公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

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2013/05/28

入手資料整理110(続)

前回の続き

労務災害補償法よりもUSスティールの任意労働災害救済制度のほうが早かった

 

 

しかし第一次世界大戦前の長時間労働、産業災害の多い時代を悪いものだとみるべきではないと思う。自由主義である以上それもありと私は考えるものである。

革新主義に否定的な立場からすると、アメリカでもっとも早く労働者災害補償法を制定したのは1911年のウィスコンシン州であるが、しかし、例えばU.スティールでは、1901年に労働組合を排除し、労働災害防止と安全運動、福利厚生施設、経済的慈恵政策、従業員持株=利潤分配制を積極的に展開していたのである。1908年に安全委員会を組織し事故調査と事故防止にあたったために、1910年には四年の43%に事故は減少した。1910年には任意労働災害救済制度を、1911年にはカーネギーの400万ドルの基金で年金と労働災害に対する補償制度をつくっていた。(平尾武久『増補アメリカ労務管理の史的構造』千倉書房1995 228頁以下)

労働組合のない企業のほうが、こうした福祉政策は先進的だったのである。

世界三大タイヤ会社グッドイヤー(オハイオ州アクロンを本拠とする)はすでに1909年に従業員の拠出金による共済組織の設立で健康や災害に対応していたが、実質的に会社の援助があった。1913年に労務部の下に従業員安全対策課が組織され、技師、製図工、検査官が配置され、すべての危険な機械類に安全装置の有無を検査する責任が課せられていた。1912年に社内報を発行し従業員との意思疎通を図るとともに、診療所を設け、事故や疾病に対応した。これらは旧型の福利厚生制度であるが、グッドイヤーはすでに1910年代から教育訓練を重視し、有給休暇、年金、従業員持株制などの新型の福利厚生制度を実施している。先進的な人事プログラム、工場管理により、大恐慌を切り抜ける耐久力のある企業となつた。(井藤正信「1910~20年代におけるグッドイヤーの労務政策と労使関係」平尾・伊藤・関口・森川『アメリカ大企業と労働者』北海道大学図書刊行会1998

 

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