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2013/09/29

9・4最高裁大法廷非嫡出子(婚外子)相続分規定(民法900条4号但書)違憲決定はきわめて悪質だといえる理由その二

アメリカ判例は非嫡出子差別事案(無遺言相続・福祉受給権等)は具体的事情によって合憲違憲を揺れ動き判断は分かれている

(承前)

私は9・4最高裁大法廷決定はきわめて悪質だと思う。その理由の第一が虚偽を述べていること。つまり国民をだましていること。マスコミはたいした問題でもないのに赤福餅の賞味期限や船場吉兆みたいに弱い民間人に対しては面白がって叩くが、司法部のだます手口には沈黙するのは不公平だ。チェックアンドバランスというのだから、司法部の勇み足については物言いがあって当然なのである。

 

大法廷決定は、「現在、我が国以外で嫡出子と嫡出子でない子の相続分で差異を設けている国は欧米諸国にはなく、世界的にも限られた状況にある。」と言い切っているが事実ではない。この文章を読むと、欧米のすべての国において相続での嫡出子との差異がなく、婚姻と親子関係が一体化しない政策をとっているかのように思わせるが、そうでは全くないのである。前回述べたように、アメリカ合衆国では、アメリカ法律協会・ アメリカ法曹協会によって組織される統一州法に関する全国委員会が、1973年に嫡出子であれ非嫡出子であれ父母との法的関係において完全に平等とする統一親子関係法を採択したが、このモデル立法をそのまま採択した州は18州にとどまっており、多くの州では差別が残っているという事実である。

 前掲の西村真理子が重要なことを言っている。「アメリカ判例が非嫡出子(婚外子)の父親からの無遺言相続を限定的にしか認めない現状、学説が非嫡出子(婚外子)の全面的受容を認めていないことかすると、婚姻を中心にすえた家族に対する保護もいまだ根強いように思われる。」[i]とするならば我が国の民法が世界の潮流の中で孤立しているという認識は誤りだといえるのである。

 

 民法900条4号但書は、1970年代まで違憲であるという論者はほとんどなかった。、通説は合憲だった[ii]。 違憲説に批判的な野山宏[iii]の分析によると80年代以降の違憲説の展開をおおまかに2つに分けて説明している第一が米沢広一からはじまった憲法適合判断基準に厳格な合理性基準(中間基準)を適用すべきであるというもので、それによれば婚姻外の男女関係の抑制・法律婚の尊重が本件規定の立法目的である。それが重要な立法目的であることは認めるが、その達成手段である非嫡子の相続分を二分の一とすることと実質的な関連がないという理屈で違憲とすべきだというものであり、平成5年6月23日東京高裁決定の論旨がこの違憲説を採用したものである。

 もう一つは、憲法の幸福追求権はライフスタイルの自己決定権を有するとして、婚姻制度そのものを批判の対象とし、婚姻のみに利益を与え、他の関係に不利益を与えることは許されないという二宮周平のような論者で、法律婚制度の解体を意図する悪質なものなので、ここでは論外とする。

 問題は、米沢広一説なのである。野山宏の分析によれば違憲説の出発点であるとする。米沢が中間審査基準を適用すべしとする論理を焚き付け、違憲論者が広がっていった張本人とみなす。

米沢は1968年以降のアメリカ判例がかなりの事例において違憲判決を下し、厳格な合理性のテスト(中間基準)を適用しており、正式の家族関係を維持するために、非難のほこ先を非嫡出子に向け不利益扱いすることは憲法上許容されない。ただし、遺産相続や社会保障給付の正確化、効率化のために、非嫡出子に対して認知や扶養等によって父子関係の存在を要求することは憲法上許容されるという方向性をみいだしうると概括している[iv]

しかし、アメリカ判例を詳細に検討してみると、実は、非嫡出子差別事案(無遺言相続・福祉受給権等)は具体的事情によって合憲違憲を揺れ動き判断は分かれている[v]のであるのであって、統一的に原則はない[vi]。あるいは非嫡出子に関する最高裁の態度は、激しく動揺している[vii]と指摘されているし、前掲の西村真理子も判例は嫡出子と非嫡出子の多くの違いを縮小したにもかかわらず、すべての差別を廃止することに消極的であり、父親からの相続が事実上認められたが、それは限定的なものだと言っている。

また平成7年の最高裁合憲決定(民集49巻7号1789頁)の可部恒雄判事の補足意見が「いま本件において論ぜられているのは、しばしば引用されているアメリカの判例のような非嫡出子に被相続人の子としての権利それ自体を否定した立法の当否ではなく、婚外子をも被相続人の一に加えることを当然の前提とした上での、相続分割合の当否というものにほかならない」と述べ、安易にアメリカ判例を当てはめる考え方を批判している。具体的に検討してみよう。

 

1 英米法における非嫡子の法的地位

 

 

 

()イギリス法において婚姻遡及効(婚姻準正)を認めなかった長い歴史

 

 

 婚姻外に生まれた子を非嫡出子(illegitimate child)、あるいは私生子(bastard)という。子の嫡出性を決定する婚姻に関する事件は中世から近代に至るまで教会裁判所の管轄権であった。教会は婚姻をサクラメントの一つとして重要視した。婚姻は神聖なものであるから、当然嫡出子と非嫡出子の区別を厳格にしたのは当然のことだった。この管轄権が世俗裁判所に移されたのは比較的近年のことで1857年より離婚裁判所に移されたのである[viii]

 ただイングランドにおいて、教会裁判所は婚姻と遺言による動産処分を専属管轄権としていたが、土地の法定相続は世俗裁判所の管轄権であることが13世紀に画定されている。1236年マートン大評議会で、教会側の強い反対にもかかわらず、世俗貴族は一致して、教会法(古典カノン法)の婚姻遡及効(後の婚姻による準正-ローマ法を継受した)を拒否した。「我々はイングランド法を変更することを欲せず」(Nolumus leges Anglie mutare)にと決議したのである。このためイングランドでは、教会法上の準正子は、年長非嫡出子とよばれた正当な相続人とはみなされなかった。ただし直江眞一によれば、相続に関して教会裁判所の干渉を避けていたのはイギリスだけではなく大陸でも同じことであり、教会法の婚姻遡及効が実効性を有してなかったのはイギリスだけではないとする[ix]

 また教会裁判所は嫡出子決定の専属管轄権を有していたとはいえ、非嫡出子の取り扱いについては、聖職者の叙任など教会の専属する事項を除けば、その他のことはイングランド法(コモン・ロー)にゆだねられていた。

 ただし適法な婚姻でなくても嫡出子と認められることがあった。一つは中世においては教会法が禁止する婚姻障碍(近親婚など)の範囲が大きかったのである。このために不適法な婚姻であっても当事者の一方が両者の血縁関係を知らない場合は、その子供は推定される婚姻の理論により嫡出子とされた。もう一つは占有的婚姻というもので、いずれも教会法の理論にもとづいていたのであって、教会法の実効性は決して小さいものではない。

 なお、英国は1927年に13世紀のマートン法以来の伝統を破って制定法により婚姻準正を認めている

()コモン・ローのfilius Nullisfilius populi

 

コモン・ローは終始一貫して非嫡出子をfilius Nullis「誰の子どもでもない子」と簡明に述べた。またfilius populi 「人民の子」ともいわれる。つまり非嫡出子はコモンロー上、実の父母との親子関係を一切拒絶された存在として扱われたのである。このことから、非嫡出子は父母のいずれの姓をも称することを拒否され、何人からも財産を相続することを否定されていた。またこれは、父母のいずれも子供の扶養、保護、監督の権利義務を有すさないことを意味し、子供は父母に対しこれらを請求できないことを意味した。このように、父母とのあらゆる関係を認めないというのがコモン・ローである[x]。したがって非嫡出子は法律以前の親子間の情愛やキリスト教の慈善の問題として扱われ、救貧法の時代には貧民救済の一部と扱われた[xi]

母方との血族との関係を認めていたローマ法よりも一見冷厳に思えるが、柳田裕は、大陸やローマ法圏より英国のほうが非嫡出子に寛容であった側面も強調している。つまり、非嫡出子は相続権を有さないが、世俗法に関する限り他のいかなる自由人・適法人と等しく権利能力を有した。この点、13世紀のフランスやドイツの慣習のように全く権利非力が認められなかったのとは違う[xii]。なるほど、非嫡出子は聖職と名誉から排除され、そもそも生まれてきてはならない存在だった。しかし過酷な扱いを受けたかとうかは慎重な検討が必要である。

 

(3)州法によるコモン・ローの緩和(母子関係の承認)

 

アメリカ合衆国において婚姻や相続の立法権は州にある。各州はコモン・ローを継受したが、州法はコモンロー原則を緩和政策をとった。これは母子関係の承認(母の氏、母による扶養、母からの相続)と非嫡出子の嫡出子化(養子縁組、両親の結婚による)という形をとって行われてきたが父子関係については強い抵抗を示してきた[xiii]

泉久雄が1966年までの資料で分類したのが以下のとおりである[xiv]。大多数の州が母からの相続権を認めるが、父からの相続権を認める州は少ない。

嫡出子と同様の相続権を認める州 3州

アリゾナ、カンザス、オレゴン、プエルトリコ

母に対する相続権だけ認める州 20州

 アラバマ、アラスカ、コロラド、ジョージア、メリーランド、ミシガン、ミズーリ、ニュージャージー、オハイオ、ペンシルべニア、ロードアイランド、サウスカロライナ、テネシー、バーモント、バージニア、ウエストバージニア、ワイオミング、アラスカ、ハワイ、コロンビア特別区

母とその血族に対する相続権を認める州 8州

コネチカット、イリノイ、ケンタッキー、マサチューセッツ(母と母親尊属に対して)ミシシッピ、ニューハンプシャー、ノースカロライナ、テキサス

母と認知した父に対する相続権を認める州 19州

カリフォルニア(母の血族に対しても)デラウェア、フロリダ、アイダホ、インディアナ(父性について裁判上の確定を要する。母の血族および父の血族に対しても)アイオワ、ルイジアナ(母に嫡出卑属がいる場合、また父に嫡出の卑属、尊属、傍系親族、あるいは配偶者がある場合には、非嫡出子はアリモニーを請求できるに止まる)メイン(父母の血族に対しても)ミネソタ、モンタナ、ネブラスカ、ネバタ、ニューメキシコ、ニューヨーク、ノースダコタ、サウスダコタ(母親の血族に対しても)ユタ、ワシントン、ウィスコンシン

 

なお英国において、非嫡出子にはじめて一定の相続権を与えたのは1926準正法であり、母が無遺言で死亡した場合、母が嫡出卑属を残さなかったのであれば、相続権を与えた。1969年の家族法改正法は、無遺言で死亡する親の遺産について、非嫡出子に嫡出子と同じ相続権を与えており、イギリスにとっては中世以来の劇的な変革といえる。。1969年には西ドイツでも同様の改革がなされている。

 

イギリスや西ドイツの改革に刺激を受けたのか、アメリカ法律協会及びアメリカ法曹協会が組織する統一州法に関する全国委員会が相続権に関して非嫡出子を実質的に平等に扱う統一遺言検認法を1969年に採択し、1973年に嫡出子であれ非嫡出子であれ父母との法的関係において完全に平等とする統一親子関係法をと承認している。しかしこれは専門家が提案する法改正案モデルにすぎないのであって、もちろん州議会に法改正を強要するものではない。1973年オリジナルの統一親子関係法を採択したのは、アラスカ、アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、コネチカット、ハワイ、カンザス、ミシガン、ミネソタ、モンタナ、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースダコタ、ロードアイランド、サウスダコタ、ワシントン、ユタの各州の18州と、コロンビア特別区である[xv]

 

(4)連邦最高裁主要判例の検討

非嫡出子事件の修正14条の平等保護条項をめぐる憲法判断は、次のように一貫性を見出しがたく揺れていた。

 

レビィ判決Levy v. Louisiana - 391 U.S. 68 (1968) 【違憲】http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=US&vol=391&invol=68

史上初めて連邦最高裁が非嫡出子差別に違憲判決を下したものである。6対3(法廷意見ダグラス、反対ハーラン、ブラック、スチュアート)。ここで争われたのは、両親が不法行為で死亡した場合にその損害賠償請求権を非嫡出子が承継できないとするルイジアナ州法だった。本件では、非嫡出子が母親の死亡について提訴していたものである。ダグラス判事による法廷意見は「生まれの嫡出性・非嫡出性は、その母親に降りかかったと主張されている不法行為の性質とはなんの関連性もない。原告の子どもたちは、非嫡出子ではあるが、彼女に扶養されていた。彼女は彼らの世話をして、そして養育した。彼らは、実際に、生物学的な意味でも精神的な意味でも、彼女のものだった。そして、彼女の死によって、扶養されていた者ならだれでも受ける被害を受けたのである」とする[xvi]

 先に述べたように、アメリカ合衆国各州の州法は、そのほとんどが母親からの相続権を非嫡出子に与えていたことからすれば、母親の権利の継承である本件の結論はさほど意外なものではない。ウォーレンコート末期のもっともリベラルな陣容(ウォーレン、ダグラス、ブレナン、フォータス、マーシャルと筋金入りの人権派が過半数をしめている)の最高裁でもある。相続に関する事件ではないし、我が国に影響を及ぼすほどの画期的意義をもつとはいえないだろう。。

 

レイバーン判決 Labine v. Vincent - 401 U.S. 532 (1971).【合憲】。

非嫡出子に遺産相続権を認めないルイジアナ州法(例外的に、非相続人に親族がなく、遺産が州に帰属する場合には相続しうる)の合憲性を、5対4の僅差で支持した。(法廷意見ブラック、反対ブレナン、ダグラス、ホワイト、マーシャル)。最高裁は先例であるレビィ判決の論理を相続事件に拡張適用することを拒否したのだ。

 この事件は娘が約6年間、父が死ぬまで同居していた。しかしこの事例では父親は非嫡出子に遺産を相続させる遺思を示すか、認知して嫡出子にする希望を示すことが可能であったというのがブラック判事の判断であった[xvii]

 またブラック法廷意見は、遺産処理を規制する権限は、連邦憲法及びルイジアナ州民によって、ルイジアナ州議会に託されているとする。可能な法律のなかからひとつを選ぶのは、州議会であって、最高裁判所の終身の裁判官ではないとも述べている。平等保護条項違反を理由に非嫡出子に対する差別を違憲としたいくつかの先例については、それほど強度の平等を要求するものと読むことはできないと片付け、非嫡出子と嫡出子との区別は、

家族法における、傍系と直系、尊属と卑属、妻と妾の区別と選ぶところはないと理由づけている[xviii]

 レビィ判決との相反する結論は、不法行為法と相続法の違いである。アメリカでも司法部が州権の相続法に干渉することには慎重なのである。

 もとより、左派ウォーレンとフォータスが引退・辞任し、ニクソン任命の穏健保守派バーガーとブラックマンに入れ替わったことも、合憲判決となった要因である。

 

トリンブル判決Trimble v. Gordon 430 U.S. 762【違憲 http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0430_0762_ZS.html

 ところが連邦最高裁は、レイバーン事件とほぼ同様の事案について、一転して5対4の僅差で違憲判決を下した。(法廷意見パウエル、反対レーンクイスト、バーガー長官、スチュアート、ブラックマン)結論を下した。事案は嫡出子には父母双方からの無遺言(法定)相続の権利があるのに対し非嫡出子には母親からの無遺言(法定)相続しか認めないイリノイ州法を平等保護条項に反し違憲としたものだが、非嫡出子は父親が死亡するまで四年間同居しており、裁判所も父性を確認して、父は娘に週15ドル払うよう命じていたものである[xix]

釜田泰介は「本件判決は、相続権の付与についての嫡出子、非嫡出子の区分を無条件で違憲としているのではない。これが違憲となるのは、まず区分理由が正当な家族関係の保持である場合である。‥‥また、非嫡出子に相続の道を開く方法を別途設けているということも、非嫡出子を別扱いを許す理由にならないということである。しかし、区分理由が遺産の正確な処理という場合には、いかなる内容の別内容も違憲となるとしているのではなく、本件のように父子関係が証明されていて偽りの申請が起こらないものを排除している法律をのみ、違憲としたのである。すなわち、非嫡出子を完全排除していることを許さないとしたのであるから、完全排除でない場合は合憲とされる可能性もある」[xx]と解説している。

 難解だが、本件は裁判所により父性が確認され、同居し扶養されていた娘であるにもかかわらず、州法がいっさいの相続を排除しているから違憲ということのようだ。

 もし同居もしてない、父性も確認されていないという場合はまた別の結果の可能性もある際どい判決といえる。

 

この判決は、結局キャスティングボードを握ることの多い、穏健保守だが中間派でケースバイケースの判断をとるパウエル判事の票で決した際どいもものなので、これを過大評価することはできないといえる。(つづく)

 

 


[i]西村真理子「<論説> 非嫡出子(婚外子)の相続とその前提となる親子関係成立の問題について : アメリカ法を中心として」『学習院大学大学院法学研究科法学論集』 19, 59-106, 2012(ネットで公開されている  http://hdl.handle.net/10959/2268)

[ii] たとえば①我妻栄「『私生児』の保護」『法学セミナー』43号(1959)

 「一婦一妻の原則を貫こうとするもの、本妻の立場を尊重しようとするもの」で。「非嫡出子の地位が不利となるのは、全くその反射的効果に過ぎない」②法律協会編『日本国憲法註解上』478頁(1953) 「婚姻尊重の態度〔(憲法24)から、嫡出ということが、身分関係にも差違を生じるものとして、敢えて違憲とはいえないであろう」③宮沢俊義『全訂日本国憲法』264頁(1978)「憲法が婚姻に重きをおいている点から見て、おそらく憲法の容認するところと見るべきであろう」これは昭和53年版でも同文である。

[iii] 野山宏「民法9004号ただし書前段と憲法141(最高裁決定平成7.7.5)」最判解民事篇平成七年633頁『法曹時報 49(11), 3035-3093, 1997-11

[iv] 米沢広一『子ども・家族・憲法』1992年130頁以下

[v] 君塚正臣「非嫡出子諸差別の合憲性」『性差別司法審査基準』補章 1996年、君塚は違憲論者で、厳格な審査基準で違憲とすべきとしているが、アメリカ判例に一貫した原則がないことは見抜いている。

[vi] 根本猛「非嫡出子差別と憲法 アメリカ合衆国の判例を中心に」『一橋論叢』118(1)1997年の脚注21のMaltzの見解。

[vii]松田茂記『アメリカ憲法入門』第7版2012年。

[viii] 柳田裕「イングランド法と教会法による非嫡出子の取扱い」『八代学院大学紀要』27号1984年。なお、イングランド法は懐胎という要件については厳格ではない。できちゃった結婚の子供は嫡出子であり、出生が適法な婚姻の後であることを求めるものであって、真正の父親の捜索も極端に嫌った。

[ix]直江眞一「『我々はイングランド法を変更することを欲せず』(Nolumus leges Anglie mutare)について」『法学』東北大 5431990

[x]釜田泰介「Lalli v.Lalli,439 U.S.259,99 S.Ct.518(1978)--非嫡出子が無遺言相続により,父親から相続する場合には,父子関係の存在を証明する特定の証明書の提出を求めるが,嫡出子に対してはこれを求めていないニューヨーク州法は第14修正の法の平等保護を侵害するものではないとされた事例」『アメリカ法』1981-1

[xi]柳田裕「イングランド法と救貧法による非嫡出子の取り扱い」『八代学院大学紀要』28・29号1985年

[xii] 柳田裕前掲論文

[xiii] 釜田泰介前掲論文

[xiv]泉久雄「非嫡出子の相続権に関する一つの覚え書」『家庭裁判月報』 29(6), p1-23, 1977

[xv] 西村真理子前掲論文

[xvi] 根本猛「非嫡出子差別と憲法 アメリカ合衆国の判例を中心に」『一橋論叢』118(1)1967年

[xvii] 君塚正臣前掲書313頁

[xviii] 根本猛前掲論文

[xix] 君塚正臣前掲書313頁

[xx] 釜田泰介「嫡出・非嫡出区分と法の平等保護(三・完)」『同志社法学』33巻1号

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