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2012/03/04

女性宮家ヒアリング 識者意見の疑問点 今谷明帝京大特任教授(第一回)

 2月29日から始まった内閣官房皇室典範改正準備室による「皇室制度に関する有識者ヒアリング」(第一回今谷明帝京大学特任教授とジャーナリストの田原総一朗)について疑問点を述べる。(私は皇室典範十二条改廃に反対。女性宮家創設ももちろん反対なので、その観点から批判する)

 一 今谷明帝京大学特任教授の意見に対する疑問
 
 

 首相官邸のホームページで現在(3月4日)公開されている今谷明のヒアリングの資料の一部が下記のとおり
 
 皇室の御活動と女性宮家 (私説と簡略な回答)
 現皇室の御活動
①憲法で規定の国事行為
②祭祀行為
③象徴としての公的行為
※天皇の藩屏は必要。陛下の御高齢、御負担を勘案

 これより詳しい内容が発表されるのか知らないが、上記の資料では具体的な発言が不明であり、3月1日付産経新聞のヒアリング要旨http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120229/plc12022921220021-n1.htmに拠って今谷氏の発言について批判することとする。

 
 
 (一) 「幕末以前にも例があり、女性の方を宮家に立てることはありうべきことだ」と言う発言
 
 

 幕末以前の例とは、文久二年十二月二三日(1863年2月11日)仁孝皇女・孝明皇姉の淑子内親王が、天保七年(1836年)以来、30年近く空主であった桂宮(近世四世襲宮家の一つ)を継承し第12代当主となった例を指すと考えられる。
 しかしながら、このケースは、形式的には内親王が宮家当主であったことはまぎれもないが、淑子内親王は閑院宮愛仁親王と婚約されたにもかかわらず、結婚の前に天保一三年(に親王が薨ぜられたため生涯非婚であり、独身であることを前提とした一期分相続という特殊な事例である。これは、桂宮御殿を居所とし所領と宮家の家政機関を附置することにより非婚の内親王を厚遇するための宮家当主という性格が強い
 室町時代以降、朝廷においては皇儲、宮家を創立、継承する親王、あるいは婚嫁する皇女、王女以外は、皇子であれぱ門跡寺院、皇女であれば比丘尼御所に入室されるのが通例であった。
 江戸時代では、皇女のうち13歳以上まで無事に成長された五十方のうち、結婚されたのは十四方(皇后は1例、その他摂関家や世襲宮家当主との結婚)であり、三十六方が非婚であった。その大半は御宮室(皇女のみが入室される比丘尼御所-註1)に入室されるケースであるが、例外として出家されずに生涯独身だったケースとして、後光明皇女孝子内親王が嫡流の皇女として厚遇され、一品、准三宮、女院号宣下(礼成門院)された前例がある。
 むしろ、淑子内親王も一品に叙位されており、孝子内親王のケースに類似しているとみるべきだろう。たまたま桂宮が空主であったので、宮家の当主として遇し、孝子内親王のように女院号宣下はなされなかったというものと理解できる。
 また、内親王が桂宮を継承したのは、公武合体派と尊攘派の政治対立が激しかった文久期であったという特殊な背景もある。
 仁孝皇女和宮親子内親王の徳川家茂への降嫁が勅許されたのが万延元年(1860年)、江戸に下向されたのが翌年の文久元年のことである。淑子内親王は宮家を継承する前から旧桂宮邸を居所とされていて、和宮も一時淑子内親王と同居されていた。和宮は旧桂宮邸から江戸に下ったのである。その時、和宮が姉宮である淑子内親王の屋敷が荒れているのを憂い、幕府の財力で修復を願い出た。幕府としては「手元不如意」で断ろうとするが、天璋院の指示で修築がなされた。内親王の宮家継承は御殿の修築費用を引き出す口実であったとも考えられる。つまり幕府としても和宮降嫁勅許で助かったのだから、孝明皇姉を粗略に扱うことはできなかったし、和宮の姉宮への配慮によって幕府の費用で御殿が修復されたことから、異例なことではあるが内親王でありながら宮家の当主とされたという事情があったものと推察できるのである。
 
 桂宮家は江戸時代の四世襲宮家では、伏見宮についで古く、後陽成皇弟智仁親王(豊臣秀吉猶子)が初代であり、はじめは八条宮、のちに京極宮と称した、主な所領が平安京近郊の桂周辺にあり石高三千石であるが、公仁親王が明和七年(1770年)に薨ぜられて世襲が途絶したので、これより後は、直宮のために確保されていた宮家(所領)とみてよい。下記の系図にもあるように、光格皇子盛仁親王と仁孝皇子節仁親王が宮家を継承したが夭折により空主の期間が長いのである。節仁親王が薨ぜられてなければ、淑子内親王は「定員外」なので、宮家の継承はありえなかった。
 世襲宮家の世襲が途絶して空きがあれば、皇子が門跡寺院に入室せず宮家を「定員内」で継承できる江戸時代の制度と、今日の世襲の継承者がなければ途絶する宮家とは性格が異なり、淑子内親王の例は空主の期間の宮家を上記に述べた政治的事情から内親王の一期分相続でうめたものと理解することができる。
 
 そうしたことから、今日内閣府が想定している女性宮家とは、内親王ないし女王が生涯独身であることを前提とするものでないし、所領の一期分相続という意味での宮家ではないので、この例を前例とみなすことは問題があるし、「ありうべきこと」という結論を安易に導いた今谷明氏の発言は著名な学者に対し僭越だが軽率に思えるし、妥当なものではない。
 
 通史的にみると内親王を厚遇するための身位としては、院政期以降11例ある非婚内親王の皇后(註2)や、30例ある非婚内親王の女院号宣下がある。
 皇統の控えと言う意味での宮家ではなく、もっと広い意味で附属職司・家政機関を有し皇族としての活動を行うという点で、それも「宮家」というなら、非婚内親王の女院も広い意味での宮家である。そのような趣旨なら「女性宮家」も前例があるとはいえる。もっとも室町時代以降は内親王宣下が途絶しただけでなく、先に述べたように皇女は比丘尼御所入室が通例となったので、内親王が厚遇された時期は膨大な王家領荘園群の経済的基盤があった院政期から鎌倉時代である。
 この時代の非婚内親王女院の皇族としての活動は、王家領荘園群の管領(註3)のほか、院宮給(年官年爵)による叙位、官職推挙もあると思うが、いずれにせよ皇族としての活動が認められるのは非婚内親王であった。
 したがって非婚でない女性宮家というのは全く伝統に反するといえるのである。 
 
 つづく
 

Photo_5


 (註1)御宮室 - 大聖寺、宝鏡寺、曇華院、光照院、霊鑑寺、圓照寺、林宮寺、中宮寺 

    荒川玲子「比丘尼御所における御所号勅賜の意義」『書陵部紀要』38 1986参照

(註2)皇后とは本来は天子の嫡妻のことであるが、我が国特有の制度として院政期から鎌倉時代に非婚の内親王が皇后に立てられたケースが11例ある。初例は白河皇女令子内親王であり、鳥羽准母としての立后であった。鳥羽は五歳で即位したが、生母藤原苡子は生後まもなく薨ぜられたため、幼帝の行幸を扶持し同輿する准母が必要だったので、伯母にあたる内親王が准母とされたのである。しかし准母は名目的でたんに内親王を厚遇するための立后も少なくない。なお、非婚内親王の皇后11例のうち10例が女院宣下されているので、非婚内親王の女院宣下30例のうち20例が后位を経ることなく女院宣下された例である。

 (註3)とくに鳥羽皇女八条院暲子内親王、後白河皇女の宣陽門院覲子内親王が膨大な王家領荘園群を相続したことで知られているが、八条院は富豪中の富豪であるのにおおらかな性格で、蔵はからっぽ、埃っぽい御所でもかまわずのんびりと暮らしていた。院庁は鳥羽院近臣や美福門院近臣で固められ。つまり女院領は院近臣の利権ともなり、女院が荘園群を管領したことは院政のシステムにマッチしていたものと考えられる。なお鳥羽院と美福門院により集積した二百数十カ所といわれる八条院領は春華門院昇子内親王(実質は後鳥羽院が管領)→順徳→後高倉院→安嘉門院→亀山院と伝えられて大覚寺統の基幹所領となった。一方、待賢門院の法金剛院領を相続したのが上西門院統子内親王をへて後白河院へ、後白河院により集積した長講堂領を加えたものが宣陽門院領で、これは、後深草院が相続し持明院統の基幹所領となった。

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