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2013年9月の13件の記事

2013/09/29

9・4最高裁大法廷非嫡出子(婚外子)相続分規定(民法900条4号但書)違憲決定はきわめて悪質だといえる理由その二

アメリカ判例は非嫡出子差別事案(無遺言相続・福祉受給権等)は具体的事情によって合憲違憲を揺れ動き判断は分かれている

(承前)

私は9・4最高裁大法廷決定はきわめて悪質だと思う。その理由の第一が虚偽を述べていること。つまり国民をだましていること。マスコミはたいした問題でもないのに赤福餅の賞味期限や船場吉兆みたいに弱い民間人に対しては面白がって叩くが、司法部のだます手口には沈黙するのは不公平だ。チェックアンドバランスというのだから、司法部の勇み足については物言いがあって当然なのである。

 

大法廷決定は、「現在、我が国以外で嫡出子と嫡出子でない子の相続分で差異を設けている国は欧米諸国にはなく、世界的にも限られた状況にある。」と言い切っているが事実ではない。この文章を読むと、欧米のすべての国において相続での嫡出子との差異がなく、婚姻と親子関係が一体化しない政策をとっているかのように思わせるが、そうでは全くないのである。前回述べたように、アメリカ合衆国では、アメリカ法律協会・ アメリカ法曹協会によって組織される統一州法に関する全国委員会が、1973年に嫡出子であれ非嫡出子であれ父母との法的関係において完全に平等とする統一親子関係法を採択したが、このモデル立法をそのまま採択した州は18州にとどまっており、多くの州では差別が残っているという事実である。

 前掲の西村真理子が重要なことを言っている。「アメリカ判例が非嫡出子(婚外子)の父親からの無遺言相続を限定的にしか認めない現状、学説が非嫡出子(婚外子)の全面的受容を認めていないことかすると、婚姻を中心にすえた家族に対する保護もいまだ根強いように思われる。」[i]とするならば我が国の民法が世界の潮流の中で孤立しているという認識は誤りだといえるのである。

 

 民法900条4号但書は、1970年代まで違憲であるという論者はほとんどなかった。、通説は合憲だった[ii]。 違憲説に批判的な野山宏[iii]の分析によると80年代以降の違憲説の展開をおおまかに2つに分けて説明している第一が米沢広一からはじまった憲法適合判断基準に厳格な合理性基準(中間基準)を適用すべきであるというもので、それによれば婚姻外の男女関係の抑制・法律婚の尊重が本件規定の立法目的である。それが重要な立法目的であることは認めるが、その達成手段である非嫡子の相続分を二分の一とすることと実質的な関連がないという理屈で違憲とすべきだというものであり、平成5年6月23日東京高裁決定の論旨がこの違憲説を採用したものである。

 もう一つは、憲法の幸福追求権はライフスタイルの自己決定権を有するとして、婚姻制度そのものを批判の対象とし、婚姻のみに利益を与え、他の関係に不利益を与えることは許されないという二宮周平のような論者で、法律婚制度の解体を意図する悪質なものなので、ここでは論外とする。

 問題は、米沢広一説なのである。野山宏の分析によれば違憲説の出発点であるとする。米沢が中間審査基準を適用すべしとする論理を焚き付け、違憲論者が広がっていった張本人とみなす。

米沢は1968年以降のアメリカ判例がかなりの事例において違憲判決を下し、厳格な合理性のテスト(中間基準)を適用しており、正式の家族関係を維持するために、非難のほこ先を非嫡出子に向け不利益扱いすることは憲法上許容されない。ただし、遺産相続や社会保障給付の正確化、効率化のために、非嫡出子に対して認知や扶養等によって父子関係の存在を要求することは憲法上許容されるという方向性をみいだしうると概括している[iv]

しかし、アメリカ判例を詳細に検討してみると、実は、非嫡出子差別事案(無遺言相続・福祉受給権等)は具体的事情によって合憲違憲を揺れ動き判断は分かれている[v]のであるのであって、統一的に原則はない[vi]。あるいは非嫡出子に関する最高裁の態度は、激しく動揺している[vii]と指摘されているし、前掲の西村真理子も判例は嫡出子と非嫡出子の多くの違いを縮小したにもかかわらず、すべての差別を廃止することに消極的であり、父親からの相続が事実上認められたが、それは限定的なものだと言っている。

また平成7年の最高裁合憲決定(民集49巻7号1789頁)の可部恒雄判事の補足意見が「いま本件において論ぜられているのは、しばしば引用されているアメリカの判例のような非嫡出子に被相続人の子としての権利それ自体を否定した立法の当否ではなく、婚外子をも被相続人の一に加えることを当然の前提とした上での、相続分割合の当否というものにほかならない」と述べ、安易にアメリカ判例を当てはめる考え方を批判している。具体的に検討してみよう。

 

1 英米法における非嫡子の法的地位

 

 

 

()イギリス法において婚姻遡及効(婚姻準正)を認めなかった長い歴史

 

 

 婚姻外に生まれた子を非嫡出子(illegitimate child)、あるいは私生子(bastard)という。子の嫡出性を決定する婚姻に関する事件は中世から近代に至るまで教会裁判所の管轄権であった。教会は婚姻をサクラメントの一つとして重要視した。婚姻は神聖なものであるから、当然嫡出子と非嫡出子の区別を厳格にしたのは当然のことだった。この管轄権が世俗裁判所に移されたのは比較的近年のことで1857年より離婚裁判所に移されたのである[viii]

 ただイングランドにおいて、教会裁判所は婚姻と遺言による動産処分を専属管轄権としていたが、土地の法定相続は世俗裁判所の管轄権であることが13世紀に画定されている。1236年マートン大評議会で、教会側の強い反対にもかかわらず、世俗貴族は一致して、教会法(古典カノン法)の婚姻遡及効(後の婚姻による準正-ローマ法を継受した)を拒否した。「我々はイングランド法を変更することを欲せず」(Nolumus leges Anglie mutare)にと決議したのである。このためイングランドでは、教会法上の準正子は、年長非嫡出子とよばれた正当な相続人とはみなされなかった。ただし直江眞一によれば、相続に関して教会裁判所の干渉を避けていたのはイギリスだけではなく大陸でも同じことであり、教会法の婚姻遡及効が実効性を有してなかったのはイギリスだけではないとする[ix]

 また教会裁判所は嫡出子決定の専属管轄権を有していたとはいえ、非嫡出子の取り扱いについては、聖職者の叙任など教会の専属する事項を除けば、その他のことはイングランド法(コモン・ロー)にゆだねられていた。

 ただし適法な婚姻でなくても嫡出子と認められることがあった。一つは中世においては教会法が禁止する婚姻障碍(近親婚など)の範囲が大きかったのである。このために不適法な婚姻であっても当事者の一方が両者の血縁関係を知らない場合は、その子供は推定される婚姻の理論により嫡出子とされた。もう一つは占有的婚姻というもので、いずれも教会法の理論にもとづいていたのであって、教会法の実効性は決して小さいものではない。

 なお、英国は1927年に13世紀のマートン法以来の伝統を破って制定法により婚姻準正を認めている

()コモン・ローのfilius Nullisfilius populi

 

コモン・ローは終始一貫して非嫡出子をfilius Nullis「誰の子どもでもない子」と簡明に述べた。またfilius populi 「人民の子」ともいわれる。つまり非嫡出子はコモンロー上、実の父母との親子関係を一切拒絶された存在として扱われたのである。このことから、非嫡出子は父母のいずれの姓をも称することを拒否され、何人からも財産を相続することを否定されていた。またこれは、父母のいずれも子供の扶養、保護、監督の権利義務を有すさないことを意味し、子供は父母に対しこれらを請求できないことを意味した。このように、父母とのあらゆる関係を認めないというのがコモン・ローである[x]。したがって非嫡出子は法律以前の親子間の情愛やキリスト教の慈善の問題として扱われ、救貧法の時代には貧民救済の一部と扱われた[xi]

母方との血族との関係を認めていたローマ法よりも一見冷厳に思えるが、柳田裕は、大陸やローマ法圏より英国のほうが非嫡出子に寛容であった側面も強調している。つまり、非嫡出子は相続権を有さないが、世俗法に関する限り他のいかなる自由人・適法人と等しく権利能力を有した。この点、13世紀のフランスやドイツの慣習のように全く権利非力が認められなかったのとは違う[xii]。なるほど、非嫡出子は聖職と名誉から排除され、そもそも生まれてきてはならない存在だった。しかし過酷な扱いを受けたかとうかは慎重な検討が必要である。

 

(3)州法によるコモン・ローの緩和(母子関係の承認)

 

アメリカ合衆国において婚姻や相続の立法権は州にある。各州はコモン・ローを継受したが、州法はコモンロー原則を緩和政策をとった。これは母子関係の承認(母の氏、母による扶養、母からの相続)と非嫡出子の嫡出子化(養子縁組、両親の結婚による)という形をとって行われてきたが父子関係については強い抵抗を示してきた[xiii]

泉久雄が1966年までの資料で分類したのが以下のとおりである[xiv]。大多数の州が母からの相続権を認めるが、父からの相続権を認める州は少ない。

嫡出子と同様の相続権を認める州 3州

アリゾナ、カンザス、オレゴン、プエルトリコ

母に対する相続権だけ認める州 20州

 アラバマ、アラスカ、コロラド、ジョージア、メリーランド、ミシガン、ミズーリ、ニュージャージー、オハイオ、ペンシルべニア、ロードアイランド、サウスカロライナ、テネシー、バーモント、バージニア、ウエストバージニア、ワイオミング、アラスカ、ハワイ、コロンビア特別区

母とその血族に対する相続権を認める州 8州

コネチカット、イリノイ、ケンタッキー、マサチューセッツ(母と母親尊属に対して)ミシシッピ、ニューハンプシャー、ノースカロライナ、テキサス

母と認知した父に対する相続権を認める州 19州

カリフォルニア(母の血族に対しても)デラウェア、フロリダ、アイダホ、インディアナ(父性について裁判上の確定を要する。母の血族および父の血族に対しても)アイオワ、ルイジアナ(母に嫡出卑属がいる場合、また父に嫡出の卑属、尊属、傍系親族、あるいは配偶者がある場合には、非嫡出子はアリモニーを請求できるに止まる)メイン(父母の血族に対しても)ミネソタ、モンタナ、ネブラスカ、ネバタ、ニューメキシコ、ニューヨーク、ノースダコタ、サウスダコタ(母親の血族に対しても)ユタ、ワシントン、ウィスコンシン

 

なお英国において、非嫡出子にはじめて一定の相続権を与えたのは1926準正法であり、母が無遺言で死亡した場合、母が嫡出卑属を残さなかったのであれば、相続権を与えた。1969年の家族法改正法は、無遺言で死亡する親の遺産について、非嫡出子に嫡出子と同じ相続権を与えており、イギリスにとっては中世以来の劇的な変革といえる。。1969年には西ドイツでも同様の改革がなされている。

 

イギリスや西ドイツの改革に刺激を受けたのか、アメリカ法律協会及びアメリカ法曹協会が組織する統一州法に関する全国委員会が相続権に関して非嫡出子を実質的に平等に扱う統一遺言検認法を1969年に採択し、1973年に嫡出子であれ非嫡出子であれ父母との法的関係において完全に平等とする統一親子関係法をと承認している。しかしこれは専門家が提案する法改正案モデルにすぎないのであって、もちろん州議会に法改正を強要するものではない。1973年オリジナルの統一親子関係法を採択したのは、アラスカ、アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、コネチカット、ハワイ、カンザス、ミシガン、ミネソタ、モンタナ、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースダコタ、ロードアイランド、サウスダコタ、ワシントン、ユタの各州の18州と、コロンビア特別区である[xv]

 

(4)連邦最高裁主要判例の検討

非嫡出子事件の修正14条の平等保護条項をめぐる憲法判断は、次のように一貫性を見出しがたく揺れていた。

 

レビィ判決Levy v. Louisiana - 391 U.S. 68 (1968) 【違憲】http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=US&vol=391&invol=68

史上初めて連邦最高裁が非嫡出子差別に違憲判決を下したものである。6対3(法廷意見ダグラス、反対ハーラン、ブラック、スチュアート)。ここで争われたのは、両親が不法行為で死亡した場合にその損害賠償請求権を非嫡出子が承継できないとするルイジアナ州法だった。本件では、非嫡出子が母親の死亡について提訴していたものである。ダグラス判事による法廷意見は「生まれの嫡出性・非嫡出性は、その母親に降りかかったと主張されている不法行為の性質とはなんの関連性もない。原告の子どもたちは、非嫡出子ではあるが、彼女に扶養されていた。彼女は彼らの世話をして、そして養育した。彼らは、実際に、生物学的な意味でも精神的な意味でも、彼女のものだった。そして、彼女の死によって、扶養されていた者ならだれでも受ける被害を受けたのである」とする[xvi]

 先に述べたように、アメリカ合衆国各州の州法は、そのほとんどが母親からの相続権を非嫡出子に与えていたことからすれば、母親の権利の継承である本件の結論はさほど意外なものではない。ウォーレンコート末期のもっともリベラルな陣容(ウォーレン、ダグラス、ブレナン、フォータス、マーシャルと筋金入りの人権派が過半数をしめている)の最高裁でもある。相続に関する事件ではないし、我が国に影響を及ぼすほどの画期的意義をもつとはいえないだろう。。

 

レイバーン判決 Labine v. Vincent - 401 U.S. 532 (1971).【合憲】。

非嫡出子に遺産相続権を認めないルイジアナ州法(例外的に、非相続人に親族がなく、遺産が州に帰属する場合には相続しうる)の合憲性を、5対4の僅差で支持した。(法廷意見ブラック、反対ブレナン、ダグラス、ホワイト、マーシャル)。最高裁は先例であるレビィ判決の論理を相続事件に拡張適用することを拒否したのだ。

 この事件は娘が約6年間、父が死ぬまで同居していた。しかしこの事例では父親は非嫡出子に遺産を相続させる遺思を示すか、認知して嫡出子にする希望を示すことが可能であったというのがブラック判事の判断であった[xvii]

 またブラック法廷意見は、遺産処理を規制する権限は、連邦憲法及びルイジアナ州民によって、ルイジアナ州議会に託されているとする。可能な法律のなかからひとつを選ぶのは、州議会であって、最高裁判所の終身の裁判官ではないとも述べている。平等保護条項違反を理由に非嫡出子に対する差別を違憲としたいくつかの先例については、それほど強度の平等を要求するものと読むことはできないと片付け、非嫡出子と嫡出子との区別は、

家族法における、傍系と直系、尊属と卑属、妻と妾の区別と選ぶところはないと理由づけている[xviii]

 レビィ判決との相反する結論は、不法行為法と相続法の違いである。アメリカでも司法部が州権の相続法に干渉することには慎重なのである。

 もとより、左派ウォーレンとフォータスが引退・辞任し、ニクソン任命の穏健保守派バーガーとブラックマンに入れ替わったことも、合憲判決となった要因である。

 

トリンブル判決Trimble v. Gordon 430 U.S. 762【違憲 http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0430_0762_ZS.html

 ところが連邦最高裁は、レイバーン事件とほぼ同様の事案について、一転して5対4の僅差で違憲判決を下した。(法廷意見パウエル、反対レーンクイスト、バーガー長官、スチュアート、ブラックマン)結論を下した。事案は嫡出子には父母双方からの無遺言(法定)相続の権利があるのに対し非嫡出子には母親からの無遺言(法定)相続しか認めないイリノイ州法を平等保護条項に反し違憲としたものだが、非嫡出子は父親が死亡するまで四年間同居しており、裁判所も父性を確認して、父は娘に週15ドル払うよう命じていたものである[xix]

釜田泰介は「本件判決は、相続権の付与についての嫡出子、非嫡出子の区分を無条件で違憲としているのではない。これが違憲となるのは、まず区分理由が正当な家族関係の保持である場合である。‥‥また、非嫡出子に相続の道を開く方法を別途設けているということも、非嫡出子を別扱いを許す理由にならないということである。しかし、区分理由が遺産の正確な処理という場合には、いかなる内容の別内容も違憲となるとしているのではなく、本件のように父子関係が証明されていて偽りの申請が起こらないものを排除している法律をのみ、違憲としたのである。すなわち、非嫡出子を完全排除していることを許さないとしたのであるから、完全排除でない場合は合憲とされる可能性もある」[xx]と解説している。

 難解だが、本件は裁判所により父性が確認され、同居し扶養されていた娘であるにもかかわらず、州法がいっさいの相続を排除しているから違憲ということのようだ。

 もし同居もしてない、父性も確認されていないという場合はまた別の結果の可能性もある際どい判決といえる。

 

この判決は、結局キャスティングボードを握ることの多い、穏健保守だが中間派でケースバイケースの判断をとるパウエル判事の票で決した際どいもものなので、これを過大評価することはできないといえる。(つづく)

 

 


[i]西村真理子「<論説> 非嫡出子(婚外子)の相続とその前提となる親子関係成立の問題について : アメリカ法を中心として」『学習院大学大学院法学研究科法学論集』 19, 59-106, 2012(ネットで公開されている  http://hdl.handle.net/10959/2268)

[ii] たとえば①我妻栄「『私生児』の保護」『法学セミナー』43号(1959)

 「一婦一妻の原則を貫こうとするもの、本妻の立場を尊重しようとするもの」で。「非嫡出子の地位が不利となるのは、全くその反射的効果に過ぎない」②法律協会編『日本国憲法註解上』478頁(1953) 「婚姻尊重の態度〔(憲法24)から、嫡出ということが、身分関係にも差違を生じるものとして、敢えて違憲とはいえないであろう」③宮沢俊義『全訂日本国憲法』264頁(1978)「憲法が婚姻に重きをおいている点から見て、おそらく憲法の容認するところと見るべきであろう」これは昭和53年版でも同文である。

[iii] 野山宏「民法9004号ただし書前段と憲法141(最高裁決定平成7.7.5)」最判解民事篇平成七年633頁『法曹時報 49(11), 3035-3093, 1997-11

[iv] 米沢広一『子ども・家族・憲法』1992年130頁以下

[v] 君塚正臣「非嫡出子諸差別の合憲性」『性差別司法審査基準』補章 1996年、君塚は違憲論者で、厳格な審査基準で違憲とすべきとしているが、アメリカ判例に一貫した原則がないことは見抜いている。

[vi] 根本猛「非嫡出子差別と憲法 アメリカ合衆国の判例を中心に」『一橋論叢』118(1)1997年の脚注21のMaltzの見解。

[vii]松田茂記『アメリカ憲法入門』第7版2012年。

[viii] 柳田裕「イングランド法と教会法による非嫡出子の取扱い」『八代学院大学紀要』27号1984年。なお、イングランド法は懐胎という要件については厳格ではない。できちゃった結婚の子供は嫡出子であり、出生が適法な婚姻の後であることを求めるものであって、真正の父親の捜索も極端に嫌った。

[ix]直江眞一「『我々はイングランド法を変更することを欲せず』(Nolumus leges Anglie mutare)について」『法学』東北大 5431990

[x]釜田泰介「Lalli v.Lalli,439 U.S.259,99 S.Ct.518(1978)--非嫡出子が無遺言相続により,父親から相続する場合には,父子関係の存在を証明する特定の証明書の提出を求めるが,嫡出子に対してはこれを求めていないニューヨーク州法は第14修正の法の平等保護を侵害するものではないとされた事例」『アメリカ法』1981-1

[xi]柳田裕「イングランド法と救貧法による非嫡出子の取り扱い」『八代学院大学紀要』28・29号1985年

[xii] 柳田裕前掲論文

[xiii] 釜田泰介前掲論文

[xiv]泉久雄「非嫡出子の相続権に関する一つの覚え書」『家庭裁判月報』 29(6), p1-23, 1977

[xv] 西村真理子前掲論文

[xvi] 根本猛「非嫡出子差別と憲法 アメリカ合衆国の判例を中心に」『一橋論叢』118(1)1967年

[xvii] 君塚正臣前掲書313頁

[xviii] 根本猛前掲論文

[xix] 君塚正臣前掲書313頁

[xx] 釜田泰介「嫡出・非嫡出区分と法の平等保護(三・完)」『同志社法学』33巻1号

2013/09/28

たまにはアエラも悪くない記事がある

 

アエラを買うことも読むこともまずないが、たまたまネットで見た「女性の敵は女性? ワーキングマザーvs.独身女性」http://dot.asahi.com/news/domestic/2013092400047.htmlという記事は悪くなかった。「『女性は救世主か疫病神か』『出産したら会社を辞めろ』と、一部メディアでは働く女性へのバッシングがかまびすしい。」というのは週刊現代の安倍の育児休暇3年政策批判連載記事を指しているのだろうが、タブーを破ったことで週刊現代はそれなりに評価してよいのではないだろうか。この記事は週刊現代を批判してない。むしろ制度の建前にかき消されて表面化しないとしてもフォローをさせられる側のワーキングマザーに対する不満がくすぶっているのは事実であるという専門家の見解を紹介し、肯定的なニュアンスなのだ。

 

 アメリカではそもそも女子差別撤廃条約を批准してない。母性保護に反対の立場のためと思われる。法定有給休暇もないが、連邦法では1993年クリントン政権で成立した家族・医療休暇法のみが、被用者に対して無給とはいえ、年間12週の休暇取得の権利を与えている。

 

 これはビジネス界にとっては好ましくない立法なので、議会で成立まで9年間もかかった。ブッシュ(父)大統領は拒否権を行使して潰したように、反対も根強くあった。適用者は50人以上働く企業で12か月以上1250時間以上勤務した者である。2000年のレポートでは私企業部門の82.2%が適用を免れている。但し、被用者全体の割合では58.3%が適用対象となっている。もっとも多い休暇取得事由は本人の健康状態で52.4%、出産は7.9%、育児は11.5%にすぎず、親の世話13%よりも低い。

 

 休暇は本人や家族の病気の場合は断続的休暇や労働時間短縮の休暇がとれるが、育児休暇は使用者が同意しない限り断続休暇は認められてない。企業の方針で有給とすることもできるが、法は求めてないため、育児休暇の場合、全額支給17.3%、一部支給6%、状況によるが22.7%、54%は無給である。また2000年に失業給付から育児休暇中の所得保障を奨励する規則を設けたが、ブッシュ(子)政権により廃止されている。(中窪裕也「アメリカにおける「仕事と家庭」の法状況-一九九三年家族・医療休暇法を中心に 山口・菅野・中島・渡邊編『安西愈先生古稀記念論文集-経営と労働法務の理論と実務』中央経済社2010参照)。

 つまりアメリカでは、日本や欧州のような1年以上の育児休業制度はないし、パパクォーターとかイクメン奨励のようなおバカなこともやってない。

 

  『ワーキングマザー』誌のキャロス・エバンスCEOによれば仕事を持つ母親は、米国では平均で出産後11週で職場に復帰するという。

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-33604120080905?sp=true

 

  11週で戻ってあたりまえなんですよ。アジアのビジネス界でも10週くらいというから。もし、安倍が女性の能力を活用し、諸外国と競争力で負けないようにするというなら、育児休業を廃止して女性を11週程度で職場復帰させるようなかたちにしないと、日本は駄目になるでしょう。

 

 ビジネス誌でワーキングマザーにとって働きやすい企業としてランキングされる優良企業は、あくまでも企業独自の従業員福祉政策としてやっているだけで、国からおしけられているのではない。日本のようにワークライフバランスと言う名の、ワーキングマザー優遇策のおしつけはない。

 

 アメリカ最大の女性団体の全米女性機構(NOW)も男性と同じ土俵で働くことを求めているので、有給出産休暇にも反対なのである。

 

 男性と同じ土俵で働いた結果の昇進なら、それはその人の実力だから文句はないはず。それが本来のキャリアウーマンである。しかし割当て制とか、育児休業制度、次世代支援対策推進法、ワークライフバランス憲章など次から次へと、特定社会階層の女性を事実上厚遇し、そのコストを他人に転嫁する政策ばっかりやっているから憤懣がマグマのようえに蓄積していくだけだ。

 

 わが国の社会政策は、ヨーロッパ的な社会民主主義政策導入に偏っていることが問題である。時短しかり、育児休業しかり、ワークライフバランスしかり、子供手当てしかり。今度の非嫡出子相続分違憲判断しかり。むしろアメリカ的な新自由主義的政策に軌道修正していくことが望ましいというのが私の見解である。 

 

 安倍が女性の活用をさかんに演説しているが、たんに、リップサービスならまだしも本気でやるのはばかげている。安倍の左翼的な手法に疑問をもっているから。政労使協議して賃上げさせようとしたり、最低賃金を上げて喜んだりするのは、この人の本質が社会主義者ではないかと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

2013/09/26

9・4最高裁大法廷非嫡出子(婚外子)相続分規定(民法900条4号但書)違憲決定はきわめて悪質だといえる理由その一

 私はきわめて悪質な決定だと思う。その理由の第一が虚偽を述べていること。つまり国民を騙したこと。

大法廷決定は、「現在、我が国以外で嫡出子と嫡出子でない子の相続分で差異を設けている国は欧米諸国にはなく、世界的にも限られた状況にある。」と言い切っているが事実ではない

アメリカ合衆国では、婚姻法、相続法は州によって異なるが、アメリカ法律協会と アメリカ法曹協会による統一州法に関する全国委員会が相続権に関して非嫡出子を実質的に平等に扱う統一遺言検認法を1969年に採択し、1973年に嫡出子であれ非嫡出子であれ父母との法的関係において完全に平等とする統一親子関係法をと承認し、1990年の統一親子関係法では両親の婚姻に関係なく両親の子とされ、2000年、2008年モデルもあるが、これは法案モデルにすぎないのであって、州法改正を強要するものではまったくない。相続をどうするかは州権、州議会である。

西村真理子の2012年の論文「<論説> 非嫡出子(婚外子)の相続とその前提となる親子関係成立の問題について : アメリカ法を中心として」『学習院大学大学院法学研究科法学論集』 19, 59-106, 2012(ネットで公開されている  http://hdl.handle.net/10959/2268 )の脚注11によると、1973年オリジナルの統一親子関係法を採択したのは、アラスカ、アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、コネチカット、ハワイ、カンザス、ミシガン、ミネソタ、モンタナ、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースダコタ、ロードアイランド、サウスダコタ、ワシントン、ユタの各州の18州と、コロンビア特別区と書かれている。

ほかに、統一親子関係法モデルを採択した州の言及はない。ということは残りの32州の多くは父親からの相続権は限定的なままと推定できる。

 

西村真理子は遺言や相続法の専門家のようだが、非嫡出子の相続分の平等化は、世界的潮流でもあるが、アメリカ法はそうでないとはっきり言っているのだ。判例は嫡出子と非嫡出子の多くの違いを縮小したにもかかわらず、すべての差別を廃止することに消極的であり、父親からの相続が事実上認められたが、それは限定的なものだと言っている。

1977年の合衆国最高裁はトリンブル判決Trimble v. Gordon 430 U.S. 762   http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0430_0762_ZS.htmlの評価が問題になる。嫡出子には父母双方からの無遺言(法定)相続の権利があるのに対し非嫡出子には母親からの無遺言(法定)相続しか認めないイリノイ州法を平等保護条項に反し違憲としたものだが、これは父からの無遺言相続を一切認めない州法が違憲とされただけなのであって、全く嫡出子と同権でなければ違憲と言っているのではないのでないだろうか。非嫡出子は疑わしい区分ではないのだ。

 

西村真理子はアメリカでは学説でも非嫡出子の全面的平等を認めてないと言う。Browne Lewis, Children Of MenBalancing The Inheritance Rights Of MaritalAnd NonMarital Children39 U. ToL L. REvL 182007).という学説を紹介し、非嫡出子(婚外子)に対し、「相続に関する厳格なる平等ではなく平等の機会を与えることを主張する。そして、非嫡出子(婚外子)の相続権を扱う制定法を起草する際には、極端な結論一非嫡出子の全面的排除と全面的包含一を回避しなければならないとする。‥‥ほとんどの州の制定法は,非嫡出子(婚外子)がpaternityを立証するについて必要な段階を経るのであれば,非嫡出子(婚外子)に対し,その父親から相続する機会を与えている」。

つまり多くの州では母親からの相続権を認めるものの、父親からの相続権は範囲が限定的だが、父親から相続する機会を与えているから問題ないということのようだ。

アメリカでは実は無遺言相続(法定相続)同権論は弱いということである。西村の論文の結論は「アメリカ法においては,無遺言相続(法定相続)は遺言相続の補完的存在であるため,遺言の自由の要請が強く,非嫡出子(婚外子)の相続についてもできる限り遺言で対応することが望ましいとされている」というものだが、いずれにせよ、欧米諸国すべてが同権となったという最高裁の見解は嘘である。

 

いずれ残りの32州を調べるが、さしあたりノースカロライナはどうだろう。2011年のUnequal rights for children born out of wedlockという弁護士のブログ http://ricefamilylaw.com/blog/2010/09/19/unequal-rights-for-children-born-out-of-wedlock/によると、同州では44.5%が非嫡出子だが、同州は父親からの財産を継承しないことがある。非嫡出子は父が死亡しても、生存者の社会保障給付の対象とはならないと書かれている。その法律事務所のサイトNC Legitimation   http://www.ricefamilylaw.com/family/legitimation.htmによると、ノースカロライナ州の法律では嫡出子と非嫡出子を区別する。非嫡出子が嫡出子に与えられるすべての権限、権利と利益を享受するには、のちの婚姻による準正やその他の準正手続きにより嫡出子にならなければならないみたいなことが書かれている。

ノースカロライナは人口950万でバンカメの本社もある。人口規模でいえば920万のスウェーデンより大きい。ほかの31州とカナダの各州も順次調べる予定だが、アメリカ合衆国で過半数を超える州が、平等にはなっていないとすれば、最高裁のいう「嫡出子と嫡出子でない子の相続分で差異を設けている国は欧米諸国にはなく」という言い分は通らない。

たった9回しかない重大な違憲判断を行ったのだから、最高裁判事が2012年の最新の研究成果である西村の論文を見てないというはずはない。ネットでも簡単に見れるのだから。意図的にだましているから悪質だというのだ。

2013/09/23

非嫡出子相続分規定違憲決定は悪しき「裁判官立法」として非難されるべきものなので、法改正は最小限にとどめ、もうこれ以上の家族法の変更を欲しない旨の政府・与党への要望の下書きその六

大法廷決定は、「ドイツにおいては1998年(平成10年)の「非嫡出子の相続法上の平等化に関する法律」により,フランスにおいては2001年(平成13年) の「生存配偶者及び姦生子の権利並びに相続法の諸規定の現代化に関する法律」により,嫡出子と嫡出でない子の相続分に関する差別がそれぞれ撤廃されるに至っている。」と独仏の法改正に肯定的に引用しているが、我が国も右に倣えでよいのか。

 

 

 

欧州における非嫡出子相続差別撤廃の法改正を模倣することがよくない理由

 

 その1 嫡出家族保護の要請は重要な価値であり衡平に反する

 

 約千三百年前の大宝令戸令応分条で、頭割で嫡子二分に対して庶子一分、妾にも男子の半分の相続が認められているように、日本では古くから庶子・妾の法的地位は高かった。旧民法(1890年公布)も明治民法(1898年施行)も非嫡出子は嫡出子の半分としているが、立法趣旨について明治民法起草委員の穂積陳重、梅謙次郎いずれも戸令応分条を参考としたと述べている[i]。これは西洋との大きな相違である。

そもそも西洋法のほうが婚外子差別が顕著であった。聖書が「側女の息子」「不義の床から生まれた子供」を非難していること、厳格な一夫一婦制でスペアとして婚外子をもうけるという仕組みのないヨーロッパにおいては歴史的に婚外子は権利を大きく制限され、生存すら脅かされたのである。

民法900条は西洋法の概念で「嫡出子/非嫡出子」を区別しているが、日本古来の「嫡子/庶子」と西洋法の「嫡出子/非嫡出子」は、必ずしも同一ではない。「嫡子/庶子」は「家」との関係で決まり、「嫡出子/非嫡出子」は父母の婚姻関係で決まるからである。日本には妻妾制の伝統があるうえ、嫡男には跡取りとしての資質が重視される場合もあり、「嫡子/庶子」の境界は流動的であった[ii]

欧州大陸ではローマ法の継受が進んだ15世紀後半以降、ローマ法にならって次の3種の婚外子概念で区別された。「自然子(単純私生子・独身男女の婚前交渉子)」「売淫子(母が売春婦)」「姦生子(姦通により生まれた子)・乱倫子(近親相姦によって生まれた子)」(忌むべき生まれの子)。

ローマ法によれば、婚外子は父とは宗族関係も血族関係ももたず、母と血族関係にたった。ただし自然子(単純私生子)については婚姻準正により、のちの両親の婚姻により準正子は嫡出子と概ね同じ権利をもつものとされた。しかし姦生子・乱倫子の権利は否定されていた。

教会法は、12世紀グラティアヌスが法源論から、秘跡・典礼にいたるまでテーマ別に整理・収録したことにより法実務の基礎を持つようになり、ローマ教皇の普遍的権威が強調された結果、教皇の一般的教会法制定権が確立し、12世紀中葉に教皇授任裁判というシステムがとられて、各国から上訴された事件の教皇の裁定が採録されることにより古典カノン法が形成された。10世紀には既に教会裁判所が婚姻を管轄権としていたので、イングランドを中心に婚姻事件に関して活発な上訴がみられる。婚姻成立については合意主義と合衾主義の対立があったが教皇アレクサンデル3世(在位1159~81)は、緩和的合意主義 婚姻理論を採用した。

もともとキリスト教は終末論宗教なので、イエスやパウロがそうだったように独身であることが最善であった。しかし第二パウロ書簡で家族倫理が強調されたこと、10世紀には教会裁判所が婚姻を管轄権としたことから、結婚も積極的な意味で評価されるようになり1112世紀の神学者によって結婚の成立要件・意義が理論化され、結婚は花婿キリストと花嫁教会の一致の類比として秘跡とされたのである。神学者は正当にも真正パウロ書簡のコリント後書を根拠として、「ふしだらな行為を避けるため」の結婚の意義を強調した。

キリスト教は、「嫡出/非嫡出」概念を大きく変えた。婚外子は「出生の穢れ」をもち、親の「恥」の証拠とみなされ、相続権や身分・地位継承権が否定されたのである。

ただ古典カノン法はローマ法の婚姻準正を継受した。しかし国王諸侯は法廷相続に関して教会裁判所の干渉を嫌ったため、13世紀英国マートン法をはじめとして、大陸においても婚姻準正の法定相続承継の効果は否定されたので実質的意味をもたなかった[iii]。世俗的には正当な相続人は生まれながらの嫡出子でなければ婚姻戦略は成り立たないからである。

なお教会法は、12 世紀以降、弱者保護の観点から父に対する婚外子の扶養請求権を認めていく(強制認知)。婚約不履行訴訟は教会裁判所で裁かれ、子の父は、子の母と結婚するか、あるいは持参金相当の慰謝料と分娩費用・子の養育費用を支払わねばならなかった[iv]

非嫡出子に対してもっとも厳しかったのはコモン・ローと思われる。英国コモンローは、非嫡出子を誰の子供でもなく、その教区の子供として扱った。すなわち婚姻関係にない男女間から出生した子供(非嫡出子)は、コモンロー上、実の父母との親子関係を一切拒絶された存在として扱われたのである。このことから、非嫡出子は父母のいずれの姓をも称することを拒否され、何人からも財産を相続することを否定されていた。またこれは、父母のいずれも子供の扶養、保護、監督の権利義務を有すさないことを意味し、子供は父母に対しこれらを請求できないことを意味した。このように、父母とのあらゆる関係を認めないというものが、いわゆるコモン・ロー上のfilius Nullisfilius populi の原則と呼ばれるものの内容だった[v] 

英国でコモン・ロー原則が緩和されるようになるのは、1926年で非嫡出子について、母に嫡出の卑属がない場合に限って母に対する相続権を認めた。これを大幅に改革し、父と母を区別することなく、無遺言で死亡する親の遺産について、非嫡出子に嫡出子と同じ相続権を与えることとしたのは労働党ウィルソン政権の1969年の家族法改正であり、1970年に施行された 。コモン・ロー原則との決別である。

フランスであるが、1804年ナポレオン民法は認知した自然子(単純私生子)に相続権を与えるという構成をとっている。ただし、相続権は認知した親だけに限られ、姦生子と乱倫子には相続権は認められず父母の捜索も禁止されていた。嫡出の直系卑属がおる場合は、嫡出子の2分の1とされていた。

 

 

単純私生子に父の捜索を認めたのは1912年。姦生子と乱倫子に扶養料請求の訴が認められたのは1955年である。

1972年に1804年以来の改革がなされ、非嫡出子における自然子と姦生子・乱倫子の差別をなくし、認知によって嫡出子と同一の地位に立つこととなり、姦生子・乱倫子の父の捜索も許された。ただし嫡出子と競合する場合は、嫡出子の相続分の二分の一をうけるものとされた。ほぼ日本の明治民法(現行民法)と同じ水準といってよい[vi]

ドイツでは1794 年プロイセン一般ラント法が婚外子の権利を手厚く保障した。結婚の約束をして生まれた子は、たとえ親が結婚しなくとも嫡出子とみなされた。また、懐胎期に母が複数の男性と性的関係をもっており、父が特定できない場合には、子の後見人は彼らに対し、子が14 歳になるまでの扶養料を請求できると定めた[vii]。しかし、ドイツにおいても非嫡出子は長い間、父親から相続権を否定していた。1896年民法典は、母方及び母方血族かにの相続権だけを認めていた。ただ非嫡出子の生存を確保するために父に対する扶養請求の訴を認めていた。

非嫡出子が嫡出子と同等の権利とされたのは1969年の法改正によるものである[viii]。当時の社会民主党ブラント首相自身私生児だった。

 

以上をまとめると次のように整理できる。

 

(1)ローマ法

非嫡出子に母方との血族関係を認める。婚姻準正を認める

(2)教会法

 婚姻準正と、扶養請求権を認める。

(3)コモン・ロー

何人の子供でもなく、実父母との親子関係は一切否定される。

(4)1804年ナポレオン民法

 自然子(婚前交渉子)は認知により相続権を得るが、姦生子・乱倫子はそうではない。

(5)1896年ドイツ民法典

 非嫡出子に母方からの相続を認める。父には扶養請求の訴を認める。

(6)1898年日本の明治民法

 非嫡出子に嫡出子の半分の法定相続。

 

ヨーロッパで、もっとも早く非嫡出子に父方からの相続権を認めたのは1915年のノルウェーであるが、しかし父子関係確定訴訟で多数関係者かにの抗弁が認められていたので1959年の法改正まで、非嫡出子は相続すべき父を持たなかったといわれている。したがって、英独(米国については別途考察する)で父からの相続権が認められたのは1969年、フランスは自然子を除くと1972年と比較的最近なのである。

それと比較すれば我が国は古来より、庶子の相続分を認め、19世紀末の民法制定から嫡出子の半分というバランスで法定相続を定めていた。

嫡出家族保護の要請と、非嫡出子への配慮という衡平の原則にかなっているのが我が民法と評価されるべきである。実際フランスの1972年法が我が国の相続半分という在り方に類似している。参考例とされたかもしれない。

大法廷判決は平等と個人の尊厳を錦の御旗として押し切る言い方をしているが、平等と個人の尊厳だけが正義なのではない。衡平の原則もある。

嫡出家族の保護、法律婚の保護は、重要な政府利益である。我が国は外国のようにシングルマザーの問題が深刻でない。このことは社会に安定性をもたらしている。家族が道徳や社会規範、生活様式、マナー、文化、あるいは家業の継承において技術・技能を次世代に伝える基礎単位であるから

婚姻家族の保護、法律婚制度の保護は、個人の尊厳にもましてゆずれない価値である。

 

ヨーロッパでの差別撤廃は、千年以上のルサンチマンを爆発させたみたいで見苦しく尋常ではない。キリスト教化される以前の蛮族、古ゲルマン社会が非嫡出子の差別のない社会であったとされるから、先祖返りしたという見方もできるが、西洋キリスト教文明の婚姻家族の理念、大義を捨てた、至福千年の道徳的教訓を捨て去ったとして非難されるべきものだ。これが世俗化の進んだ自然の流れとは思えない。社会の凝集力となる根幹的価値の否定である。現代人の友愛結婚の理念も中世の神学に基礎をおいているから[ix]。大義は、西洋文明的脈絡においては花婿キリストと花嫁教会の一致に類比される神聖な婚姻の理念にある。非嫡出子ではないのである。教会は指導者キリストに従うと同じように、妻は夫にしたがう、これほど美しい価値観はほかにあるだろうか。ロンバルドゥスなど神学者の定義した理念の継承こと核心的価値である。この文明の結婚についての規範提示者はグラティアヌスやロンバルドゥス、教皇アレクサンデル3世であって欧州人権裁判所でも国連でもない。EUの信用不安は天罰だと思う。

だから何も同情しない。

 


[i]歴史的な事情において非嫡出子の法的地位が欧米と日本で全然違うことは民法学者により指摘されている。

水野紀子東北大教授は、「西欧法における非嫡出子は、キリスト教文明における価値観からも、社会階層的な実態においても、歴史的に非常な劣悪な地位にあった。‥‥日本法においては、家制度の要請から非嫡出子の法的地位は伝統的に西欧法と比べるとはるかに高いものであった」(「比較婚外子法」『講座・現代家族法3巻』127頁)と述べている。

 令制における財産継承に関する規定は「戸令応分条」である。養老令においては財産継承は故人の遺志が明確でない場合には嫡母・継母・嫡子は2分、庶子は1分、妾及び女子は男子の半分の比率で配分された(ウィキペディア「戸令」)。妾や庶子(これは今日の非嫡出子とは異なるが)の法的地位は千三百年以上から高かったのである。

この規定は大唐帝国の戸令の模倣ではなく、我が国の実情に即して修正されたものである。中国において漢の呂后が戚夫人を人豚にしたように、嫡妻と側妾とは決定的な身分差があったが、日本はそうではなかった実情にあわせたのである。

 旧民法も明治民法も非嫡出子は嫡出子の半分としているが、立法趣旨について明治民法起草委員の穂積陳重、梅謙次郎いずれも戸令応分条を参考としたと述べている。

 

穂積陳重(法典調査会速記録七〔日本近代委員会資料叢書7〕558頁)「丸デ嫡出子ト同ジ相続分ヲ受クルト云フコトハ法律ガ愈々婚姻ト云フモノヲ認メテ‥‥嫡出子ノ云フモノガ其父母ノ跡ヲ財産ノ点二付テモ継グト云フノヲ本則トミルノガ当リ前デアリマスカラ、ソレ故二嫡出子ト庶子トノ分量ヲ手違ヘタノデアリマス。只其分量ノ違ヒ方二付キマシテ、必ズ半分デナケレバナラヌト云フコトハ道理上ノ標準ハナイノデアリマス。我国二於キマシテハ大宝令抔デハ此ノ庶子ト云フ字ハ少シ用ヰ方ガ違ヒマスガ、此嫡子ガ二庶子ガ一分ト云フコト二ナッテ居リマス」

梅謙次郎(『民法要義巻之五相続編』116頁「唯直系卑属二付テハ其嫡出子ナルト庶子若シクハ私生子ナルト二依リ相続権ノ同シカラサルハ古今東西皆同シキ所ナリ我国二於テモ令二庶子ハ嫡子ノ半分ヲ受クルモノトセリ(戸令應分條)是レ必スシモ今日ノ庶子ノミ二非ズト雖モ亦以テ参考二資スヘシ故二本條二於テモ庶子、私生子ハ嫡出子ノ半分ヲ受クルモノトセリ」

庶子は嫡子の半分というのは千三百年の我が国固有の法文化に基づいている。欧米諸国においては非嫡出子の相続権が否定されていた長い歴史に鑑みればそれは、非嫡出子の差別意識は弱い社会ととみなすことができるのである。妾や庶子の地位が高いのは欧米のモノガミーとは違う重婚許容文化であり、徳川将軍の大多数が生母が側妾であることからも明らかなかことである。

千三百年前の大宝令から、妾や庶子に相応の相続権を認めていた、歴史的に寛容な社会であったが、欧米は全く違う。(

[ii] 橋本伸也ほか「「子ども」の保護・養育と遺棄をめぐる学際的比較史研究 : ディス

カッション・ペーパーWEB版・第2号」関西学院大学2011年(ネット公開)

[iii]直江眞一「『我々はイングランド法を変更することを欲せず』(Nolumus leges Anglie mutare)について」『法学』東北大 5431990年参照。

聖俗で争いとなった重要な事柄が婚姻準正の問題だった。12世紀末に書かれたコモンロー最初の教科書『グランヴィル』は「非嫡出子も合法な婚姻も合法な婚姻から出生していない者も正当な法定相続人たりえない。もしある者が‥‥‥合法な婚姻から出生していないが故にそれについて法定相続人にたり得ないと異議を申し立てるならば、その場合には当該訴訟は主君たる国王裁判所での進行をやめるであろう。そしてその地の大司教あるいは司教に対して、婚姻自体について裁判管轄権を行使し、それについて下した判定を主君たる国王の裁判所に知らしめるよう命ぜられるであろう」と述べ、聖俗裁判所の管轄権を明らかにしている。

問題となった古典カノン法とは1234年に公布された『グレゴリウス九世教令集』第四篇第十七章「嫡出たるもの」に採録されている教皇アレクサンデル3世が婚姻準正を認めた二つの教令であった。

 

「一組の未婚の男女から出生した私生子は、両親の事後の婚姻により、法廷相続産についてさえ嫡出子の地位を得る」

「私生子は両親の婚姻により嫡出子の地位を得る。しかし庶子はそうではない」

 

この婚姻準正はローマ法を継受したものであるが、13世紀イングランドの国王ヘンリー3世と諸侯は拒否した。1236年のマートン法である。それは「我々はイングランド法を変更することを欲せず」という宣言であった。つまり教会法上嫡出子である準正子は、土地相続においては婚姻準正の効果を否定されるというものであった。マートン法は ホールズワースによれば、「愛国的保守主義」の表明とされ、法制史ではイングランドが13世紀ローマ法継受を拒んだという定説的理解に枢要な位置を与えられている。

イングランドにおいて婚姻準正が認められない理由についてフォーテスキューによれば、イングランドでは長子相続を採用しているが故に、婚姻準正により非嫡出子と嫡出子を対等とするならば、本来、非嫡出たる長男だけが相続し、生まれながらの嫡出子たる次男以下が相続から排除される事がありうるが、これは「正しく区別をしていない」というのである。しかし、それ自体は重要な問題ではないように思える。

この事件の本質は教会法が法廷相続の訴訟に干渉することを防止する趣旨であると直江真一氏は述べている。しかもこの問題は12世紀に決着済みだったが、13世紀にリンカン司教のグロウステストが強硬にアレクサンデル3世の教令は絶対だと論陣を張ったため蒸し返されたに過ぎない。強硬に反対したのはグロウステストであって、教皇庁ではない。

12世紀にヘンリー2世は「土地について判決を下すことは国王に属し、教会に属すのではない」として霊的裁治権の拡大に反対していた。大司教ベケットと対立したのも世俗法廷の管轄権の浸食を防ぎたいとの趣旨と理解できるのである。なるほどヘンリー2世は教皇アレクサンデル3世によりノルマンジーに召喚され、降伏したが、教皇は皇帝との厳しい対立から英国との友好関係を維持したいという思惑があった。そもそもアレクサンデル3世は、英仏両国が枢要な支持基盤であり、加えてノルマン朝シチリア王国の軍事的後楯により教皇に選出されていた。皇帝のイタリア支配に伴う収入を補うため英国から教皇に相当の献金がなされており、教皇上訴も活発に行われていたのである。聖俗管轄権の問題については妥協が図られたとみてよい。実際イングランドでは遺言による動産処分は教会裁判所が管轄したが、土地の法定相続は世俗裁判所の管轄と画定した。大陸においても、フランスでは世俗封として保有される諸不動産により正当相続人たちが婚外子を排除する訴訟は、世俗法廷とされておりコモンローだけが特別なのではない。

要するにこの問題は、もめたといっても法廷相続産を承継する長子が、生まれながらの嫡出子とするか、婚姻締結前に生まれた準正子かという問題にすぎない

[iv] 橋本伸也ほか前掲論文

[v]  釜田泰介「Lalli v.Lalli,439 U.S.259,99 S.Ct.518(1978)--非嫡出子が無遺言相続により,父親から相続する場合には,父子関係の存在を証明する特定の証明書の提出を求めるが,嫡出子に対してはこれを求めていないニューヨーク州法は第14修正の法の平等保護を侵害するものではないとされた事例」『アメリカ法』1981-1

 

[vi]泉久雄「非嫡出子の相続権に関する一つの覚え書」『家庭裁判月報』 29(6), p1-23, 1977『専修大学法学紀要』二(ネット公開)

[vii]橋本伸也ほか前掲論文

[viii] 泉久雄「非嫡出子の相続権に関する一つの覚え書」『家庭裁判月報』 29(6), p1-23, 1977『専修大学法学紀要』二(ネット公開)

[ix]ラテン的キリスト教世界では10世紀に婚姻の成否の決定が教会の霊的裁治権として教会裁判所の管轄権となり、12世紀にシャルトルのイヴォ、ランのアンセルムス、ペトルス・ロンヴァルドゥスという名立たる神学者、グラティアヌスなどにより婚姻の成否・意義が理論化された。

不屈の闘志で中世屈指の傑物皇帝フリードリッヒバルバロッサと闘争し勝利した教皇アレクサンデル3世(在位1159~1181)の時代に教皇首位権が確立され、同教皇庁の司法化が進んだが、同教皇は婚姻の成立要件として合意主義と合衾主義の対立に決着をつけ緩和的合意主義婚姻理論を採用し、それが古典カノン法となった。

しかし教会は数世紀にわたって婚姻成立要件に関して世俗権力と抗争することとなる。その理由は古典カノン法の無式合意主義婚姻理論であり、教会挙式や父母の承諾は不要であり、二人の証人さえあけば当事者の合意(婚姻約束)だけで容易に秘密結婚を可能としている点にあった。そもそも結婚の秘跡は、結婚相手から与えられるものであって、司祭が干与するものではなかったのである。むしろ寡婦産や結婚に伴う財産移転を確定するため世俗裁判所が教会挙式を要求したのである。

ここに西洋文明の核心的価値の基盤をみることができる。世俗的には婚姻は家格を維持する為の戦略であって、嫁資、持参金、寡婦産の設定など財産移転が重要なのである。しかし教会は単婚婚姻非解消主義という原則に厳格であっても、結婚は秘跡であり、中世神学最大の教師ロンヴァルドゥスが恋愛結婚を肯定しているように、当事者の意思と合意を再断言尊重し、結婚相手選びに父母や領主の干渉を排除した。近代個人主義的友愛結婚の思想的基盤は中世の神学にあったということは人類学者のジャック・グッディーや、アナール派の歴史学者も指摘している常識的事柄なのである。

カトリック教会は秘密結婚を容認しているという非難をかわすため、16世紀のトレント公会議で、教会挙式を婚姻成立要件としたが、父母の承諾権を要求したフランスの提案を拒否したため、フランス王権による独自の婚姻立法がなされこれを嚆矢として世俗権力により婚姻管轄権が簒奪されていく方向性となった。(もっとも近年まで古典カノン法を墨守していたのはイギリスであり、イングランドでは18世紀中葉のハードウィック卿法成立まで、古典カノン法がコモンローマリッジとして生ける法であった。)

私が古典カノン法の意義を重視する理由、現代人の結婚観念の基盤がここにあるためである。

2013/09/16

非嫡出子相続分規定違憲決定は悪しき「裁判官立法」として非難されるべきものなので、法改正は最小限にとどめ、もうこれ以上の家族法の変更を欲しない旨の政府・与党への要望の下書きその五

  民法900条4号但書について、1970年代まで違憲であるという論者はほとんどなく、通説は合憲だった。

  

 合憲説

 

 違憲論者の君塚正臣[i]が通説の合憲論として挙げているのが次の見解である。

 

.我妻栄「『私生児』の保護」『法学セミナー』43号(1959)

 「一婦一妻の原則を貫こうとするもの、本妻の立場を尊重しようとするもの」で。「非嫡出子の地位が不利となるのは、全くその反射的効果に過ぎない」

 

.法律協会編『日本国憲法註解上』478頁(1953)

 「婚姻尊重の態度〔(憲法24)から、嫡出ということが、身分関係にも差違を生じるものとして、敢えて違憲とはいえないであろう」

 

.宮沢俊義『全訂日本国憲法』264頁(1978)

「憲法が婚姻に重きをおいている点から見て、おそらく憲法の容認するところと見るべきであろう」これは昭和53年版でも同文である。

 

 野山宏[ii]の法曹時報判例解説(最高裁判所の調査官による標準的解説)は近年の合憲説として民法学者の三人を挙げているが.水野紀子(民法学者・東北大学教授・法学部長)( 座談会「非嫡出子の法的地位」における発言・『ジュリスト』1032号(平成5年))

 の見解は傾聴に値する。

相続法においては生存配偶者の生活の配慮も必要であり、外国法では相続財産が居住用家屋のみである場合には配偶者がこれを全部取得することが多く、このような制度の下では生存配偶者の死後は非嫡出子は右相続財産を取得できない(嫡出子は右相続財産を取得できる)がこのような差別は問題とされておらず、我が国では不動産価格が高いため非嫡出子に高額の代償金を払うため居住用家屋を売却せざるを得ない場合が予想されることを指摘し、「あるところでは政策的な立法判断をしなければならないという側面が相続法にはある‥‥憲法論を直接相続分の問題に適用して『違憲だから無効』だと言ってしまうことには疑問があります。‥‥‥そういう政策決定自体は立法府の裁量であるのだろうと考えてます。」

 

「子どもの平等権-非嫡出子問題を中心に」『家族<社会と法>』№10(平成6年)

「民法が基本的には民事法として私人間の諸利益を調整する技術の体系であるという認識が十分に前提とされないまま、短絡的にスローガン的に平等原則の適用の議論が行われる傾向がある」と違憲説を批判している。もっとも水野氏は、最近の新聞紙上では非嫡出子差別に反対だとも言っているのを目にしているから、短絡的、一刀両断に違憲無効とする違憲論に反対の立場といえるが、今回の民法九〇〇条四号但書を違憲とした平成二五年九月四日大法廷決定は、こうした良識的な学者の見解をも無視してしまったという点でも

粗雑な決定理由だとの心証をぬぐいきれない。

 

大法廷決定はこう云うのだ。

「本件規定の立法に大きな影響を与えた諸外国の状況も、大きく変化している。‥‥現在我国以外で嫡出子と嫡出でない子をとの相続分に差異を設けている国は、欧米諸国にはなく、世界的にも限られた状況にある」と断じている。これは本当だろうか。

 大法廷決定が直接引用しているのはドイツの1998年法、フランスの2001年法だけだが、アメリカの五〇州、カナダの各州はそれぞれ家族法が異なるが、そのすべてについてそういえるのかはなはだ疑問である。この件については時間に余裕があればネットで全州を調査したいが、ここでは疑問の提示にとどめる。

従来アメリカでは、非嫡出子は父親からの相続権を否定する州が圧倒的に多かった。しかし1969年に統一州法全国協議会が、各州のモデル相続法典として作製された統一検認法が、父性の確定された子の相続法上の地位を嫡出子と等しくするという提案を行ったことと、イギリスが1970年に非嫡出子の父に対する相続権を認めたことから、60年代末期から、父親からの相続権を認める州は次第に増加してきた。しかし、ネットでも公開されている1994年の大村芳昭の資料[iii]では、嫡出子と非嫡出子の区別を排除した州は18州にとどまっている(なお1966年に3州、1971年は8州だった)。[iv]

統一検認法というのはひとつのモデル立法例にすぎず、家族法の改正を州に強要するものではない。各州は非嫡出子について母からの相続権を認めているが、父からの相続権を制限している州も残っていると記されている。差別撤廃州は23年間で10州増えているが、なお少数派なのだ。

なお、1977年の連邦最高裁トリンプル判決は、相続の規制は州議会の専権事項で、最高裁判事が決定することではないとした1971年の先例を変更して、非嫡出子について母方からの無遺言相続を認めるが、父からの無遺言相続を認めないイリノイ州法を5対4の僅差で違憲としている。しかし、我が国の民法は非嫡出子について父親からも相応の相続権を認めているのであって、トリンプル判決はいっさい父親から無遺言相続を認めない当該州法について違憲とした判例であり、この判例の論理がそのまま我が国にあてはまるものではないことはいうまでもない。しかも僅差の判決である。 

 したがって、19年前に、18州にすぎなかった差別撤廃州が50州すべてに拡大したとはとても思えないからである。

 1州でも父親からの相続権を制限している州を発見すれば、最高裁が「我国以外で嫡出子と嫡出でない子をとの相続分に差異を設けている国は、欧米諸国にはなく」と言いきったことは真っ赤なウソとなる。最高裁が国民をだますような手口を使っているなら大問題であり、論理の破たんは目に見えている。

 というのは、世俗化がすすんだ欧州と比較するとアメリカ社会は保守的であるからだ。

水野紀子東北大教授は、「西欧法における非嫡出子は、キリスト教文明における価値観からも、社会階層的な実態においても、歴史的に非常な劣悪な地位にあった。‥‥日本法においては、家制度の要請から非嫡出子の法的地位は伝統的に西欧法と比べるとはるかに高いものであった」(「比較婚外子法」『講座・現代家族法3巻』127頁)と述べている。

 モノガミーの大原則から重婚に非常に厳しいキリスト教文化圏と比較すると日本は法文化的にも実態としても重婚容認的で、妾や庶子の法的地位も高くそれなりに保護してきたし、差別する文化は弱いということであるが、ローマ法圏であれ、コモンロー圏であれ非嫡出子には厳しかった。

 

 とくに英国コモンローである。アメリカの各州が継受したコモンローは非嫡出子を誰の子どもでもなく教区の子どもとして扱った。すなわち非嫡出子は実の父母との親子関係を一切拒絶された存在として扱われ、父母のいずれの氏を称することも拒否され、何人からも相続することを否定されていた。父母のいずれも、扶養、保護、監督の義務権利を有さないとされていたのである。

 しかし、次第に厳格なコモンローを和らげて、制定法によりコモンロー原則を緩和してきた。それは母子関係の承認(母の氏、母による扶養、母からの相続)や養子縁組等による嫡出子化であった。[v]イギリスでは1926年にやっと母親に嫡出の卑属がない限り非嫡出子の相続を認めるようになったのである。[vi]国教会のないアメリカの各州においては、教区で非嫡出子を育てることはできないから、母親による扶養と相続の必要性はあったと考えられる。よって、1966年には母親からの相続権(嫡出の卑属のない場合という条件のある場合を含めて)すべての州法が認めている。しかしアメリカの法文化は非嫡出子に父子関係を認めることに強い抵抗があったのである。(続く)

 

 


[i] 君塚正臣「非嫡出子の憲法学-非嫡出子の審査基準論を中心に-」『阪大法学』 172173(), p607-628, 1994-11

[ii] 野山宏「民法9004号ただし書前段と憲法141(最高裁決定平成7.7.5)」最判解民事篇平成七年633頁『法曹時報 49(11), 3035-3093, 1997-11

[iii] 大村芳昭「<資料>諸外国における婚外子の家族法上の地位について」『中央学院大学法学論叢』 8(2), 167-183, 1995

 

[iv] 泉久雄「非嫡出子の相続権に関する一つの覚え書」『家庭裁判月報』 29(6), p1-23, 1977

[v] 釜田泰介「Lalli v.Lalli,439 U.S.259,99 S.Ct.518(1978)--非嫡出子が無遺言相続により,父親から相続する場合には,父子関係の存在を証明する特定の証明書の提出を求めるが,嫡出子に対してはこれを求めていないニューヨーク州法は第14修正の法の平等保護を侵害するものではないとされた事例」『アメリカ法』1981-1

[vi] 泉久雄 前掲論文

2013/09/09

オリンピック招致勝因分析記事を読んだ感想

  東スポの渡辺学の署名記事が一番わかりやすかった。「オールジャパン体制のキーマンは森元首相」
 前回の2016年招致は東京都と一部のスポーツ界だけでやっていた感じだったが、今回は森元首相が評議会議長として、全体のプロデューサー的存在となり、外務省や文部科学省の人材が必要だとして、小倉和夫元駐仏大使を評議会事務総長、樋口修資元スポーツ・青少年局長を東京招致委員会事務局長に招いたことで国を挙げての招致に取り組むことができたのだという。
 日刊ゲンダイの「笑いが止まらない森喜朗元首相-招致の言い出しっぺ」は、老朽化した代々木周辺のスポーツ施設の改修も予算化できシナリオ通りの展開ということだが、皮肉っぽく書かれているが森元首相の手腕によるところが大きいと読める。ザハ・ハディドの斬新なデザインの新国立競技場は他都市のスタジアムより印象が強く残り、勝因の一つだったと思う。

2013/09/08

非嫡出子相続分規定違憲決定は悪しき「裁判官立法」として非難されるべきものなので、法改正は最小限にとどめ、もうこれ以上の家族法の変更を欲しない旨の政府・与党への要望の下書きその四

 
 
2.「家族形態の多様化」「国民の意識の変化」は裁判官の主観的判断か願望にすぎない。事実は逆であって日本の法律婚制度は国民に定着し、外国と比較して成功例として評価されるべきものであるから判例変更の理由にならない

 先例が「民法が法律婚主義を採用している以上,法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが,他方,非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものである」として合理的な根拠を認めていたのにそれを覆して法律を叩き潰すからには相当な理由がなければならないが、大法廷決定はその一つとして「家族形態の多様化」「国民の意識の変化」を挙げている。
 具体的に大法廷決定は、「戦後の経済の急速な発展の中で,職業生活を支える最小単位として,夫婦と一定年齢までの子どもを中心とする形態の家族が増加するとともに,高齢化の進展に伴って生存配偶者の生活の保障の必要性が高まり,子孫の生活手段としての意義が大きかった相続財産の持つ意味にも大きな変化が生じた。‥‥さらに,昭和50年代前半頃までは減少傾向にあった嫡出でない子の出生数は,その後現在に至るまで増加傾向が続いているほか,平成期に入った後においては,いわゆる晩婚化,非婚化,少子化が進み,これに伴って中高年の未婚の子どもがその親と同居する世帯や単独世帯が増加しているとともに,離婚件数,特に未成年の子を持つ夫婦の離婚件数及び再婚件数も増加するなどしている。これらのことから,婚姻,家族の形態が著しく多様化しており,これに伴い,婚姻,家族の在り方に対する国民の意識の多様化が大きく進んでいることが指摘されている」というのだが、上述のことが、法律婚主義を採用し、嫡妻・嫡出子に相続分を優遇していることを不都合とする根拠とするのは飛躍している。しかも昭和23年の嫡出でない子どもの割合は2.2%にすぎないのである。1%だったのが2%になったのは大きな変化だという見方もあるが、事実婚がの割合について、9月5日の産経新聞掲載の統計によれば、フランス56%、ノルウェー55%、英国47%、米国41%、ドイツ34%である。これらの欧米諸国からすれば、うらやましいほど法律婚制度が成功しているのが我が国だといえるのである。
 
 私は最高裁の認識とは反対に我が国において「家族形態の多様化」「国民の意識の変化」は進んでいないと思う。我が国の法律婚制度は、婚姻の成立は届出により容易であり、挙式も要求されないし、政府がライセンスを発行することもない。性病などの診断も必要でないし、待婚期間とか煩わしさがないだけでなく、離婚も協議離婚によって容易であり、婚姻に関して押しつけがましい政府の干渉のない制度である。比較法的にみて煩わしさのある欧米の法律婚とは違うのである。したがって我が国のリベラルな法律婚制度が民間の婚姻慣行にマッチしていたからこそ、法律婚制度が定着したのである。
 明治大正であれば法律婚をとらない内縁関係は結構多かった。とくに民法制定前の明治前半期は都市部の下層の国民の離婚件数は非常に多かった。昭和30年代くらいまでは「足入れ婚(試験婚)の悲劇」といわれるような、嫁が家風に馴染むかをみきわめてすら入籍させる経過的内縁関係が広く見られた。しかし今日ではそういう古風な慣行がなくなった分、国民の意識は結婚=法律婚(入籍)であるという観念が完全に定着したのである。法律婚定着とは現代的現象なのだ。
 内閣府世論調査でも昭和24年に非嫡出子相続分格差を変えないほうがよい35.6%、格差をなくしたほうがよい25.8%で、消極的支持も含めて、多数の国民が民法900条4号をよくないとは思っていない。
  
 今回の大法廷決定について嫡出子側が「私たちにとって納得できるものではなく、非常に残念で受け入れ難い」とのコメントを出したことが報道されているが、今回の判断を「日本の家族形態や社会状況を理解せず、国民の意識とかけ離れたもの」と批判、「違憲判断には絶望した」と締めくくっているが全くそのとおりだと思う。
 「家族形態の多様化」「国民の意識の変化」は民法を改正したい日弁連や戸籍を廃止して家族を解体しようとする市民団体側の願望にすぎない。

非嫡出子相続分規定違憲決定は悪しき「裁判官立法」として非難されるべきものなので、法改正は最小限にとどめ、もうこれ以上の家族法の変更を欲しない旨の政府・与党への要望の下書きその三

 
 今日のグッドニュースはオーストラリアの労働党から自由党保守連合への政権交代ですな。私は豪州自由党の反労働組合政策を 使用者と労働者が個別的協定 (individual agreements) (オーストラリア職場協定 (Australian. Workplace Agreement, AWA)) 高く評価するため。ようやく調子が出てきた。飯を食ってからまた書きます。

 
  
 決定理由の批判

 
 1、法の下の平等について緩やかな合理性審査という判断基準(原則合憲性を推定)を踏襲しているのに強引に違憲判断に持ち込んでいる。


 
 決定は、憲法14条1項の適合性の判断基準について、昭和39年5月27日大法廷判決等の判断基準を変更していない。法の下の平等とは、事柄の性質に応じて合理的な根拠に基づくもので限り、法的な差別取扱いを禁止するというものである。合理的な根拠が認められれば、立法府の判断を尊重し合憲とする緩やかな合理性審査である。
 「相続制度は,家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって,その国における婚姻ないし親子関係に対する規律,国民の意識等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で,相続制度をどのように定めるかは,立法府の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。・・・・立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても,そのような区別をすることに合理的な根拠が認められない場合には,当該区別は,憲法14条1項に違反するものと解するのが相当である。」と述べているが、判断基準を変えていない。かつて、合憲判決の反対意見では厳格な合理性審査という中間審査基準を導入し非嫡出子差別を違憲とすべきというものであるが、中間審査基準をとるとは言っていないのである。ここまでを読む限り違憲という結論に結びつかない。
 緩やかな司法審査基準では、よほどのことがないかぎり合憲とされるべきものだからである。合理的根拠は法律婚制度の保護という大義があるのでそれだけで十分である。法律婚制度がよく定着していることにより、我が国は外国のようにシングルマザー等の問題が深刻でない。このことは社会に安定性をもたらしている。家族が道徳や社会規範、生活様式、マナー、文化、あるいは家業の継承において技術・技能を次世代に伝える基本的な単位であり、法律婚制度を保護することは、政府にとって重要な利益である。もうそれだけで十分な根拠であり。加えてこの決定でも言及している「家督相続は廃止されたものの,相続財産は嫡出の子孫に承継させたいとする気風」という大多数の国民の家族観もを合理的根拠に加えてもよい。
 ところが、大法廷決定は合理的根拠は失われたというである。スターリン時代のソ連のように事実婚社会に移行することを国是とする。あるいは未開社会の対偶婚社会、ナヤール族のような一妻多夫婚(集団乱婚)社会に移行し、夫や父の確認できない社会に移行したととするならば、婚姻家族、法律婚制度を保護する意味は全くなくなる。しかし、日本はそのような劇的な変化には至っていない。むしろ、事実認識としては明治大正時代は内縁関係が少なくなく、昭和30年代ころまでは足入れ婚の悲劇といわれたように、嫁が家風になじむかみきわめた上で入籍させるという経過的内縁関係が少なくなかったことを考えると、今日では芸能マスコミですら入籍をもってはじめて結婚と報道し、結婚=入籍(法律婚)当然という観念が、国民によく浸透しており、このことは嫡出でない子どもの割合が2・2%(平成23年)にすぎないという。外国とくに独仏スウェーデンのような事実婚が拡大した国々とは著しく状況が異なり法律婚制度はよく定着しているという認識が妥当であろう。
 にもかかわらず、大法廷決定は強引に法律婚の保護というこれまでの判例が合理的根拠としたものが失われたとするのである。 
 大法廷決定は「・・昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向,我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化,諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば,家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして,法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったいう,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。以上を総合すれば,遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべき」と言う。
 
 合理的根拠を失った理由として、大法廷決定は明らかに裁判官の主観的判断と思える「家族形態の多様化」「国民の意識の変化」に加えて、「諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等」を挙げている。憲法判断を変更し、法律を叩き潰す根拠としては大雑把に思える。なにか空気を読んだら合理的根拠を失ったというべきだみたいな、説得力のない物言いだ。これらについて逐一検討してみよう(つづく)
 
 
 

非嫡出子相続分規定違憲決定は悪しき「裁判官立法」として非難されるべきものなので、法改正は最小限にとどめ、もうこれ以上の家族法の変更を欲しない旨の政府・与党への要望の下書きその二

 
 非嫡出子を「疑わしい区分」(原則違憲となる区分)とみなすことはありえないというのが私の考えである。サーグッド・マーシャルが言うようにアメリカ人は目の色の青い人と茶色の人の違いをほとんど意識しないで生活している。肌の色は意識せざるをえないとしても目の色同様ほとんど意識しないで生活できる社会はありうるだろう。法は体色を区別しないというのは理想論でなく、ほぼ現実のものとなりそれ自体を否定しない。
 しかし婚姻制度がある限り、嫡出子と庶子は区別されなければならない。嫡出子と庶子の区別のない社会というのはもはや文明規範の否定された野蛮な対偶婚社会への後退である。従って「疑わしい区分」たりえないのである。
 
 
 文明史的にみて、嫡出子と庶子の区分は重要であり、聖職者と世俗権力が衝突するような深刻な事態にもなった。西欧では11世紀頃までに婚姻は教会の霊的裁治権とされ教会裁判所の管轄権となった。しかし、相続に関しては世俗権力と抗争になった12世紀の古典カノン法は、むろん嫡出子と庶子を区別するが、ローマ法を継受し結婚以前に生まれた子どもも嫡出子として扱った(嫡出子の准正)。イギリスは、13世紀にジョン王がイングランド・アイルランドの領土を教皇に献上したため、教皇と国王の共同統治国家(国王は受封料を教皇に支払ってイギリスを統治していた)であったが、インノケンティウス4世の時代、国王・諸侯は「われわれはイングランド法の変更を欲せず」という断固たる意思を示し、教会法の嫡出子の准正を受け容れず、大司教ら聖職者と厳しく対立した(直江眞人一「我々はイングランド法を変更することを欲せず」(Nolumus legs Anglie mutare)法学 54(3),) 。古典カノン法は合意主義婚姻理論なので、婚姻の成立要件に挙式は不要である(カトリックが挙式を要件としたのは16世紀中葉のトレント公会議以降)。教会の前の挙式を要求したのはむしろ世俗裁判所であって、寡婦産の確定のために必要だった。バロンの婚姻戦略において、誰が相続人となるかは重大な問題なのである。このために教会法の嫡出子の准正を嫌った。結局、イギリスでは婚姻の成否や別居問題などと、遺言による動産処分の範疇が教会裁判所の管轄となり、その他土地の相続は世俗裁判所の管轄権であるから、教会法の嫡出子の准正は実効性のない法となった。イギリスは大陸よりもむしろ教会法に忠実な地域なのであり遺言を管轄権とするなど教会裁判所の権威は高かったが、それでも嫡出子の准正で世俗権力に勝ることはできなかったのである。リンカーン司教ロバート・グロステストという超大物が論陣を張ったが、国王・諸侯を説得できなかった。それほど「嫡出子」の画定は妥協できない事柄だった。
 
 そういう文明史の脈絡からして、非嫡出子について妥協する必要はない。
 非嫡出子は疑わしい区分ではない以上、違憲をただちに推定されるものではない。立法目的が時代状況にあわなくなったという裁判官の主観的判断で違憲とされるようなものではないのである。
 
 今回の決定では違憲判断の根拠の一つとして国連の児童の権利委員会の勧告などに言及されているが、そもそもこういう条約は、社会改革を促す目的があるにせよ、締約国の主権に干渉するものではない。いかなる差別も受けないという条文の解釈権は締約国にあるはずであるにもかかわらず、憲法判断の根拠(法源)として挙げるのは適切ではない。民法改正に慎重だった国会よりもそちらの委員会の勝手に出した意見表明を尊重するというのは議会制民主主義の政治過程を歪めるものだ。児童の権利委員会がなんぼのもんじゃいと言いたい。NPOや市民団体が、国連の委員会にたきつけて、勧告を出させる。国会議員を素通りした形の司法救済により社会変革を図るという裁判官立法の悪しき前例となったと思う。。
 最高裁判事は国家の命運を背負うような重い仕事だと思う。社会的威信、名誉においても顕職である。それなら「我々は日本法を変更することを欲せず」と断固表明するくらいのことは言ってみろ。そういう裁判官が14人のうち1人もいないというのは情けない・

 仮に私が非嫡出子であったとしても、民法900条4号に不満を持つことなど絶対あり得ないのである。なぜならば、私は都立園芸高校で「シベリアの鬼」と綽名される造園科の教師から「知足安分」の道徳を教えられているからだ。公教育でそのように教えられた。分際をわきまえて謙虚であるべきというものである。婚姻家族の保護に重要な公益と価値がある以上、制度には従うへきだし、エゴは慎むべきと考えるからであり。もし私が裁判官なら、そのように諭し、長文の反対意見を記して抵抗することになっただろう。(つづく)
 

非嫡出子相続分規定違憲決定は悪しき「裁判官立法」として非難されるべきものなので、法改正は最小限にとどめ、もうこれ以上の家族法の変更を欲しない旨の政府・与党への要望の下書きその一

(要旨)

9月4日の最高裁民法900条4号非嫡出子相続分規定違憲決定は、司法部が勝手に伝統的家族観を否定し社会変革を促すための悪しき「裁判官立法」であり、決定理由においても本来憲法判断の法源としては適切でない、児童の権利委員会の勧告などを引用するやりかたは強い疑問を持つ。しかし全員一致の決定のため判例変更が困難なこと、司法部に立ち向かうほどのエネルギーは国会議員にはないとみられることから、法改正も無念だがやむをえないかもしれない。しかし、それは最小限にとどめるべきこと。もうこれ以上の家族法の変更を欲しない。特に、かねてから日弁連などが主張している民法733条1項再婚禁止規定の短縮もしくは廃止等の改正、や民法731条女子法定婚姻適齢の引上など、この機に乗じて法改正しようとする動きは絶対に阻止してもらいたい。

 基本的な問題点
 

 我国において嫡出でない子どもの割合は平成23年においても2・2%に過ぎない。法律婚制度がよく機能し、定着しているあかしである。それゆえに外国のようにシングルマザー等の問題が深刻でないことは社会に安定性をもたらしている。家族が道徳や社会規範、生活様式、マナー、文化を次世代に伝える基本的な単位であり、とりわけ我が国において倫理や規範を教育する教会や宗教の影響力がとぼしいことから、安定した家族制度の重要性はいうまでもない。
 したがって法律婚制度を保護することは、政府にとって重要な利益である。にもかかわらず最高裁は嫡出子の利益を損ねることにより(間接的には嫡妻の利益を損ねる)法律婚制度の保護という重要な価値をおとしめた、今回の最高裁決定は、我が国の安定した社会秩序、国柄としての統一性、社会の凝集力の根幹的価値を否定したものとして非難されなければならない。
 加えていうならば、明治民法の家制度は戦後廃止されたといっても、庶民の家族慣行として続いている民族学的な意味での日本的家制度は、今日においても家職・家業の継承、実子に当主が継承されない場合の婿養子や非血縁養子による家の継承、祖先祭祀などの慣習が、自営業はもちろんのこと、そうでない国民でも「家制度」に由来する生活様式になじんでいる。
 限嗣単独相続が否定され均分相続となったといっても、家業・家職を継承している家にとっては家産の継承において、非嫡出子への流出は避けたいところである。
 それは我が国固有の社会構造ともいえるのだ。なぜならば中国宗族、韓国の門中といった血縁の同族集団は、日本的家制度のような家業・家職を継承するシステムではない。日本的家制度の由来はたぶん院政期より鎌倉初期、実務官職を世襲で請負う、官務家、局務家等の成立において、事実上非血縁養子によるの継承が行われたことや、武家においては女子を介しての祖父-孫による家産の継承が行われたことにはじまり千年近い歴史的意義をもつものだろう。室町時代に公家が限嗣単独相続となり、その家職を継承する生活様式が、次第に他の階層に広がり、近世中期には直系家族による小農経営の農村の生活が豊かになることにより、庶民においても今日まで続くような節句、法事その他の家族行事がなされるような家族慣行となったと考えられるが、世界的にも類例のない意義をもつものであり、「家」は家職・生業の経営・技能・文化資本の継承の単位ともなっている。そのような意味で、家族制度が我が国の伝統と固有の生活様式、文化を支えている重要な価値であることはいうまでもない。
 日弁連女性委員会とそのいいなりになっている法曹界はそのような伝統的家族観、とりわけ嫁が舅姑に仕えるといった「家制度」に由来する家族慣行を敵視しているのだろうが、一般のまともな国民の大多数はこのような「日本的家制度」が、われわれのライフスタイルにおける基本的価値と認識しているというのが客観的な見方だろう。
 嫡出子・嫡妻が重んじられてこそ家産と文化資本が継承されるのである。非嫡出子の相続分格差をなくすことについては、被相続人とその配偶者が居住していた不動産について、配偶者(寡婦)の居住の保護をどうするか。非嫡出子の死後認知による相続人の不利益といった問題点が指摘されていた。今回の決定によってむしろ紛争は増加するとの専門家の見解がある。主な遺産が家屋だけのような場合、嫡妻(寡婦)が家を失うケースが増えるだろう。我が国の家族慣行、倫理観や生活様式を混乱させる要因になる。醇風美俗に反する非情な司法判断のように思える。ネットで今回の最高裁決定が、正妻にけんかを売っているようなものとか、安倍総理の「美しい国」路線に反するものだとの意見があったがまさにそのとおりである。
 
 大義は、婚姻制度(法律婚)保護、防衛にある。ノイジーマイノリティや戸籍制度を廃止し家族制度解体の道を開こうとする支援団体の意向にしたがうことではないはずだ。また、国連の自由権規約委員会や児童の権利委員会の勧告に従うことにあるのではないはずだ。最高裁は著しく左翼思想に偏った日弁連の価値観を国民に押しつけようとするのか。(最高裁の決定理由は筋のとおらないものばかりで説得力に欠くものであることは後段で述べる)
 婚姻制度(法律婚)保護という大義を捨て去った点で大罪に値する。婚姻制度という文明の価値よりも文明的価値を解体することが司法部の役割だとした。それが今回の最高裁決定の私の評価である。
 
 
 
 一方、今回の決定を歓迎する識者に、少数者の人権を司法により救済した意義を強調し、これが司法積極主義の先駆的ケースになるだろうと評価する、この観点も疑問なのである。いったい何が平等なのかというのは、司法審査の判断基準を操作することによって合憲にも違憲になりうる要するにテクニックの問題なのだ。テクニックによっていかようにもなる。
 人種、性別、外国人、非嫡出子、年齢、精神的障害者、貧困などが問題とされるアメリカでは、平等保護条項の司法審査はだいたい三通りある。
 
 緩やかな合理性審査 その区分が正当な合理的目的に合理的に関連していればよいという、議会の判断を尊重し合憲性を推定するもの。
  
 中間的審査 重要な政府目的に実質的に関連していることを要求するもので、事案によって違憲となるというもの。
 
 厳格司法審査 違憲を推定する。やむにやまれぬ高度な政府利益が立証されなければ違憲。 
 
 アメリカでは「疑わしい区分」とされるものが、厳格司法審査である。典型的には「人種」である。人種差別をなくすのが修正14条の目的だから当然であるが、法は体色によって人を区別しない。法は色盲であるという思想である。
 しかし非嫡出子は、「疑わしい区分」とはされたことはない。少なくとも緩やかな合理性審査以上の審査が行われ、現在の所中間的基準が適用されているが判例は激しく揺れている(松田茂記『アメリカ憲法入門』第7版2012』。事案によって合憲になったり違憲になったりする範疇である。
 ところが、今回の最高裁決定はほとんど非嫡出子を「疑わしい区分」とみなしたも同様の結論となってる。比較法的にも違和感を強くもつものである。(つづく)
 

2013/09/05

田母神閣下が最高裁違憲決定を非難

 マスコミは今回の違憲判断を歓迎しつつも、問題点を一応指摘している。朝日新聞は水野紀子東北大教授のコメントとして「当事者間での話し合いで遺産分割を済ませたケースでは‥‥本当に『解決』したのかどうかあいまいな場合が多い、次々と争いが起きるのではないか」と予測されているとのこと。実は紛争を増やすことになりかねないという指摘である。産経は「現行規定でも、財産が家屋だけの場合、残された配偶者〔嫡妻〕が遺産分割で住まいを失うといった事態は生じ得る。改正にあたっては配偶者の居住権保護を含めた議論が求められている」という。しかし、今回の違憲決定というのは、嫡妻(寡婦)が家を失ってもどうでもいい。嫡妻(寡婦)の居住権、家の存続より非嫡出子の権利が大事みたいな趣旨だから、いまさら正妻の居住権といっても遅すぎるのではないか。
ネットでは、「まるで日本全国の本妻にけんかを売っているようだ」という意見も出ている。もっともだ。「婚外子差別は違憲」にネトウヨが猛反発http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-183097/1.htmという記事をみましたが 
 田母神俊雄元航空幕僚長はツイッターで「これも日本ぶち壊しの1つだと思います。意見が割れる問題についてはこれまでの伝統や文化に敬意を払うことが保守主義だと思います。ここにも日本が悪い国だ、遅れた国だという自虐史観が見て取れます」そのとおりだと思う。

民法900条4号但書は放置し棚ざらしでよいと思う(非嫡出子(婚外子)相続差別違憲問題)

 新聞の論調は、違憲決定歓迎、すみやかに法改正すべきとかばかなことを言ってますが、立法府は、国会議員をさしおいて、世論が法改正に消極的にもかかわらず、司法部が勝手に自らの好みに基づき社会変革を促す立法行為を行なったことに怒るのが筋だし、こんな筋の悪い最高裁の決定のいいなりになる必要はないと思う。きのう報道ステーションの解説者が自民党の憲法改正草案「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される」を批判してましたが、家族尊重というなら嫡妻、嫡出子が重んじられるべきなのであり、特に、家業や家職を継承する日本的家制度を破壊しかねないような法改正をやる必要はない。裁判官の独善的な判断より「美しい国」家族を尊重するというから票を入れた選挙民の声もよくきくべきだろう。
 法改正しなくても実際の紛争では今回の決定にもとづいて裁判がなされるのだから、実効性のない法になるだけのことでそれでいいんじゃないか。立法府は抵抗してもよいと思う。
 
 毎日新聞に書いてありましたが、石田和外コートの昭和48年尊属殺規定違憲判決は判決から22年後なやっと法改正されたということである。
 読売新聞の決定の要旨というものを読んだが、判決理由は粗っぽく説得力はない。「社会の動向、家族形態の多様化や国民の意識の変化、諸外国の立法の流れや裁判での度重なる問題の指摘」等を総合すると違憲とするほかないというのだが、空気を読むと違憲だろうとみたいな大雑把な判断をしている。日弁連とか法曹界の人の家族観はフェミニストが跋扈している特殊な世界だからかなり変化しているでしょうよ。しかし、一般の国民は法律婚制度を尊重し。日本的家制度を基本とした家族観に大きな変化はないのであって、裁判官の主観的な判断にもとづいているように思う。
 国連の関連する委員会が繰り返し法改正の勧告をしているというが、わが国の憲法判断の法源としては適切ではない。アメリカでは外国の立法例や欧州人権裁判所の判例などを引用して憲法判断を行なうことについて厳しい批判があるがそれと同じことだ。
 諸外国の状況についても疑問をもつ。アメリカの平等保護条項の司法審査は、合理的目的に合理的に関連していればよいという緩やかな合理性審査、重要な目的につかえ、実質的に関連していなければならないという中間審査、原則的に違憲でやむにやまれぬ高度な政府利益がなければ区分できないという厳格司法審査があり、疑わしい区分というのがそれであって、典型的なのは人種による区分である。
 しかしアメリカでは非嫡出子は、疑わしい区分とはされておらず、少なくとも緩やかな合理性審査以上、今のところ中間的基準が適用されているが判例は揺れており審査の基準は確立されてないと松井茂紀の『アメリカ憲法入門』7版2012年にある。
 絶対区別は許さないという疑わしい区分ではない以上、非嫡出子が差別されることもありうるのではないか。
 ところが、今回の決定は、父母が婚姻関係にある人となかった人の区分が実質疑わしい区分とするようなものだから、すくなくともアメリカのとはかなり違う印象をもつ。
 私には時間的余裕がないが、精査すれば判決理由にはかなり問題が出てくると思う。

2013/09/04

ざけんな竹崎博允最高裁-民法900条4号但書・非嫡出子(婚外子)相続分規定違憲の決定は最悪の「裁判官立法」だと思う

 民法900条4号ただし書の非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の二分の一とする規定を違憲とする最高裁決定に憤慨している。http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20130904-00000213-fnn-soci(本心をいうと私は壮年の国民の一人として、15年以上前から最高裁が違憲判断の可能性が指摘されながら、これを阻止するために目立った活動も行なわず、無力であったことを悔やむし、婚姻制度という社会構造の根幹にかかわる重要な問題でありながら、このような事態にいたってしまったことをみすみす見過ごしてきたことについて、申し訳ない。ご先祖さまに懺悔したい気持ちでいっぱいだ。)
 婚姻家族保護の観点、被相続人とその配偶者が居住していた不動産について、配偶者(寡婦)の居住の保護をどうするか。非嫡出子の死後認知による相続人の不利益といった問題点が多いにもかかわらず、選挙で選ばれてもいない裁判官が独善的に社会変革を促す立法行為ともいえる本日の決定は甚だ疑問である。
 
 しかも全員一致で反対意見が一人もいないという。法律婚制度を敵視する裁判官ばっかりなのか。婚姻制度を守る。日本的家制度を守るといった思想のある人が一人もいなかったということか。僅差であれは裁判官の構成を換えて、判例変更ということもありうるが、予測されていたとはいえショックだ。竹﨑博允長官は麻生首相の指名ということだが、なんでこんなのを指名したんだよ。
 竹崎博允はウォーレンコートの全員一致判決ブラウン判決を気取っているのかい。アメリカで人種差別は社会を引き裂くような深刻さがあったから、それも良しとしてもよいだろう。しかし、非嫡出子相続分を改正しなければ社会が引き裂かれるというような問題ではない。何が平等かというのは、司法審査基準をどうするかテクニックの問題でいかようにも理屈はつくのであり、今回の決定が正義とは全く思わない。。
 谷垣法務大臣や菅官房長官は竹崎のいいなりになって早速法改正を進めますと記者会見しているが、軽すぎる。そもそもこの問題は1996年法制審議会答申により、選択的夫婦別姓、再婚禁止期間の短縮、女子法定婚姻年齢の引き上げという、日弁連女性委員会、フェミニスト、婦人団体がかねてから主張していた法改正案に、まぎれるかたちにいわばオマケのように提案されていたのであった。
 私は、女子の婚姻年齢を16歳から18歳に引き上げることによって当時年間三千件のカップルが法律婚できない不利益(16・17歳女子の結婚)がある問題について、これを進めようとするフェミニスト弁護士が、批判をかわすために、仮に子供ができて結婚できなくも非嫡出子相続分格差も同時になくすので、問題はなくなると主張していたので、民法900条4号但書の改正は、女子婚姻年齢改正のための手段として付け足されたものではないかと思っているが、フェミニストの一方的な主張に依存している1996年法制審議会答申は、評判が悪いのは当然で、国民の一般の意識とはかなりずれがある、まともな国会議員が法改正に慎重になるのは当然のことであり、これを止めていたのは、国会議員の良識にもとづくものとして高く評価されるべきものなのである。
 実際、高市早苗自民党政調会長は、自身のホームページで「‥‥個人商店で、夫婦と息子の3人が力を合わせて働き、やっと店構えを大きくしたものの、不幸にして夫が急死した場合を考えてみましょう。一家の主たる財産の形成に全く寄与していない婚外子が実子と同一の相続権を持ったとしたら、生業の継続が困難になるケースも想定できる上、財産形成に貢献した正妻や実子の心情を考えると複雑なものがあります。法務省の官僚が自民党の法務部会で配布した法改正の必要性を説明する資料には、『平成8年当時に婚外子の相続分に差異を設けていたフランスとドイツは、法改正によって差異を解消した』旨が紹介されていました。 国立国会図書館の社会労働調査室が作成した資料によると、平成20年時点の婚外子の割合は、日本が2・11%であるのに対して、フランスは52・56%、ドイツは32・07%です。婚外子が圧倒的に多い国を理想として同様の法改正をしようとする着想自体が、私には理解できません。」https://www.sanae.gr.jp/column_details437.htmlと法改正に懐疑的な意見を述べていますが、こちらのほうが正論でしょう。
 国会議員が法改正に慎重だったのは相当な理由があるのであり、しかも婚姻制度という社会構造と秩序の根幹、国柄にもかかわる重要な問題である。
 こういう事柄は、国会議員が問題を処理すべき事柄であって、裁判官が日弁連女性委員会ら法曹界の身内のメンツをたてるために勝手に立法行為をやっていいものではないはずである。
 法務省はこれと絡めて、法定婚姻年齢まで改正しちゃったら、さらに大変な問題になる。「非嫡出子(婚外子)相続分民法900条4号ただし書違憲判決後に恐れる事態」参照http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-210d.html日弁連などは勢いを得て、その次は夫婦別姓、その次は戸籍制度廃止をたくらむにちがいない。

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