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2013/05/26

入手資料整理110

1-140 泉卓二 『アメリカ労務管理史論』ミネルヴァ書房1978

 

アメリカでは、人事管理が形成されたのが1920年代である(雇用部(人事部)の創設は1910年代)が、第一次世界大戦前の労働の特徴を長時間労働、産業災害の多さ、労働移動率の高さと著者は指摘している。著者はそれらを否定的に評価しているが、私はそうではないので意見を述べる。

 

第一次世界大戦前の労働時間

108頁が参考になる

製造業における週労働時間の賃金労働者の分布

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週48時間以下

 
 

週48~ 54時間

 
 

週54時間

 
 

55~60時間

 
 

60時間以上

 
 

1909

 
 

7.9%

 
 

7.3%

 
 

15.4%

 
 

30.2%

 
 

39.2%

 
 

1914

 
 

11.8%

 
 

13.5%

 
 

25.8%

 
 

22.0%

 
 

26.9%

 
 

1919

 
 

48.7%

 
 

16.5%

 
 

9%

 
 

13.8%

 
 

12.0%

 
 

1921

 
 

51.5%

 
 

18.2%

 
 

7.8%

 
 

12.6%

 
 

9.9%

 

出所H.A.Mills and R.E.Mongomery,LaborsProgress and some Basic LaborProbiems,1938,p470.

1909年にアメリカ製造業労働者の三割が週72時間以上働き、四割が週60時間以上働き、七割が55時間以上働いていた。特に鉄鋼業が長時間労働だった。

1909年溶鉱炉部門では週72時間以上が82.6%、製鋼と圧延工場で20.6%、ピッツバーグ近郊のカーネギー製鋼会社三大工場1万7千人のうち、78.63%が12時間労働制であった。1907~1908年に溶鉱炉部門では労働者の60%が週平均84時間(引用者註休日なし1日12時間労働)働いていた。

 

産業災害

ホフマンによると、1908年の推計によれば毎年3~3.5万人の労働者が死亡し、そのうち約50%が作業中の事故によるものだった。1913年のアメリカ合衆国の勤労者は、男3076万人、女702万人と推定されるが、産業災害による死亡者数は約2.5万人、40週間以上の重傷者は約70万人といわれる。

労働者災害補償法はドイツでは1884年、イギリスでは1897年に制定されたが、アメリカでは慣習法で処理されていた。もとより、慣習法でも雇主は安全に関する合理的な施策を義務づけかるものである。しかし、実際には被害者の過失や普通の水準の危険状態などの理由で賠償責任を負わない例が多かった。

かくして、安全問題の世論の高まりにより、1911年にはカリフォルニア、イリノイ、マサチューセッツなど10州が労働者災害補償法を制定し、以後1935年までにアーカンソーとミシシッピーの各州を除いて制定された。

 

労働移動率

1913~1914年の労働移動率は約193%、1917~1919年は約407%に達した。フォード自動車会社では1912年10月から1年間で平均1.3万人の労働者を維持するために5.4万人を採用しなければならなかった。

 

以上は引用(言い換えあり)で、ここから私の見解を述べる。

第一次世界大戦後、労働時間が短くなっていく理由

(1)1917年の労働時間規制立法合憲判決である。

 20世紀初期からの革新主義の風潮から、若干の州において婦人や危険業務従事者の労働時間規制が立法化されたが、連邦最高裁は、有名な1905年のロックナー対ニューヨーク判決で、契約の自由の侵害として労働時間規制立法を(製パン・菓子業において1日10時間、週60時間労働に規制する州法)違憲とした。ただし、この判例が最終的に判例変更されたのは1937年であるが、1917年のバンディング対オレゴン判決BUNTINGv.STATEOFOREGON,243U.S.426(1917) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=243&invol=426は立法目的が健康の維持という正当なものと認定され、労働時間規制立法を合憲としているので労働時間規制違憲を維持した期間は短かったのである。これは工場労働において原則として一日10時間を上限する労働時間を定め、13時間までは例外的に割増し賃金の支払いにより働かせてもよいとするオレゴン州法について、ロックナー判決に言及せず、5対3で合憲判断とした判決だった。

 マッケナ法廷意見は、欧州など外国における平均労働時間に関する統計に依拠してこの州法を支持した。

 オーストラリア8時間

 イギリス9時間

 アメリカ合衆国9時間45分

 デンマーク9時間45分

 ノルウェー10時間

 スウェーデン、フランス、スイス10時間30分

 ドイツ10時間15分

 ベルギー、イタリア、オーストリア11時間

 ロシア12時間

 

 この統計はハーバートロースクールのフランクファーター教授(後にFDRのスピーチライターから、連邦最高裁判事)が書いた上告趣意書で用意されたものである。(ウィリアム・H・レーンクィスト著根本猛訳『アメリカ合衆国最高裁』心交社1992年 242頁)

 1916年に鉄道労働者の8時間労働を規定したアダムソン法も1917年に合憲判決が下されている。(ウィルソン対ニュウ判決Wilson v. New, 243 U.S. 332 (1917) http://supreme.justia.com/us/243/332/case.htm)

 アダムソン法以降、時短が他の産業分野に拡大したため、大戦前夜において平均労働時間は1日九時間強であったのが、1920年における週労働時間は、47.4~51時間で、1日平均8時間~8時間半になったともいう。(長沼秀世・新川健三郎『アメリカ現代史』岩波書店1971 21頁)。

()科学的管理の進展である

 鉄鋼業の日曜労働(休日なし)二交替12時間労働制(週平均84時間労働)は1910年頃まで一般的だったが、USスティールでは1910年代から、過度労働による生産能率低下から労働時間緩和に向かった。最終的には1920年代にフーバー商務長官やハーディング大統領の政治的要請で、12時間労働制は廃止される。USスティールでは1923年に12時間労働制を廃止し、ゲーリー工場では8時間労働制を採用する。ウィリアム ルクテンバーグ著古川・矢島訳『アメリカ一九一四‐三二―繁栄と凋落の検証』音羽書房鶴見書店2004 219頁)

()20年代の繁栄により従業員福祉重視政策を組合不在企業がとった

1920年代は「アメリカ的生活様式の生まれた時代」といわれ自動車、家電が普及しし、「ジャズ・エイジ」という大衆文化が広がった「繁栄の10年」だった。1919年の鉄鋼ストの敗北があり経営者は労働組合を否認した。1921年には連邦最高裁は反労働組合判決を相次いで下し、営業行為も財産権であるとして、労働争議差止命令を維持、ピケッティングも厳格に規制できる判断を下した。経営者もアメリカンプランという、オープンショップ運動、ウェルフェアキャピタリズムを展開して、労働組合の組織化を効果的に抑止したため、労働組合の組織率は、1920年に175%であったものが、1930年に93%にまで低下したのである。(水町勇一郎『集団の再生-アメリカ労働法制の歴史と理論』有斐閣2005 53頁。

 アメリカ経済は1921年から1929年に年平均6%の成長を果たした、経済成長の要因の一つに科学的経営理論の導入と技術革新がある。1914年の産業の電力化率は30%であったものが1929年に70%に達した。労働者にはかつてない高額賃金が払われ、購買力は7年間で22%上昇しただけでなく、労働時間も短くなった。

 1926年にヘンリー・フォードは週5日制を定め、インターナショナル・ハーベスターは年間2週間の有給休暇という驚異的な新制度を発表した(ルクテンバーグ前掲書219頁)。

 

 

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