公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

無料ブログはココログ

ニュース(豪州・韓国等)

« 本日の人権問題研修の問題点 | トップページ | 本日登庁時 »

2013/01/27

入手資料整理98

(争議行為及びピケッティング等の基本的な刑事判例その3)

9931都教祖勤評反対闘争事件 最大判昭44.4.2最高裁判所刑事判例集23巻5号 判例時報519号(LEX/DBプリントアウト)

要旨 昭和41年全逓中郵事件判決に続いて、地方公務員の争議行為につき刑事罰から解放する画期的なワースト判決。東京都教職員組合が、文部省の企図した勤務評定の実施に反対するため、1日の一斉休暇闘争を行うにあたり、被告人らが組合の幹部としてした闘争指令の配布、趣旨伝達等、争議行為に通常随伴する行為については、地方公務員法61条所定の刑事罰をもってのぞむことは許されないとした。(破棄自判 多数意見9・反対意見5)到底納得できるものではなく私は5判事の反対意見に賛同する。
 ただし多数意見は民事上の責任を負わせることを否定するものではない。「地方公務員のする争議行為については、それが違法な行為である場合に、公務員としての義務違反を理由として、当該職員を懲戒処分の対象者とし、またはその職員に民事上の責任を負わせることは、もとよりありうべきところであるが、争議行為をしたことそのことを理由として刑事制裁を科することは、同法の認めないところといわなければならない。」ということである。この判決は昭和51.5.21岩教組事件判決で判例変更された。

 主な争点は地方公務員法第三十七条 (職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。 2  職員で前項の規定に違反する行為をしたものは、その行為の開始とともに、地方公共団体に対し、法令又は条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に基いて保有する任命上又は雇用上の権利をもつて対抗することができなくなるものとする。)、 第六十一条 (左の各号の一に該当する者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。 )四号(何人たるを問わず、第三十七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者 )の合憲性である。

多数意見

「 弁護人佐伯静治外二七名の上告趣意について。
 論旨は、憲法違反、条約違反、判例違反、判断遺脱その他きわめて多岐にわたるが、要するに、地方公務員法(以下地公法という。)三七条の定める争議行為の禁止が憲法二八条に違反し、かつ、ILO八七号条約および国際慣習法規にも違反し、ひいては憲法九八条二項にも違反する旨の主張と、地公法六一条四号の定める争議行為のあおり行為等に対する刑事罰が憲法二八条、一八条、三一条に違反し、かつ、ILO八七号条約および国際慣習法規にも違反し、ひいては憲法九八条二項にも違反する旨の主張とを骨子とし、あわせて、地公法六一条四号の定める「あおり」の要件についての解釈適用の誤り、原判決の刑訴法四〇〇条但書違反および原判決の判断遺脱を主張するものである。当裁判所は、結論として、原判決を破棄し、被告人全員を無罪とすべきものとするが、その理由は、つぎのとおりである。

一、公務員の労働基本権について、当裁判所は、さきに、昭和四一年一〇月二六日の判決(いわゆる全逓中郵事件判決)において、つぎのとおり判示した。
 「憲法二八条は、いわゆる労働基本権、すなわち、勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障している。この労働基本権の保障の狙いは、憲法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、一方で、憲法二七条の定めるところによつて、勤労の権利および勤労条件を保障するとともに、他方で、憲法二八条の定めるところによつて、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として、その団結権、団体交渉権、争議権等を保障しようとするものである。
 このように、憲法自体が労働基本権を保障している趣旨にそくして考えれば、実定法規によつて労働基本権の制限を定めている場合にも、労働基本権保障の根本精神にそくしてその制限の意味を考察すべきであり、ことに生存権の保障を基本理念とし、財産権の保障と並んで勤労者の労働権・団結権・団体交渉権・争議権の保障をしている法体制のもとでは、これら両者の間の調和と均衡が保たれるように、実定法規の適切妥当な法解釈をしなければならない。
 右に述べた労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるのではなく、公共企業体の職員はもとよりのこと、国家公務員や地方公務員も、憲法二八条にいう動労者にほかならない以上、原則的には、その保障を受けるべきものと解される。」
 右判決に示された基本的立場は、本件の判断にあたつても、当然の前提として、維持すべきものと考える。
 右のような見地に立つて考えれば、「公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする憲法一五条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことが許されないことは当然であるが、公務員の労働基本権については、公務員の職務の性質・内容に応じて、私企業における労働者と異なる制約を受けることのあるべきことも、また、否定することができない。ところで、公務員の職務の性質・内容は、きわめて多種多様であり、公務員の職務に固有の、公共性のきわめて強いものから、私企業のそれとほとんど変わるところがない、公共性の比較的弱いものに至るまで、きわめて多岐にわたつている。したがつて、ごく一般的な比較論として、公務員の職務が、私企業や公共企業体の職員の職務に比較して、より公共性が強いということができるとしても、公務員の職務の性質・内容を具体的に検討しその間に存する差異を顧みることなく、いちがいに、その公共性を理由として、これを一律に規制しようとする態度には、問題がないわけではない。ただ、公務員の職務には、多かれ少なかれ、直接または間接に、公共性が認められるとすれば、その見地から、公務員の労働基本権についても、その職務の公共性に対応する何らかの制約を当然の内在的制約として内包しているものと解釈しなければならない。しかし、公務員の労働基本権に具体的にどのような制約が許されるかについては、公務員にも労働基本権を保障している叙上の憲法の根本趣旨に照らし、慎重に決定する必要があるのであつて、その際考慮すべき要素は、前示全逓中郵事件判決において説示したとおりである(最高刑集二〇巻八号九〇七頁から九〇八頁まで)。地公法三七条および六一条四号が違憲であるかどうかの問題は、右の基準に照らし、ことに、労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように十分な配慮がなされなければならず、とくに、勤労者の争議行為に対して刑事制裁を科することは、必要やむをえない場合に限られるべきであるとする点に十分な考慮を払いながら判断されなければならないのである。
 (イ) ところで、地公法三七条、六一条四号の各規定が所論のように憲法に違反するものであるかどうかについてみると、地公法三七条一項には、「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能力を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又は遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定し、同法六一条四号には、「何人たるを問わず、第三十七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は三年以下の懲役または一〇万円以下の罰金に処すべき旨を規定している。これらの規定が、文字どおりに、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為(以下、あおり行為等という。)をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、それは、前叙の公務員の労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し、その限度をこえて刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑を免れないであろう。
 しかし、法律の規定は、可能なかぎり、憲法の精神にそくし、これと調和しうるよう、合理的に解釈されるべきものであつて、この見地からすれば、これらの規定の表現にのみ拘泥して、直ちに違憲と断定する見解は採ることができない。すなわち、地公法は地方公務員の争議行為を一般的に禁止し、かつ、あおり行為等を一律的に処罰すべきものと定めているのであるが、これらの規定についても、その元来の狙いを洞察し労働基本権を尊重し保障している憲法の趣旨と調和しうるように解釈するときは、これらの規定の表現にかかわらず、禁止されるべき争議行為の種類や態様についても、さらにまた、処罰の対象とされるべきあおり行為等の態様や範囲についても、おのずから合理的な限界の存することが承認されるはずである。
 かように、一見、一切の争議行為を禁止し、一切のあおり行為等を処罰の対象としているように見える地公法の前示各規定も、右のような合理的な解釈によつて、規制の限界が認められるのであるから、その規定の表現のみをみて、直ちにこれを違憲無効の規定であるとする所論主張は採用することができない。
 (ロ) また、論旨は、前示地公法の各規定がILO八七号条約、ILO一〇五号条約、教員の地位に関する勧告、国際慣習法に違反し、したがつてまた、憲法九八条二項に違反するものと主張するが、ILO八七号条約は、争議権の保障を目的とするものではなく、ILO一〇五号条約および教員の地位に関する勧告は、未だ国内法規としての効力を有するものではなく、また、公務員の争議行為禁止措置を否定する国際慣習法が現存するものとは認められないから、所論は、すべて採用することができない。

二、つぎに、地方公務員の争議行為についてみるに、地公法三七条一項は、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止しているから、これに違反してした争議行為は、右条項の法文にそくして解釈するかぎり、違法といわざるをえないであろう。しかし、右条項の元来の趣旨は、地方公務員の職務の公共性にかんがみ、地方公務員の争議行為が公共性の強い公務の停廃をきたし、ひいては国民生活全体の利益を害し、国民生活にも重大な支障をもたらすおそれがあるので、これを避けるためのやむをえない措置として、地方公務員の争議行為を禁止したものにほかならない。
ところが、地方公務員の職務は、一般的にいえば、多かれ少なかれ、公共性を有するとはいえ、さきに説示したとおり、公共性の程度は強弱さまざまで、その争議行為が常に直ちに公務の停廃をきたし、ひいて国民生活全体の利益を害するとはいえないのみならず、ひとしく争議行為といつても、種々の態様のものがあり、きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない。地方公務員の具体的な行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは、争議行為を禁止することによつて保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障することによつて実現しようとする法益との比較較量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。そして、その結果は、地方公務員の行為が地公法三七条一項に禁止する争議行為に該当し、しかも、その違法性の強い場合も勿論あるであろうが、争議行為の態様からいつて、違法性の比較的弱い場合もあり、また、実質的には、右条項にいう争議行為に該当しないと判断すべき場合もあるであろう。
 また、地方公務員の行為が地公法三七条一項の禁止する争議行為に該当する違法な行為と解される場合であつても、それが直ちに刑事罰をもつてのぞむ違法性につながるものでないことは、同法六一条四号が地方公務員の争議行為そのものを処罰の対象とすることなく、もつぱら争議行為のあおり行為等、特定の行為のみを処罰の対象としていることからいつて、きわめて明瞭である。かえつて、同法三七条二項は、職員で同条一項に違反する行為をしたものは、地方公共団体に対して保有する任命上または雇用上の権利をもつて対抗することができないという不利益を課しているにすぎないことを注意すべきである。したがつて、地方公務員のする争議行為については、それが違法な行為である場合に、公務員としての義務違反を理由として、当該職員を懲戒処分の対象者とし、またはその職員に民事上の責任を負わせることは、もとよりありうべきところであるが、争議行為をしたことそのことを理由として刑事制裁を科することは、同法の認めないところといわなければならない。
 ところで、地公法六一条四号は、争議行為をした地方公務員自体を処罰の対象とすることなく、違法な争議行為のあおり行為等をした者にかぎつて、これを処罰することにしているのであるが、このような処罰規定の定め方も、立法政策としての当否は別として、一般的許されないとは決していえない。ただ、それは、争議行為自体が違法性の強いものであることを前提とし、そのような違法な争議行為等のあおり行為等であつてはじめて、刑事罰をもつてのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきであつて、前叙のように、あおり行為等の対象となるべき違法な争議行為が存しない以上、地公法六一条四号が適用される余地はないと解すべきである。
(もつとも、あおり行為等は、争議行為の前段階における行為であるから、違法な争議行為を想定して、あおり行為等をした場合には、仮りに予定の違法な争議行為が実行されなかつたからといつて、あおり行為等の刑責は免れえないものといわなければならない。)
 つぎに、あおり行為等の意義および要件については、意見の分かれるところであるが、一般に「あおり」の意義については、違法行為を実行させる目的で、文書、図画、言動により、他人に対し、その実行を決意させ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えることをいうと解してよいであろう(昭和三三年(あ)第一四一三号、同三七年二月二一日大法廷判決、刑集一六巻二号一〇七頁参照)。しかし、地公法でいう争議行為等のあおり行為等がすべて一律に処罰の対象とされうべきものであるかどうかについては、慎重な考慮を要する。問題は、結局、公務員についても、その労働基本権を尊重し保障しようとする憲法上の要請と、公務員については、その職務の公共性にかんがみ、争議行為を禁止すべきものとする要請との二つの相矛盾する要請を、現行法の解釈のうえで、どのように調整すべきかの点にあり、労働基本権尊重の憲法の精神からいつて、争議行為禁止違反に対する制裁、とくに刑事罰をもつてする制裁は、極力限定されるべきであつて、この趣旨は、法律の解釈適用にあたつても、十分尊重されなければならない。
 そして、地公法自体は、地方公務員の争議行為そのものは禁止しながら、右禁止に違反して争議行為をした者を処罰の対象とすることなく、争議行為のあおり行為等にかぎつて、これを処罰すべきものとしているのであるが、これらの規定の中にも、すでに前叙の調整的な考え方が現われているということができる。しかし、さらに進んで考えると、争議行為そのものに種々の態様があり、その違法性が認められる場合にも、その強弱に程度の差があるように、あおり行為等にもさまざまの態様があり、その違法性が認められる場合にも、その違法性の程度には強弱さまざまのものがありうる。それにもかかわらず、これらのニユアンスを一切否定して一律にあおり行為等を刑事罰をもつてのぞむ違法性があるものと断定することは許されないというべきである。ことに、争議行為そのものを処罰の対象とすることなく、あおり行為等にかぎつて処罰すべきものとしている地公法六一条四号の趣旨からいつても、争議行為に通常随伴して行なわれる行為のごときは、処罰の対象とされるべきものではない。それは、争議行為禁止に違反する意味において違法な行為であるということができるとしても、争議行為の一環としての行為にほかならず、これらのあおり行為等をすべて安易に処罰すべきものとすれば、争議行為者不処罰の建前をとる前示地公法の原則に矛盾することにならざるをえないからである。したがつて、職員団体の構成員たる職員のした行為が、たとえ、あおり行為的な要素をあわせもつとしても、それは、原則として、刑事罰をもつてのぞむ違法性を有するものとはいえないというべきである。

三、これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、文部省が企図した公立学校教職員に対する勤務評定の実施に反対する日教組の方針に則り、都教組も、その定例委員会において、休暇闘争を含む実力行使をもつてこれに対応する方針をきめたが、都教育長は、昭和三三年四月一九日に、同月二三日の都教育委員会に勤務評定規則案を上程する旨の告示をすると言明し、爾後の話合いを拒否するに至つたので、都教組は、同月二一日に、「組合員は勤務評定を実施させない措置を地公法四条に基いて人事委員会に要求せよ。右手続は昭和三三年四月二三日午前八時から開催する全員集会で取りまとめて提出せよ。(右手続に必要な休暇請求は同日までに行う)」との指令を発し、右指令に基づいて、同月二三日一日の一せい休暇闘争を行なつたというのであり、原判決は、右は同盟罷業にあたるものとし、被告人らがしたその指令配布、趣旨伝達等の行為について、被告人らは地公法六一条四号の争議行為の遂行をあおつたものとして、同条の刑責を免れないとしているのである。
 しかし、本件をさきに詳細に説示した当裁判所の考え方に従つて判断すると、本件の一せい休暇闘争は、同盟罷業または怠業にあたり、その職務の停廃が次代の国民の教育上に障害をもたらすものとして、その違法性を否定することができないとしても、被告人らは、いずれも都教組の執行委員長その他幹部たる組合員の地位において右指令の配布または趣旨伝達等の行為をしたというのであつて、これらの行為は、本件争議行為の一環として行なわれたものであるから、前示の組合員のする争議行為に通常随伴する行為にあたるものと解すべきであり、被告人らに対し、懲戒処分をし、または民事上の責任を追及するのはともかくとして、さきに説示した労働基本権尊重の憲法の精神に照らし、さらに、争議行為自体を処罰の対象としていない地公法六一条四号の趣旨に徴し、これら被告人のした行為は、刑事罰をもつてのぞむ違法性を欠くものといわざるをえない。したがつて、被告人らは、あおり行為等についての刑責を免れないとした原判決の右判断は、法令の解釈適用を誤つたもので、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわざるをえない。(以下略)」

 
反対意見(奥野健一、草鹿浅之介、石田和外、下村三郎、松本正雄各裁判官)

「 国家公務員は、国民の信託により、全体の奉仕者として国政に干与するものであつて、その使用者である国民大衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなすことは、国民の信託に叛き、国政の活動を停廃せしめ、国民生活に重大な障害をもたらし、公共の福祉に反するものであるから、国家公務員法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの、以下同じ)九八条五項は、違法な行為として、これを禁止しているのである。また、地方公務員法三七条一項は、同様の趣旨において地方公務員の争議行為を違法な行為として禁止しているのである。これら公務員の争議行為の禁止は、公共の福祉の要請に基づくものであつて、憲法二八条に違反するものということはできない。
 法は、右の如く公務員の争議行為を違法な行為として禁止しながらも、それに違反して争議行為自体に参加した個々の公務員に対しては、刑罰を科することなく、公務員として保有する任命上又は雇用上の権利を奪う制裁を科し得るに止めている。
 しかし、法は、公務員の争議行為が国民又は地方住民に対し、重大な損害を与えるものであることに鑑み、かかる違法な争議行為の原動力となり、これを誘発、指導、助成する、いわゆる煽動者等に対しては刑事制裁を科し、もつて違法な争議行為の禁遏の実を挙げようとしているのである。すなわち、違法な争議行為に原動力を与える者は、単なる争議に参加した者に比して、反社会性の強いものとして、特別の可罰性を認めるべきであるとの観点から、争議に対し指導的役割をなす煽動者等のみを処罰することにより、違法な争議行為の防止と刑政の目的を達し得るものと考えたのである。かくの如く、集団行動による違法行為について、その原動力となつた煽動行為等の違法性を特に重視することは十分合理性のあることであり、内乱罪、騒擾罪などの処罰方式の例にも見られるところであり、決して不合理な立法ではなく、固より、立法政策の範囲内に属するものであつて、違憲とはいい難い。
 そして、法が違法な争議行為に対する誘発、指導、助成の原動力となるものとして処罰せんとする「あおり」についていえば、「あおり」の概念は、「違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめるような、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えること(昭和三三年(あ)第一四一三号同三七年二月二一日大法廷判決、刑集六巻二号一〇七頁参照)」をいうものと解するのが相当であり、その構成要件の内容が漠然としているものではない。そして法は、「あおり」行為について何らの限定を設けていないのであるから、いやしくも前記「あおり」の行為に該当するものである限り、これを可罰性のある違法な行為とする趣旨であつて、これらの行為をその違法性の強弱によつて区別し、特に違法性の強いものに対してのみ刑事制裁を科するものであると解する余地は、法文上考えられないところである。
 「あおり」の対象となつた争議行為自体の態様により、その違法性の強いもの、ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性のあるものである場合に限つて、「あおり」を処罰する趣旨であると解することも到底是認できない。けだし、法は、争議行為自体を処罰しないとしながら、敢てこれをあおつた者を処罰すると規定しているのであるから、違法性の強いもの、ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性のある争議行為をあおつた場合に限り、あおり行為を処罰する趣旨と解することは、ことさらに明文に反する解釈であるからである。 それ故、「あおりの」罪が成立するためには、その「あおり」の対象となつた争議行為自体の正当性の有無を論ずる余地はなく、したがつて、その争議行為が例えば政治的目的のために行なわれたものであるか否かという如きことは、同罪の成否になんら影響を及ぼすものではないというべきである。しかも、もともと法律上争議権を否定された公務員が、「正当な争議行為」をすることができないのは当然であるから、国家公務員法附則一六条、地方公勝員法五八条の規定をまつまでもなく、争議行為として「正当なもの」について、刑事免責を規定した労働組合法一条二項の規定が公務員の争議行為に適用の余地のないことは明白であつて、この点からいつても、「あおり」の対象となつた争議行為自体の正当性ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性の有無を論ずることは理由がないといわなければならない。
 また、争議には、企画、共謀、指令、伝達等は、通常、一般的に随伴し、争議と不可分の関係にあるものであつて、組合構成員は当然これに干与するのであるから、これを処罰することは、争議行為を処罰することになるから、組合構成員の「あおり」行為は除外すべきであるとの解釈論も是認することはできない。けだし、国家公務員法九八条五項後段、一一〇条一項一七号、地方公務員法三七条一項後段、六一条四号は、「何人も」および「何人たるを問わず」あおり行為をした者を処罰する旨を明定しており、あおつた者が組合構成員であると、組合構成員以外の第三者であると、また組合構成員がそれ以外の第三者と共謀した場合であるとを問わず、また争議に当然随伴し、これと不可分の関係において為した者であると否とを問わず、等しく処罰する趣旨であることが明白であるからである。
 これを要するに、「あおり」の概念を、強度の違法性を帯びるものに限定したり、「あおり」行為者のうち、組合構成員と組合外部の者とを区別し、外部の者の行為若しくはこれと共謀した者の行為のみを処罰の対象となると解したり、または「あおり」の対象となつた争議行為が違法性の強いもの、ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性のあるものである場合に限り、その「あおり」行為が可罰性を帯びるのであるというが如き限定解釈は、法の明文に反する一種の立法であり、法解釈の域を逸脱したものといわざるを得ない。
 従つて、以上に述べたところと解釈の結論を同じくする原判断は相当であり‥‥本件上告は棄却すべきものである。」

9932全司法仙台事件 最大判昭44.4.2 最高裁判所刑事判例集23巻5号685頁、判例時報550号(LEX/DBプリントアウト)

 都教祖事件と同日の大法廷判決。主な争点は国家公務員法(昭和40改正前のもの)98条5項(職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。)、110条1項17号(「何人たるを問わず第九十八条第五項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は、三年以下の懲役または一〇万円以下の罰金に処すべき旨を規定)の合憲性である。
 本件は結論として職場大会に参加するよう慫慂・使唆した行為を有罪としたものの、判決理由において公務員の労働基本権保障を重視し、刑事処罰は限定的なものでなればならないことを示しており、全逓中郵事件判決、都教祖事件事件に続く一連のワースト判決の一つである。
 事案は全国税労組中央執行委員長で税務署職員であった○○が、全司法労組仙台支部が新安保条約に反対するため、勤務時間にくいこむ職場集会を開催するにあたり、裁判所職員でなく、かつまた裁判所職員の団体に関係ない○○(全国税労組委員、税務職員)、裁判所職員であり、同支部執行委員長の職にあった○○らと共謀のうえ、同支部分会役員に対し、その職場大会の参加協力を要求し、または裁判所職員に対しその職場大会に参加するよう慫慂・使唆した。原判決は限定解釈しつつこの点について有罪とした。(中村秀次「刑法総論に関する裁判例資料」『熊本ロージャーナル』4号2010〔※ネット公開〕)
 最高裁は上告棄却(多数意見13(趣旨反対結論は同意5)、反対意見1)。多数意見は国家公務員法110条1項17条により刑罰に処すことは限定的なものでなければ合憲でないとし、刑罰に処せる争議行為とは「暴力その他これに類する不当な圧力を伴うとか、社会通念に反して不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な支障を及ぼすとか等違法性の強いものであることのほか、あおり行為等が争議行為に通常随伴するものと認められるものでないことを要するものと解すべきである。」と限定した。にもかかわらず、本件は政治目的の争議であったことから違法性が強いとされ、第三者と共謀したことが争議行為に通常随伴する行為と認めることはできないゆえに、原判決の有罪を是認したというものである。有罪は妥当としても到底納得できる判決理由ではなく、私は5判事の結果的同意意見に賛同する。
 この判例は昭和48.4.25全農林警職法事件判決により判例変更されている。

多数意見-要所のみ

「‥‥これらの規定が、文字どおりに、すべての国家公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為(以下、あおり行為等という。)をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、公務員の労働基本権保障の趣旨に反し、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最少限度にとどめなければならないとの要請を無視して刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑いを免れない。、しかし、‥‥限定的に解釈する限り、前示国公法九八条五項はもとより、同法一一〇条一項一七号も、憲法二八条に違反するものということができず、また、憲法の前文、一一条、九七条、一八条に違反するものともいえない‥‥‥‥あおり行為等を処罰するには、争議行為そのものが、職員団体の本来の目的を逸脱してなされるとか、暴力その他これに類する不当な圧力を伴うとか、社会通念に反して不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な支障を及ぼすとか等違法性の強いものであることのほか、あおり行為等が争議行為に通常随伴するものと認められるものでないことを要するものと解すべきである。‥‥‥‥そこで、本件職場大会についてみるに、当時、新安保条約に対する反対運動が憲法擁護のための国民運動として広く‥‥行なわれたものである‥‥としても‥‥‥このような政治的目的のために争議を行なうがごときは、争議行為の正当な範囲を逸脱するものとして許されるべきではなく、かつ、それが短時間のものであり、また、かりに暴力等を伴わないものとしても、裁判事務に従事する裁判所職員の職務の停廃をきたし、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものであつて、かような争議行為は、違法性の強いものといわなければならない。‥‥‥被告人らのうち、裁判所職員でなく、かつまた、裁判所職員の団体に関係もない第三者である被告人○○、○○、○○の行なつた行為は、裁判所職員の行なう争議行為に通常随伴するものと認めることができない‥‥‥」

多数意見(一部略)

 弁護人大川修造ほか六名の上告趣意第一点について。
 所論は、国家公務員法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの。以下国公法という。)九八条五項、一一条一項一七号は、憲法二八条、一一条、九七条、一八条に違反するものであり、これを適用した原判決も違憲であるという。
 よつて案ずるに、国公法九八条五項は、「職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定し、同法一一〇条一項一七号は、「何人たるを問わず第九十八条第五項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は、三年以下の懲役または一〇万円以下の罰金に処すべき旨を規定している。これらの規定が、文字どおりに、すべての国家公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為(以下、あおり行為等という。)をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、公務員の労働基本権保障の趣旨に反し、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最少限度にとどめなければならないとの要請を無視して刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑いを免れない。しかし、法律の規定は、可能なかぎり、憲法の精神に即し、これと調和しうるよう合理的に解釈されるべきものであつて、この見地からすれば、これらの規定の表現にのみ拘泥して、直ちにこれを違憲と断定する見解は採ることができない。
 右のように限定的に解釈するかぎり、前示国公法九八条五項はもとより、同法一一〇条一項一七号も、憲法二八条に違反するものということができず、また、憲法の前文、一一条、九七条、一八条に違反するものともいえないことは、当裁判所大法廷の判例(とくに昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決、刑集二〇巻八号九〇一頁、昭和四一年(あ)第四〇一号、同四四年四月二日大法廷判決参照)の趣旨に照らし、明らかであるから、これらの規定自体を違憲とする所論は、その理由がなく、したがつて、原判決が右国公法一一〇条一項一七号を適用したことを非難する論旨も、採用することができない。
 同第二点について。
 所論は、明白かつ現実の危険がないのに、あおり行為等を処罰することとしている国公法一一〇条一項一七号の規定は憲法二一条に違反するという。
 しかし、右罰則が憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二六年(あ)第三八七五号、同三〇年一一月三〇日大法廷判決、刑集九巻一二号二五四五頁)とするところであるのみならず、前に説示したとおり、右罰則はこれを限定的に解釈して適用するかぎりにおいて、右規定が憲法二一条に違反するものないことは、さらに明らかである。所論は、独自の見解のもとに違憲を主張するものであつて、採用しがたい。
 同第三点について。
 国公法一一〇条一項一七号は、公務員の争議行為そのものを処罰の対象としているものでないのみならず、右規定にいうあおり行為等を後に説示するような意味に解するかぎり、右規定が憲法一八条に違反するものといえないことは、所論第一点について説示したとおりであつて、所論は採用のかぎりでない。
 同第四点について。
 所論は、国公法一一〇条一項一七号は、その規定する構成要件の内容が漠然としており、かつ、労働運動の実体を無視し、争議行為の前段階的行為であるあおり行為等のみを処罰の対象としたことは極度に不合理であるから、憲法三一条に違反し、これを適用した原判決も違憲であるという。
 しかし、国公法一一〇条一項一七号にいう「共謀」とは、二人以上の者が、同法九八条五項に定める違法行為を行なうため、共同意思のもとに、一体となつて互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をすること(昭和二九年(あ)第一〇五六号、同三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁参照)、「そそのかし」とは、同法九八条五項に定める違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすること(昭和二七年(あ)第五七七九号、同二九年四月二七日第三小法廷判決、刑集八巻四号五五五頁参照)、「あおり」とは、右の目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えること(昭和三三年(あ)第一四一三号、同三七年二月二一日大法廷判決、刑集一六巻二号一〇七頁参照)を、それぞれ、指すものと解するのが相当である。してみれば、国公法一一〇条一項一七号に規定する犯罪構成要件が、所論のように、内容が漠然としているものとはいいがたく、所論違憲の主張は、理由がない。
 また、違法な争議行為につき、その前段階的行為であるあおり行為等のみを独立犯として処罰することは、政策的に妥当といえるかどうかは別論として、必ずしも不合理とはいいがたく、この点に関する非難も、採用することができない。
 同第五点について。
 所論は、原判決の国公法一一〇条一項一七号の「あおり」の解釈適用の誤りをいう。
 よつて案ずるに、原判決が国公法一一条一項一七号につき原判示のとおりの限定的解釈をしたうえ、本件事案にこれを適用していることは所論のとおりであるが、当裁判所は、次のような理由により、右規定を本件事案に適用した原判決の結論は、これを支持すべきものと考える。
 すなわち、あおり行為等を処罰するには、争議行為そのものが、職員団体の本来の目的を逸脱してなされるとか、暴力その他これに類する不当な圧力を伴うとか、社会通念に反して不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な支障を及ぼすとか等違法性の強いものであることのほか、あおり行為等が争議行為に通常随伴するものと認められるものでないことを要するものと解すべきである。というのは、職員の行なう争議行為そのものが処罰の対象とされていないのに、あおり行為等が安易に処罰の対象とされるときは、結局、争議行為参加者の多くが処罰の対象とされることになつて、国公法の建前とする争議行為者不処罰の原則と矛盾することになるからである。
 そこで、まず、原判決の認定した本件事実関係をみるに、被告人ら(○○を除く)は、仙台高等裁判所、同地方裁判所、同簡易裁判所の職員に対し、仙台高等裁判所玄関前において、昭和三五年六月四日午前八時三〇分から九時三〇分まで一時間、勤務時間内に喰い込んで開催される、新安保条約に反対するための職場大会に参加するよう、第一審判決の判示第一(後段のいわゆる間接あおりの部分を除く。)または第二に掲げる行為をしたというのである。右の認定によれば、本件職場大会が前示裁判所職員の団体である全司法労組仙台支部の職場大会の実体をもつものであつて、裁判所職員による右職場離脱は、短時間とはいえ、裁判所職員による争議行為に当たるというのである。
 ところで、裁判所職員の争議行為の制限について考えてみるに、すべて司法権は裁判所に属するものとされ、裁判所は、この国家に固有の権能に基づき、国民の権利と自由を擁護するとともに、国家社会の秩序を維持することをその使命とするものであることにかんがみると、このような裁判所の行なう裁判事務に従事する職員の職務は、一般的に、公共性の強いものであり、その職務の停廃は、その使命の達成を妨げ、ひいては、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものといわなければならない。
 そこで、本件職場大会についてみるに、当時、新安保条約に対する反対運動が憲法擁護のための国民運動として広く行なわれ、労働組合その他諸種の団体によつてもその運動が活溌に行なわれており、本件職場大会も右運動の一環として行なわれたものであること所論のとおりであるとしても、裁判所の職員団体の本来の目的にかんがみれば、使用者たる国に対する経済的地位の維持・改善に直接関係があるとはいえない、このような政治的目的のために争議を行なうがごときは、争議行為の正当な範囲を逸脱するものとして許されるべきではなく、かつ、それが短時間のものであり、また、かりに暴力等を伴わないものとしても、裁判事務に従事する裁判所職員の職務の停廃をきたし、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものであつて、かような争議行為は、違法性の強いものといわなければならない。
 そして、原判決の確定するところによれば、本件当時、(イ)被告人○○は、全国税労働組合中央執行委員の職にあつて、国公共闘会議からオルグとして仙台市に派遣されていたもの、被告人○○は、農林省宮城作物報告事務所石巻出張所に勤務し、全農林労働組合宮城県本部副執行委員長の職にあつたもの、被告人○○は、仙台北税務署に勤務し、全国税労働組合東北地方連合会執行委員、宮城県国公地公共闘会議副議長の職にあつたもの、被告人○○は、仙台地方裁判所に裁判所書記官補として勤務し、全司法労組仙台支部執行委員長の職にあつたものであり、(ロ)第一審判決の判示第一に掲げる行為(後段のいわゆる間接あおりの部分を除く。)は、被告人K、Dその他の者が共謀して行なつたもの、判示第二に掲ける行為は、被告人○○、○○、○○、○○その他の者が共謀して行なつたものであるというのである。
 そこで、被告人らの右行為が、裁判所職員の行なう争議行為に通常随伴するものと認められるかどうかについて考えてみるに、被告人らのうち、裁判所職員でなく、かつまた、裁判所職員の団体に関係もない第三者である被告人○○、○○、○○の行なつた行為は、裁判所職員の行なう争議行為に通常随伴するものと認めることができないことは明らかである。また、被告人○○は裁判所職員であり、その団体である全司法労組仙台支部執行委員長の職にあつたものであるから、そのあおり行為等がその態様において異常なものでないかぎり、争議行為に通常随伴するものと認めることができるが、本件の場合、被告人○○は、第三者である前示被告人らと共謀して前示(ロ)の行為を行なつたものであるというのであるから、右事実関係のもとにおいては、被告人○○の行為も争議行為に通常随伴する行為と認めることはできないものといわなければならない。
 してみれば、原審が被告人らの前示行為につき国公法一一〇条一項一七号を適用したことは、その理由において当裁判所の見解と異なるところがあるが、結局、正当であるに帰し、以上と異なる見解のもとに原判決に法令違反の違法があるとする所論は、採用することができない。
 同第六点について。
 所論は、原判決は、国公法一一条一項一七号にいう「あおり」の解釈につき、所論引用の当裁判所の判例(昭和三九年(あ)第二九六号、同四一年一〇月二六日大法廷判決、刑集二〇巻八号九〇一頁)と相反する判断をしているという。
 しかし、右判例は、原判決の宣告後になされたものであるから、これをもつて刑訴法四〇五条二号の判例と解することはできず、所論は、適法な上告理由に当たらない。
 同第七点について。
 所論は、違憲(三一条)をいうが、国公法一一〇条一項一七号は、同号の規定する「あおり」等の行為を独立の可罰的行為(犯罪類型)として処罰の対象としているのであるから、いわゆる共謀共同正犯の理論の適用については、他の独立犯罪の場合と異なるところはないと解すべきであり、このように解しても憲法三一条に違反するものではなく、したがつて、これと同趣旨に出た原判断は正当であり、所論違憲の主張は理由がない。(中略)

 検察官の上告趣意について。
 所論は、国公法一一〇条一項一七号の解釈に関する原判決の判断は、所論昭和四〇年一一月一六日東京高等裁判所判決(下級裁判所刑事裁判例集七巻一一号一九五五頁)と相反するという。
 原判決は、同号は、同号に掲げる行為をすべて可罰性のあるものと評価しているのではなく、その行為の性質、手段、態様等からして争議行為の実行に影響を及ぼすべき高度の蓋然性をもつ程度に強度の違法性を帯びるもので、これらに刑罰を科することが公益上当然であるとされるものにかぎつて、処罰の対象としていると解すべきである旨判示しているところ、右東京高等裁判所の判決は、同号は、行為者ないし行為の態様等により強度の違法性を帯びた「あおり」行為等のみを処罰する趣旨のものと解すべきではないとの見解をとつており、原判決に先だつて言い渡されたものであるから、原判決は、右高等裁判所の判例と相反する判断をしたこととなり、刑訴法四〇五条三号後段に規定すろ最高裁判所の判例がない場合に、控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたことになるものといわなければならない。
 そして、国公法一一〇条一項一七号の解釈に関する当裁判所の見解は、前示のとおりであつて、右高等裁判所の判例および原判決のこの点に関する見解は、そのいずれをも維持することはできないけれども、前示のとおり、原判決が被告人らの第一審判決の判示第一の行為(後段のいわゆる間接あおりの部分を除く。)および第二の行為につき同号を適用処断したことは、結局、正当であるのみならず、被告人らの第一審判決判示第一後段の行為(いわゆる間接あおり)は、原審の確定した事実関係のもとにおいては、いまだその対象たる裁判所職員に対し、本件争議行為の実行を決意させ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える程度のものとは認めがたく、同号のあおり行為には該当しないものと認めるのが相当であり、したがつて、右事実は犯罪の証明がなく無罪とすべきものであるとした原判決は、その結論において正当であるから、原判決には判例違反があるが、この判例違反の事由は、刑訴法四一〇条一項但書にいう判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当たり、原判決を破棄する事由とはならない。

 

同意意見(多数意見の趣旨に反対するが結論に同意するもの。奥野健一、草鹿浅之介、石田和外、下村三郎、松本正雄各裁判官)

「 一、国家公務員は、国民の信託により、全体の奉仕者として国政に干与するものであつて、その使用者である国民大衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなすことは、国民の信託に叛き、国政の活動を停廃せしめ、国民生活に重大な障害をもたらし、公共の福祉に反するものであるから、国家公務員法(昭和四〇年法律第六九号による改正前のもの、以下同じ)九八条五項は、違法な行為として、これを禁止しているのである。また、地方公務員法三七条一項は、同様の趣旨において地方公務員の争議行為を違法な行為として禁止しているのである。これら公務員の争議行為の禁止は、公共の福祉の要請に基づくものであつて、憲法二八条に違反するものということはできない。
 法は、右の如く公務員の争議行為を違法な行為として禁止しながらも、それに違反して争議行為自体に参加した個々の公務員に対しては、刑罰を科することなく、公務員として保有する任命上文は雇用上の権利を奪う制裁を科し得るに止めている。しかし、法は、公務員の争議行為は国民又は地方住民に対し、重大な損害を与えるものであることに鑑み、かかる違法な争議行為の原動力となり、これを誘発、指導、助成する、いわゆる煽動者等に対しては刑事制裁を科し、もつて違法な争議行為の禁遏の実を挙げようとしているのである。すなわち、違法な争議行為に原動力を与える者は、単なる争議に参加した者に比して、反社会性の強いものとして、特別の可罰性を認めるべきであるとの観点から、争議に対し指導的役割をなす煽動者等のみを処罰することにより、違法な争議行為の防止と刑政の目的を達し得るものと考えたのである。かくの如く、集団行動による違法行為について、その原動力となつた煽動行為等の違法性を特に重視することは十分合理性のあることであり、内乱罪、騒擾罪などの処罰方式の例にも見られるところであり、決して不合理な立法ではな
く、固より、立法政策の範囲内に属するものであつて、違憲とはいい難い。
 そして、法が違法な争議行為に対する誘発、指導、助成の原動力となるものとして処罰せんとする「あおり」についていえば、「あおり」の概念は、「違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめるような、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えること(昭和三三年(あ)第一四一三号同三七年二月二一日大法廷判決、刑集一六巻二号一〇七頁参照)」をいうものと解するのが相当であり、その構成要件の内容が漠然としているものではない。そして法は、「あおり」行為について何らの限定を設けていないのであるから、いやしくも前記「あおり」の行為に該当するものである限り、これを可罰性のある違法な行為とする趣旨であつて、これらの行為をその違法性の強弱によつて区別し、特に違法性の強いものに対してのみ刑事制裁を科するものであると解する余地は、法文上考えられないところである。
 「あおり」の対象となつた争議行為自体の態様により、その違法性の強いもの、ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性のあるものである場合に限つて、「あおり」を処罰する趣旨であると解することも到底是認できない。けだし、法は、争議行為自体を処罰しないとしながら、敢てこれをあおつた者を処罰すると規定しているのであるから、違法性の強いもの、ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性のある争議行為をあおつた場合に限り、あおり行為を処罰する趣旨と解することは、ことさらに明文に反する解釈であるからである。 それ故、「あおり」の罪が成立するためには、その「あおり」の対象となつた争議行為自体の正当性の有無を論ずる余地はなく、したがつて、その争議行為が例えば政治的目的のために行なわれたものであるか否かという如きことは、同罪の成否になんら影響を及ぼすものではないというべきである。しかも、もともと法律上争議権を否定された公務員が、「正当な争議行為」をすることができないのは当然であるから、国家公務員法附則一六条、地方公務員法五八条の規定をまつまでもなく、争議行為として「正当なもの」について、刑事免責を規定した労働組合法一条二項の規定が公務員の争議行為に適用の余地のないことは明白であつて、この点からいつても、「あおり」の対象となつた争議行為自体の正当性ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性の有無を論ずることは理由がないといわなければならない。
 また、争議には、企画、共謀、指令、伝達等は、通常、一般的に随伴し、争議と不可分の関係にあるものであつて、組合構成員は当然これに干与するのであるから、これを処罰することは、争議行為を処罰することになるから、組合構成員の「あおり」行為は除外すべきであるとの解釈論も是認することはできない。けだし、国家公務員法九八条五項後段、一一〇条一項一七号、、地方公務員法三七条一項後段、六一条四号は、「何人も」および「何人たるを問わず」あおり行為をした者を処罰する旨を明定しており、あおつた者が組合構成員であると、組合構成員以外の第三者であると、また組合構成員がそれ以外の第三者と共謀した場合であるとを問わず、また争議に当然随伴し、これと不可分の関係において為した者であると否とを問わず、等しく処罰する趣旨であることが明白であるからである。
 これを要するに、「あおり」の概念を、強度の違法性を帯びるものに限定したり、「あおり」行為者のうち、組合構成員と組合外部の者とを区別し、外部の者の行為若しくはこれと共謀した者の行為のみが処罰の対象となると解したり、または「あおり」の対象となつた争議行為が違法性の強いもの、ないし刑事罰をもつてのぞむべき違法性のあるものである場合に限り、その「あおり」行為が可罰性を帯びるのであるというが如き限定解釈は、法の明文に反する一種の立法であり、法解釈の域を逸脱したものといわざるを得ない。
 二、以上の見解に立つて本件を見るに、被告人ら(○○を除く。)の本件行為(第一審判決判示第一後段のいわゆる「間接あおり」の部分を除く。)が国公法一一〇条一項一七号の「あおり」行為に当たることは明らかであつて、被告人らの右行為につき同号を適用処断した原判決は、結論において正当である。

 裁判官色川幸太郎の反対意見等略

9933札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件) 最三小決昭45.6.23 最高裁判所刑事判例集24巻(LEX/DBプリントアウト)

 ワースト判決である。

 事案は、昭和37年6月15日札幌市労連による交通部門の市電と市バス乗務拒否を主眼とする争議行為において、地公労法適用の札幌市職員である被告人3人が他の40名の組合員とともに札幌市交通局中央車庫門扉付近において、当局の業務命令によって乗車した罷業脱落組合員の運転する市電の前に立ちふさがり、当局側ともみ合い、約30分電車の運行を阻止したことが、威力業務妨害罪により起訴されたもので、一審札幌地裁昭41.5.2判決『別冊労働法律旬報』607・8号は、正当な争議行為だとして無罪判決を下した。検察官が控訴し札幌高裁昭42.4.27で棄却されたので、判例違反・法律違反等を理由として最高裁で争われたものだが、最高裁第三小法廷の決定は多数意見3、反対意見2の僅差で、本件ピケは正当な行為として上告を棄却した。
 昭和45年まで、最高裁が物理力を行使したピケットを正当としたのは、三友炭鉱事件 最三小判昭31.12.11刑集10巻12号1605頁だけであった。それに続く二つめの判例が本件であり、ピケット権の確立を前進させた意義があるものとしてプロレイバーは本判決を評価している。(例えば佐藤 昭夫「札幌市労連最高裁決定とピケット権の展開」『労働法律旬報』 (通号 756) [1970.10.25])
 三友炭鉱事件と同じく、本件も罷業脱落組合員が運転する車両の運行を阻止した事件であるが、三友炭鉱事件は「既に多数婦人組合員がガソリン車前方路上に立ち塞がり、座り込みまたは横臥(おうが)してその進行を阻止していたところに参加して『ここを通るなら自分たちを轢き殺して通れ』と怒号して車の運転を妨害した行為はいまだ違法に刑法234条にいう『威力を用い人の業務を妨害したる者』というに足りない」としたもので被告人は後から参加したとの事情もあって無罪となったもので特殊な事例である。
 本件最高裁決定は、「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」としつつも、本件争議のいきさつ、札幌市当局が団体交渉を拒否、引き延ばしを図るなど態度が誠意を欠いていたこと、被告人らの本件行為が同盟罷業から脱落した同じ組合員の市電運転行為に対し、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的であることなど、被告人らが本件行為に出たいきさつおよび目的が人をなつとくさせるに足りるものであり、当局側ともみあったその時間も約三〇分であつて必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内のできごとであつたこと等の諸般の事情のもとでは、これを正当行為として罪とならないとした原判断は相当であると判示したのであるが、諸般の事情を組合に有利に考慮している点の問題点については、松本正雄裁判官の反対意見が逐一指摘しているおりであり、とうてい納得できるものでんく大筋で同裁判官の反対意見に賛同できるが、反対意見の趣旨と重複するが2点だけ私の見解を述べておく。

 まず罷業脱落組合員が市電の運転を始めた行為を重視し、これを被告人らにとつて有利な事情の一つとして考慮してことは問題である。そもそも地公労法11条1項により争議行為は違法なのであり、電車部長等の業務命令にしたがって、市電を運転した脱落組合員は法令を遵守し正当な業務を行っているのであり、電車運行の物理的阻止は、不法に使用者側の意思を抑圧するものとして許されるべきものではないだろう。
 公労法適用の職場におけるは組合員が争議行為に加わらず就業することの権利性についは、後に、国労広島地本事件最高裁三小昭50・11・28判決『労働判例』NO.420が「禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは是認されるべきであり、多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない」と判示し、動労鳥栖駅事件福岡高裁昭49・5・14判決『判例タイムズ』NO.311が「組合としては、組合員に対して、公労法上違法とされ、しかも解雇等という民事責任を負わされるような同盟罷業に参加を強制することはできない筋合であって、組合がたとえ同盟罷業を決議しても、それは公労法上違反であり、民間企業の組合の場合のように法的拘束力をもつものではなく、組合員としては、組合の決議、指令にかかわらず同盟罷業に参加することなく就業する自由を有するのであって、これに参加を促す勧誘説得を受忍すべき義務はないのである。従って、組合の決議や本部指令に従わないで就業しようとする組合員に対し、同盟罷業に参加するよう平和的に勧誘しまたは説得することは、公労法上の評価はとも角刑法上の観点からは、ピケッティングとして相当な範囲内のものということができるが、その程度を越え実力又はこれに準ずる方法で説得拒否の自由を与えず組合委員の就業を阻止することは、他にこれを相当ならしめる特段の事由がない限り、相当な限度を越えるものとして許されないといわなければならない。」としているのであるから、罷業脱落者が運転しているから、実力行使を伴うピケを正当化するという論理は、明らかに労働組合の統制を、公務より優先させる判断として非難されるべきものである。
 次に、私はもちろん昭和41年全逓中郵判決に批判的な見方であるが、中郵事件は基本的に労働供給義務の不履行(単純不作為)としての同盟罷業事件であり、「労務者がたんに労務を供給せず(罷業)もしくは不完全にしか供給しない(怠業)ことがあつても、それだけでは、一般的にいつて、刑事制裁をもつてこれに臨むべき筋合ではない。」としたものだ。仮にその見解を認めるとしても単純不作為でなく、積極的に業務を妨害する態様については別の判断があってしかるべきである。本件のように市電運行という業務遂行を実力行使により妨害することまで刑事罰から解放するというのは行き過ぎだろう。
 最高裁は、この後、昭和48.4.25国鉄久留米駅事件大法廷判決で、久留米事件方式という判断方式を打ち出し、犯罪構成要件ないし構成要件該当性における違法性推定機能を重視する流れに変わっており、ピケッティングについて厳しい判断がとられるようになっている。したがって札幌市労連事件は、あくまでも全逓中郵判決、都教組事件判決、全司法仙台判決という流れで司法が労働組合に有利に展開していた一時期の判例としてとらえておく必要がある。

(本件ピケッティングの概要)

 札幌市労連は昭和35年10頃から給与、手当、有給休暇等勤務条件の改善を求めたが、当局が団体交渉の拒否や引延しを図り、地労委の調停や市議会総務委員会の勧告があったにもかかわらず、ストをやるというならばやれという、誠意のない回答であっため、昭和37年6月15日午前6時頃、市電、市バスの乗務拒否を主眼とする、同盟罷業に踏み切った。
 電車は全部車庫に戻され、降車した乗務員によって、中央車庫から営業路線に通ずる門扉が閉鎖され、門扉の内側に組合員が15・6名たむろして、出勤してくる職員に闘争指令を伝達し乗車拒否を呼びかけ、営業部長その他の役職者の入門を拒否した。
 札幌市交通局は、運転手から昇進して運行等に関する事務を行っている係員24名(3・4名を除いて組合員)に電車部業務課長の指示でそれぞれ運転手、車掌に命じ電車を運行させることとし、12車両を車庫から発進さる一方、午前10時頃整備課約45名を指揮して門扉を開放させ、先頭の電車は門扉の4メートル手前まで達したが、15・6人の組合員が全面に立ちふさがり、電車を出さないよう叫んだ。課長の指示に従わない整備課組合員約20名はピケ隊に合流し、5~10分もみ合いとなったが、ピケ隊は引き抜きをこらえ小康状態となったので、組合側は労働歌を高唱しスクラムを組み気勢をあげていたところ、当局側が25・6名によりピケ隊の排除を開始し、約10分もみあいとなった。警官が違法なピケを解くよう警告し、警官が60名に増えたこともあり、ピケ隊は殆ど抵抗することなく退去したというものである。
 この事件の特徴は、組合員の団結は固くなく業務命令に従った組合員と、ピケ隊に連帯した組合員とがもみ合いをしているのである。

多数意見

「検察官米田之雄の上告趣意第二点のうち、判例違反をいう点は、昭和三一年一二月一一日第三小法廷判決(刑集一〇巻一二号一六〇五頁)は、暴行、脅迫または威力をもつてする就業中止要求が具体的事情のいかんを問わず常に違法であるとしているわけではないから、前提を欠き、昭和二五年一一月一五日大法廷判決(刑集四巻一一号二二五七頁)は、いわゆる生産管理に関するものであり、昭和二七年一〇月二二日大法廷判決(民集六巻九号八五七頁)は、組合員以外の部長等がしていた作業を妨害した事案についてのものであり、昭和三三年五月二八日大法廷判決(刑集一二巻八号一六九四頁)は、会社側が新たに従業員として採用した者、労働組合から脱退して従業員会に加入した者および組合員以外の職員で続行していた出炭業務を妨害した事案についてのものであり、同年二一月二五日第一小法廷判決(刑集一二巻一六号三六二七頁)は、組合員以外の庶務課長などの送電継続行為を妨害した事案についてのものであり、昭和三二年二月二六日広島高等裁判所岡山支部判決は、組合員以外の従業員の電車運転業務を妨害した事案についてのものであり、また、昭和三九年二月一五日札幌高等裁判所判決は、国鉄業務の正常な運営を妨げ、これに打撃を加えるなどの目的で、機関車の出区を妨害し、臨時貨物列車の発車を遅延させることを策した事案についてのものであつて、いずれも、組合員たる被告人らが単に同盟して罷業し、争議脱落組合員の就業を阻止して、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ごうとしたに過ぎない本件には適切でなく、上告適法の理由にあたらない。
 同第二点のその余の論旨および同第三点は、単なる法令違反の主張であつて、上告適法の理由にあたらない。なお、原判決の認定したところによると、被告人らは、他の約四〇名とともに、札幌市交通局中央車庫門扉付近において、市電の前に立ちふさがり、その進行を阻止して業務の妨害をしたというのであつて、このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。しかし、同じ原判決によると、右行為は、被告人らの所属する札幌市役所関係労働組合連合会が、昭和三五年一〇月ごろから、札幌市職員の給与、手当、有給休暇その他の勤労条件の改善等、職員の正当な経済的地位の向上を目ざした団体交渉の要求を続け、かつ、この要求について早期解決を図るべき旨の北海道地方労働委員会の調停や札幌市議会総務委員会の勧告があつたのにかかわらず、札幌市当局が不当に団体交渉の拒否や引延しをはかつたため、一年有余の長期間をむだに過させられたのみならず、かえつて、当局の者から、ストをやるというのであればやれ、などと誠意のない返答をされるに至つたので、やむなく昭和三七年六月一五日午前六時ごろ、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、交通部門における市電・市バスの乗務員の乗車拒否を主眼とする同盟罷業に踏み切つたものであるところ、その同盟罷業中の同日午前一〇時ごろ、突然、同じ組合員である○○らが、同盟罷業から脱落し、当局側の業務命令に従つて市電の運転を始めるため、車庫内に格納されていた市電を運転して車庫外に出ようとしたので、被告人らが他の約四〇名の組合員らとともに、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的で、とつさに市電の前に立ちふさがり、口ぐちに、組合の指令に従つて市電を出さないように叫んで翻意を促し、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合つたというのであつて、このような行為に出たいきさつおよび目的が人をなつとくさせるに足りるものであり、その時間も、もみ合つた時間を含めて約三〇分であつたというのであつて、必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内でのできごとであつたというのであるから、このような事情のもとでは、これを正当な行為として罪とならないとした原判断は、相当として維持することができる。‥‥」

 下村三郎裁判官の反対意見

 「‥‥地方公営企業労働関係法一一条一項は、争議行為を禁止しているのであるから、これに違反してなされた争議行為は、すべて違法であつて、正当な争議行為というものはありえない。したがつて、このような争議行為には、労働組合法一条二項の準用ないし適用はないものと解すべきである。その理由の詳細は、昭和三九年(あ)第二九六号昭和四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集二〇巻八号九〇一頁)における裁判官奥野健一、同草鹿浅之介、同石田和外三裁判官の反対意見と同趣旨であるから、ここにこれを引用する。
 そして、右見解によれば、原判決が、地方公営企業労働関係法一一条一項に違反してなされた本件争議行為を威力業務妨害罪の構成要件にあたるものとしたうえ、労働組合法一条二項を準用して、被告人らの本件所為を正当な行為として罪とならないとしたのは、法令の解釈を誤り、ひいて判決に影響を及ぼすべき重大な事実を誤認したものというべく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、刑訴法四一一条一、三号により原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻すべきものである。」

 松本正雄裁判官の反対意見

「一、原判決およびこれを是認する多数意見は、本件争議行為にも労働組合法(以下「労組法」という。)一条二項の適用があることを前提として、その正当性の判断をなし、被告人らの本件行為は威力業務妨害罪の構成要件には該当するけれども、諸般の事情からみて、正当な行為であるとして犯罪の成立を否定した。
 しかし、わたくしは、本件争議行為には労組法一条二項の適用はないと考える。すなわち、公共企業体に対する争議行為に関する昭和三九年(あ)第二九六号昭和四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集二〇巻八号九〇一頁、いわゆる中郵事件判決)における反対意見を正しいと考えるものである。また、仮に、右判決の多数意見のごとく、本件争議行為にも労組法一条二項の適用があるとしても、被告人らの本件行為は、正当性の範囲を逸脱した違法のものであり、正当行為とは評価できないと考える。以下に、右の二点について、その理由を述べる。

二、労組法一条二項の適用がないことについて。

 1 地方公営企業労働関係法一一条一項はその前段中において、「職員及び組合は、地方公営企業に対して同盟罷業、怠業その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。」と規定している。そして右の規定は、前記大法廷の判例に照らし合憲であることに異論がないであろう。もし、右の規定が違憲であるとするならば問題は別であるが、合憲の規定であると当裁判所が認めるからには、地方公営企業に対する争議行為等が禁止せられていることは明白であり、これに違反してなされた争議行為等は違法であるといわざるをえない。なお、右に違法というのは、単に法令の規定に違反するというだけのことではない。同条項が、右のように地方公営企業に勤務する職員およびその組合に争議行為等を禁止しているのは、軌道事業、水道事業、工業用水道事業等の地方公営企業が、私企業に比して公共性が強く、その運営のいかんが住民の日常生活と福祉に及ぼす影響がきわめて大きいからにほかならない。したがつて、右に違法というのは、違法性があることすなわち正当でないことをも意味し、労組法一条二項の適用を排除する趣旨と解すべきものである。この意味で、右の争議行為禁止違反が、単なる民事的違法に過ぎないという解釈にはとうていくみすることができない。
 しかも、労組法一条二項において、刑法三五条の適用があるとされているのは、「労働組合の団体交渉その他の行為」であつて、労働者の地位向上、団結権の擁護等の目的を達成するためにした「正当なもの」についてであるが、地方公営企業においては、争議行為は前述のごとく禁止せられているのであるから右の「その他の行為」のうちには争議行為は含まれないと解釈すべきであり、また、争議行為は解雇原因ともなりうる違法な行為であるから、「正当なもの」ともいえないわけである。したがつて、前述のごとき禁止違反の争議行為には、この意味からも労組法一条二項の適用がないものと解すべきである。
 ところで、本件被告人らは、前記地方公営企業労働関係法一一条一項前段に違反して、札幌市の電車運行業務を阻害する争議行為をしたというのであるから、この争議行為は違法であり、労組法一条二項の適用はなく、争議行為についての正当性の限界いかんを論ずる余地はない。

 2 その他の理由については、前記中郵事件判決における奥野健一、草鹿浅之介、石田和外裁判官等の反対意見とほぼ同趣旨である。

三、本件行為は正当と評価できないことについて。
 1 原判決は、被告人らの本件行為が威力業務妨害罪の構成要件に一応該当するものと認めながら、本件ピケ行為の目的、態様(手段、方法)に照らし、被告人らの本件行為は憲法の保障する労働基本権の行使として、正当な争議行為と認められるから、実質的違法性を欠き、罪とならないとしている。原判決を支持する多数意見も「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」としつつも、本件争議のいきさつ、札幌市当局の態度が誠意を欠いていたこと、被告人らの本件行為が同盟罷業から脱落した同じ組合員である○○市電運転行為に対し、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的であることなど、被告人らが本件行為に出たいきさつおよび目的が人をなつとくさせるに足りるものであり、その時間も約三〇分であつて必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内のできごとであつたこと等の諸般の事情のもとでは、これを正当行為として罪とならないとした原判断は相当であると判示している。
 しかし、第一審判決および原判決の認定するところによると、市労連組合員らは、○○が札幌市電の電車部長○○、警備課長○○らの命令に基づいて二二二号電車を出庫させようとした際に、その電車の前にピケツテイングを張つてその運行を阻止したものであり、その際における被告人○○の約三〇分にわたつての右電車の前に立ちふさがつた行為、被告人Eの右電車の前に立ちふさがつた行為、および被告人○○のこれに協力した行為は、いずれも他の約四〇名の組合員と共謀し、威力を用いて札幌市の電車運行業務を妨害したものであるというのであつて、右両判決とも、これらの行為が刑法二三四条の威力業務妨害罪の構成要件には該当すると判断しているのである。このような被告人らの行為は、中郵事件判決にみられるような「単純な不作為」の争議行為とは趣を異にし、積極的実力または威力の行使による業務妨害行為であつて、多数意見が述べるような被告人らに有利な事情を考慮しても、これが正当行為であるとはとうていいえないものと考える。上告趣意が引用する当裁判所昭和二五年一一月一五日大法廷判決以来の累次の判例は、いずれも同盟罷業の本質について、それが使用者に対する集団的労務供給義務の不履行にあることを明らかにしたものであり、また、使用者側の義務遂行に対しては、暴力、脅迫をもつてこれを阻害するような行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧するような行為も許されないとしており、この趣旨は前後一貫しているものということができる。
 多数意見がこれらの判例を本件事案に適切ではないとして簡単にいつしゅうし去ることには賛成できない。わたくしは、原判決が正当行為の範囲を不法に拡大して解釈したのを多数意見が誤つて是認したものではないかと憂える。
 2 多数意見は、同じ組合員である○○が同盟罷業から脱落し、市電の運転を始めた行為を重視し、これを被告人らにとつて有利な事情の一つとして考慮しているようであるが、この見解に対してもわたくしは同調することができない。すなわち、本件争議行為は、地方公営企業労働関係法上の地方公営企業に対するものであるから、職員の争議行為は禁止せられた違法な行為であつて、これに違反した職員は解雇せられることがある(同法一二条)のである。したがつて、争議から脱落し、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重せられてしかるべきである。自らの意思で争議行為に参加しない組合員個人の意思および行動の自由までを実力をもつて拘束し、その就業を全く不可能にすることは、組合といえども許されるべきではない。この点において私企業における争議行為からの脱落と地方公営企業における本件争議行為からの脱落とを同一に論ずることは誤りであると考える。同調できない理由である。
 3 原判決は、本件ピケツテイング(以下「ピケ」という。)について、同盟罷業を実効あらしめるためには、「争議脱落者に翻意を求めるための説得活動は、他の者を対象とする場合に比しある程度強力にこれを行ない得るものと解すべく、場合によつては、暴力の行使に亘らず、説得手段として社会通念上相当と考えられる範囲内において説得の機会を得るために相手方を物理的に阻止することも許されるものといわなければならない。」と判示して、結局、被告人らの本件威力の行使を認容している。
 右の判示に対して、多数意見は、ピケについて特に一般的な見解を示したものではないと思われるが、「被告人らは他の約四〇名とともに、札幌市交通局中央車庫門扉付近において、市電の前に立ちふさがり、その進行を阻止して業務の妨害をしたというのであつて、このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」と判示しつつも、本件においては、前述の諸般の情況を考慮してこれを正当行為として罪にならないとした原判決を維持している。右の判示によつてピケに対する多数意見の一端をうかがうことができる。
 わたくしはピケの正当性は、口頭または文書による、いわゆる平和的説得の程度にのみ限られるべきだとは必ずしも思わないが、本件のごとく有形力を行使し、脱落者の就労を事実上不可能にすることまでも(たとい、それが説得の手段であるとしても)許されるべきであるとは考えない。ピケに際しての暴行、脅迫、暴力的色彩の濃い行動等が正当な争議行為から排斥せられるべきであることはもちろんであるが、刑法上の威力、すなわち、人の意思を制圧するに足りる勢力の行使の程度に及んだ場合においても、これを認容すべきではなく、正当行為として評価することは許されないものと考える。暴行、脅迫、これに類似する行為、威力の行使、原判決が認めるがごとき相手方に対する集団による物理的阻止等は、いかなる場合においても許されず、かくのごときは健全な労働運動の発展の障害にこそなれ、正しい方向とはいえない。
四、わたくしの見解は右に述べたとおりであるから、原判決は法令の解釈を誤り、ひいて判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認をしたものというべく、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。よつて刑訴法四一一条一、三号により原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻すべきである」

« 本日の人権問題研修の問題点 | トップページ | 本日登庁時 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 入手資料整理98:

« 本日の人権問題研修の問題点 | トップページ | 本日登庁時 »

最近のトラックバック

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

世界旅行・建築