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2012/08/12

入手資料整理79

1-97吉野 孝・ 前嶋 和弘編著 『「オバマ政権と過渡期のアメリカ社会―選挙、政党、制度、メディア、対外援助 』東信堂2012
前嶋は保守派の代表的な政治ブログとしてミッシェル・マルキンhttp://michellemalkin.com/をを挙げている。

1-98ロン・ポール著副島隆彦監訳解説佐藤訳『他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ ―リバータリアン政治宣言』成甲書房2012

1-99柴田三千雄 『フランス革命はなぜおこったか-革命歴史』山川出版社2012

 フランスにおける労働の自由の理念の提唱者が自由主義的な重農主義経済学のグルネーやテュルゴ(チュルゴ)である。
 この本はグルネーに言及してないが、テュルゴ財務総監(1774~76)の改革と罷免された理由に言及している。ルイ16世は自由主義的改革に好意的でなかったが、後見人の国務大臣モールパの推薦により、テュルゴを財務総監に起用した。財務総監は財政、金融、農業、商工業、貿易、公共事業、地方行政を監督し、州政府の主要な官吏は、財務総監の推薦により任命されていたので、総理大臣級の要職といえる。徴税請負制の監督強化、穀物流通規制の廃止、道路補修賦役の金納化、同職組合の廃止といった大きな改革を行った。不運なことに1774年は小麦が凶作で、大都市でパンが値上がりし、パリ周辺一帯で暴動が起き軍隊を出動させる騒ぎとなった。高等法院は不作よりもテュルゴの規制撤廃のせいにした。テュルゴの改革は独占や特権の享受者に警戒心を強めさせたのであり、国璽尚書ミロニエルが高等法院を通じ改革阻止に暗躍し、王妃マリー・アントワネットが寵臣のギョエヌ伯が駐英大使を罷免されたことでテュルゴを恨み、その失脚を策動した。さらに国務大臣モールパが危険なライバルとなることをおそれテュルゴの排斥に動いたことで孤立し、ルイ16世が罷免を決断したということあるが、結局、テュルゴ罷免により、王権主導で自由主義改革をなしとげるチャンスをみすみす失ったことになる。
 
9731 水町勇一郎『労働社会の変容と再生 : フランス労働法制の歴史と理論』有斐閣2001
 プロレイバーの著作だが、フランスの労働の自由の理念に言及しており必要な本。アマゾンで古本を買うと8600円なので、けちって図書館で部分コピーにした。
 労働の自由の前提は、労働が富の源泉であるという思想だと思うが、この本ではロックとアダム・スミス、重農主義思想に簡単に言及しているが、フランスでは富とは金銀財宝の集積ではなく、土地と労働によって産み出されるという18世紀中葉のグルネ-の思想が重要ではないかと思う。
 前近代社会では労働は共同体的階層的内部関係、権威的規制というか、社会的な規制や束縛のなかで労働が行われた。同職組合の入職規制、職業独占がそうであるが、著者がいうには束縛されていた労働概念に革命的変化がおこり「自由」で「抽象化」された労働概念が誕生するに至ったという。
 団結禁止立法であるル・シャプリエ法(1791)が労働者や使用者は集団を形成することなく自由で独立した個人として一対一で取引し契約するという個人主義を法律上明確にしたものだが、著者がとくに重視しているのは法学者ポチエの1764年の著作『賃貸契約概論』であり、「労働」を個人が自由に取引の対象とできる「物」として労働を「契約」という観点から分析し、労働は役務の賃貸借契約の対象と位置づけたことである。
 ポチエの業績は、1804年のナポレオン法典(民法典)で実定法化され、1780条で「役務の提供は、時間でまたは一定の事業のためにしか義務づけられない。期間の定めなくなされる役務の賃貸借は、契約当事者の一方の意思により何時でも終了されうる」1781条で「給金の額、過年度の賃金の支払いおよび本年度に支払われた前払い金については使用者の申立が信用される」と規定するのみであり、報酬、労働条件等契約の内容については当事者の自由意志による合意に全面的に委ねられるもののされた。労働関係は契約関係とされ、意思自治、契約自由の原作の下に置かれた。
 解雇自由の原則は今日のアメリカのコモンローでも同じことである。
 18世紀イギリスでは産業別の主従法あるいは産業別の団結禁止法により仕事を完成する前、あるいは契約期間満了前に、途中で離職、仕事を放棄することは、損害賠償、離脱相当期間の労働、懲治監での重労働といった処罰を定めていた。この点フランスではどうだったのかというと、著者によるとアンシャンレジーム期の労働者手帳が1804年に復活したのである。労働者はこの制度が廃止される、1890年まで必ず労働者手帳を所持し、雇傭される場合には必ず前使用者から手帳に契約の義務を果たし離職している証明の記載がなければならなかった。これによって契約を遵守させていたのである。書評を読むと労働者手帳の歴史をこの本で初めて知ったと言う専門家もおり、これに言及したのは著者の業績である。
 イギリスでは1886年に主従法が廃止されてはじめて、労働はマスター・サーバント関係でなく近代的な対等な雇傭契約を意味する使用者-被用者概念にとってかわられた。
 この点では、ナポレオン法典が労働関係を個人の自由意思による役務賃貸借契約と位置づけていたことから、フランスの方が先進的な側面もあるとみてもよい。
 著者は個人の自由、労働の自由、同職組合の集団的階層的規制の撤廃は、構成員の保護、安定を失わせ、工場労働者の貧困化をもたらしたと否定的に評価するが、私はそのように考えない。団結禁止体制から団結法認体制の転換の意味については別途取り上げることとする。

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