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2012年9月の14件の記事

2012/09/30

カード 国労札幌地本事件最高裁判決の意義(7)法益権衡論の排除その3

(承前)

(2)敷地内であっても事業場内ではない等の理由で施設管理権の発動を否定した-住友化学工業名古屋製造所事件 最高裁第二小法廷昭54・12・14判決『労働判例』336号

 佐藤訪米阻止闘争に参加し逮捕拘留されたこと等を理由とするYの10日間の出勤停止処分に反対し、「バリケード春闘に決起せよ」等と題する化学反戦名義のビラを配布したことが「会社の許可を受けないで、みだりに文書、図画を配布し、事業所内の秩序、風紀を乱したとき」に該当するとしてなされたY(15日間)、T(10日間)の出勤停止処分を無効とした原判決を支持し、会社側の上告を棄却した。
 「その配布の場所は、上告会社の敷地内ではあるが事業所内ではない、上告会社の正門と歩道との間の広場であって、当時一般人が自由に立ち入ることのできる格別上告会社の作業秩序や職場秩序が乱されるおそれのない場所であった、というのであるから、被上告人らの右ビラ配布行為は上告人の有する施設管理権を不当に侵害するものではない」としている。
 『労働判例』の解説は本判決が「正当な組合活動であるかを判断するまでもなく」とする一・二審の判断を維持したことと、国労札幌事件との整合性を問題視しているほか、事業場内の組合活動は具体的影響がなくても禁止をおかすかぎり「企業秩序」を侵害するとした国労札幌事件判決、休憩時間のビラ配布行為を「企業秩序」を侵害するとした目黒電報電話局事件・最三小法判昭52・12・13日民集31巻974頁 『労働判例』287号
と異なることを指摘しており、先例との整合性に疑問のある判決といえる。
 なお、この事件では合化労連住友化学労組名古屋支部執行委員長はビラ配布の中止命令を出しており、少数の組合員が組合の方針に反して行った行動である。
 「みだりに文書、図画を配布し、事業所内の秩序、風紀を乱したとき」を厳密に解釈したといえなくもないが、こういう判決があるから就業規則においては、公開空地を含む構内での秩序違反行為を問える文面にしたほうが無難といえそうである。
 敷地内であっても正門の外でビラを配って出勤停止10日は重いという判断もあるのだろうか。

 
(3)目黒電報電話局事件・最三小法判昭52・12・13日民集31巻974頁 の『特別の事情論』の適用して懲戒処分を無効とした判例

 明治乳業福岡工場事件 最高裁第三小法廷昭和58・11・1『労働判例』417号は組合支部長の地位にある従業員が昼の休憩時間に食堂において『赤旗』号外や共産党の参議院議員選挙法定ビラを食堂における、手渡しまたは食卓に静かに置くという態様のビラ配りについて、工場内の秩序を乱すことのない特別の事情が認められる場合は就業規則違反とみなすことができないとして、戒告処分を無効とする判決を下しているが、これは目黒電報電話局事件最高裁第三小法廷昭和52年12月13日で判示した「形式的にこれに(就業規則)違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当である」という『特別の事情』論の適用である。
 ではなぜ、最高裁は目黒電報電話局事件では実質的違反として「ベトナム反戦、米軍立川基地拡張阻止」という政治活動を行った職員の戒告処分を是認する一方、明治乳業福岡工場事件では形式的違反にすぎないとして赤旗号外や共産党参院挙法定ビラ等の配布行った従業員の戒告処分を無効にしたのかというと、前者はワッペン・プレートを胸につけることを呼びかける目的でビラを配布しており、その行為は単に自己の職務専念義務に反するにとどまらず、他の労働者の職務への専念を妨げるものとして企業秩序を乱すと判断されたのに対し、後者は工場内の秩序を乱さないと判断された点が異なる。また後者は就業規則に企業内政治活動禁止規定がなく、政治活動であるかは問われず、たんに無許可ビラ配布事案としての判断なのである。

 倉田学園事件・最高裁第三小法廷平成6年12・20民集48巻8号1496頁は就業時間前に職員室において、ビラを二つ折りにして、机の上に置いたというもので、業務に支障を来していないこと、ビラの内容も団体交渉の結果や活動状況で違法・不当な行為をそそのかす内容が含まれていないため、無許可で職場ニュースを配布したことを理由とする組合幹部の懲戒処分は懲戒事由を定める就業規則上の根拠を欠く違法な懲戒処分と判示しているが、これも「ビラの配布が形式的にはこれに違反するようにみえる場合でも、ビラの内容、ビラ配布の態様等に照らして、その配布が学校内の職場規律を乱すおそれがなく、また、生徒に対する教育的配慮に欠けることとなるおそれのない特別の事情が認められるときは、実質的には右規定の違反になるとはいえず、したがって、これを理由として就業規則所定の懲戒処分をすることは許されないというべきである(最高裁昭和四七年(オ)第七七七号同五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号九七四頁参照)」。と形式的違反であって実質的違反でないという『特別の事情』論が引用されている。
 もっとも私は国労兵庫鷹取分会事件神戸地裁昭和63年3月22日決定『労働判例』517号のように詰所内における休憩時間におけるビラ配布妨害排除の仮処分申請を否認した判例があるように、就業時間外のビラ配布についても「権利の濫用」「特別の事情」として許容しない下級審判例もあることから上記の最高裁判決について疑問なしとしない。
 なおビラ配り事案では「出勤してくる従業員を巾約一・六メートルの工場内通路の片側ないし両側にならんで迎え、出勤者一名に対し通路手前にならんだ者から順次一名が出勤者の前に「おはようみなさん」を差し出し、出勤者が受け取らなければ、次にならんだ者が続いてその出勤者の前にビラを差し出し、雨天のため従業員が雨具等を所持していたこともあつて、混乱がないではなかった」日本エヌ・シー・アール事件東京高裁昭和52年7月14日判決『労働判例』281号が無許可ビラ配布を理由とする出勤停止処分を是認したように、たとえ就業時間外であっても、両側に取り囲む態様で半強制的なビラ配布の態様や混乱を予想できる態様では、企業秩序を乱すものとして懲戒処分も妥当なものであると私は考える。
 いずれにせよ、明治乳業事件や倉田学園事件の判例があるため就業時間外のビラ配布については、企業秩序を乱す態様とみなされないケースでの懲戒処分は慎重にならざるをえない。

カード 国労札幌地本事件最高裁判決の意義(6)法益権衡論の排除その2

(承前)
2 組合側が勝訴するのはどのようなケースか

 とはいえ施設管理権が争点になった事件で、不当労働行為とされ組合が勝訴したケースも少なからず存在するので類型化して検討してみる。

(1)組合運営の支配・介入に当たるとされたケース-総合花巻病院事件最高裁第一小法廷昭和60年 5月23日『労働委員会関係裁判例集』20集164頁http://web.churoi.go.jp/han/h00312.html

 六年余の間、病院は、労働組合に執行委員会や総会のため従来施設を無償で利用させていたが、上部団体加盟を機に、施設利用を拒否するようになったことが不当労働行為に当たるかが争点になった事件だが、最高裁判決は病院施設利用を拒否するに至った真の理由は、組合の上部団体加入を嫌悪し、これを牽制、阻止することに他ならなかったことは明らかであり、組合運営に対する支配介入であるとする仙台高裁昭和57年1月20日判決『労働委員会関係裁判例』集17集http://web.churoi.go.jp/han/h00200.htmlを是認し、病院側の上告を棄却したものである。
 施設管理権が争点とされているにもかかわらず、国労札幌地本判決は引用されていない。端的に労組法7条に反するという判断をとっている。病院側の主張は、病院側が、個々の利用の許否につき、一々説明を付加すべき義務を負うものでないというものであって、施設利用拒否が企業秩序の乱すためという理由づけはなされていない。
 このケースでは過去に職員146名により、病院外に花巻地区医療労働組合を結成され、岩手県医療労働組合協議会(以下「医労協」)を上部団体としていたが、病院側の働きかけで脱退者が相次ぎ、これに対抗して病院内組合が結成されためその組合は壊滅した。病院内組合は争議行為もなく病院も好意的だったが、栄養士の配転問題で組合が反対闘争を行うようになり、その際、医労協の指導を受けた。医労協への加盟を嫌う病院長は病院長は院長室に組合委員長、書記長、副委員長などを呼び、医労協に加盟しないよう説得、依頼した。書記長には出産祝を名目に一万円、副委員長に新築祝を名目に二万円を供与した。そうした経緯があるために、組合の運営への支配介入に当たるとされたものである。
 
 高裁判決は、個々の利用の許否については病院側の自由裁量であり、一々説明を付加すべき義務を負うものでないことを認めつつも「長年にわたり執行委員会や組合総会等の会合の開催につき、病院側の業務に支障のない限度で便宜を与え続けてきたものであるから、第一審参加人組合側においては、このような従来からの経緯にかんがみて、将来もまた特段の理由のない限り、便宜を得られるであろうとの期待を持つに至ったことは、容易に窺うことができる。そして、このような期待は、継続的な労使関係の中では、無視しえない利益であって、それが不当労働行為によって奪われた場合には、法律上これが回復を求めることができるものと解すべきである」とする、つまり、組合への便宜供与が慣行となっている場合、その拒否が本件のように不当労働行為とみなされる場合は、施設管理権の発動ができないという判決である。
 便宜供与拒否によって労働組合の上部団体加盟をさせないようコントロールしようとするする使用者側の意思がよく出ているケースだからこそこのような判決となったのだろう。
 施設管理権に関する論文でこの判例を引用するものは少ない。池上通信機事件、日本チバガイギー事件、済生会中央病院事件、オリエンタルモーター事件は、いずれも無許諾の組合集会事案だが最高裁は国労札幌地本判決の判例法理に沿った判断をとっておりそちらが主流であって、総合花巻病院事件は例外的な判例と評価してよいと思う。、

カード 組合集会の施設利用拒否 総合花巻病院事件(盛岡地裁-仙台高裁-最高裁一小)

争点-六年余の間、病院は、労働組合に執行委員会や総会のため従来施設を無償で利用させていたが、上部団体加盟を機に、施設利用を拒否するようになったことが不当労働行為に当たるか。

事件の概要

昭和38年2月頃総合花巻病院職員146名は、病院外に花巻地区医療労働組合を結成し、岩手県医療労働組合協議会(以下「医労協」)を上部団体とした。しかし病院は職員が上記組合及び医労協の影響下にあることを嫌い、病院長自ら組合員を院長室に呼び脱退を要求するとともに病院内に別個の組合をつくるよう働きかけたため、まもなく花巻病院労働組合という病院内組合が87名で結成され、それに伴って前記組合から多数の組合員が脱退したため、その組合は壊滅した。病院は病院内労組に対して好意的で争議行為もなかったが、昭和45年3月頃栄養士の配転問題で組合が反対闘争を行ったが、その際、医労協の指導を受けた。
病院長は院長室に組合委員長、書記長、副委員長などを呼び、医労協に加盟しないよう説得、依頼した。書記長には出産祝を名目に一万円、副委員長に新築祝を名目に二万円を供与した。
その後、同年6月頃から賃金をめぐって対立が激化し、10月3日病院は地労委から出された調停案を受諾したが再び紛糾し、12月にはストライキの体勢をとった。
が、同年6月以降、病院施設を利用させる義務はないとして拒否するようになった。また病院は患者浴室において、女子患者に不快感を与えたことを理由に、組合副委員長Xを解雇した。
 これらに対し、組合が救済申立をなしたところ岩手地労委は、浴室のボイラー管理を担当していたXが、女子患者入浴中浴室に出入りするなど病院職員としての適格性を欠くとして解雇されたことは、病院側にも責任があり、ただちに同人を極刑たる解雇にする理由に乏しく、Xが組合の上部団体加盟阻止の努力をしなかったり、病院の嫌悪する上部団体加盟下の組合副執行委員長として組合活動することを嫌ってなした不当労働行為である。従来組合は病院施設利用についてその都度病院の許可を得ていたところ、副院長が労務担当理事になった直後病院は労使慣行を無視し病院施設を組合に利用させないことにしたことは、当該労使関係に組合の上部団体が介入することに対抗しようとしたほかは特設の事情変更が認められないから、組合の運営に対する支配介入であるとして、不当労働行為と認定し、ポストノーティス、Xの復職とバックペイを命じる救済命令を発したが、病院側は救済命令取消の行政訴訟を提起した。
 盛岡地裁昭55年 6月26日判決『労働判例』350号は、副委員長の解雇について、同人の病院浴室に入浴中の女子患者らに対する言動が決定的理由とみられるから、これを不当労働行為意思に基づくものとした労委の命令を取消、解雇を正当としたが、施設利用拒否については、組合が医労協に加盟し、原告の意に副うような労使関係が崩れた時期に、病院は従前の施設利用を拒否するようになったことから、従来の例を破る特段の正当な事情は認められないから、病院施設を組合に利用させないことによって組合活動の弱体化を図ったものとみられても仕方なく、組合の運営に対する支配介入にあたるから、労組法七条三号に該当する不当労働行為であるとして、労委命令に違法はないと判示した。
 病院は控訴したが、仙台高裁昭和57年 1月20日判決『労働委員会関係裁判例集』17集は、控訴棄却、さらに病院は組合活動は勤務時間外、企業外が原則であり、企業施設利用を認めるか否かはまったく使用者の自由裁量に属するもので、不当労働行為とした原判決は違法であると主張し、上告したが、最高裁第一小法廷昭和60年 5月23日『労働経済判例速報』1236号は上告を棄却し原判決を維持した。
 以下問題を施設利用拒否に絞って、判決を抜粋引用したうえ論評する。

 
 
総合花巻病院事件 盛岡地裁昭55年 6月26日判決『労働判例』350号
http://web.churoi.go.jp/han/h00200.html

不当労働行為に該当する

判決(抜粋)
3 病院施設利用拒否等について
(一) 証人X4、同X3の各証言によれば、岩手県下の多くの病院で、労働組合が病院施設を集会等に利用している事実が認められ、参加組合においても昭和四五年六月までは、組合の執行委員会、大会等の集会の用に、その都度病院の許可のもとに(許可されないことはなかった)、講堂その他の施設を利用してきていたことは前認定のとおりである。
ところが、前記1 認定のように、あたかも組合が医労協に加盟し、原告の意に副うような労使関係が崩れた時期に、これを境として病院は従前の施設利用を拒否するようになった。原告がこの時期に従来の例を破り病院施設を組合に利用させることができないとする特段の正当な事情は証拠上認められないから、原告は病院施設を組合に利用させないことによって組合活動の弱体化を図ったものとみられても仕方なく、特段の正当な事情もなく従来の慣例を無視して、組合の病院施設利用を拒否する原告病院の行為は、組合の運営に対する支配介入にあたるから、被告がこれをもって労組法七条三号に該当する不当労働行為であるとしたことに原告所論の違法はない。

総合花巻病院事件仙台高裁昭和57年1月20日判決『労働委員会関係裁判例』集17集

http://web.churoi.go.jp/han/h00200.html
病院の控訴 控訴棄却

判旨-不当労働行為に該当する。病院施設利用を拒否するに至った真の理由は、組合の上部団体加入を嫌悪し、これを牽制、阻止することに他ならなかったことは明らかであり、組合運営に対する支配介入である。

判決(抜粋)
 右認定の如く、第一審参加人組合による病院施設の利用がその都度何らの問題もなく第一審原告によって許可され長年多数回にわたって反復されてきたことからみれば、両者間においては第一審参加人組合より執行委員会および総会のため病院施設利用の申出があれば第一審原告は特段の理由がない限りこれを許可するという労使慣行が成立していたものとみることができる(第一審原告は「労組から申入があれば当然に施設利用を認めなければならないという労使慣行を認めることは無理である。」と主張するが、第一審被告においても当裁判所の右認定と同旨の労使慣行即ち「申入があれば特段の理由のない限り許可する」という慣行を認めているものであって「申入があれば当然に施設利用を認めねばならない労使慣行」の存在を認定したものでないことは成立に争いのない甲第一号証の一八ページ「4施設利用拒否について」の項の記載から明らかである)。
2 ところで第一審原告が昭和四五年六月以降理由を示さず組合の施設利用をすべて拒否したことは同原告の自認するところである。第一審原告は「労組に当然の施設利用権があるわけでなく、施設利用の許否は病院の自由裁量によるべきもので、許否の理由を一々明示して説明する義務はない。」と主張する。
 右主張の趣旨は、(一)施設利用の許否は病院側の自由であり、労組には、これについてなんらの権利がないから、利用の拒否について不服をいう利益がない、(二) そうでないとしても、少なくとも不当労働行為の成立する余地はないというものと解される。
 もとより前記認定の慣行は、「施設の利用の許可の申入れがあれば、特段の理由のない限り許可する」というのであって、単なる「届出」とは異なるから、労組に当然の施設の利用権のあることを認めたことにならないことはいうまでもないし、個々の場合において、病院側の都合により、施設の利用の許可が得られない場合のありうることも予定しており、その意味では、利用の許否は、大巾に病院側の都合によって左右されるのであり、従って病院側の自由裁量に服するものということができよう。そして、原則として、病院側が、個々の利用の許否につき、一々説明を付加すべき義務を負うものでないことも明らかである。しかし、右にみた本件慣行の実体を考えるならば、前認定のよりに、第一審原告が、企業内組合である第一審参加人組合に対し、長年にわたり執行委員会や組合総会等の会合の開催につき、病院側の業務に支障のない限度で便宜を与え続けてきたものであるから、第一審参加人組合側においては、このような従来からの経緯にかんがみて、将来もまた特段の理由のない限り、便宜を得られるであろうとの期待を持つに至ったことは、容易に窺うことができる。そして、このような期待は、継続的な労使関係の中では、無視しえない利益であって、それが不当労働行為によって奪われた場合には、法律上これが回復を求めることができるものと解すべきである。また、本件施設の利用の拒否が、第一審原告の、右施設に対する所有権の行使であり、裁量に基づくものであったからといって、そのことから直ちに右拒否行為が不当労働行為を構成しないとか、その成立を阻却することにならないことは、いうまでもないのであって、客観的、具体的な事情からみて、不当労働行為意思が推定される場合には、通常の場合とは異なり右意思を排除するに足りる特段の理由が主張立証されることを要す解するのが相当である。
 しかるに、本件においては、昭和三九年二月の第一審参加人組合の結成のいきさつから昭和四五年六月右施設利用の拒否に至るまでの経過(引用にかかる原判決理由二の1に認定の事実、特に院長が組合三役に対し上部団体である医労協への加盟を断念しこれを阻止するよう働きかけ、内二名に金員を供与し、年長の組合員五名に対し同様の働きかけをした事実)よりみれば、第一審原告が従来の労使慣行に反して第一審参加人組合に対し施設利用を拒否するに至った真の理由は組合の上部団体加入を嫌悪しこれを牽制、阻止することに他ならなかったことが明らかであって、これに反する特段の理由は何ら見い出すことができない。そして、右の如き意図をもってなされた施設利用の拒否が組合運営に対する支配介入として、第一審参加人組合に対する不当労働行為となることはいうまでもない。

総合花巻病院事件最高裁第一小法廷昭和60年 5月23日『労働委員会関係裁判例集』20集164頁
http://web.churoi.go.jp/han/h00312.html
病院の上告 上告棄却

不当労働行為にあたる

判決(抜粋)
原審の判断は、原審の適法に確定した事実関係の下においては、これを是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原判決を正解しないか、又は独自の見解若しくは原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

コメント この事件は、組合活動の施設利用拒否が不当労働行為に当たるかが争点となっているにもかかわらず、企業施設内での組合活動の指導判例である国労札幌地本ビラ貼り事件最高裁第三小法廷昭和54年10・30判決民集33巻6号647頁『労働判例』329号を引用せずに判断を下した例である。
 6年余の間、病院は、毎年多数回にわたり、その都度の許可をもって、組合の執行委員 会および総会のため、講堂、磨工室、地下の手術室等の病院施設の無償利用を認め、組合の利用申し入れを拒否したことはなかったにもかかわらず、突然不許可としたのは、組合が上部団体の医労協に加盟したことを嫌悪しこれを牽制、阻止することためであった、組合運営に対する支配介入にあたるとされたものである。
 従来許可していたもの不許可にするにあたって、企業秩序を乱すことなどの理由も示されていないうえ、過去に病院長は院長室に組合委員長、書記長、副委員長などを呼び、医労協に加盟しないよう説得、依頼し、書記長には出産祝を名目に一万円、副委員長に新築祝を名目に二万円を供与した事実があった、このような経緯から、組合を病院側にとって都合のよい企業内組合にとどまるようコントロールしようとしたものとして不当労働行為とされたものとおおおざっぱにみてよいだろう。
 国労札幌地本判決の判例法理の枠組みではなく、端的にそれが労組法7条に反するという判断のようだ。しかし、池上通信機事件、日本チバガイギー事件、済生会中央病院事件、オリエンタルモーター事件は、いずれも無許諾の組合集会事案だが最高裁は国労札幌地本判決の判例法理に沿った判断をとっておりそちらが主流であって、総合花巻病院事件は例外的な判例と評価してよいと思う。

入手資料整理83

9800小貫幸浩 「Verfassungsstaat の今日的条件 : D・グリムの比較憲法史研究に寄せる再論」『高岡法学』11(1) 1999〔※ネット公開〕
ドイツの雇用も19世紀は個人主義的契約主義だったが、ワイマール体制は団体主義への転換をはかったものという流れを説明している。
9801金山正信 「私法原理の思想的基盤についてー序考ー」『 同志社法學』 7 1951〔※ネット公開〕
金山正信氏は民法学者だが、アメリカ植民地時代の法やピュータニズムの研究もやった人。近代私法の基本原則、自由と平等だが、自己責任とはいかなることかコモンローによって説明している。

9802天川潤次郎「20世紀初頭のアメリカ南部における家父長における工場村の実態」『經濟學論究』 35(3) 1981〔※ネット公開〕
9803天川潤次郎「アメリカ南部, 北カロライナ州の綿工業企業家の社会的系譜について」『經濟學論究』 36(2) 1982〔※ネット公開〕
9804天川潤次郎 「アメリカ南部の経営理念」竹中・宮本監修『経営理念の系譜-その国際的比較』東洋文化社1979所収
1-105豊原治郎『アメリカの産業革命史序説』1962
1-106富澤修身『アメリカ南部の工業化-南部綿業の展開(1865‐1930年)を基軸にして -』創風社1991

 合衆国労働省2012年1月27日プレスリリースによる2011年の労働組合組織率はhttp://www.bls.gov/news.release/union2.nr0.htm11.8%で、前年の11.9%と横ばいだった。民間部門は6.9%、公共部門は37.0%。組織率の低い順での州別ランキングは下記のとおりである。
1位 North Carolina 2.9% 
2位 South Carolina 3.4% 
3位 Georgia 3.9% 
4位 Arkansas 4.2% 
5位 Louisiana 4.5% 
6位 Virginia 4.6% 
6位 Tennessee 4.6% 
8位 Mississippi 5.0% 
9位 Idaho 5.1% 
9位 South Dakota 5.1% 
11位 Texas 5.2% 
 8位まで南部であるが、ノースカロライナが突出して低いのは州公務員の団体交渉が違法なため、州従業員協会が労働組合にカウントされないためだと思うが、南北カロライナの労働組合組織率が低いのは伝統的なものである。
 なぜそのような地域的特色になるのか、その理由について天川潤次郎や富澤修身などの経済史・経営史が参考になった。
 ノースカロライナは今日ではリサーチトライアングルパークのハイテク産業やバンカメ本社のある金融都市シャーロットなどで知られているが、元々地場産業は、繊維、家具・室内装飾、タバコであり、ミルタウンの州だった。しかし近年、繊維や家具の雇用は工場の外国移転や中国などの安価な輸入品の流通で大きく減らしている。とはいえ、合成繊維、家具、靴下はなお同州でクラスターを形成する重要な産業である。
 天川の「アメリカ南部の経営理念」「20世紀初頭のアメリカ南部における家父長における工場村の実態」によれば、日本的経営の特色とされていた経営家族主義は我が国特有のものではないし、江戸時代の、商家の経営とも違うのであって、むしろ外国の工業パターナリズムをモデルとしており、その一つがアメリカ南部の綿工業であることが示唆されている。
 「20世紀初頭のアメリカ南部における家父長における工場村の実態」によると、経営者は職工の名前を呼び一々親しく声をかける。年功序列で中間管理職は正式の学校教員を受けておらず、工場の現場で実際教育された叩き上げである。
 ノースカロライナの綿工業の多くはミルビレッジとかミルタウンを形成するのが特徴である。職工には社宅が供給され、職長・監督層も社宅に住み、家族ぐるみの雇用なので身の上相談に乗ったりもするのである。雇用主と従業員のパーソナルタッチの多い環境である。学校や運動施設も造り、教会を建て牧師の俸給も会社が支払う。教会により禁酒運動がなされ風紀・規律維持に貢献した。「会社荘園制」のような様相と言ってよいだろう。
 組合の組織化が難しかった要因として工業パターナリズムによる従業員の経営者に対する尊敬や親近感のほか職工が職長・監督層とともに社宅で集住するため監視が行き届いていたこともある。
 とはいえカロライナ綿工業とて、大恐慌の時代には北部からきた労働組合運動によりストライキが起きたが、会社側は、組合を承認せず、レイバーインジャンクションで警察や州兵が動員された。スト破りが導入されピケ参加者には厳しい判決があり、組合員は解雇、ミルビレッジより放逐されたと富澤修身の著書で述べている。
 戦後の産業別組合会議(CIO)による南部への組織化攻勢(オペレーション・ディキシー)が失敗した要因もミルビレッジ、ミルタウンという「会社荘園制」的経営手法によるところが大きいとは思う。
 しかし、経営家族主義だけでは、カロライナの組織率の低さは説明できない。労働者のエートス、メンタリティ、柔順で低賃金でも熱心に仕事をする労働力の特徴や南部特有の気質も重要な要因だろう。
 綿工業の労働者の出自について天川の「20世紀初頭のアメリカ南部における家父長制的工場村の実態」によると「「クラッカー」「サンド・キラー」「ヒルビリー」「ホワイト・トラッシュ」という綽名の下に白人プランターは勿論、黒人にも馬鹿にされたアパラチア山麓、ピードモント地方などの山地農民と「貧困白人」」と言っている。
 天川の「アメリカ南部の経営理念」によるとかれら山地農民「貧困白人」は「堕落」した白人、「貧困と無知と疫病の悪循環」による哀れな犠牲者という評価の反面、ヨーマン階級(独立自営農民)「ダニエル・ブーンやリンカーン型の農民」と誉められる二つの側面があったとする。
 組合の組織化が難しかったのは、かれらの個人主義的性格もあるし、仮にストが起きても、スト反対の労働者を糾合してスト破りを導入することは容易だったし、綿工業は白人を雇用したのであって、ストを起こせば黒人に代用されるリスクもあったことも指摘されている。
 工業パターナリズムは北部でもあったことである。しかし北部の綿工業では南欧・東欧移民の増加により経営家族主義の維持が困難になったのに対し、南部は移民がほとんどなく、アングロサクソンの純粋度が高かったことも要因として挙げられている。
 南北カロライナの公立学校では他の地域ではやってないクリスマスパーティーをやるということをネットで読んだことがある。一般論からすればクリスマスはキリスト教であり、ユダヤ教ではハヌカーの祭であるから、ユダヤ教徒など少数派に配慮すると国教樹立禁止条項との兼ね合いでも問題のように思える。にもかかわらずやるということは、伝統的にミルタウンでは工場ぐるみでクリスマスパーティーをやっていたことと関連しているものと思われる。
 
9805 石井三記「フランス民法典の運命」大川四郎「アンシャンレジームの法伝統」波多野敏「フランス民法典:多様な読解と柔軟性」石井三記編『コード・シヴィルの200年: 法制史と民法からのまなざし』創文社2007

9806函館交通事件 最高裁三小昭61・11・18判『労働判例』486号(休憩時間のアンケート)
9807JR西日本(国労広島地本)事件 広島高裁平10・4・30判『労働判例』749号
(組合バッジ着用)

2012/09/29

安倍晋三総裁が嫌いな理由

 1 行革担当大臣に渡辺喜美を起用したが、このために公務員に労働基本権付与が既定路線となった。当時の渡辺喜美行革担当大臣は争議権付与すべきと主張しており、これは身分保障をなくすことの交換条件として今みんなの党や日本維新の会のブレーンとなった脱藩官僚がたきつけたものかもしれないが、我が国を左傾化する政策を推進したのは任命者の安倍だ。
 2 最低賃金制度の最低賃金を上げることがいいことだと思っている。まるで社会党みたいな考え方だ。我が国の最低賃金制度は保守派だが、労働政策でリベラルな倉石忠雄氏が推進した政策だが、新自由主義のイギリスのメージャー政権は廃止した(労働党政権で復活)アメリカでもプロビジネスな人はこの制度の廃止が望ましいと言うはずだ。
 3 戦後レジームの全てが悪いわけではない。口を開けば戦後レジームから脱却とか言っているが、例えば独占禁止法、自由主義経済のためには必要なものだ。
 4 アグネス・チャンと親交がある。アッキーブログで知られていること。私は児童ポルノ単純所持処罰に反対なので気に入らない。
 5 3500円のカツカレーを食べているらしい。http://www.j-cast.com/2012/09/27147982.html俺は吉野屋で330円のこく旨カレーか松屋の350円スパイシーカレーで満足しているぞ。
 とはいえ、安倍が首相になれば選択的夫婦別姓はない。人権救済機関設置法案もたぶんない。大連立もたぶんない。消去法でいけば悪くないかもしれないという程度だ。
 
 

2012/09/23

カード 国労札幌地本事件最高裁判決の意義(5)法益権衡論の排除その1

第一回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-359d.html

第二回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-5017.html

第三回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-7e7a.html

第四回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-02d1.html

(承前)
 第二回において企業施設内の組合活動に関する指導判例である国労札幌地本ビラ貼り事件最高裁第三小法廷昭和54年10・30判決民集33巻6号647頁『労働判例』329号の意義についてポイントを6点挙げた。

① プロレイバー学説(受忍義務説・違法性阻却説)の明確な排除

② 使用者の企業秩序定立権という判例法理の確立

③ 労働組合に個々の労働者の権利の総和を超える権能を認める団結法理の否認

④ 抽象的な企業秩序の侵害のおそれのみで、施設管理権の発動を認めていること(具体的な企業の能率阻害を要件としない)

⑤ 「利用の必要性が大きいことのゆえに‥‥‥労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない」と明確に述べ、法益権衡論を排除していること

⑥ 本件は国鉄の事案でありながら、私企業における施設管理権対組合活動の問題ととらえられており、官公庁の庁舎管理権とは一線を画している

1 国労札幌地本判決を引用する最高裁の四回の判例で、法益権衡論を排除

 ここでは第5のポイント、法益権衡論の排除についてその意義について述べる。これは基本的に第1のポイントと重なることだが、法益権衡の観点での違法性阻却説の排除ということである。
 ここで法益権衡論と言っているのは、企業の企業秩序定立権、労務指揮権、施設管理権に対して、労働者の団結権・団体行動権保障による組合活動の必要性を重視し、両者の法益を調和させる総合的判断をとることにより、無許諾であっても使用者の権利の侵害程度の低い組合活動を許容(違法性阻却)しようとする考え方である。
 プロレイバー学説というのは総じていえば法益衡量、法益調整論なのであるからそれに近いものである。プロレイバー学説否定が国労札幌地本事件最高裁判決の核心であり、「組合活動の必要性」という理由によって使用者が受忍する義務はないと明確に述べているから、そのような立場での枠組での司法判断は否定されたのである。つまり「組合活動の必要性」は正当化する理由にならないし、斟酌する余地もないというのが国労札幌事件の判例法理であると考える。

 企業施設内の組合活動に関する指導判例である昭和54年国労札幌地本事件最高裁第三小法廷判決をおおまかに説明すれば「使用者の権利として企業秩序に服することを労働者に要求する権利」を認めた判決である。使用者はその行為者に対して行為の中止を求めることできる。原状回復等、必要な指示命令ができる。懲戒処分もなしうる。ただし使用者に「施設管理権」の濫用と認められる特段の事情がある場合は別で、それを除いて無許諾の組合活動は正当な行為として認められないということである。
 つまり「施設管理権」を侵害する組合活動は原則として正当性はない。権利の濫用と認められるような事情がある場合は別なので、例外的に労働組合活動が正当とされることがあるということである。
 では、なにが「権利の濫用」なのかということだが、最高裁は具体的な判断基準を示していないので判例の蓄積によって判断していくしかない。
 この点、判決が言い渡された当時、『当該施設を許さないことが権利の濫用と認められるような事情』はリップサービスに過ぎないだろう、現実には濫用と認められるものはほとんどないだろうと考えられ、労働組合に大変厳しい判決と受けとめられた。
 しかし、以下の施設管理権事件において、『権利の濫用と認められるような特段の事情』に法益権衡的な違法性阻却の判断枠組みを設定し、判例法理に風穴を開けようとする試みが、最高裁の少数の裁判官、中労委や下級審、最高裁判事の少数の裁判官によってなされた。結論を先に言えばこれらの試みはいずれも最高裁により棄却されており、国労札幌地本判決の判例法理は変質することなく、安定的に判例を維持しているとみてよいのである。

 
●池上通信機事件

 組合結成以来、工場の食堂を会社の許可を得ないで職場集会のために使用してきたことに対して、職制による阻止、説得、組合に対する警告等が不当労働行為にあたるかが争われた池上通信機事件 最高裁昭和63年7月19日判決『労働判例』527号 http://web.churoi.go.jp/han/h00282.html の伊藤正己裁判官の補足意見が法益権衡論である。
 最高裁は原判決を是認し不当労働行為に当たらないとして、神奈川地労委の上告を棄却した。東京高裁昭和59年8月30日判決『労働判例』439号『労働関係民事裁判例集』35巻3・4号  459頁 『判例時報』 1154号  150頁  http://thoz.org/hanrei/%E6%98%AD%E5%92%8C58%28%E8%A1%8C%E3%82%B3%2986 http://web.churoi.go.jp/han/h00282.htmlは「団体交渉等を通じて組合活動のための会社施設の利用について基本的合意を締結するのが先決であるとして、組合がその後個別にした従業員食堂の使用申し入れに対して許諾を与えなかったのも、やむを得ない措置というべきであって、これを権利の濫用ということはできないし、会社が組合員の入構を阻止したり、組合員集会の中止命令などの措置を採って、会社の許可を得ないまま従業員食堂において開催されようとする組合員集会を中止させようとし、あるいは組合員が無許諾で従業員食堂を組合活動のために使用した場合に組合又はその責任者の責任を追求し処分の警告を発するなどしたのは、先に見たようないわゆる施設管理権の正当な行使として十分是認することができる」と述べている。
 伊藤正己裁判官は結論のみ同意の補足意見を記した。それは施設利用に関して合意のない状況での、施設利用不許可の状況で、組合活動が強行されても、それが即、正当でない組合活動と評価されることはないとし、「特段の事情」の有無を「硬直した態度」ではなく、当該企業施設を利用する「必要性が大きい実情を加味し」諸般の事情を総合考慮し、法益権衡の立場に立って評価判断しようとするもので、違法性阻却説の判断枠組みを提示したものであるが【渡辺章2011 184頁】、これは、一裁判官の少数意見にとどまるものであって、判例を変質させるにはいたらなかったのである。
 伊藤正己裁判官は英米法を専門とする東大名誉教授で、特に表現権の研究者であり最高裁においてもリベラルな判断をとるケースが少なくないが、階級闘争のための労働組合運動を支援するプロレイバー労働法学者ほどイデオロギー的に偏った人物ではないにもかかわらず、国労札幌地本事件判決に異議を唱えたことになる。

日本チバガイギー事件

 次に、労働組合の食堂使用および敷地内屋外集会開催の不許可が不当労働行為に当たるかが争われた日本チバガイギー事件最高裁第一小法廷平成元年1月19日判決『労働判例』533号http://web.churoi.go.jp/han/h00308.htmlの中労委の上告趣意書が法益権衡論である。上告趣意は「労働者の団結権、団体行動権保障の趣旨からする施設利用の組合活動の必要性と、その施設利用により使用者が蒙る支障の程度との比較衡量により、両者の権利の調和を図ることが要請される。そして、使用者の施設管理権行使が右の調和を破るときには、権利の濫用があるといわなければならない」とするものであった。この判定基準(法益調整比較衡量)は国労札幌地本判決が否定したプロレーバー学説の受忍義務説にかぎりなく近づいていく意味で判例法理の否定といってもよい。
 伊藤正己裁判官に続いて中労委も挑戦したのである。
 しかし、最高裁は集会不許可を「業務上ないし施設管理上の支障に藉口」するもので不当労働行為にあたる中労委の判断を違法とする原判決を是認し、「本件食堂の使用制限及び屋外集会開催の拒否が施設管理権を濫用したものとはいえず、したがって、右使用制限等が労働組合法七条三号所定の不当労働行為に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない」として中労委の上告を棄却している。

●済生会中央病院事件

 済生会中央病院事件最高裁第二小法廷平成元年12月11日判決民集43巻12号1786頁『労働判例』552号http://web.churoi.go.jp/han/h00554.htmは。勤務時間内であるが事実上の休憩時間で、業務に支障のない態様でなされた無許可組合集会等に対する警告書交付は不当労働行為に当たるかが争われた事件だが、東京地労委-中労委-東京地裁-東京高裁まで、警告書交付を不当労働行為としていた判断を覆し、不当労働行為にあたらないとしたことで重要な判例である。
 つまり控訴審で是認された東京地裁昭和61年1月29日判決『労働判例』467号http://web.churoi.go.jp/han/h00805.html は、国労札幌地本判決を引用しながら、本件組合集会への警告書交付は『権利濫用と認められる特段の事情』があるという次のような判断をとっていた。
「本件各集会は原告病院が外来看護婦の急患室勤務の負担を加重する勤務表を作成したことに端を発し‥‥職場内で協議する必要から開かれたものであって、その開催された時間帯も事実上休憩時間と目される時間帯であり、業務や急患に対応しうるように配慮された方法で行われ、現実に業務に支障が生じていないこと、従来本件と同様の態様でなされた集会について原告らは何ら注意を与えていないことが認められ、これら事情は、本件集会が就業時間後に開催しなかったのが外来看護婦の中に保育の必要性がいた者がいたにすぎないものであったとしても、なお前記の特段の事由に該当する」というものである。実際には業務に支障がないから許容されるべきと言うのである。これも法益権衡論といえる。
 これに対して最高裁判決は「一般に、労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。」「労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として、正当なものということはできない。」「労働時間中に職場集会を開く必要性を重視して、それが許されるとすること」はないと断言したうえ「本件警告書を交付したとしても、それは、ひっきょう支部組合又はその組合員の労働契約上の義務に反し、企業秩序を乱す行為の是正を求めるものにすぎないから、病院(上告人)の行為が不当労働行為に該当する余地はない」と明快な理由で原判決を破棄した。
 集会の態様が、業務に影響のないようなされたとか、外来の看護婦が通常の昼休みをとれない実態にあり、その時間が事実上休憩時間だった等の事情を『特段の事由』とすることにより、不当労働行為にあたるとする下級審の判断を粉砕し、斟酌の余地なしとしたのである。
 奥野久之裁判官の反対意見は「一般的には違法とされるべき行為であっても、組合員の意思を集約するために必要であり、かつ、労働組合ないしその組合員(労働者)のした義務違反ないし病院の権利に対する侵害の内容、態様及び程度その他諸般の事情をも総合して、団体行動権の実質的保障の見地から相当と判断される場合には、正当な組合活動として取り扱うべき場合がある」という法益権衡的な違法性阻却説であるが、少数の反対意見にとどまったのであって済生会事件は勤務時間中の集会事案であるが、法益権衡的な判断を再度排除したものと評価してよいだろう。

●オリエンタルモーター事件

 オリエンタルモーター事件最高裁第二小法廷判決平成7年9月8日『労働判例』679号http://web.churoi.go.jp/han/h00640.htmlは組合執行委員長らによる守衛への暴言、脅迫を契機として業務に支障のない限り食堂の集会利用等の使用を承認してきた慣行を変更し不許可とした事案につき、東京地裁平成2年2月21日判決『労働判例』559号『労働関係民事裁判例集』41巻1号16頁『判例時報』1368号136頁 http://web.churoi.go.jp/han/h00383.htmlは不当労働行為に当たらないとして、中労委の救済命令を違法として取り消した。ところが、控訴審東京高裁平成2年11月21日判決『労働判例』583号『労働関係民事裁判例集 』41巻6号971頁『判例タイムズ』 757号  194頁http://web.churoi.go.jp/han/h00434.htmlは、それでは組合活動が著しく困難となるとして、不当労働行為に当たるとした。控訴審の判断が法益権衡論である。

 これに対し上告審最高裁第二小法廷判決は控訴審の判断を覆し、これまで業務に支障のない限り使用を認めてきたとしても、それが食堂の使用について包括的に許諾していたということはできないし、食堂の無許可使用を続けてきた組合の行為は正当な組合活動に当たらないとした。さらに条件が折り合わないまま、施設利用を許諾しない状況が続いていることをもって不当労働行為には当たらないとしたことから、企業施設の組合活動の正当性を「許諾」と「団体交渉等による合意」に基づく場合に限定した国労札幌地本判決の枠組に従った判断と評価できる。
 法益権衡論的な控訴審判決は否定されているのであり、判例法理は維持されてたのである。
 以上の最高裁判決、池上通信機事件、日本チバガイギー事件、済生会中央病院事件、オリエンタルモーター事件は、いずれも無許諾の組合集会事案であるが、法益権衡論を否定し正当な組合活動ではないとしている。国労札幌地本ビラ貼り事件判決の判例法理を維持したものと評価することができるのである。
(つづく)

引用文献(伊藤正己補足意見について)
渡辺章『労働法講義下労使関係法雇用関係法Ⅱ』信山社出版2011

カード 無許可組合集会 金融経済新聞社事件 東京地裁平15・5・19判決『労働判例』.858号

(休憩時間の無許可集会に対する譴責処分、降格処分を無効とした例)

 労働基準法第三十四条第三項は、労働者に対して休憩時間を自由に利用させる義務を負うとされるが、使用者は休憩時間においても企業施設利用について企業秩序遵守を従業員に要求できる。目黒電報電話局事件最高裁第三小法廷昭和52年12月13日判決民集31巻7号974頁 『判例時報』871号『労働判例』287号は休憩時間の自由利用も、それが「企業施設において行われる場合には、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることはできない」のであって「従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない」。局所内における「演説、集会、貼紙、掲示、ビラ掲示」は、休憩期間中になされても「その内容いかんによっては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるから」、これらの行為を局所管理者の許可制にした就業規則は休憩時間にも適用されると判示した。
 休憩時間の無許可組合集会に対する懲戒処分事案では、全逓新宿郵便局事件 最高裁第三小法廷昭和58年12月20日『労働判例』421号 『労働法律旬報』1087・88号http://hdl.handle.net/2298/14070 東京城東郵便局事件東京地裁昭和59年9月6日判決『労働判例』442号が、休憩室、予備室、会議室における無許諾組合集会の強行は組合活動の正当な行為ではなく、管理職による中止・解散命令、懲戒処分を有効と判示している。また三菱重工業事件東京地裁昭和58年4月28日判決『労働判例』410号も昼休み時間中の食堂前広場における無許可集会は正当な組合活動として許容されないと判示している。さらに、労務指揮権の及ばない就業時間外の組合集会としては、日本チバガイギー事件最高裁第一小法廷平成元年1月19日判決『労働判例』533号http://web.churoi.go.jp/han/h00308.htmlが、工場は就業時間外だが本部棟が就業時間内の時間帯において食堂利用及び屋外集会開催不許可を不当労働行為に当たらないとする原判決を是認した。さらに国鉄清算事業団(東京北等鉄道管理局)事件東京地裁平成3年7月3日判決『労働判例』594号は東京駅構内遺失物取扱所裏における非番者無許可集会の警告・メモ・写真撮影は不当労働行為に当たらないと判示した。ついでにいえば軍事基地という特殊な職場ではあるが、米空軍立川基地出勤停止事件東京高裁昭和40・4・27判決『労働関係民事裁判例集』16巻2号317は、基地司令官の命令に反し、組合集会を開催した組合員の出勤停止処分を是認している。
 従って、休憩時間は労務指揮権が及ばなくとも、従業員には企業秩序遵守義務があるから、使用者は企業秩序定立権にもとづき、秩序を乱す行為として、演説行為や集会に対し、不許可、中止・解散命令、懲戒処分が可能であるというのが判例であるということである。
  ところが、本件は、休憩時間中の無許可集会強行、始末書提出拒否を理由とする役付(営業局参事・次長心得)を解く降格処分を無効としたのである。ワースト判決と私は考える。
 とはいえ、本件はその組合活動が正当な行為かが争われる救済命令取消訴訟とは性格を異にしていて、違法な降職処分であるにより役職手当が削られた、違法な査定により月ごとの賃金および賞与が減額されたとして、差額賃金の支払いまたは不法行為に基づく損害賠償等を求めた事案であって、集会といっても演説行為というよりも通常により大きな声で発言がなされたミーティングに近い態様であったこと、軽微な企業秩序遵守義務違反であるのに、降処分というわりあい重い懲戒処分がなされたものであり、集会を規制する観点では判決の影響は決定的なものとはいえない。しかし、こういう司法判断もありうるということで、教訓として学ぶ必要があるので掲載した。

○事件の概要

 原告 金融経済新聞労組(日本出版労働組合連合会加盟組合)委員長で同社の次長心得の職位にあった営業局員甲野と書記次長で営業主任の乙山2名
 被告 (株)金融経済新聞社
 
 平成11年1月27日午後12時35分頃から約10~20分間(被告は20分、原告は10分と食い違った主張のため)、原告らは被告事業所執務室内で組合員Aの東海総局への配転問題に関し職場会を行った。被告は同日本件会合は就業規則に違反する、重大な業務妨害であるとして、参加者11人全員に対し下記の懲戒処分(第1次処分)を行った。
 原告甲野 始末書をとり譴責処分
 原告乙山ら3名 始末書をとり戒告処分
 7名 厳重注意
 しかし4名から提出期限までに始末書が出されなかったため就業規則に違反するとして下記の本件懲戒処分を行った。
 原告甲野 始末書をとり役付き(営業局参事・次長心得)を解く降格処分とする。
 原告乙山ら3名 始末書をとり譴責処分とする。
 本件は本件処分の効力、無効な場合の役付手当請求権と、賃金減額、減額査定の違法性と、違法である場合の差額賃金請求権が争われた。地裁の判断は譴責処分と降格処分を無効とし、したがって次長心得として得ていたはずの役付手当請求権を認めた。また給与額の減額を違法とし、賞与受給権も認めた。

○ 懲戒処分の理由(会社側の主張)

 この時間帯は原則として昼休みとされているが、一部又は全部が就業時間にかかっている。また編集局従業員の多くは昼食時間をずらして取るなどの理由で正午から午後一時までの時間帯で仕事をしていることが多い。E取締役は総務局長として就業規則に則って職場の秩序を管理・監督する業務を負っていた。本件会合は、被告の許可なく被告の事業所内で行われ、かつEの制止を振り切って行われたものであり、就業規則90条20号の「会社の許可なく、会社内で職務上関係ない集会等を行ったとき」に該当し、第1次処分は正当である。これに原告が従わなかったから本件処分をしたのであり、本件処分は正当である、というものである。

 
○判決(抜粋)

 
「被告は、平成10年12月、組合員のAに対し、東海総局への配転を内示した。組合は、Aから委任を受け、平成11年年1月、被告に対し、Aの配転問題について団体交渉を申し入れ、同月18日に団体交渉が開催された。
 平成11年1月27日午後12時30分すぎころから約10ないし20分の間、原告らは、休憩時間を利用して、被告事業所の執務室内で本件会合を開き、組合員11名が参加した。本件会合は、翌日にAの配転問題について団体交渉が予定されていたことから、これまでの経過を組合員に説明するため、組合員に呼びかけて行われたものであった。原告甲野を含めて2、3名の者が他の組合員に対し普通の話し声より大きな声で説明を行った後、散会した。シュプレヒコール等はされなかった。
 本件会合の際、E以外の従業員は、別室で昼食をとるなどしており、前記執務室にはいなかった。Eは、自席で昼食を食べながら書類に目を通していたが、本件会合に参加していた組合員らに対し、2、3回集会をやめるよう制止した。原告らはこれを聞き入れなかった。
 被告では、正午から午後1時までは就業規則上休憩時間とされていた。ただし、半日休暇を取る者については、午前8時30分から午後12時15分まで、又は、午前9時30分からから午後1時15分かまでが勤務時間であって、全部又は一部が就業時間にかかるものだった。
 組合と被告の間では、被告の事業所を組合が利用することについて、労働協約もその他の合意もされたことはなかった。
 被告は同日、本件会合は、「就業規則違反であるとともに、重大な業務阻害と認め」たとして参加者全員に対し、文書により第1次処分を通告した。
       記
 原告 甲野 始末書をとり、譴責処分とする。
 原告 乙山、B、C 始末書をとり、戒告処分とする。
 その他7名、厳重注意処分とする。
 原告らは、本件会合は、配転問題についての集会だから職務に関連のない集会ではないので就業規則違反はなく、業務妨害はなかったと考え、第1次処分の始末書を提出しなかった‥‥被告は、同月15日‥‥始末書が提出されなかったことは、就業規則91条25項に違反する行為であるとして、下記懲戒処分を行った。この処分が行われるまで、被告は、原告らに対し、その弁明を聞く機会を与えられたり、第1次処分の説明したりしなかった。
                  記
 
 原告甲野 始末書をとり役付き(営業局参事・次長心得)を解く降格処分とする。
 原告乙山 B C 始末書をとり譴責処分とする。
 始末書は同月19日午前10時までにDに提出する。
 ‥‥まず第1次処分について検討する
 使用者は、休憩時間を自由に利用させなければならない(労働基準法34条3項。休憩時間自由利用の原則)。他方、使用者には企業施設に対する管理権があるから、労働者は休憩時間中といえども、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制に服するというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和52年12月13日判決、民集31巻7号974頁)。 ‥‥本件会合は、休憩時間を利用して行われたものであるが‥‥組合活動としての集会を被告の許可なく事業所内で開催したものであると認められる。
 就業規則90条20号は、被告の許可なく職務上関係のない集会等を行ってはならない旨定めたものであるところ、使用者の事業所に対する管理権の行使として、職務上無関係な集会等の開催を禁止することは、合理的であり是認することができるものである。そして、組合活動による企業施設の利用といえども、使用者はこれを受忍すべきであるとはいえず、本来的には使用者との合意において基づいて行われるべきである。この点、原告らは「本件会合は従業員の配転問題についての集会であるから、職務上関係のある集会であった。」旨主張するが、職務関連性の有無は、各従業員の職務を基準に判断すべきであり、組合活動は当該従業員の職務上の行為ないし職務に関連する行為とはいえないから、採用できない。
 このように、原告甲野らが本件会合を開催したことは、懲戒事由に当たるというべきであるが、これを懲戒に付するのは相当性がないというべきである。
 すなわち‥‥本件会合の際、Eが執務中であったことは認められるが、他方、就業規則上休憩時間とされた時間帯であり、E以外に執務していた従業員も、同じ部屋にいた従業員もいなかったこと、説明者が通常の話し声よりやや大きな声で交代で説明を行い、シュプレヒコールはなく、時間も10ないし20分間と短かったことからすれば、業務上の支障を生じたということも、業務上の支障が生じ得る可能性があったといえないからである。また、Eから参加者に対し2、3回制止したのに、原告ら及び参加者がこれを聞き入れず本件会合を続けたことは認められることが、その際、Eが就業規則違反とは告げていなかったこと(中略)、これを否定する原告ら参加者が、当時、本件会合は「職務上関係ない集会」に該当するとは考えていなかったこと(中略)、本件会合自体が短時間で散会となったことから、上司の命令に服しない行為ではあるが、その企業秩序維持義務違反の程度は極めて軽微であったと認められるからである。
 したがって本件会合について、懲戒に付するのは、相当性がなく、懲戒権の濫用というべきであるから、第1次処分は無効である。‥‥第1次処分が無効である以上‥‥本件処分も無効というべきである。仮に、第1次処分が有効であるとしても‥‥本件会合の態様が業務上の支障を来たす(ママ)ものではなかったこと、原告ら及び参加者は本件会合は「職務上関係ない集会」に該当するとは考えてなかったこと、被告は本件処分までに原告甲野を含め処分者に弁解の機会を与えず、第1次処分の理由も説明していないことに照らすと、始末書を提出しなかったからといって、企業秩序義務違反の程度が重いということはできず、次長心得から4段階下の無役の従業員へ降格する重大な懲戒を行うことは相当ではなく、懲戒権の濫用として無効というべきである。

   なお、ここでは降職処分についてだけ抜粋し、査定による給与、賞与の減額の損害賠償等の部分については省略した。判決は甲野太郎に276万2466円とその他の金員、乙山太郎に107万6329円その他の金員を支払えなどとするものである。

 
 
 ● 本判決の批判

 判決は「使用者の事業所に対する管理権の行使として、職務上無関係な集会等の開催を禁止することは、合理的であり是認することができるものである‥‥本件会合を開催したことは、懲戒事由に当たるというべきである」と言いながら、「これを懲戒に付するのは相当性がないというべきである」というわかりにくい判決である。
 それは「就業規則上休憩時間とされた時間帯であり、E以外に執務していた従業員も、同じ部屋にいた従業員もいなかったこと、説明者が通常の話し声よりやや大きな声で交代で説明を行い、シュプレヒコールはなく、時間も10ないし20分間と短かったことからすれば、業務上の支障を生じたということも、業務上の支障が生じ得る可能性があったといえないからである。また、Eから参加者に対し2、3回制止したのに、原告ら及び参加者がこれを聞き入れず本件会合を続けたことは認められることが、その際、Eが就業規則違反とは告げていなかったこと(中略)、これを否定する原告ら参加者が、当時、本件会合は「職務上関係ない集会」に該当するとは考えていなかったこと(中略)、本件会合自体が短時間で散会となったことから、上司の命令に服しない行為ではあるが、その企業秩序維持義務違反の程度は極めて軽微であったと認められるからである。」ためだとしている。
 つまり、この事件は目黒電報電話局事件・最三小法判昭52・12・13日民集31巻974頁 『判例時報』871号『労働判例』287号の判示する「形式的にこれに違反するようにみえる場合でも‥‥秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする」という実質的に違反行為がない場合の判例法理を引用してないが、それに準じた判断なのかもしれない。しかし「特別の事情」論は展開されていないのであり、たんに懲戒権の濫用としており先例との整合性で釈然としないのである。
 懲戒処分に相当しない理由として、通常よりやや大きな話し声で説明が行われたが、シュプレヒコールもない、業務上の支障もないとされる態様と、就業規則違反と告げず、集会の当事者が就業規則違反と考えていなかったこととしている。
 なるほど、組合側は集会というよりも会合と言っているように、騒々しい態様ではないとしても、通常よりやや大きな声は問題であるし、この時はたまたま組合の集会以外にE取締役しかオフィスにいなかったのであるが新聞社という仕事の性質上、昼休み中でも仕事にあたる人が慣行としてあるという状況があり、この時もE取締役が食事しながら書類に目をとおしていたというから、実質仕事中であり、E取締役の業務への集中を組合の集会が妨げているということができるのであって、なんらかの懲戒処分は適法とする判断が妥当であったと考える。
 つまり経営内の組合活動に関する指導判例である国労札幌地本ビラ貼り事件最高裁第三小法廷昭和54年10・30判決民集33巻6号647頁『労働判例』329号は「具体的企業の能率阻害を判示せず、抽象的な企業秩序の侵害のおそれのみをもって、施設管理権の発動を認めている」【註1】のであって、具体的な能率阻害がなくても、秩序を乱すおそれというだけで施設管理権は発動できる、他の社員の注意力を散漫にする行為も、業務遂行の障害となるおそれとして、施設管理権の発動は正当化されると解釈されるべきである(上記目黒電報電話局事件最高裁判決は「他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出」すことは企業秩序遵守義務違反となるとする)、通常より大きな声でのミーティングもそのおそれがあるから、業務への支障が軽微であるとしても、そのことが組合活動を正当化させる理由にはならないと考えるからである。
 ただ、この程度の無許可職場集会の強行と始末書提出拒否で役付(営業局参事・次長心得)を解く降職処分は、重い処分とはいえるかもしれない。原告甲野は降格により2年8ヶ月分で役付手当87万3600円が支払われなかったということだから、1か月にならすと月2万5740円程度の減給になっていたことになる。
 しかし、企業秩序を乱す行為に対して役付を解く厳しい姿勢も会社の経営上必要なことだともいえるのではないか。
 この判決から教訓としていえることは、企業秩序遵守義務違反の程度で軽微なものについては、降職処分としたり査定により給与・賞与の減額する場合は懲戒権の濫用として反撃されることがあるということである。また秩序違反行為について中止命令を発し、制止するとき就業規則違反だということを明示することがより無難であるということである。

 
 【註1】河上和雄「企業の施設管理権と組合活動--昭和54年10月30日最高裁第三小法廷判決について(最近の判例から)」『法律のひろば』33(1)1980

2012/09/21

キャサリン妃ヌードの感想

 週刊フライデー10/5号を早速買いましたが、フランスの雑誌クローザーのそれは世界的スクープに値するもので、よく撮ったと感心した。T字型に近い鋭角の黒ビキニショーツの似合う女性で、スタイルの良さといい魅力的に感じた。
 ただし私は思想的なことではキャサリン妃が嫌いだ。新約聖書の第二パウロ書簡とペテロ書に「家庭訓ジャンル」というのがあります。例えばエペソ人への手紙5章22節以下「妻たる者よ、主に仕える(服従する)ように、夫に仕えなさい(服従しなさい)キリストが教会のかしらであって、自らはからだなる教会の救い主であられるように、夫は妻のかしらである‥‥‥」などは結婚式でよく読まれることで知られている。
 ところが、キャサリン妃は、結婚式の説教で、女性差別的な聖書の引用をしないよう、事前に注文をつけていたことを、テレビ中継のアナウンスで聴いた。フェミニスト神学の立場で現代的な女性との紹介だったと思うが、要するに第二パウロ書簡の伝統的な家庭訓、夫婦倫理お断りの姿勢を示したのである。
 結婚するなら、第二パウロ書簡の家庭訓に忠実な女性が望ましい。そうでないと家庭に災いをもたらすだろう。そのような意味ではよろしくない女性ではないかと、表向きはいえないが内心は思っている。

2012/09/13

乃木希典自刃より100年

 前田敦子泥酔「お姫様抱っこ」と内柴正人初公判「女は口腔性交に応じていた」がなかなか衝撃的なニュースで関心はあるが、本日は陸軍大将乃木希典夫妻百年祭とのことであるので、こちらの回想記事を記すこととする。
 私は家制度について関心があつたので、井戸田博文『乃木希典殉死・以後―伯爵家再興をめぐって 』新人物往来者1989という研究を読んだことがある。
 それによると、乃木伯爵は明治天皇大葬の夕に殉死、乃木希典の息子は二人とも日露戦争で戦死、三男は夭折したため、遺書によりいったんは絶家とされた。自刃と伯爵家絶家の理由については、西南戦争で軍旗を奪われたこと、日露戦争で多くの部下を犠牲にしたことに責任を痛感していた。また受爵は一代限りとする考えを持っていたためのようである。
 山縣有朋や寺内正毅から乃木家の旧主にあたる長府藩主の後裔、毛利子爵家の次男元智を養子を立てて相続させようとする運動があったのであるが、乃木は会沢正志斎『新論』などを読んでいて異姓養子を非とする考えであった。また養子制度に批判的な見解を持っていた。長州閥による旧主家を養子とする運動に乃木は乗り気でなかったという。 自刃の三年後に毛利元智により乃木伯爵家が再興されるが、絶家を望む故人の遺書が報道されたことから国民の大反対運動が起き、結局昭和九年に爵位を返上、姓も毛利に戻すことになったのである。
 なるほど儒教的な筋目尊長論の思想的背景からすれば、長州閥の意向であった毛利元智による相続に乗り気でなかつた意味はわかる。爵位は一代限りという考えにも固執していたようだ。

2012/09/09

岡田与好による「営業の自由」論争と関連して団結禁止体制・その変質について(2)改訂版

承前

営業の自由の歴史的過程(英仏独日諸国の概観)その1
 

 岡田教授によれば、先進国における営業の自由の進展は、イギリスにおいては、17~18世紀にかけて①初期独占の廃棄、②ギルド的独占の廃棄、③団結禁止による経済的自由の保障と漸進的・段階的に達成した。フランスでは革命期に一気に展開されたのでより鮮明なものとなっている。【註1】ドイツや日本はやや違った展開をとっているので比較法的に概観する。

1 イギリスにおける初期独占の廃棄

 商品取引の独占は人類の歴史とともに古く、フェニキア人の商業活動に随伴した独占から現代的独占(労働力取引の独占-賃金カルテルである労働組合を含む)にいたるまで普遍的現象ともいわれているが、政治問題化したのが絶対王政期であった。
 「初期独占」とは16~17世紀の独占であって、経済史学で用いているもので、現代的独占と区別するための用語であり、ある個人もしくは幾人かの個人に商品の販売・製造・輸出入の独占権を国王もしくは国家的機関が特権付与するものである。
 
  イギリスでは16世紀末、女王エリザベス1世の特許状により特権的政商もしくは寵臣に特定の商品の国内での一手販売権を付与する「特許独占」が財政の悪化と寵臣への報酬のために濫発された。鉄、ガラス、石炭、鉛、塩など40品目以上に独占が及び、独占価格により商品の価格もつりあがった。特許状は元々、外国より遅れていた産業を育成するためのものだったが、特許状発行に伴う上納金を財政上の手段としたのである。これは国王大権事項のため議会の承認は不要だったのである。【註2】
  このため議会(庶民院のコモンローヤー)と王権との間で激しい紛争となった。裁判所は反独占権の法理を展開し特許状による営業独占をコモン・ロー、臣民の自由に反すると判示した。法の支配とはまさにこのことである。
 1601年の議会は独占批判で荒れ模様となり、庶民院では国王の特許状発行を制限する法案が検討された。女王は批判の高まりに衝撃を受け、「黄金演説」において、国王大権の優越を明言しつつも、親愛なる臣民の一般的善のために一定数の特許を廃止するとともに、独占付与による損害について通常の救済方法に訴えることを臣民の自由とする譲歩により収拾を図った。
 1602年ダーシー対アレン判決Darcy v.Alleinにおいて、独占権が有害であるという法廷による決定的なステートメントとなるコモン・ロー史上著名な判決が下された。
 ダーシーは、開封勅許状により毎年100マルクを支払うかわりに、英国の市場でトランプの輸入・販売・製造の独占特許を21年以上付与されていたが、ロンドンの小間物商アレンが、80グロスのトランプを製造し、さらに100グロスのトランプを輸入したため特許権侵害として訴えたものであるが、女王による独占特許を無効と判決した。
 王座裁判所全員一致の意見は「原告に対する……前記の権利付与はまったく無効である……すべての営業は……国家にとって有益であり、したがって、トランプの独占権を原告に付与したことは、コモン・ロー、および臣民の利益と自由に反する。………同じ営業を営む者に損害と侵害をあたえるばかりでなく、その他のすべての臣民に損害と侵害をあたえるというのは、それらのすべての独占は、特許被授与者の私的な利得を目的としているからである。……」などと述べた。
 絶対王権に対するコモンロー護持者として歴史的権威となったエドワード・コーク卿は後にこれをマグナ・カルタ第29条に基礎づけた。「もし誰かある人にトランプ製造なり、そのほかどんな商売を扱う物であっても独占の許可を与えるとすれば、かかる許可は……臣民の自由にそむいている。そして結果的には大憲章に違反している」と。マグナ・カルタ29条「自由人は,その同輩の合法的裁判によるか,国法によるのでなければ,逮捕,監禁され,その自由保有地,自由,もしくはその自由な習慣を奪われ,法外放置もしくは追放をうけ,またはその他いかなる方法によっても侵害されることはない」を注釈し、「自由」および「諸自由」を示すlibertates libertiesについて、これらが「王国の法」「イングランド臣民の自由」「国王から臣民に与えられた諸特権(privileges)を意味するとことを明らかにしlibertates libertiesの中に営業の自由を認める再解釈を行ったのである。
 ジェームズ1世の時代には反独占運動が激烈となり、国王は1604年の「自由貿易のための法案に関する指示」を行い、「すべての自由な臣民は、かれらの土地に対するのと同様に、かれらみずからそれに従事し、かつそれによって生活しなければならない営業(trades)に自由に精励するという〔権利を〕承継して生まれている。商業は、他のすべてのなかでも最も主要なまた最も裕福なものであり……それを少数者の手中にとどめておくことは、イギリス臣民の自然権と自由に反する」と理由を述べた。
 1624年には「独占および刑法の適用免除ならびにその没収に関する法律」が制定された、独占法は前半であらゆる特許独占を廃止し、コモンローによって裁定されるとした。しかし、後半でコーポレーション組織による独占を認める等の例外規定を設けなお独占が一掃されたわけではない。
  1625年のイプスウィッチ仕立屋判決Ipswich Tailors Case http://oll.libertyfund.org/?option=com_staticxt&staticfile=show.php%3Ftitle=911&chapter=106357&layout=html&Itemid=27は重要に思える。原告イプスウィッチテーラーズは国王の開封勅許状により設立され、イプスウィッチの町で仕立業を営む者は、原告団体の親方、管理人のもとヘ出頭するまでは、店舗や部屋をもち、徒弟やジャニーマンを雇ってはならず、少なくとも7年間徒弟として奉公したことを証明しなければならなかったため、違反者に3ポンド13シリング4ペンスを請求した金銭債務訴訟である。
 「第一に、コモン・ロー上、何人も合法的な営業に従事することを禁止されることはできない。というのは、法は怠惰、悪の根源……を嫌うからである。……したがってコモン・ローは、人が合法的な営業に従事することを禁止するすべての独占を禁止するのである。第二に、被告に制限を加えることは、法に反する。…というのは、臣民の自由に反するからである……」 【註3】
 アダム・スミス以前の経済的自由の先駆が17世紀のコモンローヤーだった。財産所有、取引および営業、利子をとること、独占および結合から免れること、自己の意思決定、政府および法令の規制を受けない経済的自由を強く支持したのである【註4】
 しかし、1625年に即位したチャールズ1世は、1624年の大独占禁止法の例外規定を巧みに利用し、多くのカンパニーに法人格が付与され、独占を確保する目的で設立された。
 1640年の長期議会は独占攻撃のるつぼとなり、まず独占企業家を議会から追い出し、諸独占を査問にかけて個々に廃止した。商業独占と、ギルド的独占はなお存続したが、産業独占の性格を有する「初期独占」は概ねこの時期に解体していった。【註5】
 1688年ウイリアムとメアリのもとで王室鉱山法が制定され、金属の鉱業権が王室から剥奪され、土地所有者に保障された。名誉革命を画期として「初期独占」は最終的に解体されるのである。【註6】

 
 2 イギリスにおけるギルド的独占の廃棄
 
 問題となるエリザベス女王の治世の1563職人規制法について、各条項の要点は以下のとおりである。
 ○農耕就労義務
 所定の土地、動産を所有しない、もしくは所定の土地、動産を所有する両親をもたない者は自己の居住州内で年季奉公人として農業労働に従事すべき義務を有す。
 ○手工業就労義務
 三年以上特定の手工業に従事し所定の土地、動産を有さない30歳以下の未婚の職人は、農業を営まざる場合、未婚の間、自己の従事してきた職種の営業主の請求によって雇用さるべき義務を有す
 ○未婚女性の日雇就労義務
 ○年季契約の義務(1351年法と基本的に同) 
 ○労働者の移動の禁(1383年法と同)
 都市または教区を離れるものは移動証の持参を要す。
 ○労働日に関する規定(1495年制定法とほぼ同)
 夏期・午前5時~午後7時、 冬期・夜明けより日没(休憩計2時間)。 
 ○労働契約条項
 被傭者の不当就業放棄の禁止と、不当解雇の禁止、その正当な理由は治安判事の認定とする。
 ○賃金条項
 1351年の賃金法定制をあらため、豊凶いずれのときを問わず、被傭者に適当な賃金率を与えるために治安判事によって毎年裁定される賃金スライド制。
 ○徒弟条項
 雇職人(ジャーニーマン)として就業するためには、最低七年徒弟として育成されたことを要件とする。以下略【註7】
 岡田与好は、早い時期にマナーが崩壊したイギリスでは15世紀から16世紀には、ギルド規制から自由な農村地帯に毛織物工業が深く根を下ろし、この農村の自由な経済発展に対応して、都市のギルドは規制力が弱化し、16世紀中期にはギルドの危機が全面化した。職人規制法は、産業規制を全国化し、工業的諸営業の農村地帯への拡散を防止するための者で、農村住民の農村離脱を禁止し営業資格の厳重な制限(七年季徒弟制度)によって転職の禁止を全国化し、当該ギルド団体に営業独占を保障しようとするものであったという。【註8】
 職人規制法の徒弟制は、資本の移動の自由を否定し、労働力の雇傭を制限し、労働力の移動を制限し、安価な労働力の不断な供給を阻止した。イギリス資本主義=賃労働の生成・発展に敵対的なものであったから、経済的自由の障害として除去されなければならない性格のものだった。 
 17世紀初頭のコモン・ロー法曹は営業は恣意的諸制限から自由でなければならないと考えたのである。【註9】。
 コモンローとは、教会法に対する世俗法、制定法に対する判例法、地域的慣習に対する王国共通の法、大陸法に対してイギリスの法という意味等多義的に用いられるが、岡田与好の次の説明がわかりやすい。
 「コモンローは『単に制定法の解釈に立脚する権利体系ではなく、裁判所の慣行に立脚する完全に独立した権利体系だった』かかるものとしての「コモン・ローの優位」の確立のために、コモンロー裁判所が議会内の反絶対主義的勢力と同盟しつつ絶対主義的法体系への偉大な闘争を開始し(16世紀末)‥‥ピューリタン革命(星室庁裁判所・高等宗務官裁判所・大権裁判所の廃止)を経て『コモン・ローの優位』が確定する過程と平行して、「『職人規制法』がコモン・ローによって制限され、ついに否定されさえするに至った」のである【註10】
 1615年のトーリー対アレン事件【註11】は徒弟法の7年間徒弟義務を営業資格要件とする規定は徒弟法の規定しない職業には適用されないもののとした。
 1624年の大独占禁止法以降のノリツヂにおける同職組合であるカンパニー組織についての研究によると、徒弟雇用数の制限は職業によって異なるが取り払われる傾向にあり、営業規制は品質管理が中心となり弛緩する傾向にあった。これは時代の変化に柔軟に対応していたことを示している。【註12】
 チャールズ1世は、1624年の大独占禁止法の例外規定を巧みに利用し、多くのギルドを再編し、初期独占の解体に伴う競争の増大による工賃の低下防止のための小営業主の団結運動を助長した。このため清教徒革命期には、ギルド民主化闘争があったが、ギルド的支配は存続した。【註13】
 したがって、ギルド団体の産業統制を拒否するレッセフェール経済の浸透の時期は、王政復古(1660)以降のことである。
 1669年の「枢密院録」によると1563年の徒弟法は廃止されていないけれども、大概の裁判官によって産業および発明の増加にとって不都合なものと考えられた。 
 18世紀になるとコモン・ロー裁判所はいくつかの判例を通じて「コモン・ローの政策は企業の自由、営業の自由、労働の自由を奨励することにある」という立場を宣明した。
 1563年エリザベス1世の職人規制法の体系も法律として存在しても、実効性を伴わなくなり空文化していく。ブラックストーンは1765年に次のように述べた。「裁判所の判決は、規制を拡大したのではなく、それを一般に制限してきた」。治安判事の賃金裁定条項は衰退していくのである。17世紀末には既に同条項の適用を年雇労働者や農業奉公人にされていたのである。【註14】徒弟条項は、七年の徒弟義務ではなく、いかなる仕方にせよ七年間従事することが職業を独立して営む合法的権利とされるようになっていった。
 1706年の女王対マドックス事件で裁判所は「職人規制法」に公然と敵意を示しそれを『過酷な法律』と規定し、1756年のレイナード対チェース事件では近代における偉大な法曹とされるマンスフィールド卿が「職人規制法」は『王国のコモン・ローによって与えられている一般的権利に反し』『この法律の制定の基礎をなしている政策は経験から疑わしくなっている』と宣せられた。【註15】
  アダム・スミスは同業組合について次のような否定的態度を示した。
 「すべての同業組合が創立されたり大部分の同業組合法が制定されたりしたのは、自由競争を抑制し、そのために必ず引き起こされる価格や、したがってまた賃銀や利潤のこういう下落を防ぐためだった」「‥‥同業組合精神、つまり局外者に対するねたみや、徒弟をとったり職業の秘密をもらしたりすることの嫌悪が一般にかれらのあいだにゆきわたっており、そしてこの精神が、任意の連合や協約をつうじて、組合規約では禁止しえない自由競争をふせぐことをしばしばかれらに教える」「同業者というものは、うかれたり気晴らしをしたりするために会合するときでさえ、たいていのばあい社会に対する陰謀、つまり価格を引き上げるためのくふう、になってしまうものである」【註16】。
 このようにアダム・スミスも同職組合の特権や、徒弟制度の入職規制に強く反対していたので、ある。彼の思想の影響もあって、1563年エリザベス1世の職人規制法は18世紀に衰滅過程を辿り、最終的には治安判事による賃金裁定は1813年に、徒弟制は1814年に廃止されている。
(つづく) 
註1】岡田与好「市民革命と「経済民主化」」-経済的自由の史的展開-」岡田与好編『近代革命の研究 上』東京大学出版会1973所収272頁以下
【註2】青木道彦『エリザベスⅠ世』講談社現代新書2000
【註3】堀部政男「イギリス革命と人権」東大社会科学研究所編『基本的人権2』東京大学出版会1968所収
【註4】谷原修身「コモン・ローにおける反独占思想(三)」『東洋法学』38巻1号 [1994.09](契約法史の大家アティヤの見解)
【註5】岡田与好 前掲書 277頁
【註6】堀部正男 前掲書 378頁以下
【註7】岡田与好『イギリス初期労働立法の歴史的展開』御茶の水書房1961第二章
【註8】岡田与好「市民革命と「経済民主化」」-経済的自由の史的展開-」岡田与好編『近代革命の研究 上』東京大学出版会1973所収275頁
【註9】岡田与好『イギリス初期労働立法の歴史的展開』御茶の水書房1961 165頁
【註10】前掲書164頁
【註11】前掲書165頁以下
【註12】唐澤 達之「17世紀ノリッヂにおけるカンパニー」『立教経済学研究』 50(3), 1997〔※ネット公開〕
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006487095
【註13】岡田与好「市民革命と「経済民主化」」-経済的自由の史的展開-」岡田与好編『近代革命の研究 上』東京大学出版会1973所収 276頁
【註14】大沼邦博「労働者の団結と「営業の自由」--初期団結禁止法の歴史的性格に関連し近代資本主義の系譜 近代資本主義の系譜 近代資本主義の系譜 て」関西大学法学論集 38巻1号 [1988.04]
【註15】】岡田与好『イギリス初期労働立法の歴史的展開』御茶の水書房1961 170~171頁
【註16】谷原 修身「コモン・ローにおける反独占思想-4-」『東洋法学』38巻2号1995

2012/09/08

家電不振の原因の一つはやっぱりこれ

 シャープ非常事態の原因は、工場建設の過剰投資による巨額減損リスク、売れないクアトロン用液晶パネルの巨額在庫(週刊ダイヤモンド2012/9/1号)コモディティ化だなんだかんだといわれるが、私は個別企業の戦略ミスに還元できない本質的な問題について述べたい。
 本日の NHKの朝の番組「 週刊ニュース深読み崖っぷちのメイド・イン・ジャパン」をちらっと見たが、NHKの記者が一言、本質を突いた発言があった。業界全体が近年しめるところをしめるというような、コンプライアンス重視の経営で、長期的な開発投資の優先順位が下がったと言う趣旨のコメントである。
 具体的な説明ではないが、私はやっぱり十二・三年前、連合など労働組合や共産党が不払い残業是正キャンペーンを行い(これは日経連が全ホワイトカラー裁量労働制を主張したことに対抗するものである)、それを背景として中基審が2000年11月に「労働時間短縮のための対策に対する建議」を行い、厚生労働省が「労働時間の短縮促進に関する臨時措置法」の改正を労政審に諮問し、森内閣の坂口力厚労相のもとで2001年2月に同法改正を閣議決定し、それまでは労使間の問題として政府が積極介入しなかったあり方をやめ、サービス残業は労働基準法違反で、悪質な企業は司法処分を辞さないという労働基準局長通達(基発339号)を出し、「サービス残業規制政策」が開始されたことの影響が、労働者の士気をそぎ、萎縮させたことの影響を引きずっていると思う。
 電機大手が集中的に狙われたのである
 まずNECが基準監督署の指導で主任以下の調査を行い過去2年分の残業代を支払わされた。本社田町の100人以上について平均150時間約4500万とされている。日立製作所でも未払い残業代が支払われ、三菱電機で是正勧告、係長級に導入していた残業手当の定額支給も見直された。さらにシャープで是正勧告、沖電機でも是正指導がなされた(清山玲「サービス残業の実態と規制政策の転換」『茨城大学人文学部紀要. 社会科学論集』39 2003 ネット公開論文参照)。
 こんな事をやられると、残業はやりにくくなる。仕事に対するコミットメント、献身的に働くことがよろしくないという反労働倫理的政策である。結果として生産性低下の要因になったと私は考える。当時は、日本の家電メーカーは世界の一流で大きなシェアを占めていた。多少いじめてもどうということはないという、厚生労働省の判断だろうが、これが大きな間違いの元だったと思う。
 サムソンは労働組合もないし、信賞必罰、ハードワーク主義で知られる。十年後に韓国メーカーに負けてしまったのは必然のように思える。
 日本的経営がうまくいっていたのは、土曜日も働いていた1980年代までである。日本の企業内組合は欧米の産業別組合のような制限的職場規則がないことが利点だった。日経連・大企業は「職能給と属人給との組み合わせによる併存型職能給」を選択し、その能力要素部分のウエイトを高めていく方向を打ち出し、ME技術革新の下で職務構造、職能要件の変化に対応したフレキシブルな配置により、国際競争力を強化したことであるが、。80年代日本の労務管理の特徴として、長時間労働、サービス残業、生産現場の高い労働密度、出向、配転などに見られる日本の民間企業の企業戦士のような凄まじい働きぶりがあった。
 1990年代の日本経済低迷「失われた10年」の要因については「時短」により,週当たりの雇用者平均労働時間が,バブル期前後で44時間から40時間に低下したこと,もう一つは,生産の効率性を図るTFP(total factor productivity)の成長率が,90年代の中ごろから低下したことであるという 林文夫教授とプレスコット教授による有力な学説がある。
 だから、失われた20年の要因も案外単純なものであると考える。90年代の時短政策、21世紀以降の「サービス残業規制政策」、ワークライフバランスの喧伝で働かない主義が蔓延したことである。
 

 

2012/09/05

岡田与好による「営業の自由」論争と関連して団結禁止体制・その変質について(3)

3 イギリスにおける団結禁止

 (1)団結禁止及び労働組合非合法の法理の概略

 ア 制定法を基準とした時代区分

 大雑把に制定法による団結問題の時代区分は5区分して検討する。労働法制史が複雑だが、かいつまんでいえば以下のとおりである。

第1期 団結、集団取引自体が違法 1823年まで
 18世紀の主従法や産業別団結禁止法、1799-1800年団結禁止法

第2期 目的・態様を限定した団結放任(刑事免責)だが労働組合は非合法1825~1870年

 1825年法-賃金・労働時間に関する「集会」「談合」「協定」は例外として違法性が除去されるが、労働者個人を規約によって拘束し統制する労働組合は非合法であり、ストライキ、クローズドショップ、徒弟規制等の目的を有する団結はコモンローの非難にゆだねられる。

第3期 労働組合を合法化するがピケッティングは実質違法であり、ストライキは個別的自発的行為の総和であって、他者を強制できないだけでなく争議行為に共謀罪適用の余地を残す-1871~1874年

 
 1871年労働組合法と刑事修正法-この世界史上初の労働組合合法化は直接的にはストライキの目的を持つ組合規約が「営業制限」にあたり違法とされ組合基金の法的保障を失わせた、1867年のホーンビィ対クローズ事件判決を覆すものであった。刑事修正法は「その行為が取引の自由を害しまたは害する傾向を有するとの理由により処罰を受けない」とし営業制限の法理から免責することによって労働組合を「合法化」したのである。しかし、裁判所は主従法を適用したり、「営業制限」以外の理由「不当な妨害improper molestation」を根拠にコンスピラシーを構成するとして刑事修正法の但書における免責を否定した(1872年R v.Bunn事件)。

第4期 争議行為を刑事免責とするが、ピースフルピケッティングは違法であり、裁判所は民事共謀法理を案出し対抗-1875~1905年

 1875年共謀罪・財産保護法が制定され、主従法は廃止された。共謀罪・財産保護法は、労働争議を共謀罪から解放し刑事免責という画期的制定法であり平和的ピケッティングの合法化を企図したが、実際には合法化されてない。第7条但し書きが合法的なピケッティングを「単に情報を授受する目的」と規定したことが致命的だった。裁判所は情報を授受する目的で通路に待機することは合法と規定していても、説得すること、契約違反誘致は違法とした。1876年R.V.Bauld事件、1896年Lyons v.Wilkins事件は明確にピースフルピケッティングを違法としている。
 さらに裁判所は刑事免責の制定法に対抗するため民事共謀法理を案出、1901年のタフ・ヴェイル事件判決Taff Vale Caseは違法なピケッティングによる業務妨害、会社とスト破り労働者との雇用契約違反の誘引、および違法な共謀を理由に組合役員2名と、合同鉄道従業員組合(1871・76年労働組合法上の登録組合)を被告として差止命令とその他の請求(損害賠償請求)の訴訟を提起したものであるが、それまでの判例は不法行為責任の主体が労働組合員・役員個人であったのに対し、同判決が初めて労働組合を不法行為責任の主体と位置づけ、その賠償を組合自体に求めた。労働組合は法人ではないと認定されながらも、組合役員の行動によって生じたとされる非合法なピケッティング等による損害に対して法人能力があるものとして起訴されるとした。また判決は、労働組合に対し「差止命令」だけでなく「職務執行令状」も出せるとし、これに従わない場合は法廷侮辱罪で即決収監するとされた。1871年労働組合法に基づき登録された組合は法人と同様その登録名で訴えられ、その結果労働組合は鉄道会社のストライキの賠償として2万3千ポンドを支払うこととなったのである。

第5期 争議行為の不法行為免責-1906年労働争議法以降現代まで

 1906年労働争議法はダイシー、ポロック卿、ホウルズワースという名だたる法制史家が非難したように最大級の悪法と思う。
 他人の業務その他の妨害に対する責任の免除を次のように定める。   
第三条
「労働争議を企画しまたは促進するための行為は、当該雇用契約を破棄するよう他人を勧誘する、または、他の人の営業や雇用に抵触する、または、資本や労働を自由に処置する他人の権利に抵触する、ということのみを理由に起訴されることはない」コモンローでは、正当な理由なくして「不法かつ悪意に」他人をして第三者に対し不法行為をなさしめ、それによって第三者に損害を与える場合は不法行為となり、従って悪意に契約を違反せしめた場合も不法行為となるが、本条は契約違反の誘導に対する争議行為の免責を規定したものである。ただし本条の趣旨は、契約違反の誘導が名誉毀損・脅迫・強制等それ自体不法な手段によって行われる場合は免責されないとする。
 労働組合の基金の不法行為に対する免除について次のように定める
第四条第1項 「組合によりまたはそれに代わって行われたと主張される不法行為につき‥‥労働組合たるを問わず雇用組合たるを問わず、組合に対して提起された訴訟は、‥‥どの裁判所も受理してはならない」と規定し、タフヴェイル判決は完全に覆った。
 なお、1927年労働争議法-再びピケッティングの違法化、同条ストの違法化がなされたが、1942年労働争議労働組合法で廃止され、ピースフルピケッティングは容認された。近年の改革では1980年以降サッチャー政権によって、不法行為免責となる範囲を狭めた。マスピケッテイング、フライングピケット、二次的争議行為などは免責されず、第三者の監査によるスト投票により承認された公認ストライキ以外は免責されない。しかし1906年労働争議法はなお生きているのである。

なお、引用の出所については、各論編で掲載する。

2012/09/02

岡田与好による「営業の自由」論争と関連して団結禁止体制・その変質について(2)

承前

営業の自由の歴史的過程(英仏独日諸国の概観)その1
 

 岡田教授によれば、先進国における営業の自由の進展は、イギリスにおいては、17~18世紀にかけて①初期独占の廃棄、②ギルド的独占の廃棄、③団結禁止による経済的自由の保障と漸進的・段階的に達成した。フランスでは革命期に一気に展開されたのでより鮮明なものとなっている。【註1】ドイツや日本はやや違った展開をとっているので比較法的に概観する。

1 イギリスにおける初期独占の廃棄

 商品取引の独占は人類の歴史とともに古く、フェニキア人の商業活動に随伴した独占から現代的独占(労働力取引の独占-賃金カルテルである労働組合を含む)にいたるまで普遍的現象ともいわれているが、政治問題化したのが絶対王政期であった。
 「初期独占」とは16~17世紀の独占であって、経済史学で用いているもので、現代的独占と区別するための用語であり、ある個人もしくは幾人かの個人に商品の販売・製造・輸出入の独占権を国王もしくは国家的機関が特権付与するものである。
 
  イギリスでは16世紀末、女王エリザベス1世の特許状により特権的政商もしくは寵臣に特定の商品の国内での一手販売権を付与する「特許独占」が財政の悪化と寵臣への報酬のために濫発された。鉄、ガラス、石炭、鉛、塩など40品目以上に独占が及び、独占価格により商品の価格もつりあがった。特許状は元々、外国より遅れていた産業を育成するためのものだったが、特許状発行に伴う上納金を財政上の手段としたのである。これは国王大権事項のため議会の承認は不要だったのである。【註2】
  このため議会(庶民院のコモンローヤー)と王権との間で激しい紛争となった。裁判所は反独占権の法理を展開し特許状による営業独占をコモン・ロー、臣民の自由に反すると判示した。法の支配とはまさにこのことである。
 1601年の議会は独占批判で荒れ模様となり、庶民院では国王の特許状発行を制限する法案が検討された。女王は批判の高まりに衝撃を受け、「黄金演説」において、国王大権の優越を明言しつつも、親愛なる臣民の一般的善のために一定数の特許を廃止するとともに、独占付与による損害について通常の救済方法に訴えることを臣民の自由とする譲歩により収拾を図った。
 1602年ダーシー対アレン判決Darcy v.Alleinにおいて、独占権が有害であるという法廷による決定的なステートメントとなるコモン・ロー史上著名な判決が下された。
 ダーシーは、開封勅許状により毎年100マルクを支払うかわりに、英国の市場でトランプの輸入・販売・製造の独占特許を21年以上付与されていたが、ロンドンの小間物商アレンが、80グロスのトランプを製造し、さらに100グロスのトランプを輸入したため特許権侵害として訴えたものであるが、女王による独占特許を無効と判決した。

 王座裁判所全員一致の意見は「原告に対する……前記の権利付与はまったく無効である……すべての営業は……国家にとって有益であり、したがって、トランプの独占権を原告に付与したことは、コモン・ロー、および臣民の利益と自由に反する。………同じ営業を営む者に損害と侵害をあたえるばかりでなく、その他のすべての臣民に損害と侵害をあたえるというのは、それらのすべての独占は、特許被授与者の私的な利得を目的としているからである。……」などと述べた。
 絶対王権に対するコモンロー護持者として歴史的権威となったエドワード・コーク卿は後にこれをマグナ・カルタ第29条に基礎づけた。「もし誰かある人にトランプ製造なり、そのほかどんな商売を扱う物であっても独占の許可を与えるとすれば、かかる許可は……臣民の自由にそむいている。そして結果的には大憲章に違反している」と。マグナ・カルタ29条「自由人は,その同輩の合法的裁判によるか,国法によるのでなければ,逮捕,監禁され,その自由保有地,自由,もしくはその自由な習慣を奪われ,法外放置もしくは追放をうけ,またはその他いかなる方法によっても侵害されることはない」を注釈し、「自由」および「諸自由」を示すlibertates libertiesについて、これらが「王国の法」「イングランド臣民の自由」「国王から臣民に与えられた諸特権(privileges)を意味するとことを明らかにしlibertates libertiesの中に営業の自由を認める再解釈を行ったのである。
 ジェームズ1世の時代には反独占運動が激烈となり、国王は1604年の「自由貿易のための法案に関する指示」を行い、「すべての自由な臣民は、かれらの土地に対するのと同様に、かれらみずからそれに従事し、かつそれによって生活しなければならない営業(trades)に自由に精励するという〔権利を〕承継して生まれている。商業は、他のすべてのなかでも最も主要なまた最も裕福なものであり……それを少数者の手中にとどめておくことは、イギリス臣民の自然権と自由に反する」と理由を述べた。
 1624年には「独占および刑法の適用免除ならびにその没収に関する法律」が制定された、独占法は前半であらゆる特許独占を廃止し、コモンローによって裁定されるとした。しかし、後半でコーポレーション組織による独占を認める等の例外規定を設けなお独占が一掃されたわけではない。

  1625年のイプスウィッチ仕立屋判決Ipswich Tailors Case http://oll.libertyfund.org/?option=com_staticxt&staticfile=show.php%3Ftitle=911&chapter=106357&layout=html&Itemid=27は重要に思える。原告イプスウィッチテーラーズは国王の開封勅許状により設立され、イプスウィッチの町で仕立業を営む者は、原告団体の親方、管理人のもとヘ出頭するまでは、店舗や部屋をもち、徒弟やジャニーマンを雇ってはならず、少なくとも7年間徒弟として奉公したことを証明しなければならなかったため、違反者に3ポンド13シリング4ペンスを請求した金銭債務訴訟である。
 「第一に、コモン・ロー上、何人も合法的な営業に従事することを禁止されることはできない。というのは、法は怠惰、悪の根源……を嫌うからである。……したがってコモン・ローは、人が合法的な営業に従事することを禁止するすべての独占を禁止するのである。第二に、被告に制限を加えることは、法に反する。…というのは、臣民の自由に反するからである……」 【註3】
 アダム・スミス以前の経済的自由の先駆が17世紀のコモンローヤーだった。財産所有、取引および営業、利子をとること、独占および結合から免れること、自己の意思決定、政府および法令の規制を受けない経済的自由を強く支持したのである【註4】
 しかし、1625年に即位したチャールズ1世は、1624年の大独占禁止法の例外規定を巧みに利用し、多くのカンパニーに法人格が付与され、独占を確保する目的で設立された。
 1640年の長期議会は独占攻撃のるつぼとなり、まず独占企業家を議会から追い出し、諸独占を査問にかけて個々に廃止した。商業独占と、ギルド的独占はなお存続したが、産業独占の性格を有する「初期独占」は概ねこの時期に解体していった。
 1688年ウイリアムとメアリのもとで王室鉱山法が制定され、金属の鉱業権が王室から剥奪され、土地所有者に保障された。名誉革命を画期として「初期独占」は最終的に解体されるのである。

 
 2 イギリスにおけるギルド的独占の廃棄

 
 1563年エリザベス徒弟法制定(徒弟条項、移動禁止・強制就労条項、賃金条項があるが、賃金条項では治安判事にその年ごとの各職種の賃金を裁定する権限を権利を与え、裁定賃金を上回る賃金を支払った雇主と受領した労働者を投獄する権限を与えた)の意義にについて、岡田与好は、早い時期にマナーが崩壊したイギリスでは15世紀から16世紀には、ギルド規制から自由な農村地帯に毛織物工業が深く根を下ろし、この農村の自由な経済発展に対応して、都市のギルド制度を全国化し、工業的諸営業の農村地帯への拡散を防止する試みであり、農村住民の農村離脱を禁止し営業資格の厳重な制限(七年季徒弟制度)によって転職の禁止を全国化し、当該ギルド団体に営業独占を保障しようとするものであったと述べている。【註7】
 もっともギルドについては非組合員を埒外の者として排除する営業独占の組織、カルテル強制団体(ツンフト強制ともいう)であり、技術の進歩を妨げるものとしての性格を強調する見解が主流ではあるが、近年では当時の環境では効率的な経済組織だったとする見方もある。ギルドの規制には地域差があり、イギリスやネーデルランドは規制が弱い地域とされている。【註8】
 1624年の大独占禁止法以降のノリツヂにおける同職組合であるカンパニー組織についての研究によると、徒弟雇用数の制限は職業によって異なるが取り払われる傾向にあり、営業規制は品質管理が中心となり弛緩する傾向にあった。これは時代の変化に柔軟に対応していたことを示している。【註9】
 チャールズ1世は、1624年の大独占禁止法の例外規定を巧みに利用し、多くのギルドを再編し、初期独占の解体に伴う競争の増大による工賃の低下防止のための小営業主の団結運動を助長した。このため清教徒革命期には、ギルド民主化闘争があった が、ギルド的支配は存続した。したがって、ギルド団体の産業統制を拒否するレッセフェール経済の浸透の時期は、王政復古期以降のことである。【註9】 
 18世紀になるとコモン・ロー裁判所はいくつかの判例を通じて「コモン・ローの政策は企業の自由、営業の自由、労働の自由を奨励することにある」という立場を宣明した。
 1563年エリザベス1世の職人規制法の体系も法律として存在しても、実効性を伴わなくなり空文化していく。ブラックストーンは1765年に次のように述べた。「裁判所の判決は、規制を拡大したのではなく、それを一般に制限してきた」。強制的徒弟制度や治安判事の賃金裁定条項は衰退していくのである。17世紀末には既に同条項の適用を年雇労働者や農業奉公人にされていたのである。【註10】
 アダム・スミスは同業組合について次のような否定的態度を示した。
 「すべての同業組合が創立されたり大部分の同業組合法が制定されたりしたのは、自由競争を抑制し、そのために必ず引き起こされる価格や、したがってまた賃銀や利潤のこういう下落を防ぐためだった」「‥‥同業組合精神、つまり局外者に対するねたみや、徒弟をとったり職業の秘密をもらしたりすることの嫌悪が一般にかれらのあいだにゆきわたっており、そしてこの精神が、任意の連合や協約をつうじて、組合規約では禁止しえない自由競争をふせぐことをしばしばかれらに教える」「同業者というものは、うかれたり気晴らしをしたりするために会合するときでさえ、たいていのばあい社会に対する陰謀、つまり価格を引き上げるためのくふう、になってしまうものである」【註11】。
  
 このようにアダム・スミスも同職組合の特権や、徒弟制度の入職規制に強く反対していたので、彼の思想の影響もあって、1563年エリザベス1世の職人規制法は、最終的には治安判事による賃金裁定は1813年に、徒弟制は1814年に廃止されている。

(つづく) 

【註1】岡田与好「市民革命と「経済民主化」」-経済的自由の史的展開-」岡田与好編『近代革命の研究 上』東京大学出版会1973所収272頁以下
【註2】青木道彦『エリザベスⅠ世』講談社現代新書2000
【註3】堀部政男「イギリス革命と人権」東大社会科学研究所編『基本的人権2』東京大学出版会1968所収
【註4】谷原修身「コモン・ローにおける反独占思想(三)」『東洋法学』38巻1号 [1994.09](契約法史の大家アティヤの見解)
【註5】岡田与好 前掲書 277頁
【註6】堀部正男 前掲書 378頁以下
【註7】岡田与好 前掲書 275頁がある
【註8】唐澤 達之「ヨーロッパ・ギルド史研究の一動向:オーグルヴィとエプスタインの論争を中心に」 『産業研究』 45(2) 2010〔※ネット公開〕
【註9】唐澤 達之「17世紀ノリッヂにおけるカンパニー」『立教経済学研究』 50(3), 1997〔※ネット公開〕
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006487095
【註10】大沼邦博「労働者の団結と「営業の自由」--初期団結禁止法の歴史的性格に関連し近代資本主義の系譜 近代資本主義の系譜 近代資本主義の系譜 て」関西大学法学論集 38巻1号 [1988.04]
【註11】谷原 修身「コモン・ローにおける反独占思想-4-」『東洋法学』38巻2号1995

2012/09/01

入手資料整理82

1-103高橋幸八郎『市民革命の構造』御茶ノ水書房増補版1973
1-104岡田与好『自由経済の思想』東京大学出版会1979(著者のサイン入り)
9741 吉田準三「英国における石炭カルテルの盛衰」『流通経済大学論集』21(3) 1987  [こ〔*ネット公開論文〕http://ci.nii.ac.jp/naid/110007188195
9742 坂本延夫「一八四三年プロイセン株式会社法とサヴィニー(一) : Theodor Baumsの所説を中心に」亜細亜法学19(1/2)1985〔*ネット公開論文〕http://www.i-repository.net/infolib/meta_pub/G00000031kiyo_910700254
9743北村次一『経済史研究 50 年私史』經濟學論究 38(3) 1984〔*ネット公開論文〕 http://ci.nii.ac.jp/naid/110000405708
9744及川光明「英米契約法における強迫理論の展開(1) : 非良心的契約論の一環として『」亜細亜法學 』10(2)1976〔*ネット公開論文〕http://www.i-repository.net/infolib/meta_pub/G00000031kiyo_910700112
9745楊天溢「企業者活動と文化構造(六) : -ドイツ企業者類型とユンカー的価値体系」『亜細亜大学経営論集』13(2)1978〔*ネット公開論文〕http://www.i-repository.net/infolib/meta_pub/G00000031kiyo_910400162
9746知念英行「カント・ロック・スミス : 所有・国家・社会」『流通經濟大學論集』 15(2),  1980〔*ネット公開論文〕http://ci.nii.ac.jp/naid/110007188077
9747東晋太郎「<書評>北村次一著『初期資本主義の基本構造』 : ドイツ初期資本主義の研究」『經濟學論究 』15(3) 1961〔*ネット公開論文〕http://ci.nii.ac.jp/naid/110000405315
9798山下直登「財閥資本研究の現状と課題」『総合研究所報 』13(1) 1987〔*ネット公開論文〕http://ci.nii.ac.jp/naid/110004470766
9799上田貞次郎「グラハム・ワラス著フランシス・プレース傳」『商學研究』 1(1)1921〔*ネット公開論文〕http://hdl.handle.net/10086/7146

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