はじめに
先月、安倍晋三首相は子供が1歳半になるまで認められている育児休業を3歳まで延ばすという方針を決めたというニュースがあり[i]、どこにお金があるのか知らないが休業中の給付金を月給の五割以上とする方針という報道もある。よくわからないのは財界に自主的導入を促したというだけの報道もあり、法改正をしてさらに所得保障を厚くするのか具体策が不明なことがある。しかしすでに多くのメディアが批判的に報道している。特に『日刊ゲンダイ』2013年5/16号(5/15)「米国には育休制度そのものがない「育児休業3年」の安倍政策、それで働く女性が喜ぶと思ったらアホ」は電車の中で読みましたが良く出来た記事で感心した。私は育児休業それ自体に反対であり3歳まで延長なんてもってのほかと思う。反フェミニズムを看板にしている以上安倍バッシングに乗り遅れないように反対意見を記したい。
内容を整理したうえで、政府や自民党などに反対意見を上申する予定。これはその下書きである。
諸外国と比較して次世代育成支援対策と称し過剰に女性の雇用に政府が干渉する制度があるのに、さらに育休3歳延長は行き過ぎである。一部の報道によると月給の五割の給付金により所得保障するというが、そのような法改正には断固反対だ。
最低賃金を上げたいとか、育児休業3年とか、左翼体質丸出しの安倍政権の政策に非常に不快感をもっている。(総選挙は自民党に入れてますが積極的な支持ではない)。
これは民主党の子ども手当より筋の悪い愚策なので撤回すべきです。つまり、女性が働いている職場は必ずしも長期雇用、終身雇用を前提としている職場ではない。従って結婚や出産を機会に退職し、子育てに専念するケースは少なくないはずで、子ども手当なら離職した女性であれ、継続雇用の女性であれ現金が支給され平等な給付になるが、育休を取得した両親だけが所得保障としての事実上の不労所得が入るような制度は、離職した女性、専業主婦に対する差別的クラス立法といえる。たちが悪いのは、長期雇用の職場にいる恵まれている階層だけの利益になることである。
ところで私は、東京都水道局勤務ぺいぺいの平社員でありますが、経験上申し上げますと、公務員は法律で育休が3歳まで認められている。
保育所が定員オーバーで入所待ちだったり、配偶者が病気や亡くなったなどの特別な事情がない場合でも勝手に取り放題であり、しかも育児休暇明けで勤務時間の短縮措置があるうえ、第二子、第三子と産んで一年出てきたと思ったらまた妊娠して長期の休暇に入る、万年育休状態の人もいるわけです。
私の経験を語れば、育休を取ったことでの不利益処分は違法なだけでなく、上役はクレームを懼れて保身のためか出産女性はほとんど女王様状態、必要以上に厚遇しようとします。妊娠出産期休暇だけでなく、夏休み職免5日間や有給休暇20日も全部消化させるために、出産予定日の3ヶ月ぐらい前から休みに入ります。労働不能状態ではないのに休むわけです。民間も公務員のような制度を導入すると弊害は大きいと考えるので反対します。
弊害とは私の経験では事実上、休業のコストは他の勤務者に転嫁されることになります。年度途中で休みに入ると代替勤務者は用意されないし、用意された場合でも退職後のやる気のない再雇用者であったり、実質自分が一人分のコストの七割以上吸収して仕事をしました。その時はある事情で経常業務でない特命の仕事もかかえていたので、二人分の仕事をこなしていくため、毎日遅くまで残るし、明るいうちに帰るということが殆どないだけでなく、夏休みも1日も取りません。私事で恐縮ですが実は自分の父が脳梗塞から認知症となり見舞いに行ったりしたかったのですが、育休のしわよせのおかげで忙しくほとんど父に何もすることができなかったのは残念です。(何年も前のことなので迷惑がかからないのでいいますが、ついでにいうと父は亡くなりましたが、通常東京都では一週間の忌引きが可能だが、私は仕事が多忙で実質半日しか休みませんでした。月曜の夕方に亡くなったが、火曜・水曜と出勤、木曜の通夜の日も2時頃まで仕事してます。金曜日の告別式は丸1日休みましたが、日曜日に出勤して金曜の分を取り戻したので、実質半日だけです。)
もちろん民法の1条2項にある雇用契約も信義則に基づき、誠実に履行すべきもの、人手が足りないことなどから業務の遅滞を放棄できないので、休んでいる人の分もカバーするのは、雇用契約の信義則、誠実労働義務から当然のことだから、ひとことも不平も言わず働きました。
周囲がやる気のない人ばかりの職場で自分だけ粉骨砕身働いていることはよくわかっているはずなのに、しかし上司からひとことの労いの言葉もないし、さんざん休みまくった育休女性が育休明けで本局に栄転御礼のためか上司に挨拶に来たときも、尻ぬぐいをしてやったのに私に挨拶すらなく威張ってました。だいだい本局に栄転する人は世話になりましたのひと言の挨拶もしないで転勤しますね。私みたいに何の権限もない虫けら同然の人間に挨拶してもなんの意味がないという合理的な考えだと思います。
それはともかく、出産はあくまでも私事です。他人の私事のためにコストが転嫁される制度というのはおかしいです。公務員は公益のために働いているはずですが、特定の人の私事に仕えるために子分のように働かされている感がつよく、勤労倫理を崩壊させると思います。まじめに働く人がばかをみる制度といえます。
出産女性は、次世代育成支援のため他者にコスト.転嫁特権を有しているのと同じです。こんな制度を民間にも普及させるのは馬鹿げている。また経済自由主義の立場から非常に良くない政策なので反対意見を述べたいと思います。
(要旨)
一般論として最低賃金を上げることは雇用を抑制し、育休制度強化も女性の雇用を抑制する要因となる。つまり最低賃金を上げるとか、育休3歳という安倍政策は雇用を減らす政策です。そのしわよせは中間よりも低所得層になると思います。安倍がこんなことをやるなら菅直人のほうがましだったと嫌みもいいたくなる。
大竹文雄阪大教授(労働経済学)によると、企業にとってみれば、育児休業中の企業負担社会保険料の分だけ、男性労働者より質が高い女性労働者でないとそのコストに見合わない。結果的には、企業は女性労働者の採用数を減らすか、質の高い人だけを取ることになる。その結果、女性全体の雇用量は低下する[ii]。従業員30人未満の企業においては女性の採用を抑制する効果があるとの実証的なデータ[iii]もあり、育児休業に批判的な労働経済学者の見解を無視しないでください。女性全体にとって不利益であり、労働者一般にとっても結局コストを転嫁されて著しい不利益となるだろう。これは特定の人々だけに便宜と特典を与える悪しきクラス立法である。
公務員はすでに育児休暇制度で3歳まで取れるが、その弊害は著しく、事実上他の職員がコストを吸収するかたちで成り立っているのである。民間も公務員並の働き方にさせられるのは世論が納得しないと思う。
アメリカ合衆国では連邦法での法定休暇は無給12週の家族医療休暇法[iv]の複合目的休暇制度だけであり、平均して出産女性は11週で即時職場復帰する[v]。NOWのような女性団体も男性と同じ土俵で働くことを望んでおり、有給出産休暇などの法定には結局女性の採用を減らすなど不利益になるから反対しているのです。世界の常識も10~11週で即時復帰である[vi]。育休1年でも長過ぎるに3年はばかげているというほかない。産業競争力会議で議論すべきは、むしろグローバルスタンダードにあわせ育児休暇を廃止することである。
自由主義的な立場から反対というのは、そもそも育児休業制度は産業別の労使団体の協約自治が発達し労働協約の拡張適用で職種ごとの賃金や労働条件が決められ、個別企業の競争を排除しようとするコーポラティズムの欧州諸国ではじまった制度である。しかし我が国はそのような体制とは違って各企業の従業員福祉は企業の自主的措置とする自由企業体制なので本来なじまない制度と考えるからである。EUとて3ヶ月以上の育児休暇を各国に求めているだけ[vii]、3年はやり過ぎ感が強い。
しかもTPPの環太平洋地域では突出して日本が次世代支援育成と称して出産女性の保護のために過剰に政府介入を行っており、安倍首相はTPP推進というが、それなら、女性も男性と同じ土俵で働き、母性保護も性差別[viii]とする米国の考え方に合わせるべきである。アメリカでは無給12週なのに、日本が3年五割の所得保障となると違いが大きすぎて、公務員の育休制度のように不利益処分を違法とするならば、これが参入障壁とされる可能性もあるのではないか。外資を呼び込む経済戦略からみてもマイナスの効果でしかない。
少子化対策だからこれも成長戦略だというのは強弁である。ドイツは1986年から育児休業制度を開始しているが、2009年に合計特殊出生率1.34で、日本より低く世界最低である。育児休暇制度が少子化対策として有効であるという証拠などないのだ。一方、無給12週の休暇しか法定されてないアメリカが2006年に2.10と高い合計特殊出生率である。[ix]
むしろ逆効果かもしれない。平均初婚年齢と未婚率が低くなれば出生率は高くなるのだ。平均初婚年齢を低下させるのは若い女性が雇用され収入を得ることである。これは持参金果といって賃金経済学では常識であるが、育児休業により女性の長期継続雇用を保護すると、若い女性の新規採用は抑制されるので、平均初婚年齢を上げる効果をもたらすと推定できるからだ。
アベノミクスは円安・株価上昇をもたらし好調であり、政権支持率も円安と株価に比例しているといわける。しかしそれは安倍政権がプロビジネスな政策(規制緩和)をやるだろうという期待含みによるものだといわれている。従って、経済成長の軌道にのせるにはパラダイム転換を伴う人々の行動を変えるような規制改革が必要だ。労働改革は、雇傭契約の自由、私的自治という、自由主義経済、フリーエンタープライズ体制本来の政策に転換することこそ(例えば労働基準法のオーバーホール、刑事罰規定廃止など)求められているのである。ところが、産業競争力会議の議論で提言されるだろうと報道されているのは、裁量労働制の職種拡大のような小幅な規制緩和とか、準正社員制度などにとどまっており、インパクトに乏しいうえに、育休強化のような企業にコストを要請するようなプロビジネスでない政策をやるようでは期待は尻つぼみになりかねないと思う。
女性票をとりこむためのアドバルンだとしたらこれほどの愚策はない。
[i] 働く女性に手厚い支援 首相「育児休業3年」表明http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1804W_Y3A410C1EA1000/
[ii] 大竹文雄「視点 雇用政策に経済学的発想を」(『労働統計調査月報』1999年2月号)PDFhttp://www.iser.osaka-u.ac.jp/~ohtake/paper/siten.pdf
[iii]脇坂明「仕事と家庭両立支援制度の分析」猪木・大竹編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会2001年
[iv]中窪裕也「アメリカにおける「仕事と家庭」の法状況-一九九三年家族・医療休暇法を中心に 山口・菅野・中島・渡邊編『安西愈先生古稀記念論文集-経営と労働法務の理論と実務』中央経済社2010参照
クリントン政権の1993年に成立した家族・医療休暇法は12週のマルチパーパス(複合目的)の無給休暇。
適用対象者は50人以上の被用者を雇用する企業で、12か月以上1250時間以上勤務した者である。2000年のレポートでは私企業部門の82.2%が適用を免れている。使用者は出産、里子の受け入れ、子・配偶者・親の重大な疾病、本人の重大な疾病のために1年間に12週の無給休暇を被用者が取得することを認めなければならないとするものであるが、この法案は9年にわたって議論され、父ブッシュ大統領が二度拒否権を行使し法案成立を阻止したように根強い反対意見もあった。そもそも従業員福祉は個別企業の労務政策として行うのがフリーエンタープライズであって、政府は干渉すべきものという信念にもとづくものだろう。制度利用者のもっとも多い事由は本人の疾病や傷害で52.4%、出産は7.9%、育児は11.5%にすぎず、親の世話13%よりも低い。なお連邦法は無給であるが、いくつかの州で一時的労働不能保険制度、企業の自主的措置、労使交渉で休暇期間中の所得保障がある場合もある。
[vi]『日刊ゲンダイ』2013年5/16号(5/15)「米国には育休制度そのものがない「育児休業3年」の安倍政策、それで働く女性が喜ぶと思ったらアホ」経済ジャーナリスト栗原昇氏は、出産後10週程度で即時復帰が世界の常識と述べている。
[vii]山崎隆志.「主要国における仕事と育児の両立支援策―出産・育児・看護休暇を中心に―」(「少子化・高齢化とその対策 総合調査報告書(国立. 国会図書館))〔※ネット公開〕.
[viii] アメリカ合衆国ではそもそも法定有給休暇制度がないだけでなく、連邦法の1978年の妊娠差別禁止法は妊娠・出産を一時的労働不能状況とみなし、疾病や傷害で一時的に労働不能な者と同等処遇をもって平等とする考え方で女性を特別扱いにするものではない。
また合衆国公民権法タイトル7の性差別禁止規定の判例理論ですが、鉛の被曝を避けるための胎児保護ポリシー(間接的母性保護)を性差別と断定し違法とした全米自動車労組対ジョンソンコントロールズ事件判決 AUTOMOBILE WORKERS v. JOHNSON CONTROLS, INC., 499 U.S. 187 (1991)
http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=499&invol=187は、を取り上げたいと思います。この判例は我が国ではあまり紹介されていないが、根本猛(「アメリカ法にみる母性保護と男女平等」『法経論集』静岡大学法経短期大学部67・68号1992年http://hdl.handle.net/10297/4906)によると公民権法が制定された「1964年以来、最も重要な性差別事件」判決と評されているとのことです。これほどの重要判決が我が国で無視されてしまっているのはいかがなものだろうか。
事案は大略次のとおりである。ジョンソンコントロールズ社はバッテリーの製造工程における鉛の被曝が胎児に有害なことを認識しつつも女性労働者を排除していなかったが、1979~83年までに妊娠した女性労働者のうち8人の血中の鉛が職業安全衛生局の基準を超えていたため、鉛を被曝する職種から女性を排除するに至ったところ、女性労働者より公民権タイトル7に違反する性差別であるという訴訟が提起され、ウィスコンシン東部地区の連邦地裁、第七巡回区連邦控訴裁判所は合法判決を下したが、連邦最高裁は結論については全員一致で、原判決を破棄した。ブラックマン判事が法廷意見を記しマーシャル、スティーブンス、オコーナー、スーター各判事が賛同した。ホワイト判事が結果的同意意見を記し、レーンキスト主席判事、ケネディ判事がその一部に賛同した。スカリア判事は単独で結果的同意意見を記している。
ブラックマン判事による法廷意見は、「ジョンソンコントロールズのポリシーに偏見があることは明らかである。生殖能力のある男性は、特定の職種に就いて、その生殖能力を危険にさらすかどうかの選択の機会が与えられているのに、生殖能力のある女性にはない。‥‥被上訴人の胎児保護ポリシーは、女性に対する明示的な性差別にあたる。‥‥第一に、ジョンソンコントロールズのポリシーは、生殖能力の有無だけではなく、性と出産能力に基づいて、労働者を分類している。被上訴人は、その労働者のすべてのまだ妊娠していない子供を保護しようとしているわけではない。鉛の被曝には男性の生殖システムも衰弱させる効果があるという証拠が記録上あるにもかかわらずジョンソンコントロールズは、その女性労働者のこれから生まれてくる子孫にふりかかる危険のみに関心を示した。‥‥‥‥女性労働者にのみ生殖能力がないことの証明を要求しているのであるから、ジョンソンコントロールズのポリシーは文面上違法である。」そして最後に次のようにいう「女性の子孫を残す役割が彼女と家族にとって彼女の経済的役割よりも重要かどうかを決定するのは、個々の使用者にとって適切ではないのと同様、裁判所にとっても適切ではない。連邦議会はこの選択を彼女が決定すべきものとして女性に委ねたのである。」(翻訳前掲根本論文より)子どもをとるか仕事をとるかリスクを承知のうえで労働するか否かは個人の自己決定の領域との見解である。
有名な1972年ロー対ウェード判決文起草者、ブラックマン判事の本領発揮ともいえる名判決である。
本判決の意義について私は次のように思う。第一に合衆国最高裁が間接的母性保護を性差別と断定し違法としたことは、女子差別撤廃条約第4条2が母性保護政策を差別とみなさないとしている見解と一線を画す性格のものとみてよい。米国は女子差別撤廃条約を批准していないのであって、それを国際的標準とみなすのは大きな誤りである。母性保護とは女性を厚遇もしくは排除する口実となるひとつの性差別思想であって普遍的価値でもなんでもない。最高裁判事にそのような思想的偏向がなかったことを評価してよいと思う。
[ix]労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2009』69頁
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