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2012/12/23

不快な東京新聞社説

 先日、女性宮家創設を検討するパブリックコメントについて約26万7千件の多くを反対意見が占め、安倍自民党総裁は反対の立場で、政府が年明けの通常国会で目指していた皇室典範改正案の提出は見送られると報道された。http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS18025_Y2A211C1PP8000/
 私のパブリックコメントは締め切り日の12月10日に出した。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-fbcb.html もちろん反対であるが、要旨は、我が国の家族慣行(「家」制度)では、婿養子は、家長予定者、家督相続者として迎えられるのであって、婿を迎える長女というのは主婦であって当主になるわけではない。このことは人類学者も明らかにしていることである。「女性宮家」というのは配偶者となる男性が当主にならないという点で我が国の慣行からみて異常なものであり、もちろん前例もない。男子の沽券にかかわる問題で、このようないびつな制度をつくるべきではないというものである。
 それはともかく、キオスクで左派色が強いと評判の東京新聞を買い電車の中で、本日の社説「天皇誕生日に考える 女性宮家が遠くなる」を読んだ。要するに社説は安倍新政権がこの問題を白紙に戻すというのはよろしくないということを言っているのだが、歴史認識において首をかしげざるをえなかった。
 この部分である。
「初代の神武天皇から百二十五代の今上天皇までの歴史には八人十代の女性天皇が含まれます。そして、天皇は国民の安寧や国の発展さらには世界の平和を祈る存在です。そこに男女の別はなく、皇位もまた千数百年一系の天子によって引き継がれてきた歴史事実こそが尊く、男系か女系かではないと思われるのです。」
 言い換えると、天皇は国民の安寧を祈ってくださる有り難い存在だが、そこに男女の区別はなかったと言っている。
 
 神事を執り行うことが天皇の存在意義であるという見解を否定しない。しかし、男女の区別はないはずだというのは間違っている。
 昨年刊行された藤田寛(日本近世史-東大名誉教授)の『天皇の歴史6 江戸時代の天皇』講談社の196頁以下によると「大事な神事が、女性天皇であるがゆえに安定的に、あるいは十分な形でおこないかたちで行いえないという問題がある。その理由は女性であるがゆえの「穢れ」である」と言う。
 明正女帝は数え七歳で即位され14年間の在位中に、四方拝や、小朝拝を行うことはなかったという。元旦の早朝からはじまる四方拝は重要な神事であり、欠けることなく江戸時代まで続いていたにもかかわらずである。
 後桜町女帝は大嘗祭こそ挙行されたが、数え二十三歳で即位され8年間の在位中、その場を設けるものの四方拝に出御されることはなく、御所内で行われていた新嘗祭に一度も出御されることはなかったという。
 結論として、「江戸時代にたしかに女性天皇が二人存在したが、その本質は「つなぎ」役であり、政務は摂政が代行し、神事もきわめて不十分にしか行うことができなかった。いわば「半天皇」でしかなかった」と述べる。
 宮中祭祀や儀礼を重視すればするほど、女性天皇は困難な問題があるといえるのではないか。そういうと奈良時代の女帝は神事を執り行ったのではないかとの反論もあろうが、幼くして特殊な事情で即位された明正はともかく、成人になって即位され、譲位後、上皇として政治力も有していた後桜町ですら、在位中、四方拝も新嘗祭も一貫して出御されていないという史実は前例としてみると重いと思う。無視できないのである。少なくとも東京新聞の言うように男女に区別がないとはいえない。

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