。
3月26日に私はこう書きました。「14時4分ごろ、組合分会書記長が、執務室内を回って、新聞の『全水道』3月10日号と「東水労ニュース」というビラを配っていたところ、所長が書記長を呼んで雑談に入り、内示の出た転勤者の有志主催の送別会をやるという話をきいて、会場とってるのかと聞き、決まったら呼んでくれだのと歓談していた。書記長は新聞とビラを手に持ってである。したがって、勤務時間中のビラ配りはしぶしぶ黙認しているというのではない。是認なのである。」
これは、送別会でなく新規採用者を囲む飲み会のことでした。29日に4月2日の予定でその出欠をとる回状が回っていたのでわかった。幹事は組合分会書記長で、ふざけたことに会費徴収は職責に応じて幹事が勝手に徴収額を決めるというものだった。
書記長が幹事じゃ、新人を労働組合に勧誘するか取り込んでしまう飲み会としか思えない。入った初日に強引に飲み会に連れだそうという魂胆だ。そんな飲み会にひょこひょこついていく管理職も軽いと思う。所長が行くから係長もつきあうはめに。
本日も午前中に都労連のビラと東水労ニュースが九時ごろ配られた。所長在席。昨日、29日の29分以内職場大会が予定されているため服務の示達のアナウンスがあったが、局長名の掲示はやらないのかきいたところ、前日に掲出することになっていると言っていった。前日である本日昼になっても貼らないので催促してようやく廊下の電気のついてないところにA4の紙を貼ったのだ。
組合の掲示板を見たら、3月15日に亡くなった全く別の所属の組合員の遺児のためのカンパとして、三万八千円の領収証と御礼の手紙が掲示されていた。組合員は28人くらいしかいない小さな職場なのに、三万八千も集まっているということは、二千円以上出していてる人が結構多いということだ。
葬式に行った人も数人いたようだが、面識のない人もかなり金を出していると推測する。一つの分会でこれだけ集まるということは、局全体ではかなりの額になると思う。
私は親戚でもない、面識もない人に一円も出したくない。
「すき家」です。店員はベレー帽でおしゃれ、押しボタンで店員が呼べて便利。共産党や「週刊金曜日」などが「すき家」の悪口言ってますがとんでもない。http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-04-13/2008041302_01_0.html労働基準法は契約の自由に反し悪法。オーバーホールすべきです。私は「すき家」を断然支持してますよ。
現在、都労連が29日に29分以内の職場大会を構えて、闘争を行っている。主な闘争課題は55歳超の定期昇給ストップ、従来係長級以上に適用されていた、勤勉手当の成績率を全職員に拡大を盛り込んだ給与条例改正阻止である。
23日に早朝ビラまきがあり、例によって入り口に入るところを挟むように右に一人、二人に二人立つ半強制的なビラ配りだ。23日に17時から都労連の決起集会(東水労は2割動員)が都庁第2庁舎前で行われた。
午後6時頃に撮影したものである。あまりにも下手くそな写真で申し訳ないが、幟が多数持ち込まれていることだけがわかる。実際には演説者は宣伝カーの上にいる。宣伝カーも持ち込まれてるのである。東京都の庁舎管理規定は国の省庁、他の自治体と比較して非常に緩く、旗・幟・車両の持ち込みを明文で禁止していない。なお、当日は雨が降っておりホームレスの方々も多かった。都庁に行った方はご存じだと思うが、道路の下にある新宿NSビルとの間の空間で、雨がしのげる場所なのでホームレスが集まりやすいが、都労連の集会や示威行為は許されて、ホームレスは追い出すというのは差別であり、たぶん彼らも組合集会の監視もないのだから、管理が緩いことを知ってるのである。
この区域が都庁の構内であることは、この立て札があることで明らかである。
ちなみに、厚生労働省の入っている合同庁舎五号館の規則はこうなっている。旗や幟のもちこみは禁止です。以下引用します。
管理官庁等は、次の各号のいずれかに該当する行為をなし、又は行為をすると認められる者に対し、合同庁舎の秩序と静穏を維持するため必要があると認めるときは、その行為を制限し、若しくは禁止し、又は合同庁舎からの退去、搬入物の撤去を命ずる等所要の措置を講ずるものとする。
(1) この規則により管理官庁等の許可を要するとされた行為を無許可でなす者
(2) 正当な理由がなく、みだりに合同庁舎内をはいかいする者
(3) 職員に威勢を示し不安若しくは迷惑を覚えさせ、又は面会を強要する者
(4) 銃器、凶器、爆発物その他の危険物等を合同庁舎において所持し、若しくは持ち込み、又は持ち込もうとする者
(5) 旗、のぼり、プラカード、拡声器、宣伝カー等を合同庁舎において所持し、若しくは使用し、又は合同庁舎に持ち込もうとする者
(6) 合同庁舎において、ポスター、図画、印刷物、宣伝ビラ、文書等を掲示し、又は配布しようとする者
(7) 合同庁舎において、座込み、立ちふさがり、寝そべり若しくは、他人の身辺に群がり、その他これらに類する通行の妨害になる行為をし、又はしようとする者
(8) 合同庁舎において、多数集合し、又は集合しようとする者
(9) みだりに建物及び工作物等にはり紙をし、標示物を取り除き、若しくは落書きその他これらを汚す行為をし、又はしようとする者
(10) 関係職員以外の者の立入禁止をした区域に立ち入り又は立ち入ろうとする者
(11) 金銭、物品等の寄付を強要し、又は押売りをしようとする者
(12) その他合同庁舎http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_document.cgi?MODE=tsuchi&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=6
私は、近々施設管理権に関する包括的な提案を行う予定であり、庁内管理規則も国の省庁の例を参考にして抜本的な改正案を提示したいと思う。
23日が主任級以下一般職員の4月1日付定期異動の内示の日だったが、午後組合本部からのファックスが分会あてにあり、苦情はメールかファックスで本部へ報告をと書かれてあった。
組合業務のファックス、メール利用についての労働協約というものは局内のイントラネットでも見当たらない。取り決めがあるのかもしれないし、ないのかもしれないが、いずれにせよ、ファックスやメールを組合業務で利用する前提でこの指示は流されている。
業務以外でメール(ロータスノーツというグループウェア)を使っていはいけないということで、私が局長に上司による就労妨害や庁内管理規則の解釈の疑問点など意見具申ないし苦情を述べた時は、業務以外の利用であるから規則違反で非行であると取り調べを受けたのである。ところが、組合のファックスやメール利用は当然のごとく行われているというのは納得できるものではない。
本日は、14時4分ごろ、組合分会書記長が、執務室内を回って、新聞の『全水道』3月10日号と「東水労ニュース」というビラを配っていたところ、所長が書記長を呼んで雑談に入り、内示の出た転勤者の有志主催の送別会をやるという話をきいて、会場とってるのかと聞き、決まったら呼んでくれだのと歓談していた。書記長は新聞とビラを手に持ってである。
したがって、勤務時間中のビラ配りはしぶしぶ黙認しているというのではない。是認なのである。
大阪では、3回職務命令に従わないとクビという厳しいことになっているが、そもそもこちらでは、正常な業務運営を阻害し、秩序を乱す行為でも、中止・解散命令はやらないのである。
違反行為には警告書を交付し、従わない場合は訓告ということすらやらないから、馴れ合いの職場になっている。
近衛への譲位の宣命が読み上げられるシーンがあったが、このシーンは『愚管抄』にあるように『こはいかに』と遺恨をあらわにするシーンを予想していたが違っていた。
近衛生母の藤原得子(中納言藤原長実女)が国母であるのに、なぜ皇太后でなく皇后に冊立されたかについては説明が必要のように思える。
本来は帝母が皇太后であるからだ。
近衛は崇徳の中宮藤原聖子(関白忠通女)の猶子とされていたのであり、公式の母は養母藤原聖子であるから近衛即位に伴い、中宮より皇太后に転上された。皇后位は鳥羽上皇の妻后藤原泰子であったが、后位を退き女院宣下(高陽院)されて、皇后が空位になっていたため、近衛生母の藤原得子が中級貴族としては異例のことだが即位と同時に皇后に立てられたということである。
太上天皇の妻后が皇后のままだった前例として円融妻后藤原遵子(関白頼忠女)のケースがあり、直近の例では鳥羽上皇の妻后として藤原泰子(関白忠実女)が皇后に立てられている。従って上皇の妻后が皇后でよいのである。
なお、鳥羽天皇は一帝三妻后である。中宮藤原璋子(大納言藤原公実女のち待賢門院)、皇后藤原泰子(のち高陽院)、皇后藤原得子(のち美福門院)である。このため近衛即位時には、二方は女院であるが三妻后が並び立ったのである。
藤原泰子の立后は父忠実の懇願により摂関家のメンツを保つための政治的なもので、上皇の宮に参入したのが、39歳と高齢であった。
鳥羽生母は藤原苡子(大納言藤原実季女)で産後間もなく薨ぜられた。生母は閑院流藤原氏であるから、摂政忠実は外戚ではない。以降これが慣例となって、摂関家は外戚であるなしにかかわらず、摂関を世襲することとなった。しかし摂関家は、実の娘か養女を必ず入内させて后位に立てるのが慣例であり、鳥羽上皇にとっても摂関家から后を立てることは権力基盤を固めるうえで有益であったので、このような立后がなされたと考えられる。
なお、鳥羽准母白河皇女令子内親王は、院政期に鎌倉時代にかけて11例ある、非婚内親王の皇后の初例である。鳥羽は5歳で即位し生母が生後間もなく薨ぜられたため、幼帝の行幸を扶持し、同輿する准母が必要だったのである。なお、令子内親王は鳥羽譲位後、太皇太后に転上されているが、系譜上は崇徳の祖母に相当する(実は姉だと思うが)から順当である。
天皇准母が皇后に立てられたのだから、天皇生母が皇后であってもよいのである。
本来皇后は天子の嫡妻であるが、我が国では二方、三方並びたったり、非婚内親王も皇后に立てられていることから、王朝時代の皇后は中国の王朝と比較して嫡妻としての性格より、政治的班位としての性格が強いともいわれる。
中国と同じく嫡妻としての性格が明確になったのは明治以降のことである。
私の職場(東京都水道局営業所)ではおおよそ次のようなことが行われた。これ以外にも勤務時間中のビラ配りや、組合回状が回されたりしているが一部省略している。
●2月21日書記長会議報告
16時55分より17時8分まで全水道東水労書記長会議報告が執務室の中央であった。所長も課長補佐も不在。分会書記長の演説は今月は3回めで、2月1日に。9時5分頃から約10分、2月14日は午後2時13分から24分、本日が13分なので累積34分であるから、本来なら月給から1時間の賃金カットにしなければならないが、頭上報告は所長が現認しないとカウントされないから、賃金カットにはならないのである。
所長現認で1時間超えたときでも、所長にカウントしてるかをきいているが、本当に賃金カットしたかは確認はしてない。
仮にカットされているとしても、役員手当をもらっているはずだからこたえるわけではない。警告はしていないから、何十回やろうと訓告処分すらしないので、事実上やり放題である。
演説の内容はまず都労連の闘争課題として三点、昨年12月21日に提案された、人事制度の改定、55歳超職員の昇給ストップ。これまで係長級以上に導入されていた一時金(勤勉手当)の成績率を全職員に拡大する。係長級昇任本人申込制度の廃止を撤回させる闘いと述べ、れているが、一般職員にも拡げる都の提案が12月になされたが、それは職員を4段階に分け、最上級の評価だと6万円増し、第2級は4万円ましとするものと説明し、職員に競争意識を植え付け、分断し、職場を荒廃させるものとして許せない、都は定例都議会で給与条例改正をもくろんでいるのでそれを阻止する闘いなので、大衆動員に協力をといった事などを話してた。
次に春闘局内反合理化闘争の闘争課題として現業労働者の新規採用を勝ち取る。直営職場の必要性を当局に確認させる。浄水場の再委託問題などを説明し、3月11日に三割動員、3月15日16日三六協定破棄闘争、3月16日2時間ストを構えるなどとスケジュールを述べ、3月2日にスト権批准投票をやるので、当日休む人は不在者投票を呼びかけた。さらに自己申告についてもなにがしか演説して13分張りのある声で演説していた。
●2月24日春闘ワッペン配布とビラ配り
午前、おおよそ9時前後だが東水労ニュース二枚と春闘ワッペンが配られた。(所長は出張で不在)。また午後5時5分すぎ(15分までが就業時間)に営業委員会というビラが配られた(所長のいる前で)。
ワッペンは4㎝×4㎝程度の四角い形で、ビニール製に見えた。2012年春闘勝利・絆・全水道という文字がある。以前のような労働基本権回復とか闘争課題は書かれていない。
組合役員経験者などが比較的よく着用するが、腕や腰回りとかめだたないところにつけたりするケースがある。着用しない組合員も多く、着用しないが机に置いて組合への忠誠心を示す者もいる。
●3月2日ストライキ批准投票 早朝休憩室で行われた。
●3月6日書記長会議報告(頭上報告)
3月6日8時44分から、全水道東水労分会書記長による書記長会議報告があった。内容は大筋で以下のとおり。
3月2日のストライキ批准投票結果(92%で批准)、春闘の闘争課題の説明(都労連闘争課題、局内反合理化闘争では経営プランの改訂期のため営業所及び浄水場運転業務の業務委託については直営職場を残すことを確約させる。特に浄水場の再委託については、四年前には三園浄水場の問題でストを打ったことを挙げ、重点的にとりあげる等)闘争スケジュール(3月8日の朝ビラ情宣活動、昼休みの職場集会、2割動員、13日3割動員、15~16日三六協定破棄、16日2時間スト、3月29日都労連29分職場集会。9日締め切りの自己申告(目標成果シート)はコピーをとって組合役員に提出せよとの指示。
●3月8日早朝ビラ配り情宣行動
私は8時10~15分頃に登庁した。ビラ配りの態様は、敷地内の通用口のドアの前に3人、右1人、左2人が配置され入場しようとする職員を取り囲むようにして行わた。分会書記長は赤腕章を着用。私は通過しただけだが、組合員が通過した時は昼休みの集会を通告していたと考えられる。ビラの内容は「全水道東水労3月8日統一ビラ」として「人事制度改悪3提案撤回」と題し闘争課題が書かれ、「3・16早朝2時間ストライキを闘おう」と記載されていた。
ビラを撒いていたところは、金属製のゲートの中で建物の入り口とのドアとの間はおよそ2×3mのスペース、三畳間ぐらいしかない狭いところである。
小雨が降っていたが、たいした降りではなかったので私は傘を差してなかった。しかし、傘を指していた場合は折りたたむスペースでビラが撒かれているので大変迷惑なのである。左右で挟んで半強制的なビラ配りの態様は、始業前の会社構内における無許可ビラ配布む行為を理由とする出勤停止処分を有効とした日本エヌ・シー・アール事件東京地裁昭和52・7・14判決『労働判例』NO.278に類似している。
内容的にも違法行為を慫慂するものであるから、このような態様・内容のビラまきが事務
私は前日に提出するはずだったが上司が休みだったので提出できなかった「昼休み職場集会及び早朝情宣活動の中止解散命令請求」という文書を就業時間前を管理職に提出した。リアクションは、休憩している人に配慮するよう言っておくが、(しかし(中止・解散を)強制できないし、そういう方針をとってないと、基本的に無視する態度をとり、文書を裏返しにして読みもしなかった。
●3月8日昼休み職場集会
昼休みの職場集会は、執務室で行われる。12時から午後1時も営業時間で、窓口レジに一人、電話番一人が昼当番に指名され(休憩時間を1時から2時にずらす)勤務を行っている。演説者の位置は窓口から約8~10メートルくらいしか離れていない場所である。前回の12月9日の態様と類似していたが、違ったところは12時35分~50分と15分に短縮され、組合員の決意表明はなかった。
執務室中央の分会長の司会ではじまり、この集会の位置づけについて3月8日が都議会の中間議決日であり、都の給与条例改正の議決を阻止する闘争課題の確認といったことを述べ、36分より、分会書記長の演説に移った。
44分ころまで55歳超定期昇給停止と一時金の成績率全職員導入問題など都労連闘争の人事制度改悪3課題についての説明であり、これは昇給制度そのものへの攻撃であること、成績率については最上位1割と、上位3割の職員だけが上がり、6割の職員は賃下げとなる。下位の職員は十万円も損をするうんぬんといった細かい話をけっこう長くやっていた。
45分より49分事前に配布された昼休み一斉集会決議文が朗読された。
内容は労働基本権回復するための国家公務員労使関係関連4法案が棚上げされたままで、国家公務員の7・8%削減が決定されたことを批判し、給与削減を地方に波及させないこと。橋下大阪市政と「維新の会」を批判し、労働基本権の否定であり、思想調査など強権的職場支配を行っていることにもふれたうえで、都労連闘争3課題に入り、一時金への成績率導入の本質は、賃下げと分断であるとし、さらに退職手当の見直しや住居手当の廃止も提案されており、明日団体交渉、3月23日は都庁前集会、要請行動を行い、3月29日に山場を設定して、給与条例改正を阻止する闘いを行うといったことが朗読された。
拍手があり、司会より拍手がもとめられた。
50分から、事務的な連絡のあと、集会の締めとして最後に起立が求められ、分会長の音頭で「団結用意」「全水労東水労○○支部○○分会団結がんばろう」という「頑張ろう三唱」の示威行為が拳をあげておこなわれ、11人くらいがやっていた。課長補佐は起立せず。なお、組合員では集会に参加せず外出していた者もいる。
この集会が行われていた間、ふつう昼休み外出することがあまりないのに所長は所長席にいなかった。午後1時まえに、所長に「組合から監視しないよう言われて席を離脱したのか」と尋ねたところ、「組合から言われていない」、自発的な離脱であるとのことだった。「監視しなくてよいのか」とも聞いたが「何か問題あったの」とすっとぼけた。
庁舎・構内の組合活動の監視は不当労働行為の支配介入に当たらないという多くの判例があるから、組合としめしあわせたように、職場を離れる必要はないのである。見ていないのが無難だという判断と思われる。いずれにせよ、見ていないのだから本局にも組合活動の内容を報告してないと思われる。職場の秩序を維持するための庁舎管理権の責任者としては無責任な行動であり、本局も監視をいっさい求めてないから事実上の黙認というか、事実も把握していないのかもしれない。
というより、そもそも東京都水道局(知事部局と若干違うとあるがほぼ同じ)庁内管理規程ではttp://www.lawdata.org/local/tokyoreiki/g1011742001.htmlは庁舎・構内における腕章・はちまき・ゼッケン・旗・幟・プラカード・拡声器の着用又は持ち込み、集会・演説を明文で禁止していないのである。
昨年三回の昼休み職場集会は比較的来客が少なかったが、今回は、決議文朗読の最中、窓口でお客様がかなり長い時間、レジの担当者に質問や応答を行っていた。決議文朗読の騒音がある状況での仕事だからやりにくかったに違いない。
●3月8日16時都庁第2庁舎前全水道東水労2割動員決起集会
●3月12日16時半すぎ新聞「東水労」配られる。
●3月13日16時より都庁第2庁舎前全水道東水労3割動員決起集会
仕事が忙しく失念したが、12日か13日に服務の示達が庁内放送であった。
●3月14日16時半すぎ「都労連春季闘争速報」二枚と「東水労ニュース」配布
●3月15日三六協定破棄闘争(16日まで)、所長が各席をまわって仕事をやめるよう指図していた。通常は係長が行う、来客用門扉の開錠や、職員が行う窓口レジの準備を所長にやらせている。以前、三六協定破棄時、所長が自動ドアのスイッチを入れるのを忘れて十時ごろまで、手動ドア状態だったことがある。
同日午後7時すぎに妥結して、2時間スト中止、三六協定締結。
●3月16日中央委員報告
8時30分から40分、中央委員がカラーコピー機前、いつもの演説場所より窓口よりで演説をおこなった。ほぼ原稿にしたがって、交渉経過と組合がスト中止にいたった判断を説明。私は電話取りと別室の東京水道サービス(株)への連絡事項があったため自席を離れていたので、半分以上きいてないが、現業新規採用は勝ち取れなかったがうんぬん、PUC(株)に業務移転された板橋営業所の問題として、局からの派遣職員は定時の15分前にきて、窓口を開ける準備について超勤扱いになっているが、(株)PUCの職員は超勤扱いとしていない差別を組合が追及しており、社員は15分早く仕事をきりあげてもらうことで対応したいという会社側の対応を批判していた。局派遣の組合員で過半数をしめているため、三六協定は全水道東水労と結んでいるようだが、会社にとってはうざいだろう。妥結内容の詳細は東水労ニュースでと最後に言っていた。
声を張り上げて演説するので勤務時間中に気を取られるのであり、職務に専念できないだけでなく、聞きたくもない不愉快な演説をとらわれの聴衆で聞かされて後味の悪い余韻があり仕事の能率にも影響している、秩序を乱す行為として中止命令すべきだが、管理職は(月間累積30分以上で)賃金カットの対象となりうることを通告するだけである。
通常ストライキが構えられたときは、庁内放送の服務の示達のほか、水道局長名の貼り紙で、ストライキを自重するようにとの「職員のみなさまへ」が張り出される。ストライキが、地公労法11条違反とは言ってないのでかなりゆるい表現だが、今回、掲示がなかったので、所長に尋ねたところ、忘れたとのこと。本局から指示されている形式的な掲示すらやらないということである。
局内闘争は終わったが、都労連闘争は続行しており、23日17時より都庁第2庁舎前総決起集会、29日29分職場大会を行う予定である。
『労働法律旬報』1761号(2012・2月上旬号・写真)大阪市チェック・オフ廃止事件特集を読んだ。迂闊というか勉強不足で、私も知らなかったことだが、大阪市議会は平松邦夫市長時代の平成20年(2008)3月28日に突如チェック・オフ廃止条例が提案され即日可決したのである。五十年前から行われていた組合費給与天引きの廃止である。
大阪市職員労働組合等は、団結権の侵害として、条例制定処分等の取り消しを求める訴訟を起こしたが、大阪地裁は平成23年8月24日、法律上の争訟性に欠けるため抗告訴訟の対象となる処分の対象とはいえないとして請求を棄却した。
橋下大阪市長の職員基本条例や組合活動等のアンケートなどがマスメディアで取り上げられているが、しかしながら関淳一、平松邦夫市長時代の市政改革で組合活動の規制はかなり進んでいたのである。
すなわち、冠木克彦「「職員厚遇問題」から「チェック・オフ廃止条例」に至る組合弱体化攻撃について」によると、関淳一市長時代の平成16年にカラ残業手当や福利厚生での職員厚遇などマスメディアで大きく取り上げられたことから、大阪市は市政改革に乗り出ている。大きな成果としては、平成17年(2005)9月に「ながら条例」改正による勤務時間内組合活動を規制する条例が改正されたこと。同時期に「庁舎使用にかかる組合支部に対する便宜供与の考え方」が発せられ「必要最小限のスペースに限ること」とされたことが挙げられている。また同年12月に「市政改革マニフェスト」が提出され、マネジメント改革、コンプライアンス改革、ガバナンス改革があり、ガバナンス改革のなかに健全な労使関係の構築が挙げられており、時間内組合活動の適正化、交渉協議事項の整理、便宜供与の見直しなどが推進されたが、チェックオフの廃止は盛り込まれておらず、これは自民党など組合に批判的な市議によって政治的に推進されたものと思われる。
大阪地裁判決は「チェック・オフそれ自体は、基本的には使用者による労働組合に対する便宜供与であり、労働者の団結権から直接導かれるものではない‥‥‥」と判示しており、労組側が控訴しているが、上級審でこの判断は覆らないとすれば影響は大きい。
橋下登場以前より、大阪では改革は進んでいたのである。とくにチェック・オフ廃止はすごいことだと思う。東京の人間は大阪を馬鹿にできない。私は 東京都の庁内管理規則http://www.lawdata.org/local/tokyoreiki/g1011742001.htmlは庁舎・構内における腕章・はちまき・ゼッケン・旗・幟・プラカード・拡声器の着用又は持ち込み、集会・演説を明文で禁止しておらず、大阪府や横浜市などと比較してあまりにもひどいとこれまでブログで書いているがhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-0bb5.html
ガバナンス改革は東京都にも必要だ。私からも提案していきたいと考えている。
本日、早朝に直属上司に提出した「昼休み職場集会及び早朝情宣活動の中止解散命令請求」である。昨日上司が休みだったので本日になった。
今回のは形式的なもので重大な違法行為を看過できないので、違法性を指摘したにとどまるもので、事実上、黙認してはいないという姿勢を示しただけのアリバイづくりである。しかし、もうやりすごすことは許されないと思う。
同じ問題で警告書交付請求と就業規則改正、新労働協約の提案を近々行うので、次が勝負となる。
平成24年3月8日
○○営業所長へ
昼休み職場集会及び早朝情宣活動の中止解散命令請求
3月6日8時44分から、全水道東水労分会書記長による書記長会議報告があった。内容は大筋で以下のとおり。
3月2日のストライキ批准投票結果(92%で批准)、春闘の闘争課題の説明(成績率導入反対等の都労連闘争課題、局内反合理化闘争では経営プランの改訂期のため営業所及び浄水場運転業務の業務委託については直営職場を残すことを確約させる。特に浄水場の再委託については、四年前には三園浄水場の問題でストを打ったことを挙げ、重点的にとりあげる等)闘争スケジュール(3月8日の朝ビラ情宣活動、昼休みの職場集会、2割動員、13日3割動員、15~16日三六協定破棄、16日2時間スト、3月29日都労連29分職場集会。9日締め切りの自己申告(目標成果シート)は組合役員に提出せよとの指示。
もちろん、違法行為を慫慂する頭上報告それ自体が問題であるが、ここでは自分自身にとって、とりわけ不愉快で敵対的な職場環境といえる3月8日に予定されている朝ビラ情宣活動、昼休みの職場集会の2点にしぼって管理職に中止命令を請求する。
Ⅰ 昼休みの職場集会
昼休みの事務室内職場集会は、管理職も知っているとおり過去にも12時30分から20分間の何回もなされており集会が最近では七月、十一月、十二月に行われた。
声をはりあげての演説 基調報告、抗議文朗読、決意表明、拍手の要求、「がんばろう三唱」という示威行為を含む執務室内での組合集会である。
手続き上の問題としては、庁舎内の組合活動は集会の目的、態様を明記した文書で事前に許可を得るのがふつうのやり方だと思うが、過去の例では集会開始直前に、書記長が所長に口頭で通告するものであり、管理職が是非を判断する余裕もないあり方となっている。それ自体も問題だが、ここでは態様と内容の両面から集会の違法性をまず指摘したい。
一 昼休憩時間事務室内集会は違法性が強く、中止解散命令に相当する
理由
(一) 営業時間中であり勤務中の職員と至近距離であることから業務を阻害しており、このことは「業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。」と規定する地公労法11条1項に違反する。また東京都水道局庁内管理規程5条12項で禁止されている「庁内の秩序を乱し、公務の円滑な遂行を妨げること」に当たる。
東京都水道局営業所においては十二時から十三時の昼の休憩時間も営業時間であり、レジ当番と電話当番二人が休憩時間を十三時~十四時にずらして勤務をしている。水道局のホームページでも営業時間を「平日8時30分から17時15分まで。※なお、料金のお支払は17時までにお願いいたします」と記載されているとおりである。
労働協約でも「所属長は業務上必要と認められる場合であってあらかじめ定める順序、日割りに従い指名する職員について午後1時から2時まで」休憩時間をずらすことができると明記されている。
したがって昼休みといっても一部の職員は勤務時間なのである。同じフロアで演説者から八~十メートルくらいしか離れてない。移動式のパーテーションで区切られているとはいえ、声をはりあげた演説や「がんばろう三唱」の示威行為、拍手が至近距離で行われていることから、電話と騒音とが重なると、相手のお客様の声が聴きづらくにる業務阻害がある。又、就業中の昼休み当番者が集会に気をとられ、職務に専念することができないなどの事態もありうる。
私は、過去三回のケースはいずれも当番でなかったが、このような集会が慣例として認められると、当番になったとき、業務阻害されることとなる。上司から命令で、電話当番として電話をとるのである。自己自身の公務が至近距離での演説、拍手、「がんばろう三唱」等の掛け声等で電話が聴き取れなくなったり、集会に気を取られて職務に専念できなくなるから、中止を求めるのは当然のことである。
(二)違法行為の慫慂が集会の目的であるから地公労法11条1項に違反し、これを黙認する管理職の対応は違法行為を助長することになる。
集会の内容が7月7日の集会は7月28日に29分ストを構えて、闘争課題を説明し、勤務時間内職場離脱集会動員(7月21日3時半から都庁第二庁舎前の3割動員決起集会)とステッカー(ビラ貼り)を呼びかけるものであったこと。12月9日の集会は、 12月14日2時間スト、21日1時間ストライキを構えて闘争課題を確認し、組合員の意思統一を図る趣旨のものであることは分会長の挨拶で明確に述べているし、組合員代表の決意表明もなされた。3月8日に予定されている集会も同様と考えられるから、これは地公労法11条1項に明文で禁止されている争議行為(同盟罷業、怠業その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない)を慫慂するものであり、同条項に違反する。管理職が違法行為を慫慂する集会を是認することは、コンプライアンスに反するもので容認できるものではない。違法行為を助長するものであるから、管理職の基本的任務に違背するものとして責任が問われなければならない。
なお、所長は以前、事務室内ではなく他の場所でやるよう指示することもありうると示唆したが、事務室であれ、他の場所であれ、庁内でこの目的の集会を容認することは、いずれにしても違法行為の助長になるから、ストライキを構えている状況では許可することは容認できない。
また、3月7日午後6時15分頃から、会議室を利用して、支所内の他の営業所職員も加わって組合執行委員会が行われていたが。ストライキを構えている闘争期間である以上、組合活動に便宜供与することは禁止すべきである。
(三)水道局庁舎内執務室を労働組合のシュプレヒコールを等の示威行為や、ストを構えて闘争課題を確認し組合員の意思統一を図る、違法行為慫慂を目的とする集会に使用することは地方自治法268条によって認められている用途又は目的を妨げない限度における使用に当たらず、違法である。
地方自治法によれば
行政財産は、原則として、これを貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、出資の目的とし、若しくは信託し、又はこれに私権を設定することができない(238条の4第1項、第3項)。
行政財産である土地は、その用途又は目的を妨げない限度において、政令で定めるところにより、これを貸し付け、又はこれに地上権を設定することができる。(238条の4第4 - 5項)
行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可することができるが、この許可を受けてする行政財産の使用については、借地借家法の規定は、これを適用しない。(238条の4第7 - 8項)とする。
つまり、庁舎目的外使用については、本来の用途又は目的外に使用させても、本来の用途又は目的を妨げないばかりか、場合によっては積極的に行政財産自体の公用を高めることもあり、また、行政財産の本来の用途又は目的が阻害されない限り、行政財産の効率的利用の見地からみて、その用途又は目的以外についても使用を認めることが適当であることがあるので、行政上の許可処分として使用させることが認められており、東京都水道局においても一部の施設ではあるが映画のロケのために使用を許可している。しかし、上記に述べた、集会の態様、内容、目的は、庁舎本来の用途・目的(水道事業)を妨げるものであるから、違法であるし、それを事実上許可する管理職も地方自治法の趣旨に反する行為と責任が問われてしかるべきである。
(四)休憩時間の静穏を妨げ、職員を争議行為に巻き込ませる、ストに反対する職員にとって敵対的な職場環境を醸成するものであること。
休憩時間自席にいる職員は少なくなく、私も外出することは少ない。繁忙なときは仕事もするし、通常は静穏な環境であるのにこのように騒々しく、とらわれの聴衆の状況でシュプレヒコールを聞かされることは極めて不愉快であり、耐え難い。このような集会を是認することにより当局は事実上組合の統制力に加担して、職員を争議行為に巻き込ませようとしている。ストライキに反対する職員に、敵対的、虐待的、侮蔑的な職場環境を醸成している。これは職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保する管理職の任務に違背する。
(五)この態様・目的の集会は正当な組合活動と評価されることはない
労働組合法第7条は‥‥労働組合の正当な行為をしたことの故をもって、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な扱いをすること‥ 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配しし、若しくはこれに介入すること‥‥などを禁止しており、労働組合は労働委員会に救済申立を行うことができ、労働委員会は救済命令を発し、それに不服な場合は救済命令取消訴訟を起こすことができる。
正当な行為か否かは実務的には判例を詳細に検討し判断することとなるが、全水道東水労○○分会が行っている昼休みの集会は、正当な行為を評価さ
れることはない。
企業秩序遵守義務と休憩時間の集会等組合活動の監視、中止・解散命令、懲戒処分を有効とした多くの判例について
富士重工業事件最高裁昭和52年12月13日第三小法廷判決民集31巻1037頁は、ある従業員の違反行為の調査に別の従業員が応ずる義務の有無に関するもので、結論は調査に応じない従業員の懲戒処分を違法無効としたものであるが、この判例は「企業秩序」の一般論を述べていることで重要とされている。「企業秩序」の維持確保のために「企業」に求められる権能として、(1)規則制定権(2)業務命令権(3)企業秩序回復指示・命令権(4)懲戒権を当然のこととして列挙し、このような「企業」体制を前提とした労働契約を媒介に労働者の「企業秩序遵守義務」を演繹している。「労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによつて、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできない」と述べた。
同日の目黒電報電話局事件最高裁第三小法廷昭和52年12月13日判決民集31巻974頁 は「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書かれたプレートを着用して勤務したところ、これを取り外すよう上司から再三注意を受けた。この命令に抗議する目的で、「職場の皆さんへの訴え」と題したビラ数十枚を、休憩時間中に職場内の休憩室と食堂で配布した。就業規則には、「職員が職場内で演説やビラ配布等を行う場合には事前に管理責任者の許可を受けなければならない」という内容の規定があり、懲戒事由に該当するとして、戒告処分に付した事案だが、電々公社は「企業性を強く要請されて」いるから、その労働関係は私法上のものとしたうえで、労働基準法34条36項の定める休憩時間の自由利用の原則は、「使用者の企業施設に対する合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることができない」「従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない」。局所内における「演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布」は、休憩期間中になされても「その内容いかんによっては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるから」、これらの行為を局所管理者の許可制にした就業規則は休憩時間にも適用されること。本件ビラ配布は、その目的とビラの内容ゆえに、配布態様において施設の管理に支障がなくても、企業秩序を乱すおそれがあるから、実質的にも就業規律違反であり、懲戒処分は労基法34条3項に反しない。処分が「社会通念に照らし合理性を欠くものでないかぎり」「その効力を否定することはできない」と判示した。
上記、私法上の労働関係の事案だが、休憩時間の無許可集会と国の庁舎の管理権との関連で争われた事案では全逓新宿郵便局事件最高裁第三小法廷昭和58年12月20日判決『労働判例』421号がある。 昼休み中の休憩室あるいは年賀区分室を利用した無許可職場集会に対して当局側の庁舎管理権にもとづく集会解散通告あるいは発言メモ・集会監視が支配介入に当たるか争われた公労委救済申立事案であるが、最高裁は昭和54年の企業施設利用の組合活動に関する指導判例であるところの国労札幌地本判決を引用し、 解散命令等が不当労働行為を構成しないとして次のように判示した。
「労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の所有し管理する物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該施設につ使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、当該施設を管理利用する使用者の権利を侵し、企業秩序を乱すものであって、正当な組合活動に当たらず、使用者においてその中止、原状回復等、必要な指示、命令を発することができるということは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁)、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ(中略)昭和四〇年五月一〇日新宿郵便局集配課休憩室において、同年六月七日及び一一日同局四回年賀区分室において、それぞれ無許可で開かれた上告人組合新宿支部の職場集会に対し、同局次長らの行った解散命令等が、不当労働行為を構成しないとした原審の判断は正当として是認することができる。」
なお、郵政省の庁舎管理規程七条は「庁舎管理者は、庁舎等において、演説、ビラ等の配布、これに類する行為をさせてはならない。ただし、庁舎等の秩序維持に支障がないと認める場合に限り、これを許可することができる」と定め同三条は「職員は、庁舎管理者が、庁舎管理者上必要な指示をしたときは、その指示に従わなければならない」としている。
同じく無許可集会の解散命令に従わなかったことなどを理由とする懲戒処分を有効としたものとして東京城東郵便局事件東京地裁昭和59年9月6日判決『労働判例』442号)では 「国の庁舎の管理権者は、公物たる庁舎の存立を維持し公務の円滑な遂行を図るため、その庁舎につき合理的・合目的的な秩序を定立し、公務員その他の者に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、その物的施設に許諾された目的以外には利用してはならない旨を、一般的に規則をもって定め、又は具体的に指示・命令することができ、公務員でこれに違反する者がある場合には、その任命権者は、その者に対して懲戒処分を行うことができるものと解するのが相当であり、また公務員の労働組合又は組合員が(中略)管理権者の許諾を得ることなく組合活動のために利用すること許されないというべきである(中略)管理権者が有する権利の濫用であるという特段の事情がある場合を除いては、職場環境を適正良好に保持し規律のある公務の運営態勢を確保しうるように当該庁舎を管理利用する庁舎管理権の権限を侵し、公務の秩序を乱すものであって、正当な組合活動として許容されるところであるということはできない(最高裁五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四八頁)。
以上の見地に立って本件について検討する。(中略)前記集会が行われた行われた会議室は吉田局長の管理する庁舎の一部であり、郵便局の業務のために使用されるべきものであって、全逓の組合や、その組合員に当然には使用が許されてはいないものであると認められるところ、吉田局長が会議室の使用を許可しなかったのは、全逓が同年五月一〇日、ストライキを決行する体制を確立すること及び業務規制闘争に突入することの指令を城東支部に対して発したため、(中略)このような指令が発せられた場合において、吉田局長が城東支部に対し施設の利用を許諾することは違法行為を助長する結果となるおそれが大きいと判断したことについては相当な理由があるというべきであるから、同局長が会議室の使用を許可しなかったことにつき権利の濫用であると認められる特段の事情はないというべきである。(中略)従って会議室使用の許可を得ないで開催された同年五月一一日及び一二日の各集会は正当な組合活動として許容されるものということはできない。よって(中略)同原告の行為は、庁舎管理権者の許可なく集会に参加し、管理権者の解散命令に従わず、かつ、その集会において積極的な役割を果たした点において、国家公務員法八二条一号及び三号に該当するということができる」
上記の全逓の集会は休憩室や年賀区分室という予備室、会議室での集会であるが、全水道東水労分会の集会は、執務室内でしかも、窓口収納や電話応対業務と近接するところで行われた点でより悪質であるから、先例に照らして正当な組合活動として容認される余地はない。
昼休みの集会が正当な組合活動でないとした判例としてはこのほか三菱重工業事件東京地裁昭和58年4月28日判決『労働判例』410号、休憩時間中の署名活動を理由とする懲戒処分を有効とした例として大日本エリオ事件・大阪地裁平成元・4・13判決『労働判例』538号。勤務時間中ではない集会としては東京駅構内における非番者無許可集会の警告・メモ・写真撮影、処分通知書手交の際の管理職の言動につき不当労働行為救済申立を棄却した公労委命令を支持した国鉄清算事業団(東京北等鉄道管理局)事件 東京地裁平成3年7月3日判決『労働判例』594号もある。
また日本チバガイギー事件最高裁平成元年1月19日判決『労働判例』533号は、工場は就業時間外だが、本部棟は勤務時間内であるケースでの食堂および野外集会の開催の不許可が不当労働行為にあたるかが争われた事案で、次の原判決( 日本チバガイギー事件東京地裁昭和60年4月25日判決『労働判例』452号)を支持している。
「参加人が許可を求めた本件食堂にしろ野外集会にせよいずれも原告の物的施設の利用を伴うものであって、これら施設は本来企業主体である原告の職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営体勢を確保しうるように物的施設を管理・利用しうる権限‥‥に基づいてその利用を原告の許可にかからしめ管理運営されているものである。したがって‥‥原告が参加人の本件食堂の使用の申出に対し許可しないことが権利の濫用と認められるような特段の事情がある場合を除いては、これを許可しないことをもって不当な使用制限とはいえない‥‥集会の目的が第一回の団体交渉の報告であって必ずしも喧噪にわたることが当然に予想される集会ではなかったこと、更に従業員会には本件食堂の使用も許可したことがあること、また屋外の集会については必ずしも業務上の支障があったともいえないことからすれば、本件食堂の使用や屋外集会を参加人の希望どおり許可したことによる現実の業務上の支障は必ずしも大きくなかったものと推認されなくもないが、他方工場部門とは別に本部の従業員の就業時間は午後五時四五分までであってその間に集会が行われるとすれば就業中の従業員が集会に気をとられ、職務に専念することができないなどの事態も予想しえないだけでなく‥‥原告において本部就業時間中の本件食堂の使用を許可しないと考えたことにも合理性があること‥‥しかも原告はまったく許可しないというわけではなく午後六時からの使用は許可していること、そして参加人が集会の開催を午後五時に固執した理由は専ら組合員の帰宅時間の遅れを防ぐといった自らの結束力の弱さからくる事由であり、これに固執する合理性に乏しいこと‥‥これらの事情を比較考量すると、原告が参加人からの午後五時からの本件食堂の使用申出あるいは屋外集会を許可しなかったことについて、原告の権利濫用と認められるような特段の事情があったとはいえ‥‥ない」
以上、中止・解散命令をなすべき理由を列挙したが、個別営業所の問題でなく全局的に対応すべき事柄でもあるから、上層部との調整をとる余裕もないので、この差し迫った状況で中止解散命令といった果断な措置はとれないといわれるかもしれない。実際に行う場合には問題点も若干あるからそれはわかる。
東京都水道局の就業規則に相当する規程や、庁舎管理規程で無許可集会を明文で禁止する規程がないことである。もちろん明文がなくても庁舎管理権の行使が否定されるものではないけれども、組合側から救済申立を想定すると、明文規程のないあり方での中止命令については反論の余地を与えていることになる。したがって救済申立を想定したうえでの対策を十分練ってからということで、今後の善処を含みとするならば今回はやりすごすのもやむをえないとも思えるが、いずれにせよ、次回は(早ければ年度内、遅くとも連休明け)にはより就業規則等改正も含め、組合活動の仕分けについて包括的な提案を行うから是非無視せずにご検討いただきたいと思う。
Ⅱ 就業時間前ビラ配り
前回の例は下記参考資料のとおりだが、この半強制的な態様は日本エヌ・シー・アール事件 東京地裁昭和52・7・14判決『労働判例』NO.281 で正当な組合活動と評価されておらず、規制されてしかるべきであり、ビラの内容もストライキを慫慂するものであるから禁止されるべきである。
参考資料平成23年12月9日の組合活動(川西による記録)
12月9日(金)は15時より全水道東水労の都庁第二本庁舎前で決起集会、さらに夜には書記長会議があることは、掲示板のビラに書いてあったことだが、職場での始業時前のビラ配りと昼休み組合集会は書かれていなかったことである。
【始業時前ビラ配り】構内通用口ドア前
構内の狭い入口の通路の左に二人、右に一人が立ち、通路を挟むかたちで配られ、ビラの内容は、団体交渉云々という見出しと、14日(水)2時間スト、21日1時間ストの告知である。ビラ配りの際に組合員には集会を告知したと思われる。私は8時16分頃目撃。
ビラ配りは態様が問題である。小さな営業所なので、3人しか立ってないが、支所だと構内入り口前右に5人左に5人といった規模になる。挟まれた間を通行することになるので、管理職もビラを受け取っていた例も知っている。人数が多い場合は特に威圧感がある。こういう人を挟んだり、包囲する組合活動は押しつけになるので、規制すべきである。ビラの内容も違法行為を助長する内容であるから、中止命令すべきである。
【昼休み組合決起集会】事務室内ほぼ中央に演説者
朝から分会二役がひそひそ話をやっていたので、やりそうな雰囲気を感じていたが、12時28分に分会書記長が赤腕章をつけ基調報告の紙を配りだしたので、所長に昼休み集会を組合がやることを知ってるのかときいたところ知らない(所長はこのとき自席で弁当を食べていた。非組合員では私だけでなく今回は一部始終を管理職が見ている)と言っていた。その後分会書記長がこれから集会をやると所長に通告、所長は休憩している人に配慮云々と言っただけで、中止命令せず、集会自体を事実上許した。
昼休みは省エネのため消灯していたが電気がつけられ31分頃から集会が始まった。
●31分から37分頃 司会の組合分会長挨拶
内容は、まず集会時間を20分、目的を闘争課題を確認し意思統一を図ることと述べ
た。国家公務員の労働基本権付与は法改正は、国会が本日閉会したので、見通しが立ってない現状をまず報告したうえ、闘争目的を説明
●38分から43分頃 分会書記長基調報告
事前に配られた内容を読み上げた。前半は14日2時間ストを設定して監理団体業務委託を見直し、直営職場を残す闘い云々、後半は21日1時間を設定しその他の職場要求と反合理化課題の解決を目指すとしている。震災復興が進まないのは被災自治体の人員削減が要因などと言い、人員削減計画を見直す契機とすべきだといった趣旨を述べていた。演説が終わってぱらぱらと拍手があり、司会の分会長が確認のため拍手を催促し、今度は比較的大きな拍手となった。
●44分から46分 組合員代表の決意表明
組合委員代表一人(元中央委員)が矢先漏水調査業務見直しは営業所業務にも影響がある云々とした、闘争の決意表明を行い、拍手が求められた。
●47分から49分頃 分会長の音頭で頑張ろう三唱等
アンケートに提出についての事務連絡の後、大声で「14日、21日ストライキに向け闘争課題を確認し、決意表明を受けました、最後に頑張ろう三唱で締めたいと思います」といったことを述べ、「団結用意」とかけ声があり、がんばろう三唱が行われた。
演説者以外では8~9人が立ってやっていたようだが、集会の途中で事務室を出て行った、「がんばろう」はやらなかった組合員もいた。
今回も疑問の多い内容だった。
橋本義彦『平安の宮廷と貴族』吉川弘文館平成8年の「第四章美福門院藤原得子」によると、藤原得子は上皇の寵を得て保延2年従三位、三位殿と称されたが、正式に女御宣旨を蒙ったのは保延5年八月二七日体仁親王立太子の後のことである。藤原得子の善勝寺流藤原氏は、宮廷社会で「諸大夫」の範疇にある門地の低い家柄であったから、そもそも女御宣旨を蒙ることのできる家格ではない。
従って、国母であり后位に勝るとも劣らない顕位であり女院であるところの待賢門院より「諸大夫の女」が上座にいるのは疑問だし、あのようにあからさまに女院に対して罵倒するなど考えられない。宮廷をまるで庶民の家庭のいざこざのように下品に描いているように思える。
皇子は五月一八日誕生、七月十六日親王となり体仁と命名、八月十七日立太子、同月二十七日に崇徳后藤原聖子(関白忠通女)を養母として、中宮藤原聖子が同輿し、内裏に入御した。
したがって、ドラマで描かれていた宴席は、親王宣下と立太子の間の期間ということになる。なぜなら、体仁親王は、立太子後、崇徳后を養母として育てられるので、生母の手元から離れるからである。つまり女御にもなっていない時点なのである。
そもそも、女御とになれる家格ではないが、皇太子の生母が女御でもないのはまずいということでそうなっただけだ。
ドラマでは崇徳天皇が女形のようなポーズをしていたが、あれはなんなんだ。藤原頼長や後白河の男色行為(ホモではなく両刀使い)は知られているが、専門家にそういう資料があるのか聞いてみたいところだ。
2月29日から始まった内閣官房皇室典範改正準備室による「皇室制度に関する有識者ヒアリング」(第一回今谷明帝京大学特任教授とジャーナリストの田原総一朗)について疑問点を述べる。(私は皇室典範十二条改廃に反対。女性宮家創設ももちろん反対なので、その観点から批判する)
一 今谷明帝京大学特任教授の意見に対する疑問
首相官邸のホームページで現在(3月4日)公開されている今谷明のヒアリングの資料の一部が下記のとおり
皇室の御活動と女性宮家 (私説と簡略な回答)
現皇室の御活動
①憲法で規定の国事行為
②祭祀行為
③象徴としての公的行為
※天皇の藩屏は必要。陛下の御高齢、御負担を勘案
これより詳しい内容が発表されるのか知らないが、上記の資料では具体的な発言が不明であり、3月1日付産経新聞のヒアリング要旨http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120229/plc12022921220021-n1.htmに拠って今谷氏の発言について批判することとする。
(一) 「幕末以前にも例があり、女性の方を宮家に立てることはありうべきことだ」と言う発言
幕末以前の例とは、文久二年十二月二三日(1863年2月11日)仁孝皇女・孝明皇姉の淑子内親王が、天保七年(1836年)以来、30年近く空主であった桂宮(近世四世襲宮家の一つ)を継承し第12代当主となった例を指すと考えられる。
しかしながら、このケースは、形式的には内親王が宮家当主であったことはまぎれもないが、淑子内親王は閑院宮愛仁親王と婚約されたにもかかわらず、結婚の前に天保一三年(に親王が薨ぜられたため生涯非婚であり、独身であることを前提とした一期分相続という特殊な事例である。これは、桂宮御殿を居所とし所領と宮家の家政機関を附置することにより非婚の内親王を厚遇するための宮家当主という性格が強い
室町時代以降、朝廷においては皇儲、宮家を創立、継承する親王、あるいは婚嫁する皇女、王女以外は、皇子であれぱ門跡寺院、皇女であれば比丘尼御所に入室されるのが通例であった。
江戸時代では、皇女のうち13歳以上まで無事に成長された五十方のうち、結婚されたのは十四方(皇后は1例、その他摂関家や世襲宮家当主との結婚)であり、三十六方が非婚であった。その大半は御宮室(皇女のみが入室される比丘尼御所-註1)に入室されるケースであるが、例外として出家されずに生涯独身だったケースとして、後光明皇女孝子内親王が嫡流の皇女として厚遇され、一品、准三宮、女院号宣下(礼成門院)された前例がある。
むしろ、淑子内親王も一品に叙位されており、孝子内親王のケースに類似しているとみるべきだろう。たまたま桂宮が空主であったので、宮家の当主として遇し、孝子内親王のように女院号宣下はなされなかったというものと理解できる。
また、内親王が桂宮を継承したのは、公武合体派と尊攘派の政治対立が激しかった文久期であったという特殊な背景もある。
仁孝皇女和宮親子内親王の徳川家茂への降嫁が勅許されたのが万延元年(1860年)、江戸に下向されたのが翌年の文久元年のことである。淑子内親王は宮家を継承する前から旧桂宮邸を居所とされていて、和宮も一時淑子内親王と同居されていた。和宮は旧桂宮邸から江戸に下ったのである。その時、和宮が姉宮である淑子内親王の屋敷が荒れているのを憂い、幕府の財力で修復を願い出た。幕府としては「手元不如意」で断ろうとするが、天璋院の指示で修築がなされた。内親王の宮家継承は御殿の修築費用を引き出す口実であったとも考えられる。つまり幕府としても和宮降嫁勅許で助かったのだから、孝明皇姉を粗略に扱うことはできなかったし、和宮の姉宮への配慮によって幕府の費用で御殿が修復されたことから、異例なことではあるが内親王でありながら宮家の当主とされたという事情があったものと推察できるのである。
桂宮家は江戸時代の四世襲宮家では、伏見宮についで古く、後陽成皇弟智仁親王(豊臣秀吉猶子)が初代であり、はじめは八条宮、のちに京極宮と称した、主な所領が平安京近郊の桂周辺にあり石高三千石であるが、公仁親王が明和七年(1770年)に薨ぜられて世襲が途絶したので、これより後は、直宮のために確保されていた宮家(所領)とみてよい。下記の系図にもあるように、光格皇子盛仁親王と仁孝皇子節仁親王が宮家を継承したが夭折により空主の期間が長いのである。節仁親王が薨ぜられてなければ、淑子内親王は「定員外」なので、宮家の継承はありえなかった。
世襲宮家の世襲が途絶して空きがあれば、皇子が門跡寺院に入室せず宮家を「定員内」で継承できる江戸時代の制度と、今日の世襲の継承者がなければ途絶する宮家とは性格が異なり、淑子内親王の例は空主の期間の宮家を上記に述べた政治的事情から内親王の一期分相続でうめたものと理解することができる。
そうしたことから、今日内閣府が想定している女性宮家とは、内親王ないし女王が生涯独身であることを前提とするものでないし、所領の一期分相続という意味での宮家ではないので、この例を前例とみなすことは問題があるし、「ありうべきこと」という結論を安易に導いた今谷明氏の発言は著名な学者に対し僭越だが軽率に思えるし、妥当なものではない。
通史的にみると内親王を厚遇するための身位としては、院政期以降11例ある非婚内親王の皇后(註2)や、30例ある非婚内親王の女院号宣下がある。
皇統の控えと言う意味での宮家ではなく、もっと広い意味で附属職司・家政機関を有し皇族としての活動を行うという点で、それも「宮家」というなら、非婚内親王の女院も広い意味での宮家である。そのような趣旨なら「女性宮家」も前例があるとはいえる。もっとも室町時代以降は内親王宣下が途絶しただけでなく、先に述べたように皇女は比丘尼御所入室が通例となったので、内親王が厚遇された時期は膨大な王家領荘園群の経済的基盤があった院政期から鎌倉時代である。
この時代の非婚内親王女院の皇族としての活動は、王家領荘園群の管領(註3)のほか、院宮給(年官年爵)による叙位、官職推挙もあると思うが、いずれにせよ皇族としての活動が認められるのは非婚内親王であった。
したがって非婚でない女性宮家というのは全く伝統に反するといえるのである。
つづく
(註1)御宮室 - 大聖寺、宝鏡寺、曇華院、光照院、霊鑑寺、圓照寺、林宮寺、中宮寺
荒川玲子「比丘尼御所における御所号勅賜の意義」『書陵部紀要』38 1986参照
(註2)皇后とは本来は天子の嫡妻のことであるが、我が国特有の制度として院政期から鎌倉時代に非婚の内親王が皇后に立てられたケースが11例ある。初例は白河皇女令子内親王であり、鳥羽准母としての立后であった。鳥羽は五歳で即位したが、生母藤原苡子は生後まもなく薨ぜられたため、幼帝の行幸を扶持し同輿する准母が必要だったので、伯母にあたる内親王が准母とされたのである。しかし准母は名目的でたんに内親王を厚遇するための立后も少なくない。なお、非婚内親王の皇后11例のうち10例が女院宣下されているので、非婚内親王の女院宣下30例のうち20例が后位を経ることなく女院宣下された例である。
(註3)とくに鳥羽皇女八条院暲子内親王、後白河皇女の宣陽門院覲子内親王が膨大な王家領荘園群を相続したことで知られているが、八条院は富豪中の富豪であるのにおおらかな性格で、蔵はからっぽ、埃っぽい御所でもかまわずのんびりと暮らしていた。院庁は鳥羽院近臣や美福門院近臣で固められ。つまり女院領は院近臣の利権ともなり、女院が荘園群を管領したことは院政のシステムにマッチしていたものと考えられる。なお鳥羽院と美福門院により集積した二百数十カ所といわれる八条院領は春華門院昇子内親王(実質は後鳥羽院が管領)→順徳→後高倉院→安嘉門院→亀山院と伝えられて大覚寺統の基幹所領となった。一方、待賢門院の法金剛院領を相続したのが上西門院統子内親王をへて後白河院へ、後白河院により集積した長講堂領を加えたものが宣陽門院領で、これは、後深草院が相続し持明院統の基幹所領となった。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
最近のコメント