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2013/04/07

争議権は人権であるという異常な思想(2)下書き

 私は、労働基本権思想そのものが悪質なものであり、我が国の労働法制それ自体をオーバーホールすべきであるという考えである。産業競争力会議やTPP参加が契機となって労働規制改革に動き出す予兆もあるが、たんに時代の要請というだけでなく明確に労働基本権思想を否定していく方向性での新自由主義的抜本改革が望まれる。
 そのためには戦闘的階級的労働組合運動を支援し労働基本権を確立するという反市民法政策体系である戦後プロレイバー労働法学を清算し駆逐していく作業が必要であると考えるのである。
 おおまかにいって、プロレイバー労働基本権思想を葬り去るべき必要性は次の点である 

            
 1 労働基本権は近代市民法秩序、近代的所有権を否認する
            
 労働法学者吾妻光俊によれば「近代法典の人格概念も、また、契約の思想も、共に近代的所有権の観念、即ち、いかなる団体的拘束にも服しない自由*1・絶対な物的支配という観念を予定し、むしろこれに地盤を与えるという歴史的意義をもつ‥‥従って労働法の観念は、まさにこの所有権の思想に、最も鋭く対立する‥‥いわゆる労働基本権こそは所有権に対抗するものとしてあらわれた、労働法上独自の権利形態である。‥‥集団的権利であって、個人的権利ではなく、またそれらは自己完成的な権利としてではなく、複合的な形態である点に於いて、所有権をはじめとする近代法の権利形態と対立する。‥‥労働法と近代法の対立は、結局所有権と労働基本権の対立に帰し、この対立の中に形成される社会関係こそは、真に近代的な社会関係にほかならなない」*2と述べる。(なお、ここでいう所有権とは物的支配の範疇だけを指すのではない。「所有権の社会的機能-それはむしろ所有者の契約による他人との結合関係のなかにあらわれる-としてとらえられる」*3)
 このように労働法学者は近代市民法秩序が近代なのではなく、それと対立する労働基本権(社会的基本権)があって真の近代だと主張している。
 なるほど教会法と世俗法のように対立する法思想の併存はしばしばありうることだ。しかしそれは双方の裁判管轄権を分けあうか、世俗法が教会の裁治権を事実上簒奪することで対立が解消されたのである。
 私は、労働法学者とは違って、近代法典と労働基本権の対立関係を内包する社会が良いとは全然思ってない。本来共存する余地のない矛盾なのだ。なぜならば吾妻自身も言うように「所有権は、近代法典の中核をなす概念であり‥‥所有権それ自体の制約という現象は-一般に軽々しく指摘されるほどに-見られるものではない」*4したがって近代的所有権概念、取引の自由という近代市民法秩序の核心的価値を攻撃をし制約しようとするプロレイバーの労働基本権思想とは水と油なのだ。
 私は次のような私有財産権擁護のチャンピオン的見解を支持する。
 ブラックストン『英法釈義』「財産権‥‥それは1人の人が外界の事物に対して主張し行使する唯一の独裁的な支配であり、世界中の他の人々がその権利をもつことを全面的に排除するものである。‥‥第三の絶対的な権利‥‥それは、自分の取得したものは何であれそれを、自由に使用、収益、処分できるということである」*5
 ブリューワ判事イェール大学講演「財産の獲得、占有、及び享有は、人間の政府が禁ずることができず、それが破壊することのない事柄である‥‥永遠の正義の要請は、合法的に取得され合法的に保有されたいかなる私的財産も公衆の健康、道徳あるいは福祉の利益のために、補償なく略奪されあるいは破壊されることを禁ずるものである」*6
 要するに、われわれの市民法上の権利の核心的価値たる所有権は絶対だという思想である。

 対して労働法学者片岡曻・大沼邦宏はこう言う。「労働組合は‥‥‥労働力の取引過程の取引過程に介入し‥‥企業の内部にまで踏み込んで集団的な規制力を及ぼそうとする‥‥それは不可避的に使用者の取引を制約することになるし‥‥市民法上の権利や自由を侵害せざるをえないのであってそれゆえ現実に久しく違法評価を受けてきたのである‥‥にもかかわらず、むしろ、それを歴史的かつ社会的所与としつつ、生存権の理念に基づいて団結権に高度の法価値を認め、積極的な法的保護を与えることを意味している。要するに団結権(広義)は、その性格上、団結活動と対立する使用者の権利の自由の譲歩なくしてありえないものである」と説き「かくして、団結権(広義)は『市民法上の諸権利に対抗しそれを制約するあらたな権利として登場してきたものであり、それを基本権として憲法上保障することじたい、全法体系を貫く価値観の転換をともなわずにはいない‥‥』(籾井常喜『組合活動の法理』からの引用)ということができよう」*7と述べる。
 団結権は他者の市民法上の諸権利を制約する権利と明確に述べている。他者の権利を侵害する権利と言い換えてもよいが、それが人権などというのは論理矛盾であり、大きな間違いだといわなければならない。
 他者の権利侵害権なるものが人権であるはずがないし、それを市民法秩序と融合することは不可能である。なぜならば1793年フランス人権宣言第4条は「自由」の定義と権利の限界を次のように定義する。
「他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない」。
 近代市民法秩序では他者の権利を害しないことが個人の自由と権利の限界なのだ。プロレイバー労働法学はその限界を超えた権力(権利侵害権)を労働基本権と称して、労働組合という集団に付与し、階級闘争を支援する法学というよりも社会学ないし政策体系である。
 労働法学者松岡三郎の見解はこうだ。「労働法は、市民法の虚偽性と罪悪性から生存権と団結権を保障するという使命を帯びて誕生し、生成してきた。‥‥それは、労働者階級の要請と行動力に対応して、政治権力が‥‥体制維持のための譲歩というかたちをとって展開されてきた。」*8とする。
 市民法秩序を虚偽、罪悪と非難し、明らかな市民法敵視思想である。逆に言えば、体制維持のための譲歩によって政治的に生成されたのが労働法であるから、そこに法的正義を見いだすことはできないし、体制維持の危機のために譲歩が不要なら労働法は廃止してもおかしくない。
 われわれが、今生きている世界は所有権・財産権・営業(取引)の自由・私的自治・自己責任を重要な価値とするところの近代市民法のドミナントな社会である。プロレイバー労働法学はそれが虚偽だ罪悪だと非難してこの秩序に挑戦しようとするものである。それはわれわれの市民的自由と市民法秩序への挑戦という犯罪的法学といえるだろう。(つづく)

*1典型例がフランス1791年ル・シャプリエ法である。労使双方の(同職組合と職人等)団結を禁止した。労働者や使用者は集団を形成することなく自由で独立した個人として一対一で取引し契約するという個人主義を法律上明確にした。(恒常的な団体の結成はもちろん、集団的な協議、集団的な請願、寄り合いまで「営業の自由」「労働の自由」を犯す虞があるものとして禁止された):参考文献中村  紘一「ル・シャプリエ法研究試論」『早稲田法学会誌』 (20) 1970
*2吾妻光俊『近代社会と労働法』富士出版1949 169~172
*3契約による他者との結合関係が財産だというのは、たとえばリテーラーとベンダーの関係、ウォルマートと P&Gが戦略的互恵関係にあることは良く知られている。店舗ごとのPOSデータを電子データ互換により P&G社に提供している。そのような良好な取引関係が財産なのだ。もちろんコストパフォーマンスの高い被用者との雇用契約も財産なのである。

*4吾妻光俊前掲書170頁
*5ブラックストン(William Blackstone、1723- 1780)『英法釈義』1765年-1769年出版
「財産権ほど、かくも広く人類の想像力を喚起し、その心を魅了するものはない。それは1人の人が外界の事物に対して主張し行使する唯一の独裁的な支配であり、世界中の他の人々がその権利をもつことを全面的に排除するものである」「第三の絶対的な権利、これはイングランドの人間なら誰もが生まれながらにして持っているものだが、この権利とは財産についての権利であり、それは、自分の取得したものは何であれそれを、自由に使用、収益、処分できるということである。そして、その制約を受けたり減らされたりすることは、唯一国の法律によるのでなければ、一切なしえないのである」リチャード・エプステイン『公用収用の理論』松浦好治監訳木鐸社2000年37頁以下

*6合衆国最高裁で極保守派といわれたブリューワ判事(David Josiah Brewer任1889~1908)のは1891年のイェール大学の講演。
「イヴが禁断の果実さえ欲して占有をした、その記録に残る最初の時代から、財産の観念とその占有権の神聖さとは、一度も人類から離れたことはなかったのである。理想的人間性についていかなる空想が存在しえようとも‥‥歴史の夜明けから現代の時代にいたるまで、現実の人間の経験は、占有の喜びと一緒になった獲得の欲求が、人間活動の現実的な動機となっていることを明らかにしている。独立宣言の断定的な表現のなかで、幸福の追求は譲渡することのできない権利の1つであると断言されているとき、財産の獲得、占有、及び享有は、人間の政府が禁ずることができず、それが破壊することのない事柄であることが意味されているのである。‥‥永遠の正義の要請は、合法的に取得され合法的に保有されたいかなる私的財産も公衆の健康、道徳あるいは福祉の利益のために、補償なく略奪されあるいは破壊されることを禁ずるものである」ラッセル・ギャロウェイ著佐藤・尹・須藤共訳『アメリカ最高裁判所200年の軌跡 法と経
*7片岡曻・大沼邦宏『労働団体法』青林書院1991年 263頁以下
*8松岡三郎『労働法-権利の歴史と理論』弘文堂1968年489頁

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コメント

その様な見識をお持ちならば、大学に社会人入学なさるか、支持なさる政党の党員にでもなられたら如何ですかな?
まぁ貴方も東京都水道局の公務員と言うお立場上、目立った活動は憚られる事がお解りなのは承知の上でね。
だだ、このブログで幾ら待ちの姿勢で文句を語られても、何等効果は乏しいばかりか、逆に攻めの姿勢でアクションを起こす方が遥かに宜しいとは思いますがね。

そうなんだ

トップ癌サンの言う通りですね。
舐めた態度で、ストレス発散で無責任な事ばかり述べると、
また炎上しますよ。

記事に関係なくてすみません
前々から聞こうと思っていたことがあるのですが、
以下のうちのどれが、このブログの管理人の川西正彦様でしょうか?

https://ja-jp.facebook.com/masahiko.kawanishi.9
https://ja-jp.facebook.com/people/Masahiko-Kawanishi/100000872075251
https://ja-jp.facebook.com/masahiko.kawanishi
https://ja-jp.facebook.com/masahiko.kawanishi.75

当方もFacebookユーザーですので検索して見ましたが、何れも東京都以外在住の方や名前違いの方ばかりでしたので、申し訳有りませんが、該当しませんでした。

ブログ炎上ネタ考えるの上手いよね。

 作戦本部
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/koumu/1365797658/

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