想定外、ロバーツ主席判事の罰金とは課税であるとの解釈(医療保険改革法連邦最高裁合憲判決)
州際通商条項interstate commerce clause(連邦議会の権限を定めた合衆国憲法第8節の3項外国との通商、各州間およびインディアン部族との通商を規制すること)を争点とする裁判で、これほど注目されたのは、ニューディール期以来のことではないか。
つまり、1935年のシェクター養鶏会社事件判決はニューディール政策の要であった全国産業復興法の公正競争規約を無効とした。同じく1935年のアルトン鉄道会社事件判決は、州際通商規制権限に基づいて、会社に退職金の年金をを負担させるのは不当とする違憲判決であり、1936年のカーター事件判決は炭鉱における労働者の雇用は州際通商とはいえない地方事項として、瀝青炭の価格を統制し一定の労働条件を保障する瀝青炭資源保全法を違憲とした。
又、課税権条項が争点となった1936年のバトラー判決は、連邦政府には課税権条項により「一般的福祉」のために租税を賦課・徴収することが認められているが、農業調整法の加工税は「租税」ではなく農業生産規制する一般的仕組みであり、その規制は憲法修正第十条の「州権限の留保条項」により州の権限として留保されているとして違憲判決を下した。(河内信幸『ニューディール体制論』2005年)
次々とニューディール立法に違憲判決が下されたことにF・D・ルーズベルトは「邪魔者は最高裁判所だ」として反発、このままでは労働者や農民が蜂起するとして「裁判所詰め込み案」とよばれる70歳に達した判事が半年たって辞職しないとき、大統領は同数の裁判官を追加任命する権限を付与するという法案を提出、最高裁に対する敵意を示したが、これは廃案となったものの、1937年を契機に、中間派のヒューズ主席判事とロバーツ判事が態度を変更したことなどから、判例が次々と覆され、一連のニューディール立法に合憲判断を下すようになった。これを「憲法革命」というが、1937年のラフリン鉄鋼会社事件では全国労使関係法(ワグナー法)を合憲とした。州際通商規制権限に関して幅広い解釈を行い、州際通商に密接で実質的な関連をもっている産業を規制する認めたのである。
私はオールドコートの判断を好意的に考えるが、要するに、裁判官のテクニックいかんで連邦議会の州際通商規制権限は幅広く解釈することもあるし、限定的に解釈することもありうる。
医療保険改革法の今回の判決については事前の予想では70%違憲判断という報道がされており反オバマケア派の期待は高まっていた。それは決定票を握るとみられたケネディ判事が口頭弁論で違憲判断をほのめかしたからであるが、もし事前の予想どおり医療保険改革法を叩き潰すことになったならば、「憲法革命」以前にまでは戻らないとしても、「保守革命」的な衝撃のある劇的な判決となっただろう。
アメリカ合衆国の国体は欧州型福祉国家と一線を画する司法国家であることを印象づけることになったはずだ。
今回の判決は、複雑だった。http://www.foxnews.com/us/2012/06/28/health-care-law-survives-with-roberts-help/http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPJT818116720120629 http://www.cnn.co.jp/usa/30007160.htmlまず、連邦議会は州際通商規制権限によって国民に保険の加入を義務づけることはできないと述べた。この司法判断を過半数の5人の判事がとっているのである。(このため速報を競っていたCNNとFOXニュースが、違憲判決と誤報したというのである。)
ところが5人のうちの1人、ロバーツ主席判事は「しかし」と切り出し「保険の非加入者に罰則を科す条項が『合理的には課税と考えられる』とみなし、『課税権は議会の権限である』という論法で」(読売6月30日より引用)、事実上、加入義務化を合憲だと指摘したというのである。
一方4人の判事は、州際通商条項のもとで保険加入を国民に義務づけることができるという判断をとったため、結果的にロバーツ主席判事と結びつき5対4の僅差で事実上合憲判決になったというのである。
ロバーツ主席判事が、州際通商条項による規制権限の争点を、課税権条項にすりかえるという一見して奇妙な論理を展開することによって、オバマケアを救うこととなったのである。この判断の専門家の論評を読んでないが、今後調べたい。
●州際通商条項は国民に保険加入を義務づけることに適用できないとした裁判官
スカリア判事(レーガン任命)、ケネディ判事(レーガン任命)、トーマス判事(ブッシュ父任命)、アリート判事(ブッシュ子任命)
●州際通商条項によって国民に保険加入を義務づけることはできないが、保険に加入していない国民に課税することはできる。保険加入をしない国民に罰金を科す条項は合理的には課税と考えられるとした裁判官
ロバーツ主席判事(ブッシュ子任命)
●州際通商条項により国民に保険加入を義務づけることができるとした裁判官
ギンズバーグ判事(クリントン任命)、ブライヤー判事(クリントン任命)、ソトマイヨル判事(オバマ任命)、ケーガン判事(オバマ任命)
PBSニュースアワー(BSNHK放映)を見たが、訴訟提起者であるフロリダ州のマッカラム元司法長官が登場し、「法律の下での罰金を税金とよぶロバーツ主席判事の判断にショックを受け、失望した。‥‥ロバーツ主席判事の税についての弁論はわざとらしく不誠実である。法を解釈しているのではなく書き直していると言った人が正しいと思う。拡大解釈をした。」「ただ、今後プラスになることもいくつかある。州際通商条項を製品やサービスの購入を国民に義務づけるために適用できないとする大きな判例になる」と言っていた。
CBSイブニングニュース(BS-TBS放映)ではブッシュ子任命のロバーツ主席判事は堅い保守派とみられていたので予想外とし、ジョージタウン大学のバーネット教授が登場し、「びっくりした、違憲だと思っていた」との率直な感想を述べていた。
ABCナイトライン(BSNHK放映)は、ティーパーティー派の議員が登場し、どちらの陣営にとっても想定外と言っていた。解説者のステファノブロスは、ロバーツ主席判事の判断は司法自制主義という自らのポリシーを貫徹したものとして好意的な意見を述べた。
私の感想は、違憲判決を期待していたのでがっかり。最高裁長官が国民のイデオロギー的対立を深刻化させる違憲判断を避けたバランス判決という見方もできるだろう。
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