カード 無許可組合集会 金融経済新聞社事件 東京地裁平15・5・19判決『労働判例』.858号
(休憩時間の無許可集会に対する譴責処分、降格処分を無効とした例)
労働基準法第三十四条第三項は、労働者に対して休憩時間を自由に利用させる義務を負うとされるが、使用者は休憩時間においても企業施設利用について企業秩序遵守を従業員に要求できる。目黒電報電話局事件最高裁第三小法廷昭和52年12月13日判決民集31巻7号974頁 『判例時報』871号『労働判例』287号は休憩時間の自由利用も、それが「企業施設において行われる場合には、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることはできない」のであって「従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない」。局所内における「演説、集会、貼紙、掲示、ビラ掲示」は、休憩期間中になされても「その内容いかんによっては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるから」、これらの行為を局所管理者の許可制にした就業規則は休憩時間にも適用されると判示した。
休憩時間の無許可組合集会に対する懲戒処分事案では、全逓新宿郵便局事件 最高裁第三小法廷昭和58年12月20日『労働判例』421号 『労働法律旬報』1087・88号http://hdl.handle.net/2298/14070 東京城東郵便局事件東京地裁昭和59年9月6日判決『労働判例』442号が、休憩室、予備室、会議室における無許諾組合集会の強行は組合活動の正当な行為ではなく、管理職による中止・解散命令、懲戒処分を有効と判示している。また三菱重工業事件東京地裁昭和58年4月28日判決『労働判例』410号も昼休み時間中の食堂前広場における無許可集会は正当な組合活動として許容されないと判示している。さらに、労務指揮権の及ばない就業時間外の組合集会としては、日本チバガイギー事件最高裁第一小法廷平成元年1月19日判決『労働判例』533号http://web.churoi.go.jp/han/h00308.htmlが、工場は就業時間外だが本部棟が就業時間内の時間帯において食堂利用及び屋外集会開催不許可を不当労働行為に当たらないとする原判決を是認した。さらに国鉄清算事業団(東京北等鉄道管理局)事件東京地裁平成3年7月3日判決『労働判例』594号は東京駅構内遺失物取扱所裏における非番者無許可集会の警告・メモ・写真撮影は不当労働行為に当たらないと判示した。ついでにいえば軍事基地という特殊な職場ではあるが、米空軍立川基地出勤停止事件東京高裁昭和40・4・27判決『労働関係民事裁判例集』16巻2号317は、基地司令官の命令に反し、組合集会を開催した組合員の出勤停止処分を是認している。
従って、休憩時間は労務指揮権が及ばなくとも、従業員には企業秩序遵守義務があるから、使用者は企業秩序定立権にもとづき、秩序を乱す行為として、演説行為や集会に対し、不許可、中止・解散命令、懲戒処分が可能であるというのが判例であるということである。
ところが、本件は、休憩時間中の無許可集会強行、始末書提出拒否を理由とする役付(営業局参事・次長心得)を解く降格処分を無効としたのである。ワースト判決と私は考える。
とはいえ、本件はその組合活動が正当な行為かが争われる救済命令取消訴訟とは性格を異にしていて、違法な降職処分であるにより役職手当が削られた、違法な査定により月ごとの賃金および賞与が減額されたとして、差額賃金の支払いまたは不法行為に基づく損害賠償等を求めた事案であって、集会といっても演説行為というよりも通常により大きな声で発言がなされたミーティングに近い態様であったこと、軽微な企業秩序遵守義務違反であるのに、降処分というわりあい重い懲戒処分がなされたものであり、集会を規制する観点では判決の影響は決定的なものとはいえない。しかし、こういう司法判断もありうるということで、教訓として学ぶ必要があるので掲載した。
○事件の概要
原告 金融経済新聞労組(日本出版労働組合連合会加盟組合)委員長で同社の次長心得の職位にあった営業局員甲野と書記次長で営業主任の乙山2名
被告 (株)金融経済新聞社
平成11年1月27日午後12時35分頃から約10~20分間(被告は20分、原告は10分と食い違った主張のため)、原告らは被告事業所執務室内で組合員Aの東海総局への配転問題に関し職場会を行った。被告は同日本件会合は就業規則に違反する、重大な業務妨害であるとして、参加者11人全員に対し下記の懲戒処分(第1次処分)を行った。
原告甲野 始末書をとり譴責処分
原告乙山ら3名 始末書をとり戒告処分
7名 厳重注意
しかし4名から提出期限までに始末書が出されなかったため就業規則に違反するとして下記の本件懲戒処分を行った。
原告甲野 始末書をとり役付き(営業局参事・次長心得)を解く降格処分とする。
原告乙山ら3名 始末書をとり譴責処分とする。
本件は本件処分の効力、無効な場合の役付手当請求権と、賃金減額、減額査定の違法性と、違法である場合の差額賃金請求権が争われた。地裁の判断は譴責処分と降格処分を無効とし、したがって次長心得として得ていたはずの役付手当請求権を認めた。また給与額の減額を違法とし、賞与受給権も認めた。
○ 懲戒処分の理由(会社側の主張)
この時間帯は原則として昼休みとされているが、一部又は全部が就業時間にかかっている。また編集局従業員の多くは昼食時間をずらして取るなどの理由で正午から午後一時までの時間帯で仕事をしていることが多い。E取締役は総務局長として就業規則に則って職場の秩序を管理・監督する業務を負っていた。本件会合は、被告の許可なく被告の事業所内で行われ、かつEの制止を振り切って行われたものであり、就業規則90条20号の「会社の許可なく、会社内で職務上関係ない集会等を行ったとき」に該当し、第1次処分は正当である。これに原告が従わなかったから本件処分をしたのであり、本件処分は正当である、というものである。
○判決(抜粋)
「被告は、平成10年12月、組合員のAに対し、東海総局への配転を内示した。組合は、Aから委任を受け、平成11年年1月、被告に対し、Aの配転問題について団体交渉を申し入れ、同月18日に団体交渉が開催された。
平成11年1月27日午後12時30分すぎころから約10ないし20分の間、原告らは、休憩時間を利用して、被告事業所の執務室内で本件会合を開き、組合員11名が参加した。本件会合は、翌日にAの配転問題について団体交渉が予定されていたことから、これまでの経過を組合員に説明するため、組合員に呼びかけて行われたものであった。原告甲野を含めて2、3名の者が他の組合員に対し普通の話し声より大きな声で説明を行った後、散会した。シュプレヒコール等はされなかった。
本件会合の際、E以外の従業員は、別室で昼食をとるなどしており、前記執務室にはいなかった。Eは、自席で昼食を食べながら書類に目を通していたが、本件会合に参加していた組合員らに対し、2、3回集会をやめるよう制止した。原告らはこれを聞き入れなかった。
被告では、正午から午後1時までは就業規則上休憩時間とされていた。ただし、半日休暇を取る者については、午前8時30分から午後12時15分まで、又は、午前9時30分からから午後1時15分かまでが勤務時間であって、全部又は一部が就業時間にかかるものだった。
組合と被告の間では、被告の事業所を組合が利用することについて、労働協約もその他の合意もされたことはなかった。
被告は同日、本件会合は、「就業規則違反であるとともに、重大な業務阻害と認め」たとして参加者全員に対し、文書により第1次処分を通告した。
記
原告 甲野 始末書をとり、譴責処分とする。
原告 乙山、B、C 始末書をとり、戒告処分とする。
その他7名、厳重注意処分とする。
原告らは、本件会合は、配転問題についての集会だから職務に関連のない集会ではないので就業規則違反はなく、業務妨害はなかったと考え、第1次処分の始末書を提出しなかった‥‥被告は、同月15日‥‥始末書が提出されなかったことは、就業規則91条25項に違反する行為であるとして、下記懲戒処分を行った。この処分が行われるまで、被告は、原告らに対し、その弁明を聞く機会を与えられたり、第1次処分の説明したりしなかった。
記
原告甲野 始末書をとり役付き(営業局参事・次長心得)を解く降格処分とする。
原告乙山 B C 始末書をとり譴責処分とする。
始末書は同月19日午前10時までにDに提出する。
‥‥まず第1次処分について検討する
使用者は、休憩時間を自由に利用させなければならない(労働基準法34条3項。休憩時間自由利用の原則)。他方、使用者には企業施設に対する管理権があるから、労働者は休憩時間中といえども、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制に服するというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和52年12月13日判決、民集31巻7号974頁)。 ‥‥本件会合は、休憩時間を利用して行われたものであるが‥‥組合活動としての集会を被告の許可なく事業所内で開催したものであると認められる。
就業規則90条20号は、被告の許可なく職務上関係のない集会等を行ってはならない旨定めたものであるところ、使用者の事業所に対する管理権の行使として、職務上無関係な集会等の開催を禁止することは、合理的であり是認することができるものである。そして、組合活動による企業施設の利用といえども、使用者はこれを受忍すべきであるとはいえず、本来的には使用者との合意において基づいて行われるべきである。この点、原告らは「本件会合は従業員の配転問題についての集会であるから、職務上関係のある集会であった。」旨主張するが、職務関連性の有無は、各従業員の職務を基準に判断すべきであり、組合活動は当該従業員の職務上の行為ないし職務に関連する行為とはいえないから、採用できない。
このように、原告甲野らが本件会合を開催したことは、懲戒事由に当たるというべきであるが、これを懲戒に付するのは相当性がないというべきである。
すなわち‥‥本件会合の際、Eが執務中であったことは認められるが、他方、就業規則上休憩時間とされた時間帯であり、E以外に執務していた従業員も、同じ部屋にいた従業員もいなかったこと、説明者が通常の話し声よりやや大きな声で交代で説明を行い、シュプレヒコールはなく、時間も10ないし20分間と短かったことからすれば、業務上の支障を生じたということも、業務上の支障が生じ得る可能性があったといえないからである。また、Eから参加者に対し2、3回制止したのに、原告ら及び参加者がこれを聞き入れず本件会合を続けたことは認められることが、その際、Eが就業規則違反とは告げていなかったこと(中略)、これを否定する原告ら参加者が、当時、本件会合は「職務上関係ない集会」に該当するとは考えていなかったこと(中略)、本件会合自体が短時間で散会となったことから、上司の命令に服しない行為ではあるが、その企業秩序維持義務違反の程度は極めて軽微であったと認められるからである。
したがって本件会合について、懲戒に付するのは、相当性がなく、懲戒権の濫用というべきであるから、第1次処分は無効である。‥‥第1次処分が無効である以上‥‥本件処分も無効というべきである。仮に、第1次処分が有効であるとしても‥‥本件会合の態様が業務上の支障を来たす(ママ)ものではなかったこと、原告ら及び参加者は本件会合は「職務上関係ない集会」に該当するとは考えてなかったこと、被告は本件処分までに原告甲野を含め処分者に弁解の機会を与えず、第1次処分の理由も説明していないことに照らすと、始末書を提出しなかったからといって、企業秩序義務違反の程度が重いということはできず、次長心得から4段階下の無役の従業員へ降格する重大な懲戒を行うことは相当ではなく、懲戒権の濫用として無効というべきである。
なお、ここでは降職処分についてだけ抜粋し、査定による給与、賞与の減額の損害賠償等の部分については省略した。判決は甲野太郎に276万2466円とその他の金員、乙山太郎に107万6329円その他の金員を支払えなどとするものである。
● 本判決の批判
判決は「使用者の事業所に対する管理権の行使として、職務上無関係な集会等の開催を禁止することは、合理的であり是認することができるものである‥‥本件会合を開催したことは、懲戒事由に当たるというべきである」と言いながら、「これを懲戒に付するのは相当性がないというべきである」というわかりにくい判決である。
それは「就業規則上休憩時間とされた時間帯であり、E以外に執務していた従業員も、同じ部屋にいた従業員もいなかったこと、説明者が通常の話し声よりやや大きな声で交代で説明を行い、シュプレヒコールはなく、時間も10ないし20分間と短かったことからすれば、業務上の支障を生じたということも、業務上の支障が生じ得る可能性があったといえないからである。また、Eから参加者に対し2、3回制止したのに、原告ら及び参加者がこれを聞き入れず本件会合を続けたことは認められることが、その際、Eが就業規則違反とは告げていなかったこと(中略)、これを否定する原告ら参加者が、当時、本件会合は「職務上関係ない集会」に該当するとは考えていなかったこと(中略)、本件会合自体が短時間で散会となったことから、上司の命令に服しない行為ではあるが、その企業秩序維持義務違反の程度は極めて軽微であったと認められるからである。」ためだとしている。
つまり、この事件は目黒電報電話局事件・最三小法判昭52・12・13日民集31巻974頁 『判例時報』871号『労働判例』287号の判示する「形式的にこれに違反するようにみえる場合でも‥‥秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする」という実質的に違反行為がない場合の判例法理を引用してないが、それに準じた判断なのかもしれない。しかし「特別の事情」論は展開されていないのであり、たんに懲戒権の濫用としており先例との整合性で釈然としないのである。
懲戒処分に相当しない理由として、通常よりやや大きな話し声で説明が行われたが、シュプレヒコールもない、業務上の支障もないとされる態様と、就業規則違反と告げず、集会の当事者が就業規則違反と考えていなかったこととしている。
なるほど、組合側は集会というよりも会合と言っているように、騒々しい態様ではないとしても、通常よりやや大きな声は問題であるし、この時はたまたま組合の集会以外にE取締役しかオフィスにいなかったのであるが新聞社という仕事の性質上、昼休み中でも仕事にあたる人が慣行としてあるという状況があり、この時もE取締役が食事しながら書類に目をとおしていたというから、実質仕事中であり、E取締役の業務への集中を組合の集会が妨げているということができるのであって、なんらかの懲戒処分は適法とする判断が妥当であったと考える。
つまり経営内の組合活動に関する指導判例である国労札幌地本ビラ貼り事件最高裁第三小法廷昭和54年10・30判決民集33巻6号647頁『労働判例』329号は「具体的企業の能率阻害を判示せず、抽象的な企業秩序の侵害のおそれのみをもって、施設管理権の発動を認めている」【註1】のであって、具体的な能率阻害がなくても、秩序を乱すおそれというだけで施設管理権は発動できる、他の社員の注意力を散漫にする行為も、業務遂行の障害となるおそれとして、施設管理権の発動は正当化されると解釈されるべきである(上記目黒電報電話局事件最高裁判決は「他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出」すことは企業秩序遵守義務違反となるとする)、通常より大きな声でのミーティングもそのおそれがあるから、業務への支障が軽微であるとしても、そのことが組合活動を正当化させる理由にはならないと考えるからである。
ただ、この程度の無許可職場集会の強行と始末書提出拒否で役付(営業局参事・次長心得)を解く降職処分は、重い処分とはいえるかもしれない。原告甲野は降格により2年8ヶ月分で役付手当87万3600円が支払われなかったということだから、1か月にならすと月2万5740円程度の減給になっていたことになる。
しかし、企業秩序を乱す行為に対して役付を解く厳しい姿勢も会社の経営上必要なことだともいえるのではないか。
この判決から教訓としていえることは、企業秩序遵守義務違反の程度で軽微なものについては、降職処分としたり査定により給与・賞与の減額する場合は懲戒権の濫用として反撃されることがあるということである。また秩序違反行為について中止命令を発し、制止するとき就業規則違反だということを明示することがより無難であるということである。
【註1】河上和雄「企業の施設管理権と組合活動--昭和54年10月30日最高裁第三小法廷判決について(最近の判例から)」『法律のひろば』33(1)1980
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