第一回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-359d.html
第二回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-5017.html
第三回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-7e7a.html
第四回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-02d1.html
(承前)
第二回において企業施設内の組合活動に関する指導判例である国労札幌地本ビラ貼り事件最高裁第三小法廷昭和54年10・30判決民集33巻6号647頁『労働判例』329号の意義についてポイントを6点挙げた。
① プロレイバー学説(受忍義務説・違法性阻却説)の明確な排除
② 使用者の企業秩序定立権という判例法理の確立
③ 労働組合に個々の労働者の権利の総和を超える権能を認める団結法理の否認
④ 抽象的な企業秩序の侵害のおそれのみで、施設管理権の発動を認めていること(具体的な企業の能率阻害を要件としない)
⑤ 「利用の必要性が大きいことのゆえに‥‥‥労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない」と明確に述べ、法益権衡論を排除していること
⑥ 本件は国鉄の事案でありながら、私企業における施設管理権対組合活動の問題ととらえられており、官公庁の庁舎管理権とは一線を画している
1 国労札幌地本判決を引用する最高裁の四回の判例で、法益権衡論を排除
ここでは第5のポイント、法益権衡論の排除についてその意義について述べる。これは基本的に第1のポイントと重なることだが、法益権衡の観点での違法性阻却説の排除ということである。
ここで法益権衡論と言っているのは、企業の企業秩序定立権、労務指揮権、施設管理権に対して、労働者の団結権・団体行動権保障による組合活動の必要性を重視し、両者の法益を調和させる総合的判断をとることにより、無許諾であっても使用者の権利の侵害程度の低い組合活動を許容(違法性阻却)しようとする考え方である。
プロレイバー学説というのは総じていえば法益衡量、法益調整論なのであるからそれに近いものである。プロレイバー学説否定が国労札幌地本事件最高裁判決の核心であり、「組合活動の必要性」という理由によって使用者が受忍する義務はないと明確に述べているから、そのような立場での枠組での司法判断は否定されたのである。つまり「組合活動の必要性」は正当化する理由にならないし、斟酌する余地もないというのが国労札幌事件の判例法理であると考える。
企業施設内の組合活動に関する指導判例である昭和54年国労札幌地本事件最高裁第三小法廷判決をおおまかに説明すれば「使用者の権利として企業秩序に服することを労働者に要求する権利」を認めた判決である。使用者はその行為者に対して行為の中止を求めることできる。原状回復等、必要な指示命令ができる。懲戒処分もなしうる。ただし使用者に「施設管理権」の濫用と認められる特段の事情がある場合は別で、それを除いて無許諾の組合活動は正当な行為として認められないということである。
つまり「施設管理権」を侵害する組合活動は原則として正当性はない。権利の濫用と認められるような事情がある場合は別なので、例外的に労働組合活動が正当とされることがあるということである。
では、なにが「権利の濫用」なのかということだが、最高裁は具体的な判断基準を示していないので判例の蓄積によって判断していくしかない。
この点、判決が言い渡された当時、『当該施設を許さないことが権利の濫用と認められるような事情』はリップサービスに過ぎないだろう、現実には濫用と認められるものはほとんどないだろうと考えられ、労働組合に大変厳しい判決と受けとめられた。
しかし、以下の施設管理権事件において、『権利の濫用と認められるような特段の事情』に法益権衡的な違法性阻却の判断枠組みを設定し、判例法理に風穴を開けようとする試みが、最高裁の少数の裁判官、中労委や下級審、最高裁判事の少数の裁判官によってなされた。結論を先に言えばこれらの試みはいずれも最高裁により棄却されており、国労札幌地本判決の判例法理は変質することなく、安定的に判例を維持しているとみてよいのである。
●池上通信機事件
組合結成以来、工場の食堂を会社の許可を得ないで職場集会のために使用してきたことに対して、職制による阻止、説得、組合に対する警告等が不当労働行為にあたるかが争われた池上通信機事件 最高裁昭和63年7月19日判決『労働判例』527号 http://web.churoi.go.jp/han/h00282.html の伊藤正己裁判官の補足意見が法益権衡論である。
最高裁は原判決を是認し不当労働行為に当たらないとして、神奈川地労委の上告を棄却した。東京高裁昭和59年8月30日判決『労働判例』439号『労働関係民事裁判例集』35巻3・4号 459頁 『判例時報』 1154号 150頁 http://thoz.org/hanrei/%E6%98%AD%E5%92%8C58%28%E8%A1%8C%E3%82%B3%2986 http://web.churoi.go.jp/han/h00282.htmlは「団体交渉等を通じて組合活動のための会社施設の利用について基本的合意を締結するのが先決であるとして、組合がその後個別にした従業員食堂の使用申し入れに対して許諾を与えなかったのも、やむを得ない措置というべきであって、これを権利の濫用ということはできないし、会社が組合員の入構を阻止したり、組合員集会の中止命令などの措置を採って、会社の許可を得ないまま従業員食堂において開催されようとする組合員集会を中止させようとし、あるいは組合員が無許諾で従業員食堂を組合活動のために使用した場合に組合又はその責任者の責任を追求し処分の警告を発するなどしたのは、先に見たようないわゆる施設管理権の正当な行使として十分是認することができる」と述べている。
伊藤正己裁判官は結論のみ同意の補足意見を記した。それは施設利用に関して合意のない状況での、施設利用不許可の状況で、組合活動が強行されても、それが即、正当でない組合活動と評価されることはないとし、「特段の事情」の有無を「硬直した態度」ではなく、当該企業施設を利用する「必要性が大きい実情を加味し」諸般の事情を総合考慮し、法益権衡の立場に立って評価判断しようとするもので、違法性阻却説の判断枠組みを提示したものであるが【渡辺章2011 184頁】、これは、一裁判官の少数意見にとどまるものであって、判例を変質させるにはいたらなかったのである。
伊藤正己裁判官は英米法を専門とする東大名誉教授で、特に表現権の研究者であり最高裁においてもリベラルな判断をとるケースが少なくないが、階級闘争のための労働組合運動を支援するプロレイバー労働法学者ほどイデオロギー的に偏った人物ではないにもかかわらず、国労札幌地本事件判決に異議を唱えたことになる。
●日本チバガイギー事件
次に、労働組合の食堂使用および敷地内屋外集会開催の不許可が不当労働行為に当たるかが争われた日本チバガイギー事件最高裁第一小法廷平成元年1月19日判決『労働判例』533号http://web.churoi.go.jp/han/h00308.htmlの中労委の上告趣意書が法益権衡論である。上告趣意は「労働者の団結権、団体行動権保障の趣旨からする施設利用の組合活動の必要性と、その施設利用により使用者が蒙る支障の程度との比較衡量により、両者の権利の調和を図ることが要請される。そして、使用者の施設管理権行使が右の調和を破るときには、権利の濫用があるといわなければならない」とするものであった。この判定基準(法益調整比較衡量)は国労札幌地本判決が否定したプロレーバー学説の受忍義務説にかぎりなく近づいていく意味で判例法理の否定といってもよい。
伊藤正己裁判官に続いて中労委も挑戦したのである。
しかし、最高裁は集会不許可を「業務上ないし施設管理上の支障に藉口」するもので不当労働行為にあたる中労委の判断を違法とする原判決を是認し、「本件食堂の使用制限及び屋外集会開催の拒否が施設管理権を濫用したものとはいえず、したがって、右使用制限等が労働組合法七条三号所定の不当労働行為に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない」として中労委の上告を棄却している。
●済生会中央病院事件
済生会中央病院事件最高裁第二小法廷平成元年12月11日判決民集43巻12号1786頁『労働判例』552号http://web.churoi.go.jp/han/h00554.htmは。勤務時間内であるが事実上の休憩時間で、業務に支障のない態様でなされた無許可組合集会等に対する警告書交付は不当労働行為に当たるかが争われた事件だが、東京地労委-中労委-東京地裁-東京高裁まで、警告書交付を不当労働行為としていた判断を覆し、不当労働行為にあたらないとしたことで重要な判例である。
つまり控訴審で是認された東京地裁昭和61年1月29日判決『労働判例』467号http://web.churoi.go.jp/han/h00805.html は、国労札幌地本判決を引用しながら、本件組合集会への警告書交付は『権利濫用と認められる特段の事情』があるという次のような判断をとっていた。
「本件各集会は原告病院が外来看護婦の急患室勤務の負担を加重する勤務表を作成したことに端を発し‥‥職場内で協議する必要から開かれたものであって、その開催された時間帯も事実上休憩時間と目される時間帯であり、業務や急患に対応しうるように配慮された方法で行われ、現実に業務に支障が生じていないこと、従来本件と同様の態様でなされた集会について原告らは何ら注意を与えていないことが認められ、これら事情は、本件集会が就業時間後に開催しなかったのが外来看護婦の中に保育の必要性がいた者がいたにすぎないものであったとしても、なお前記の特段の事由に該当する」というものである。実際には業務に支障がないから許容されるべきと言うのである。これも法益権衡論といえる。
これに対して最高裁判決は「一般に、労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。」「労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として、正当なものということはできない。」「労働時間中に職場集会を開く必要性を重視して、それが許されるとすること」はないと断言したうえ「本件警告書を交付したとしても、それは、ひっきょう支部組合又はその組合員の労働契約上の義務に反し、企業秩序を乱す行為の是正を求めるものにすぎないから、病院(上告人)の行為が不当労働行為に該当する余地はない」と明快な理由で原判決を破棄した。
集会の態様が、業務に影響のないようなされたとか、外来の看護婦が通常の昼休みをとれない実態にあり、その時間が事実上休憩時間だった等の事情を『特段の事由』とすることにより、不当労働行為にあたるとする下級審の判断を粉砕し、斟酌の余地なしとしたのである。
奥野久之裁判官の反対意見は「一般的には違法とされるべき行為であっても、組合員の意思を集約するために必要であり、かつ、労働組合ないしその組合員(労働者)のした義務違反ないし病院の権利に対する侵害の内容、態様及び程度その他諸般の事情をも総合して、団体行動権の実質的保障の見地から相当と判断される場合には、正当な組合活動として取り扱うべき場合がある」という法益権衡的な違法性阻却説であるが、少数の反対意見にとどまったのであって済生会事件は勤務時間中の集会事案であるが、法益権衡的な判断を再度排除したものと評価してよいだろう。
●オリエンタルモーター事件
オリエンタルモーター事件最高裁第二小法廷判決平成7年9月8日『労働判例』679号http://web.churoi.go.jp/han/h00640.htmlは組合執行委員長らによる守衛への暴言、脅迫を契機として業務に支障のない限り食堂の集会利用等の使用を承認してきた慣行を変更し不許可とした事案につき、東京地裁平成2年2月21日判決『労働判例』559号『労働関係民事裁判例集』41巻1号16頁『判例時報』1368号136頁 http://web.churoi.go.jp/han/h00383.htmlは不当労働行為に当たらないとして、中労委の救済命令を違法として取り消した。ところが、控訴審東京高裁平成2年11月21日判決『労働判例』583号『労働関係民事裁判例集 』41巻6号971頁『判例タイムズ』 757号 194頁http://web.churoi.go.jp/han/h00434.htmlは、それでは組合活動が著しく困難となるとして、不当労働行為に当たるとした。控訴審の判断が法益権衡論である。
これに対し上告審最高裁第二小法廷判決は控訴審の判断を覆し、これまで業務に支障のない限り使用を認めてきたとしても、それが食堂の使用について包括的に許諾していたということはできないし、食堂の無許可使用を続けてきた組合の行為は正当な組合活動に当たらないとした。さらに条件が折り合わないまま、施設利用を許諾しない状況が続いていることをもって不当労働行為には当たらないとしたことから、企業施設の組合活動の正当性を「許諾」と「団体交渉等による合意」に基づく場合に限定した国労札幌地本判決の枠組に従った判断と評価できる。
法益権衡論的な控訴審判決は否定されているのであり、判例法理は維持されてたのである。
以上の最高裁判決、池上通信機事件、日本チバガイギー事件、済生会中央病院事件、オリエンタルモーター事件は、いずれも無許諾の組合集会事案であるが、法益権衡論を否定し正当な組合活動ではないとしている。国労札幌地本ビラ貼り事件判決の判例法理を維持したものと評価することができるのである。
(つづく)
引用文献(伊藤正己補足意見について)
渡辺章『労働法講義下労使関係法雇用関係法Ⅱ』信山社出版2011
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